次は時間掛かります。間違いなく。
SAO帰還者のIS
第六十九話
「学園祭開始」
結局の所、Kの襲撃以降、学園祭が始まるまで特に何事もなく準備は進められ、無事に学園祭当日となった。
一夏達も準備期間中に招待状を仲間内に送っていて、全員来てくれるとの事だから出し物にも気合が入るというものだ。
因みにそれぞれ招待状を誰に送ったかというと。一夏は五反田弾とエギルの二人。和人はクラインと直葉、明日奈はリズベットとユリエール、百合子はシリカとシンカーだった。それから招待客したい人が特に居なかったセシリアがエギルの奥さんに招待状を送っている。
そんな招待された彼ら彼女らが楽しみにしているのが当然だけど1年1組の喫茶店なのだ。そして、その喫茶店はというと……。
「ちょっとそこ行くお嬢様方」
1年1組の教室の前、そこには執事服を纏った金髪の貴公子の姿があった。
懐かしきシャルルスタイルとなったシャルロットが本当ならメイド服が着たかったと、内心涙を流しながらもアルカイックスマイルを浮かべて学園祭を楽しんでいた中学生であろう、制服を着た少女二人を呼び止める。
「え、あの……?」
「私達、ですか?」
「ええ、麗しき花を咲かせる君達の事ですよ」
男装の麗人にそんな言葉を投げかけられれば年頃の少女など簡単に頬を赤く染めてしまうものだ。実際、シャルロットが呼び止めた少女二人も頬どころか顔全体を真っ赤に染めていたのだから。
「よろしければ、1年1組のご奉仕喫茶で羽を休めて行かない?」
「ご奉仕喫茶……?」
「そう、クラスのみんなはメイド姿だけど、僕や、それから世界で二人だけの男子が執事姿でご奉仕するお嬢様方の癒しの空間ですよ」
「あ、あの織斑一夏さんと桐ヶ谷和人さんが!?」
やはりニュースなどを見て一夏と和人の名前は知っていたらしい。これは好都合とばかりにシャルロットは笑みを浮かべながら少女達を自然と扉の前へと誘導する。
「本日限りの学園祭ですから、最高のご奉仕をお約束致しますよお嬢様方……さあどうぞ、乙女の休息所、ご奉仕喫茶へ」
ゆっくりと扉が開かれ、少女達の視界に入ったのは大勢のメイドを背後にして立つ二人の執事の姿。
白い薔薇を片手に横向きの体勢のまま顔だけ少女達の方を向く和人と、赤い薔薇を片手に真正面から少女達にウインクする一夏の姿がそこにあった。
「ようこそ乙女の休息所、1年1組ご奉仕喫茶へ」
「今日は帰さないよ。子猫ちゃん達」
一夏と和人のキザなセリフが少女達の乙女心を撃ち抜いた。執事服だというのに、まるでホストのような二人の姿に、少女達はただただ見惚れるばかり。
「さぁ、HotでCoolなPartyの始まりだ……!」
一夏の言葉と共に、男二人その手に持った薔薇を投擲すると、その薔薇は一直線に少女達の胸ポケットに納まる。
「「……って、何やらせるかぁああああああああああああああ!!!!!!」」
バッと後ろを振り返った二人はクラスメート達に何度目となるのかわからない魂の咆哮を放った。恋人の居る男が何故に女を口説くようなセリフを吐かねばならないのかと。
「いや~でも二人とも結構ノリノリだったよ?」
「ほんとほんと! まるでホストみたいだった!」
まるで、じゃなくてまるっきりホストみたいなことさせられていたのだが……。
「とりあえず俺は厨房に引っ込む」
「あ、ナツずるいぞ!? 俺一人をホールに残すのかよ!」
「すいません、キリトさん……俺、ユリコに殺されたくないんで」
「俺だってアスナに殺されたくないわ!」
結果としては、一夏が厨房に入るのをクラスの女子大半が拒否して男子二人揃ってホール担当になり、それぞれの恋人からの突き刺さるように痛い視線を我慢する事になるのだった。
一騒動あって、取りあえず通常営業に戻った1組のご奉仕喫茶。一夏や和人達の仲間達や友人が訪れては二人の執事服姿を笑ってきたのでクラインにだけ和人直々の拳骨が落とされたが、まぁ平穏無事だったと言えるだろう。
そして、これは一夏達のご奉仕喫茶を訪れた後、それぞれ好きな出し物を見て回るという事で別行動を取る事になった一行の一人、クラインこと壷井遼太郎の話だ。
「にしても、流石は天下のIS学園ってだけあんなぁ……うへぇ、可愛い子が一杯いやがる」
流石に大人として鼻の下を伸ばして歩く訳にもいかないので、良識として平静を装って歩く遼太郎だったが、余所見をしていたのが原因だろう、一人の女性とぶつかってしまった。
「うぉっ!? す、すんません!」
「い、いえ! こちらこそごめんなさい!!」
遼太郎とぶつかったのは生徒ではない。低身長で童顔のメガネを掛けたスーツ姿がアンバランスなその女性は、一夏達1組の副担任と、VR研究部顧問を務める山田真耶だったのだ。
「もしかして、キリトやナツの言ってた山田先生っすか?」
「? えっと、桐ヶ谷君と織斑君のお知り合いの方ですか?」
「やっぱり! 俺、あいつ等と同じSAO生還者で、まぁ……ダチやってます壷井遼太郎つって、クラインって呼ばれてるっすね」
「あ! 聞いてますよ! クラインさんってお名前は。お二人とも口では否定してますけど、結城さんや宍戸さんはクラインさんは桐ヶ谷君と織斑君にとってお兄さんのような存在だって」
「兄貴……まぁ、そっすね。俺ぁ確かにあいつ等の事は弟みたいに思ってる節があるわなぁ……」
友達だと、対等な友人関係のつもりではいるが、それでもどこかで遼太郎にとって一夏と和人は弟のように見ている所があるのを自覚はしていた。
それはエギルことギルバートも同じで、SAOに居た頃からずっと、そんな気持ちを抱いて接していたのも確かなのだ。
「あいつ等……いや、アスナさんやユリコ嬢ちゃんもか。4人とも、元気にやってますかね?」
「ええ、4人ともとても良い子です。特に結城さんと桐ヶ谷君は年上ってこともあってか、クラスではお兄さん、お姉さんみたいな扱いを受けてますね」
「そっか、そいつぁ良かった……いえね? キリトの奴ぁ人見知りっつぅか、まぁコミュ障みたいな所もあったから、少し心配はしてたんすよ。周りは年下ばっかの女ばっかで、ちゃんとやって行けるのかって」
「そうですか……でも、桐ヶ谷君も最初こそぎこちなかったですけど、最近は自分からクラスの子達とも交流しようとしていますから、きっと人見知りを克服しようと頑張ってるんでしょうね」
「だと良いんですがね。あいつは時々一人で抱え込む事があるから、すまねぇけど先生の方でも注意して見てやってくれねぇか? どうか、頼んます!」
そう言って遼太郎が頭を下げると、真耶は慌てて顔を上げるように言う。
「だ、大丈夫ですよ! 私、先生ですから、生徒の事はちゃんと見てますから……その、だから顔を上げてください」
「……すんません、迷惑掛けたかな」
「いえ、それだけ壷井さんが桐ケ谷君達のことを気に掛けていらっしゃるんだって事ですから」
正直、真耶の中で壷井遼太郎という男の評価は高評価だった。聞いた話では女好きな面もあるちょっとノリの軽い男だという話だったが、気さくで、何よりも仲間想いの好青年だというのが、遼太郎と話して見て真耶が抱いた印象だ。
「あの、ところで山田さんって今は見回り中っすか? なんか引き止めちまったみたいだけど」
「いえ! 実は交代で今は自由時間みたいな状態だったので、全然大丈夫ですよ」
「じゃあ、あの……突然、こんな事を言うのもあれなんすけど、良ければこれからお茶でもどうっすか?」
「ふぇ!? えと、あの……」
話には聞いていても、初対面であることに変わりはない。しかし、真耶は23年間生きてきてナンパなどされた経験はあれど彼氏が居た事が無いので、男慣れしていないのだ。
故に、23とはいえどもいい加減に彼氏だって欲しいとも思うし、遼太郎という人物も少しは信用出来ると判断した結果、お茶くらいならと、そう思ってしまった。
「そ、それじゃあ、次の見回りの時間までで良いのなら……」
「ほ、ホントっすか!?」
壷井遼太郎と山田真耶、二人の未来は今日、ここから始まろうとしていた。
遼太郎と真耶が良い雰囲気になっている時、別の場所では休憩時間となり学園祭を見て回っていた一夏と百合子、和人、明日奈の所に楯無が訪れていた。
4人は突然の楯無の来訪に何事かと思っていたが、先日の一夏と百合子の襲撃事件に関連する内容だと聞かされ真剣な表情に切り替わり生徒会室へと移動する。
「それで、楯無さんの用事というのは?」
「それについてだけど、まず大前提として話すわ……恐らく、今日の学園祭の、たぶん後半辺りになると思うけど、
情報の出所としては更識家の情報機関ということなので信用は出来るらしい。もっとも、Kの襲撃もあったので、多分何かあるだろうとは思っていたが。
「既に確認しただけでも学園内に侵入者が一人かしら……特に怪しい動きを見せてはいなかったから、監視だけ付けて泳がせてるわ」
そう言って楯無は二枚の写真を机の上に置いた。そこに写っているのは黒髪の女性で、二枚とも同じ人物だが写っている角度が違う。
「入場履歴から確認したところ、名前は巻紙礼子というらしいけど、多分偽名ね。IS武装開発を専門とする会社、ミツルギの営業担当と名乗っていたそうよ」
「ミツルギって、聞いたことあるわ」
「明日奈さんはレクト社の元CEO令嬢ですし、あるでしょうね。でもミツルギに確認したところ巻紙礼子という人物は社員に存在しないという話だったわ」
目的は一夏と和人への接触だろう。IS武装開発を主としている会社の社員だと名乗れば、専用機の武装が近接戦闘用しか存在しない二人に接近し易くなると踏んだか。
「第一候補は、俺ですね」
「だな、ナツの白式は第4世代機だ。ならば第3世代機の黒鐡は二の次って考えるのが普通だろう」
「良くて二人のISを、最悪でもナツのISを、それが目的……」
「ええ、そこまでは予想してたし、巻紙礼子の目的もそれだとは思うのよ……でも、腑に落ちないのが次」
差し出された写真に写っているのはIS学園の敷地の外だ。海に面した崖下だろう、そこに小さいながらも一隻のボートと、それに乗る複数人の人影がある。
「いくら一夏君が強くて、第4世代機だからって、強奪目的ならこれだけの人数を待機させるのは大袈裟過ぎるのよね」
「確かにそうかも、勿論キリト君のISも狙っているなら考えられなくもないけど、それでも少し多い、かな」
明日奈も楯無と同意見だった。投入人数が余りに多すぎる。これではISの強奪以外にも何か目的があるのではないかと。
「箒の紅椿も狙ってるとか?」
「それはあるでしょうけど、それでも大袈裟過ぎる人数なのよ」
「……」
「ユリコちゃん?」
「この人影、どこかで……」
百合子が指差したのは、写真に写る人影の内の一人だ。
遠すぎてピントが合っていない為か顔などの人物特定は不可能だが、確かに百合子の言う通り一夏も和人も、そして明日奈も、どこかで見た覚えがあるような気がする。
「「っ!」」
その時だった。一夏と和人の背筋が凍るような殺気を感じたような気がして二人が急に立ち上がったのは。
「キリトさん……」
「ああ、嫌な予感がする」
「ど、どうしたの二人とも?」
「楯無、悪いけど学園内の警備をもう少し厳重に出来るか? 俺の勘が正しければ今のままじゃ、最悪死人が出る……もしかしたら、
「っ!?」
和人の戦士としての勘は電脳世界である筈のALOですら敏感だったのを楯無も知っている。それが現実世界でも同じなのも当然だが、これまでの付き合いで把握しているつもりだ。
それに、
だからこそ、楯無は和人の勘を信じて学園長へ内線を入れて隠密警備レベルを最大まで引き上げるよう通達した。
「楯無さん、俺とユリコは取り合えずこの巻紙礼子に接触してみます」
「……危険よ?」
「百も承知です。だから、最初は接触してIS武装についての話を聞くフリだけをするんです」
「後は向こうが脈ありだと感じてくれれば、後で自分から接触してくるはず……多分、そこで向こうも動く」
「なるほどね。なら一応警備として来園してる更識家の人間を付けるわ。なるべく無茶な行動だけはしないでね?」
「了解です」
「ん」
一夏と百合子の行動は決まった。後は和人と明日奈の方だが、二人はクラスの方に戻ってクラスメート達の護衛をするつもりだ。
「もし学園が戦場になれば、専用機を持たない一般生徒が危険だろ? だからなるべく直ぐ動いて守れる状態にしておきたいんだ。特に、三組にはクロエの存在もあるし」
「この待機してる人影の事もあるから、専用機持ってるわたし達が対処出来るようにしないとね」
「そうね、それじゃあ二人はそっちをお願い。念のため白兵戦出来る人間を更識家から派遣しておいたから、その人達と協力して頂戴」
一般生徒を守る。特に1年生は何が何でも守りたいと、和人と明日奈は思っていた。年上として、年下の彼女達を守るのが義務だと思うから。
「じゃあ、私も彼らを誘き寄せる為に生徒会主催の出し物という名の茶番に力を入れようかな」
楯無も、生徒会主催の出し物という名目で
こうして、密かに
白き剣士に迫る亡国の蜘蛛の影。
仮面の笑みを貼り付けた剣士と蜘蛛の邂逅の裏ではもう一つの悪意が黒と閃光に迫ろうとしていた。
そして再び現れる運命の少女、剣士は少女と剣を交えて何を見出すのか。
次回、SAO帰還者のIS。
「亡国の蜘蛛」
華々しき青春の裏で、激しき火花が散る。