SAO帰還者のIS
第七十三話
「人殺しの十字架」
黒の剣士キリトがアインクラッドでPohと遭遇したのは、実はそれほど多い訳ではない。片手で数える程しか顔を合わせていなかったが、それでも剣を交えなかった事が無いわけでもない。
Pohは強かった。アインクラッド攻略組トッププレイヤーの一角だったキリトですら、Pohを相手には苦戦するほどで、勿論勝てないわけじゃなく、むしろキリトが苦戦しつつも確実に勝てていた。
しかし、今この現実世界での桐ヶ谷和人は、嘗ての黒の剣士キリトであった頃よりも確実に実力が衰えている。そんな状況で、恐らくあの頃より更に実力が上がっているであろうPohに、勝てるかどうか。
「っ!」
「Yeah!!」
ガギンッ!! という甲高い金属音と共にクロスしたエリュシデータとダークリパルサーの刃が
片手剣と短剣、どちらが重いのかと問えば普通は片手剣だと答えるだろう。更に言うなら、和人が好んで使う剣は片手剣でありながら非常に重量の重い剣である傾向が強い。
そんな片手剣で短剣を受け止めたというのに、押し返す事すら出来ないというのは、Pohのリアルでの筋力が和人を上回っているという事だ。
「どうしたぁ? 黒の剣士様の実力ってのは、こんなもんか!? あの浮遊城で俺に魅せたどす黒い殺意に満ちた剣はどこ行ったんだぁ!?」
「くっ! Poh……お前は、相変わらずか」
「Ha! 変わる必要がねぇな! リアルに帰って生温ぃ空気に汚染されるより、こうやって殺し合いしてる方がよっぽど楽しいねぇ!」
「その為に! 何の関係もない一般人を巻き込むのか!!」
「くだらねぇ。Partyにはお客さんが付きもんだろう? なら、鮮血と悲鳴と怨叉で飾るのがマナーってもんだ」
横薙ぎに振るうダークリパルサーの刃を
しかし、エリュシデータの刃は腕の装甲に受け止められ、しかもそのまま刃が装甲に食い込んだまま抜けなくなってしまった。
「シェアアア!!」
「チッ!」
和人がエリュシデータから手を離して距離を取ると、Pohは腕に食い込んだままのエリュシデータを投げ捨てて再び構える。
左手のダークリパルサーのみになったキリトだが、冷静に
和人の右手に現れた剣は新生ALOで使用している黒の片手剣を模した剣で、この剣は元々新生アインクラッド15層フロアボスのラストアタックボーナスでドロップしたレア武装で、銘をユナイティウォークスという。
「まだ足りねぇなぁ! もっとあの頃を思い出せよ! もっと殺意を持てよ! じゃねぇと思わず下をうろちょろしてる客を殺しちゃうぜぇ?」
「させるか!」
斬り掛かってきたPohの斬撃をユナイティウォークスで逸らしつつ回避して、横を通り抜ける際にダークリパルサーの刃をライトエフェクトで輝かせ、一気に斬りかかる。
更に背後から一撃、再び横を通り抜け様に一撃、最後に正面から斬り掛かる。水平4連撃のホリゾンタルスクエアがPohに直撃した。
「かぁっ! 良いぜぇ。昔のお前に比べれば雲泥の差だが、悪くねぇホリゾンタルスクエアだった……なら、俺もお返ししなきゃなぁ!!」
短剣の超高速9連撃ソードスキル、アクセル・レイド。短剣での斬撃系スキルでは最多にして最速のスキルだ。
「っ!」
スキル後のISの機能低下が影響して上手く捌き切れない。重たく、そして速い斬撃は最初こそ何とか捌いたものの、6発は直撃してしまった。
しかし、これで向こうは同じように機能低下を起こしている筈で、更に言うのなら、こちらは機能が元に戻っている。
「うぉおおあああああっ!!!」
「チィッ!」
怒涛の連撃でPohを追い詰める。向こうに攻撃のチャンスを与えては不利になる可能性の方が高いのは確実。ならば攻められる時に攻めて、少しでも向こうのシールドエネルギーを削り、戦闘が長引くのを阻止せねばならない。
だが、そんな和人の考えをPohは見抜いていたらしく、ローブで隠れた顔を不満気に歪ませて殺意の篭った眼差しを和人へ向けた。
「おい黒の剣士……まさかお前ぇ、この期に及んで俺を殺さずに倒そうなんて考えてんじゃねぇだろうな?」
「それが、どうした?」
「Ha! 温ぃ! 温すぎんぜ黒の剣士! てめぇも、白の剣士も! リアルに帰って随分と糞みてぇな空気吸いすぎて甘ちゃんになったみてぇだなぁ! そんなんじゃ血に染まった手が錆びれちまうぜぇ!?」
「っ!?」
血に染まった手、そう言われて息を呑んだ。けっして忘れていたわけではない。寧ろ束のおかげで己の罪と向き合う事が出来たのだから、今更忘れる筈も無いのだが。
この手は、この剣を握る両の手は、3人もの人間の血で汚れている。勿論、VRワールドでの事なので、実際に血に染まった事は無いが、人を殺したという意味では確かに血に染まっていると言っても間違いじゃない。
それだけじゃない。殺した3人だけではなく、救う事が出来なかった人達……目の前で死なせてしまった大勢の人達の命を、背負っている。
コペル、ディアベル、サチ、ケイタ、テツオ、ササマル、ダッカー、コーバッツ、ゴドフリー、少なくともこれだけの人の命を、和人は背負っているのだ。
人を殺した罪、見殺しにした罪、救えなかった積み、多くの罪をその背中に背負っていて、両手の剣は、殺した人、死なせてしまった人達の血に染まっている事を、今だって忘れてなんかいない。
「……感謝するよ、Poh」
「あん?」
「確かに、俺の手は血塗れで、俺の背中には罪の十字架が背負われている……片時も忘れてなんかいないさ。いや、忘れようとしていたけど、忘れちゃいけないんだって、それを改めて思い知らされた」
「はん! 甘ちゃん過ぎんぜぇ。罪の十字架だぁ? んなもん背負うよりもっと殺意に身を任せて自分の罪を受け入れて楽しめよ! お前と白の剣士は、俺達の同類なんだからよぉ」
「一緒に、するな……っ!」
すると、和人はダークリパルサーを格納して、別の剣を取り出した。
それは、黒い柄にエメラルド色の刀身で出来た片手用直剣。新生ALOにおいて二刀流用にとリズベットが作成した二本目の剣で、銘をフェイトリレイターという。
「俺は、俺とナツは! お前達みたいな外道にはならない!! 俺達の罪は、十字架として背負って奪ってしまった命の分も、見殺しにしてしまった命の分も、救えなかった命の分まで生きる!! それが俺達の贖罪だ! 罪の意識を持たず、ただ殺す事を楽しむお前達みたいな外道とは、背負ってる物も、血に染まった手の使い方も、覚悟も! 全部違うんだ!!」
それは、和人と一夏が束に見せられたSAO記録映像で改めて殺人を犯した罪と向き合って抱いた決意であり、覚悟だ。
自分達は助けられなかった人や見殺しにした人、殺してしまった人の分も生きなければならない。例え世界中の誰もが殺人という罪を批難しようと、決して後ろを振り向かず前を向いて歩こうと、そう決めたのだ。
「その上で……本当にお前達を殺さなきゃならないっていうなら」
法による罰を、それが一番だというのは理解しているし、楯無からもなるべくは捕らえる方向でと言われている。
だが、もし……本当にどうしようもないという時は、それ以上を楯無が口にする事は無かったが、和人も一夏も、明日奈も百合子も、理解していた。
「Ho-Ho-Ho……やっと昔のお前らしい殺気が戻ってきたじゃねぇかぁ」
「例え新たな十字架を背負う事になろうと……俺はお前を倒す!」
「Yeah! なら仕切りなおそうぜぇ!! 俺とお前の、愉快で楽しいPartyをなぁ!!! イッツ・ショウ・ターイム!!!」
興奮が最高潮に達したPohが
Pohの乗るIS、ジャック・ザ・リッパーはゴーレムⅠ、ゴーレムⅢ、それから中国の第2世代型ISである
つまり、
「せぇあああ!!」
だが、和人も負けてはいない。同じく
「無茶しやがる! だが、それでこそ!」
「おおおおおぁあああああああ!!!!!」
ユナイティウォークスを振り下ろし、Pohがそれを
舌打ちしながらもPohは痺れた右手ではなく左手に
「っ! ぜらぁ!!」
その刃を逆手に持ち替えたユナイティウォークスの刃で防ぎ、そのまま刃の上を滑らせて斬撃の軌道を逸らす。
流石に斬り掛かった時の勢いそのままに受け流され前のめりになってしまうPohに、和人はフェイトリレイターで袈裟に斬り掛かり、順手に持ち替えたユナイティウォークスの刃を振り上げてPohの下顎へ直撃させた。
「ぐごっ!?」
「っ! 今だ!!」
Pohの意識が一瞬飛んだその隙を、和人は見逃さなかった。両手の刃をライトエフェクトによって水色の輝きを纏わせる。
「スターバースト……ストリーム!!」
リアルでは、恐らく使うのはこれが初めてだろう。ユニークスキル二刀流が上位ソードスキルにして、黒の剣士キリトの代名詞となった超高速16連撃の剣技。
星穿つ剣嵐が、狂気の殺人者へと迫る。自身へと迫りくる刃を眺める殺人者は、その口元を恐怖ではなく、愉悦に歪めていた。
愛する白の下へ駆けつけようとする無限に迫るは姑息な毒の刃。
殺人快楽に呑まれた毒剣と交わる無限の槍。
今ここに、アインクラッド最強が認める真の最強が毒を穿つ。
次回、SAO帰還者のIS。
「無限槍のユリコ」
静かなる少女が魅せる無限の槍舞、ここに。
あ、クイーンズ・ナイトソードとリメインズハートはキャリバー編でキリトが使っていた二本の剣です。
あれ、名前が公式発表されてなかったのでオリジナルで適当に付けてみました。
クイーンズ・ナイトソードが黒い方、緑色の刀身のがリメインズハートです。
修正入れました。てか、ALOで使ってるキリトの剣の名称が判明した……というか、ロスト・ソングで判明したのでそっちに切り替えます。
黒い方がユナイティウォークス、緑色の刀身の方がフェイトリレイターです。