発掘倉庫   作:ケツアゴ

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狂人達の恋の唄 ⑤

 遙か昔、三上山に大百足という大妖ありけり。その身の丈凄まじく、三上山を七巻き半。その力、龍神さえも恐れ慄く程。矢も刀も通さぬ程に強靭な肉体を持ち、空さえ飛ぶとされた其の大妖も『英雄』の前に敗れ去った。

 

 其の英雄、大百足の弱点を突いて仕留め、確かに亡骸も見付けしが、何時しか亡骸の行方や知れず……。

 

 

 

 

「旦那様っ! 凄いです、本当に空を飛ぶのですね!!」

 

 車内に清姫の声が響く。窓ガラスに手を当てて外を眺めると、眼下に映るのは深い渓谷。通常、列車は空を飛ぶ筈がないのだが、其の列車は普通の列車ではない。

 

「……」

 

「……旦那様? あの、どうかなさいましたか?」

 

「いえ、燥ぐ貴女の姿に見蕩れていました。この世全ての絶景の美しさを足したとしても貴女の足元にも及びませんから」

 

「……もう。お上手なのですから。でも、本気でそう思っていて下さるのですね。清姫は幸せ者でございます」

 

 自分の言葉に対し無言を貫く龍洞に不安を覚えたのか、少々怯えた表情で振り返るも直ぐに両頬に手を当てて照れた仕草になる清姫。其の肩に直様手が伸ばされ引き寄せられると微塵も抵抗する事なく胸に体を預ける。そのまま上目遣いで目を合わせ、無言でそっと目を瞑る。何度も繰り返した口付けの要求だ。無論、其れは直ぐに叶えられた。

 

 

「ああ、(わたくし)は旦那様と僅かな時間でも共に居られれば幸せだと思っていましたが、こうして夫婦で出掛けると更に幸せだと知りました。……きっと、これから更に幸せになるのでしょうね」

 

「きっと、ではなく、必ず更に幸せにしますよ」

 

 肩に置かれた手は滑る様な動きで腰へと移動する。右手だけだったのが左手も加わり、腰に回した両手で清姫を優しく抱き締めると、恍惚の表情で息が荒くなって来た清姫の顔を愛しそうにそっと見詰めていた。

 

「あ…あの、旦那様。も…もう……」

 

「……駄目ですよ? 私としては直様、と行きたいのですが、観光前に疲れ果てては折角の旅行が台無しです。楽しみは夜に取っておきましょう」

 

 肝心な事は何一つ口にしていない清姫だが、その理性が失われている瞳に浮かんだ欲の色と赤く染まった頬、色気のある声と荒くなった息から察するのは容易い。無論、龍洞は愛する女性が何を言いたいのか直ぐに察し、人差し指の腹で小さな唇を塞ぐ。

 

「……むぅ。旦那様の意地悪…ひゃうんっ!?」

 

 口付けで塞いで欲しかったのか、其れ共要求が聞き届けられなかったのが不満なのか、頬を膨らませる清姫だったが、其の耳に至近距離から息をかけられると可愛らしい悲鳴を上げる。其の息を吹き掛けられた耳に今度はそっと囁きがあった。

 

 

「……其の体に慣れるまで御預けでしたから、()()()()()()のは私も同じです。今夜は存分に苛めて差し上げますよ。それとも、優しく愛しましょか?」

 

「両方です! 清姫はどっちもして欲しいです!! ……この様なはしたない女にしたのは旦那様なのですから、しっかりと責任を取って下さいませ」

 

 無言の龍洞の指が絹の様な白髪を漉き、もう片方の手で頭を引き寄せる。再び重なる唇だが、今度は少々激しい。舌と舌が絡み合い、淫靡な唾液の音が鳴っていた。

 

 

 

 

 

「……彼処まで二人の世界に入れるのは凄いな。何時もあんな風なのかい?」

 

『一々気にしても無駄だ。己の欲に生きて何が悪い』

 

 そんな光景を直ぐ近くで繰り広げられたゼノヴィアは、育ちが育ちだけに全く耐性がなく、顔を赤らめながら目を逸らす。琴湖は投げ掛けられた問いに欠伸をしながら答えた。

 

 

「……ううむ。私は詳しくなかったが、アレが今時のカップルの姿なのだろうか……」

 

 ゼノヴィアは顎に手を当てて悩みだすも。其れは違うと教えてくれる者はこの場には居なかった……。

 

 

 彼女達が乗っているのは冥界と人間の世界を渡る悪魔の列車の中。客人用の車内のフカフカの椅子に座る彼女は答えの出ない問いを到着までずっと考えていた。

 

 

 

 

 

 

「冥界に行きたい? 貴方、行った事無かったの?」

 

「ええ、必要無かったので。ですが、知り合いが私に修行を付ける為に冥界で待っているので行きたいのですが、生憎行く為に必要な手続きが面倒で。貴女なら実家のコネで楽に用意出来るでしょう? コカビエルに挑んでいたら相手が舐めプするという有り得ない事態にでもならない限り死んでいましたし、借りを少しは返して下さい」

 

 夏休み間近となり、眷属を連れて実家帰省しようかと、あわよくば祐斗を口説き落として家に交際を認めさせようと考えていたリアスを訪ねた龍洞の要求に対し、彼女は少し考えて直ぐに了承した。

 

「良いわ。じゃあ、予定を早めるから指定した時間に駅まで来て頂戴」

 

「あっ、大型犬も連れて行きますけど構いませんね?」

 

 龍洞の要求を呑んだリアスだが、彼が言う様にコカビエルの件の御礼という訳ではない。むしろ、自分の縄張りで起きた事件を勝手に解決したと思っているし、そのような思考回路でなかったのなら援軍を呼ばずに独力で対処しよう等と愚行も侵さなかった。

 

 無謀で自信過剰で我儘、そんなリアスが要求を呑んだ理由は一つ。サーゼクスからの指令が関係しており、アザゼルが学園に赴任してきたのも同じ様な理由だ。

 

(お兄様は彼を探って欲しいと言って来た。アザゼルも彼やヴラディ君の禁手に興味を持ったのが本当の理由みたいだし、此処は上手く懐柔して……)

 

 

 

「あっ、まだ貸しは沢山残っていますし、貴女方に情報を開示する気も、其の義務もないので悪しからず」

 

 

 

 

 

 

 

 

『……しかし天界も大変なようだな。元々悪魔祓いは縮小する気だったようだが、アレだけの実力者に抜けられては戦力以前に面子が丸潰れだろう』

 

「匿名の出席者を認めたのは彼らですし、其の結果ですから私には関係有りません。……えっと、何って言ってましたっけ?」

 

 ヴァスコは教会を抜ける際に龍洞に連絡を入れたのだが、彼の信念や意気込みに何一つ価値を感じていない龍洞は既に内容を忘れてしまっている。

 

「まあ、良いではありませんか。あの方の言葉など、旦那様には全く関係有りませんわ」

 

『……”私達は信仰の為に教会に所属していたのであって、教会の為に信仰をしていたのでは無い。故に己の信仰や正義に反するのならば教会に居続ける意味はない”、だ。信仰を捧げる為に人が存在するのではなく、人の為に信仰が存在する、それだけの話だな』

 

 龍洞の言葉に間違い等有るはずがないという清姫と、そんな二人に呆れ気味の琴湖。ずっとこの様なやり取りを繰り広げている内に列車はグレモリー領へと到着した。

 

 

 

「……私は部長の家に招待されて居るけれど、君達はどうするんだい?」

 

「私達は一旦首都ルシファードに向かい、それからフェニックス領のホテルに向かいます。……しかし、彼もよく招待して下さいましたね。どんな神経をしているのでしょうか?」

 

 紹介無しには泊まれないホテルへの紹介状を用意してくれた相手に対し行った事を思い出す龍洞。どう考えても仲良く出来る出来事はなかった筈だと首を傾げていた。

 

 

 

「……ああ、そうそう。屋敷でグレイフィアさんに会えたなら、キアラさんが会いたがっていたとお伝え下さい。どうも同類と噂の彼女に親近感を持ったらしく……」

 

「……噂? 其のキアラって人、聞いた話じゃアレだそうだが……」

 

 

 

 

「ええ、凄いビッチです。基本は同性愛者ですが、色欲は老若男女構わずで、今は”部下を死地に送っておきながら、自分は我が身可愛さに鞍替えし、体を使って現政権に取り入った恥知らずの淫売”、だと噂の彼女に夢中なのですよ。まぁ負けた側の将が勝った側の指導者と結婚していれば、その様な噂をされても仕方ないですよね」

 

 清姫は、”そう言えば騎士が新選組の沖田さんらしいですが、彼も隊長でありながら我が身可愛さに怪しげな術に手を出し、挙句の果てに恩有る幕府や寝食を共にした仲間を見捨てた武士の風上にも置けない臆病者”だと噂だそうで、と付け加える。

 

 

「じゃあ、お願いしますね」

 

「伝えられるかっ!!」

 

「……ケチくさい人だ。じゃあ、私が伝えますよ」

 

「……そうしてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、()()()は駅で待っていると言いましたが」

 

 出来れば会いたくないという気持ちがヒシヒシと表情に浮かぶ中、彼の背後から近付いて来る者が居た。

 

 

 

 

(だ〜れ)だ? 久しぶりだね、龍洞君、清姫ちゃん、琴湖さん」

 

「……ど…どうも。お久しぶりです、恋花(レンファ)さん」

 

 一見すると無害そうに見える黒髪ワンサイドアップの少女。中学生程の彼女に対し、龍洞の顔は引き吊っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暫くは若様と清姫様のバカップルっぷりを見なくて良いし、平和だなぁ……」

 

 その頃、留守番を申し出たギャスパーはお茶を啜りながら平和を噛み締めていた……。

 

 

 まだ移動は残っているというのにドッと疲れたゼノヴィアは一刻も早くベッドで休みたくなった  『カマイタチ』という妖怪は二種類存在する。一つ目は『鎌鼬』、三匹一セットの妖怪で、一匹目が転ばせ。二匹目が鎌で切り、三匹目が薬を付ける、という誰もが『カマイタチ』と聞いて直ぐに思い浮かべるだろう。

 

 そして二つ目、中国の妖怪で窮奇と書いて『カマイタチ』と読む妖怪で……。

 

 

「いや、それにしても()()の成長は凄いね。正月に帰って来た時より伸びているね、色々とさ」

 

「……幹部である貴女にそう言って頂けると光栄ですよ」

 

 恋花と龍洞では彼の方が歳上に見えるのだが、其処は妖怪、見た目通りの年齢ではないのだろう。自分と龍洞の背を比べる顔は嬉しそうで、まるで年下の従兄弟を構う少女の様だ。

 

 対して龍洞の方は彼女から微妙に距離を取ろうとしている。目も合わせようとせず何処か余所余所しい。そんな態度を取られても恋花は気にした様子を見せず、今度は清姫の手を取って嬉しそうに笑っている

 

「清姫ちゃんも漸く総大将の呪いが解けたんだねっ! どう? 龍洞君には可愛がって貰っている? この年頃の子って性欲旺盛だから一方的な物になってない?」

 

「ええ、それは大丈夫です。最初は互いに不慣れでしたが、今はどうすれば相手に喜んで貰えるか分かっていますので」

 

 一行が居るのはフェニックス領の駅。無論公共の場であり、猥談を堂々と話すべき場ではない。だが、彼女達にその様な事を気にする精神は持ち合わせていなかった。

 

 

 

 

 

「仙酔様達ですね? お待ちしておりました」

 

 駅を出た一行を待っていたのは運転手付きの黒塗りの高級車。スーツ姿でビシッと背筋を伸ばして龍洞達にお辞儀をする彼が運転する車にはフェニックス家の家紋が刻まれていた。

 

 中に入ると列車以上に座り心地の良い椅子と飲み物が各種用意されていて、走り出しても殆ど揺れない。この車にどれだけの費用が掛かっているかを伺わせ、其れがフェニックス家の裕福さを示していた。

 

 

 

 車に乗り込んでから数分後、車内のテレビを付けて適当にニュースを観ていた龍洞は思い出したように恋花に頭を下げる。

 

「ああ、そう言えば直接言うのが遅れていました。胎児の血液をご用頂き有難う御座います」

 

 窮奇(カマイタチ)は悪人に遭えば其れを持て成すとされている妖怪で、翼の生えた虎の姿をしているとも、風を操る風神の類いだとも言われており、カマイタチの名は此処から来ているとされている。

 

「気にしなくて良いよ。内戦地で懸命に人を助けている夫婦を殺した時、奥さんの腹を裂いたら出て来たから丁度良いやって送っただけだからさ」

 

 もう一つ窮奇について重要な事が。窮奇は悪人は持て成すが、善人は食い殺してしまう妖怪で、四凶と呼ばれる中国で特に恐ろしいとされる妖怪の一角だ。

 

 尚、その話題に出た医者の夫婦だが、二人は痕跡一つ残さずに消えたので遂に周囲の人々を見捨てたとさえ噂されている。今まで頼りにされていたにも関わらず、二人の評判は最悪と言って良い物へと変貌してしまっていた。人とは勝手なもので、怠け者の働きや道を外れた者の更生を持て囃すが、その一方で勤勉者の常日頃の努力や、堪の愚行には厳しい。其れが全くの誤解だとしても……。

 

 

『続いてのニュースです。ドラゴン系神器を所有する眷属悪魔の謀反が増えており、政府はテロ組織との関連性を調査する方針との事です。尚、この一件を受けて一部貴族から悪魔の駒に謀反を起こした際に処分する為の術式を加えるべきだとの意見が挙がっており……』

 

『……下らん。グルメ番組はしていないのか?』

 

 ニュース内容に興味が湧かなかったのか琴湖はチャンネルを切り替えるも目当ての番組は放送しておらず、仕方なく音楽番組にチャンネルを合わせた。キラキラ光る装飾が施されたステージの上には露出度の高い服装をした仮面の幼女。首から『平行世界の』と書いた名札を下げており、楽器を持っているのは黒子とキグルミだ。

 

『今月のヒット曲ランキング〜! 第十位はパンダーズの話題の新曲『メロリンパッフェ』。六ヶ月ぶりとなる新曲とあって……』

 

「そろそろホテルに到着しますね」

 

 窓から外を見れば泊まる予定のホテル『フェニックスホテル』が見えて来た。紹介無しには泊まれないとなっていながらも、今の冥界に居る多種多様な眷属悪魔の種族に合わせて精霊やドラゴンなどの特殊な生態や巨体に対応できる造りとなっており、名の通りフェニックス家が経営しているらしい。

 

 

 

『しかしライザーは何故お前に親しげだったんだ? 今回も屋敷に泊れとまで行って来たが……可愛がっている妹の首を絞めてリタイアさせた男だぞ? その様な相手に親しみを持つなど、兄を再起不能にした男に妹が惚れる位有り得ないだろう』

 

「悪魔ってのは力で高い地位を得る事の出来る種族ですからね。獣並みに力がある者に魅力を感じるのでは? ほら、ライオンって群れを乗っ取ったら前のボスの子を殺しますが、母ライオンは子を殺した新ボスと交尾するでしょう? 其れと同じですよ」

 

『……いや、流石に其れは俺達龍よりも酷くないか? 赤いの』

 

『貴様は悪魔と余り関わっていないから分からんのだ。奴らはそういう種族だぞ。……さて、冥界の酒が楽しみだ』

 

「はいはい。ちゃんとドライグさんの予約も入れていますけど、弁償は嫌なので結界が壊れるほど暴れないで下さいね? ……弁償になったら、其の分酒とツマミを減らしますので」

 

『……分かっている。俺だって馬鹿じゃない』

 

 とドライグは語っているが、態々その様な苦言を呈される事と声に僅かに混じった物からして前科が有るようだ。

 

 

 

「よお! 久し振りだな。ったく、ウチに泊まったら良かったのに、わざわざ金を払ってホテルに泊まるなんてよ」

 

「他人の家にお世話になると落ち着かないので、ホテルの方が良いのですよ」

 

 車から降りると既に入り口に従業員に混じって出迎えるライザーの姿が有った。彼からすれば互いに全力を出してぶつかったのだから親近感が湧いているのだろうが、龍洞はその様な考え自体浮かばないので何故その様な態度なのか理解出来ないで居た。

 

 

「へぇ、其の子がお前の女か。美少女じゃんか」

 

「ええ、絶世の美少女です。彼女の前では傾国の美女も醜女同然だ」

 

「・・・・・・・おっふ。いや、俺も端から見ればこんなのか。改めよう・・・・・・・うん? こっちの子は? 二人目・・・・・・・冗談だって。そんなに睨むな」

 

 人の振り見て我が振り直せ、という言葉を実感したライザーは次に口は災いの元という言葉を実感する。基本的に他人に興味のない龍洞が怒る数少ない言葉、清姫への愛を否定するような言葉を慌てて訂正した彼に対して恋花は笑顔で手を差し出した。

 

「やあ、初めまして。私の名前は一風 恋花(イーフォン レンファ)だよ」

 

 

 

 

「あっ、今回お世話になりましたし、ご注意を。この人、脅迫が趣味みたいな物ですから。・・・・・・・私も昔はお小遣いを巻き上げられました」

 

「其れの何処が駄目なの? 相手は身の破滅を免れ、私は儲かる。まさにうぃんうぃんの関係って奴でしょう?」

 

 この時の彼女は心底不服そうで、脅迫行為に何一つ恥じる物がないと思っている者の目であった・・・・・・・。 冥界の空には太陽は存在しないのだが、それでも朝が来る。朝が来れば学生は学校に行き、社会人は職場へ向かう。朝さえ来なければと思う者も多いだろうが、其れは朝が幸せだと感じていないからだ。

 

 この日、龍洞の目覚めは爽やかなものだった。窓から朝日が差し込む事はないが、其れでも朝が来れば光が照らして訪れを知らせる。普段は布団なので寝慣れ無いベッドのシーツを見れば血の跡。背中に爪を立て様として肉を抉られてしまった時に流れた血だ。床を見れば綺麗に畳むのもまどろっこしいと脱ぎ散らかされた衣服。

 

「……ん。旦那様ぁ……」

 

 横を見れば、まるで蛇が獲物を絞め殺すかの様に両手両足を全身に絡み付かせている清姫の姿。透けるような肌は汗や何やらでシーツ同様に汚れているにも関わらず見苦しさを感じさせない。

 

 

 

 

 

『好きに勝手にお仕置きショー!』

 

 起き上がろうとするも、寝顔が気持ち良さそうだったのでとベッドで寝転がり続けると、イヤホンを耳に入れてテレビを付ける。丁度流れていたのは『マジカル✩レヴィアたん』の終了後に放送が決定した大人気番組だ。

 

 画面の中ではフリフリのセーラー服を着たツインテールの巨漢が巨大なヌイグルミのウサギを飛び蹴りで吹き飛ばし、体操服にブルマを着た中肉中背の独身男性が推定年齢10歳程の女幹部にプロレス技を仕掛けている。

 

『ビールっ腹フライングボディブレス!!』

 

『爆発オチなんて最低〜!』

 

 会社帰りのサラリーマンが不思議な生物(派遣社員)によって魔法の力を与えられ、少女ばかりの悪の組織や仕事のノルマや生活習慣病と戦うというストーリーで、視聴率が取れないので次回で終了するのが決定している。矛盾している様に感じるが、二巻程度で終わる連載のあらすじが『大人気〇〇ストーリ堂々完結』となっている事が有るので問題はない。

 

 

『緊急ニュースです! 昨日未明逃亡した眷属悪魔について話し合う為に開かれた貴族の会談に襲撃があり、多くの死傷者が出た模様です。未だ正式な発表はありませんが、入った情報によりますと死亡者の中には初代バアルであらせられる……』

 

 なので急に画面が切り替わっても視聴者からのクレームは来なかった。

 

「ロクなの放送してませんね……」

 

 どうせ今日から暫くの間このニュースばかりだろうと、龍洞は欠伸をしながらテレビの電源を落とす。旅行に来ているのだし、無理にテレビを観なくても構わないのだ。

 

「さてと、修行は明日からですし、ドライグさんは……」

 

 カーテンを閉めていないので外の様子が窓から見え、ドラゴンの様な巨体持ちが泊まる専用の部屋(天井の代わりに透明の結界が張られている巨大なドーム)が嫌でも視界に入る。

 

「やれやれ、鬼も龍も本当に酒が好きなんですから。……宿泊代より酒代の方が高いって……」

 

昨日は酒をしこたま飲んでいたから未だに寝ているのだろうと思い、二度寝するかと目を閉じる。スヤスヤと寝息を立てる清姫を抱き枕にしていると、睡眠欲以外の欲求が湧き上がって来たので其れに忠実に従った。

 

 

 

 

 

 

「……私に電話?」

 

 龍洞が泊まっているのはデラックススイートで、朝食も指定した時間に態々運ばれてくる。冥界独特の領地を食べつつ、『清姫の料理には劣りますね』や『もう、旦那様ったら……』、等と朝から()()()()後だというのに二人の世界に入っていた時、フロントから連絡があった。

 

「お茶会、ですか……どうします? 観光ガイドを買いましたが、ハッキリ言って興味が湧かない所ばかりですし」

 

 電話の相手はライザーで、屋敷でお茶会をするので来ないか、というお誘い。龍洞からすれば心が微動だにしないお誘いだ。

 

 

 

 

「まぁ、お茶会ですか。(わたくし)、少し興味がありますわ」

 

「行きましょう!」

 

 ただ、清姫が行きたいと言うのならば話は別だ。先程まで適当に返事して、其の後は適当に食べ歩きでもしようとしていた予定など忘却してしまった。

 

 

 

 

 

「よう! まさか来るとは思わなかったぜ」

 

「ええ、来る気は微塵もありませんでしたが、愛しい妻が興味があると言うのなら行きますよ」

 

「まぁ、恥ずかしいですわ。この様な人前で」

 

「貴女に愛しているという事に恥じる必要が? 少なくても私は感じません」

 

 誘ったライザーも、噂や何やらで龍洞の性格は把握している積もりなのか、元々駄目元で誘ったので来た事に心底驚いている。そんな呼んでおいて少し失礼だと言われかねない反応にも気にした様子はなく、それどころかライザーなど眼中にないという振る舞いだ。

 

「……おーい、そろそろ帰って来〜い」

 

 故にライザーの呼び掛けがあっても止まらず、恋花が口を挟むまで続けられた。

 

 

 

 

「じゃあ、私は()()()()()()()人達に挨拶して来るね。これから貴族は力が落ちるだろうし、今の内に回収しとかないと」

 

「ええ、絞れるだけ絞らないと損ですよね。……くれぐれも道連れにされないように」

 

「キヒッ! 私がそんな馬鹿な真似する訳ないじゃない。バレて困るのはアッチだけさ」

 

 恋花は()()()()()()()()者達を見つけ、自分を見て苦虫を噛み潰した様な顔をする者達に親しげな笑顔で近付いて行く。何を言っているかは距離や声の大きさで分からないが、少なくても慌てて恋花の機嫌を取ろうとしている様子は伺えた。

 

「貴族って大変ですね。まあ不正をするのが悪いのですが……おや?」

 

「うげっ!? 貴方はっ!」

 

 流石は裕福な家だけあって出ている軽食や紅茶も豪華で、其れを口にしつつ特に興味のない貴族達を眺めていた其の時、鉢合わせになった貴族令嬢が龍洞の顔を見るなり顔を引き散らせた。

 

 

 

「……お久しぶりですわね」

 

「ええ、何時か何処かでお会いした誰かさんでしたね。……ああ、フェニックス家のご令嬢でしたか。興味がないので誰だか分かりませんでしたよ。えっと、お名前は何でしたっけ? 直ぐに忘れると思いますが、一応訊いておきましょう」

 

「レイヴェルです! レイヴェル・フェニックス!!」

 

 

 

 

 

レイヴェルが貴族令嬢に相応しい振る舞いを忘れ、青筋を浮かべながら大声を出した頃、グレモリー家に来客があった。

 

 

 

 

「……お久しぶりですな、お嬢様」

 

「私はもうお嬢様ではないわ、アルフレッド」

 

客人は白髪の老紳士。足が悪いのか杖を持ち、感じる魔力も衰えている。何より顔に深く刻まれた皺が、彼が長命な悪魔の中でも長生きしている事を告げていた。

 

 彼、アルフレッドを応接間で出迎えているグレイフィアは何時ものメイド服ではなく、貴族に相応しい見事な物。普段は新政権への忠義の表れ、本当はメイドとしての仕事の方が症に合う等の理由でメイドとして振舞っている彼女だが、今日は特別に休日を取って彼の相手をしていた。

 

「いえいえ、私めにとっては貴女様は未だに忠義を捧げるルキフグス家のご長女。本日はこの老耄の身の程を弁えぬお願いを聞いて下さり有難うございます」

 

「顔を上げさい、アルフレッド。貴方は初代の頃から一族に仕えて居るのですから、こうして顔を見せるくらい当たり前です」

 

「し…しかし、私も亡くなった息子達も貴女様達に深い忠誠を誓っていましたので……」

 

 深く頭を下げ体を震わせるアルフレッドの姿に慌てて顔を上げさせるグレイフィア。長らく実家に仕えていた使用人の老体を慮って対応していた其の時、窓の外を歩く我が子の姿が目に入った。

 

「おおっ、あの方がお嬢様の……」

 

「ええ、私の息子のミリキャスよ。……少し話をしてみるかしら?」

 

「よ…宜しいのですか?」

 

 恐れ多いとばかりに狼狽えるアルフレッドの問いに肯定を示したグレイフィアは彼を連れて庭に出る。そして紹介しようとした其の時、屋敷に向かって無数の炎弾が降り注いだ。

 

「敵襲っ!」

 

 降り注ぐ炎弾は直径一m弱で、屋根や地面に着弾すると弾け飛んで炎を撒き散らす。何らかの守りのお陰か火に舐め尽くされたにも関わらず火事は発生していないが、母の顔から魔王の女王の顔に切り替えたグレイフィアの視線の先には宙を飛び回る襲撃者達の姿があった。

 

 

「居たぞっ! アレがサーゼクスの息子だっ!!」

 

「殺せっ! 奴からも家族を奪ってやるのだっ!」

 

 向けられる言葉と視線には殺意が篭もり、憎しみさえ感じさせる者すら存在する。直ぐに衛兵達が対処に向かうのだが、公爵家の衛兵にも関わらず押されていた。

 

 

「アレは覇龍(ジャガーノート・ドライブ)。それもあんな数が……」

 

 襲撃者全てが龍を思わせる鎧で全身を包み、全てが上級悪魔に匹敵する力を感じさせる。それを感じ取った彼女の判断は早かった。

 

 

 

「アルフレッド、ミリキャスをお願いしますっ!!」

 

 長らく自分に仕え信頼している彼に息子を任せ、直ぐ近くに居る魔王クラスの自分が対処する。それが彼女の決断で、間違っては居ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行きましょう、ミリキャス様。()()()()()まで……」

 

 彼女が間違った事。其れは彼が今も自分を慕っていると思っていた事。彼の瞳の奥に隠れた感情に気付かなかった事。旧魔王に仕えていたという事が何を示すか考えが足りなかった事。

 

 

 つまり、アルフレッドにミリキャスを任せてしまった事が彼女の間違いであり、其れはミリキャスが行方不明になるという結果を齎した……。

 ライザーとリアスのゲーム開始前、助っ人である龍洞の情報を得たレイヴェルは、仙酔一族に関する資料を集めていた。

 

「……使えるかもしれませんね」

 

 悪魔でさえも吐き気を催す、実際に悪魔であるレイヴェルは多少不快に思いながらも、其処まで言われる一族ならば縁を持てば何かしらの利益に繋がるかも知れない、覇が本質だと母親から評価される彼女はこの時そう思ってしまい、ゲームに出なければ良かったと後悔する事になる。

 

 曰く、父親の意識がある状態で体だけを操り、娘を陵辱の末に惨殺させ、発生した陰の気を使って母親を呪い殺した。

 

 曰く、何日も監禁した上で食事を与えずに居た相手に毒だと言って食事を出すが、含まれていた毒は苦しいだけで死には至らず、さらには空腹感を増大させる呪いを込めていた。

 

 そして、これはまだ優しいと言える範囲だ。

 

 金で動き、争う相手には老若男女問わず一切の容赦をせず、尽く苦しめて始末する。その事を()()()()()()レイヴェルは一種の合理主義だと判断した。残虐な手口は敵対する事への恐怖を与え、更には呪詛に使用する陰の気を手に入れる為の行為で、金次第で動くのは仕事に私情を挟まないという事だと。

 

 なら、裕福なフェニックス家なら取り込む事が可能で、他の家が忌み嫌う一族ならば劇薬となり得る。魔王派と貴族派の政争が絶えない今、更に上へ伸し上がるチャンスだと思ったのだ。

 

 

 だが、彼女は資料で読むのと実際に体験する事の違いを分かっていなかった。

 

 

 

 

(……何なんですの! アレは一体何だというのですのっ!?)

 

 首に掛けられた手がジワジワと力を増して首を絞め上げていく感覚。浮いた足をバタつかせ、炎を放って抵抗し、空に飛び上がって逃れようとする。その全てが無駄に終わり、次第に意識が薄れていく恐怖。

 

 (ライザー)の眷属になったのは下らない拘りから何度も頼まれたからと、今の社会はレーティング・ゲームに出るのが当然だという風潮だが彼女自身は王になって眷属を率いて戦う気が無かったから。だから興味のないゲームに出ても参戦しなかったし、不死の特性から戦いに対する恐怖など知らなかった。

 

 だけど、龍洞を相手にした事でそれを知った。どの様な抵抗も意味を成さず、その目にはレイヴェルなど映していない。ただ単に作業をこなすかの様に首を絞め続ける其の姿に恐怖を覚えたのだ。ゲーム後も悪夢は続き嫌な汗をかいて飛び起きる毎日。プライドから家族に相談できず、ただ兄の馬鹿に付き合うのは懲り懲りだとゲームに参加していない母の眷属になる事で漸く安心できた。

 

 

 

 

 

 

「……ふむ。このケーキは美味しいですね」

 

「あらあら、旦那様。口元にクリームが付いていてだらし無いですわ。(わたくし)が舐めて差し上げます」

 

「しかし、最近のスイーツ市場の発展は素晴らしい。今までは子供向けのイメージがあった甘味ですが、ターゲット層を決めて其の世代にアピールする戦略を取ることで様々な物が生まれていますし、ネットの発展で遠くの店の商品を取り寄せる事も可能となっています。勿論通販をしていない店もありますが、行列に並んだり、遠くまで買いに行くのは一種のイベントですから苦痛には成りませんね。ギャスパーも予約しているゲームを買うための行列に並ぶのを楽しんでいるフシがありますし、そういう心理があるのでしょう。しかし、同じケーキといっても使用する小麦や卵、フルーツの品種などや付け加える材料によってガラッと味が変わりますし、高いケーキには高いなりの訳がありますよね。いや、スーパーで売っているような二個から三個で三百円程度の安いケーキ等も否定できませんよ? アレはアレで美味しいですし、子供のお小遣いでも手軽に買えるという利点があります。手軽といえばコンビニのスイーツですね。他社と競争するようにドーナツを始めとしたコンビニスイーツの発展は素晴らしく、どの様な時間帯でも手軽に様々なスイーツが味わえるのは素晴らしい事だと思います。ただ不満があるとすればスーパーなどでは頻繁に見かけないマカロン等のスイーツがあるのは良いのですが、もう少し和菓子の類にも力を入れて欲しいものです。洋菓子も素晴らしいですが、やはり日本の生まれならば和菓子を、日本本来の懐かしい味を心のどこかで求めているのではないでしょうか。ああ、勿論十円数十円で買える駄菓子も魅力的だ。なんと言っても・・・・・・・」

 

 しかし、今目の前に居るのは明らかに胃に入る量を凌駕しているにも関わらず未だ食べるスピードが衰えぬ龍洞と、其の世話を甲斐甲斐しく焼く清姫の姿。バカップルとも言える二人からは仙酔一族に纏わる悪評も、ゲーム時の恐ろしい姿も想像できない。

 

「そう言えばレイヴェルさんがお茶会のケーキをお焼きになったとお聞きしましたが、レシピを教えて下さいませんか? (わたくし)も旦那様に作って差し上げたくて」

 

「え・・・ええ、構いませんわ。すぐに教えられる物でよければ・・・・・・・」

 

 今も龍洞の為にお願いして来た清姫の嬉しそうな顔を見ていると本当に相思相愛なのだと思え、貴族令嬢なのに未だ婚約者どころか社交界で仲良くなった異性すら居ないレイヴェルは羨ましいとすら感じていた。

 

 

 

 

 

 

「では、旦那様。ケーキを作りましたら女体盛りにしますので食べて下さいますか? 食べてくださいますよね。体中に付いたクリームを舐めようと旦那様の舌が体中を這うのかと思うとゾクゾクして来ましたわ」

 

「ああ、其れでしたらホテルの部屋で予行練習でも行いましょうか。勿論夫婦ですので平等に互いを・・・・・・・」

 

「・・・・・・・貴方達、悪魔より欲望に忠実なのではなくて?」

 

 でも、流石に二人のように振る舞うのは嫌なレイヴェルであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「所で為政者が欲望に忠実で更には其れを推奨する風潮って、領民からしたらどうなのでしょう? 私は悪魔になるメリットが皆無ですので絶対になりませんから大して興味は有りませんけど」

 

「ケースバイケース。領主として分別をつけての範囲内の方もいらっしゃれば・・・・・・・正直、他の貴族から見ても呆れる方もいらっしゃいますわ。特に貴族派に多くて、はぐれ悪魔もそういった家から出る傾向に有ります」

 

 レイヴェルは情けなさそうに溜め息を吐き出しながら言い切る。声は潜めているが、余り口にすべきでない内容だったので龍洞は、

 

 

「へぇ、そうなのですか。じゃあ、私の家に来た皆様も貴族派かもしれませんね」

 

 特に興味がなかったので反応する事もなく、レイヴェルも其の反応が予想していた内容だったのか特に表情に変化が無かった。

 

 

「でも、今後は変わっていくでしょう。貴族派の中心は、今では象徴の要素が強い魔王よりも力のある大王バアル家ですが、実権は初代が握っていると言うのが周知の事実。ですが、例の一件で亡くなられた有力な貴族派の中に初代も含まれて居ましたし、貴族派に傾いていたパワーバランスが変わるでしょうね。・・・・・・・ですが、貴族派の方も其れは分かっておいででしょうし、嫌な予感がしますわ」

 

 

 

 

 

「大変そうですね、清姫。あっ、お茶会の後、本屋でも行きませんか?」

 

「ええ、行きましょう。旦那様と一緒なら、この清姫、地獄の底までご一緒しますわ」

 

 必ず起きるであろう苛烈な政争を予期して意気消沈するレイヴェル。それでも二人には興味のない事であった。

 

 

 

 

 

 

「お帰り~。準備は出来てるよ。失敗したら死ぬけど、気合いで乗り越えてね」

 

 

 二人が帰りに寄った本屋からホテルに戻ると、良質な紙に印刷されたチラシ片手に寛いでいる恋花の姿があった。琴湖は散歩にでも行っているのか、若しくは部屋全体に充満した異臭が嫌なのか姿が見ない。異臭の発生元は昨晩も今朝も二人が愛し合ったベッド。それを囲う様に紫の瘴気が溢れ出し続けているドロドロの濁った赤い液体は龍洞の目をしても地獄へ続く毒沼にしか見えなかった。

 

「私達が使う鬼術は仙術の禁じ手、邪気のみを取り込んで己の力に変える邪法。だからさ、こうやるのが一番なんだよ。まぁ、心が折れて戻ってくる事を諦めたら死ぬけどね」

 

 恋花が口笛を軽く鳴らすと龍洞の体が室内で吹いた風に運ばれてフワッと浮き上がり、其の儘ベッドの上に運ばれる。其の際、吹き出している瘴気に触れた部分が爛れてしまっていた。

 

「ご隠居様、君からすれば大大爺様の血に善良な亡者を溶かした物だ。やっぱりさ、罪人は心の何処かで自分の悪を認めているから、真っ白な善人の方が苦しめた時に良質な陰の気が出るんだ。……って、聞こえていないか」

 

 恋花の言葉は本当に龍洞に届いていない。彼の視界に広がるのは地獄絵図、煮え滾る赤銅に放り込まれた亡者や、千の首を持つ龍や凶暴な獣に食われ、直ぐに再生しては再び食われる者達の姿。遠くでは燃え盛る木に締め付けられている亡者の姿、別の方向では気の遠くなる年月、それこそ弥生時代から炎の中を落ち続ける亡者の姿。

 

 責め苦を与える獄卒の笑い声や亡者の悲鳴、肉が裂け骨が砕かれる音、肉が焼ける匂いや強烈な腐臭。その全てを龍洞は感じ、その全ての責め苦を体験していた。

 

 

「……さて、後は三日後に生きてるか見に来るだけだし、私達は服でも見に出掛けようか、清姫ちゃ…‥」

 

「えい!」

 

「いやいやっ!? 何やっているのっ!?」

 

 自分の役目は終えたとばかりに部屋から出ようとする恋花だが、説明を聞くと同時にベッドに飛び込む清姫の姿に思わず声を上げてしまう。

 

 

 

 

「あら、おかしな事を言いますのね。夫婦なら楽しい事も辛い事も共有するべきではありませんか」

 

 飛び乗る際に清姫の白い肌は爛れ、見るも無惨な事になっている。悲鳴を上げずには居られない苦痛が襲っているにも関わらず清姫は笑みを浮かべながら当然の様に答え、其の儘龍洞に続いて地獄を体験し始めた。

 

 

 

 

「……うへぇ。まさか此処までとは思わなかったよ。じゃあ、私だけで服屋に行こうっと」

 

 恋花は先程まで読んでいたチラシで紙飛行機を作り閉まった窓に飛ばす。室内から吹いた突風が窓を開け、紙飛行機は空の彼方へと飛んでいった。

 

 

 

 

 

「……所でどんな本を買ってきたんだろう? えっと、『ベッド上でのテクニック百選』?。……まさか此処までとは思わなかったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恋花がそっと本を元の袋に戻して服屋に入った頃、先程飛ばした紙飛行機は公園の子供達の目の前に落ちる。

 

「紙飛行機? あれ、何か書いてる……」

 

 興味を抱いた子供が紙飛行機を開き、チラシを見る。子供達には良く分からない小難しい内容だったが、要約するとこうなる。

 

 

 テロは全て魔王派が中心に起こした自作自演である、と……。 戦争続行を推し進めようとした前魔王の血族と其れに組みした貴族達を力を合わせて倒した現政権であるが、一枚岩と言う訳ではない。あくまで魔王は代表であると唱えるバアル大王家を中心とした貴族派と、サーゼクス達現魔王を中心とした魔王派。更には其処から細かい派閥に別れ、日々政争に明け暮れている。

 

 

「では、我々は決してテロリストに屈しないという事で、サーゼクス様のご英断に感謝致します。これからほかの神話と同盟を結ぶ為にも信用は大事ですからね」

 

 貴族派と魔王派が揃って行っている会議で司会を進めている男も貴族派に属し、サーゼクスとは何かと意見が衝突する政敵の一人。この日はテロリストへの対応についての話し合いが行われ、サーゼクスは苦渋の決断を求められていた。

 

「……ああ、分かっている。僕はミリキャスを人質にした交渉には絶対に応じない」

 

 机の下で拳を握り締め、爪が食い込んだ部分からは血が滲む。其れでも必死に感情を押し殺し、此方に挑発するような笑みを向けてくる慇懃無礼な男に付け入る隙を与えまいとしていた。

 

「しかし、これから大変ですね。魔王様方に対する()()()()()が民衆に広がっていますし、各地で既に被害が出ています。暴動を避ける為にも慎重に対応せねば」

 

 態とらしい演技の男の手には先日何者かによってばら撒かれたチラシがある。テロリストとサーゼクス達がグルで、思うような政策を推し進める為の自作自演だ、などと書かれており、コカビエルの一件すら連絡がギリギリまでされていなかった事が暴露され、そもそもこれ自体が和平を結ぶ口実作りの八百長であるとすら書かれていた。

 

(……糞っ! 何をいけしゃあしゃあと……)

 

 其のチラシをばらまいた犯人が目の前の男だろうと予想しているサーゼクスであるが、証拠もないので口には出せない。ただ怒りを抑え込む事しか出来なかった。ミリキャスの一件も他家から被害者が出ている事や、魔王の息子がテロリストに攫われたままなのは悪魔全体の信用に関わると主張、何時根回ししたのか魔王派のサーゼクス派以外の者の一部まで抱き込んでミリキャスに関する交渉に応じないと公言する事を決定されてしまった。

 

 

「ではサーゼクス様。既にマスコミを待たせておりますので」

 

 サーゼクスは目の前の男を殴り飛ばしたい衝動を抑えながらマスコミが居る部屋へと向かう。彼は今日ほど魔王という自分の地位を捨て去りたくなった事はなかった……。

 

 

 

 

 

「しかし上手く行きましたな。現レヴィアタンの番組が引き起こした事といい、テロによって民衆の不満は高まって居る。だからあんなチラシで……」

 

「これはおかしな事を。私達はあのチラシに関与していない……其のはずですが?」

 

「おっと、これは申し訳ない。そうでしたな。しかし、民衆とは恐ろしい。今まで英雄のように扱っていた現魔王に対し、あそこまで不満を爆発させるとは」

 

「英雄だからこそ、ですよ。憧れるという事は、相手に理想を押し付けると言う事。そして理想と違うと分かった時、理不尽な怒りをぶつける物ですよ。さて、次の準備をせねば。不甲斐ない現魔王を出し抜き民衆の賞賛を浴びた後は……彼らの支持を受けて新しい魔王を決める選挙に出馬する必要がありますからね」

 

 貴族派も魔王派同様に更に幾つかの派閥に分かれているが、柱となっていた初代バアルの死亡で権威が揺らいだ事により、皮肉にも団結し始めていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 バキバキと骨が砕ける音が響く。一寸先も見えない暗闇の中、清姫は乾いた骨が散乱する道を歩き続けていた。人間ならば鋭く尖った先端が足に突き刺さるのだが、既に邪龍と化した彼女の皮膚を人骨如きが貫けるはずがなく、只々踏み砕かれるだけ。そんな道を清姫は歩き続ける。何日何十日何百日歩いたか覚えておらず、若しかしたら一日も歩いていないかもしれない。

 

「……歩き続けるのは別に構いませんが、時間の感覚がないのは堪えますね」

 

 誰の話しかけるでもなく独り言を呟く。そうでもしなければ退屈で仕方ないのだ。

 

「ああ、早く旦那様にお会いしたい……」

 

 終がないかに思えた死の繰り返しを味わった清姫にとって、修行という必ず終わりがあると分かっている事に然程苦痛を感じる筈がなく、必ず訪れる龍洞との再会の時を楽しみにして歩き続けた。

 

 

 

「よくぞ地獄の道を歩ききった」

 

 其れから数百数千数万日の道のりを歩き続けた清姫の前に大鬼が現れた。背後には常に悲鳴が響き続ける濁った泥のような物が入っている大釜と其の上に配置された大天秤。天秤の左右には其々一人ずつ男が乗せられていた。

 

「二人が誰か分かるな? 安珍と龍洞だ。では、助けたい方を選べ。選ばれなかった方は未来永劫の苦しみを……」

 

 

 

 

 

 

「旦那様をお助けします。(わたくし)に決して嘘をつかず、絶対に裏切らない旦那様以外の殿方には興味ありません」

 

 

 

 そうハッキリ言い切った清姫の視界が光で溢れ、光が収まると其処はホテルのベッドの上。隣には同じようにに目を覚ましたばかりの龍洞の姿があった。

 

「お早う御座います、旦那様」

 

「ええ、お早う御座います、清姫」

 

 家族か清姫かの選択を迫られ、彼女と同様に迷いなく家族を見捨てた龍洞は清姫と挨拶を交わし、其の儘口付けを交わした。

 

 

 

 

 

「やっほー! 三日ぶりの食べ物を持って来たよってっ!? 私、お邪魔虫?」

 

 ドアが強く開いて恋花が入ってきたのはそんな時、二人の口付けが激しくなって本番へ移る数秒前といった所。思わず手に提げた食料が詰まった袋を落としそうになった。

 

 

「あっ、別に初体験は大婆様の監修の下で行いましたし、身内の貴女なら別に気になりませんよ?」

 

「気にしてっ! って言うか、私が気にするからっ!? ……総大将に一言言っておかないとなぁ」

 

 だが、聞くような相手ではないと分かっているので結局言わないでいる恋花であった。

 

 

 

 

 

 

 数時間後、存分に腹を満たした龍洞が連れてこられたのは深い山の中の開けた場所。何をするかも聞かされず連れて来られた彼の目の前には恋花()が笑みを浮かべながら立っている。

 

 

 

 

「ではでは、修行は次の段階だ。この山は私が弱味を握っている貴族の領地だから安心して暴れてよ……ドライグ。じゃあ、開始っ!」

 

『ククク、流石に此奴が死なない程度には手加減するがな』

 

 言葉と共にドライグの尾が撓り、岩石を巻き込みながら龍洞の体を薙ぎ払う。

 

「ちょっ!?」

 

 咄嗟に後方に跳び、間に刀を挟んで直撃を避けるが勢いを殺しきれず、龍洞の体は弾き飛ばされ1km程離れた山の頂上に激突。衝撃で山頂が音を立てて崩れた。

 

 

「頑張ってね、龍洞君。夏休み中ずっとこんな感じの予定だからさ」

 

 それは先程まで居た地獄すら生温く感じる宣言なのかもしれない……。

 

 

 

 

 

 

「すみません。少し宜しいでしょうか!」

 

 そんな頃、龍洞の家を和服を着た青年が訪ねて来ていた。彼がインターホンを鳴らすと数秒遅れてギャスパーの声が聞こえてくる。

 

『ど…何方ですか?』

 

「行き成りお邪魔して申し訳ございません。沖田総司という者ですが……」

 

『……沖田掃除? ハ…ハウスクリーニングでしたら間に合ってますぅぅぅ』

 

 インターホンの電源が切れる音がして、其れから沖田が何度押してもならなかった。 幼なじみを示す言葉に竹馬の友という物がある。幼い頃に一緒に竹馬に乗って遊んだ相手という事から来た言葉で、家族にさえ言えぬ悩みを打ち明けられる友が居る者は幸せだろう。

 

「……私は最低だな。妻との約束を守る為、妻との思い出を踏み躙るとは」

 

「いえ、旦那様は何一つ間違っておりません」

 

 龍洞達が修行の場に使う山を領地とする貴族にとって、竹馬の友は亡き妻と執事だった。貴族としての嗜みとして乗馬などの遊びを教わったが、口煩い親類の目を盗んでは許嫁だった妻と同年代の使用人だった執事と山を走り回ったものだ。服が汚れていたら叱られるからと用意しておいた安物の服を着て山道を散策し、川遊びをしたり果物を食べたりと、今でも彼は鮮明に其の光景を思い出せる。

 

「出来ればあの山が見える所にお墓を作って欲しいけど……無理よね」

 

 重い病に掛かり床に伏した妻が冗談交じりに呟いた願い。彼は其れを聞き届ける事が出来ず、山から遠く離れた一族伝統の墓に埋葬するしか無かった事を今でも悔いている。

 

 せめて思い出を汚されぬようにと強引なやり方で山への立ち入りを禁じ、こうして遠くから眺める事で幼い頃の妻の笑顔を思い出していた。

 

 だが、今その山に修行に入っている者達が居る。其れを許すしかなかったのは妻との約束だった。まだ幼い我が子二人を置いて逝く事を嘆く妻の最後の願い。

 

「あの子達の事、お願いね」

 

 どんなに苦しくても笑みを絶やさなかった妻が見せた悲しみの表情。最期の思いを託された彼は、その約束の為に数々の不正に身を染めた。少しでも領地を発展させ、子供達が不自由しないようにと。その為に上層部に賄賂を贈り、時に不始末を起こした我が子、特に凶児と呼ばれる次男を庇う為に事件其の物を揉み消し、高潔な精神を捻じ曲げてでも妻との約束を守ろうとして来たのだ。

 

 

 

 

「キヒッ! コレが露見したら貴方も息子も終わりだよね? この場所、修行に貸して欲しいなぁ」

 

 其の場所への思いを知ってか知らずかは彼には分からないが、彼の不正を知った少女――少なくとも見た目は――は、彼の山に対する思いを知りながら敢えて其の場所を選んだ。妻との約束を守る為の不正の代償は、妻との思い出に泥を塗りつける事だったのだ。

 

 

「ああ、願わくば何一つ変わらぬままの姿であってくれ」

 

「……旦那様、そろそろ。これ以上はお体に障りますゆえ」

 

 彼の体は健常とは程遠い。不正に手を染める事への罪悪感から逃げる為の酒と、どれだけ庇っても庇いきれない次男の愚行に対する心労によって体を壊して居た。きっと彼は長くないだろう。其れは別に構わない。今までの因果応報だと。只、家督を譲るために必死に教育してきた長男を不慮の事故で失い、家を背負う事がどのような事なのか理解していない次男の事だけが気掛かりであった。

 

「・・・・・・・そうだな。では、後少しだけ」

 

 最近の情勢や自らの体から、思い出の山を見る機会はこれが最後かもしれないと、哀愁の想いから目を細めて幼き日の光景に思いを馳せる。背後で彼の身を案じ、己が全てを捧げ家を守り抜こうと誓う彼もまた・・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 其の二人の目の前で地響きと共に山が、彼らの思い出の場所が崩れ去った。地面は捲れ、木々は尽く薙ぎ倒される。山頂にある飛べるにも関わらず必死に登った巨木も木っ端のように宙を舞い、粉々に砕けた其の破片が二人の足元まで届く。二人は何が起きのか理解出来ず、心が理解を拒否していた。

 

「うっ!」

 

「旦那様っ!?」

 

 数秒後、何が起きたか理解した彼は胸を押さえて倒れ込む。慌てて駆け寄る執事の声が遠くに感じ、目の前が真っ暗になった・・・・・・・。

 

 

 

 

『・・・・・・・死ぬなよ?』

 

 彼の命を大きく縮めた出来事、其の原因はドライグが放ったたった一撃の攻撃であった。真上からの尻尾の振り下ろし。最も勢いの乗った先端部分が龍洞へと振り下ろされ、既に足の骨に無数の罅が入り避ける余力のない彼は龍刀・帝を盾にする様にして正面から受ける。ドライグは言葉の通り死んでもおかしくない一撃を放っており、全力ではないが其の一は赤龍帝の本気が込められている。

 

 故に其の結果は必然であった。接触すると同時に地響きが起き、波紋が広がるかのように周囲が崩壊していく。土砂が舞い上がり、木々が巻き込まれていく。山の生き者達は訓練が始まると同時に逃げ出し、其れでも多くの命が一瞬で失われた。正に災害。龍という存在がどれほどに規格外なのか、どれだけ他の存在を超越しているのかをまざまざと見せつける結果となった。

 

「まぁ、こうなるよね」

 

 恋花は隣の隣の山、崩壊がギリギリ届いていない木の上で木の実を食べながら呟く。人の目では見ることが不可能な距離も妖怪である彼女の目には当然のようにハッキリと見えており、其の光景を必然とばかりに眺めて居た。其の視線の先、其処に未だ命の灯火を絶やさぬ龍洞の姿。右手は肘から先が吹き飛んでいるが、脇と左手で尻尾の先端を掴み、絶対に放すまいと歯を食い込ませる。

 

 其の体が動き、ドライグの山の如き巨大がグラリと動いた。

 

 

「うぉおおおおおおおっ!」

 

 最早意識を手放す寸前の状態で喉から血を吐き出しながらの絶叫。火事場の馬鹿力としか言いようの無い怪力を使い、其れでも微動だにする筈がないドライグを振り回した。

 

『ハハハハ! やるな! 中々だ!』

 

 無論、脱出は容易。ドライグなら造作もないが、誇り高き龍が子分との鍛錬で攻撃を避ける情けない真似をする筈がない。振り回される巨体が風を起こし竜巻の如く荒れ狂っても彼は嬉しそうだ。いや、実際に嬉しいのだろう。自分を信頼して慕い、自らも親しみを向ける男の成長が嬉しくてしょうがないのだ。

 

 

 龍洞の手がドライグの尻尾を解放し、勢い付いた体は岩山へと向かう。だが、ドライグはアッサリと空中で反転し、来ると分かっている、本来来るはずのない追撃に身構えた。

 

 ドンっという音と共に地面が爆ぜ、龍洞の体はドライグへと迫る。足の骨は衝撃で完全に砕け、筋肉に突き刺さり皮膚を突き破って外に飛び出す。其の状態で、誰が見ても瀕死の状態で彼は残った左手で刀を握り締め大上段に構える。そして斬った。

 

 

 

『・・・・・・・見事だ。よく成長した』

 

 其の一刀はドライグの右手首から血が吹き出す。世界最強クラスの龍の頑強な鱗と強靭な筋肉を切り裂き骨にまで届いている。其れを受けたドライグも、完全に気を失って彼に受け止められた龍洞も、二人して満足そうな顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『おい! 早く治してやれ。十日ぶりの飯を食ったら直ぐに続きだ!!』

 

 満足したのは、あくまで今の段階の成果。修行は未だ終わりが見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ。中々良い女じゃねぇか。俺の女にしてやるとするか」

 

 その頃、父親の状態など知る由もない男が清姫に下非た視線を送っていた。其れが己の破滅への片道切符だと知らずに・・・・・・・。


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