発掘倉庫   作:ケツアゴ

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狂人達の恋の唄 ⑥

 無茶無謀は若者の特権、若い頃は無理をしがちとされているが、前頭葉の発達が未熟なのが原因らしい。まだ若い、未来があるからと若者の失敗は見逃されるが、どの様な場合でもという訳では無い。

 

 特に大勢に影響を与える立場なら尚更だ・・・・・・・。

 

 

 

「私個人としては君の夢を完全に否定する気は無い。現に転生悪魔から最上級悪魔になった例も有ることだし、埋もれている才能を発掘する施設は必要だろうね」

 

若手悪魔の会合でソーナは自らの夢を肯定する男に驚愕を隠せない。サーゼクスにミリキャスを見捨てる事を公言させたこの男はサーゼクスの政敵であると同時にセラフォルーの政敵でもある。彼は彼女ではなくグレイフィアをレヴィアタンに推薦しており、妹の自分に対しても隙を見せれば何かしてくると警戒していた相手だったからだ。

 

 純血主義であるはずの其の男が自らの夢を応援するという不測の事態に冷静なソーナでさえも思考が追いつかず、セラフォルーは不安を感じていた。

 

 

 

 

 

 

「ですが……貴女にだけは其れを任せる訳には行きませんね」

 

 絶望は時として笑みを浮かべ手を差し出しながら訪れる。そして、其の不安は的中する。

 

 

 

 

 

 

「ああ、糞っ! 俺の時代が来たってのによっ!」

 

 この日、とある貴族の次期当主は毒付きながら街中を歩き、民衆は彼に関わらない様に道の端に寄って少しでも距離を取ろうとする。この反応から分かる様に彼の素行は悪く、其の噂は大勢に知られているようだ。

 

 本来、貴族の子息でも次男三男は其れ程良い立場ではない。後継に領地や財産の殆どを相続させ、第二子以下は予備の役目が終われば金を渡されて外に出されるか婿入り先などを探すのが普通で、代を重ねる毎に弱体化しない為にも当たり前の事だ。

 

 その点純潔悪魔の貴族は恵まれていると言えるだろう。そもそも悪魔自体が欲望に忠実なのを良しとする上に、純血を残す事に躍起になっているから素行の悪さが婚姻に響かない。更には実家の領地についての学習は跡取りに力を入れて受けさせるから気楽な事が多い。

 

 だが、やはり婿入りなどで多少肩身の狭い思いをするよりは実家を継ぐ方が気楽だろうし、彼もそう思っていた。だが、野心を抱いていても兄から家督を奪う算段は思い浮かばず、貴族の地位を利用して好き放題してきた彼に運命の日が訪れる。家を継ぐはずだった兄が死んだ事により、凶児と呼ばれていた彼が次期当主となったのだ。

 

 だが、其れと同時に気楽な立場も失い、煩わしい父親は更に口煩くなる。なのでこの日は娼館にでも行き、昨日叱られた事の憂さ晴らしでもしようと思っていたのだ。

 

 

(……いや、どうせなら久々に素人の女でも抱くか。俺は貴族だし、親父も家に関わる事なら揉み消すだろうしな)

 

 純血主義の思想を周囲から植えつけられて育った彼は地位の低い悪魔や他の種族を見下しており、この日もどの女を手篭めにするかと下劣な思考に身を委ねる。だが、彼が街を歩いている事を知っている住民は年頃の娘を隠し、堪に目に付くのは彼を利用しようと企む相手。この日の気分では抱きたいタイプでは無かったので無視し、言い寄ってきた場合は力で追い払った彼の目に普段は見かけないタイプの少女の姿が映った。

 

 

 

「……はぁ、修業中は変に張り切るに決まっているからとお会いするのを禁じられてしまいましたが、せめて戻っていらっしゃった時に精一杯ご奉仕しなくては。……これなんて良いですわね」

 

 其処に居たのは白髪の美少女。彼も知識としては知っている着物を身に纏い、佇む姿は花の様。育ちの良さを感じさせる品のある仕草に彼は思わず生唾を飲み込む。あの女を無理やり犯したらどれだけ唆るだろうか、と。悪魔の気配は感じず、何処かの貴族の侍女という訳でも無いようだと判断した彼には迷いはなかった。

 

 そもそも自分の家はそれなりの地位であり、後でどうとでもなると、今までの経験から判断した。この世にはたった一度でも犯せば身を滅ぼす失敗があるとは知らずに……。 

 

 

「おい、お前。名前は……いや、どうでも良い。今すぐ俺に抱かれろ」

 

 店員は巻き添えを恐れてか姿を隠し、彼は後始末の手間が省けて丁度良いとほくそ笑み、一応と防犯カメラを破壊すると少女に手を伸ばす。堪にはこの様な場所で初対面の女を抱くのも一興かと有無を言わさずに乱暴に組み伏せようとした。彼は今まで地位の低い女を無理矢理モノにして来たし、この日もそうしようとしただけだ。

 

 

 

 

 

「……触らないで下さいませ」

 

 手に痛みが走り、扇で手の甲を打たれたのだと彼は理解する。次の瞬間湧き上がって来たのは怒り。純潔の貴族でも無い女如きが自分に逆らったという理不尽な怒りだ。

 

「許さねぇっ!! 散々犯した後はその顔グチャグチャにして……」

 

 其の怒りを暴力という単純で原始的な手段で発散させ様として、その前に彼は目の前に現れた大きな口に飲み込まれた。

 

 

 

「全く失礼な方ですこと。(わたくし)に好きに触れても良いのは愛しい旦那様だけ。……いえ、将来的には生まれてくる愛の結晶である子供達や孫も触れても構いませんわね」

 

 幸せな未来予想図を語る少女は胸の前で両手の平を合わせウットリとした表情になる。それでも彼女の気品溢れる佇まいに曇り一つ無いのだが、其の目は狂気に彩られていた。

 

 

 

 

 

 

 

「其れでは最後に君達の今後の目標を語って貰おう。……彼が居ないのは残念だがね」

 

 数日後に開かれた若手悪魔の会合。一人だけ行方不明で欠席した者が居たが、彼の家自体が現当主が倒れた事で混乱しており、隠蔽し損ねた其の情報が既は広まっていたが、彼の素行の悪さも既に隠蔽しきれないレベルであった為に今回の会合をサボって遊び呆けている程度にしか認識されていなかった。

 

「私の夢はレーティング・ゲームの大会でタイトルを取る事です」

 

「ああ、リアス君。君の家の格ならば上に行けるだろう。魔王の兄君を持つ事だしね」

 

 遠回しに”お前が勝っても其れは家同士の兼ね合いによる八百長だ”、と、告げるのは若手悪魔を見下ろす席に座る者達の一人。立場的には魔王より下だが、実質的な権力は上の『下に付けども従わず』を体現した上層部、長命な悪魔の中でもそれなりに歳を重ねた者達の中で最も若い男、サーゼクスの政敵の彼である。

 

「……私達自身の力では勝ち進めない,そういう事でしょうか?」

 

「おっと、そう聞こえたのならば謝罪しよう。だが、どうしても貴族の権威を知らしめる為の要素がある以上、家の格も力の内だという事だ」

 

 其れは暗にレーティング・ゲームは八百長があって当たり前だと言っているような物。既に民衆も分かっている事ではあるが、この様な場所で発言する事ではない。だが、誰も咎めはしない。魔王にさえ苦言を呈する事の出来る者達でさえ彼には何も言わず、慇懃無礼に頭を下げる彼の浮かべた笑みが己の力を誇示している事を示していた。

 

「……俺の夢は魔王になる事です」

 

 先程の不正を認める様な発言に不満を持ったのはリアスだけではない。大王家の次期当主であるサイラオーグも彼女やソーナ同様にゲームに夢を見出している。

 

「大王家の者から魔王が選出されるのは異例な事だ」

 

 今まで其れ程魔王が代替わりしたケースはないが、大王家という貴族の中で最も力を持つ家の直系の者が魔王の一族と婚約したり、其の子が魔王に就くのはパワーバランス的に宜しく無いと避けられて来た。その為のこの発言だが、サイラオーグは()()()()()怯む事はない。むしろ顔には自信が溢れていた。

 

「民衆が俺を魔王に相応しいと認めればそうなるでしょう」

 

 其の態度に上層部の中から感嘆の声を漏らす者も出る。だが、拍手を送る者は一人しか居ない。

 

 

 

 

「ああ、流石だ。大した自信だね。流石は若手ナンバーワン。貴族のトップたる大王家は君にとって踏み台に過ぎないというのか」

 

 声色も表情にも敵意は無い。だが其の発言は敵意に塗れ、其れは周りの上層部達にも拡散する。発言の訳を聞いても居ないにも関わらず其の様な事になるのが彼の力を表していた。

 

「いえ、私はそのような事は一切……」

 

「ほぅ? 仮に君が魔王になったとしよう。その場合、必死に次期当主の勉強をしていた弟君が当主になる訳だが、君に負けて一度立場を奪われたという事実は消えはしない。……当主の名に泥が付くという事は家自体に泥がつくという事だよ? 嘸かし貴族のトップたる大王家に後ろ足で砂を掛けるに値する働きをしてくれるのだろうと期待しているよ」

 

 その表情にも声色にも相変わらず悪意は感じられない。だが、周囲に伝わったサイラオーグへの敵意が

どれほどの悪意が言葉に込められていたのかを知らしめていた。

 

「……大王家の事に口は出したくありませんでしたが、今度一度じっくり話す必要がありそうですな」

 

「大体、死んだ訳でもないのに一度決まった跡取りを変更するなど迷惑な……」

 

 先程までのサイラオーグを賞賛する空気は一変し、険悪な空気を作り出した張本人は肩を竦めてヤレヤレといった風な態度を取る。サイラオーグは拳を握り締めミシミシと筋肉を鳴らすもこれ以上何を言っても逆効果にしかならないと歯を食いしばって耐えるしかない。

 

 他の若手悪魔も己の目標を語りながらも彼に内心恐怖していたが、何故か続いての二人の夢に対しては何一つ言及しない。ただ手を組んで清聴するだけ。それが逆に不気味さを与えるだけであった。

 

 

 

 

「では、最後にソーナ殿。貴殿の目標を語ってくれたまえ」

 

 その様な中、自信に満ちた瞳で上層部を見据えていたのはソーナ唯一人。眷属達が不安から落ち着きをなくす中、其の態度が彼らに自信を取り戻させていた。

 

「私の夢はレーティング・ゲームの学校を、素質や身分の差なく学べる場所を作る事です」

 

 レーティング・ゲームは貴族の嗜みとされ、参加するのは貴族と眷属だけ。当然のように現存する学校、恐らくは体育大学の様な場所に通えるのも貴族だけだ。その上、素質が低い者は例え貴族でも入学を拒否される事さえあり得る。其れを変えたいというのがソーナの夢であり、その夢を語る姿に眷属達は感銘を受けたのだ。

 

 

 

 

「馬鹿馬鹿しい。夢見る乙女といった所ですな」

 

「ゲームの学校について語る前にゲームの基礎から学び直してはどうかね?」

 

 故に今の様な辛辣な言葉と視線を送られるなど予想すらしていなかった。サイラオーグに対して抱かれていた苛立ちも合わさって彼らのソーナへの態度は厳しいを通り越している。其れでもソーナは決して反論せずにまっすぐ彼らを見据える。

 

 

「待って下さい! 貴方が夢を語れって言ったから語ったのに、どうして其れを否定するんですか!」

 

 だが、平凡な家庭に生まれ貴族社会とは無関係に育ってきた新人眷属悪魔の匙は我慢できなかった。発言すら許されていない身にも関わらず上層部に食ってかかる。

 

「止めなさい、サジ! ……申し訳ございません。私の教育が足りませんでした」

 

「会長っ!?」

 

 ソーナは匙の頭を掴んで無理やり頭を下げさせながら自らも頭を下げる。匙は其の行動が理解できずに反論しようとするが、ソーナの瞳を潤ませながらの眼光に黙り込むんだ。だが、頭を下げても上層部の怒りは収まらない。

 

 

「全くですな! 大体、貴殿は……」

 

 続けざまにソーナ達を攻め立てようとする中、涙目のセラフォルーが今は中立であるべき立場、むしろ魔王として下級悪魔の匙を責めるべきを忘れソーナを庇おうとしたその時、パンパンと手を叩く音で彼が注目を集めた。

 

 

「皆様、お熱くならずにお願いします。彼の場と身分を弁えぬ言動に対する処罰は主であるソーナ殿に任せ、後でどの様な処罰を行ったか教えて頂こうではありませんか。そうそう、彼女の夢ですが、私としては全ては無理ですが、ある程度は認めても宜しいかと」

 

「……え?」

 

 まさかの相手からの助け舟にソーナは思わず言葉を漏らし、サーゼクスとセラフォルーは身構える。そして、話は冒頭へと続く。

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてですかっ! どうして俺達には任せて貰えないんですかっ!」

 

「貴様っ! またしても」

 

「……ふむ。このままでは納得できないでしょうし、私が説明致しましょう」

 

 再び声を荒げる匙に今度こそ我慢が出来なかったのか一人が魔力を放とうとする。だが、その腕に置かれた彼の手が其れを制した。

 

 

 

 

()()()()数少ない眷属でさえ貴族への礼儀がなっていないというのに、大勢の子供達に貴族への敬意を持たせる事が出来るとは思えない。秘めた才能があれば上へと登るのは必須。ならば必要でしょう? 大体、将来の為の関係作りの場である貴族の学校に通ってすらいない彼女自体が貴族社会を軽視しているとしか思えないからですよ。その様な者に教育を任せる程我々は耄碌していません」

 

「全くですな。自分は魔王の妹だから特別だとでも思い上がっておりましたか?」

 

「これは今直ぐにでも冥界で貴族の何たるかを学び直すべきでは?」

 

 お分かりですか? とあくまで丁寧に語る彼の言葉に上層部の者達は賛同の声を上げ、ソーナ達を責め立てる。遂にソーナの瞳から一滴の涙がこぼれ落ちた。

 

 

 

「さて、サジ君と言いましたか? これに懲りたら礼儀について学び直す事だ。君の軽率な行動が主を追い詰めたのだからね」

 

「ッ!」

 

 何時の間にか匙の前まで移動していた彼は教師が教え子に諭すような口ぶりで彼の肩に手を置く。匙は何一つ言い返せないでいる中、彼は大袈裟に手を広げながら芝居がかった動作で振り返ると瞬時に元の席に戻っていた。

 

 

 

 

「さて、そろそろ例の話に入りましょう、魔王様方。若手同士が競い合うレーティング・ゲームの話にね」

 

 

 

 

 

 

 

 彼が目覚めたのは見知らぬ場所だった。妙に生臭く暖かい場所で、肉の壁の様な物に挟まれて身動きが取れない。

 

「……此処は何処だ? 畜生がっ!」

 

 暴れまわって周囲の壁を破壊しようとするが腕が動かない。いや、正確には動かせない。何故ならば……。

 

 

 

「と…溶けてる。俺の腕が、足が、体が溶けてやがるっ!?」

 

 肉壁から分泌される液体は彼の体の力を奪い、ジワジワ甚振る様に彼の体を溶かしていく。痛みがない故に意識は飛ばず、皮膚が完全に溶け、肉が溶け、内臓が溶け出しても彼は意識を保ち、頭が完全に溶けるまで彼は其の恐怖を感じ続けた。

 

 彼が防犯カメラを壊した故に彼の居場所は分からず、普段の蛮行から関わろうとしなかった故に目撃者も見付からない。

 

 

 若さ故の過ちは必ずも許されるわけではなく、時に己の身の破滅へと繋がるのだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、旦那様ですか? 声がお聞きしたかったので電話のご許可を取りました。ああ、早くお会いしたいです」

 

「私もですよ。飲まず食わず休まずで十日間の修行を続けたのですが、不眠症になってむしろ大丈夫な三日目までが辛かった。……終わったら貴女を抱き枕にして寝るとしましょう」

 

「きゃっ! 旦那様ったら大胆ですわ。では、其れまで身を清めておりますので……。そうそう、ギャスパー君を食べに来たキアラさんから連絡が御座いまして、出てくるのをずっと門の前で待っていた悪魔さんからピロートークで依頼の仲介を頼まれたそうです」「……はあ。御子息が攫われたけど、他の勢力と同盟を結ぶのに支障を来たすから堂々と動けない。だから私に頼みたいと? 赤の他人の家族同様に自分の家族を奪われるのも貴族の目を気にして黙っているしかないんですね」

 

 グレモリー領の一見さんお断りの高級レストランの個室、其処で龍洞と謹慎処分中の筈のグレイフィアの姿があった。グレイフィアはある程度年を経た悪魔の能力で年齢を変えて少女の姿になった上で髪を染めるなどの変装を行い、龍洞は普段の姿、身を隠す気など毛頭ない事は明らかだ。

 

「私も出身やミリキャスが攫われた経緯から内通を疑われている・・・・・・・という事にされ、サーゼクス様の立場を脅かす材料にされています」

 

 この様な時に政争ですか、と視線で言われている様に感じた彼女だが、其処まで興味を持っていない龍洞。意志疎通がイマイチなまま二人の話は続く。会合後、セラフォルーが妹を追いつめた彼に対し”ソーナちゃんを今度苛めたら私が貴方を苛めちゃうんだから!”、と()()する光景を()()()()()()()()()()()()()が撮影、ネットに流れてしまった。

 

 当の彼は自分は仕事を全うしただけと非難に反論するも、今は内輪もめしている場合ではないと告訴などは行わない意思を表明し、其れが逆にセラフォルーの立場を悪くしていた。

 

「・・・・・・・公私混同甚だしく外交担当失格と非難され、今ではネット上に現魔王に関する憶測やデマが広まっています」

 

 他にも優秀とはいえ部下に仕事を丸投げしているアスモデウスも非難されており、テロリストの危険が去っていない緊急事態であるにも関わらず退任を求める声さえ極一部で上がり、()()()()其れを裏で扇動しているようだ。

 

 龍洞はそもそも一部の能力が突出しているだけで貴族を纏めきる事が出来ない者ばかりをトップに据えたのが間違いだったのではと思いはするも、わざわざ口に出すのも面倒臭いと隅に追いやる。悪魔の社会が不安定になろうが迷惑さえ掛からなければ至極どうでも良いからだ。

 

「貴女達が今の地位を追われようが、批判されながらも特権にしがみついていようが興味有りません。其れより報酬と・・・・・・・一定条件下における取捨選択について話しましょう。もしご子息か身内かの二者一択を迫られれば迷い無く身内を選んで良いというのが最低条件ですが・・・・・・・悪魔以外の勢力の方とご子息を天秤に掛ける際、どういたします?」

 

 その言葉にグレイフィアは即答出来ない。もし彼の言う選択を行う状況の際、自分達が他の勢力の者を見捨てるように言っていたとなれば間違いなく関係が悪化する。今はトップが仲良くしているから関係が保っている堕天使や天使との間でさえ下の者の我慢が爆発するのは明らかで、其れが今から同盟を結ぼうという相手なら、今後の他の勢力との同盟にさえ影響がでる。

 

 此処で合理的な悪魔なら他に跡継ぎが居るからとミリキャスを切り捨てるべきだろう。だがグレイフィアは普段はメイドだからと、端から見れば馬鹿な発言に対して暴力で注意するなどメイドの仕事を逸脱しているにも関わらず、自分をメイドとして扱い母と呼ぶなと言い聞かせているが、其れでも彼女は母親だった。

 

「・・・・・・・少しお時間を頂けますか?」

 

「今日の拘束時間分のお金を頂けるのなら構いませんよ」

 

 こうしてミリキャスの救助に対する一回目の話し合いでは契約成立とは行かず、サーゼクスとグレイフィアは逆に新たな苦渋の選択を迫られる事となった。

 

 

 

 

 

「さて、どうでも良い話し合いは終わりました。……流石に我慢の限界ですからね」

 

 グレイフィアとの話し合いの後、店の格に相応しい金額を彼女に支払って貰った龍洞はトイレでスマホを取り出す。画面には画像付きのメールが清姫から送られて来たという表示があった。

 

 

 

『うふふふふ。旦那様と会えなくて寂しい思いをしておりますが、其方もそうだと思えば同じ気持ちを味わっていると感じ、少し幸せな気分になれます。ですが……溜まっておいでですよね? どうぞ(わたくし)めの痴態をお楽しみ下さいませ。感想待っています。貴方の愛する可愛い可愛い清姫ちゃんより(はぁと)

 

 添付されていた画像はメールの内容から察する事が出来る物。恐らく恋花が悪戯で贈ったであろう玩具(意味深)を使っている所の物もあり、修行をほっぽり出して会いに行きたくなった龍洞であった。

 

 一刻も早く会いに行きたい。会って愛を語り、言葉を交わし、彼女の手料理を食べ、ともに何気ない時間を過ごし、互いに肉欲の限り相手を貪りたい、其れが本心だ。

 

 

「ぐっ! ですが会いに行けば区切りが付くまで会わないって約束を破る事に。……苦渋の決断ですね」

 

 絶対に嘘を付かない、其れが幼い頃にした清姫との約束。故に龍洞は会いに行かずに直ぐに山へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

『何やら悪魔共が騒がしいな』

 

 ドライグは酒樽を傾け最後の一滴まで喉に流し込みながら山の麓に視線を送る。標高が高く悪魔の視力でも見る事が不可能な距離でも龍の目なら視認する事が可能で、数名の悪魔が山を登って来ているのが視認できた。

 

「そうなの? この山は今月一杯は貸して誰も入れないって約束だったのになぁ」

 

 其の貸した相手も家を家族を守る為苦渋の決断で貸したのであり、既に貸主の思い出の場所は無残に変貌していた。美しき木々や草花は全てなぎ倒され、鏡の様な池は枯れている。代わりに存在するのは毒や火炎を吐き出し悍ましい叫び声を上げる不気味な植物や、上を通った鳥や虫が一息で落下する程の毒を放つ濁った沼。地獄絵図というべき光景の中、ドライグと共に酒を飲んでいた恋花は僅かに不快そうな声を出した。

 

 

 

 

「……約束破ったし、バラしても良いよね」

 

 スマホを取り出し酒を飲みながら操作をすると一分もしない内に証拠資料と共に不正の証拠が流出する。それは貸主だけでなく多くの貴族も関わっていた事であるが流出させた犯人は誰にも分からず、彼らは疑心暗鬼に捕らわれる事となった。

 

 そして一つ余談だが、この事によって次期当主が行方不明で生死不明になっているにも関わらず七十二柱の内、残っている一つが事実上の断絶、領地を政府に返納する事となるのだが、其れには貴族派の男が関わっているらしい。

 

 

 

 

 

 

「聞きましたか? この山は現当主の意思で手付かずらしいですが、民衆の為の避難シェルターの候補地に上がったとか。其れを阻止する為に大分使っているとも……」

 

「其処までして守っている山だが、酒と女と金の力で既に息子と話がついているなど意識不明の彼が知ればどうなる事やら。……不祥事の証拠は貯めていますから当主就任と同時に此処一体を取り上げるとは夢にも思っていないでしょうね」

 

 山を登っているのはそれなりの地位に就いている者達だが、何故自分がこの様な場所に、と思っている様子はない。此処に行くように指示した相手への信頼であり、自分で思考する事の放棄の表れである。そんな彼らの体を強風が揺らし、上空からドライグが舞い降りた。

 

 

 

『……何の用だ?』

 

「じ…実はご依頼がありまして……」

 

 此処まで来るのに何一つ迷いがなかった二人であるが、二天龍の一角の威嚇が篭った声と視線を受ければ別だ。腰を抜かし、年甲斐もなく股間を濡らしながら持って来たアタッシュケースを取り出す。中に入っていたのは金塊だ。

 

 

『俺達は此処に誰も入れない約束で借りた。なのに貴様達は入って来た。迷惑を掛けたなら謝罪が必要だ……意味は分かるな?』

 

「は…はい! これはほんの挨拶代わりだと聞かされています」

 

 ドライグは暗に金塊を無条件で寄越せと要求し、男達は最初から其のつもりだと差し出してくる。本来龍には宝を集める習性があり、大きいアタッシュケースにギッシリ詰まった金塊はドライグの機嫌を取るのには十分であった。

 

『それで、話だけでも聞いてやる。……要件はなんだ?』

 

 

 

 

 

 

 

「はっ! 今度行われる若手同士のレーティング・ゲームですが出場枠が一つ欠けておりまして、仙酔家の方にゲストチーム枠で出場をお願いいたしたいと参りました」

 

「……全く。はぐれ化する眷属悪魔の続出には頭が痛いな」

 

 貴族派の一部の者が集まった会議室に一人の中年男性の疲れきった様な声と共に机を叩く音が響く。かつての大戦で生き残った武人であったが、今は権力で肥え太り顎どころか喉まで肉に埋もれている程だ。その瞳からは愚鈍さすら感じられた。

 

「同感ですな。考え無しに引き入れ、その上でマトモに制御出来ずに反抗されるとは……」

 

「眷属は本来私達がかつて率いていた軍団の代わり。其れを分かっておらぬ愚か者共が……」

 

 此処に居るのは純血主義の貴族達。だが非難の対象は反抗した眷属ではなく、反抗された貴族だ。基本的に彼らの様な純血主義者は他の種族を見下して自分達に無根拠の自信を持っている故に転生悪魔の台頭を嫌っているが、彼らは違う。

 

 他の種族の力を認めているからこそ其れが悪魔になった存在が自分達に取って代わる事が出来ると理解し、転生悪魔の台頭を嫌がっているのだ。

 

「……やはり自由に眷属を増やす事が出来る今の制度に問題があるのでは?」

 

「貴族とは関係無い社会で生きて来た者は礼儀に欠けるケースがありますからな。……ソーナ・シトリーの眷属の少年などマトモな敬語すら出来ていませんでしたぞ」

 

「……やはり例の計画を進めるべきですかな?」

 

「ええ、眷属悪魔になる者の事前研修施設ですな。危険分子を事前に排除し、軍団の代わりとなる存在に相応しい教養と貴族の忠誠を身に付けさせる。……魔王の姉と若さから来る無謀さ故の行動力で先に作られては二番煎じ扱いをされる上に失敗したら同じ目で見られる可能性もありますし、話を進めましょう」

 

 其れはある意味ではソーナ達の夢見る下級悪魔や転生悪魔の為の学校。彼らも貴族主義に目が眩んで将来の事を考えられなくなっている訳ではない。貴族派にそういう者が多いのは事実だが、彼らは純血貴族が冥界を引っ張り、残りは其れに従うべきだと考えた上で下の者の育成の必要性を認めていた。

 

 ただ、ソーナ達とは絶対的に考えが合わず、彼女達が其の学校に関わる可能性は無いのだが……。

 

 

 

「そうそう。今度ある若手同士のゲームだが……仙酔家にゲスト出場を頼もうとは正気か? 奴らは金で動かせても金で縛る事は出来んのだぞ」

 

 先程までの愚鈍さは影を潜め、かつての武人の鋭い瞳になった男は龍洞を推薦した彼に低い声で話し掛ける。怒鳴り声でもないのに空気がピリピリと張り詰め、視線を向けられても居ないのに何人かは冷や汗を流していたが、当の本人は涼しい顔でやり過ごしていた。

 

 

「ええ、分かっていますとも。彼は調べた限りでは一部の者以外には欠片も興味はなく、その力は強大で赤龍帝すらバックに居る始末。関わらないのが一番ですが、その事を分かっていない愚か者が私達の陣営にも居ます。そして彼はそういった者の目には魔王派と親しくしてる様に見える」

 

 資料にはリアスやソーナが管理する街の学校に通い、ライザーに招待されてお茶会にも出席したと記されている。一見すると確かにそう見えるだろう。

 

「……後先考えぬ馬鹿が危険視して愚行に走らんとも限らない、か」

 

「ええ、ですから私達はあくまでビジネスとして彼と関わるだけですが、彼の本質を理解出来ていない者には此方側の味方でもあると思わせる事が出来ます」

 

「後は余計な勧誘などをさせぬ様に傘下の者への周知を徹底し、もしもの場合は其の者達の家族ごと差し出しましょう。……此方に興味がないのが幸いですな。でなくば種族や陣営毎となっていた所だ」

 

 彼らは自陣営の愚か者に悩まされつつも会議を進める。全ては彼らが理想とする社会の為に。其れは自己愛によるものだが、其れでも冥界の事を想っているのは間違い無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「だってさ。どう思う?」

 

「……はあ。迷惑を掛けられないのならどうでも良いです。そんな事より今晩の夕食は何にします?」

 

 恋花は盗聴していた会議の会話を多少の脚色を加えながら伝える。金塊を持った使者が来た翌日、片腕で腕立て伏せをしている龍洞はその事を聞いても興味がないのか何を食べるかを考えていた。

 

「あらら。大して気にしてないんだ。利用されて少しは怒ると思ったのにさ」

 

『当たり前だ。此奴はどうでも良い相手が自分をどう思おうが気にせん。身内や、嫁への想いを侮辱されるようなことは気にするがな』

 

 ドライグは片手の指先の腹を龍洞の背に乗せ、其処だけでバランスを取りながらの逆立ち腕立て伏せを行う。肉体を取り戻せるようになってから動くのが楽しいらしく、飲み食いや昼寝以外の時間はこうして鍛えているのだ。

 

 

 

 

『早く白いのと戦いたいものだ。新しい能力も手に入ったしな。……酒は勿論付くよな? ツマミもだ。ああ、今日は赤ワインが良いな。肉よりは魚介類の気分だが、烏賊を炙った物か干物は買っていなかったか?』

 

 アルビオンとの再戦の時を楽しみにして笑うが、今は酒の方が楽しみのようだ……。

 

 

 

 

 

「あっ、親方様からの伝言で、"龍洞ちゃんはもう少し探知能力底上げせんとあかんよ?”、だって」

 

「何でまた? まあ大婆様の命令なら従いますが・・・・・・・」

 

「多分、清姫ちゃんの画像で発散してた所を私が撮影して送ったからだよ」

 

「いや、何を送っているんですか・・・・・・・」

 

「大丈夫。清姫ちゃんと親方様とキアラさんにしか送ってないから」

 

「大丈夫なところが見当たらないですが?」

 

「茨木に送るのは自重したよ? (多分親方様が無理やり見せてるけど)

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・強くなりたい。もっと強く・・・・・・・」

 

 若手同士のゲームが決まってから数日後、別々に修行する事となったリアス達は各々修行に励んでいたが、小猫は行き詰まっていた。車を動かすこと自体が誰にでも出来るがマトモに運転するには相応の勉強が必要な様に、種族特性で仙術が使える小猫だが使いこなすには指導者が必要だ。

 

 だが、ミリキャスが浚われて慌ただしいグレモリー家に珍しい力である仙術の指導者を探す余裕はなく、我流での修行は思うようには進まない。

 

「こんな時、姉様が居てくれれば・・・・・・・」

 

 仙術を忌避する理由となった姉だが、最上級悪魔クラスの実力者で仙術の腕も小猫の遙か上。そもそも彼女が居なくなって居なければリアスの眷属になっていないという矛盾に気付きつつも愚痴が出る。

 

 そんな自分が嫌になり、休憩を兼ねて買っておいたお菓子、開店二時間前から並ばないと買えないシュークリームを食べようとしたが、目を離した僅かな隙に皿の上から消え去っていた。

 

「・・・・・・・殺す」

 

 怒りが思考を支配し、仙術で盗人の気配を察知。直ぐ隣の木の上から気配がした。

 

 

 

「はぁい、白音。久しぶりにゃん」

 

 其処に居たのは姉である黒歌。口元にはクリームが付着している。其れを指先で拭うと木の上から降り立ち、指先を小猫の口元に近寄せた。

 

「ほら、お菓子は食べちゃったけど、せめてクリームだけでも味わいなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取り敢えず思いっ切り噛むかどうするか迷う小猫であった。

 

 はぐれ悪魔黒歌は最上級悪魔クラスであるSS級の評価を受けている。仙術を暴走させて主を殺害して逃げたとされ、同じように暴走する危険性から妹の小猫を殺そうと主張する者達から責められた事で小猫は仙術を忌避するようになった。

 

 そして一人で修行している小猫の目の前に今、その黒歌が突如現れたのだった……。

 

 

 

 

「ぎにゃぁあああああああっ!? 痛い痛い痛いっ! お菓子だったら弁償するから許して、白音ぇえええええ!」

 

 だが、今の彼女は危険極まりない犯罪者ではなく、只の駄目な姉にしか見えない。妹のお菓子を勝手に食べて、怒りを買って手を噛み付かれて涙目だ。流石に不意打ちで戦車の力を使った噛み付きを食らっては耐えられないのか、腕をブンブン振って振り払おうとするも小猫は動じない。其れ程までに食べ物の恨みは恐ろしかった。

 

 

 

 

「姉様、正座」

 

「いや、久しぶりに会ったんだし、もう少し……」

 

「正座」

 

「……はい」

 

 感情の篭らない声で地べたを指差す妹に対し黒歌はヘラヘラ笑って誤魔化そうとするも、まるで汚物を見るような目で繰り返されては従うしかない。身に付けているのは着物だけなので足は当然素足であり、細かい石ころが足に食い込んで痛かった。時折ゲシゲシと踏み付けられるのだから尚更痛かった。

 

 

 

「久しぶりに会って早速やる事が盗み食いですか。其れに弁償するって言いますけど、お尋ね者の姉様がどうやってするんですか? 人望ないから部下も居ないでしょうし、目立つから並んで買えないでしょう?」

 

 小猫は、目立つから、の所で姉の豊満な肉体と着崩した着物姿に目をやり露骨に舌打ちをする。その姿が信じられないのか黒歌は自分の頬を抓って夢ではないと確かめると、おずおずと手を挙げた。

 

「あの、白音? どうしちゃったのかにゃん? 大分変わったみたいだけど……」

 

「痴女みたいな格好とか取って付けた様な語尾とか、貴女がどんなキャラ付けをしようが勝手ですが、姉妹だけの会話の時くらいは辞めてくれませんか? って言うか姉様、何しに来たんですか? 私、仙術の修行で忙しいのですが」

 

「……うわ〜、妹が辛辣だぁ。……ってか、私が怖くないの? 仙術を暴走させて邪気に飲まれ……」

 

「いや、飲まれてないですよね? 少し前に修行で無理矢理邪気を体に叩き込まれ続けた私には分かりますけど、飲まれた形跡すら感じませんよ?」

 

 最後に、何を言っているんですか? と呆れた様に溜息を吐く小猫と、其の修行内容にドン引きの黒歌。彼女が言葉を失う中、急に小猫の両腕が背中に回される、すわっ。サバ折りっ!? と体をビクッとさせる黒歌であったが、聞こえてきたのは甘えるような声だった。

 

 

「……良かったです。姉様の事、少しは信じていましたから。本当は何か理由があるんじゃないかって」

 

「……そう。私のせいで辛い目にあったんじゃないの?」

 

「ええ、殺されそうになりましたし、最近までは姉様が暴走した事を疑っていませんでした。……家族なのに。でも……最近の政治のグダグダっぷりを見ていると貴族の言葉を鵜呑みにする気にならなくって」

 

「あっ、うん。私の知ってる素直で世間知らずな妹は居ないのね。逞しくなってお姉ちゃん嬉しいわ……」

 

 嬉しいと言いながらも黒歌の顔は引き吊って苦笑いだった。

 

 

 

 

 

「……ってな訳で、幼い貴女にまで仙術を使わせようとしたから殺したの。手を出さないって約束だったのにあのクソ貴族」

 

「まあ貴族にとって平民なんて家畜だなんて中世の人間社会ですらあった考えですし、欲望に忠実なのを良しとする悪魔じゃ仕方ないですよ」

 

 何が可愛かった妹を此処までシビアな考え方にさせたのかと本気で悩む黒歌。根っこの所は変わっていないが、この急変具合は流石にショックだったのだろう。二人だと逃げ切れずに殺されるからと一縷の望みに懸けて置き去りにし、何とか保護されたのだが、失敗だったかもと思い始めていた。

 

「……ん? ちょっと待って? 修行で無理矢理邪気を叩き込まれたのよね?」

 

 集めた情報と照らし合わせ、その様な事をしそうな人物を脳内検索する。わずか数秒で思い当たった。

 

 

「その修行したの……仙酔家の龍洞?」

 

「ええ、そうですよ。修行の最中、色々教わりました」

 

 

 

『努力自体に意味はありません。努力の成果を出して初めて意味が生まれるのです』

 

『此処まで頑張ったのだからと自分を慰めますか? それとも、もう十分頑張ったって褒められたいのですか? 馬鹿馬鹿しい。早く立ちなさい』

 

『敗者は勝者に全てを奪われる。其れが弱肉強食、この世の大原則。実力主義の悪魔社会なら尚更です』

 

 

 

 

「……って感じです。そんな事言われながら何度も死に掛けたら共感するようになりました」

 

「あんの糞餓鬼ぃぃぃぃぃっ!! 悪魔より悪魔じゃないの!! 人の妹を変なふうに洗脳すんなぁぁぁぁっ!! ……白音!」

 

 黒歌は拳を握り締めて天高く掲げて震わせると小猫の肩をガシッと掴む。

 

 

「私がちゃんとした仙術と常識を教えてあげるわ。ね?」

 

「仙術は兎も角、姉様に常識を教える事が出来るんですか?」

 

「……ちゃんとした仙術を教えてあげる」

 

 僅かな期間に妹を此処までにした龍洞に心の中で呪詛を唱えつつ、黒歌はどの様に修行をしつつ姉の威厳を高めながら過剰なスキンシップを取るかを模索していた。

 

 

 

「さあ! 張り切ってやるにゃん!」

 

「だから態とらしい語尾は貴女の威厳を減らす事に。このままでは威厳が零に……いえ、威厳など最初から有りませんでしたね」

 

「酷いっ!?」

 

 小猫の名誉の為に書いておくが、けっして声を出して拳を振り上げた時に胸が揺れたのが恨めしかった訳ではない。自分の絶壁を撫でながら羅刹の如き視線を送っていたが、胸の大きさが恨めしたかった訳ではない。……多分、恐らく、きっと、願わくば……。

 

 

 

「全く、背や胸は小さいままなのに口ばっかり大きくなっちゃって。私の威厳が零になる訳無いじゃないの。よし! お姉ちゃんの事は親しみと尊崇の念を込めて師匠って呼びなさい!」

 

 誇示するように胸を張り、揺れる其れと見比べるように小猫のまな板を見て鼻で笑う黒歌。

 

 

 

 

 

 

 

「ええ、そうでした。……既に減りすぎて負債でしたね。頑張らないと利子でドンドン急下落ですよ、()()()()。では、ご指導の程お願いしますね」

 

「既に他人行儀なんだけどっ!? 許して、白音ぇぇええええええっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんか呪詛が飛んで来たので三倍返ししておきますね」

 

「じゃあ、私も協力しとくよ。……尊敬して欲しい相手から絶対に尊敬して貰えない呪いとかどうかな?」

 

 

 こうして黒歌の思惑は上手く行かなかったが小猫の修行自体は進み、祐斗は祐斗で少し頬が痩けている上に上の空の師匠に剣の修行を付けて貰い、リアスや朱乃も独自に修行を重ねながら日々を過ごす。

 

 

 

 

 

 そして、ついに若手同士のゲームの日がやって来た。このまま行方不明のままだと家の断絶は免れない男の代わりは上層部が選抜した混合のゲストチームが務める事となっており、記念すべき第一回目の相手は……。 遥か昔、とある天使が主張した。

 

 神よ、人間など醜い存在なので滅ぼすべきです、と。

 

 其の天使に神はこう言った。

 

 ならば私の出した試練に打ち勝て。其れが出来たならば一考しよう、と。

 

 結果、其の天使は堕天使となり、人類は存在している。だが、其の堕天使は神を恨まない。天に復讐しようとも思わず、されども天使に戻りたいとも思っていない。

 

 其の名の意味するのは『神より×××××××』。其の名は―――。

 

 

 

「もちゃもちゃもちゃ……美味いな」

 

 ゲストチームの待合室、其処でライザーは龍洞から分けて貰えたカニカマを咀嚼していた。貴族の上に裕福な家の生まれの彼は当然の様に高級食材を食べて過ごし、人間の世界の美食も堪能している。だが、庶民の味は味わった事がなかった。

 

「でしょう? 蟹が食べたいけど気軽に食べる事が出来ない人が蟹の味を楽しめる優れた食材なんですよ。私は気軽に買えますがこれは好きです」

 

「日本出身の転生悪魔と何度か会った事があるんだが、社会経験のない若い悪魔は厳しい身分制度とは無縁なせいか今一貴族と平民の差が分かってねぇから好きじゃなかったが……こういう食への貪欲さは感心するぜ」

 

 徳用パックのカニカマに手を伸ばしながら感心したような顔をするライザー。龍洞もカニカマを咥えながら納豆を掻き混ぜていた。混ぜる度に糸が箸に絡まり、独特の匂いが発せられる。十分に粘度が出た所でネギと生卵と一緒に熱々の白米に乗せ醤油を垂らすと一気に掻き込んだ。

 

「……よくそんなの食べられるな、おい」

 

「食文化はお国柄ですからね。悪魔が普通に食べているものも、国によってはゲテモノ扱いですよ? まあ私は愛しい妻の手料理ならゲテモノ料理でも美味しく食べますが」

 

「へぇ。お前の嫁さん、料理うまいのか」

 

 この時のライザーは後にこう語る。適当に相槌打っておけば良かったと……。

 

「清姫は料理だけでなく家事全般が得意で、元は良家の箱入り娘なので他にも生花踊り琴に三味線、薙刀にお茶まで習い事は多岐に及んでいます。特にお茶が趣味で、今度も野立てをする予定なのですが、ドビッチの身内も来るので関係ない方は中々呼びにくくて。いや、その方がどうにかなっても関係有りませんが、その人と連絡取りたがってしつこく頼まれれば流石に困りますので。そんな事はどうでも良いですね。清姫は本当に美人で気立てが良く、私を立ててくれて、気遣っての嘘でさえ許さず焼き殺しにかかる真面目さ、そしてストーカー気し・・・・・・高度な気配遮断スキルを持つ器用さに何時も近くに居たいという甘えん坊な所も可愛らしく・・・・・・」

 

「おーい、そろそろ・・・・・・」

 

 声を掛けて止めさせようとするも一向に止まらず、惚気話は一時間以上経過してもいまだ終わる様子がない。不死の特性の弱点である精神力がガリガリ削られていくのを感じたライザーは今回のゲームでは如何に回避するかが重要かと揃っている対戦相手のデータを思い出す事で今の状況から逃避していた。

 

 

 

 

 

「ですが、そんな彼女と私でも互いに認めることが出来ない事が一つだけ有るのです」

 

「はぁっ!? お前達みたいなヤンデレバカップルにそんなのあるのか!?」

 

「ええ、それは・・・・・・」

 

 この時のライザーは自分の耳を疑った。明らかに異常な恋愛観を正常な顔で語る姿に恐怖さえ覚え、この二人ならば、”あなたの為なら世界すら敵に回せる”、等と言った使い古しの安っぽい台詞でさえ真実みを帯びる。にも関わらず認めることが出来ない等と述べたのだ。

 

 尚、既に誰かに殺されるくらいなら相手を殺すと言うことまで聞いている。そしてライザーが固唾を飲むレベルで気にしだした事が告げられようとしていた。

 

 

 

 

 

「済まない、遅くなった」

 

「あっ、そろそろ時間ですね」

 

 だが、其の言葉は遅れてやって来たゲストチームの三人目、最上級悪魔で元龍王のタンニーンの登場で遮られてしまった。

 

「いや、続きは?」

 

「そんな事よりも試合の時間ですよ。出るだけで一億、勝てば更に二億頂けますから張り切りませんとね」

 

「では、行くぞ」

 

 ライザーが釈然としない気持ちを抱えたまま三名は転移魔法陣に乗る。瞬く間に光に包まれ、ゲームフィールドに移動した。

 

 

 

 

 

「寒っ! 何だよ、このフィールドは・・・・・・・」

 

 転移した途端に襲ってきたのは身を切るような極寒。雪が降り続ける一面の銀世界で、遠くの景色は白んでいて鮮明に見えない。水気のないサラサラの雪は踏み締める度に音が鳴り、子供ならはしゃいでいる所だろう。

 

「気温マイナス五十度から六十度程度でしょうか? 南極の冬くらいですね」

 

「うぇ、マジかよ・・・・・・・」

 

 ライザーは炎で全身を包んで暖を取り、タンニーンも少し寒そうにしているが耐えれる程度のようだ。

 

 

『皆様、後十分後のゲーム開始前にルールをご説明致します。制限時間は三十分。其れまでにゲストチームの方が王を討ち取るか降参させるか出来ない場合、ゲストチームの敗北と成ります。なお、互いの陣地はフィールドの両端に設置しており、今回の特別ルールとしてあらゆる手段の飛行を禁止させて頂きます。では、開始時間まで相手チームに接触する事の無いように・・・・・・・』

 

 陣地に用意された地図によるとフィールドは輪っかを縦に割った様な形をしており、地面以外は氷河となっていた。

 

 

 

 

「じゃあ、最短ルートなので泳いで行きましょう」

 

「正気か、お前?」

 

「・・・・・・・流石に死ぬぞ」

 

 平然と言い放つ龍洞に正気を疑うライザー達。確かに陸地を歩くよりも距離は短いが、其れでも数キロは優に有る。とても泳ぎ切って戦闘が出来るとは思えない。

 

 

 

「大丈夫ですよ。裸で八寒地獄の海に放り込まれて怪魚から泳いで逃げることに比べれば楽勝でしょう。相手も泳いで来るのでは?」

 

「比べる対象がおかしいだろ、おい!!」

 

「まあ悪魔貴族って修行が嫌いですし理解出来ませんよね。所で対戦相手って誰でしたっけ? 誰でも同じなので忘れてしまいました」

 

 

 

 

 

 

「サイラオーグだよ、サイラオーグ・バアル。若手ナンバーワンだぜ」

 

「どれも同じですよ。私はただ勝つだけです。私は客を盛り上げる必要は無いですから手段は選ばなくても良いですしね」

 

「おいおい、綺麗に勝てれば一番だろ」

 

 龍洞の言葉にライザーは肩を竦める。一流の選手はレーティング・ゲームの在り方からして一流のエンターティナーでなければならない。例え八百長でも手を抜いた無気力プレイは御法度なのだ。

 

 其れを抜きにしても綺麗な勝利は気持ちがいいと。ライザーはそう考えていた。

 

 

 

「いや、別に? 力に勝利に貴賤はないでしょう。八百長も努力の果ての泥臭い勝利も圧倒的実力差の完封も同じです。どんな努力家も結果が出なければ怠け者と同じですし、八百長で勝つ側に選んで貰えるのも力の一つでしょう? 其の方が都合がいいと思わせられるのですから。努力や熱意とかの価値のない物に拘ると負けますよ」

 

 だが、龍洞は心の底から其れが理解出来ず、只首を傾げるだけだった。

 

 

 

 

「・・・・・・・随分と俺に有利な・・・・・・・いや、自惚れだな。相手にはタンニーン様を筆頭に格上ばかり。だが、タダでは負けん。必ずや何かを得てやる」

 

 試合開始の合図が響き眷属が数名を残して陣地から進む中、サイラオーグは闘志を燃やしていた。才能がない為に冷遇され、必死に努力を重ねて此処まで来た。何度屈辱にまみれ歩みを止めそうになったか分からない。当主になるべく努力をしてきた弟から体を鍛える努力しかしていない自分が次期当主の座を奪った事への負い目も有る。だからこそ立ち止まる訳には行かない。全ては夢の為に。

 

 

「さあ、行くぞ、お前達!」

 

 顔の前で腕を組んで目を閉じながら思いを馳せていたサイラオーグは眷属を鼓舞すべく顔を上げて前を向く。

 

 

 

 

 

「いえいえ、彼らには無理です。もう、何処にも行けません。・・・・・・・おや、靴に血が付いていますね」

 

 其処には血の海に沈む眷属達の()()とスーツ姿の男が立っていた。男は足下の布、サイラオーグの眷属であるクイーシャの服を死体ごと踏みにじって靴の血を拭う。この間、サイラオーグは何が起きたのか分からなかった。

 

 目を離したのはたった数秒で、ゲームフィールドには死亡を防ぐためのリタイア装置が存在する。だが、現に先程まで居なかった男に眷属達は殺されていた。

 

「全くゴミ掃除も楽ではありませんね」

 

 本当にゴミ掃除をしているかのように発せられたその言葉。其れはサイラオーグを激昂させるのに十分であり、立ち上がった彼は男を真正面から見る。其の顔には見覚えが有った。直接有ったことは無いが、家に残る大戦の記録映像で多くの悪魔を殺していた()()使()の顔だ。

 

「アザ・・・」

 

 

 

 

 

「お前如きが私の名を呼ぶな」

 

 男に殴りかかろうとしたサイラオーグの体、闘気と単純な頑強さによって上級悪魔の障壁を遥かに上回る肉体に無数の光の剣が突き刺さり、煙と血を噴き出しながら前のめりに倒れた。 常識を含む人間を構成する殆どの物は育った環境で決まる。法の整備が整った平和な地域で親の庇護の下に育った子供と紛争が絶えない危険な地域で暮らす孤児の価値観も考え方も違うようにだ。

 

 貴族は貴族として育ったから平民の事など分からず、平民も貴族の考え方を理解できない。同じ種族であったとしても、両者は同時に別の生き物でもあるのだ。

 

「龍洞ちゃん、ちょいと狐共を殺して来て貰えんやろか」

 

「はい、大婆様!」

 

 だから鬼と共に暮らし、鬼に育てられた彼が人間として何かが欠落しているのは仕方のない事だ。6才までは人の世界で暮らしていたが、それでも真っ当な生き方をしていない一族の長男としての生活。故に彼が異常なのが普通なのは当然であった。

 

 

 

 

「龍洞ちゃん。……右腕、食わせて貰うで? 後でちゃんと治してあげるさかいにな」

 

「はい、どうぞ。あっ、私も料理を手伝ってきた方が良いですか?」

 

 身の毛のよだつ恐ろしい頼みも平然と受け入れる彼であったが、そうなったのは育ちのせい。ならば、敢えてそういう風に育てられたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「……クリーニング代って出ないですよね」

 

 

 

サイラオーグが闖入者に襲わえれるという前代未聞の異常事態が起きている頃、観覧席では正常に進むゲームを画面を通して眺める貴族達の姿があった。先程までは談笑しながらワインなどを飲んでいたが、今は其れを口にしようとする者は居ない。料理人が腕に腕によりをかけて作った料理にさえ誰も手を付けようとしなかった。

 

 其の原因はフィールドの中央辺りの映像。サイラオーグ眷属とゲストチームとの初戦闘の様子だった。吹き荒れる吹雪の中でも悪魔の技術によって鮮明にその様子が映し出されている。最初に動いたのはサイラオーグの騎士。死神が操る『青ざめた馬(ベイルホース)』に騎乗し騎乗槍を構えた彼は龍洞に一騎打ちを挑んだ。

 

「ええ、構いませんよ。仕事ですし、ショーを盛り上げるのに少しは貢献しないといけませんもの。まあ本職の方程にはしませんが」

 

 一騎打ちの邪魔にならぬようにと互いの仲間は後方へと下がり、掛け声と共に蹄が雪道をものともせずに駆け抜ける。隙を伺っているのか攪乱するように駆け回る速度は人の目で追えるレベルではなく、主でさえ蹴殺す程の凶暴さでありながら使われる理由が其の能力にある事を示していた。

 

 きっと乗りこなすのに長い時間を掛けたのだろう。多分乗り手の馬も血の滲むような努力の果てに今の力を手に入れたのだろう。努力すれば此処までになるのかと、見た者に思わせる姿だ。

 

 努力しない兎は頑張る亀に競争で負ける。才があっても磨こうとしなければ努力する凡人に追いつかれる。

 

「行くぞっ!」

 

 隙を見付けたのだろう。一気に加速して得た速度が乗った騎乗槍の鋒が龍洞の胸目掛け突き出された。

 

 

 

「おや、私が前に見た個体よりも速いですね」

 

 だけど、其れは努力する兎には亀が何れ程頑張っても追い付く事が出来ないという事。龍洞の両腕は馬の頭と槍を正面から掴み完全に固定する。足元の雪は微かに踏み込まれた跡が残っているだけで、少しも後退した痕跡は存在していない。

 

 ミシリと何かが軋むような音が響き、其れが何処から鳴ったのか画面の向こうで貴族達が理解したのは掴まれた槍と頭が握り潰されるのと同時だった。脳症がぶちまかれ目玉が転がる。龍洞の服が返り血で汚れ、乗っていた馬の体が崩れ落ちた事でバランスを崩した騎士の体は前のめりに倒れこむ。

 

「では、まず一人」

 

 着ていた頑丈そうな鎧を龍洞の腕が貫き、腹の肉を引き千切りながら抜かれる。ハラワタが穴から飛び出し、貴族のフォークに刺さったソーセージが床の高価な絨毯の上に落ちる。観覧席の何人かが腹の中の物を盛大にぶちまけ、龍洞は服に掛かった血をどうやって除くか悩んでいた。

 

 

 

 

「ひっ!」

 

 その悲鳴を上げたのは誰だったのだろうか。サイラオーグの眷属の殆どは人の血が混じった為に復興が認められなかった元七十二柱の者達で、サイラオーグの進む道に夢を見た。己の実力に見合った評価を得られる社会を目指し、死に物狂いで努力してきた。何度も戦ってきた。

 

 だが、目の前の光景に恐怖を覚えている。もっと悲惨な姿になった者だって見た事があるし、実戦経験がない訳ではない。只、本能で恐怖を覚えたのはこれが初めてだった。

 

「あの、二人共。制限時間もありますし此処は私に任せて先に行って下さい。なにせ勝ったら報酬が増えるんですよ。お金が全てではないですが、無いよりはあった方が良いですからね」

 

 瀕死の重傷を負って足元でリタイアの光に包まれて消えていく仲間の姿と、手についた血をハンカチで拭いながら平然とした顔している龍洞。今までの敵は最初から無表情な奴や相手を傷付ける事が愉しそうな顔をしている者も居た。だけど其れがまるで当たり前のように平然としている相手は初めてだった。

 

 

「行きましょう、タンニーン様」

 

「ああ、そうだな」

 

 既に何度かゲームに参加し、犠牲などの戦略を取るライザーと戦いにこそ生きる理由を見出す龍であるタンニーン。この両名は龍洞の姿に眉一つ動かさず、それでもってサイラオーグの眷属の心情も理解した上で先に進む道を選ぶ。申し出を断る理由はなく、それが当然の事だからだ。

 

 二人が横を通り過ぎるのを手を出す素振りもなく見逃した彼らは今の状況に気付く。これからアレと戦わなければならないのだと。

 

 

 

 

 

「ああ、少し実験に付き合って下さい。格下相手に使うのはこれが初めてなのでコントロールの練習がしたいのですよ」

 

 そして相手は自分達を敵として見てすら居ないのだと。

 

 

 

 

 

 

 

「おや、もういらっしゃいましたか」

 

「……誰だ?」

 

 罠どころか残りの眷属の襲撃も怒らず何事もなく本陣までたどり着いたライザーは出迎えた男の姿に眉を動かす。只者ではない事は不死の特性を持つ己の肉体が危険信号を全開で出している事で理解する。若手ナンバーワンの()()()()()()()()が下僕に出来る存在ではなく、リタイアせずに残っている周囲の死体が異常事態を指し示す。

 

 金髪をオールバックにした物静かそうなメガネの男。司書か何かを思わせる風貌だが目を見れば直ぐに分かる。

 

(……ヤベェ。戦ったら絶対に殺される)

 

「……逃げろ、ライザー。貴様では只殺されるだけだ」

 

 タンニーンの言葉が耳に入ってから男が足を少し上げ、ライザーが翼を出して飛び上がるのはほぼ同時。その()()の間に地面から突き出した無数の光の槍がライザーの体を串刺しにした。

 

 フェニックスの不死を破る方法は限られている。魔王クラスの一撃か精神がすり減るまでの猛攻。例外として窒息などの酸素不足など。

 

 

 

 

 

「おや、これで死なないとは……私も歳を取りましたかね? どう思います? タンニーン」

 

 つまり男は少なくても魔王クラスという事。ライザーは林の様に無数に生える槍に貫かれたままゆっくりと死に向かっている。咄嗟に飛び上がったタンニーンの頑強な鱗さえ貫いて肉を抉っていた。

 

「くたばれっ!」

 

 返事の代わりとばかりに吐き出されたのは巨大隕石の衝突に匹敵するとさえ讃えられるブレス。同じく魔王クラスの一撃に対し男はそっと右手を前に出し、ブレスが着弾した。炎が広がり大地を吹き飛ばす。無数の槍が砕けながら宙を舞い消え去っていく。

 

 

「おや、腕を上げましたか? ああ、悪魔の駒の力ですか。それ、同じ土俵で戦う場合に純血の皆さんから文句が出ませんか? 同じ王なら底上げされた方が有利でしょう。まあ、それを言ったら一族固有の能力とかもあるのですけどね」

 

 男は健在ではない。健在ではないが、魔王クラスの一撃を正面から受け止めたにも関わらずダメージは微小。袖が焦げ軋んだ腕が所々裂けている程度。だが、タンニーンに驚いた様子はない。予め予想していた様にさえ見える。

 

 

 

 

「……ふん。この程度では倒せんか、()()()()

 

「ええ、当然です。私の名の意味は『神に力を与えられし者』。偉大なる神に力を授けて頂いた私と悪魔如きに力を施して貰った貴方では雲泥の差がありますよ。其れと……」

 

 アザエルは薄ら笑いを浮かべながら服の煤を払う。その背中から計十四枚の翼が出現した。本気で来るのかとタンニーンが構えるもアザエルはその場から一歩も動かない。

 

 

(……何だ? 奴の手の平が今光った……ッ!)

 

 先程、光の槍を受けた場所から光の粒が溢れ出しアザエルの手の平の光と一本の糸の様に繋がる。

 

 

 

 

 

 

「今の私は貴方が知る私よりもずっと強い」

 

 光の糸が無数に枝分かれし光の鎖に変わる。全身を縛られたタンニーンは地に落ち、降り注いだ巨大な光の槍が標本の様に磔にした。

 

「さて、神を騙り人を動かす現セラフも、穢らわしい悪魔も、其れと組む我が元同胞も存在する価値がない。……そうは思いませんか? ねぇ、仙酔君」

 

アザエルの瞳は既にタンニーンを映していない。その後方に立つ無傷の龍洞を映していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いえ、どうでも良いです。晩御飯に食べる予定の酢豚を何処の店に食べに行くか、そっちの方が重要ですよ。家だと絶対に許せないとパイナップルを入れて貰えませんからね。……其処だけは絶対に相容れない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、貴方もですか。私もパイナップルは入れる派ですよ。あっ、申し遅れました。私、堕天使のアザエルです。……ちなみにキノコとタケノコ、どっち派ですか?」

 

「キノコです。タケノコはクッキーがボソボソしていてちょっと……」

 

「……貴方とは仲良くやれそうにありませんね」

 

 

 

 

 

「あら、もう始まっていますのね。すっかり遅れてしまいましたわ」

 

 サイラオーグとゲストチームの白熱した激戦が画面に映し出されてから五分後のこと、入口から聞こえてきた鈴の音のように響く声が観覧室に響く。その声に思わず振り向いた貴族達のほぼ全てが彼女に意識を向けた。

 

「ご観戦を邪魔をしていまい申し訳御座いません。私、殺生院キアラと申します」

 

 尼僧を思わせる服装に菩薩を思わせる慈愛に満ちた表情。その全てが彼女の色気を際立たせる要因にしかなりえない。スリットから見える足に視線が向き、次に黒衣の下に隠されて尚主張する胸に注がれる。愛妻家の中年貴族も、血気盛んな若手悪魔も、未だ野望に燃える老貴族も最早ゲームになど興味を向けず、ただ彼女に欲情し、魅了されていた。

 

「……何故貴女が」

 

「あらあら、まあまあ。うふふふふ。聞いておりませんの? 私、貴族の方の何人かと色々と親交が御座いまして、こうして観戦にご招待頂きましたの」

 

 ()()に含まれていない僅かな存在の一人であるグレイフィアの彼女に向ける視線にはややキツい物がある。自分の事を恥知らずの淫売と思っていると知らされているので仕方ないのかもしれないが、その他にも彼女に会ってから様子のおかしい同僚(沖田総司)の事もあるだろう。

 

「あらあら、私嫌われているようですわね。貴女とは色々と仲良くしたいのに」

 

 頬に手を当てて困ったように小首を傾げる仕草にも色気があり、その言葉を聞いた貴族達は良からぬ妄想に囚われる。もはや其処に居るのは誇りある、若しくはプライドが肥大化した貴族ではなく発情期の獣だ。老若男女問わずに魅了し堕落させながらキアラは特に気付いた様子も見せずに用意された席に座る。彼女を招待した貴族が座るはずだった席ではあるが、今日はベッドから起き上がれないと連絡があった。

 

「席が丁度空いていますし、此方に知り合いを座らせても?」

 

 通常ならば反対する貴族達だが今の彼ら彼女らにキアラの言葉に逆らう者が居るはずもなく、後から入って来た清姫と恋花が彼女の両隣に座ると給仕の青年がキアラの元にやって来た。

 

「お飲み物は如何ですか?」

 

「……そうですわね。では、私はミネラルウォーターを。お二人はどういたしますか?」

 

「ではオレンジジュースで」

 

「私は赤ワインで」

 

 畏まりましたとお辞儀をして去っていく青年に貴族達から嫉妬の念が送られる。どのような理由であれキアラと言葉を交わし、近くに寄れる事が堪らなく羨ましい。それが貴族の誇りに唾を吐きかけるような事だとしてもだ。この場の殆どの者が給仕に成りたいと心の底から思っていた……。

 

 

 

 

「……何ですの、これは」

 

 部屋の気温が一気に上がり、グラスの割る音が響く。三人が観覧席に入ってから五分後、清姫の顔から表情が失われ握っていたグラスを粉々に握り潰していた。

 

「どうかなさいましたか?」

 

 見た目は小柄な美少女でしかないにも関わらず先ほどの底冷えのする声と背筋を凍らせる恐怖を与える表情に隣の二人以外の誰しもが固まる中、グレイフィアは冷静な態度で近付いて行く。清姫は表情を変えぬままゆっくりと画面を指差した。

 

 

「あの画面、全部嘘ではないですか。嘘、嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘……下らない物で旦那様を侮辱するなんて許せませんわ。全部、ぜーんぶ燃やし尽くして……」

 

「ひっ!?」

 

 何時に増して目から勝機が失われ口からは濃厚なニトロの香りが漏れ出す。その姿はグレイフィアでさえ悲鳴を上げる程で、清姫の体から炎が吹き出す……

 

「えい」

 

「はうっ!?」

 

 前に脳天にキアラの踵が落とされて意識が刈り取られる。殆どの者の視線はキアラのスリットの奥に注がれ、ま正面から見てしまったサーゼクスは鼻を押さえていた。

 

「……サーゼクス様?」

 

「いやいやいやっ!? 彼女の下着なんて見てないよ!?」

 

 

 

 

「ええ、私穿いていませんもの。だから本当ですわ」

 

「あっ、やっぱりだったのか……あっ」

 

 部屋が熱狂に包まれ得る中、サーゼクスに向けるグレイフィアの視線は何よりも冷たい。それこそコキュートスの気温さえも暖かく感じるほどに。

 

 

 

 

「……鬘」

 

「鬘がどうかなさいましたか?」

 

 アザエルが足を踏み締める度に地中から光の槍が飛び出す。その速度はライフルを上回り的確に急所のみを狙うかと思いきや、時に足元スレスレや死角から腕を狙って襲い掛かり、龍洞は両手に龍刀・帝と三上七半を握りやりを弾き切り落とす。顔面に迫った槍の鋒を柄頭で砕き、二つ同時に胸に迫る槍を鍔で防いで逸らした。

 

「いえ、()()()()()()()()()()ので非常に暇でして、少し他の事を考えてしまって。修行僧殺しを正当化した者が落ちる地獄って内部に刃が生えた鬘を被らされて釜で煮られるのですが、行く当てのない者を異端追放の名の元に追い出した人達って其処に落ちるんでしょうか?」

 

「いえ、そういう教会って大抵は日本以外ですし落ちないのでは?」

 

 二人の周囲には死に掛けのサイラオーグとライザー、アザエルの右手の手の平から伸びる光の鎖で縛られた上に串刺しになったタンニーンの姿、他死体が多数。本来ならば即刻ゲーム中止になる異常事態にも関わらずその様子は一向に訪れず、先程から戦いの合間に気の抜けた遣り取りが行われるばかりだ。

 

 

「……ふぅ。しかし、私の今所属している組織ですが、貴方に対する評価が色々と違っているのですよ。赤龍帝頼りの雑魚だからどうにでもなる、いや赤龍帝が厄介だから白龍皇に任せろ、とか結局は貴方を侮ってばかり」

 

「それは失礼な。ドライグさんは便利な道具に宿るだけの存在でも便利な使い魔でもないのですし、何でもかんでも頼れませんよ」

 

 深く溜息を吐くアザエルに特に気にした様子のない龍洞。吹雪が激しくなっていく中、数度目かのやり取りが終わった。

 

 

「さて、そろそろ終わらせますか」

 

 龍洞は靴を脱ぎ捨て数度跳ねると三上七半のみを腰だめに構え姿勢を低くする。居合の構えだとアザエルの知識が告げる。抜刀から繰り出される迅速の一撃を警戒してか地中から飛び出す光の槍の射出速度が上がり、龍洞は其れを踏みしめながら進む。

 

「いや、違うっ!」

 

 その様な認識を即座に否定するアザエル。足の指で槍の鋒を挟みながら次々に飛び跳ねているのだ。舌打ちと共に宙に浮かぶ光の槍を上空に出現させ上下から攻める。だが、龍洞の跳躍速度も同時に上がった。

 

「先ずは一太刀……とは行きませんか」

 

 硬質な物同士が激突する音が響き、龍洞は即座に背後に飛ぶ。首を狙った一撃はアザエルの左手の平の障壁で防がれたのだ。又しても槍が、今度は周囲を覆うように出現した。

 

「これで終わりです」

 

 高速の振りで前後上下左右全てから迫る光の槍を振り払いながら突き進む。だが、刀が触れる瞬間に槍は停止して刀が過ぎ去ると同時に一気に進んだ。まず足に刺さり、怯んだ所に脇腹に、背中に、肩に、そして胸に刺さり最後に頭を貫通した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っと、まぁ簡単には行きませんよね」

 

 クルッと半回転したアザエルは左手を前に突き出す。その視線は無傷の龍洞に向けられていた。確かにやりが突き刺さった感触は遠距離操作した光の槍で何一つ違和感なく感じ取っている。故に、この動作は彼の長年の経験からなる直感によるもの。

 

「私の幻術も未熟ですね」

 

「いえ、危うく騙される所でした」

 

 この時まで危機感を感じさせぬ遣り取りを交わす二人。違ったのは龍刀・帝の刃はアザエルの障壁を存在しないかのように通り抜けた事。

 

 

 

(ああ、成る程。ドライグの『透過』ですか。他の能力も使えると見た方が良いですね)

 

 血飛沫が舞いアザエルの左腕が切り飛ばされ胸に横一文字の赤い線が入る。だが致命傷には至らず。軌道も速度もタイミングも完全であったが、障壁に刀が触れるよりも先に後退した事で命を繋いだ。又しても彼は己の直感に救われたのだ。

 

 

 

 

 

 

「……素晴らしい。貴方は純粋な人間ではないが、其れでも人間を完全に否定していた昔の私は愚かでした。では、私も目的は果たした事ですし此処で失礼いたします」

 

 アザエルは右手から伸びる光の鎖を消すと最後まで余裕を崩さないままお辞儀をして消えていく。龍洞も服に着いた返り血を鬱陶しそうにしているが息も切らしていない。

 

「厄介なのに目を付けられた気が……」

 

『はっはっはっ! お前も龍の血を引くからな。女と戦いを引き寄せるぞ』

 

「私、結婚していますから他に女は必要無いですし戦いもどうでも良いのですが」

 

『ならば本気で闘え。奴も次は本気だろうよ』

 

 何処か楽しそうなドライグと心底嫌そうな龍洞。その背後では画面が切り替わり事態に気付いた悪魔達によってゲームの強制終了が始まっていた。

 

 

 

 死亡者 サイラオーグの『女王』『戦車』一名『騎士』一名『僧侶』一名 

 

 重傷者 タンニーン サイラオーグ ライザー サイラオーグの残りの眷属

 

 無傷  龍洞

 

 第一回目から起きた異常事態。主催責任者である魔王が責任を追及される事態となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あー、朝焼けが目にしみるわ」

 

 この日の朝、急に海が見たくなった黒歌は日の出より前に砂浜に座り込んでいた。この時期にはクラゲが出るので海水浴客の姿はなく彼女一人。小猫には教えられる事は教えたし、どうなるかは祈るだけ。

 

 

 

 

 

 

「姉様、一緒にいるとバレたら厄介なので提案があります」

 

「え? それで何を……うにゃああああああっ!?」

 

 

 朝日が地上を照らし黒歌の体に光が当たる。髪の毛を一本残らず剃られた頭は光を反射して眩く光っていた。

 

 

 

 後、眉毛も序でにと剃られていた。

 

 


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