発掘倉庫   作:ケツアゴ

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第9話

「さて、本日の会議を開始いたしましょう」

 

 ミリキャスの犠牲によって無事であった冥界の首都ルシファードでは連日のように会議が行われていた。相次ぐテロリストの出現報告に民衆の中に高まる不安と不満。各地で起きる暴動に人手が足らず、普段は部下に仕事を押しつけているファルビウム・アスモデウスでさえも仕事に没頭するしかない。まあ、仮にも魔王なのだから実際上手く行っていたとは言え仕事を丸投げは拙いだろう。

 

 その様な中、様々な理由をつけて休職に追い込まれたサーゼクスの代理である先代バアル、その更に代理である彼に他の魔王達の視線が突き刺さる。引継ぎ業務の多忙を理由に代理として出席した彼こそサーゼクスを追い込んだ張本人であり、サーゼクスの友人であった三人は彼に明確な敵意を持っていた。

 

「まずは北欧のオーディン様が日本神話の方々との会談の為に来日する予定でしたが……観光がしたいからと予定よりも早く来られるそうです」

 

 要人の護衛には緻密なスケジュール管理と綿密な計画が必要だ。ましてや相手は同盟を結びたいと思っている相手であり、天界が嘗てやらかした諸々の理由から下手に出るしかない。非常に頭の痛い議題は進み、護衛をどうするかの話し合いが始まった。

 

 

「本来なら護衛に適した実力者を数十人単位で派遣する所ですが、観光目的とあらばそうは行きません。堕天使側からはガイド兼護衛としてアザゼル総督とバラキエル殿が来られるそうで、天界も選抜中だそうです」

 

「はいはいはい! ならソーナちゃん達はどうかな? アザゼルちゃんともそれなりに付き合いがあるし、最適だと思うよ!」

 

 元気良く手を挙げて妹を推薦するセラフォルー。アザゼルとバラキエルという実力者が居るのならば悪魔側からは其処までの実力者を出さなくても、との考えや、溺愛する妹への贔屓目もあっての発言だ。

 

 少なくとも他の組織のトップの護衛に複雑な親子関係にある者達を付けるなどよりはマシだろう。少なくともギスギスとした空気を出しはしないだろうから。

 

 

 

 

 

「……セラフォルー様、脳みその足りない馬鹿の演技はもう結構ですよ。貴女が実は聡明である事は既に周知の事実ですので」

 

 だが彼はその提案を即座に却下する。いや、それは当然だろう。相手が観光目的で堅苦しい護衛を嫌ったとしても、同盟相手が幹部クラスを派遣するのに自分達は学生だけを派遣するなど有り得ない話だからだ。少なくとも遠くから護衛する者達が必要だろう。

 

 

 結局、接待の意味も込めて実力があり容姿も優れた女性悪魔を数人派遣し、魔王眷属が遠くから護衛するという形で決定した……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「巫山戯んな畜生!!」

 

 ミリキャスの死亡に関する記事を読むなり匙は新聞をグシャグシャに握り締める。貴族派のマスコミ操作によってミリキャスは非業の死とされ、龍洞は多くの命を救った英雄と讃えられていた。

 

 匙は其れが気に入らないのだ。

 

「親の目の前で子供殺しといて何が英雄だっ! なんでそんな簡単に見捨てられるんだよ!」

 

 まだ未就学児童であるミリキャスをあっさり見捨て、親の前でその命を絶った龍洞の行為に憤りを感じずにはいられず、他の眷属達も口には出さないが同じ意見だという事が顔を見れば分かる。

 

「落ち着きなさい、サジ」

 

 だが、この中でミリキャスと唯一面識が有り、同じように怒ると思っていたソーナは冷静な声で匙を諌めるだけだった。予想外の反応に驚き彼女の方を見る匙だが、その表情から龍洞への怒りが感じられない。その事に匙は軽い失望さえ感じてしまう。

 

「どうしてですか、会長!?」

 

「ミリキャスを見捨てなければ多くの命が失われていました。……サジ、私もあの子も貴族なのですよ。悪魔社会で貴族がどの様な役割を果たすかは教えました筈です」

 

 かつて七十二柱の悪魔は軍勢を率い、今は眷属を率いて戦う。そう、悪魔社会において貴族とは軍人でもあるのだ。レーティング・ゲームでの活躍が貴族としての評価に繋がるのもこれが理由であり、当然の様に非常時には民衆を守る為に戦わなければならない。

 

 だからこそソーナは幼子ながら貴族のミリキャスがより多くの命を救うために犠牲になった事を理性では仕方ないと理解している。だが、感情は別だ。時間がなかった、あの時は他に方法がなかった、それらの理由を理解していても、それでも知っている子が死んだのなら思う所はある。

 

 だが、ソーナは貴族であり、シトリー家の跡取りだ。そして彼女の夢の為にも絶対に感情を押し殺さなければならなかった。

 

 

 

 

 

「言っておきます。この一件で龍洞君に何らかの接触を図ることを絶対に禁じます。分かったのならそろそろ会議を始めますよ。生徒会の仕事が山積みなのですから」

 

「会長っ!?」

 

「話は終わりです。では椿姫、最初の議題を……」

 

 話を無理やり切り上げるソーナと感情的なままの匙。ソーナは匙を絶対に止められる言葉が思い当たっていたが、其れは言えなかった。立場からすれば間違っているのは匙であるが、それでも匙が憤るのは仕方ない事と思っているからで、匙自身が気付いてくれると信じていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、若様……。生徒会の匙とかいう悪魔が若様を出せって怒鳴っていたから沈めましたけど……どうしますか?」

 

 放課後、ギャスパーは生徒会の仕事を抜け出してやって来た匙を簀巻きにして門前に放置した後で龍洞にどうするかを訊きに来た。明日からも学校に行くので同じように絡んできたら嫌だなと思いながら障子を開けると清姫に膝枕されて耳掃除されており、この瞬間にマトモに話は出来ないなと。長い付き合いで瞬時に理解してしまった。

 

「適当な所に放置で。私は至福の時間の真っ最中ですから……あ〜、もう少し強めで」

 

「はい、畏まりました、旦那様」

 

 この時、清姫とイチャイチャしていて機嫌が良くなければ適当に始末しておけと言われただろうから匙は運が良かった。

 

 

 

 

「……ギャスパーさん、そろそろ何か用事があるのでは?」

 

 無論、用事はない。ただ、今すぐ出ていかないと龍洞との時間の邪魔だと清姫の笑っていない目が告げており、ギャスパーは運が悪かった……。

 

 

 

 

 

 

 

「あの、旦那様。耳掃除は終わったことですし、夕食のカレーは既に出来ております。その……」

 

 耳掃除を終え、もう少し膝枕をと言って来た龍洞の顔を幸せそうに見詰めていた清姫だが、三十分ほどそうしていた時に不意に口を開く。龍洞が目を向けると顔を赤らめ口元を隠しながらサッと視線を逸らし、それだけで何を要求しているのかを察する事が出来た。

 

 

 

「ふふふ、仕方がありませんね。まだ夕方だというのに欲しがりな人だ」

 

「も、もう! 意地悪しないで下さいませっ!」

 

 起き上がりニヤニヤとした笑みを向ける龍洞をポカポカと叩く清姫の顔は更に真っ赤になり、其の肩にそっと手が置かれる。帯に手が掛けられシュルシュルと解かれると直ぐに着物が宙を舞った。

 

 

「ああ、やはり貴女は美しい。……直視出来ない程にだ」

 

「……どうか目を逸らさずに(わたくし)をお見詰め下さい。それが細やかな願いで御座います」

 

 清姫の背中に手が回され、そのまま畳の上に押し倒される。だが、その動きは不意に止まった。ふたりが視線を向けた屋敷の庭、其処から途轍もない熱気が発せられていたのだ。其処に居たのは地獄の業火と見紛う程の烈火を背負った異形の存在。天を衝かんばかりの巨体を持つ其れは鋭利な牙を口元から晒しながら爛々と輝く瞳で二人を見下ろしていた。

 

「夕暮れどきから盛るとは結構な事だ! 汝らは相変わらずだな!! しかし吾に直ぐに気付いたのは結構だ。後少し遅れれば喰ろうてやった所だぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、お久しぶりです茨木さん。今から事に及ぶので客間でお菓子でも食べていてください。頂き物のチョコレートが有りますよ」

 

「お夕飯食べていかれますか? 今日はカレーですよ」

 

「何? ちょこれいと、だとっ!? じゅるり。……所でカレーは甘口か? 吾は辛口は好かん。舌がヒリヒリするのだ」

「もしゃっもしゃ…鬱陶しい蝙蝠に付き纏われてる? ごくん……放っておけ、下らん」

 

 匙がミリキャスの一件で文句を言おうと聞いた茨木童子はカレーを食べながら吐き捨てる。皿に注ぐのもまどろっこしいと釜――龍洞の家では炊飯器ではなく釜で米を炊く――にカレールーを豪快に注いで抱えるようにして食べているのだ。

 

「まぁ、相手するのは面倒なので避けていますけど。大体、貴族の統率や旧政権の監視を怠った魔王の職務怠慢の結果を私の責任にされても困りますよね。……まったく、多数の凡人の平民よりも一人の才能溢れる貴族の方が大切なのですかねぇ」

 

「あらあら、旦那様。お代わりは如何ですか? 茨木童子様もどうなさいます?」

 

 もう話は終わりと判断した清姫は茨木童子が土産として持って来た猪や熊の肉を使った料理を二人の前――龍洞の前に少し多めに――置いていく。会った事もないどうでも良い子供の死よりも愛する夫、序でにそれなりに世話になっている相手が食事に満足する方が重要なのだ。

 

「無論大盛りだ! 喰ろうてやるぞっ!!」

 

「ああ、私は幸せだ。貴女の手料理を毎日食べる事が出来るのですから。……おっと、此処にもご馳走が」

 

 清姫を抱き寄せ頬に口付け、この為に付けていた米粒を舐めとった。

 

 

 

 

 

「所で何しに来たのですか? 貴女には大婆様の生に……相手をするという重要な役目があるのでは?」

 

「今、生贄と言おうとしただろう。……まったく、汝もまだまだ未熟者よな。あれ程の存在と戯れる事の楽しさを知らぬのだから」

 

「いえ、大婆様は貴女()戯れるではなく、貴女()戯れるのが楽しいと言っていましたよ。まぁ玩具ということでしょう」

 

「……そんな事よりも琴湖は暫し京に帰還する事になった。その間、吾が鍛えてやるから覚悟しておけ」

 

 龍洞が明様に面倒そうな顔をしている間、門の前には匙の相手をしているギャスパーの姿があった。要するに相変わらず匙の相手を押し付けられているのだ。

 

 

 

 

 

「だ、だから今は来客があるから若様は出れないんですぅぅぅ!」

 

「そんなん知るかっ! 最低のクソ野郎の客の事なんて俺に関係あるかよっ! 学校では逃げられたけど、もう逃がさねぇぞ!!」

 

 何度も文句を言い損ねて頭に血が昇っている匙はギャスパーの胸ぐらを掴み持ち上げる。何時もの様にビクビクとした程度のギャスパーは両手で顔を庇うようにしながら身を竦ませる。匙は空いた手を振り上げ今にも殴りかかりそうで、ギャスパーは思わず教えてしまった。

 

「そ、そんなにミリキャスって子が死んだのがショックなら、吸血鬼の国に行って幽世の聖杯(セフィロト・グラール)の使い手のヴァレリー……!」

 

 思わず口を塞いてこれ以上の情報流出を防ごうとするが、匙は聞き逃さない。ミリキャスの死をどうにか出来る、そう理解したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……この前観たTVCMの通りです」

 

 ギャスパーから無理やり情報を得た……つもりの匙が意気揚々と去っていく中、その背中を見つめるギャスパーは漸く顔を庇っていた手を下げる。顔には恐怖は浮かんでおらず、逆に嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

 

殺せば(捨てれば)ゴミ、利用すれば(分ければ)資源、でしたよね……」

 

 

 

 

 

 数日後、ソーナの耳に無断で冥界に行った匙がグレモリー家敷地に侵入したという連絡が届く。ミリキャスの死とリアスの行方不明でピリピリしていたグレモリー卿は激怒し捕らえた後で厳罰に処そうとしたが、サーゼクスとグレイフィアによって無事にソーナのもとに戻る事が出来た。

 

 

 ただし、無事なのは匙の身柄だけなのであるが……。

 

 

 

 

 

 

 

「あの、此処が仙酔龍洞さんのお宅でしょうか? 私、北欧の主神であらせられるオーディン様の使いの者でロスヴァイセと申します」

 

 匙がどうなったか自体には興味がなく、もう絡んでこなくなった事で存在すら忘れかけた頃、幸薄そうな銀髪の女性が訪ねてきた。見た目は十代後半、二十代手前程なのだが何処か疲れきった様子で婚期を焦っている風にみえる。そんな彼女に応対したのも当然ギャスパーだ。むしろ親しい相手か上客以外は基本的にギャスパーである。

 

 

「若様に御用ですか? えっと、今は……」

 

 懐を探って取り出したのは小さな鈴。鳴らすと耳障りのいい静かな鈴の音が周囲に広がり、本来ならば聞こえないはずの距離に居る二人の耳にも届く。それに呼応するかのように二人の声もギャスパーの耳に届いてきた。

 

 

 

 

 

『おや、来客ですか。……行かないと駄目ですかね?』

 

『ええ、名残惜しいですがお仕事ですから。でも、その前に私と一緒にイキましょう。其れに腰をしっかり掴んだ上に此れほど奥に入れられては……』

 

『おや、今日は自分が上になるからと言い出し、激しく腰を使ったのは貴女でしょう』

 

『もう! はしたない発言はお忘れ下さいませ! ……あんっ! もう、旦那様ったら……』

 

 

 

 

 

 

「チッ!」

 

「あの、どうかしましたか? 急に舌打ちを……」

 

「な、なんの事ですかぁぁぁぁっ!? ぼ、僕は舌打ちなんてしてませんよぉぉぉぉっ!?」

 

「いや、今確かに……まぁ、良いでしょう。それで仙酔さんは……」

 

「わ、若様は今大切なお仕事中ですから先に僕がお相手しますぅぅぅ」

 

 早く仕事を終わらせて休みたいと、セクハラ上司に悩まされているロスヴァイセは忘れる事にした。今日のギャスパーが珍しくボーイッシュ風の女装なので美少年と言える姿だし、喪女のロスヴァイセからすれば話をするだけでも楽しみだった。具体的に言うと精神的に癒されそうで……。

 

 

 

 実際は腹黒の上に経験済み(意味深)なのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ソーナ殿。貴女方は非常に拙い立場にいます。……理由はお分かりですね?」

 

 呼び出しを受けて椿姫と共に出向いたソーナの前には、テロ組織対策に設立された部隊の隊長の姿があり、応接間に招かれたが茶の一杯も出ない事からも向けられている感情が伺えた。

 

「……はい。眷属のサジがグレモリー領に侵入した事ですね。全ては私の監督不行届です」

 

「いえ、其れだけではございません。……テロ組織との密通疑惑ですよ」

 

「……え?」

 

 何を言われたか分からないと言った顔のソーナの前に数枚の書類が差し出される。英雄である龍洞やギャスパーを恫喝する匙の姿が撮影された写真が貼られた書類や数ヶ月前の聖剣強奪騒ぎの調査報告書だ。

 

 

 

 

 

 

()()、魔王様達に連絡しなかったな。これは明らかな利敵行為。まさか姉君であるセラフォルー様が私的な理由で戦争を始めるとでも言うまいな? 仮でなくとも外交担当。その様な事、発言するだけでも無能が過ぎる。流石に我々も其処まで人材不足ではない。暫く身柄を拘束させてもらうぞ!」

 

 既に周囲を部隊に囲まれており、ソーナ達は大人しく拘束を受ける。この時、ソーナは何故自分が捕まったのかを理解した。

 

(民衆の不満を逸らす為の生贄ですか。……儚い夢でしたね)

 

 セラフォルーなら職権を乱用しても自分達を助けるだろう。だが、民衆の心に植えつけられた疑念は消えはしない。経歴に傷は残らなくとも彼女の夢は絶たれたも同然であった。

 

 

 

 

 

 

 

「恨むなら馬鹿をやった眷属を恨め。あの様な者を勧誘しなければこのような目に合わなくて良かったものをな」

 

「……恨みません。全ては私の責任ですから」

 

 そう言いつつもソーナの拳は強く握り締められ、爪先が手の平に食い込んでいた。この数日後、ソーナはセラフォルーの力で釈放され、拘束されていた眷属達も数日遅れで解放される。無論、戻って直ぐに再び拘束された匙もだ。ただし、匙がソーナ達の前に現れる事は二度となかった……。

 

 ロスヴァイセは北欧の主神オーディンのお付きである。言ってみれば一国の大統領の専属秘書官でありエリート街道まっしぐら……ではなかった。

 

 介護ヴァルキリー、それが彼女の渾名である。お付とは名ばかりの好き勝手する老人の世話係な上にセクハラが多く、離職者が多い仕事であった。別の部署に居た十九程の彼女が一番長く勤めているのだから何れ程続かないのかが伺える。

 

 彼女の名誉の為に追記しておくが、決して無能ではない。元々は戦乙女らしく勇者の魂を導きお世話するという、今では勇者となり得る者の減少から人員が飽和状態の職場で、肝心の勇者より強いという理由で居場所がなく窓際だった程の実力者だ。

 

 そんなまだ若いのに婚期を焦っている喪女で貧乏性の彼女は今、オーディンの命令で龍洞の家を訪ねていた。

 

 

 

「……粗茶ですが」

 

 龍洞が来る間、話を聞いておくように命じられたギャスパーはそっと期限間近のお茶を出す。通常仕事の話ならもう少し上等のお茶を出すのだが、薄給の為にスーツが安物なのを見抜かれ金にならないと安物を出されていた。

 

(大きい屋敷……きっとお金持ちなんだろうなぁ)

 

 聞いた話によると住んでいるのは三人だと思い出し、ロスヴァイセは格差社会を思い知らされる。それと同時に写真で見た龍洞の顔を思い出し、お金持ちの上に美形だと知って、自分の彼氏だったら何れ程良いかなどと考え出していた。

 

「あ…あの、もう少しお待ちください」

 

(この子でも良いなぁ。セクハラ爺の相手をして疲れて帰宅しても、こんな子がエプロン姿で出迎えてくれたら疲れなんて一気に吹き飛ぶのに……)

 

 北欧では婚期が早いのか、行き遅れる事を十代なのにも関わらず本気で心配するロスヴァイセ。理想が大分高くなって来てはいるが、それなりにチョロイので簡単に惚れかけていた。

 

 

 

 

 

 

「お待たせいたしました。私が仙酔龍洞です」

 

 数十分後現れた龍洞は身嗜みを整えており仄かに石鹸の香りが漂う。どうやら風呂に入っていたらしいと判断したロスヴァイセの頭の中にとある考えが浮かんだ。

 

(ま、まさか私に合う時に綺麗にしておきたかった!? こ、これは行き成りフラグが立ったのでしょうか!?)

 

 

 

 

 尚、実際は……。

 

 

「旦那様、お客様にお会いする前に湯殿に向かいましょう」

 

「確かに匂いますね」

 

「ええ! 旦那様自身の放った精の香りが(わたくし)から移っています。……その香りは妻であるこの清姫だけの物で御座います」

 

 例え匂いだけでも他の者に渡したくは無いと頬を膨らませ嫉妬を露にする姿は可愛らしく思わず抱きしめてしまう。結果、風呂場でも盛り上がってロスヴァイセの所に向かうのが更に遅くなった。

 

 つまりロスヴァイセは微塵も眼中にないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「高天原の連中との会談の前に観光がしたいから私達に護衛を頼みたい?」

 

 ロスヴァイセから告げられた依頼に怪訝そうな声が返る。既に悪魔側からは接待の意味も込めて器量と実力を兼ねた女性悪魔、堕天使側からは幹部であるアザゼルとバラキエル、天界はまだ決まっていないが他の二つが出す護衛からしてそれなりの地位の者が来る事は予想でき、更にはヴァスコ・ストラーダが率いる北欧神話やギリシャ神話勢がスポンサーとなっている聖戦士団も護衛を派遣すると聞いている。

 

(まあ私に対する興味と……ドライグさんでしょうね)

 

 二天龍と呼ばれていたドライグとアルビオンの二匹は先日決着を付けたが、それまで多くの神話に被害を出しながら争い続けてきた。神器に封印される前も後もだ。其れ故に何か思う所があるのか、もしくはそれ程の力が必要になるという不安要素があるのか、その両方かと推理する。

 

「報酬ですがオーディン様はじゅ、十億出すとおっしゃています」

 

 その金額からかロスヴァイセは舌を噛みそうになり、龍洞は更に怪しんだ。美味い話には裏がある。ならば自分が感じている予感は的中しているのだろうと……。

 

「お断りしま……」

 

 

 

 

 

『良いではないか、龍洞。俺は賛成だ』

 

「ドライグさん……」

 

『白いのを倒したばかりで気が昂ぶっていてな。暇潰しにはなりそうだ。出た被害の補償を全て其方が持つというのならば受けよう』

 

 だが、断りの返事はドライグによって遮られる。二人の関係は義兄弟でドライグの方が上。ならばドライグの意見を聞かない訳には行かず、渋々受ける事にする龍洞であった。

 

 

 

 

 

 

 尚、この他にも勢いで無茶な条件を飲まされたロスヴァイセは責任を取らされ減給処分となるのだが、始まっても居ない恋の予感に打ち震える彼女が知るよしもない。この世は無常である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「旦那様、そろそろ紅葉の季節ですね」

 

「ええ、近い内にお弁当を持って紅葉狩りに行きましょう。……勿論二人きりで」

 

 オーディンの来日まであと数日といった頃、龍洞は清姫と街路樹を見上げる。まだ紅葉狩りには時期尚早ではあるが目を奪われるには十分で、他人に興味のない二人も景色の美しさには心を奪われた。清姫は暫し見上げた後、抱き着いていた腕に込める力を強め、龍洞の肩に頭をそっと乗せた。

 

「……本当に呪いを掛けられて良かった。あのまま人として生きていれば望まぬ婚姻をさせられて、この幸せを知らないまま一生を終えたことでしょう」

 

 清姫が受けた呪いは常人ならば気が狂ってしまう程の物。かつて安珍を焼き殺した龍への変化、そして蛇として死と復活を繰り返して生き続けさせられた。

 

 だが、それらが軽く思える程に今の暮らしは彼女にとって幸せで、龍洞も家族を皆殺しにされた事で彼女に会えたのだと感謝すらしている。

 

 狂人、まさに二人に相応しい言葉であった。だが二人はそれでも良い。いや、狂っているのは承知の上で、其れでも相手が隣に居れば其れで良いのだ。

 

 

 

 

 

「……所で茨木さんが庭掃除をしていましたが、どんなお菓子で釣ったのですか?」

 

「まあ、酷い。幾らあの方でもお菓子程度で庭掃除を引き受けては下さいませんよ。……血まみれの服をそのまま洗濯機に放り込んでいらっしゃったので、罰として引き受けて頂いただけです。してくださらないと今晩のデザートを抜きにするとは言いましたが……」

 

「摘み食いしていないでしょうか……」

 

 茨木童子は京都の悪鬼の中でも上位の地位に就く存在であり、元々は総大将でもあった。だが、二人の会話からどういう認識なのかが伺える。本人は恐れられ尊敬されていると思っているが……。

 

 慕われては居る、とだけ記載しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「所で人でも喰らったのでしょうか? あの方、抜けているから証拠隠滅もロクにしていないでしょうし」

 

「それなら大丈夫です。雑誌に載ったお店目当てで街に来ていた恋花さんが後始末をなさったそうですから。どうも首吊り自殺をしようとしたものの種族の頑丈さで死にきれなかった方を見つけて勿体無いから食べたとか。……人と龍と悪魔の味が混ざって美味しくなかったそうですが……」

 

 清姫の言葉を聞き、食われたのが誰か思い付いた龍洞は顔を顰める。茨木童子の行動は非常に拙かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……勿体無い。大婆様が神器を集めてらっしゃるのに抜く前に殺すなんて」

「チョッコレート、ビスケット♪ 今日のオヤツは大量だ♪ グミにキャンディ、明日のオヤツも……今日の夕飯は何だ、清姫?」

 

 お菓子が大量に入った紙袋を抱えながら帰って来た茨木童子は恒例の摘み食いの為に台所に入っていく。京都では摘み食いをすると怖い者達が居るので根が小心者の彼女は出来ないがこの家では別だ。

 

 なにせこの家に居るのは自分より地位が低い者達、誰にも文句は言わせない。……のだが、行き過ぎた所業はしっかりと報告されているので京都に帰り次第色々と待っているのではあるが。

 

「ええ、本日はお野菜を中心にしようかと。お酒のお摘みも用意しています。所でそのお菓子は?」

 

「うむ! ”ぱちすろ”は悪くない。吾は人は好かんが人の菓子と娯楽は嫌いではないぞ! ……金平牛蒡か。金平といえばあの小僧を思い出す。息子を攫って犯した相手が誰か知った時の奴の顔は何時思い出しても……」

 

「茨城童子様はその様な幼い見た目なのによく店に入れて頂けましたね。……ああ、成る程」

 

 茨城童子は幼い見た目で本来なら角を隠した程度ではパチンコなど出来るはずはない。だけど彼女は変化の術の達人で、かつてとある侍に斬られて奪われた腕を身内に化けて取り戻したほど。他にも首を切られても逃げおおせたという逸話もあり、変化と生き汚さにおいては他の追随を許さない。

 

 

 

 

 

「偽の姿……つまり嘘をついたのですね?」

 

「ひぃ!? 待て待て待て待て! 言ってみれば仮装だ! 汝だとて芝居は気にせぬし、龍洞と交わる時にしておるであろう!? そ、それに吾はとうに二十を過ぎておるから未成年ではないぞっ!? ただ姿を変えただけだっ!」

 

 ただし其の臆病さも京都の悪鬼でも最上位に位置するのではあるが……。

 

 

 

 

 

 

「……こうして振り返ると長い間住んでいた気がします。悪魔の寿命からすれば寸の間ですのに」

 

 ソーナは椿姫と共に自分が()()()()()家を眺めながら思い出を振り返る。日本の学校につて学ぶ為の留学先としてリアスが任される事になったこの街を選び、昨日まで住んでいた。そう、昨日までだ。

 

 この日、彼女は眷属達と共に冥界に戻る。もう戻る事はないだろう。

 

 

 

「……あ〜、何だ。形式的にはお祝いを言うべきなんだろうな」

 

「ええ、何せ婚姻が決定したのですから、同盟先の指導者であるアザゼル先生……いえ、アザゼル総督はそうなさるべきかと」

 

 教師として学園で関わった縁で見送りに来たアザゼルは複雑そうな表情でソーナに話し掛ける。その瞳には同情の念が込められ、政府に生贄に選ばれた少女達を哀れんでいた。

 

 三大勢力間の戦争を起こそうとしたコカビエルの計画を政府に伝えず、更には眷属がテロを阻止した英雄に襲撃を掛けた。この事からソーナ・シトリーと其の眷属はテロリストと繋がっている可能性がある、その様な理由で彼女達が拘束された事はセラフォルーが手を打つ前に冥界に広まった。それも尤もらしい説を付けてだ。

 

「……貴族の学校に通って将来の関係作りをしていなかったのも今の貴族社会に意味がないと思っていたから、などと言われましたよ。リアスが行方不明な今、溜まりに溜まった民衆の不満をぶつけるには丁度良かったのでしょうね。特に私を目障りだと思っている方々には……」

 

其れでも少し強引に思える説を民衆が信じた事にソーナは嘆く。其れは信じて貰えなかった事への嘆きではなく、其処まで貴族が疎まれていたという事だ。民衆も馬鹿ではない。信じる者も居るだろうが、怪しいと勘付く者だって多く居る。其れでもソーナ達が責められているのは何故か?

 

 彼らは貴族を叩ける絶好の機会を失いたくないのだ。テロが起こる前から民衆の貴族への不満は長い月日を掛けて沸々と溜まっていた。それこそ政府が混乱した時に少し煽るだけで眷属悪魔の暴動が起きる程に貴族の下の者への扱いは悪く、それらを制御できない魔王達への不満も募る一歩。今まで爆発しなかったのは力の差が開いていたからに過ぎない。

 

 だからこそ、責めても問題のないソーナ達は不満をぶつける相手としては最適であった……。

 

「……元気でな」

 

「ええ、アザゼル総督もお元気で」

 

 今回の一件でシトリー家は力を大きく削がれ、ソーナは次期当主の資格を失った。魔王であるセラフォルーにも資格はなく、先の大戦で他の親族位は生き残っていない。それならばシトリー領は誰が継ぐのか? 其れはソーナが将来生む子である。

 

 ただし、シトリーではなく別の家の当主の側室として、ではあるが。親子程に年の離れた貴族に嫁ぎ、衰退した家への援助をして貰う。其れは吸収合併であり実権を完全に奪われる事になるのだが、シトリー家を残すにはそれしかなかった。

 

「……会長」

 

「私はもう会長ではありませんよ、椿姫。気にしないで下さい。私は貴族としての義務を果たすだけです。……貴女達には本当に謝りきれません。……こんな私ですがこれからもついて来て下さいますか?」

 

「はい! ソーナ様!」

 

 女王の頼もしい声に微笑むソーナ。もう夢は叶えられず、名も汚辱に塗れた。だが、その笑顔は曇り一つなく輝いている。残念ながら欠けてしまった眷属は居るものの、残った仲間とならどんな辛い事が待ち受けていても前を向いて生きていける。ソーナはそう確信していた。

 

 

 

 

 

「さあ! 明日から忙しくなりますよ!」

 

 彼女達はこれからも立ち止まる事なく歩み続けるだろう。思い描いた学校は作れなくとも恵まれない者達の為に何か出来る事は有るはずだと。今は進む先が暗く見えなくとも、きっと明るい未来が待っていると信じて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うひょひょひょ! ええのぅ、ええのぅ! やはり美女は最高じゃ!」

 

 来日したオーディンは護衛の女性陣を見て鼻を伸ばす。いずれも押しも押されもせぬ美女揃い。中でも特にオーディンの視線を集めているのは天界から派遣された護衛のガブリエル、天界一の美女と讃えられる大天使の彼女だろう。

 

「オーディン様! その様なだらし無い顔をなさっては……」

 

「五月蝿いのぅ。そんなんじゃから彼氏の一人も出来んのじゃぞ?」

 

 ロスヴァイセが苦言を呈しても馬に念仏糠に釘、全く効き目がなく何時もの様に気にしている事を言われる始末。後は何時もの様に涙目で叫ぶ。主神の秘書官である彼女が他勢力の前でその様な醜態を晒すのもオーディンのだらし無い行動同様に問題なのだが……。

 

 

 

 

「……若様、北欧って人手不足なのでしょうか。あんなメンタル紙装甲な人を……」

 

「さあ? まあ無様を晒して高天原の連中と揉めて下されば都合が良いでしょう。……須佐之男とか死なないでしょうか。こう、グングニルでグサッと」

 

 泣き叫ぶロスヴァイセの姿に若干引いているギャスパーの問いに対し龍洞は槍で心臓を突き刺す真似をする。メンタル紙装甲は貴方もですよ、とは言わない。他人なら兎も角ギャスパーは身内である。既に挨拶も済ませているし、必要以上にオーディンと関わるのも嫌な二人であった。

 

 

 

 

 

「んで何処行くよ、爺さん?」

 

「うーむ、寿司屋に遊園地にゲームセンター……何より美女が居る店が良いのぅ」

 

「ならウチが経営する良い店があるんだ。美女ぞろいだぜ」

 

 だらし無い表情で笑う二人に呆れた顔をするロスヴァイセと、呆れながらも顔には出さないようにするガブリエル。テロリストの殆どは自分達の勢力から出ている為、過去の確執を脇に置いて同盟を結んで貰うためにするべき事は何でもしなくてはならない。

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ。私は天使信仰には鞍替えしなかったが、其れでも敬意は払っていたのだがな。少々物悲しくなるよ」

 

「まあ先立つ物が必要なのは何処でも同じですし、時には誇りだって捨てなくては駄目でしょう。貴方だって今回悪魔や堕天使と共にスポンサーの護衛をするでしょう?」

 

 軽く溜め息を吐くヴァスコと呑気そうな龍洞。今まで依頼で関わってきた二人だが、こうして会うのは数える程しかない。故に身内ではなく、お得意様だったので慰めはするものの其処までだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「所で貴方も彼らが行く店に入る事になるのでは? 私とギャスパーは未成年ですから女性陣と共に待合室で待つ事になると思いますが」

 

「……むぅ。今から気が重い事だ」

 

 ヴァスコは敬虔な信者で長い間教会の信者として信仰を捧げた来た。弟子に女性も居たから全く耐性がない訳ではないが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「取り敢えず回転寿司に行くぞー!」

 

「……寿司か。初めて食うな。この老体ではそう多くは食えんがな。君は多く食べるのかね?」

 

「いえいえ、せいぜい三十分は寿司が回らなくなる程度です」

 

(……日本人は食べる事に貪欲だと聞くがこれが普通なのか?)

 

 少し日本人を誤解するヴァスコであった……。


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