SAO帰還者のIS
第百十二話
「アメリカの闇」
オータムとイーリスの戦いは奇しくも同じアメリカ製の機体同士の対決になった。
アメリカ製の第2世代型ISアラクネと同じく第3世代型ISファング・クエイク、製造会社の違いはあれど、どちらもアメリカという国が生んだISに違いは無い。
「この性能、やはり解体前だったプロトタイプのアラクネを盗んだのは貴様らだったのか!」
「ハッ! だからどうした! どうせ解体するんだったら俺達が有効活用してやろうって気遣ってやったんだろうがよ!」
「少なくとも、テロリストに使われる事が有効活用なんて思わねぇな!!」
イーリスの言う事はご尤もだ。だが盗まれたのは事実であり、それは完全にアメリカの失態であり責任だ。
だからこそ、アメリカの軍人として、国家代表として、目の前のアラクネを取り戻すか、もしくは完全に破壊する事がイーリスの為すべき事だった。
「オラァ!!」
「チッ!」
アラクネの8本ある装甲脚から放たれるエネルギー砲を悉く回避したイーリスは分厚い装甲に覆われた拳を叩き付けようと接近、しかしオータムもモノクローム・アバターの一員として多くの実戦を越えてきた猛者であるのに違いは無く、両手のカタールでイーリスの拳を受け止めた。
だが、完全に格闘戦をメインにしているイーリスを相手に拳を受け止めたからと安心してはいけない。目の前の拳に集中していたオータムは、一瞬で息を詰まらせる。
「カッ……ハッ」
見れば、オータムの鳩尾にイーリスの膝がめり込んでいて、力が抜けたオータムの顔面にイーリスの鋼の拳が叩き込まれた。
「ラァッ!!!」
アメリカ国家代表イーリス・コーリング。代表候補生時代から多くのライバルを拳と蹴りだけで下して今の地位に上り詰めた生粋の格闘馬鹿。
しかし、その格闘馬鹿も極めれば銃火器だろうが剣や槍だろうが己が拳と脚だけで下せるだけの実力を得られるという典型。
イーリスはアメリカ空軍所属でありながら、陸軍の人間にMACPを直接習って自らの格闘能力を高め、そして極めた兵なのだ。
「どうしたテロリスト! テロばっかやって格闘技なんて習わなかったのか!? その程度じゃ俺はもとより織斑一夏にも到底及ばねぇぜ!!」
「っ! ぬかしやがれ!!」
イーリスの言葉がオータムにとって苦い記憶……嘗て、一夏にボロ負けした時の記憶を刺激した。
あの記憶はオータムにとって忘れたい記憶であり、一夏が自分よりも強いなどと認めたくない記憶なのだ。
「ざっけんじゃねぇ!! このオータム様があんなクソガキに、男なんかに負けるわけねぇんだよ!!!」
「グッ!?」
怒りが、オータムの潜在能力を引き出した。8本の装甲脚全てにカタールを装備し、合計10本の刃がイーリスを襲う。
その隙を突いてイーリスから距離を取ったオータムはアラクネのシステムコンソールを開き、何かのプログラムを呼び出した。
「使いたくはなかったが、仕方ねぇ……アメリカ代表のテメェなら知ってるよな!? このプロトタイプのアラクネに仕込まれた禁忌のプログラムをよぉ!!」
「テメェ、まさかアレを使う気か!? やめろ!! 人間じゃなくなるぞ!!」
「ヒャ~ッハハハハハハハ!!!! 知るかよ!! これで俺はスコールに近づけるんだ!!! なら本望だぜ!!!」
プログラムが起動した。すると、オータムの体の表面に血管らしき筋が浮き上がり、激しく明滅しながら脈動する。
「ギッ!? ガッアアアアァアアアッアアアアァアアアア!?!?!? こレだ、コレだぁあああアア!! こいつハ、スげぇゼ!! このちかラナラ、誰にモ負ケねェ!!!」
アラクネから伸びる複数のケーブルがオータムの延髄に突き刺さり、オータムの瞳が白く濁っていく。これこそがプロトタイプのアラクネにのみ搭載された禁忌のプログラムにしてアメリカが生み出した闇、
「
今のオータムはアラクネであり、アラクネがオータムである。イーリスの言った通り、オータムという人間と、アラクネというISが融合して一つの存在となったのだ。
もう、目の前にオータムという人間は存在しない。アラクネ・オータムという新たな機械生命体となった存在が、イーリスの前にいる。
「どウだ!! コのオータム様ノ姿は! これデ俺は無敵ダ!!」
「無敵ねぇ……テメェ、そのシステムの弱点を知らないみたいだな」
「ハッ! 弱点!? 弱点なンざネェんダよ!!!」
操縦者がISを動かす上で必ず発生するコンマ以下のタイムラグ、そのタイムラグ自体が今のアラクネ・オータムには存在しない。
圧倒的な素早さで動くアラクネに対し、イーリスは冷静に攻撃を捌き続けながら自身が知る
「たしかにそいつぁ操縦する上で必ず発生するタイムラグが存在しなくなるっていうアドバンテージがある。だがな……っ!」
「ぐ、ガァ!?」
拳が一発、アラクネ・オータムに命中。それだけでアラクネ・オータムは激痛に見舞われ、通常ではありえない量のシールドエネルギーが消費された。
「痛覚は一切遮断されない上に、発生するシールドバリアーは全てが絶対防御になってしまう。そして何より」
何度も何度も、イーリスは説明しながらアラクネ・オータムの攻撃を避けつつ反撃とばかりに攻撃を与え、どんどんシールドエネルギーを消耗させていく。
「今のテメェの生命エネルギーは全てシールドエネルギーに依存しているってのが最大の弱点だ」
「な、ニ……?」
「つまり、シールドエネルギーが無くなった瞬間……テメェの生命活動は停止するんだよ」
生命活動が停止する、それは即ち死を意味している。
アラクネ・オータムとなった時から心臓や脳の活動はシールドエネルギーに依存しており、シールドエネルギーが無くなるという事は心臓を動かしたり脳を活動させるエネルギーが消失するという事、つまりアラクネ・オータムはシールドエネルギーが無くなった瞬間に死ぬのだ。
「ウソだ……うソダ、うそダ、ウそだ!!!」
「嘘じゃねぇよ、実際そのシステムの実験段階で何人もシールドエネルギーが無くなった瞬間死んでるんだからな」
事実だ。まだアメリカがアラクネを開発したばかりの頃、このシステムの実験の過程で多くの代表候補生を死なせてきた。
結果的に弱点の解決が出来ないままファング・クェイクやゴールデン・ドーンが開発された為、アラクネのプロトタイプはシステムをそのままに解体される事になったのだ。
もっとも、その解体をされる前に
「オラァ!」
「ガァアア!? ま、マテ!! も、モウえねルギーが」
アラクネ・オータムのシールドエネルギーは残量31、次に絶対防御が発動すれば間違いなく0になってしまう。
必死に命乞いをするオータムだが、イーリスがその程度で止まる訳がない。ましてや、テロリストの命乞いを、アメリカ軍人であるイーリスが聞く必要など、無いのだ。
「これで、終わりだ!!!」
「や、ヤメろォオオオおおおおお!?!?」
発動する絶対防御、それによってアラクネ・オータムのシールドエネルギーは0となり、その生命活動が停止する。
「……」
「ふん」
白く濁った瞳から生命の光が失われ、力が抜けて海へと落下していくアラクネ・オータムをイーリスは冷たく見下ろす。
後味の悪い結末に舌打ちしたくなる気分だが、これもアメリカ代表として、軍人としての仕事だと割り切り、イーリスは他の面子の戦闘の様子を伺った。
「へぇ、織斑は終わったようだな」
見れば楯無に加勢する一夏の姿があり、既に彼がMを制圧したのだと分かる。
「なら、俺も加勢すっかね」
3対1に持ち込んで確実に勝利を得る為、イーリスは改めて拳を握り直し、新たな戦場へと飛び出すのだった。
次回は楯無とスコールの戦闘です。