SAO帰還者のIS
第九十二話
「新たな翼の力」
強すぎる。それがスカイと戦う百合子の素直な感想だった。フォルテと簪、箒が無人機を引き付けてくれている間、百合子は一人でスカイと戦っていたのだが、正直戦いにすらなっていなかったのだ。
百合子の槍は悉くが捌かれ、逆にスカイの攻撃は回避するのに精一杯どころか、完全に避けきるのが難しい。
「なるほどなぁ、今まで戦ってきた女共と比べれば格段に強ぇ、が! まだまだおじさんを相手にするにはひよっ子だ!! エェイメェン!!!」
「グッ、きゃあ!?」
両手に握ったルー・セタンタとパラディン・スピーアをクロスして銃剣を受け止めたが、男と女の腕力の差から力負けして弾き飛ばされてしまった。
「軟弱! 脆弱!! 貧弱!!! 所詮は女の腕力程度でおじさんの豪腕を受け止めるなど夢のまた夢と知れぃ!!!」
「ぐぅぅぅっ!!!」
暴風の如き連撃、それを受け流すだけで百合子は精一杯になってしまった。勿論、受け流しきれずに直撃する事もあり、ダメージをどんどん蓄積してシールドエネルギーも減少していく。
何とかソードスキルを使うタイミングを見つけようと先ほどから何度もスカイの挙動を伺っているが、そんな隙はどこにも無い。これではジリ貧だ。
「本当は、まだ調整が完璧じゃないんだけど……出し惜しみしてられない」
それはかつてラウラが所持していた専用機、シュヴァルツェア・レーゲンの武装の一つ、
AIS……アクティブイナーシャルストッパー、慣性静止結界と呼ばれるそれを起動し、そして槍陣に格納されている全てのヴァガルダ・ボウを展開した。
展開されたヴェガルダ・ボウは慣性に従って地面へと落下するものだ。だが、AISを展開した結果、ヴェガルダ・ボウは百合子の周囲に展開されたまま空中に静止している。
「これが、空中で無限槍を使う為の切り札」
「こいつぁ、ドイツのシステムだな」
「前に、ラウラの日本への亡命の際に、ナツとキリトお義兄さんへドイツが危害を加えようとした訳じゃないという誠意を示す意味でドイツから日本へ密かに提供されたAICの基礎概念をレクトが独自に組み上げたのがAIS」
更に、このAISの魅力は百合子が移動する事にある。AISが擬似的な床となって静止させているので、百合子が移動する事でAISという床に乗った槍も一緒に移動するという仕組みなのだ。
「これで、私の本気を出せる……無限槍のユリコと呼ばれたアインクラッドに三人しか居ないユニークスキル使いの実力、見せてあげる」
「はっ! 面白ぇ!! やって見せろぃ!!! ぶるぁああああああ!!!!」
再び、二人がぶつかる。無限槍を使えるようになった百合子は槍を弾き飛ばされようと即座に
しかし、スカイにとってそれは、所詮は小手先の技に過ぎないのか次々と槍を弾き飛ばされて反撃の余地が無い。
「っ! でも!!」
無限槍を使った以上、その名を渾名としていた者として負けられない。
再び手元にルー・セタンタを呼び出してスカイの銃剣を避けながら構えた百合子は強引にソードスキルのモーションを起こしてルー・セタンタに空色のライトエフェクトを纏わせた。
「ロスト……ソング!!」
ライトエフェクトを纏ったルー・セタンタによる突刺の猛襲がスカイを襲う。流石に槍で2年という戦いの日々を行き抜いただけあり、百合子の槍捌きは歴戦の勇士たるスカイの目から見ても相当に高い技量があると言える為、銃剣で何とか捌いていたのだが。
「ぬぅっ!?」
「っ!」
突如、スカイの足元から飛んできたヴェガルダ・ボウを何とか避けたが、それでも顎を掠ったのか立派な顎鬚が若干削れてしまった。
これこそ、無限槍上級のソードスキル、手持ちの槍で攻撃しつつ足元に呼び出した槍を蹴り上げて隙を突く対人戦用のスキルであるロスト・ソングだ。
「ふんぬぅうううううううううう!!!!」
「え、あ、きゃあ!」
行ける。そう思っていたのだが、突如スカイの全身の筋肉が膨れ上がったかと思った瞬間、ルー・セタンタが……半ばから叩き折られてしまった。
「え……」
「あ~あ、おじさんの自慢の髭が台無しになっちまったでねぇの。小娘、覚悟は出来てるんだろうなぁ?」
「あ……」
急いで変わりの長槍であるパラディン・スピーアを手元に呼び出したのだが、スカイが銃剣エイメンから戦斧ジェノサイドに持ち替え、渾身の力で振り下ろしてきた。
「ぶるぁああああああああ!!!!」
「きゃあああああ!?」
パラディン・スピーアまでもが折られて、そのまま百合子の肩へジェノサイドの刃が食い込んだ。肩のアーマーが砕かれ絶対防御を発動したものの、確実に鎖骨が折れているだろう。
激痛を感じながら百合子はアリーナ地面へと叩き落されてしまい、AISも停止してしまったのかヴェガルダ・ボウも全て地面へ落ちてしまった。
「これで終わりだぁ! 今死ね! 直ぐ死ねぃ!! 骨まで砕けろぉい!!!!」
スカイの乗るトーデストリープの肩にキャノン砲が展開され、エネルギーが一気に充填された。あの一夏と白式をも破った凶悪な砲撃、ボルメテウスが百合子をロックオンしている。
「ボルメテウス、発射ぁあああ!!!」
トリガーが引かれ、凶悪なエネルギー砲が放たれる、そう思った時だった。突如アリーナのシールドに開いた穴から超高速で飛び込んできた光がスカイに襲い掛かったのは。
「うぉおおおおああああああ!!!」
「っ!? 何ぃ!?」
全身を蒼いエネルギーで覆いながら黄色のライトエフェクトを纏った剣による強烈な突進突刺がスカイの胴体へ直撃してボルメテウスは不発に終わった。
激痛を堪えながら空を見上げた百合子は、そこで天使を見る。白い鎧を纏い、白い剣を握り、蒼い羽根を散らしながら翼を広げる天使……そう、百合子がこの世で最も愛する、一夏の姿を。
「ぬぅ!? 貴様ぁ、白式は破壊した筈だがなぁ」
「ああ、白式はもう直らない。だが、白式の魂は死んでない!! この、雪椿と、俺の胸に!! 今もこうして生きている!!」
「チィッ、新型か」
ジェノサイドを構えたスカイが雪椿を纏ってトワイライトフィニッシャーⅡを構えた一夏と対峙する。
「なら、貴様を殺してその雪椿とやらを頂くだけだなぁ」
「やってみろよ……今度は、簡単に負けるつもりは無ぇぜ」
トワイライトフィニッシャーⅡがライトエフェクトを纏った。そして、スカイが先手必勝とばかりに動こうとした瞬間、その横を蒼いエネルギーの羽根が舞う。
「ぬ?」
「こっちだ」
「ぬぅおおおお!?」
シャープネイルによる3連撃が襲い掛かり、爪痕のような傷がトーデストリープの装甲に刻まれる。
一瞬でスカイの背後に回った一夏の動きが、スカイは肉眼で捉えられなかった。この事実に驚愕すると共に、今もスカイの周りを蒼い翼を広げながら羽根を撒き散らしつつ
「まさかハイパーセンサーですら追いつけない程の加速たぁ、随分と高性能な機体らしいな……だが、おじさんにとっては速いだけだぁ!!」
ただ速いだけでは、スカイを圧倒するなど不可能だったらしい。一夏の姿は肉眼で捉えられずとも、ただの勘だけで高速機動の中から斬り掛かって来た一夏のトワイライトフィニッシャーⅡをジェノサイドで受け止められた。
「チッ」
「ふぅい……」
「何てな!」
「ぬ?」
瞬時に一夏の左手に展開された大盾、リベレイターⅢの展開装甲を開きながらスカイの視界一杯に叩きつけ、同時に一夏の全身が黄金の光に包まれる。
【
トワイライトフィニッシャーⅡが紅いライトエフェクトを纏った。リベレイターⅢでスカイの視界を覆った状態からトワイライトフィニッシャーの刃を振り上げ、そのまま一気に振り下ろす。
神聖剣のソードスキル、ガーディアン・オブ・オナーによる斬り下ろしは簡単にスカイのバックステップによって避けられてしまうものの、既に一夏は対策していた。
「キャンセル!」
振り下ろしている途中で、突然ライトエフェクトが消えた。そして、消えた瞬間に別の構えを取ると再び紅いライトエフェクトを纏う。
「これがALOで編み出したシステム外スキル!
元々これは、SAO時代にキリトとヒースクリフの最後の戦いを見ていた際、ソードスキルを発動しそうになったキリトがその前に途中キャンセルしていたのを思い出してALOにて一夏が開発したシステム外スキルだ。
ソードスキルは発動してから実際に使用する前であればキャンセル出来るが、一度剣を振るってしまえば本来であればキャンセルなど出来ない……と、思われていたが、そこを一夏は突いてみたら、何と上手くいったという経緯がある。
「うぉおおおおおおおおお!!!」
紅いライトエフェクトを再度纏ったトワイライトフィニッシャーⅡの刃がスカイに襲い掛かった。そこから放たれるのは神聖剣上位ソードスキル、菱形を描く様に敵を斬り裂く4連撃ゴスペルスクェアだ。
「ぶるぁあああああああああ!!!」
だが、スカイとて負けていない。ジェノサイドの刃で迎え撃ち、ゴスペルスクェアを全て受け止められてしまったのだ。
「前よりはやるようになった……が! まだまだおじさんには届かん!!」
「っ!」
一瞬、ほんの一瞬だがスカイが放った殺気に、思わず怯んでしまった。殺気など、もう慣れている筈なのに、それでも一夏が怯むほどの殺気を放つスカイは、やはり格が違う。
そして、その一瞬はスカイにとって絶好のチャンスであり、一夏にとっては致命的な隙でもあった。
「っ! うぉおあああ!!」
「ふんぬぅううううううう!!!」
一夏の首目掛けて襲い掛かるジェノサイドの肉厚な刃をリベレイターで受け止め、逆にトワイライトフィニッシャーの刃を振り下ろしたが、それはスカイが素手で握り締めて受け止められてしまう。
「ふん!!」
「ぐ、お……っ!?」
一夏の息が、詰まった。見れば、スカイの膝が一夏の鳩尾に突き刺さっており、膝蹴りされたのだと気づいた時には既に弾き飛ばされてしまった後だった。
「ぐ、げほっ……!」
「ぶるぁああ!」
「っ!」
脳天目掛けて振り下ろされたジェノサイドの刃を何とか避けた一夏は再び翼を広げて羽根を散らしながら飛び回った。
速度では確かに一夏に分があるし、こうして飛び回っている間はスカイも手出し出来ないが、一度接近すれば技量だけでは一夏を完全に上回るスカイを相手に劣勢を強いられてしまう。
「何とか、何とかしないと……」
新しい翼は、何の為に受け取ったのか。それを思い返す。
「そうだ……俺は、百合子を守りたいから、この場所に戻ってきたんだ……そうだよな、雪椿!!」
それで良い。そう言わんばかりに雪椿が再び黄金の光に包まれた。それは、先ほどの神聖剣を発動した時よりも強く、眩く。
【
「ありがとう……雪椿、白騎士、白式、テンペスタ」
高速移動していた一夏は突然飛び回るのを止めて構えた。再び構えたのは神聖剣の構え、そのモーションによって自動でシステムが判断し、トワイライトフィニッシャーⅡの刃に紅いライトエフェクトを纏わせる。
しかし、先ほどまでと違うのは、紅いライトエフェクトの上から緑色の光が剣を覆っている点にあった。
「これが、俺が白の剣士ナツであるのと同時に、ブリュンヒルデ織斑千冬の弟、織斑一夏である証の進化だ!!」
神聖剣と零落白夜の融合、その力が今……発揮される。
次回は……最悪の事態が。