SAO帰還者のIS
第五十一話
「最後の平和と最後の決戦」
ユイが消えてからの日常は、至って平和なものだった。
相変わらず朝起きて朝食、昼には遊びに出かけて夜になればログハウスで夕食を食べてという何気ない普通の生活をしていたキリトとアスナだった。
だが、とある日、キリトが釣りをしていると、一人のプレイヤーとふとした事から知り合うことになった。それがリアルでは東都高速線という通信会社に勤務しているというニシダと名乗る壮年の男性。
SAOでは戦いに出る事は無く、基本的には釣りをして生計を立てている彼は、その日も釣りに出かけた所でキリトと出会ったのだ。
「大人でも居るのだな、戦いに出ないで生活している者も」
「そりゃあそうですよ、ニシダさんみたいにゲームがしたくてSAOにログインしたんじゃなくて、会社の関係で視察といった理由からログインした人だって居たんです。そういう人は最初から戦う事への覚悟なんて無いから、当然だけど剣を持って戦うなんて出来ない」
「それに、2年も経てば攻略組の人ですらSAOでの生活に馴染んで、それぞれ自分の生活っていうものを送る人だって居ましたから」
SAOと他のVRMMOゲームの違いは、デスゲームか、そうではないか、の違いだけではなく、そこに現実世界と変わらない日常が、生活があったという点だろう。
前線やフィールドは確かに殺伐としていたが、街の中などでは殆どが生活感を感じさせていたものだ。
『パパ、ママ、夏休みにはニシダさんに会いに行くんですよね?』
「うん、ユイちゃんの事、ちゃんと紹介したいし、やっぱり少しでもお世話になったからね」
「今度はリアルで釣りを一緒にやりたいからな」
「キリト君、リアルでも釣れなかったら流石に笑うからねー?」
「う、いや……大丈夫、だと、思うよ?」
ニシダとの交流は楽しかった。
ヌシ釣りでは多少のトラブルこそあったものの、どれもが良い思い出で、彼との交流があったからこそ、アインクラッドでも普通に生活している人達が沢山居るのだと改めて思う事が出来たのだ。
「でも、それが俺達にとって最後の平和だった……ヌシ釣りが終わって直ぐに、ヒースクリフからメールが届いたんだ……緊急招集命令のメールがな」
緊急招集命令、それを聞いて全員の表情が強張った。
緊急という言葉が意味するのは、間違いなく良くない事態が起きた事。そして、最後の平和という事と、現在の最前線が75層だという事から、最後の戦いが来る事を悟る。
SAOが75層という途中でのクリアになった事はニュースでも報じられていて、クリアしたプレイヤーの名前こそ公開されていないが、途中クリアの事そのものは結構有名なのだ。
「俺とアスナがヒースクリフの所で聞かされた招集理由は簡単さ。ボスの部屋が見つかった事と、先遣隊が全滅した事だった」
「全滅だと!? 先遣隊は何人だったんだ?」
「調査隊20人の内、先遣隊は10人で構成されていた……その10人全員がボスの部屋に入った時、ボスの部屋へ通じる扉が突然閉じたらしい。調査隊の残された10人が何とか扉を開こうとしたらしいけど、結局5分後に自動で開くまで空けられなかった」
「それで、調査隊の残った10人が部屋の中を覗き込んだんだけど、先遣隊の10人の姿もボスの姿も、そこには無かったの」
生命の碑を確認した所、先遣隊10名全員の名前に横線が引かれていたので、ボス部屋の中で死んだのは間違いない。
誰一人転移しなかった事からも、ボス部屋は結晶無効化空間になっているのは明白で、最後のクォーターポイントの強力なボスが、更に手強くなるのは簡単に予想出来た。
「入ったが最後、死ぬかボスを倒すまで出られない……ね。流石にそれはアタシでも戦うのは遠慮したいわ、命が掛かっているのなら尚更よ」
「わたくしも、それは遠慮したいですわね」
「まぁ、普通はそうだろうな。でも俺達攻略組はそうも言ってられないから……だから俺もキリトさんも、ユリコとアスナさんだけでもこの時の攻略には参加して欲しくなかった」
ヒースクリフから話を聞かされた後、ユリコと共に来たナツにもキリトとアスナがヒースクリフから受けた説明をした。
そして、次の戦いは本当に不味いという事でキリトとナツはアスナとユリコに今回の戦いには参加しないで欲しいと願うが、二人は涙ながらにそれを拒否、結果として4人とも参加するという事になる。
「集まった攻略組全員がボスの部屋に移動して、いよいよ攻略が始まったけど……ボスの部屋に入っても何も居なかった」
百合子の言う通り、映像では攻略組がボスの部屋に突入して直ぐ、扉が閉じたものの、ボスの姿は無かったのだが、アスナが物音をキャッチして真上にボスが潜んでいるのを察知した。
そこに居たのは巨大な骨で出来たムカデのようなボス、両腕の鎌が凶悪なその名は、スカル・リーパー。
一気に天井から落下してきたスカル・リーパーを避けようと避難する攻略組だが、避難に遅れた二人がスカル・リーパーの鎌の餌食となり、たったの一撃でその命を散らす。
「一撃!? そんな、攻略組ってレベルが相当高いんだよね? なのに、一撃で?」
「こんな、簡単に死ぬのか……」
シャルロットと箒が、たったの一撃で死んだ二人のプレイヤーを見て、驚き、そして呆然としてしまう。
一般のプレイヤーより明らかにレベルが高く、HPだって多い筈の攻略組プレイヤーが、一撃でその命を散らしてしまうなど、何の冗談なのか、この時はキリト達ですらそう思ったものだ。
「熾烈な戦いだった。巨体の割りに素早いスカル・リーパーの攻撃は防御しても直ぐに回りこまれて無防備な所を攻撃されてしまうし、後ろから攻撃しようとしても尻尾の攻撃すら当たり判定が出てしまうから、迂闊に近づけないんだ。しかも一撃でも食らえば死ぬというのが最初の二人でよく判っているから、本当に攻撃を避けるので精一杯だったぜ
「俺は二刀流だったから、攻撃を片方で受け止めて、もう片方で攻撃しようとも思ったんだけど、攻撃が重すぎて二刀共防御に回さないと受け止める事が出来なかった」
「私の無限槍も同じ……正直、攻撃する余裕なんて無かったかな」
だから、一番厄介な鎌はダントツの防御力を誇るヒースクリフと、攻略組で最もレベルの高かったキリトとアスナの三人が食い止めて、他の全員が側面から攻撃する方向で攻撃が始まった。
ナツ、ユリコ、クライン、エギルの四人がメインアタッカーとなって、とにかく側面からダメージを与え、他のメンバーも必死に攻撃を加えている。
鎌を抑えるヒースクリフ、キリト、アスナも防御や回避を駆使して何とか所々で攻撃を加えているものの、クォーターポイントのボスの名は伊達ではなく、スカル・リーパーのHPの減りは随分と遅い。
そうこうしている内に死者がどんどん増えて、攻撃するメンバーが減っていく中、長い時間を掛けてようやくスカル・リーパーを倒した時には、全員疲労困憊状態で、まともに立てる者などヒースクリフだけだった。
「一夏、結局この戦いでは何人死んだ?」
「……14人」
「そんなに……っ!?」
千冬の問いかけに答えると、そのあまりの数に真耶が息を呑んだ。
精鋭だったであろう攻略組から、そんなにも死者を出したのは25層以来で、本当に苦しい戦いを乗り越えてきたのかと、改めて思い知らされる。
「しかし、この男は凄いものだな……一夏や和人さん達ですら座り込んでいるのに、一人涼しい顔をして立っているなど」
箒が指差したのは映像に映るヒースクリフの姿だった。
確かに、何も知らなければヒースクリフは本当に凄いプレイヤーだと思うだろう、尊敬もしよう、だけどこの男の事に関してだけは和人も一夏も、それに明日奈と百合子までもが表情を歪める。
「箒、こいつは凄いのは確かだけど、でもそれだけじゃないんだ」
「? それは、どういう……」
簡単な話だ。何故なら映像で今からそれが判明するのだから。
映像の中のキリトが突如ヒースクリフに攻撃をしたのだが、その隙を突いた攻撃はヒースクリフに直撃するものだと思われていたのだが、剣でも盾でもない、全く別の物によって遮られてしまったのだ。
「破壊不能オブジェクト!? ハァッ!? 何であれがプレイヤーに出てくるのよ!! ヒースクリフってユイとは違って間違いなくプレイヤーでしょ!?」
プレイヤー……確かに
だが、その正体は……。
『システム的不死……どういう事ですか団長?』
『この男のHPゲージは、どうあろうとイエローまで落ちないよう、システムに保護されているのさ』
キリトの説明、それを聞いた時、セシリア達は嫌な予感がしていた。
そもそも、何故SAOが75層という中途半端な所でクリアになったのか、スカル・リーパーを倒した時、その時だって今までのボス戦の時と何も変わらず、この後で76層のアクティベートをするだけの状態だった。
であれば、この後直ぐに何かがあってクリアになったのだろうが、そのクリアとなる原因があった筈で、それはつまり……。
『この世界に来てから、ずっと疑問に思っていた事があった……あいつは今、どこで俺達を観察し、世界を調整してるんだろうってな』
それは、明確に疑問に思っていたのは恐らくキリトくらいだろうが、心の何処かではプレイヤーの誰もが思っていた事なのかもしれない。
だが、キリトがそれを明確な疑問として持てたのは、カーディナルの存在を知っているから。カーディナルがあっても、細かな調整をするゲームマスターは、この2年間どこでアインクラッドでの様子を観察しているのか。
そんなの、ゲーマーであれば少し考えれば簡単に判る事だった。
『でも俺は、単純な心理を忘れていたよ。どんな子供でも知ってる事さ、他人のやってるRPGを、傍らから眺める事ほどつまらない事は無い』
そう、RPGというジャンルのゲームは自分でプレイしてこそ面白いのだ。他人がやっているのを眺めるだけなど、そんなつまらない事は他に無いだろう。
子供であれば誰もがそれを知っている。ゲーマーじゃなくても、それは今のゲームが多く溢れている現代を生きる者であれば子供の頃にゲームをやっているだろうから、殆どの者が必ずは経験している筈だ。
『そうだろう? ヒースクリフ……いや、茅場晶彦』
「馬鹿な! この男が……晶彦さんだと!?」
ヒースクリフの正体、それをキリトが口にした時、千冬が驚きの声を上げた。いや、声を出さなかっただけでセシリアや鈴音、シャルロットにラウラ、それに真耶とて驚いている。
写真や映像で見た事がある茅場晶彦の顔と、ヒースクリフの顔は一つも一致していないのに、何故……キリトがそれに気づいたのか。
『何故気づいたのか、参考までに教えて貰えるかな?』
『最初におかしいと思ったのは、
あ……、と声を出したのはセシリアと鈴音だ。彼女達は最初のキリトとヒースクリフの
『やはりそうか、あれは私にとっても痛恨事だった。君の動きに圧倒されて、ついシステムのオーバーアシストを使ってしまった……確かに、私は茅場晶彦だ。付け加えれば、最上階100層で君達を待つ筈だった、このゲームの最終ボスでもある』
なんとも趣味の悪いシナリオだ。最強のプレイヤーが一転して、最悪のボスとして登場するなど、彼の性格の悪さとでも言うのか、それが滲み出ている。
『最終的に私の前に立つのは、キリト君……君だと予想していた。ユニークスキル二刀流は、全てのプレイヤーの中で最大の反応速度を持つ者に与えられ、その者にこの世界におけるラスボスにして魔王として登場する私を倒す勇者の役目を担う筈だった。だが……君は私の予想を超える力を見せた、そこに敬意を評するが、まぁ……こういった想定外の事態も、ネットワークRPGの醍醐味と言うべきかな』
キリトの二刀流には、そんな役目が与えられていたのかと、ただ二刀流というスキルを持っているだけではなかったのかと、ヒースクリフの言葉に驚かされてばかりだ。
すると、血盟騎士団の一人が、今まで信じてきた団長の裏切りとも言える行いに怒りを表して斬り掛かってきたのだが、ヒースクリフは冷静にGM権限を行使してキリト以外全てのプレイヤーに麻痺のバッドステータスを付加する。
「うそ! お姉ちゃんまで!」
「む、これは不味い状況だ……疲弊して、HPとて満足に回復していない状況で和人一人しか動けないのでは、奴が襲い掛かって来ても対処出来んぞ」
まさしくラウラの言う通り、絶体絶命のピンチだった。
それはキリトとて思っていた事らしく、麻痺状態になって倒れたアスナを抱きかかえながら真っ直ぐヒースクリフを睨んでいる。
『どうするつもりだ? このまま全員殺して隠蔽する気か?』
『まさか、そんな理不尽な真似はしないさ。こうなっては致し方ない、私は100層の紅玉宮にて、君達が来るのを待つ事にするよ。ここまで育ててきた血盟騎士団、それに攻略組の諸君を途中で放り出すのは不本意だが、なぁに君達の力ならきっと辿り着けるさ』
それで本来は終わる筈だった。ヒースクリフは皆の前から去って、残された攻略組は76層からの攻略を進めていく事になる、それが本来のシナリオだった。
だが、最後にヒースクリフが何を思ったのかキリトへ自身の正体を看破した事への報酬を出すと言って来たのだ。
『チャンスをあげよう』
『チャンス?』
『今この場で私と一対一で戦うチャンスだ、無論不死属性は解除する。もし君が私に勝てば、ゲームはクリアされ、全プレイヤーをログアウト出来る……どうかな?』
これが、SAO途中クリアの真実。この戦いでキリトが勝利したからこそ、SAOはクリアされたのだと判明したが、本当にキリトは勝てたのだろうかと、少し疑問に思ってしまう。
確かに、
更に言うならヒースクリフが茅場晶彦だというのなら、当然だが自分が開発したソードスキルの動きや予備動作など全て記憶している筈だから、ソードスキルの一切が通じない可能性があるのだ。
「戦ったよ……戦ったから、SAOはクリアされて、俺は日本政府から解放の英雄と呼ばれているんだ」
この後、アインクラッドの勇者にして後の開放の英雄と、アインクラッド最強の剣士にして魔王の戦いが始まる。
その激闘を、頂上決戦を、この場の全員がついに目にする事になった。
次回遂にSAO編お終い!
ALO編はさっと流してとっとと臨海学校編終わらせます。