体育祭編もいよいよ終わりに近づいて参りました。
SAO帰還者のIS
第百九話
「潜入」
特に問題らしい問題も無く、無事に体育祭は終了した。何気に中断する事無く最後まで終えることの出来た学園行事は、この一年で数える程しか無い気がするが、それを考え出すとキリが無い。
体育祭の優勝は1年生が1組、2年生は3組、3年生は4組という結果になり、優勝クラスの生徒達は各々が後日祝勝会を行うという話になり解散した。
そして翌日、一夏は夏奈子を百合子に任せて一人で学園の外に出てきていた。目的は先日和人が指輪を購入したという店、そこに一夏も予約を入れていて、今日はその店へ行く日なのだ。
「よし」
学園から買ったばかりのバイクでレゾナンスまで来た一夏はバイク用のコインパーキングにバイクを停めてキーを抜くと目的のジュエリーショップへ向かって歩き出した。
因みに一夏が購入したバイクはギルバートの伝で中古ディーラーから紹介されたKAWASAKIのNINJA250というバイクの白。
正直、最初は和人の様にオフロードを買う予定だったのだが、一目見て気に入ったのがこのNINNJAというフルカウルだったので、予定を変更してこっちを購入したのだ。
「さてと、確かこっちだよな」
ナビを頼りに暫く歩いていると、目的のジュエリーショップを見つけた。店内に入って予約していた織斑だと伝えれば店員は営業スマイルを浮かべてガラスケース前に案内してくれる。
「ご予約の際に伺ったご希望が婚約指輪というお話でしたので、当店で見繕った品をいくつかご紹介させて頂きます」
「お願いします」
そう言って店員が奥から持ってきたのは3種類の指輪だった。
一つはプラチナの繊細なリングにラウドブリリアントカットされた0.1カラットのダイヤの指輪、これはティファニーというメーカーのものらしい。
もう一つは18金のリングに0.05カラットのハートシェープのダイヤがあしらわれた指輪、最後にプラチナリングに無数のダイヤと中央にエメラルドがあしらわれた指輪だ。
「最初の、この指輪だと金額はどれくらいに?」
「ティファニーの指輪ですね? こちらですと……26万4千円となります」
「ふむ」
幸い、懐事情は然程厳しくないので、提示された値段を払う分には問題無い。ならばと、一夏はサイフから黒いクレジットカードを取り出して差し出す。
「これを、一括で」
「あ……えっと、失礼しました。ご購入ですね? ありがとうございます」
明らかに未成年の一夏が所謂ブラックカードと呼ばれる物を出して学生には大きすぎる値段を一括というのに面を食らった店員だが、そこはプロとして表には出さず営業スマイルより一層輝かせながら支払いへと進んだ。
店を出た後、一夏は小腹が空いた為、適当な屋台ワゴンを見つけてホットドックを購入、行儀が悪いとは思いつつ食べながら歩き、コインパーキングへ向かおうとしていたのだが、そこで見知った顔を見つけた。
「何やってんだあの人……」
一夏の視線の先には水色の髪が特徴の少女がコソコソと物陰に隠れている姿があった。
言うまでも無くIS学園生徒会長の更識楯無なわけだが、気になったのは偶然にも姿を見つけたからこそ認識出来ているものの、随分と気配が薄い事だ。
「楯無さん、態々気配殺して何してんすか?」
「っ!? い、一夏君!?」
同じように気配を殺して楯無の後ろへ回り込み、声を掛けてみれば案の定、驚きと共に楯無が振り返った。……その際に手刀を貰いかけて防御する羽目になったが。
「もう、気配殺して後ろから声掛けるなんて悪趣味よ?」
「すんません、つか気配殺してる楯無さんに言われたくないっす」
「そ、それはその……ああ、もう!」
何かを諦めたように溜息を零した後、楯無は無言で視線だけアーケードに向けて一夏に見るようサインを出す。
一夏も気配を殺したまま楯無の視線の先へと目を向けてみれば……。
「あれ、確かアメリカ国家代表の……」
「ええ、イーリス・コーリング代表よ。しかも、来日してるなんて情報は一切無し。入国記録も無いわ」
二人の視線の先に居たのは、アメリカの国家代表IS操縦者にしてアメリカ製の第3世代型IS“ファング・クエイク”1号機の専属操縦者だ。
彼女は現在軍服ではなくラフな私服姿でアーケードの街並みに目を向けながらウインドウショッピングを楽しんでいる。
「入国記録が無いって、つまり不法入国って事ですよね?」
「ええそうね、そうなるわね。それよりも問題は、何の目的でって事よ」
「この前の騒ぎでアメリカの特殊部隊が学園に潜入してきたから、その救助とか?」
「可能性としては考えられるけど、もっと別の事かもしれないわ」
一夏か和人の誘拐、それが目的ではないかとも可能性としては考えられる。
「実は、既にこの近くの臨海公園から沖へ30kmの太平洋上にアメリカ国籍の秘匿空母が停泊しているわ」
「それはまた……アメリカの秘匿空母にアメリカ国家代表の不法入国、関係性ありますよって言ってるようなもんじゃないですか」
「そこで、この後なんだけど……お姉さん、その空母に潜入するつもりなのよね~」
一夏君も来る? などと気軽に聞いてくる楯無に苦笑しつつ、一夏は残っていたホットドックを飲み込んで軽く頷いて見せた。
夕方になり、一夏と楯無は臨海公園に来ていた。そこの林にある茂みの中から楯無は二人分のダイバースーツと酸素ボンベ付シュノーケル、足鰭を取り出して片方を一夏に渡す。
「何でこんなモンを」
「実家に連絡して用意して貰ってたのよ」
太い木を挟んで着替えながら二人は話をしていた。脱いだ服は専用機の格納領域に収納してISスーツの上からダイバースーツを着込む。
「一夏君、君……30km泳げる?」
「無理っす」
「だよねー」
そこで用意されたのが個人用小型潜水機、低音モーターの力で潜水しながら海中を進めるスパイご用達の一品だ。
「へぇ、便利な物があるんですね」
「今なら交換用モーターをセットで付けて398,000円よん♪」
「通販か!」
そんなやり取りをしながら二人は潜水を開始、海中から沖合い30kmに停泊するアメリカの秘匿空母を目指した。
1時間程の潜水を楽しんだ後、二人が空母に到着して気配を殺しながら潜入すると、まずは近くの調理室へと潜り込んだ。
「ところで、態々危険を冒してまで潜入した目的って何なんですか?」
「……そうね、君には話しておくべきかしら」
楯無が言うには、アメリカは
「なるほど、それは確かに欲しいですね」
「でしょう? でも基本的に軍事機密扱いだから素直にアメリカが渡す筈も無い。なら……」
「渡すつもりが無いなら奪っちまえって訳ですか」
“正解♪”と書かれた扇子を開いて笑顔を見せる楯無に呆れつつ、一夏は格納領域に収納していたコルト・ガバメントを取り出してセーフティーを外す。
更に夏奈子が持っていた物を預かったままになっていたベレッタM84を楯無に渡した。
「銃、使い方は大丈夫ですよね?」
「あら、これでもIS学園2年生よ?」
「なら安心です」
そう言いながら白兵戦用トワイライトフィニッシャーを取り出した一夏は完全に白兵戦モードだ。
「それにしても、妙だと思わない?」
「潜入してから調理室に来るまでに誰とも会わなかった事が、ですか?」
「ええ、いくら秘匿空母とはいえ、このサイズの空母なら乗員が結構いる筈よ……なのに人の気配がまるで無い」
運が良いのか悪いのか、果たしてどちらなのか。
「おお~い! 腹減ったぞー、何か作ってくれー」
やはり悪いらしい。調理室に人が入ってきた。
咄嗟に身を隠した二人は影からこっそり入ってきた人物の顔を確認してみれば、そこに居たのは先ほど街で見かけたイーリス・コーリングだった。
思ったとおり、彼女とこの空母は繋がっていた。街で見た私服姿ではなくISスーツらしき姿である事からも容易に想像出来る。
「んだよ、誰もいねぇのか……いや、鼠が二匹居るじゃねぇか」
気付かれた。銃を構えた一夏と楯無は互いにアイコンタクトをして楯無は出口へ向かい、一夏はイーリスの前へと飛び出した。
「よう、初めましてだな……織斑一夏」
「ああ、初めましてイーリス・コーリング、ちょっとお邪魔してるぜ」
「お邪魔するときはちゃんと玄関からインターフォン鳴らして入って来いよなぁ、ったく」
「そいつは済まなかったな、何分アンタみたいな美人が居るって聞いて緊張しちまったんだ」
「そうかい、お前さんみたいな色男に美人って言って貰えるたぁ光栄だね」
それ以降、会話は無かった。
方や銃と剣を構える少年と、拳を握り締めて構える女性、二人の間にあるのは互いを倒すという意思のみ。
「
「
そして、同時に動き出した二人の姿が光に包まれ、次の瞬間。
「オラァアアアア!!!」
「シッ!」
ファング・クエイクを展開したイーリスの拳と、雪椿を展開した一夏の剣がぶつかり合った。
次回、