第百十五話 「菊岡」
SAO帰還者のIS
第百十五話
「菊岡」
体育祭も終わり、IS学園は1年生の修学旅行に向けて準備が忙しくなっていた。
行き先は京都なので生徒達は楽しみにしているものの、不安を隠せないでいるのは教師陣だろう。
過去、今年のIS学園のイベントは悉くが襲撃者によって中止に追い込まれてきた実績があり、今回の修学旅行も襲撃があるかもしれないと警戒しているのだ。
しかも、もし襲撃があれば、戦場となるのは日本の古都、歴史的文化遺産も多数存在する京都の空だ。万が一にも戦闘の余波が京都の文化遺産を傷つけたりしようものなら……目も当てられない。
だからこそ、教師達は念入りに準備を行っているのだが、そんな事は露知らず、一夏と和人は休日のこの日、学園外に出て銀座に来ていた。
「この店ですか?」
「ああ、らしいな」
白を基調とした私服の一夏、黒を基調とした私服の和人、その二人の目の前にある建物は一件の喫茶店だ。
この店で二人はとある人物と待ち合わせをしていて、この店もその待ち合わせの相手から指名された場所なのだ。
「とりあえず、入るか」
「ですね、もう待ち合わせ時間ですし」
男二人でこんな女の子向けの店に入るのは少し躊躇われたが、意を決して中に入ると、店員に待ち合わせだと伝えれば予約されているという席に案内された。
「やあキリト君、ナツ君!」
既に待ち合わせの相手は来ていたらしく、案内された席に座って暢気にケーキを食べている。
スーツ姿に眼鏡の男性、彼こそが二人の待ち合わせの相手であり、その正体は……。
「休日だからって、こんな高そうな店でケーキ食ってて良いのか? しかも、経費で」
「いやぁ、君達に会うとなれば経費なんて使い放題だからねぇ」
「良いご身分だな、菊岡さん」
そう、この男こそ日本政府の人間、総務省総合通信基盤局高度通信網振興課第二分室の職員の菊岡誠二郎だ。
彼は嘗てSAOがクリアされた際に現実世界へと帰還した和人と接触し、事情聴取を担当した他、SAO内部での出来事を話す対価として明日奈の入院先を和人へ教えてくれた人物でもある。
現在はザ・シードによって混沌としたVRMMO世界の監視や調査を行っている他、密かに総務省の権限で和人や一夏に協力している。
「それで菊岡さん、俺とキリトさんに用事って何なんです?」
「おっと、気が早いねぇナツ君、先ずは君達の注文を済ませてからにしようか」
そう言って店員を呼ぶ菊岡に呆れつつ、二人は席に座ってメニューを開くと、適当にケーキとコーヒーを注文して、運ばれてきたそれに手を付けること無く改めて菊岡に用件を尋ねた。
「ふぅ、まったく近頃の若者はゆとりが無いねぇ、ゆとり世代の僕にとっては嘆かわしい事だよ」
「いいから、さっさと話してくれ」
「ああ、はいはい……まずは確認なんだけど、君達は今度修学旅行があるんだよね?」
「ええ、3泊4日で」
「うん、多分またあると君達は考えてるだろうけど……間違いなくあると見て良いよ、襲撃」
菊岡はフォークをテーブルに置いて隣の椅子に置いていたカバンからタブレットを取り出すと、画面を二人に見せる。
画面に映っているのは空港の監視カメラの映像だった。
「これは昨日の大阪国際空港の税関の監視カメラなんだけど……見て欲しい」
「……スコール」
「そう、先日君が撃退したスコール女史が確認されている。彼女だけでなく、怪しい人物が複数名居るけどね」
「……っ!? ちょ、ちょっと待って下さい! こいつは!!」
タブレットを見ていた一夏がある人物を映した映像を見て驚愕の声を上げる。とてもではないが信じられない人間がそこには映っていたのだ。
「ナツ君?」
「ナツ……どうした?」
「どうして……どうして死んだ筈のオータムが」
そう、そこに映っていた人物とは、先日の戦闘でイーリスに敗北し、死亡した筈のオータムだったのだ。
「死んだって、本当にその時に彼女は死んだのかい?」
「イーリスさんの話では、間違い無いと……
「それは……妙な話だな」
「しかし、現にここにはオータム女史の姿も映っている。何らかの方法でオータム女史が蘇生したのか、それとも良く似た他人なのかは分からないけどね」
真実は、会ってみない事には判らないという事だ。
「ん? あれ……これって」
ふと、タブレットに目を移した和人は、そこに映っていた人物を見て疑問符を浮かべた。何故なら、どうにもよく知った人間の顔が映っているのだから。
「おいナツ、織斑先生と同じ顔した人間って、この前お前が連れてきたマドカ以外に居るか?」
「……はい?」
「いや、だってここ」
そう言って和人が指差した先、そこにはタブレットに映された人物が居た。その顔は確かに千冬やマドカによく似ていて、二人との違いは目尻が吊目ではなく垂目であるという点だけか。
「っ!! おいおい……嘘だろ」
その顔は、昔一度だけだが見た事があった。
直接会った訳ではない、ただ小学生の頃に家で見つけたアルバム……それも隠されていたアルバムを見つけて、興味本位で開いた時に中にあった写真で見ただけだったが、間違いない。
「織斑……秋十」
「おい、織斑ってナツ……」
「もしかして、彼女は……」
「俺と千冬姉と、マドカの……母親ですよ」
既に40代だろうに、映像に映っている秋十はどう見ても20代半ばくらい。どんな若作りだと言いたくなるが、間違いなく写真で見た顔そのままなので、織斑秋十本人だろう。
「じゃあ、隣に居るお前そっくりの男は」
「織斑百春、父親ですよ」
「それはまた……じゃあ、君のご両親は
「でしょうね……今更、この二人を親だとは思いませんが」
だが、これで確定した事がある。今度の京都修学旅行には、間違いなく
その襲撃メンバーに、一夏と千冬、マドカの両親が含まれているという事だ。
「ああ、それともう一人、
「面白い人物?」
「ああ、これさ」
タブレットに新しく映したのは一人の女性だった。肩から胸元まで露出した着物姿に赤髪をツインテールにして、眼帯と隻腕が特徴の彼女はIS操縦者なら誰もが知っている。
「イタリア国家代表、アリーシャ・ジョセスターフ?」
「第2回モンド・グロッソで千冬姉と決勝で戦う筈だった2代目ブリュンヒルデ……」
アリーシャ・ジョセスターフ、イタリアの現役国家代表にして世界でも数少ない
千冬が決勝を放棄した事で不戦勝となり、総合優勝して2代目ブリュンヒルデとなる筈だったが、ブリュンヒルデ受賞を辞退しているものの、世間では2代目ブリュンヒルデの名で呼ばれている。
「何でアリーシャ代表が?」
「さてねぇ、
現状、最も動きが読めない人物だろう。先の行動の予測が全く出来ないのだから。
「まぁ、何にしても気をつけたまえよキリト君、ナツ君、君達を失うのは日本にとって大きな損失なんだからね」
話はそれだけだと、菊岡は伝票を持ってレジへと向かった。
残された和人と一夏はようやくケーキを食べ始め、食べながら先ほどの映像の話をしていた。
「俺の母は、スカイと同レベルだって話です。なら、戦うのは俺かキリトさんが最適でしょうね」
「大丈夫か? お前が戦う事になったら、お前は……」
「大丈夫です。既に覚悟していた事ですし……まぁ、もしキリトさんが戦う事になったら、ご迷惑をお掛けしますって事で」
「俺の事は気にしなくて良いよ……でも、そっか、スカイと同レベルか」
何か気に掛かる事があるのだろうか、和人が随分と渋い顔をしていた。
「いや、スカイと同レベルなら少し厳しいと思ってな……黒鐡が」
「黒鐡が?」
「ああ、最近黒鐡の反応が鈍いっていうか……」
和人の常人離れした反射神経に黒鐡の反応が追いついて来れなくなってきたというのだ。成るほど、スカイと同レベルの相手と戦うのに、それは致命的だろう。
「一応、OSなんかの設定も弄って反応レベルを上げているんだけど、それも限界があってな」
「束さんは何て?」
「師匠は
黒鐡には愛着もあるので乗り換えはそもそも論外だ。黒鐡自体も相当に高性能な機体なので、黒鐡以上の機体となると直ぐに用意出来ないという事もあるが。
「まぁ、追々考えるよ」
反応が鈍いと言っても直ぐに大問題に発展する訳ではない。反応が鈍いのならそれ相応の対応をして操縦すれば良いだけの話なので、今は考えない事にした。
次回はマドカの処遇について言及します。