夏奈子は一夏達が授業中はIS学園の保健室に預けて、昼休みは一緒に食事、放課後に迎えに行って一緒に寮に戻るという生活をしています。
SAO帰還者のIS
第八十話
「代表候補生になるには」
突然だが、ここでISの国家代表及び代表候補生について説明しよう。
国家代表とはその名の通り、その国を代表するIS操縦者を意味し、ISにおける国際的な会談の場に出席したり、ISの国際大会であるモンド・グロッソに出場したりする正に国の顔とも呼べる存在なのだ。
そして、その国家代表を選出する上で必要なのが代表候補生。企業もしくは国が選出したIS操縦、知識において優秀な者が選ばれるのが代表候補生であり、代表候補生の中でも特に優秀な者が国家代表に選ばれる。
代表候補生になるには、先の通り企業や国が選出……つまり指名した者が選ばれるのが基本だが、その他に試験を受ける事で代表候補生になる事も出来る。これが所謂、代表候補生選抜試験と呼ばれるもので、各国毎年の秋に一度だけ行っているのだ。
「でも、試験で代表候補生になるのは狭き門で、一人も選ばれない場合もあるのか……」
今度の日本代表候補生選抜試験を受ける事になっているシャルロットの勉強会が行われている寮のロビーでは、一心不乱に勉強しているシャルロットと、その勉強を見ているセシリア、明日奈、鈴音、簪と、それから和人が椅子に座っており、和人が何気なく見ていたパンフレットを眺めながらそう呟いた。
「因みに、セシリアと鈴、それに簪はどうやって候補生になったんだ?」
「わたくしは国の推薦でした」
「あたしは中国でやってた選抜試験よ」
「私は、セシリアと同じ……更識家の人間だからって事で」
つまり、鈴音だけは選抜試験経験者という事だ。因みにだがシャルロットがフランスで代表候補生になったときはデュノア社の推薦という形で選ばれていたので、彼女は選抜試験の経験が無い。
「選抜試験は筆記試験、適正試験、稼動試験の三種類。筆記試験でISに関する知識を見て、適正試験で適正ランクを、稼動試験でISをどの程度動かせるのか、戦えるのかを見るのよ。主に重視されているのは適性試験と稼動試験ね。まぁ、だからって筆記試験が悪ければ落とされる事もあるから、軽視しちゃ駄目だけど」
適正に関してはシャルロットはA+、稼動に関しても元フランス代表候補生だった上に第2世代機で第3世代機と渡り合った程の実力者なので問題無い。
故に、シャルロットが現在力を入れているのは筆記試験の勉強だ。元々頭が良く、学園内の成績も良い彼女でも、やはり勉強しなければ良い成績を残せるわけが無いのだから。
「そういえば……明日奈さんと、和人さんは、受けないの?」
「俺達? ああ、興味無いからな」
「レクトのテストパイロットって身分で十分だもんねー」
実は、シャルロットが日本代表候補生選抜試験を受けると聞いた一部の教師が和人と一夏、明日奈、百合子にも話を持っていこうとしていたのだが、千冬と真耶に妨害されているという裏話があるのだが、それは今は関係無いだろう。
「ところで、一夏と百合子はどうしたのよ? 来るんじゃなかったの?」
「ナツ君はもう直ぐ来るよー。ユリコちゃんはリズに呼ばれてALOにINするって言ってたから、今日は無理かなぁ」
因みにALOに呼ばれたのは百合子とラウラ、それから楯無の三人だ。何でも
「お、揃ってるな」
噂をすれば影とでも言うのか、一夏が廊下の向こうから歩いてきた。その右手は隣を歩く小さな少女の左手を握っており、少女の歩幅に合わせるようにゆっくりと歩いている辺り、父親になったのだと実感させる。
「こんばんは、夏奈子ちゃん」
「ん……こん、ばんは」
明日奈が歩み寄って目線の高さを合わせるようにしゃがむと、夏奈子も若干の笑みを浮かべた。このくらいの年頃の子供はこうして目線を合わせるだけでも随分と安心してくれるものなのだ。
「ユイちゃん、夏奈子ちゃん来たよ」
『はい! こんばんは! カナちゃん!』
「ユイ、お姉ちゃん……」
『そうです、ユイお姉ちゃんですよ!』
これは、ユイと夏奈子が初めて会った時の事だ。
ユイは初めての同世代(見た目年齢)との触れ合いが本当に嬉しかったようで、まだ若干の常識知らずな面のある夏奈子のお姉ちゃんになると言ってそう呼ぶように言ったらしい。
これについてはユイにも夏奈子にも良い影響が出るだろうと、双方の両親が合意して温かく見守っているので、現状は何も問題なく仲の良い姉妹のような関係になっている。
「ナツ、ここ座れよ」
「はい、キリトさん」
和人の横が空いていたので、一夏は夏奈子を連れて和人の横へ行き、椅子に一夏が座ると、その膝の上に夏奈子を座らせた。
ユイもそれを真似してか、立体映像ではあるものの、和人の膝の上に座ったので、ここに親馬鹿極まれりな父親二名が誕生する。
「いやぁ、やっぱウチの娘は可愛いなぁ……ねぇ、キリトさん」
「いやいや、ウチの娘はもっと可愛いぞ、ナツ」
「いやいやいや、夏奈子は最近甘える事を覚えたのかすっごく甘えてきてくれて、本当に可愛いんですよ」
「いやいやいやいや、ユイなんて最初から甘えん坊でな。よく俺の膝の上で寝る事があるんだぜ」
「……」
「……」
「まったく、馬鹿やってないの。ユイちゃんも夏奈子ちゃんも可愛いのは当然なんだから、今はシャルちゃんの勉強を見ましょう?」
「「はい……」」
明日奈に叱られる二人を眺めていた鈴音達は、何とも言えない表情をしていた。特に、嘗ては一夏に恋心を寄せていた鈴音は尚更だ。
「鈴さん、今のお気持ちは……?」
「何ていうか……100年の恋も冷めそうよ」
「あはは……」
「ご愁傷様」
雑談はこの辺にして、シャルロットの勉強の続きに入った。
現在、シャルロットが勉強しているのは、ISのOS関係についての内容で、これに関してはシャルロットも流石に完全な理解が出来ていない内容であり、一夏と和人の得意分野だ。
IS電子工学の授業において、一夏と和人は学年トップの成績を持っているので、この分野に関しては二人に教わるのが一番。
「ねぇ一夏、この局地戦闘用OS設定におけるブースター出力の推移ってどういうこと?」
「ん? ああ、これは局地戦闘って言っても色々な場面があるだろ? その場面ごとにブースター出力を変化させて排熱、ブースター熱の調整をするんだけど、その推移ってのは場面ごとに置ける出力差の事だ」
「例えば?」
「例えば寒冷地仕様の場合はブースター出力がこのグラフ、排熱量が少ないだろ? これは排熱しなくても寒冷地だから勝手に冷えるんだ。だからブースター出力が高く設定されてる。逆に砂漠みたいな熱帯地仕様だとこっちのグラフだな。排熱量が多くて、ブースター出力が低い代わりにPICによる飛行補助を大きく掛けてる」
「そっか! 熱帯地だと排熱を沢山しないとブースターに熱が篭り過ぎて熱暴走を起こす危険があるから……」
「そういう事だ。んで、その設定出力を調整する際の効率的な設定方法ってのは……」
流石は電子工学においてIS学園でもトップの成績を誇るだけあり、一夏が教えるとシャルロットの勉強は随分とスムーズに進んだ。
勿論、和人が教えても良いのだが、どちらかというと和人は電子工学より機械工学や生体工学の方に秀でており、IS整備の座学において和人もまた学年では簪に並びトップクラス。
しかも、和人は現在、あの天才・篠ノ之束によって直接機械工学と生体工学の指導を受けているので、次の中間考査では簪にも勝てるかもしれない。
「パパ……お腹すいた」
「ん? あ~……」
ふと、夏奈子がお腹を小さな手で押さえながら空腹を訴えてきたのだが、テーブルにはシャルロット達が用意したお茶菓子が並んでいるのに、夏奈子が手を出した様子が無い。
「テーブルにあるの、好きに食べて良いぞ?」
「良いの?」
「ああ」
「ん……」
どうやらテーブルにあるお菓子は勝手に食べてはいけないと思っていたらしい。なので好きに食べるよう言えば今度は何を食べようかと悩みだして大変微笑ましい。
「夏奈子さん、よろしければこちらを召し上がりませんこと?」
「?」
「イギリスから取り寄せたマカロンですわ。貴族ご用達最高級店の品物ですので、是非とも味わってくださいな」
「……ありがとう」
セシリアから受け取ったマカロンを両手に持って小さく齧り付くと、今度は目を輝かせて食べ始めた。
余程美味しかったのだろう、ポロポロと食べかすが一夏の膝に落ちるが、当の一夏は嫌な顔せずハンカチを取り出して夏奈子の口元を拭う。
「んぅ」
「ほら、ママが居たら怒られるから、もう少しお行儀良くな?」
「うん」
再びセシリアからマカロンを受け取って食べ始めた夏奈子の頭を撫でると、一夏は和人の前に置いてある代表候補生選抜試験のパンフレットに目を向けた。
それは、嘗て千冬が一夏に日本代表候補生になれと言って差し出してきた物と同じパンフレットだ。
「試験の日って、あれ……これってキャノンボール・ファストの日かよ」
「みたいだよ。それで、だいたい一週間くらいで結果が出て、その後は面接やるんだって。面接したら、その2~3日くらいで合否が決まるって聞いたかな」
「ふ~ん……そっか、じゃあキャノンボール・ファストと代表候補生選抜試験と、俺の誕生日、全部同じ日なんだなぁ」
何気なく呟かれた言葉を、セシリアと簪、シャルロットの三人が理解するのに、数瞬の間があった。その間に、鈴音も思い出したように「そういえばそうだったわ……」などと呟いていて、和人や明日奈、ユイは思い出した様に一夏に言うのが遅いとジト目を送る。
一夏の膝の上で相変わらずマカロンを食べている夏奈子は首を傾げるものの、直ぐにマカロンに夢中になってしまった。
「「「ええええーーーーーっ!?」」」
次回はクロエを出したいなぁ……。
というわけで予定としては一夏とクロエのお話です。