SAO帰還者のIS
第八十七話
「専用機を失った一夏」
専用機持ち限定タッグマッチトーナメントの開催と、出場選手達のペアが決まってから、学園内は正にお祭り騒ぎだった。
どのペアが優勝するか予想する生徒達、その期待に応える為に修練に励む出場者達。そんな中で一人、一夏は毎日放課後になれば学園の地下に来ていたのだ。
「また、来てたんだね……いっくん」
「ええ」
地下の特別区画にある部屋の中、そこで車椅子に座りながらガラス窓の向こうを見つめていた一夏の後ろから束が歩み寄ってきて同じようにガラス窓の向こう側を見つめた。
そこには大破したままの状態である程度の修復を行っている白式の姿があった。最早修理不可能ではあるが、そのままにしておくのはどうかという事で修理出来る所は修理しているらしい。
「これでもね、全体の30%も修理出来ないみたいだよ」
「そんなに……」
一応、束の話では年単位で時間を、億単位で金を掛ければ5年以内には修理可能らしいが、現実的ではないので修理不可能としているらしい。
そして、レクトと倉持に問い合わせたところ、白式のコピー機の予備はもう既に無いという事なので、一夏は現状で専用機を完全に失った事になる。
「別に俺はタッグマッチトーナメントに出れない事について思う事は無いんですよ」
「……」
「ただ、俺が不甲斐ないばかりに、白式をこんな目に逢わせたのが、悔しいんです」
約半年ほどの付き合いでしかないが、それでも一夏にとって白式はリアルの相棒とも呼ぶべき、大切な存在だった。
確かにIS学園を卒業したらもうISに乗る事も無いので、3年間だけの付き合いのつもりでいたが、それでも確かな愛着があったのは事実だ。
「白式も喜んでるよ、いっくんにそこまで想われているんだもん」
「だと、良いんですがね」
ふと、一夏は現状で修理出来る白式の30%の部分が何処なのか気になったので束に聞いてみると、どうやら右腕のマニュピレーターと、それからヘッドセット、後は一部の展開装甲や細かなパーツが数点らしい。
「本当に……ボロボロっすね」
「うん」
「俺は、強くならなきゃ……守りたい存在が増えたから。ユリコも、夏奈子も、俺は守るって誓った……」
車椅子を操作して一夏は部屋の片隅に立て掛けられていた白兵戦用トワイライトフィニッシャーの柄を握り、その刀身を眼前に翳した。
「誓ったんですよ……俺は、剣に誓ったんだ。俺が握る剣は、愛する者を守る為の剣だと、この剣が届く限り、愛する人達を守るって」
でも、今の一夏にリアルでの力は無い。己の不甲斐なさで失われてしまったのだから。
「束さん」
「な~に?」
「もう少しだけ、一人にしてもらえますか?」
「……うん」
束は部屋を出た後、どうしても一夏を一人にしておくことに躊躇いを覚え、閉じた扉に背を預けていた。
部屋の中からは、静かにすすり泣く一夏の声が、聞こえていた……。
IS学園地下の特別研究室(自称:束さんラボ)に戻ってきた束はそのまま部屋の奥の扉を開いて中に入り、そこに安置している機体を見上げていた。
「急がなきゃ……あのシステムの方も目処が立った。出力も安定する計算になっているし、武装も完成している。でも、このまま渡してもいっくんの心に届かないかもしれない」
ならば、どうするのか。それは白式の残骸を見つめていた一夏の姿を見た時から、束の中で答えが見えている。
だけど、それをするには技術的問題が多少残っていて、勿論だが束の頭脳を持ってすれば直ぐに解決するのだ。
「やるしか、ないよね。弟の為ならお姉ちゃんはどこまでも頑張るんだよ!」
完成は見えている。もう殆ど完成したようなものだが、今以上に完璧を求めるのであれば、それが一夏の為になるのであれば、束は労力を惜しまない。
現存する全てのISを凌駕する究極のワンオフ機、一夏の為だけに作り出す最高峰のオンリーワンを、この手で。
地下から出てきた一夏は夕焼け空を眺めながらIS学園の敷地を車椅子で移動していた。
寮に戻る気になれなかったからか、当て所なく適当にぶらぶらしていたのだが、ふと偶然通りがかった学園内カフェから歓声が聞こえたので、そちらに目を向けてみれば。
「夏奈子?」
何故か夏奈子が一人でカフェのオープンテラス席に座り、冷たいアップルティーを飲みながらショートケーキを食べていた。そして、それを見て可愛いと大勢の学園生徒が騒いでいるのだ。
「お~い! 夏奈子!!」
「? ……あ、パパ」
夏奈子の所へ行ってみれば、どうやらカフェのマスターがカフェの前でうろうろしていた夏奈子に声を掛けて、こうしてケーキとアイスティーをご馳走していたらしい。
後ほど千冬へ連絡を入れて迎えに来てもらうつもりだったのだが、父親がこうして来たので、それは不要になった。
「あ、じゃあ御代を」
「いえいえ、これは私からの好意ですから、御代は結構ですよ」
「いや、そんな……」
結局、人の好いマスターのご好意に甘える事になった。
いつの間にか一夏の膝の上によじ登って来た夏奈子の頭を撫でながら、一夏は夏奈子がケーキを食べ終えるのを待つ。
「パパ」
「ん?」
「パパは、飛ばないの?」
「……」
「飛ばないの?」それは一夏は大会に出ないのかという問い掛けだった。
「パパは、翼を失ったからな……飛びたくても飛べないんだ」
「そう……」
戦う剣は、心は未だ残っているが、戦場に立つ為の翼が無い。いや、代わりの翼は多くあっても、それが一夏に合わないのだ。
「速度だけを求めるなら夏奈子の乗ってたテンペスタに乗るんだけど、あれはもうイタリアに返却したらしいし」
「訓練機は?」
「訓練機のテンペスタはあくまで訓練機用にチューニングされてるから本来のテンペスタより性能がダウンしてるんだよ」
だから、現状で一夏に合う機体は存在していない事になるのだ。
一応、日本政府が新しく用意すると言って倉持とレクトに依頼しているが、今から作るにしても時間が掛かる。
「……ごちそうさま」
「んじゃ、帰るか?」
「散歩、したい」
「よし、じゃあ一緒に行くか」
「ん」
お会計は必要無いという事なので、一夏は夏奈子を膝に乗せたまま車椅子を操作して敷地内を見て回った。
行き先は全て夏奈子の気の行くままに、親子二人でのんびりと。
亡国機業のアジト、その会議室には首領であるスカイを始めとして、幹部たちが集まっていた。
それぞれが手元に持つ資料にはファントム1ことオーガストのチームが集めたIS学園の次のイベントが書かれている。
そして、そこには勿論だが、楯無が急遽用意したばかりのイベントである専用機持ち限定タッグマッチトーナメントの情報が載せられていた。
「というわけで、今回のイベントには織斑一夏は不参加です。更には全ての専用機持ちが試合に集中しているので、回収されて学園に保管されているであろう白式を奪取するには絶好の機会かと」
小柄で中性的な顔の男性、オーガストの報告を受けてスカイはスコールに目を向ける。それに対して頷いたスコールは立ち上がると、自分が用意した資料を手に持った。
「今回の作戦につきまして、実行部隊はMとオータムがアメリカでの仕事で出撃不可という事もあるので、私自らが出ます。
出撃メンバーが決まった所で、ずっと沈黙していたスカイが突然立ち上がった。
「スコール、今回も俺ぁ出撃するぜ?」
「首領……本気ですか?」
「ああ、トーデストリープのテストがまだ終わってねぇからな。それも兼ねてだ」
今度のトーナメント、どうやらただでは終わらないようだ。
亡国の破壊神、再び。
~合宿中のシャルロットちゃん~
教官「このクズ共! とろとろ走るんじゃない!! まったく、代表候補生を目指した癖になんたる様だ!! 今の貴様らは貴様らが見下す男よりも更に最底辺のクズだ! ダニだ!!」
候補生A「も、もう、駄目……」
教官「また貴様か……この程度でもうへばったのか。所詮貴様はISが無ければその程度の負け犬だ。もう無理なら帰ると良い、帰って貴様が大好きな彼氏に泣きついて寝るが良い! まぁ、もっとも貴様のようなクソ虫にも劣るようなクズの彼氏のことだ、さぞや救いようの無いヤリ○ンなんだろうがな」
候補生A「た、たっくんの悪口を、言うなぁ! きゃあ!?」
教官「何度でも言ってやる。たっくんはヤリ○ンだ! 違うというのなら根性を見せろ!! ブレード二本抱えて後15往復だ!!」
シャルロット「(も、もう帰りたいよぅ……)」