SAO帰還者のIS
第四話
「戦士を思う姉心」
入学一日目の授業が全て滞りなく終わった。
今は帰りのHRを行っており、連絡事項などを千冬が伝えているのだが、その途中で一夏達4人が名指しで呼ばれた。
「織斑、桐ヶ谷、結城、宍戸の4名は明日の放課後、整備室に集合しろ。レクトからお前達4人の専用機が到着する予定になっている」
「えーっ!? 専用機!? この時期に!?」
「うそー、良いなぁ」
「でも何で代表候補生じゃない結城さんと宍戸さんまで?」
一夏達に専用機が届く、その知らせにクラス中が騒いでいる。だが、男である一夏と和人は仕方が無いにしても、何故明日奈と百合子にまで専用機が用意されているのかと、殆どの生徒は疑問を持ち始めた。
「静かにしろ、今名前を挙げた4人はレクト所属のテストパイロットだ。レクト社と倉持技研共同開発の第3世代機のテストを行うのに、4人は選ばれたというだけの話だ」
企業所属のテストパイロットなら皆納得だ。
実際、専用機を与えられるのは国家代表や代表候補生だけではなく、企業と契約してテストパイロットとして企業が開発した試作機を専用機にするパターンも存在している。
「織斑先生」
「何だ、桐ヶ谷」
「俺達の専用機は明日の何時頃搬入予定なんですか?」
「明日の17時丁度だ。到着次第
到着時間を頭に叩き込み、翌日の予定を組み上げたところでHRは終了した。
殆どの生徒は放課後を思い思い過ごすのに部活見学へ行く者、真っ直ぐ寮に帰る者が大半だったが、一夏と和人は真耶に帰る前に来て欲しいと言われたので、まだ教卓の所に居る千冬と真耶の所へ移動する。
「織斑先生、山田先生」
「来ました」
「む、そうか…では山田先生」
「はい。織斑君と桐ヶ谷君、この後住む場所については政府から聞いてます?」
寮は準備があると聞いているので、初日に関しては一夏は自宅から、和人は学園近くのビジネスホテルから通う事になっている筈だ。
だが、真耶曰く、何かあっては不味いので初日から寮に住める様、急遽手配したとの事。これには感謝するしかない。
「あれ? でも荷物は?」
「安心しろ、お前の荷物なら私が昼休みの間に取りに行った。必要最低限の物で良いだろう? とりあえず着替えとケータイ充電器、勉強道具一式とだけ鞄に詰めて部屋に置いてある」
「え、ちょっと待ってくれ千冬姉! アミュスフィアは!?」
「必要無いだろうあんな物、家に置いて来た」
「な!? キリトさん! すいません、先行きます!!」
「おう、後でな」
千冬の非情な言葉に一夏は大急ぎで教室から出て行った。例え危なくとも、寮へ行くのが遅くなってもアミュスフィアだけは無いと困ると、自宅まで取りに行く事にしたのだ。幸いにも財布の金額を確認すればタクシー代くらいは十分あるので問題ない。
「織斑先生、いくらなんでもアミュスフィア持って来ないのはやりすぎじゃあ…」
「黙れ桐ヶ谷、これは私と一夏の問題だ。部外者のお前が口を挟むな」
和人には目も向けない千冬、本気で和人の事を嫌っているというより、視界にすら入れたくないという意思の現れだ。
一夏から千冬はVRMMOに関係するものは人間関係すら拒否している節があるという事は聞いていたが、まさかここまでとは少しキツイものがある。
「あ、織斑君に部屋の鍵渡すの忘れてました…桐ヶ谷君、後で渡してもらって良いですか?」
「わかりました…アスナ、そろそろ行こう」
「良いの?」
「ああ、織斑先生…一度、本気でナツと話をしてみた方が良いですよ」
「…あいつは一夏だ、ナツなどと忌々しい名で呼んでくれるな」
真耶から部屋の鍵を受け取った和人は明日奈の付き添いでリハビリ施設に向かった。ついでに暇していた百合子も誘って、現在は3人で向かっている。
「織斑先生、やっぱりわたし達の事嫌いなのかなー…?」
「SAO事件被害者家族は、そういうものだって聞いてますけど、ちょっと異常ですね」
「いや、判らなくも無いぜ…ナツに聞いた話だけど、両親が居ないからナツって織斑先生に育てられたようなものなんだって。しかも、凄く大事にされてきて、ナツ自身も織斑先生には感謝してるし、SAO事件で心配掛けた事には負い目もあるって」
たった二人だけの家族、その家族がSAO事件でいつ死ぬかも判らない寝たきりの生活を余儀なくされた。
しかも、その時千冬は一年間ドイツに行っていて、その間は一度もお見舞いに行けなかったと聞く。
漸くドイツから帰ってきて病院に駆けつけた千冬は眠り続ける一夏を前にして随分と錯乱したらしい。
「わたしもね、母さんがやっぱり織斑先生と同じなんだ…SAO事件の所為でVRMMOを快く思ってないの…SAOの仲間と会う事すら嫌そうな顔するくらいだもん」
「私の両親も、表面上は笑ってますけど、似たような感じです」
「そっか……まぁ、俺も母さんはやっぱり心配してくれてるんだよな」
SAO被害者家族とは、得てしてそんなものだ。和人の両親は理解があるのか、特にALOをやる事に何も言わないが、それでも心のどこかでは心配しているし、和人もそんな両親に少しだけ良心が痛む時がある。
「あ、着いたねー」
「大きい、ですね…」
「すげぇ、トレーニング施設だけでも俺やナツが行ってるジムの何倍もある…」
流石は国家施設でもあるIS学園のトレーニング・リハビリ施設だけあって、その規模は洒落にならない。
「あら、結城さん、お待ちしてました。私、スポーツドクターを兼任してます保険医のレミィ・G・室谷と申します」
「あ、結城明日奈です、お世話になります」
「はい、では早速ですが始めて行きたいと思いますので、まずは更衣室にご案内しますね」
学園常駐のスポーツドクター資格を持つ保険医の室谷という茶色のセミロングヘアーにした女性が明日奈を更衣室に案内して行ったので、残された和人と百合子は少し施設の中を見学する事にした。
二人もまだまだ筋力が完全に戻っている訳ではないので、これから先この施設には随分と世話になるだろうから、何処に何があるのか把握しておきたいし、同じく使う事になるであろう一夏にも教えたいのだ。
自宅からアミュスフィアを持って学園に戻ってきた一夏は随分と暗くなってしまった空を眺めながら寮に向かっていた。
これはもうALOにインするのは時間的にも難しいだろうと思いながら、そういえば寮の部屋は一人部屋なのか相部屋なのか聞き忘れていたなぁなどと暢気に考えている。
「え~と、ここか…でっかい寮だなぁホント」
寮の玄関先で、その大きさに圧倒されながら中に入ると、内装もまた随分と豪華な作りになっている事に驚き、そこで漸くまだ鍵を貰っていない事に気付いた。
「あ、やべっ!? 鍵貰ってねぇ!?」
「ナツ」
和人の声が聞こえたのと同時に何かが投げつけられる。
上手くそれをキャッチすると、寮の部屋の鍵と思しき物が握られており、飛んできた方を見れば和人が私服姿で缶コーヒー片手にエントランスの柱に寄りかかっていた。
「遅かったな」
「いやぁ、帰りの為にタクシー待たせるの忘れてて…」
「アホ…」
お恥ずかしいと、照れ臭そうに頭を掻く一夏に、和人は苦笑しながらポケットからもう一本缶コーヒーを取り出すと一夏に向けて放り投げる。
キャッチしてプルタブを開けると、すぐに飲み始める一夏は飲みながら鍵に書かれた部屋番号を確認した。
「1025室か…キリトさんと同じ部屋ですか?」
「いや、俺は1130室でアスナと同室」
「じゃあ…ユリコ?」
「ユリコは俺とアスナのお隣、1129室だった」
「え~…俺だけ随分と離れてません?」
何か悪意を感じてしまう。
「寮長は織斑先生だったぜ、部屋割りは織斑先生に決定権があるんじゃないか?」
「うわ、絶対に千冬姉が何かしたなこれは…そこまで俺がキリトさん達と一緒に居るのが嫌なのか…」
「それもあるだろうけど、お前とユリコが付き合ってるのも気に入らないんじゃないか? だって、1025室って事はアスナともユリコとも違う別の女子と同室って事だぞ?」
「…後で、ユリコにフォローしときます」
「そうしとけ」
兎に角、早々に休みたい一夏は飲み終えた珈琲の缶をゴミ箱に捨てて1025室に向かった。和人も自分の部屋に戻ったので、今は一夏一人だ。
「え~と、1023、24、25っと、あった」
意外にも直に見つかった1025室の扉を開いて中に入ると、中に居たルームメイトが丁度ベッドの上に座っていた。
しかも、そのルームメイトというのが、何を隠そう一夏の幼馴染、篠ノ之箒だったのだ。
「い、ちか…?」
「箒…?」
浴衣姿で呆然と一夏を見上げる箒は、普段ポニーテールにしている髪を下ろしてストレートにしていた。しかもシャワーを浴びた後なのだろうか、少し髪が湿っていて、肌も少しだが赤く火照っているのが妙に色っぽい。
「る、ルームメイトって箒なのか…」
「何? では一夏もこの部屋なのか!?」
「ああ、ほれ」
一夏が見せた鍵には間違いなく1025室と書かれている。そして、それは箒が持つ鍵も同様だ。つまり、この1025室は間違いなく一夏と箒の部屋という事だ。
「な、馬鹿な!? 貴様! 男女7歳にして席を同じゅうせずという言葉を知らんのか!? こ、高校生にもなって、男女が同じ部屋などと……」
「いや、だってこれ、間違いなく千冬姉が決めた事だろうからなぁ…俺は部屋割りについてノータッチだし」
「む、千冬さんが……」
大方、百合子との付き合いが気に入らない千冬が昔馴染みである箒と同室にでもして、何とか百合子と一夏を別れさせて、せめて箒と付き合うなら、とでも考えていたのだろう。
だけど、一夏にとって百合子との関係はただの男女交際とは訳が違う。SAOを共に戦い抜いた相棒であり、あの世界で確かな絆を育んだ最愛の妻であり、戻ってきたこの世界でもあの世界と変わらず永遠に愛すると誓った恋人なのだ。そう簡単に別れるわけが無い。
「とりあえず、箒はどっちのベッド?」
「ま、窓側だ」
「そっか、じゃあ…とりあえず荷物だけでも出すか」
一夏用のクローゼットに着替えを仕舞い、机に勉強道具を置いて一夏のベッド側にあるコンセントにケータイ充電器を差すと最後にベッドサイドにあったLANコネクタにアミュスフィアをセットした。
「これで良し」
「一夏、それは確か…あみゅすふぃあ、だったか?」
「ああ、ナーヴギアに代わる新しいVRMMO端末、SAO事件が終わった後に政府から無料で配布されたんだ」
でなければこんな高価な代物、持っているはずが無い。
「あ、あまり感心はせんぞ? ゲームばかりに感けているのは」
「まぁ、そうだろうけど…ALOは止められないからなぁ」
あの空を飛ぶ快感に魅了された。SAO時代の仲間達と、今度は命を賭ける事の無い冒険やクエスト攻略をする楽しさ、止められる訳が無い。
「(それに、もう直ぐなんだよな…“アレ”がアップデートされるのは……また、あの場所で今度こそ……!)」
「…そんなに、あの3人と一緒にゲームするのが楽しいのか?」
「ん? まぁな、SAO時代じゃ考えられなかった命賭けなくて良いゲームをSAOで苦楽を共にした仲間と一緒にプレイってのは、やっぱ何者にも代え難いよ」
殺伐としない、心行くまで楽しめるという事の、なんと素晴らしい事か。これはSAOを経験したからこそ、解る感情なのかもしれない。
「……ふん」
何が面白くないのか、不機嫌な表情になった箒は早々とベッドに潜り込んでしまった。
一夏も流石に眠いので、電気を消すと自分のベッドに入り、そのまま眠ってしまう。明日は専用機が届くという事なので、それを少しだけ楽しみにしながら。
次回は皆様お待ちかね、キリト達の専用機が登場!