SAO帰還者のIS
第百三話
「亡国のスリートップ」
現在、須郷伸之は非常に怯えていた。屈辱的な土下座をしながら、対面に座る男の放つオーラと殺気に当てられ、無様にも股間を濡らしながら怯えている。
「んぐっ、んぐっ……ぷはぁぁ! カァッ! やっぱ昼間から飲む酒は美味ぇなぁオイ! ……テメェが勝手な真似してなけりゃ、もっと美味かったんだろうけどよぉ? なぁ、須郷」
「……っ」
「あ~、何だっけ? 確か勝手にIS学園にハッキング仕掛けて、勝手に電脳空間で戦闘行動を起こして、勝手に負けたんだっけ? なぁ須郷よぉ、おじさん確かに勝手な真似はするなとは言ってねぇけどよぉお? 少なくともIS学園にハッキングしろなんて指示した覚えは無ぇんだけど、そこんとこどうよ?」
何も、言い返せなかった。計算では、成功する確率が高かった今回のハッキングだったのに、蓋を開けてみれば電脳ダイブすると思われた織斑一夏がダイブせず現実空間で戦い、更には殺しまで実行に移し、挙句には束一人なら何とかなったのに、その束に加勢する形で織斑一夏と七色・アルシャービンが参戦するとは、計算外にも程がある。
もっとも、スカイに言わせてみれば、戦いというのは常に計算外の出来事ばかり。計算で戦いの何もかもが進む筈が無いという事だ。
「とりあえずテメェの処分だが、まぁ普通に処刑だわなぁ」
「なっ!? ま、お待ち下さい!!」
「ああん?」
「た、確かに失敗は、しましたが……か、完全な失敗とは、違います」
「どういう事でぇい?」
報告書を読んだが、完全に失敗しているとしか思えないのに、何を持って完全な失敗ではないと言い切れるのか。
「じ、実は……今回のハッキングの際に、IS学園データベースから良いデータを入手する事に成功しました」
「ほう?」
「し、篠ノ之束がIS学園データベースに保管していたらしき展開装甲の稼動データ、それから来年度入学予定の専用機持ちのデータです」
「展開装甲の稼動データか、そいつぁ……」
「ええ、これがあれば完璧な形で第四世代型ISを作れます」
「ほほぅ……つまり、その功績を持って処刑は勘弁してくれと?」
確かに、完全な失敗ではなかったようだ。こちらが第四世代型ISを開発する上でどうしても足りなかった稼動データが手に入り、来年度のIS学園専用機持ちのデータを入手した事でこの先の作戦の参考資料と出来る。
「ふん、まぁ今回限りだが良しとするかぁ……ただし、完全な処分無しって訳にはいかねぇぜ? テメェへの処分は処刑から凍結予定だった専用機開発計画の完全抹消処分に変更だ」
「っ!? そ、それは……」
「あ~? なんだ、処刑のが良いってか?」
「い、いえ……」
「なら文句言うんじゃねぇよ」
ただし、と……スカイは続けた。
「今回のハッキング、成る程、成功こそしなかったがテメェの実力は見せてもらった。今後の活躍如何では、テメェの専用機開発、考えてやるよ」
「っ!」
「ここは完全な実力主義組織だ。実力さえ示せばある程度の便宜が図れるのが
今回のハッキングの件で、女尊男卑過激派組織“イヴの楽園”とのパイプが出来た。前々から接触を考えていた組織なので、須郷の功績と認めても良いだろうとスカイは判断したのだ。
「それで、専用機開発の件は別としてだ……今回はテメェに聞きてぇ事があんのよ」
「き、聞きたいこと、ですか?」
「テメェ自身の研究……ナーヴギアを使った脳の書き換えはどうなった?」
「ああそれですか……研究自体は既に成功、既に臨床試験も終盤に差し掛かってますよ」
「そうかい……なら、その臨床試験を終えたら早速だが書き換えを行って貰いたい奴らが居るんだがぁ」
「と、言いますと?」
「イヴの楽園の創設者だよ。今回の一件で接触出来そうだからなぁ、テメェには奴と、そして楽園メンバーの洗脳を頼みてぇ」
「……なるほど」
それは、須郷の役目だろうと思った。あの技術は、まだまだ須郷でなければ使えない技術、それに上手くいけばスカイに隠れて自分の私兵団を作れるかもしれない。
「ああ、別に楽園の連中をテメェの私兵団にするのは構わねぇぜ?」
「なっ!?」
「テメェの私兵になろうと、作戦に参加出来りゃあ十分だ」
つまり、反乱分子を作る事を、スカイは認めた。スカイが反乱分子を認めたのだ。
「まぁ、とにかく臨床試験を終わらせな、話はそれからだ」
「は、はぁ……では、私はこれで」
須郷が立ち去るのを見送りながら、スカイはコップに残っていたブランデーを飲み干す。すると、空になったグラスに新たにブランデーが注がれるのを見て顔を上げた。
「よぉ、スプリング、シーズン」
「御機嫌よう首領、どうぞお飲み下さい」
「おう、サンキューな」
シーズンと呼ばれた妙齢の女性が注いだブランデーを口にしながらスカイはスプリングと呼んだ男性が自分の前に移動するのを見つめている。
「それで、今回の一件はどうだ? テメェらの息子が随分と暴れたみたいだぜ?」
「そうですな……まぁ、千冬の方ではなく、まさか出来損ないの方があそこまで戦えるとは思いませんでした」
「出来損ないねぇ……おじさんから言わせてみりゃ、姉の方より弟の方がおっかねぇがな」
「SAO事件、どうやらアレが一夏を完成させるに至ったみたいですわね」
「ふん、どうして君は出来損ないの息子を認めたがるのか理解出来んな。俺には千冬こそが至高、アレほど完成度の高い娘は中々……マドカとて、あそこまでには至らなかったのだからな」
「そうですか? 私には千冬は至高とは言えませんでしたが……そう、生まれたばかりの一夏を抱き上げたあの時に感じた予感、あれが一夏の可能性を示す天啓だったのではないかと、今でも思います」
「カッ! どうやら見る目の高さはシーズンのが高いみてぇだな」
「しかし、織斑家ってのは中々どうして、随分と業の深い一族だなぁおい」
「そうですか?」
「そりゃそうだろうよ、なんせ……てめぇら実の兄妹だってんだからな」
「それはまぁ、織斑家は昔から武の才能と知の才能、どちらかに優れた者を多く排出してきた一族で、大昔からその才能を確実に後世へ受け継がせる為に近親交配すらも手段として取り入れる一族ですのでね」
「私と兄も、それぞれ知と武の分野に優れていたので、両親からは近親交配で子を残すよう命令されましたから」
「それで生まれたのが織斑千冬と織斑一夏、それに織斑円夏の三人か」
武に優れる千冬と円夏、そして知に優れる一夏……いや、知と武、両方の才能を併せ持った一夏と言うべきか。
「それで、スプリングが織斑一夏を出来損ないと断じるのは何故だ? おじさん的には織斑千冬より織斑一夏のが脅威なのによぉお?」
「アレは確かに才能があるのでしょうが、千冬のような身体能力が生まれつき常人以上というわけではありません。故に出来損ないなのですよ……才能だけでは、人は強くなりません」
「んで? シーズンが織斑一夏を認めるのは、その天啓とやらだけが理由か?」
「いいえ、私にとっては千冬は確かに身体能力も常人以上で、才能も高いですが、所詮は武道の才能でしかない……ですが、一夏は身体能力こそ常人のそれですが、武術……それも人を殺める技術の才能が天賦の才と呼べる物です。身体能力など、鍛えればどうにでもなります。むしろ、鍛える事で一夏は何処までも上へと駆け上がれるのですよ」
本当なら、百春は千冬に、秋十は一夏に
「あの突然変異……篠ノ之束さえ、いなければ今頃は」
「ふぅん……まぁ、おじさん的には織斑一夏が敵で良かったがなぁ。何せ、張り合いがある」
話はそれくらいだろうか、スカイがブランデーを飲み干すと、シーズンが空いたグラスを回収してキッチンに向かった。
「それで首領、次の作戦ですが……」
「ああ、次はIS学園へ潜伏してるレインからの報告待ちだ」
「そうですか、では俺とシーズンも次の作戦には参加させて頂きたい」
「ほほう、久しぶりに子供達に会いたいってか?」
「俺は千冬に、ですがね。妹は一夏に会いたいそうですが」
「ふん、まぁ……好きにしな」
スカイは不適に笑い、葉巻を加えて火を点ける。吐き出す紫煙を見つめ、次の作戦で、宿敵となるかもしれないと認めている織斑一夏が、両親と再会してどう出るのかを、楽しみにしながら。
父にとって、努力とは無駄な行為。努力しなくとも完成する千冬は最高の完成度を誇る子供。だが一夏は努力などという無駄な行為をしなければ完成しない出来損ないという考え。
逆に母にとって努力無くして真の完成は無い。努力せずとも完成する千冬よりも、努力をする事で何処までも上へと駆け上がり、完成すらも上回れる可能性を持つ一夏こそ魅力を感じている。
とまぁ、これが織斑姉弟の両親です。そして、両親は実の兄妹同士という……まぁ、最悪の家庭環境です。
次回から新章突入! 秋の体育祭編です。原作9巻ですね。