SAO帰還者のIS
第九十七話
「蘇るは蒼き目の悪魔」
電脳ダイブをした和人達は真っ暗な空間に降り立った。
一向がまず始めに行ったのは自分達の姿を確認する所からだ。何をするにしても、自分の状況と装備を確認しない事には始まらない。
「へぇ、懐かしいな」
「だねー」
自分達の格好を確認していた中で、和人と明日奈はそれぞれ己の姿を見て、その懐かしさに頬を緩めている。
それも当然だろう。何せ二人の姿はIS学園の制服姿ではなく、あの浮遊城にて戦っていた頃の自分達の服装……ブラックウィルム・コートを着込み、背中にエリュシデータとダークリパルサーを交差して差している黒の剣士キリトと、血盟騎士団の制服を着て、腰にランベントライトを下げる閃光のアスナの姿だったのだから。
「わたくし達はリアルの姿にALOでの服装ですわね」
「わ、ホントだ」
「落ち着く……」
セシリア、シャルロット、簪については姿こそリアルのままだが、服装がALOでの彼女達の物になっており、手にはALOで使用している短剣、杖剣、薙刀が握られている。
ただし、ALO未プレイのクロエだけはリアルのIS学園の制服姿だったが、本人は特に疎外感を感じている様子は無いようだ。
「パパ! ママ!」
「ユイ!」
「ユイちゃん!」
すると、これからどう動こうか考えていた和人と明日奈の前に、光と共に愛娘が現れた。ALOでのピクシーとしての姿ではなく、SAO時代の人間の少女の姿、ユイが和人と明日奈の娘としての本当の姿だと認識している姿で。
「この世界は電脳世界ですから、わたしもパパとママのお手伝いに来ました!」
「そっか、ユイが手伝ってくれるなら百人力だな」
「うん! ユイちゃん、頑張ろうね」
「えへへ、パパとママのお役に立てるよう頑張りますね!」
和人がユイの頭を撫で、明日奈はユイの肩に手を置き、腰を下ろして視線の高さを合わせると頬を寄せる。
ユイも頭を撫でる父の手の感触を味わいながら頬に感じる母の温もりに笑みを浮かべ、母の頬に自分の頬を摺り寄せた。
「あの~ユイさん? わたくし達の姿は……」
「あ、そうでした! 皆さんのお姿はパパとママに関しては黒鐡と瞬光に内臓されたナーヴギアのローカルメモリに保存されているSAOのセーブデータを使用したもので、ティアさん達はALOのデータを少し拝借しまして作成しました。ただ、クロエさんについてはALO未プレイなので現実での姿のままなのですが……」
「構いませんよ。私は黒鍵の力がありますので、電脳世界なら黒鍵の本領を発揮できます」
「それなら良かったです。それから、クロエさん以外の皆さんはこの世界では全員ソードスキルが使えます。パパについては二刀流も勿論使えますよ」
「お、それはありがたいな」
それと、ALOのデータを使用していることで服装と装備だけALO仕様になっているセシリア達は当然だが、それぞれALOでの羽根を出して飛べるが、SAOのデータを使用している和人と明日奈は飛べないのではないかと思われた。
しかし、ユイに抜かりは無く、ちゃんと和人と明日奈にもALOのデータは使っているので、姿こそSAO時代のものだが、背中にはそれぞれのALOでの羽根が出現するようになっている。
「さてと、一先ず動かなきゃだけど……アスナ、あれ、どう思う?」
「あからさまだねー」
和人と明日奈の視線の先にある物、そちらにセシリア達も目を向けてみれば、巨大な扉がいつの間にか現れており、そこから只ならぬ威圧感のようなものを感じた。
「あの扉、見覚えがあるよな?」
「キリト君も? わたしも実は見覚えがあるんだよね……っていうか、あれってアインクラッドの」
「ああ、74層フロアボスの間に通じる扉だ」
勿論、まだ20層までしかアップデートしていない新生アインクラッドのではなく、旧アインクラッドの74層フロアボスの扉だ。
「まさか、いるのか? 奴が……」
「たぶん、学園にハッキングしている犯人が使ってるハッキングプログラムが、旧SAOのボスデータを流用しているならね」
和人と明日奈の脳裏に浮かぶのは、浮遊城で戦った青眼の悪鬼、3人の命を奪った蒼き悪魔の姿だ。
映像でその存在を見た事のあるセシリア、シャルロットはそっと息を呑み、簪も四人の様子に緊張してきたのか不安そうに薙刀を強く握り締める。
「どうされますか? このままここでジッとしていてはIS学園は敵の手に落ちてしまいます」
「ああ……クロエの言う通りだな」
勝てるかと問われれば、あの頃ならまだしも、今の衰えた和人と明日奈では、確実に勝てるとは言えないだろう。
しかし、戦わなければならない以上、逃げるつもりは毛頭無い。
「開けるぞ」
代表して和人が扉に手を掛けると、振り返って仲間達の様子を伺う。
全員、己の武器を構えて静かに頷き返したので、和人は再び扉と向き合うと、そっと扉を押した。
「……っ!」
中に入ってみれば、長い通路に蒼い炎が灯され、その奥に巨体が見えた。
大きな斧のような剣を右手に持ち、蒼い巨体と蛇の頭の形をした尻尾、牛のような顔つきと角を持つそれは間違いなく……。
「グリーム……」
「アイズ……」
和人と明日奈が呆然とするように呟いたその名は、嘗てアインクラッド第74層フロアボスの名、アインクラッド解放軍から3人の犠牲を出す事になった悪鬼を示す名だ。
『グゥオオオアアアアアアアアア!!!!!!』
「っ! 来るぞ!! 全員散開!! 一箇所に固まらずに多方向から攻撃だ!!」
ユイをクロエに任せた和人は背中からエリュシデータとダークリパルサーを抜き、同じくランベントライトを抜いて走り出した明日奈に目で合図すると、互いに左右へ別れて攻撃を開始する。
セシリアとシャルロットは短剣と杖剣を構え同じように走り出し、簪は薙刀を構えながら羽根を出して宙へ飛び上がるとグリームアイズの背後へ回った。
「せぇあ!!」
「やぁっ!!」
和人の二刀から繰り出される連撃と明日奈の神速の突刺がグリームアイズを左右から襲い、グリーアイズの口から苦痛の雄叫びが漏れ出る。
二人に続くようにシャルロットとセシリア、簪がそれぞれ獲物を手に斬り掛かり、確実にダメージを与えているのだが、正直に言ってSAOやALOのようにグリームアイズのHPゲージが存在しないため、どれだけのダメージを与えているのか判らなかった。
「セシリア、スイッチ!!」
「は、はい!!」
和人が近くに居たセシリアにスイッチの合図を出すと、先にセシリアが短剣のソードスキルを発動、ライトエフェクトによって輝いた短剣から繰り出された突進2連突刺、ラピッド・バイトが決まりセシリアが後退した瞬間、入れ替わるように和人が前に出て両手の、ライトエフェクトによって輝くエリュシデータとダークリパルサーによる高速の7連撃、ローカス・ヘクセドラが決まる。
「こっちもだよ簪ちゃん! スイッチ!!」
「はい!」
簪が薙刀を使った刀のソードスキル、浮舟による下段からの斬り上げを放った後、明日奈が前に出てライトエフェクトを纏ったランベントライトの切っ先を、その目視すら不可能な剣速で放つ。
「せぇえええええええ!!」
「お義姉ちゃんスイッチ!」
明日奈が放ったリニアーの直後、今度はシャルロットが片手剣ソードスキルであるシャープネイルを放った。
これで全員のソードスキルが決まった事になるのだが、やはりまだグリームアイズを倒すには至らない。
いや、それどころかグリームアイズを本気にさせたらしく、突如グリームアイズは咆哮を放ち、その場から飛び上がって真下……つまり一箇所に集まってしまった和人達へブレスを放つ。
「回避!!!」
全員、羽根を出して一気にその場から離脱、何とかブレスを回避したのだが、シャルロットは自分の姿を影が覆ったのに気づいて上を向いてみれば……グリームアイズがその手に持った肉厚の斧剣にライトエフェクトを纏わせて振り下ろそうとしている所だった。
「っ!?」
咄嗟に杖剣を盾にして受け止めたが、グリームアイズの放った両手斧ソードスキル、スマッシュによる渾身の振り下ろしを受け止めるには余りにも弱々しく、そのままシャルロットは地面に叩き付けられてしまう。
「カハッ!?」
「シャルロットさん!! きゃあ!?」
急いでシャルロットの下へ行って援護しようとしたセシリアだったが、真横から襲い掛かるグリームアイズの尻尾が直撃し、壁まで吹き飛ばされた。
「簪! アスナ!! 二人を頼む!!」
「で、でも……っ!」
「わかった、キリト君も気をつけて!」
「ああ!」
和人がエリュシデータのみをライトエフェクトで輝かせ、ヴォーパルストライクを発動、そのままグリームアイズに突撃した隙に明日奈と簪はシャルロットとセシリアの救出に向かった。
「大丈夫? シャルちゃん」
「セシリア……無事?」
「うん、僕は何とか」
「わたくしも、一応生きてますわ」
ただ、まだダメージが残っているのか動けるようになるまで回復するのに時間が掛かりそうだ。
「明日奈さん、こっちは大丈夫だから、和人さんの援護に行って」
「簪ちゃん……?」
「正直、あの化け物を相手に和人さん一人は危険過ぎる……私じゃ和人さんの足を引っ張るだけだから」
「……わかったわ。ユイちゃん!! クロエちゃん!!」
「はい!」
「了解しました」
ユイとクロエが移動してきてシャルロットとセシリアを庇う簪の隣に並んだのを確認し、明日奈はグリームアイズと剣戟を繰り広げる和人の援護に向かった。
再び蘇った青き悪魔との戦いは、第2ラウンドへと突入しようとしている。嘗ての浮遊城の時より衰えた英雄と、その伴侶は……厳しい戦いを強いられる事になるのは、言うまでもない。
次回はリアル側の話、当然ですが須郷が電脳だけしか手を打たなかった訳じゃないのです。
そして、更に事態をややこしくしてくれる空気を読まない団体も登場。