発掘倉庫   作:ケツアゴ

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狂人達の恋の唄 ⑧

「あれ? ギャスパー()()()、どうして男の子の制服着ているの?」

 

 この日。朝から龍洞達の甘ったるい空気を見せ付けられて辟易していたギャスパーは覚えがない少女に話し掛けられた。栗毛のツインテールで僅かだが天使の気配がする彼女の事など全く思い出せず、向こうも自分の事を男だとは知らないのなら大した関係でもないと結論づける。

 

「え…えっと、誰ですか?」

 

「えー!? 忘れちゃった? イリナよ、紫藤イリナ! ほら、六月くらいにご飯奢ってくれたじゃない」

 

「ご飯を奢った? ……あっ!」

 

 名前を教わり何時くらいに会ったかを教えられて漸く思い当たる。既に用が済んだ相手なので、例えるなら何年も前に街中で財布を落としてのを教えてあげた程度の認識しかなかったが、朧げに思い出せた。

 

「経費を使い込んで物乞いをしたけどお金が貰えないから、異教徒相手なら許されるって強盗を働こうとしたイリナさんですよね。……ひっ!? い、今はお金持っていませんよっ!?」

 

「確かにそう言ったけど! あの時は追い詰められていたからだし、パパとママにバレて叱られたからっ!」

 

「人間、追い詰められたら本性が出るって。ま、まさかこれ以上広まらないように口封じに!? ……ひぃいいいいっ! 殺さないでぇぇ!!?」

 

「殺さないよっ!?」

 

「や、やっぱり口封じはするんですねぇぇぇっ!? ひぃぃぃぃっ!?」

 

 目に涙を貯めながら怯えた様子で後退りするギャスパーと慌てて弁明するイリナ。二人の遣り取りは校門前という場所から多くの生徒の目に止まり、イリナの転校デビューは失敗に終わったが自業自得なので仕方がない。戦闘云々よりも道徳を学ぶべきであった。

 

 

 

 

「あっ、僕は男ですよ」

 

「ふぁっ!?」

 

 

 

 

「転生天使? あっ、あの、話も済んだと思うので帰って良いですか?」

 

「いや、終わってねぇよ。……話し続けるぞ」

 

 其の日の放課後、龍洞と共に呼び出されたギャスパーであるが、舎弟だし同居してるからと一人でアザゼル達の所に向かわされた。途中、転校早々に生徒会室に入っていくイリナの姿を見て根も葉もある悪い噂が流れるのだがこの時は誰も予想していない。兎に角、イリナの背中に生えた天使の羽に対する説明がなされていた。

 

「えっとね、悪魔の駒の技術を利用して天界も天使を増やそうって事になったの。……本当はゼノヴィアも誘われたんだけど、”天使を創り出して良いのは主の御技のみ。天界のする事に口出しはしないが、私は自らの信仰心に則って辞退させて頂く”って言われちゃって……ミカエル様を信仰しだした自分が少し恥ずかしくなったわ」

 

「……あ〜。ストラーダ達が創設した『聖戦士団』とかと同じ思想か。彼奴らも自分達は主に信仰を捧げ人を守る為に戦って来たのであって、教会に信仰を捧げ教会の為に戦って来たのではない、とか主張してるからな。今じゃ追放された奴らを保護して結構な戦力になってるとか」

 

 何処かの悪魔や堕天使が嫌いな神が後ろ盾になって結成された組織であるが、縮小を始めた悪魔祓いでは同盟によって人の仇なす悪魔であっても容易に攻撃できず、其の分倒すべき数が増えた悪魔も元々後手後手に回っていた上に、テロ組織の出現で貴族に被害者が出ない限り更に優先度が下がっている。

 

 そんな悪魔や魔獣を退治して人を救って回っているストラーダ達の組織は結成して間もないにも関わらず既に多くの神話が出資者に名乗り出ている。信仰する神は自分達ではないが、其れでも神は人が好きなのだ。

 

「あの、彼らが本当の信仰心を持っていようが、イリナさんの信仰がブレブレだろうと僕には関係ないですよね? 本題がないなら、か、帰っても?」

 

「悪い悪い。……先日アルビオンがシトリー達と接触してな……ディオドラに警戒しろだとよ。奴はやっぱり黒のようだ」

 

 その時のアルビオンは会談の時よりもヴァーリの体を侵食し、既に両手は龍のモノになっていたらしいとアザゼルは悔しそうに語る。育ての親であるアザゼルからすれば不甲斐なさを感じているのだろう。

 

 

 

 

「あっ、それは良かったですぅぅ。ドライグさんに良い土産話が出来ました」

 

 ただ、ギャスパーにはその様な心情など些事で、ドライグが喜びそうな話だったので嬉しささえ感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(……あれ? 此処は何処?)

 

 リアスは意識が覚醒して直ぐに状況の確認を始める。まるで興奮作用のある脳内物質が分泌されないかの様に頭が冴え渡り落ち着いていた。

 

 周囲を見渡そうにも首が動かず手足もピクリともしない。それどころか感覚さえなく、ただ視覚と聴覚だけが働いている状態だ。それでも焦りを感じず、ただ真っ直ぐ前に集中する。

 

 

 

「あっ、も、もう無理……」

 

「あらあら、まだお若いのですから頑張って下さいませ」

 

 聴こえてくるのは生気のない祐斗と、同性であるリアスでさえ情欲を刺激されかねないキアラの淫靡な声。僅か数メートル先、何時ものリアスならば数歩足を踏み出して手を伸ばせば届く距離にある寝台の上、其処で一糸纏わぬ姿の二人が絡み合っていた。正確に言うならば仰向けに寝転んだ祐斗に跨ったキアラが腰を動かしている。

 

(……嘘、嘘よ)

 

 リアスの目に映る祐斗の顔は苦しそうだが其れでも快楽に染まっている。その顔は自分と結ばれた時の罪悪感や焦りが混じった物とは大違いで、リアスは必死に顔を背けようとするがやはり体は動かない。

 

「……うあっ!」

 

 其れが何度目か本人にも分からない程であるが、祐斗は堪えきれず精を放つ。極上の快楽で満たされた顔のまま彼の手足から力が抜け、彼の短い生涯は終わった。

 

 

「あらあら、たった()()()搾り取り続けただけですのに……困りましたわね」

 

 頬に手を当て溜息を吐きながらキアラは祐斗の首元に柔らかそうな唇を近づけ……鋭い牙を突き立てて血を一気に飲み干した。その光景すら色気があり、リアスは愛する男が殺されたにも関わらずキアラに劣情を覚え始めている。

 

(綺麗だわ……)

 

「さてと……」

 

 そのまま干からびた祐斗の上から降りたキアラは其の儘の姿でリアスに近付いて行く。今度は自分の番かと恐怖と期待が混ざった感情を抱くリアス。だが、キアラが間近に来てようやく違和感に気付いた。あまりにも彼女が大きい。いや、自分が小さいのだ。その訳は直ぐに分かる。キアラに抱き上げられた自分の姿が鏡に映っていた。

 

 

(人…形…?)

 

 其処に映っていたのは黒い髪の日本人形。訳も分からず混乱しているリアスだが、キアラは鼻歌交じりに歩いていく。

 

 

 

 

 

 

「貴女、大変美味しかったですわ。煮ても焼いても素晴らしく、少し食べ過ぎたかもしれません。だからお礼に魂は人形に保存してあげました」

 

 太ってしまうかも、と冗談を交えながら木箱を取り出すキアラ。其処にリアスをそっと入れた。

 

 

 

 

 

 

(やめてっ!)

 

「でも、家出するような悪い子にはお仕置きです。悪い子は……しまっちゃいますね」

 

(やめて! やめ……)

 

 あくまで菩薩のような慈愛に満ちた顔で、聞き分けの悪い子供に諭すかのような口調でキアラはそっと箱に蓋をする。箱はそのまま蔵の奥深くに片付けられ、長い長い年月が過ぎ、リアスの心が完全に擦り切れても蓋は開けられる事はなく、何時しか誰の記憶からも消え失せた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……しまっちゃうオバさん」

 

「酷いっ! 五月姫さんが苛めるっ! 私を苛めるっ!」 その日、日が差し込まぬ洞窟の奥に招かれざる客がやって来た。

 

「あれまぁ、けったいな蛇さんやなぁ。ウチ、驚いたわぁ」

 

 少しも動じた様子を見せない間の抜けた声の女からは濃密な酒の香りが漂ってた。顔は赤らみ足取りはふらついている。事実、彼女は酔っ払っていた。

 

その服装はその国の物ではあるが、その時代に相応しい物ではない。だが、その女は間違いなくその国のその時代の者だ。

 

『・・・・・・貴様は誰・・・いや、何だ?』

 

 洞窟の主は身動ぎしながら来訪者を見詰める。全ての頭の全ての瞳が彼女を見るが、記憶を探っても思い当たる名が浮かばない。ある者は勇気を振り絞り、又ある者は功名心から、若しくは気まぐれで要求した贄として、思い上がった顔や怯えた顔を自分に向ける生き物によく似てはいるが、その本質は全くの別物。むしろ彼に近かった。

 

「……そやなぁ、その内教えたるわ。ウチとあんさんは長い付き合いになるさかいにな」

 

 所有する宝の力を使い知った未来の言葉だと、聞きなれない言葉を使う彼女を胡散臭く思う一方、そんな宝を持っていると豪語する女にも僅かながら興味が湧いた彼は彼女を追い出さないことにした。

 

 

 そして月日は流れ……。

 

 

 

『……良い月だ。なあ、赤いの』

 

『封印中は月を愛でる気など起きなかったが……やはり月見は良い。酒が格別ならば尚更な』

 

満天の月明かりの下、琴湖とドライグは盃に並々と注がれた酒を口にする。一陣の風が吹き酒の水面に波を立て、常に咲かせている桜の花びらが僅かに散る。

 

『盃の中に浮かぶ桜の花びら。……風流だな』

 

『然り。今宵は静かで良い夜だ』

 

 それを惜しむように虫の音が……。

 

 

 

 

 

 

「ああっ! この様な格好でなど御無体なっ!」

 

「おや? 口ではそう言いますが体の方は正直なようで。……やはり貴女は美しい。羞恥に染まる顔すら見蕩れてしまいますよ」

 

「……旦那様は意地悪です。もう焦らさずに欲望のまま……」

 

「どうして欲しいのですか? ほら、そうやって腰を振って誘いながら言って下さい」

 

 

 

 虫の音をかき消す様に二人の情欲に塗れた声が聞こえてきた。家内の者に聞かれるのを気にしていないのか非常に大きい声が響いている。

 

 

 

 

 

『……おい、どうにかしろ。貴様の舎弟だろう』

 

『其れを言うならば貴様の子孫だろうが』

 

 取り敢えず場所を変えて飲み直す二人匹だが、非常に気不味い気分で酒の味が分からなかった。

 

 

 

 

 

『『……たまにはゆっくり飲みたい』』

 

 たまには、その言葉が全てを物語っている。この家の日常がどのようなものなのかを……。

 

 

 

 

 

 

 

「聞き分けのない事を言うな! お前を守る為なんだっ!!」

 

「よくも抜け抜けと! あの時、母様と私を守ってくれなかったくせにっ!!」

 

 リアスが祐斗を強引に連れて駆け落ちし(によって攫われて)てから約一週間が経過するも途中から足取りが掴めず死亡の可能性さえ示唆された頃、アザゼルに連れられ朱乃の前に一人の男が現れた。

 

 名をバラキエル。堕天使の幹部であり、朱乃の実の父親だ。五大宗家の一つである姫島の娘であった朱璃とバラキエルの間に朱乃が産まれ、数年前までは三人で暮らしていたのだが、とある事件を切っ掛けに擦れ違いが始まった。

 

 元々堕天使を快く思っていない姫島家の者である朱璃の両親は娘が洗脳されていると思い込み、更には忌子である朱乃を本家の娘である従姉妹と仲良くさせていた事もあって危機感を募らせ刺客を送ったのだ。バラキエル達も身を守る為に雲隠れする様な事もなく過ごし、刺客は返り討ちにしていた。

 

 だが、恨みを抱いた刺客が堕天使と敵対する者達に住まいをリークし、偶々予定より遅くなったバラキエルの不在時に朱璃が殺されてしまった。

 

 朱乃が堕天使の力を使いたがらない理由は其れだ。母親が殺されたのは堕天使の血を引く自分が居たからで、自分が狙われたのはバラキエルが恨まれているから。その後、色々あってリアスの庇護下に居る限りは狙われないと姫島家と約定を結んだのだが、今回の件が露見すればまた狙われるだろうと危惧したバラキエルが迎えに来たのだ。

 

 だが、朱乃は父を許さず昔の様に拒絶する。その時に歩み寄っていればこの様な事にはならなかっただろうが、時は既に遅く、親子関係は修復不可能なレベルになっていた。

 

 

(……多分今度は悪魔への恨みを向けられるでしょうね)

 

 その光景を離れた場所で見詰める小猫の心は冷め切っていた。両親は居らず、たった一人の姉とさえ引き離された彼女からすれば朱乃の言っていることは自暴自棄からくる甘えにしか見えない。もはや自分が望んでも手に入らない物を目の前で捨てられている様な不快感さえ湧かなかった。

 

(まぁ、もはやどうでも良いですけど……)

 

 テロ組織のせいではぐれ悪魔の身内への風当たりも悪くなると思われ、次期当主が二人共行方不明のグレモリー家は慌ただしい。今は自分の身の振り方が重要だった。

 

 確かにリアスは恩があるが、そもそも兄であるサーザクスの政治力不足が原因の一端。猫は三年の恩を三日で忘れる、とまでは言わないが、リアスに拾われてから大体四年少し程度。帰って来たら普通に仕えようとは思うが、敵討ちの為に命を張るという考えは微塵も湧かない小猫であった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では賛成多数により可決と致します。今後は通常の上級悪魔昇進試験に第三者の指導下での研修期間を設け、其処で合否を決める事になりました」

 

 議会の大半が賛成した内容にサーゼクスはガクリと肩を落とす。転生悪魔の為に考えられた昇給制度だが今回の事で狭き門が更に狭められるであろうからだ。

 

 

「では、続いて悪魔の駒を所有する為の試験の導入についてです。最近は反逆される者など部下の扱い方を知らぬ者が増えましたし、このままでは貴族の威信に関わります。力で押さえ付けるだけでは獣と変わりませんしね」

 

 場を仕切るはやはり彼。サーゼクスの政敵であり、今や貴族派の実質的なトップに立つ男だ。初代バアルを始めとした多くの貴族がアルビオン率いるドラゴン達に殺害されて混乱が広がる中、多くの貴族の不正を告発し、何故か見付かった見付かるはずのない証拠によって処刑。領地や財産を有能な成り上がりの転生悪魔等に分配して勢力を拡大していた。

 

 

 

 

 

 

「ああ、そうそう。事前にお知らせしていませんでしたが……コカビエルの件でリアス殿に利敵行為があったとして処分を求める案が出ています」

 

 

 

 

 これより数日後、遂に若手の交流試合の日がやって来た……。

 

 

 

 

 

 

 

『待っていろ、赤いの。復活したこの体で相手をしてやる』

 

 

  積み上げるのには長い月日を要するが、崩れるのは一瞬で済む。どの様な環境で育った者でも堕落するのだ。

 

「ねぇねぇ、知ってる? 尻拭いの手伝いが居るからって他の神話に仲良くして貰う為の予算だけど、魔王や魔王の実家から多めに徴収するんだってさ。王自ら身を切る事で対外的なアピールをするって名目」

 

「あ〜、だったら体を使った接待もあるかもね、まぁ、それ専用の人達も居るし、私達にまで回ってこないだろうけどさ。って今日裏切るからどっちでも同じか」

 

「そんなのどーでも良いよ。其れより警備隊にマイクってイケメン居るじゃん? お坊ちゃんに内緒で誘惑してみたんだけど凄かったよ。何処かの小さいの使った独りよがりの下手くそなのと違ってさ」

 

「知ってる知ってる。噂のプレイボーイ君でしょ? でも、お坊ちゃんに知られたらやばいって。彼奴、絶対ヒステリーだもん。殺されちゃうかもよ〜?」

 

 先程からこのような会話を続け、酒を飲み菓子を貪りつつ煙草を吸う。品行方正とは言えない彼女達だが、元々は聖女と呼ばれ敬われた敬虔な聖職者であった。だがディオドラによって悪魔になり、最早面影すらない。

 

 悪魔になって、又は屋敷に囲われた彼女達が得た物は豪華な食事に綺麗な衣服、数多くの嗜好品や娯楽の品々。何より教会に居た時に比べて遥かに自由であった。

 

『私達は悪くない。利用して捨てられたのだから被害者だ。悪いのは現政府や教会や天界の連中で、私達は生きる為にしたがっているだけ』

 

 清貧を良しとし、年頃の少女が好む物とは縁遠い暮らしの反動、教えられた神の不在を初めとした非を押しつける対象の存在。何より従わなければ生きていけないという口実は堕落の道へと進ませるのには十分であった。

 

 

 

 

 

 

 

「……でっ、今日のゲームだけどどうなると思う? 私は勝てないと思うけどさ」

 

「私達所詮は転生悪魔だし、捕まったら楽には死ねないんじゃない? 見せしめで公開処刑とかさ。大体、今の魔王の内二人って二天龍クラスなんでしょ? 勝てない勝てない」

 

「あははは! 逃げても捕まるし、万が一勝てるかも知れないから、ヤバイと思ったら蛇飲んで上がった力で死のっか?」

 

「賛ー成! じゃあさ、最後の飲み収め食い納めでピザでも頼もうよ。カロリーとか気にしないでさ。実は屋敷から秘蔵のお酒を持ってきてるんだ」

 

「私、照り焼きピザ……いや、どうせなら全部頼んで味を比べようよ!」

 

 

 

 彼女達は既に諦めている。このままディオドラの玩具で終わっても良いと諦め、苦しんでまで生き続けたいとも思っていない。自分達其の物を既に諦めきっているのだ。

 

 部屋には彼女達の笑い声が響く。紛れもなく年頃の少女の其れではあるが、目は濁りきり人間らしい感情が感じとれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「危機に陥ったグレモリー領の援助に現ベルゼブブが名乗りを上げた……友情ですねぇ」

 

 ゲーム開始前、控え室で清姫特製のお弁当を食べつつ広げた週刊誌(グラビア記事は既に燃やされている)を眺めながらの呟きにギャスパーは顔を上げた。

 

「そう言えばあの二人って友達でしたっけ? そう言えば若様って友達は……」

 

「おや? どうして其処で言葉を詰まらせるのですか?」

 

 龍洞はあくまでにこやかに笑い、ギャスパーはそっと目を逸らす。その時、アナウンスが流れた。

 

 

 

 

『間もなくゲストチーム対ソーナ・シトリー様とディオドラ・アスタロト様のチームの試合を開始致します。転移用の魔法陣の上にお集まり下さい』

 

「さ、さあ行きましょう、若様!」

 

「こらこら、何を慌てているのかは知りませんが、慌てて転んだら危ないですよ? 師匠に足腰の鍛錬が足りないと針山登山を課せられてしまいますからね」

 

「ひぃいいいいいいいっ!? 足元には注意して行きましょう!!」

 

 二人が乗ると同時に魔法陣は光り輝き、次の瞬間には二人の姿は控え室から消え失せた。

 

 

「……行き成りこんな所に出るなんて。まさか短期決戦(ブリッツ)? でも、ディオドラの姿が……」

 

 転移したのは砂漠のフィールド。熱気で空気が揺らめき、地平線の彼方に黄金に輝く宮殿が見えている。龍洞の直ぐ間近に現れたソーナ達は囮の為か話を聞かされていないらしく身構えていた。

 

(確か彼女達の護衛も仕事の内でしたね。正直言って面倒臭い……)

 

 椿姫は怯え切った顔を龍洞に向け、匙の顔からは敵意どころか戦意さえ感じられない腑抜け切った物。その他の面々も事態について行けず戸惑っている。守るどころか説明すら面倒くさいと感じた龍洞がとった手段。それは……。

 

 

「汝、世に君臨し覇の理を神より奪いし二天龍なり」

 

 龍刀・帝を抜き頭上に投げると空中で回転しながら飛んでいき、ピタリと止まる。

 

 

「自由を愛し、覇道を歩む」

 

 徐々に溢れ出すオーラはやがて龍の姿へと変わり、輪郭がハッキリ見えてきた。

 

 

「我、気高き御身を縛りし神の鎖を断ち切り この天の下に真なる支配者を呼び戻さん」

 

 やがてオーラはより濃密になり、ドライグの姿がうっすらと見て取れる状態になる。ソーナ達は発せられるオーラに圧倒され動く事が出来なかった。

 

 

天理崩壊(てんりほうかい)天龍解放(てんりゅうかいほう)

 

 悪魔の前で再び行われた赤龍帝の復活。この時、ソーナ達は二天龍が其の名で呼ばれる所以を本能で感じ取った。

 

 

 

 

 

 

「ドライグさん、面倒なので説明お願いします。ギャスパーは別の場所に飛ばされてて私しか居ないんです」

 

『いや、俺ってお前の兄貴分だよな?』

 

「ええ、義兄弟の盃を交わしたでしょう? では、説明を」

 

「……いえ、大体の事情は察しました」

 

 二人の遣り取りに呆れているのかついて行けないのか何方かは分からないが、、ソーナは抑揚のない声で空を向く。旧魔王に傾倒した悪魔の魔法陣が無数に出現していた。

 

『言っておくが俺は戦わんぞ、小娘。あの程度、龍洞で十分だ』

 

「ええ、十分です。何なら十分で片付けましょうか?」

 

『掛け過ぎだ。五分以内に片付けろ』

 

 魔法陣から出てきたのは上級悪魔を中心とした通常は雑魚とは呼ばれるはずのない無数の悪魔。其れを見ても龍洞は動じず、ドライグとの呑気な会話は悪魔達の神経を逆撫でする。

 

(……しかし妙ですね。幾ら負け馬に乗った阿呆とは言え、ドライグさんが居るのに……ああ、そういう事ですか)

 

 

「少々マグレが続いた為に調子に乗っている下等な人間に偽りの魔王の血縁者どもめ。今日こそ我々の偉大さを教えてやろう」

 

「いえ、オーフィスでしたっけ? 世界最強を神輿にしているだけの癖に偉そうにしないで下さい」

 

ブチッ、と何かが切れる音が聞こえ、悪魔達の掌に魔法陣が出現する。

 

「皆、来ますよ!」

 

 咄嗟に障壁を張って身構えるソーナ。眷属達も慌てて後に続きサポートする。だが多勢に無勢。降り注ぐ魔力相手にはあまりに儚い盾だ。数秒後には呆気なく砕けてしまうだろう。

 

 

 

 

 

「鬼術・火炎樹縛」

 

 ただし、放たれればの話ではあるが。地面から生えた樹齢数百年は経っているであろう巨木の枝は悪魔達を縛り付けながら燃え盛る。地獄で亡者を拘束しながら燃え盛る火焔樹だ。

 

「熱い! 熱い!! 骨が砕ける!!」

 

「誰か、誰か助けてくれっ!!」  

 

 辛うじて逃れたのは口上を述べた指揮官らしき男一人。残りは骨が砕けんばかりに縛られながら燃やされ、其の儘地面に沈む。だが、たった一人残ったにも関わらず彼の顔には余裕があった。

 

 

「ははははは! 下等種族にしては中々やるな。さては事前に力を譲渡されていたな。小細工を弄しよって」

 

『いや、これは此奴の力だが』

 

 ドライグは否定するも男は其れが信じられぬといった風に鼻を鳴らし、マントを翻す。彼の背後には彼の自信の根拠である存在が出現していた。

 

 

 

 

『久しぶりだな、赤いの』

 

『……白いの』

 

 男の背後に出現したのは龍門と呼ばれる物。其処から元の姿を取り戻したアルビオンが出現する。ソーナ達は自分達の優位性が崩れた事で余裕を失い、龍洞はドライグと視線を交わすと僅かに頷いた。

 

「では、私は彼女達を安全な場所へ案内します。……向こうに地下シェルターがありますから急ぎましょう」

 

「……はいっ! 皆、急いでっ!」

 

 先導するように走り出す龍洞に続いて駆け出す。当然、それを見逃す男ではない。

 

「行け、アルビオン! ドライグとじゃれ合う前に奴らを殺せ!!」

 

 本人は認めていないつもりだが、龍洞に敵わないことは理解していた。だからこそアルビオンに始末させようとしたのだろう。だが、当然のように返事はない。完全に力を当てにしておきながら無視された事に腹を立てて彼はアルビオンを睨もうと顔を向ける。

 

 

 男を挟む形で睨み合う二天龍はブレスを放とうとしていた。

 

 

「お、おいっ!? まだ間に私が……ぎゃああああああああっ!?」

 

 ぶつかり合うドラゴンブレスは膨大な熱気を周囲に広げながら拡散する。熱波で周囲の砂が黒焦げになりながら舞い上がる。急激な温度上昇が引き起こした気流で荒れ狂う砂嵐の中、二天龍の声が響いた。

 

 

 

 

『『ははは……ははははははははははっ!!!』』

 

 二匹の心を支配したのは歓喜。自分達に比べれば児戯にも劣る戦いを自分達の代理戦争にしてきたが、今まさにかつての戦いの再開がなった。その事がとてつもなく嬉しかった。

 

 

 

 

 ただ、この勝負は長くは続かない。其れは二匹とも分かっていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……この装置が切り札?」

 

 ディオドラや他の眷属とは別の場所でアルフォンスはガーゴイル像に似た奇妙な装置に視線を送る。無数の管が地面に伸びて空間からエネルギーを吸い上げている。ガーゴイルの口の中にはミリキャスの姿があり、顔だけが外に出ていた。

 

「ああ、そうだ。空間中のエネルギーを全てこの子に注ぎ込み、首都ルシファードを中心に増幅した滅びの魔力を放つ。既に数回使用するに十分なエネルギーは充填されていて、阻止するには装置を壊せば良いが、この子は死ぬ。……後は現ルシファーに知らせるだけだ」

 

 アルフレッドは吐き捨てるように呟きながらミリキャスの紅い髪に視線を送る。サーゼクスから、彼の子を殺した男から受け継いだ髪の色だ。

 

 彼も彼の子達もルキフグスに忠義を誓い、其の結果命を落とした。孫も内乱時の混乱で行方不明、恐らく命はないと思っている。

 

 だが、ルキフグス家の令嬢であるグレイフィアはサーゼクスと恋に落ち、剰え其のエピソードは人気の恋愛劇に使われている。ルキフグスの為に戦い、サーゼクスの手で家族を失ったのは彼だけではない。

 

「思い知らせてやるのだ。自分だけはのうのうと家族を作り、剰えメイドの真似事をして我らの誇りや忠義に後ろ足で砂を掛けた小娘にな。……其れまでは死ぬ訳には行かん」

 

 アルフォンスは知っている。彼が余命幾ばくもなく、もはや気力だけで生きている状態だと。だからアルフォンスは彼にそっと近付き。

 

 

 

 

 

「……死ね」

 

 隠し持った短剣で心臓を刺し貫いた。こうして復讐の為にだけ生きていた老人は復讐を果たす事なく死に、アルフォンスはこみ上げてくる笑いを抑えながら装置を作動させる。

 

 

『発射まで三十分。発射まで三十分』

 

(……長いな。何か暇潰しになるものは……うん?)

 

 ふと、アルフレッドの胸ポケットからこぼれ落ちたロケットが目に入り、つまみ上げて蓋を開く。入っていたのはアルフレッドと……幼い頃のアルフォンスの肖像画だった。

 

 今まで靄がかかって朧気だった記憶が鮮明になる。自分を肩車していたのは大好きだった祖父で、其の祖父はアルフレッドだった。アルフォンスは其れを理解し、込み上げて来る衝動が抑えきれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あははははははははははっ! 最高だっ! 最高の気分だっ!!」

 

 今まで感じた事のない途轍もない高揚感。もはや恩人との約束もどうでも良い。彼が望むのはただ一つ……。

 

 

 

「もっとっ! もっと悲劇が見たい!!」

 

 

 

 

 「……やはり苦戦しているか」

 

 ディオドラの裏切りを確信しての今回の作戦、当初は他の神話の助けを借りて襲撃に加わった三大勢力の裏切り者の討伐をする予定であった。だが、貴族派からの”これから同盟を結ぼうとする他勢力の要人を危険に晒すなど、他の神話からも裏切り者を出す気か”や”自分達の尻拭いも出来ないと恥を晒す気か”等の反対に合い、今は自分達だけで自分達の元身内を討伐している。

 

しかし、戦場に立っているのは魔王派のみ。貴族派は同時作戦で市民に危険が及ぶ可能性があるとして別の場所で待機し、危険な仕事は全てサーゼクス達が引き受ける事になっていた。

 

 戦況は現政権がやや有利。だが、オーフィスの蛇を飲んでいるのか一部の者を除いて個々の能力はテロリスト側が高く、サーゼクス自ら救援要請が出てる場所に向かっていた。

 

 

 

 

『現政権の皆様、御機嫌よう。ディオドラ様の眷属のアルフォンスです。早速ですか此方をご覧ください』

 

「ミリキャス!」

 

 突如空中に映像が現れ、サーゼクスは思わず足を止めてしまう。彼の耳には先程から鳴り響く救援要請のアラームが響いているが聞こえていない。奇妙な装置に取り込まれたミリキャスの姿が映っていたからだ。

 

『この装置は空間からエネルギーを吸い上げてこの子の滅びの魔力を増幅し市街地に放ちます。止めるには装置を破壊すれば良いですし、まだ発動まで三十分近くありますのでお急ぎ下さい』

 

 今直ぐ来いとばかりに新たに地図が追加され、救援要請を送ってきた者達の居る場所から大きく離れた場所が指し示されている。今直ぐ向かおうとするサーゼクスだが、この時になって先程から鳴り響くアラームに気が付いた。

 

「……グレイフィア、向かってくれ」

 

「しかし……」

 

 グレイフィアが懸念しているのは貴族派によって約束させられたミリキャスよりも魔王の職務を優先させるという事。今助けに行けば其れに背くことになる。だが、グレイフィアも母として今直ぐにでも息子を助けに行きたかった。

 

「……大丈夫。市街地への攻撃を阻止する為だ」

 

 気掛かりな事もある。何故、敵は其れを教えたのかという事だ。態々手の内を敵対する相手に教えるなど正気の沙汰ではなく、ブラフを疑うのが普通だからだ。

 

 

 

 

 

『ああ、言い忘れる所でした。装置を破壊すればこの子は死にます。破壊しなければ民衆が死にます。お好きな方をお選び下さい』

 

 この言葉から映像が消えるまで僅か数秒。其れだけでサーゼクスは彼の言葉が本当だと確信する。アルフォンスは心底警戒している扇動の天才と同じ目をしていた……。

 

 

 

 

 

「……さて、ディオドラ様の様子でもお聞きしましょう」

 

 計画では旧魔王派の幹部がサーゼクスに勝負を挑んで勝利した後にミリキャスの事を知らせるという事になっていたが、最初から前提が無理だと思っていたアルフォンスはアルフレッドの死体に腰掛ける。死に体の体を復讐心なだけで動かしていた実の祖父。復讐を果たす事だけを望んでいた彼が計画の発動前に死ぬと思うと我慢できずに殺してしまったが、もう少し時間を掛けて殺せば良かったかもと後悔していた。

 

(どうせなら私が孫だと知って、その孫に殺される絶望を味わうとか楽しそうでしたね)

 

 ヒステリックなディオドラの事だから喚き散らされると思うと少々億劫で、向こうにバレないように音声を字幕に変える術式を加えて念話を発動させる。

 

(確かあの少年を犯すとか言っていましたね。……あっ、少女だと思ったままだ)

 

 念話を送ればどんな反応が帰ってくるかは予想がつくが、勘違いが是正された時の反応を想像すると笑みが溢れてくる。そして、念話は直ぐに通じた。

 

 

『痛い痛い痛い痛いっ! も、もう嫌だっ! 生きたまま食べるくらいならいっそ殺して……ぎゃああああああああっ!! 痛い痛い痛い痛……』

 

「さて、問題なし」

 

 実に楽しそうな光景が繰り広げられていそうだが、此処で見に行くと今後楽しい思いが出来そうにない。そう判断したアルフォンスは内通者に渡されたスクロールを使い一人だけフィールドから脱出していった。

 

 

 

 

 

 此処はディオドラの居る場所へと続く建物の中、彼に命じられて龍洞を待ち構えるのはオーフィスの蛇で大幅に強化されたアルフォンス以外の眷属全員だ。

 

 

 

「鼻が曲がりそうだ」

 

 腐臭が漂う。腐汁が滴り落ちる。腐肉が散乱する。此処に存在するのは屍山血河ですらなく、只の腐った物の集まりだ。

 

 元々は見目麗しい美少女や美女だった。死して存在しない神に祈りが届くと信じて疑わない信者だった。彼女達は紛れもなく悪魔の被害者であり、天界の犠牲者であった。

 

「まぁ、こうなりますよね」

 

 龍洞は三上七半(みかみやたらず)を振るって臭気を薙ぎ払う。刀身から濛々と立ち込める瘴気はピタリと収まり、部屋中に立ち籠ていた瘴気も刃に吸い込まれるように消え去った。

 

 三上七半の素材となったのは大妖大百足の毒牙。龍神さえ恐れ慄く怪物で、当然のように龍殺しの力を込めている。其の牙を地獄の毒火で汚染して鍛え上げた刀。龍の因子を持たぬ者の骨肉さえ容易く腐らせ溶かす其の毒に、蛇を飲んで龍の因子を取り込んだ者が耐えられる筈がなかった、其れだけの事だ。

 

 

 

 

「ああ、早くギャスパーを探して帰らなくては」

 

 刀を鞘に収め軽く息を吐く。腐った物が一気に燃え上がり、灰となって消え失せた。

 

 

 

『行くぞ、赤いのっ!!』

 

 アルビオンとドライグの戦いは古代より繰り広げられて来た。数々の神話を巻き添えにし、多くの神の恨みをかいながらも続けられるその戦いは厄災其の物。

 

 だが、此処で疑問が一つ。十秒毎に能力を倍加するドライグと十秒毎に触れた相手の力を半減し自分に付加するアルビオン。龍の強大な生命力から二匹の戦いは長期戦となるのは必然で、他の能力はあれど能力の内容からアルビオンの方が圧倒的有利。ならば何故今まで決着しなかったのか。

 

二匹の口から無数の炎弾が機関銃の様に放たれ衝突する。速度も威力も互角。だが、衝突地点はアルビオン側へと少しずつ動いていく。ドライグの炎弾はアルビオンの其れとは正面から衝突せず、直前で僅かにズレて弾きながら進んでいたのだ。

 

 二匹の決着が付かなかった理由。能力ではアルビオンが上。肉体もほぼ互角。だが技量ではドライグが能力の不利を補う程に上。ただし、其れは嘗ての話だ。

 

 

『ぐっ! ぐぬぅっ!!』

 

 一発目が着弾するとアルビオンの口が苦痛に歪み、炎弾が止まる。其れを切っ掛けとして堰を切ったかの様に次々と押し寄せ、アルビオンの口から血が溢れ出た。

 

『……数十年。たった数十年だが差が出たな』

 

 二匹には大きな違いが二つある。一つ目、体を取り戻してからの時間。ドライグは先代の神器所有者から赤龍帝の籠手が抜き取られた後で今の様に実体化を可能とした。だがアルビオンが其れに至ったのは極最近。長命種たる龍からすれば瞬きする程度の僅かな時間だが、戦闘の勘を取り戻し更に鍛え上げるには十分な時間。

 

 そしてもう一つ。アルビオンにとって致命的な物だ。

 

 

『おい、長々と続けても意味がない。……次の一撃で勝負を付けるぞ』

 

『……望む所だ』

 

 ドライグとアルビオンは同時に口内に炎を貯める。今の自分が出しうる限りの最大の一撃。其れは同時に放たれた。死力を込めた至高の一撃は完全に互角……だった。

 

 

 

 

 

『白いの、これが俺の新たな能力だ。”増幅”、譲渡を行わずとも放った攻撃の威力を底上げ出来る』

 

 ドライグの放った一撃は急激に膨張し、アルビオンの一撃を軽く飲み込むとアルビオンに命中、溜め込まれたエネルギーで周囲を炎の海へと変貌させた。

 

 

 

 

 

 

『……ふん。私も貴様のように自分自身の体であったならば……』

 

 

 アルビオンとドライグのもう一つの違い。其れは肉体の差だ。ドライグは己の肉体を実体化させ、アルビオンはヴァーリの肉体を己の肉体へと変貌させている。強大すぎる力に其の体が耐えられなかったのだ。

 

 

 ドライグは既に気付いていた。宿敵の不調に。その命の炎が消えかけている事に。其れでも口に出さず、龍洞にも口にさせず挑まれた勝負を受けた。

 

 二匹の戦いは龍の誇りを懸けた物だったが、何時しか神器の持ち主に力を使わせるだけの行為を其れだと思ってしまっていた。

 

 例え命を削っても、例え全盛期の力を振るえず惨敗しても、其れでも自分自身が戦いたかった。

 

 

 

 

(負けて不快だが……悪くはない気分だ)

 

 アルビオンは最後に長年の宿敵の姿を瞳に捉え、笑いながら息絶えた……。 ディオドラ・アスタロトは多くの聖女を狙い、おのが物にして来た。被害者たる彼女達や教会関係者からすれば間違いなく忌むべき『悪』であろう。

 

 だが、彼は悪魔だ。信仰とは神々にとって力の源であり、聖書陣営と悪魔は敵対していた。ならば彼は貴族として育ち所属している悪魔社会に敵勢力の弱体化という貢献をしていたに過ぎず、少なくとも悪魔から非難されるべきではない。

 

 もし非難する悪魔が居るのなら、彼はこう言い返すだろう。悪魔は欲望に忠実に生きる存在だ。それに自分たちの祖先は契約で魂を奪ってきたし、娯楽で殺害もやって来た。其れに比べれば自分など善良な方だ、と。

 

 悪魔社会に貢献し、敵勢力の力を削いで来た彼の行いは悪魔社会に限っては正しい行為であり、欲望を満たすという我欲と両立させる選択は間違っていなかった。

 

 ただ、この日ばかりは彼の選択は間違いで、取るべきでない行動を取ってしまったが……。

 

 

 

「……良いね。その怯えた顔、そそるよ……」

 

 龍洞とギャスパーのコンビとディオドラとソーナの混成チームの試合を狙ったテロ、其れの手引き役のディオドラは予め用意していた罠により自分の下に呼び寄せたギャスパーを見て舌舐りをする。

 

 彼と彼の眷属においてアルフォンス以外は知らないがギャスパーは男である。だが女装が趣味で見た目も美少女なので知らなかれば女と判断するだろう。

 

「ひっ!? ぼ、僕に何をする気ですかぁぁぁっ!?」

 

「なぁに、彼が来る前に彼が君にしている事を楽しませて貰うだけさ」

 

 ディオドラは聖女などの教会関係者の女が趣味ではあるが、其れ以外には()()しない訳ではない。幼い見た目のギャスパーが覚えている姿は彼に興奮を覚えさえ、予め予定していたシスター服を着せて犯すという予定も後回しにしてっまずは服を剥ぎ取ろうと右手を伸ばす。

 

 

 ディオドラの右腕の肘から先が消え去った。

 

 

「……え?」

 

 まず、呆然として腕を見る。血が吹き出してギャスパーの顔を濡らす。

 

 次に何が起きたか理解する。焼け付くような痛みが襲ってきた。

 

 何故その様なことが起きたのか。それは叫び声を上げる前にディオドラの顔を床に叩きつけた存在だと確信した。

 

 

 

「タノシイ! タノシイ! ギャクサツハ、タノシイ!」

 

「あ、あの、殺さないで下さい。ぼ、僕が叱られます」

 

 ギャスパーの声は先程まで同様に怯えた声だが、ディオドラは最早可愛らしいとは思えない。その華奢な姿の右半分は闇に覆われ、右目の辺りが赤く輝いている。石造りの床を硬質的で鋭利な足先が歩き回る音がして目を向けるとディオドラは言葉を失った。

 

(怖い怖い怖い怖い怖いっ!)

 

 その者達の姿は言葉で言い表すことを心が拒絶するほど悍ましく、広がったギャスパーの影の中から湧き出続けている。人間そっくりの歯をガチガチと鳴らし、鋭利な足先でカツンカツンと足音を立てながらディオドラの周囲を取り囲んでいた。

 

「何なんだっ!? 何なんだその力はっ!」

 

 ギャスパーを指さし、震える声で叫ぶ叫ぶディオドラを嘲笑うかの様にガチガチと歯を合わせる音は大きくなり、当の本人は困り果てていた。

 

 

(手の内をペラペラ話すとか有り得ませんし、馬鹿のふりをして隙を伺っているのでしょうか? ブラフを警戒させる為に敢えて本当の事を話す手もありますけど……)

 

 彼と龍洞の師である五月姫曰く、”手の内はバレバレでも隠せ。警戒させた者勝ちだ。ただ、たまにはひけらかして嘘の成功率を上げろ”、だそうだが、今回の件で本当の事を話す必要性が見当たらなかった。

 

(僕の禁手『邪眼魔王の百鬼夜行(バロール・ビュー・ヘルパレード)』は殺した相手の恐怖心を吸い取ってより強力な怪物を生み出しますけど……この人、殺したら駄目って若様から厳命されてますし……)

 

 この後の尋問で悪魔達に情報が漏れるのも面倒になるなと思ったギャスパーは芋虫のようになってのたうち回るディオドラに向かって蟲の大群を差し向ける。耳障りな羽音と共に殺到した蟲達は皮を食い破るとディオドラの体内に潜り込んだ。

 

 

 

「ぎゃぁああああああああああっ! 痛い痛い痛い痛いっ!」

 

 体内を異物が蠢き、生きたまま食べられていく感覚。いや、其れだけではない食べられた部分が別の何かに変わっていくのを感じていた。

 

 

「あ、あの、五月蝿いので騒がないで下さいっ! 食べられた部分は体内で孵った卵から産まれた幼虫に置き換わりますので死にませんから……」

 

 ビクビクとディオドラの声が怖いかのように振る舞いながら叫ぶギャスパー。痛みで気絶しようとするが、気を失っても直ぐに激痛で無理やり覚醒させられる。

 

 

 昔、奴隷の骨を砕き、助けてくれが殺してくれに変わるまでの本数を賭けるという遊びがあったそうだが、ディオドラは其れを思い出していた。

 

 

 

「頼む、殺してくれぇぇぇっ!!」

 

 

 

 

 

 其の願いが聞き届けられることは・・・・・・無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ミリキャス!」

 

 サーゼクスの命令を受けたグレイフィアは漸く愛しい息子の前にたどり着いた。此処へ来るまでに数々の妨害にあい、最強の女王であるグレイフィアでも無傷とはいかない。髪は乱れ、所々傷が見られる。だが、遂に我が子に再会した彼女はそのような事など気にした様子は無く、嬉しさのあまりに涙さえ流していた。

 

 

「今、助けるわ」

 

 

 此処に居るのは冷静沈着な女王ではなく、ただ子を守ろうとする母親。装置に駆け寄ったグレイフィアは意識の無いミリキャスを起こそうと声を掛けながら装置の解析を進める。テロリストの発言など鵜呑みにする方がおかしく、罠が無いか詳しく調べるのは当然だ。・・・・・・ただ、今の彼女はそういった理由ではなく、嘘であって欲しい、我が子を見捨てないと多くの命が危険に晒されるなど間違いであって欲しい、そう願っていた。

 

 

「・・・・・・そんな」 

 

 グレイフィアは優秀だ。優秀で有るがゆえにたどり着きたくない真実に行き着いてしまった。装置を破壊しなければ多くの命が奪われ、装置を破壊すればミリキャスが死ぬ。

 

 

 魔王の眷属、最強の女王の立場からすれば装置の破壊が優先だ。首都が破棄されれば命だけでなく社会機能や他勢力からの信用すら失われる。

 

 だが、母としてグレイフィアはミリキャスを見捨てる事が出来なかった。その場に崩れ涙を流すグレイフィア。背後から声が掛けられた・・・・・・。

 

 

 

 

 

「ディオドラが片付いたので来ましたが・・・装置の話は本当ですか?」

 

「・・・・・・はい。時間も既に僅かで・・・・・・」

 

 

 どうすればミリキャスを殺さずに装置を破壊できるか、背後の相手が誰か確認する余裕もないグレイフィアはそう口に出そうとして、耳に入ってきた音に顔をあげる。

 

 

 

 

 

 

「あ・・・あぁぁぁぁぁぁっ・・・・・・」

 

 龍洞の手により装置は一刀両断され崩れ落ちる。何が起きたかグレイフィアは理解出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

「契約では息子さんは優先させなくて良かったですし、これで依頼完了、町は救われましたね」

 

 この日、ミリキャス・グレモリーは其の短い生涯に幕を閉じた・・・・・・。 グレイフィアは休日以外はメイドとして家の者に接していた。実の子にさえ母と呼ぶ事を禁じ、本来なら格下のリアスの眷属に対しても様付けをするほどだ。ただ、サーゼクスに対して馬鹿な発言の仕置として手を出すなどメイドごっこと言われても仕方がないのだが。

 

 そもそも何故その様にしているのかというと、対外的には忠義を示すためとしているが、身内はグレイフィアが魔王の妻として動くよりメイドとして細々とした事をする方が好きだからと知っていた。

 

 つまり、好きな事をする為に魔王の妻としての業務も、母として子に接する事さえも放棄している、そう取れる。仕事とはただこなすだけではなく、自分の立場に相応しい態度をとる事も含まれるのだから……。

 

 

「ミリ…キャス…。目を…覚ましなさい……」

 

 残骸になった装置は消滅し、中に囚われていたミリキャスの体は重力に従って落ちていく。我が子が地面に激突しないようにと受け止めたグレイフィアは其の身を揺さぶり声を掛ける。既にこと切れていると頭で分かっていても、僅かな希望に縋っている。

 

 ただ、死人に口なし。ミリキャスが返事をする事は絶対にない。

 

「お願い。お願いだから目を開けてっ! もうお母様って呼んだら駄目なんて言わないからっ! お願い……」

 

 其処に居るのは魔王の忠実な配下ではなく、愛する子を失って悲しみに暮れる一人の母親。そんな彼女に目の前の現実を受け入れる事など出来る訳がなかった。

 

 

 

(……お腹が空きましたねぇ。流石にミリキャスの魂を食べたらギャスパーが怒るでしょうし。面倒事になるって……)

 

 背後で何れ程悲しむ声が聞こえてきても龍洞は気にしない。契約時に他の貴族や彼の身内の安全を最優先させる事を決めており、この時点で何も文句を言われる筋合いがないからだ。

 

 

 

「……なんで。なんでミリキャスを……」

 

「いや、彼を見捨てないと大勢が死ぬでしょう? まぁ必要な犠牲ですよ」

 

 だからグレイフィアの質問の意図が本当に理解できなかった。

 

 

 

 鬼子母神の伝説はこの様な内容だ。我子を育てる為に他人の子を攫い食べさせていた彼女は、我が子を仏に隠されて初めて他の親の気持ちを知った。

 

 サーゼクス達は転生悪魔に関する問題を把握していながらも具体的に動いていない。ただ悲しいなどと思うだけだ。悪魔の発展の為等という口実で逃げて。

 

 

 

「貴女も今まで随分と悪魔社会の為に犠牲を出して来たのでしょう? なら悪魔社会の為だと思って我慢してください、鬱陶しい」

 

 この瞬間、グレイフィアの頭の中が真っ白になる。もう興味はないとばかりに歩き出す龍洞の背中を睨み、手の平に魔力を集中させた。

 

「よくもミリキャスをっ!!」

 

 彼女の実力は魔王クラス。その力を全力で龍洞の無防備な背中に向かて放とうとする……前に横から伸びてきた拳が彼女を殴り飛ばし、壁に叩きつけて意識を刈り取った。

 

 

 

「……ふん。気持ちが分からんでもないが、此処にどの様な立場として来ているのやら。……こうして会うのは初めてかな? 仙酔殿」

 

「……あ〜、何時か何処かで関わった何とかさんでしたよね? あの時は大変だったと覚えていますよ、朧ろげに」

 

「思い出せないのなら思い出せないと言いたまえ……」

 

 

 元悪魔祓い、ヴァスコ・ストラーダは呆れながら溜息を吐いた……。

 

 

 

 

 

 

 

「まぁまぁまぁ、随分とお疲れになって。お風呂の準備は出来ていますので……もぅ」

 

 テロリストの一件が集結した後、其の後の方が龍洞にとって面倒であった。ミリキャスを見捨てなければならないというアルフォンスの発言をグレイフィア自身が肯定した事はヴァスコが証言し、錯乱したから殴って止めたと主張。サーゼクスは機を見計らっていたかの様に現れた貴族派の言葉もあって、魔王として()()()()()を告げるしか出来なかった。

 

 この後、直ぐに帰れれば良かったのだが、約束の報酬などの手続きがサーゼクス派の嫌がらせか遅くなり、清姫と会う時間が遅くなった事で精神的に疲れた龍洞は風呂まで待てぬとばかりに背後から抱きしめた。

 

「肉体的には疲れていませんが精神的に疲れました。キヨヒニウムを補給させて下さい」

 

 着物の裾から手が入り、下着など付けていない胸を鷲掴みにする。当然清姫は抵抗せず成すがままだ。やがて龍洞にお姫様抱っこで運ばれていった。

 

 

 

 

 

「……変態に言い寄られたり、攫われたり、フィールド回って戦ったり、帰る早々にバカップルのやり取りを見せ付けられた僕の方が疲れていますよ」

 

 ギャスパー的には特に最後のが精神的に来るらしい……。

 

 

 

 

 

「では、賛成多数で可決と致します」

 

 数日後、毎回に激震が走った。貴族派によるマスコミ工作で龍洞は英雄とされ、ミリキャスは哀れな犠牲者として対テロリストの士気を上げるのに利用されたのだが、彼の死は別の事にも利用されてしまった。

 

「本日を持ってサーゼクス・ルシファー様を罷免と致します」

 

 次期当主であったリアスの失踪と次期次期当主であったミリキャスの死によるグレモリー家の継承者問題、グレイフィアの行動、そして高まる政権への不満の解消。それらを口実にしてサーゼクスはこの日を持って魔王ではなくなった。

 

 

「では、次のルシファーを決める選挙まで代理の者が業務を引き継ぐということで」

 

 その代理は今から決めるという事になっているが、既に決まっている。職務怠慢や問題行動により現魔王に近しい者達では民衆が納得せず、貴族派の者が着任するのは誰の目にも明らかだった。

 

 

 

(……さて、ご老害には精々頑張って頂きましょう。……傀儡としてね)

 

 ルシファーとなるのは先の大戦での実績を持つ老将。ただ、政治に関しては分野違いから秘書官を始めとした部下に任せる事になっており、既に老いて戦えない彼の仕事は判子を押す事と用意された原稿どうりに発言する事。

 

 実質的な権限は貴族派のトップが握る事となった。この事はその彼から龍洞の所へも挨拶文が届き、今後とも良いお付き合いを、と名産品が大量に送られた。

 

 

 

 

「金になる内は相手をしておきましょう。そうでないなら無視するだけですし」

 

 龍洞は特に興味もなさそうに挨拶文をギャスパーに渡し、適当に内容を把握しておくようにと指示する。ギャスパーも読むのさえ面倒くさいが仕方ないので事細かに把握するしかなかった……。


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