SAO帰還者のIS   作:剣の舞姫

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仕事が忙しい……。


第八十四話 「落ちた白」

SAO帰還者のIS

 

第八十四話

「落ちた白」

 

 亡国機業が撤退した後、一夏は校舎の医務室ではなく、地下区画にある集中治療室へ緊急搬送された。

 相当な重傷で、右足大腿骨骨折、左足腓骨骨折、左腕上腕骨の罅と右腕尺骨骨折、肋骨が2本罅と3本骨折、胸骨の罅と、全身至る所の骨が折れている状態の為、ナノマシン治療を行っても全治2週間は掛かるとの事だ。

 大破した白式についても学園地下の施設へ移送され、束によって精密検査に掛けられたが、結果は簡易検査でのダメージレベルを上回るダメージレベルF、完全大破状態であり、もはや修理は不可能、1から作り直した方が良いという状態だったらしい。

 幸いにしてコアは無事だったのを確認したので、新しく白式を作り直してコアを搭載する事も出来るのだろうが、その場合はせっかく二次移行(セカンドシフト)したのがリセットされる。

 更には白式をもう一度作るとなると予算や材料などの都合を付けるのに少なく見積もっても半年以上は掛かるのだとか。

 

「束、白式はもう……」

「うん、もう束さんでも修理出来ないよ。作り直そうにも1からとなると時間が掛かるから、いっくんの立場を考えると得策じゃない」

 

 一夏は世界で二人しか居ない男性IS操縦者であり、ブリュンヒルデ織斑千冬の弟であり、女権団体にってはIB~インフィニット・バースト~を作り出した大罪人でもある。

 将来、一夏がアメリカへ留学するまでには何とかするつもりではいるが、現状では一夏はまだまだ身柄を多くの組織から狙われているので、専用機を長い間持たない状況に置いておくのは不味いのだ。

 

「作り直したとして、最短で半年か」

「それくらいは掛かるかなぁ……」

 

 学園の訓練機を一機、一夏の臨時専用機に回しても良いのだが、白式という高性能な第4世代機に慣れている一夏に今更第2世代の、それも訓練機用にダウングレードしている機体では一夏の能力に機体の方が追いつけなくなり、返って足枷になってしまう。

 

「ね、ちーちゃん」

「何だ?」

「ちょっと見てもらいたい物があるんだけど……」

「なんだ、まるであの時(・・・)と同じ台詞を……」

 

 束が千冬を案内して連れて来た場所は学園の地下区画に用意された束専用ラボとなっている区画だった。

 ラボの中に入ると、そこには簡易ベッドと簡易キッチンの他に大型コンピューター、それ以外にもさまざまな機材が所々に置かれている。

 

「この扉の奥に、置いてある物なんだけど」

「……」

 

 部屋の壁の一箇所が以前は普通の壁だったのに、今は扉に変わっていた。恐らく束が改造したのだろうが、それは今は追及しない事にして、今はその扉の奥にある物とやらを見せてもらう事にする。

 束が壁のスイッチを押すと、ゆっくり扉が開かれ、そこには薄暗い部屋が奥に広がっていた。だが、暗くても何かが安置してあるのはわかる。すると、束が壁にあるもう一つのスイッチを押す事で照明が点灯した。

 

「これ、は……っ!」

 

 そこにあったのは、“白”だった。まるで新雪の如き眩い輝きを放つ白が、そこに安置されていたのだ。

 

「“コレ”を、完成させていっくんに渡そうと思うんだ……これなら、後一月あれば完成する」

「束、お前……」

「本当は、作っても暫く、世界が第4世代の開発に着手するようになるくらいまで表に出すつもりは無かったんだけど……いっくんの為に渡すよ。それに、これはいっくんが操縦する事を前提にして開発した物だから。いっくん以外の人間には扱えない」

 

 千冬は目の前にある“ソレ”に改めて目を向けた。

 変わらず眩いばかりの白い装甲が美しい……白騎士や白式とも違う、第3の白の姿を、その目に焼き付けるように。

 

 

 IS学園地下集中治療室、そこでは先ほど手術を終えた一夏がベッドの上で眠っていた。

 心電図等の様々な機器が身体に繋がれ、口には呼吸マスクが付けられた状態で横たわる一夏の両腕両脚にはギプスが巻かれていて、痛々しいことこの上ない。

 

「パパ……」

「ナツ……」

 

 一夏の眠るベッドの傍らには百合子と夏奈子が椅子に座って寄り添い、手を握って涙を浮かべながら一夏を見つめていた。

 先ほど手術を担当した執刀医から受けた説明によると、折れた肋骨が一部肺に刺さっていて危険な状態だったが、何とか一命は取り留めたとの事だ。

 既に医療ナノマシンを注射しているので、折れた骨に関しても2週間あれば完治するらしく、3週間程で日常生活に戻れるらしい。

 

「夏奈子」

「何……?」

「パパね、少しの間は動けないから……治るまではママと一緒に寝よう?」

「……うん」

 

 夏奈子を引き取って以来、百合子は千冬の計らいで一夏の部屋に引っ越して親子三人で暮らしていた。

 その際、夏奈子は一夏のベッドで一夏と一緒に寝ていたのだが、怪我が治るまでは隣のベッドで百合子と一緒に寝ようと提案したところ、夏奈子もそれを了承してくれた。

 

「ユリコちゃん、カナちゃん」

「ナツの容態はどうだ?」

「お義姉さん、お義兄さん……今は、麻酔が効いているから、寝てます」

 

 集中治療室に明日奈と和人が来てくれた。二人はキャノンボール・ファストの騒ぎの後片付けを楯無達生徒会と共に終わらせた後、急いで来てくれたらしく、少し息切れしている。

 

「さっき、楯無ちゃんの所でナツ君の戦闘記録を見てきたんだけど」

亡国機業(ファントム・タスク)の首領……」

「あれは、化け物だったな。正直な話をするなら、俺でも勝てる自信が無い」

 

 和人もキャノンボール・ファスト仕様の調整ではなく、本来の戦闘用の調整をした状態であっても、勝てるとは思わなかった。

 勿論、負けるつもりは無いが、それはSAO時代まで実力を戻して、尚且つスカイを最初から殺すつもりで、相打ち覚悟で戦った場合の話だ。

 だが、殺すつもりで戦ったとしても勝てないと断言出来るのは、スカイの実戦経験や戦闘センスが今まで戦ってきた誰よりも圧倒的に高いからだろう。

 今の、殺すことを忌避している和人では、確実に勝てないのは間違いない。

 

「織斑先生も一睨みで動けなくなったみたい。織斑先生は自分では勝てないって言ってたから……」

 

 現状、IS操縦技術など関係なく、純粋な実力という点で言えば千冬が学園最強というわけではない。

 千冬より実力のある束も居るし、本気で戦えば和人や明日奈でも千冬に勝てる。一夏と百合子も、千冬相手に勝てないわけではないのだ。

 つまり、千冬ではスカイと戦うには実力と実戦経験が不足しているということで、まともにスカイと戦える可能性があるのは和人と束、明日奈、百合子、一夏の5人のみということになる。

 しかし、それでもスカイに勝てるのかと言われれば、勝てる可能性があるのは束くらいか。

 

「でも、博士には専用機が無い」

「だよな……今まで師匠(先生)がIS使う所なんて見たことが無い」

 

 因みに、和人なんだが最近になって機械工学及び生体工学について束に弟子入りしたため、博士と呼んでいたのを師匠(先生)と呼ぶようにしたのだ。

 束も人生初の弟子という事で和人に熱心に教え、既に和人は束にとって愛弟子と呼べるまでになっていた。

 

「ただ、気になるのは最近の師匠(先生)は時々一人で何かやっているって事だ」

「何かを?」

「ああ、それとなく聞いてみたことがあるんだが、誤魔化された」

 

 束が何をやっているのかは気になるが、今はそれを気にしても仕方が無い。今考えるべきは一夏の事、白式の事、そしてスカイの事なのだ。

 

「アスナ、レクトに俺達の機体作った時の素体みたいなのの予備は無いだろうか?」

「あ、そっか! 私達のISって元々は白式のコピーなんだよね」

「それを、白式として完成させれば……」

 

 少なくとも訓練機を使うよりは一夏の使い慣れた機体なのでマシだろう。二次移行(セカンド・シフト)していないのが問題ではあるが。

 

「アスナ、悪いんだけど彰三さんに聞いてみてくれないか? レクトで白式素体がまだ余ってないか」

「うん、今夜にでも聞いてみるよ」

「ユリコは……そうだな、夏奈子ちゃんと一緒に少し外の空気を吸ってくると良い。その間くらい、俺とアスナでナツの事は見ておくから」

「……はい。夏奈子、行こう?」

「ん……和人お兄ちゃん、ありがとう」

 

 お兄ちゃんと呼ばれて頬を緩ませている和人とその和人の嬉しそうな表情に苦笑している明日奈に一夏の事を任せ、百合子は夏奈子と手を繋いで病室を出ると、そのまま外へ向かって行った。

 残された和人と明日奈は、とりあえず二人が座っていたパイプ椅子に腰掛けて未だに眠る一夏に目を向ける。

 

「アスナ……」

「何?」

「ユリコには言わなかったんだけどさ……さっき、菊岡さんから連絡が来て」

「菊岡さんから?」

 

 百合子には聞かせられない話なのは確かだろう。だが、いったいなんなのか。

 

「俺とナツに、日本政府から正式に国内でのテロリスト殺害許可が出たんだ」

「っ!? そ、それって……」

「ああ、日本という国が、俺とナツにテロリストを殺せと言っているようなもんだな」

 

 それから、明日奈と百合子にも万が一テロリストを殺した場合、国内であれば罪に問わないとも言ってきている。

 

「ナツ君には……?」

「出来れば、言わないつもりでいたかったけど……でも、こんな姿を見ると、な」

 

 正直、殺すつもりで戦わなければならない相手に、殺さないなんて選択をすれば、今の一夏と同じ状況になってしまう。いや、最悪の場合はこちらが殺されてしまう。

 

「でもキリト君は!」

「……俺はまだ、ナツほど殺してないから、まだ平気だよ。でも、ナツにはこれ以上、人を殺させたくないって思ってな」

「私は、ナツ君にもキリト君にも、もうこれ以上人を殺して欲しくないよ……」

「アスナ」

「……っ」

 

 わかっている。殺さなければならない時というのは、確かに存在しているのだ。明日奈とて、本当に殺さなければならない時、その手を血に染める覚悟はあるし、それを実行出来るだけの意思もある。

 だけど、人を殺した事で傷ついている和人と一夏を見ていて、これ以上二人にだけ辛い思いをさせたくはないのだ。

 

「キリト君、約束して」

「アスナ……?」

「もし、誰かを殺すのなら……そのときは、一緒に」

「……」

「きっと、ユリコちゃんもナツ君に同じ事を言うよ……だから、後でユリコちゃんにも菊岡さんの話を聞かせてあげて? キリト君にはわたしが、ナツ君にはユリコちゃんが居るって、忘れないで」

「……ああ、そうだな」

 

 次は、己の手を血に染める事になるかもしれない。だが、覚悟は決まった……愛する人が傍に居てくれるのなら、例え背負っている十字架の数が増えようとも、きっと耐えられるから。




次回は少し時間が流れてシャルロットの合否、そして専用機持ち限定タッグマッチトーナメントの企画が立ち上がります。

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