SAO帰還者のIS
第百二十一話
「織斑の父と母」
結城本家で明日奈が生きる屍と化したオータムと対峙する少し前、修学旅行二日目の観光先で西本願寺に来ていた和人は一夏と百合子に断りを入れてお手洗いで用を足すと、駆け足で二人に追い付こうとしたのだが、剣呑な気配を感じて足を止めた。
「ほう? 凡人風情がよく俺の気配に気づいたな」
「殺気立ち過ぎだ。それだけ殺気を放っていれば嫌でも気づく」
建物の影から出てきたのは一人の男性だった。腰に日本刀を下げたその男の顔は、和人にとって見覚えのあり過ぎるものだった。いや、正確に言うのなら、よく知る顔が歳を取れば近づくのではないかという顔。
そう、男の顔は和人の弟分によく似ているのだ。
「アンタが織斑百春か」
「ふん、凡人が気安く俺の名を呼ぶな。俺の名が汚れる」
弟分と顔が似てても、目は明らかに違う。この男は和人を、明らかに格下だと見下し、侮っているのがよく分かった。
「貴様は凡人でありながら英雄と呼ばれているらしいな。我が
「娘……ああ、織斑先生……千冬さんの事か」
「そうとも、最強の称号も、英雄の地位も、その全ては千冬にこそ相応しいというのに、貴様が名乗っていては英雄の称号が汚れるというものだ」
別に、和人は自分から英雄だと名乗った事は一度も無い。周りが解放の英雄と呼ぶだけであって、自身は己が英雄だなんて思わない。
「それで、その腰の刀……そいつで俺を斬りに?」
「ふん、ISを持つ貴様に生身で挑むなど愚の骨頂、当然だがこちらも同じ土俵に立たせて貰うぞ……来い、我がIS、童子!!」
百春が光に包まれ、その身に群青色の装甲を纏った。イギリスのサイレント・ゼフィルスを彷彿とさせる脚部、大型のスラスターを備えた
「これこそが我が最強のIS、第四世代型IS“童子”だ」
「……来い、黒鐡」
対する和人も 黒鐡を展開し、両手にエリュシデータとダークリパルサーを握って構える。
百春もまた、腰の鞘から刀型の武装を抜刀し、身体を横にして刀を目線の高さまで持ち上げると、切っ先を和人に向けた独特の構えを取った。
「その構え、確か神道無念流の霞の構えだったか」
「ほう? 凡人風情でもこの構えは知っていたか」
「これでも元剣道経験者なんでね、他流派の事も爺さんから嫌ってくらい教えて貰ったよ」
京都の地にて神道無念流の使い手と戦うなど、普通なら心躍る展開なのだろうが、今はそんな気分になれなかった。
流石に相手の人間性が悪すぎるのが原因なのだろうけど、和人としては残念な気持ちで一杯だ。
「一つ、良い事を教えてやるよ凡人。千冬の人並外れた身体能力は俺の遺伝だ……それがどういう事なのか、理解出来ないほど頭が悪いわけではあるまい?」
それはつまり、この男……織斑百春もまた、千冬と同じように人並外れた身体能力を持つ存在だという事だ。
なるほど、確かにこの男が慢心するのも理解出来るというもの。なまじ人並外れた身体能力を持っていて、恐らく今までそれだけで戦って勝ち続けてきたのだろう、だからこその慢心であり、そして……油断だった。
だけど、百春は知らないのだ。今、自分が相手をしようとしているのは、目の前の英雄は、仮想世界でブリュンヒルデを下して以来、現実世界でもISを使って戦い、何度も勝利しているという事を。
「それならこっちも教えてやるよ……身体能力がいくら人並外れて高かろうと、付け入る隙は十分あるし、決して勝てない相手じゃないって事をな」
「何……っ!?」
突然、和人が距離を詰めてエリュシデータを振り下ろして来た為、百春は慌てて刀の腹で受け止めたが、ダークリパルサーの刃が胴に入り、横に吹き飛ばされた。
「二刀流の相手をするのは初めてか? 剣一本に気を取られていたら、あっと言う間に負けるぜ?」
「グッ……こ、小僧……凡人の分際で、この俺に一撃入れた程度で良い気になるなよ」
今度は百春が全身の展開装甲を開いて
和人から見ても、百春の操縦者としての腕は素人に毛が生えた程度でしかなく、剣の腕も千冬以下、身体能力こそ千冬以上に高いだけで、正直に言おう、織斑百春は和人の敵足り得るほどではなかった。
「……」
素人にしては中々の加速で迫ってくるのを冷静に見据えながら、和人は右手のエリュシデータを構え、その刃をライトエフェクトで輝かせると振り下ろされた刀にエリュシデータの刃を叩きつける。
「っ!?」
「ソニックリープ……片手剣ソードスキルの中でも基本のスキルだ。アンタには二刀流スキルは必要無い」
ダークリパルサーを格納し、久しぶりのエリュシデータ一本のみの状態になった和人は刀を弾かれて距離を取った百春にエリュシデータの切っ先を向けた。
「来いよテロリスト……アンタの言う凡人が、超人を下す方法ってのを教えてやる」
和人が百春と対峙している頃、西本願寺の境内に入っていた一夏と百合子は自分達に向けられた視線に気づき、警戒していた。
「出て来い! 京都駅からずっと、俺達を見ていたのは知ってるぜ」
「本当に……成長したのね、
本堂の影から出てきたのは、桜色の着物を着た黒髪の女性だった。紺色のストールを羽織り、腰に一本の日本刀を差したその女性の顔は……千冬と円夏に、瓜二つ。
「ナツ……あの人」
「ああ……織斑秋十だな」
「まぁ、母さんと呼んでくれないの? 一夏」
「呼んで貰えるとでも? テロリストの一員であるアンタを、俺が母と呼ぶとでも思ったのか? だったら随分と御目出度い頭をしているな」
雪椿と槍陣を展開した一夏と百合子に、秋十は変わらず微笑みを浮かべたままISを展開する様子すら見せない。
ただ、その微笑みが二人にはどこか恐ろしく見えた。
「そうね、生まれたばかりの貴方を置いて出て行った私を、恨んでいるのも無理は無いわ……でもね、私は今でも一夏、あなたを心の底から愛しているわ。それだけは、何年経とうと、何処に居ようと変わらない」
「反吐が出るな。生憎俺は親の愛情なんてものを望んだ事は一度だって無い、アンタを家族だなんて思った事も無いし、これから先だって思う事なんてあり得ない」
言いながらトワイライトフィニッシャーを展開し、右手に構えた一夏と、それに続く様にルー・セタンタを展開して構えた百合子は同時にライトエフェクトで武器を輝かせる。
「百合子、合図したらスイッチしてクレーティネを使うんだ」
「でも、生身の人だよ?」
「どうせ向こうもISを持ってるだろうぜ」
咄嗟の時にはISを展開するはず。だから百合子には構わず最大の威力を持つオリジナルソードスキルを使うように言って一夏は前に出た。
「今更俺の前にのこのこと出てきたんだ……殺される覚悟はあるんだろうな?」
「……ふぅ、乱暴な言葉遣いだわ。これは母として一つ、教育してあげるべきかしら?」
頬に手を当ててため息を零す秋十にいい加減堪忍袋の緒が切れそうになった一夏、もう生身だからなどと言って手加減する気も失せた。
全身の展開装甲を開いて蒼い翼を広げると、片手剣ソードスキル、シャープネイルの構えで一気に
「はぁあああああ!!!」
変わらず無防備に微笑んでいる秋十を殺す勢いで、シャープネイルを放った一夏。そして、その刃を、笑みを浮かべながら見つめていた秋十は左腰に差していた刀を抜刀して……。
「……え?」
「強くなったみたいだけど、まだ太刀筋に無駄があるわね」
気が付けば、目の前に居たはずの秋十は一夏の後ろに立っており、右手に握った刀には血が滴っていた。
そして、刀身の半ばから
え~、最近彼女と別れて傷心中の私。
次回は裏切り者やイタリアの代表、それからIS学園からの援軍の話になります。