SAO帰還者のIS
第三十五話
「認められない関係、譲れない想い」
これは、一夏と和人が風呂に入っている頃の話だ。
二人が正に最悪の報告を受けている事も知らずに、明日奈と百合子は遊技場にある卓球台で汗を流して、その後に風呂でさっぱりさせてから部屋に戻ろうとしていたのだが、ふと後ろから来た鈴音に呼び止められる。
「いたいたアスナさん、ユリコ!」
「鈴ちゃんじゃない、どうしたの?」
「いや、それがね~、二人を呼んできてくれって千冬さんに言われて」
「……織斑先生に?」
百合子が聞き返すと、鈴音が同意するように頷いた。
おそらくは近い内に来るだろうと思っていた事が、とうとうやってきたのだろう。この時、漠然とだがそう思った。
未だ、一夏が和人、明日奈、百合子と友達付き合いをしている事、一夏と百合子が付き合っている事を、千冬は許すどころか認めてすらいないのだから、きっと何かアクションを起こしてくるのは間違いないだろうと、そう思っていたのだから。
「他に誰か居るの?」
「アタシとセシリア、ラウラとシャルロット、それに……箒よ」
「うわぁ、修羅場の予感がするねー」
明日奈がほわほわとした口調で物騒な事を言う。
だが、千冬と箒、この二人が居るとなれば修羅場になるであろう可能性が高まるのも事実、否……確実に修羅場になるだろうと思った。
少しだけ心配になった明日奈はふと百合子の顔色を伺うが、当人は特に気にしていないのか、普段と変わらないクールな表情だったので一安心。
「行きましょ、もうみんな待ってるから」
「うん」
「……ん」
道中、ALOで次のクエストをどうするかという話をしながら、千冬と一夏の部屋に来た三人は、鈴音がノックをして、中から千冬の声で入室許可の声を聞き、中に入った。
部屋の中には既に千冬と、それからセシリア、シャルロット、ラウラ、箒も揃っており、座椅子に座る千冬の前に四人が座るという形になっている。
端に座るセシリアの隣に腰掛けた鈴音に続いて、その隣に明日奈と百合子も座ると、部屋に入るなり明日奈と百合子を鋭い眼光で見つめていた千冬が口を開いた。
「ようやく揃ったな……では、まず聞こうか、この中で家の愚弟に惚れている者は挙手しろ」
挙手したのは百合子と箒、鈴音のみ。
明日奈はそもそも和人と付き合っているので除外、セシリアは惚れているというより仲間意識や尊敬の方が強い。 そして、同じくシャルロットやラウラも一夏に対して持っている感情は恋愛感情ではなく仲間意識、尊敬の念といったもので、三人とも好意こそ持っているが、恋愛対象としては見ていないのだ。
勿論、もし一夏が百合子と付き合っていなければいつか好意が恋愛感情に昇格する事もあっただろうが、それはあくまでIFの話。
鈴音は今でも恋愛感情を抱いているものの、一夏と百合子の関係を見てきて最早自分が割り込む余地が無いというのを既に悟っている。
だからいつか、一夏より良い男を彼氏にして自慢してやろう、くらいの事は思っているので、恋愛感情こそ持っていても、もうそれは淡い初恋の記憶として封印しようとしていた。
百合子は言わずもがな一夏と恋仲であり、SAOの中では結婚までしていたので、半ば夫婦みたいな関係だ。
故に、一夏への感情は恋愛感情を超え、一般的な妻が夫へ向ける物と何一つ変わらない愛情を抱いている。
そして、最後に箒。彼女は何度も言うように未だ一夏への想いを諦めていなかった。
何があろうと一夏と付き合うのは自分じゃなければ認めない。一夏と付き合って良いのは自分だけだと、一夏に最も相応しいのは自分だと信じて疑わない。
「ふん、おい箒、鈴、お前達は一夏と付き合うつもりはあるか?」
「はい!」
「いや、無理でしょ、ユリコと付き合ってるのに」
千冬の見当外れの問いかけに箒は当然だと頷き、鈴音は何を言っているのかと半眼になって千冬を睨んでいた。
「私はそこの小娘と一夏が付き合うのを認めた覚えは無い。寧ろ今日は伝えるべき事があったから呼んだ」
「……何でしょうか?」
「宍戸、貴様には即刻一夏と別れて貰う。一夏がいつまでも貴様と一緒に居るから、VRMMOを辞めないのだからな。SAO生還者だという時点で、貴様には一夏と付き合う資格は無い」
「……」
この言葉が来るだろうとは、予想していた。
前々から千冬が和人達……取り分け百合子の事を忌々しく思っているという事には気づいていたし、いつかは言ってくるだろうと、思っていたのだ。
たった一人の家族、他の何者にも代え難い大切な弟がSAOという悪魔のVRMMOによって2年も生死を彷徨っていたのだから、その弟を危険な目に遭わせたVRMMOという存在そのものと、それに関わるあらゆる全てを千冬は憎んでいる。
本当なら、もう二度と一夏にはVR関係には関わって欲しくない。だからSAOで出会ったという仲間との縁も、断ち切ってしまいたかった。
だけど弟は千冬の言葉をまるで無視してALOを今でも続けていて、仲間達との交流も絶とうとしない。
歯がゆい、出来る事なら強引にでも断ち切ってしまおうと何度も考えたが、それが切欠で一夏との関係が、姉弟としての関係が壊れるのが怖かった。
だから、IS操縦者としての道を示し、一夏に自分の跡を継ぐという道を選ばせようとした。多少強引になってはしまったが、それが一夏の為だと自信を持って言える。
VR技術は一夏に悪影響しか与えない。ISなら、一夏をきっと輝かしい栄光に導いてくれる、少なくとも自分の目の届く範囲に一夏が居てくれる、きっと一夏なら最初は反発してもいつか理解してくれる筈なのだ……IS操縦者の道に進んで良かったと。
「一夏は今後、日本代表候補生になり、いずれは日本の国家代表としてモンド・グロッソへ出場し、私が立った総合優勝の表彰台に立つという人生がある。その人生に、宍戸……貴様という存在は汚点でしかない」
「その人生を、ナツが受け入れると本気で思っているんですか?」
「ああ、勿論だ。あいつはIS操縦者になるべきなのだ、それをきっと理解する日が来る。そうなれば貴様という存在は邪魔にしかならん」
二人の会話を聞いていて、明日奈はふと、自分の母を思い出していた。
似ている。千冬と明日奈の母は、考え方が似ているのだ。VRMMOというものを認めない所、自分の示した人生こそが絶対だと信じて疑わない所、そして……その為に付き合っている相手を邪魔に思っている所が。
「織斑先生」
「……何だ、結城」
「織斑先生の言う人生は、本当にナツ君が望んでいる人生なんですか?」
「何が言いたい?」
「織斑先生の言っていることは、全部押し付けだと言っているんです。IS操縦者としての人生……ええ、確かにナツ君の実力があれば将来は凄いIS操縦者になれるでしょう、それだけの才能も彼にはあるんでしょうから。でも、それはナツ君の望んでいる人生ではない」
「……」
「ナツ君は、VR技術の研究者になると、そう言ったはずです。お姉さんなんですから、弟の望む道くらいは知っていますよね?」
明日奈の問いに、千冬は沈黙した。だが、その沈黙こそが答えだ。
「ナツ君が望む研究者になるという人生、それを織斑先生は無視して、いえ……押し潰してまでIS操縦者としての道を、強要するのですか?」
「強要ではない、あいつ自身が悟る」
「では、一生その道に進むことは無いでしょう。彼はIS学園を卒業したらアメリカの大学へ進学を希望しています。日本政府も、彼が留学するのであれば全面的に支援する用意があると言っていますから、先生が望むまいとしても、彼は必ずアメリカ留学するでしょうね」
「未成年者は保護者の同意無しに留学など出来ん」
「ええ、普通はそうですね。ですが、日本政府は正直、キリト君とナツ君がVR技術関係の道に進むのであれば全面支援をすると断言していますから、例え織斑先生の同意が無くとも、日本政府が本来個人に対して行う事などあり得ないはずの特例を出してでも留学させるでしょう」
特例を出してまで日本政府は一夏と和人をVR技術の道へ進むのであれば支援するという言葉、それには当然留学も含まれると知って箒が慌てた。
当然だ、留学なんてされたら、それこそ一夏と距離が離れてしまう。ようやくIS学園で再会したというのに、また離れ離れになるなど到底認められないのだから。
「ちょっと待ってください明日奈さん! 何で日本政府がそんなにVR技術を推しているんですか? そもそもISの開発者が日本人である以上、普通はISの方を推すはずです!」
「ううん、日本はISが開発された当初こそISを全面的に推していたけど、今のVR技術の発展と、今後のIS技術とVR技術の発展予想から見て、IS技術よりもVR技術を優先すべきという意見が大多数を占めているの」
現在、日本政府は将来的にIS技術を最低限残して、VR技術の方を優先的に発展させていこうと計画している。
その理由はIS技術の先の見通しが暗いことと、VR技術を発展させて世界トップになった方が日本の為になるという考えがあるからだ。
ISは確かに兵器として見た場合は世界最強なのだろう。だが、所詮は戦争の道具であり、戦うこと以外に技術転用出来る事は宇宙進出と災害救助くらい。
だが、それくらいなら別に技術を最低限残しておけば可能なので、これ以上の発展をする必要性が無いのだ。
更に言えばISはたった一人の人間によって急に全てのコアが停止させられてしまう可能性だって十分考えられるブラックボックスの塊、その技術の全てを知るのが世界でたった一人しか居ないという不安定な技術だ。
だが、VR技術は現在でも既に医療への転用実験が行われており、試験的に医療用VRマシンというのも稼動している。
その他にも進化の仕方によっては日常生活へも進出して、いずれは生活の一部にすらなる事が可能であろう技術なのだ。
ブラックボックスという訳でもなく、将来性がISよりも高いVR技術を日本政府が選ぶのも当然だろう。
「そもそも、理解できん。何故政府は一夏と桐ヶ谷をそこまで支援する? 数多く居るSAO生還者の中から、何故あの二人がそこまで特別視されている?」
「織斑先生は、知らないんですか?」
「何……?」
どうやら、本当に何も知らないようだ。
知ろうとしなかったからなのか、それともただ知らされていないからなのか、それは定かではないが、一夏と和人が日本政府に、特に総務省に特別視されている理由を、彼女は知らない。
「ご自身でお調べください。わたし達が話すのが本来なら筋なのでしょうけど、政府が機密扱いしていますから、SAO生還者でも一部の人間しか知らない事なんです。他者へ漏洩だけはしないようにと、念を押されてますから」
「いいだろう。だが、どのような理由があろうと、私は宍戸と一夏の関係を認めるつもりは無いし、留学も認めない。留学を推進する日本政府には私から問い詰めて馬鹿な真似はしないように言う必要がありそうだ」
「どうぞ、ご自由に」
そう言い残し、明日奈は百合子と共に立ち上がり、部屋を出て行った。
残された面々もセシリア、シャルロット、ラウラが二人の後を追うように立ち去った事で解散となり、こうして臨海学校1日目の夜は過ぎ去っていく。
アメリカ、ハワイ沖にあるアメリカ軍IS実験施設、ここでは現在、アメリカとイスラエルが共同開発した第3世代型軍用ISの起動試験を夜に控えており、厳重な警備体制が敷かれている。
その施設近くにあるホテルの一室から双眼鏡を使って施設を眺めている者が居るのだが、現状施設の者に気づいている者は居ない。
「なるほど、つまり僕はあそこで今夜起動実験が行われる事になっているISにハッキングを仕掛ければ良いんだね?」
「ええ、ミスター須郷の手腕があればISをハッキングして暴走させるのなんて容易いでしょう?」
「勿論可能だとも。だけど解せないのは、暴走させるメリットだ。どんなメリットがあるのか、聞かせてくれないかな? スコール」
ホテルのその部屋に泊まっているのは、現在逃亡中の須郷伸之と亡国起業の幹部の一人、スコール、それから護衛として着いて来たオータムとMの4人だ。
「メリットはISが暴走を起こせばアメリカ軍のことですもの、必ず凍結処分を下すでしょう。そうなれば後は凍結された機体は搭乗者が居ないのだから、強奪するのが随分と楽になるわ」
「なるほど、サイレント・ゼフィルスの時は搭乗者の決まっていない機体だったから暴走させなかったけど、今回は搭乗者の決まった機体だから暴走させる、ということか」
納得した須郷は早速ノートパソコンを開いて電源を入れた。
このノートパソコン、見た目こそ市販の、それこそパソコンショップなどに普通に売ってそうな代物だが、中身は亡国機業のテクノロジーを結集して作り出した化け物スペックとなっている。
使う者が者ならこのパソコン一台で大国のホストコンピューターにクラッキングしてデータを盗み出し、証拠を残さないなんて事はお手の物というほどで、それを扱うのが須郷という、現在電子工学世界一の頭脳と言って良い存在が扱う以上、このパソコン以上に凶悪なスペックのパソコンは存在しないだろう。
「ふん、ただ暴走させるだけでは面白くないな……オータム、IS学園の現在のスケジュールは分かるかい?」
「あん? 確か臨海学校つったか? 暢気に海で遊んでるらしいぜ」
「ほうほう、正確な場所は?」
「んっと……ああ、これだ」
オータムが見せたデータに載っている地図のマークされているポイント、そこは間違いなく現在IS学園1年生が臨海学校で来ている場所だ。
「おや、太平洋側か……好都合だ」
一つ、忌々しい小僧に復讐のチャンスが巡って来たと思うべき好機。
軍用ISを暴走させる、それだけでは面白くないと思っていた矢先に巡って来たチャンス、これを逃す手は無いと、須郷は嬉々として施設にて起動実験を待つISへのハッキング準備に入るのだった。
次回、ついに皆さんお待たせしました!
兎の登場です! そして、どうなる紅き椿の花は。
それは次回をご期待ください。