SAO帰還者のIS
第一話
「帰還した戦士達」
最悪のデスゲームと化したVRMMORPG、ソードアート・オンラインに囚われ、2年で生き残った6147名はゲームクリアと共に現実世界に開放された。
だが、その内300名だけが意識を取り戻さなかったものの、世間に知られることの無い本当に最後の戦いの末、残る300名も開放され、漸くSAO事件は本当の意味で終焉を迎える。
SAO帰還者にして、後のアルヴヘイム・オンライン、通称ALOで起きたSAO帰還者300名拉致、人体実験が行われていたALO事件でも解決に貢献した黒の剣士キリトと白の剣士ナツ、無限槍のユリコと、SAOクリア後にALOの世界樹頂上に幽閉されていた閃光のアスナの4人もまた、漸く訪れた平和をリハビリと今後進学予定となっているSAO帰還者専用の学校の下見など、思い思いの生活をしながら過ごしていた。
「んで? 何で俺とナツは此処に居るんだ?」
「あ、あはは…すいませんキリトさん、弾の奴が忘れ物したからって蘭に頼まれて」
現在、黒の剣士キリトこと桐ヶ谷和人と、白の剣士ナツこと織斑一夏は藍越学園という高校の受験会場となっている市民ホールに来ていた。
和人は市民ではないのだが、丁度一夏の所に遊びに来ていた時に今回この場所に来る事になった理由に巻き込まれたのだ。
「それにしても俺、その弾って奴には会った事無いけど、良いのか?」
「良いですよ、それに俺も弾にキリトさんの事紹介したいって思ってましたし…俺の、兄貴だって」
二人がこの場所に来ている理由は、一夏の親友である五反田弾という少年が今回、藍越学園受験の為にこの場所に来ているのだが、その弾が受験に必要な物で忘れ物をしたと彼の妹から報告を受け、用事で届けに行けないという彼女に代わり、届けに来ていたのだ。
「それにしても、何で受験会場が市民ホールなんだ? 普通高校の校舎でやるもんだろ」
「何でも去年の受験の時にカンニング事件があったみたいで、その対策とか」
昨年と言えば一夏も和人もまだSAO内に囚われていた頃だ。なのでカンニング事件の事については最近になって人伝に聞いた話になる。
「でさナツ……」
「はい……」
「ここ、何処?」
「…さあ?」
男二人、市民ホール内で迷子になっていた。
仕方が無いだろう。そもそもこの市民ホールが出来たのは一夏がSAOに囚われている頃の事なので、最近目を覚ましたばかりの一夏は来た事が無い。和人に至ってはそもそも住んでいる県が違う。ここは東京都であり、和人が住んでいるのは埼玉県だ。
「案内板とか無いか?」
「それらしいものは…あ、あそこに扉がありますけど、入ってみますか? 中に人が居れば道を聞けば良いですし」
「そうするか」
丁度二人が居る場所から少し歩いた所に扉がある。中に人が居れば道を聞けるし、居なかったら居なかったでまた別の道を探せば良いだろうと、二人は扉の前まで行き、開けて中に入る。
「あれ? 結構暗い…でも人は居ませんね」
「だなぁ…って、あれ?」
部屋の中央、薄暗い部屋の中央にライトアップされている物体が和人の目に止まった。それは人の身長以上の大きさを持った機械の鎧。
「これって、ISだよな?」
「ええ、確か…打鉄だったと思います」
世界最強のパワードスーツ、インフィニット・ストラトス…通称、IS。世界初のVRMMORPGを開発した天才科学者、茅場晶彦とは分野が異なるもう一人の天才、篠ノ之束が開発した宇宙進出を目的とながら、世界では兵器として認識されてしまった最強の兵器。
「何で市民ホールなんかにISが?」
「いや、俺も判りませんよ…でも、此処にあるって事はIS関係者が居るって事ですよね?」
ISは未だ開発者の篠ノ之束博士以外全てを知る者は存在しないブラックボックスが多々存在している。
特に、ISをISたらしめているコアは、その製造方法を博士が公表しない為、実質製作できるのは篠ノ之束ただ一人、しかも博士はコアを467個造った時点で、それ以上の製作を止めてしまった。それ故、ISは絶対数が決まっている貴重品とも言える。
その貴重なISを無造作にこんな所に置いておくわけが無いので、間違いなく此処にIS関係者がいるという事は、簡単に予測出来た。
「丁度良い、その関係者探して道を聞きますか?」
「そうだな。でもその前に少し見て行かねぇか?」
「興味あるんですか?」
「そりゃ男ならロボットには興味持つだろ」
ロボットではないのだが、その気持ちは一夏にも理解出来た。特に、一夏の姉はIS関係者であり、その世界のVIPでもあるので、常々ISには興味があったのだ。
「へぇ、近くで見ると結構スマートなんだな」
「装甲も変にゴツゴツしてないですね」
無造作に置かれている打鉄に近寄り一夏と和人は前から後ろから、様々な角度から打鉄を眺める。
「確か打鉄って第2世代だっけ?」
「ええ、第1世代型ISである暮桜をモデルに倉持技研だったかな? そこが開発した機体らしいですよ、量産機なんで他の国にもあるみたいです」
暮桜については一夏も詳しく知っている。何故なら暮桜は一夏の姉の嘗ての愛機、未だ脳裏に焼きついている、SAOに囚われる前に起きた事件で目にした機体なのだから。
「良いよなぁ、これに乗れば現実でも空飛べるんだろ?」
「俺達はALOで飛ぶくらいしか出来ませんからね、現実で空飛べるのは確かに羨ましい」
「何で女にしか起動出来ないんだろうな」
和人が口にした台詞、それは世界最強の兵器であるISの唯一の欠陥、男では動かすどころか起動する事すら出来ず、女にしか扱えないというものだ。
故に、世界最強の兵器であるISを動かせる女は必然と男より上の存在だという女尊男卑の風潮が広まり、今ではそれが当たり前の世の中になってしまった。
「まぁ、乗ったら乗ったで戦ったりとかするんだよな? 流石にそれは勘弁願いたい」
「ですね、もう俺も戦いは勘弁して欲しいです」
SAOの2年間と、その後のALOでの戦いの日常、普通に暮らしていればまず経験する事は一切無い経験をしてきた二人は、もう戦いはコリゴリだと、ゲームでの戦い以外の…命懸けの戦いは勘弁して欲しかった。
正直、疲れたのだ。命を賭けた戦いをする事に。2年もそんな戦いをしていれば、それも当然と言えば当然だろう。
「そろそろ行くか?」
「あ、はい…って、うおっ!?」
「あ、おい馬鹿!」
もう十分に見物したし、そろそろ行かねば不味いと部屋を出る事にしたのだが、一夏が打鉄の足元で躓いて咄嗟に打鉄に手を付いてしまった。
和人も転びそうになった一夏を支えようと手を伸ばしたのだが、一夏が打鉄に手を付いて踏みとどまった為にその手は空を切り、打鉄の装甲に同じく手を付く形になってしまう。
そして、それが二人の運命の転換だった。本来、女にしか起動出来ない筈のISが、一夏と和人が触れた瞬間、起動して様々な情報が二人の頭に流れ込んできたのだ。
「い、今の…」
「ISが、動かせる…のか?」
「おい! 君達此処で何を……って、男がISを起動させてる!?」
打鉄が起動した事で異常を察知したのか、何処かの職員らしき女性が部屋に入ってきて、打鉄を起動させている一夏と和人を見て、二人が男だという事に気付いて絶句していた。
二人は顔を見合わせると、どうやら厄介事に“また”巻き込まれたのだと溜息を溢しながら、自分たちから離れてくれない戦いの運命とやらを恨むのだった。
数日後、世界中に男でありながらISを起動させた存在として、織斑一夏と桐ヶ谷和人のニュースが連日流れ続けていた。
その件の二人と言えば、何故か和人の恋人である閃光のアスナこと結城明日奈と、一夏の恋人である無限槍のユリコこと宍戸百合子も入れた4人で明日奈の父が少し前までCEOを務めていたレクト本社に来ていた。
レクト本社の応接室にて、和人、明日奈、一夏、百合子の4人は向かい側の席に座る明日奈の父、結城彰三と兄の結城浩一郎と何故か向かい合っている。
「それで、何で俺達は呼ばれたんですか?」
「うむ、明日奈から聞いたが、桐ヶ谷君と織斑君はIS学園に入学する事になったのだったね?」
「ええ、SAO帰還者の学校への入学が取り消されて強制的に」
そう、一夏の言うとおり、本来であれば一夏と和人は4月からSAO帰還者の為に政府が用意した学校に通う事になっていたのだが、二人がISを起動してしまった事が原因で、保護の意味も込めて二人は強制的にIS学園への進学が決まってしまったのだ。
しかも、本来なら高校2年生になるはずの和人もIS学園では1年生からスタートなのだ。
「実は、君達がIS学園に入学が決定したのと同時に、明日奈と百合子君も本人の希望でIS学園に入学させる事となった」
「あ、アスナ!?」
「ユリコも! 何でだよ!?」
「だって、キリト君が居ないのに向こうの学校に行っても仕方が無いもん。だったらキリト君と同じIS学園に行こうって思ったの」
「私も、ナツ君とずっと一緒に居るって約束があるから」
だが、勿論明日奈と百合子のIS学園入学は容易ではない。だが、明日奈の場合はある意味特例なのだ。
未だリハビリを続けていて、杖なしでは歩く事もままならない明日奈をIS学園に入学させる事で、IS学園にある大型スポーツ・リハビリ施設でリハビリをさせるのが目的だ。
向こうには専属のスポーツドクターも居るとの事なので、今のまま病院でリハビリをするよりもより高性能なリハビリ器具と、徹底されたスケジュールでリハビリ出来るIS学園に行った方が効率的なのだとか。
「まぁ、明日奈を入学させるのに、百合子君をドサクサで紛れ込ませられたのは運が良かった」
豪快に笑う彰三氏だが、4人は冷や汗が止まらなかった。物凄い無茶をしたのではないだろうかと、そう思えて仕方が無い。
「それと、もう一つあるのだよ、君達を呼んだ理由は…浩一郎」
「はい、父さん。みんな、これを見てくれ」
浩一郎が差し出してきたのは何かの資料だった。そこに書かれているのは一夏、和人、明日奈、百合子の専用機についての詳細スペック等々。
「専用機!? と、父さんこれって!!」
「うむ、我がレクト社と倉持技研の共同開発で4人の専用機を急造中だ。名目上、4人はレクト社所属のテストパイロットという扱いになる」
更に資料を読み進めていると、スペックの欄にナーヴギア搭載というISのスペックとしては変な単語が書かれているのに気付く。
しかも、その単語は4人の専用機全部に共通している。
「4人ともSAO帰還者だからね。SAOでの戦い方が一番慣れているだろうと思って、ISにナーヴギアを接続する事で、ナーヴギアに保存されたSAOのセーブデータを読み取ってSAOでの皆のスキルデータをISに反映出来る仕様にしてある」
「それって、ソードスキルがISで使えるって事ですか?」
和人の問いに、浩一郎は頷く事で肯定した。
そう、4人のISに共通するスペックとして、各人のナーヴギアを接続する事で彼らのSAO時代に使用出来たソードスキルや、その他の戦闘用スキルをISで再現可能にしてあるという物がある。
和人であれば二刀流スキルと片手剣スキル、投擲、体術など。一夏なら片手剣スキルに投擲、体術、明日奈は細剣に体術、百合子は槍スキル、無限槍スキル、投擲、体術だ。
「武器に関しても4人がSAOで使っていた武器を再現して作らせている。思う存分、SAO時代の戦い方が出来るよ。更に言えば魔法こそ無理だが、空を飛ぶという点でALOでの戦い方もやろうと思えば出来るから、君達は君達自身の戦いが出来るんだ」
それから、和人と明日奈の専用機にだけ、サポートAIとして元SAOのメンタルヘルスカウンセリングプログラムにして和人と明日奈の娘であるユイを移動させられる様にしてあるとの事だ。
「ナツ君、どう思う?」
「ああ、これは良いな…正直、俺もキリトさんも、もう黒の剣士と白の剣士はALO事件が解決した事で出番が終わったと思っていたけど、ISに乗る以上もう一度必要になる可能性も十分考えられたし、有り難い」
このスペックなら、黒の剣士キリト、白の剣士ナツとしての戦いが出来る。正直、今の立場を考えればそれは有り難いの一言だ。
「専用機の完成は流石に入学式までには間に合わないから、入学後に直接IS学園へ送る。なのでナーヴギアは入学前に預けてもらえると助かる」
彰三曰く、レクト側でナーヴギアのデータを読み込ませておくとの事なので、後日一夏と和人、百合子はナーヴギアをレクトに送る事になった。
因みに明日奈は既にナーヴギアを預けているとの事なので、その必要は無い。
「うむ、話はこんな所か。一応、君達にはレクトの仮社員としての立場を与えるので、これを渡しておく」
そう言って彰三が差し出したのはレクト社のIDカードと写真入りネームカードだった。これがあればいつでもレクト本社に出入りする事が出来る上、専用機の共同開発を行っている倉持技研にもある程度は利くとのことだ。
「4人とも、IS学園に入学したらくれぐれも怪我などには十分気をつけて、偶にで良い、元気な姿を見せに来てくれたまえ」
そう言う彰三の顔は、娘の明日奈だけではなく、和人も一夏も、百合子の事も、まるで我が子の様に心配していると言わんばかりに、父親の顔だった。
一応、メインで投稿しているのはSAOLの方なので、こっちの更新は結構遅いかもしれませんが、次回もお楽しみに。