発掘倉庫   作:ケツアゴ

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狂人達の恋の唄 ③

 龍洞が仕事に出掛けた後、清姫は明日の朝食とお弁当の支度を始め、この時間には何時も眠っている琴湖は珍しく門の外に出ていた。体で門を押し開け、少し進んだ所に立っている白髪の少年剣士、計六本の剣を持つ彼を見る瞳には剣呑な物が宿っているが、気付いている筈の彼は余裕綽々といった表情だ。

 

「怖い怖い。凶暴なワンちゃんだ。躾が必要かな?」

 

 肩を竦める余裕の態度からは圧倒的な自信と相手への卑下が読み取れ、彼自身から感じる強者のオーラからも強ち慢心とは言えないだろう。

 

「僕の名はジークフリート。かの英雄シグルドの末裔さ。今日は君のご主人様に用が・・・・・・・」

 

『シグルド? ああ、聞いた事があるな』

 

 得意げに話していた所を遮られた事で一瞬不快そうな顔になったジークフリートだが、知っているという言葉に直ぐに得意そうな顔に戻る。この後聞こえて来るであろう自慢の先祖への賞賛を心待ちにし、犬でも知っている自分の先祖はやはり素晴らしいと心が躍る。

 

『番いになる事を賭け勝負の不正に手を貸し、その事が妻の口からバレて殺された恥知らずの間抜けだろう。その様なクズの末裔が我輩を見下すな、虫酸が走る。今直ぐ自害せぬか、下郎』

 

 

「なっ……」

 

 だが、聞こえてきたのは賛美ではなく侮蔑の言葉。先祖を誇りに思い、英雄の名を名乗る彼にとって其の言葉は許せる筈がなく、ましてや相手は犬の化物、自分達に討ち滅ぼされる為に存在すると見下している相手だ。

 

「死ね!!」

 

 其の太刀筋は怒りに身を任せた衝動的な物ながら、長年の死に物狂いの特訓によって身に付けた見事な剣筋であり、流れる血と特訓によって裏付けられた自信は目の前の犬を一刀両断するには十分……少なくても本人はそう思っていた。

 

 皮膚を切り裂き肉を抉り骨を断ち切る感触は感じない。其の事自体には驚かない。彼の持つ剣は殆どが魔剣と呼ばれる物の中でも名品揃いであり、何かを切り裂く感触など久しく味わっていない程に刃が鋭いからだ。

 

 だから驚いたのは別の事。振り下ろした刃は地面のみを切り裂いて直線上にあった木々が余波で吹き飛ぶ。その光景を見ているジークフリートの視界に今まで見た事のない、見るはずのない物が映っていた。

 

 

 

『塵芥が。貴様程度が我輩の牙に掛かる事を誇りに思え』

 

 ジークフリートは首を食い千切られ胴体と分離した頭で自らの背中を見ながら其の言葉を聞き、意識を手放す。琴湖は首を地面に転がすと前足を振り下ろして踏み砕いた。脳漿や血液がぶちまけられ目玉が転がって行く中、琴湖は興味を失ったかの様に大アクビをしながら屋敷へと戻り、翌日見付かれば大騒ぎになるはずの亡骸には無数の虫が群がり、瞬く間に血の一滴も残らず食い尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく。我が儘姫にも苦労させられますな。元はと言えば自分のミスでしょうに。縄張りで堕天使に好きにさせて、挙句の果てに契約相手を殺されて眷属が襲われたのだから、お父上達が心配して結婚が早まるのは当然でしょうに」

 

「よりにもよって、助っ人に仙酔一族を選ぶとは……」

 

 リアス・グレモリー対ライザー・フェニックスのレーティングゲーム当日、両家に関係する貴族が招かれているだけあって観覧室の造りは豪華であり、一般庶民では一生口に出来ないであろう高価な食材を一流のシェフが使って作った料理や様々な種類の酒が用意され、給仕の者達が優雅さを保ちながら動き回っている

 

 そんな中、魔王でありリアスの兄であるサーゼクスの耳にフェニックス家と親交のある貴族達の会話が入って来た。聞こえないと思っているのか、其れ共ワザと聞こえる様に話しているのか、其のどちらかは分からないが、リアスを批判しているのは確かだ。

 

(……仙酔一族か。リアスには裏の汚い話をあまり聞かせていないのがアダとなったな)

 

 其の一族の名前は悪魔などを始めとした裏の世界でも有名だ。金次第で傭兵や護衛、ターゲットの討伐等を引き受ける一族で、詳細が不明な事や敵に対して余りにも容赦がない事で多くの勢力に雇われながらも警戒されている。特に五大宗家の真羅と確執があるらしく、何度も抗争が繰り広げられているらしい。

 

 その他にも黒い噂が絶えず、強い者を自陣に引き入れたがる貴族達でさえ深く関わる事を忌避しているのだ。其れはある日を境に全く動きがなくなっても、数年前から復活するも彼以外の一族の影すら見えなくても変らない。

 

 

「……サーゼクス様。仙酔様のご関係者がいらっしゃいました」

 

 サーゼクスの眷属であり妻であるグレイフィアの言葉が聞こえたのか周囲の貴族達がざわめき、其の視線が入り口に立つ小柄な人影に集まる。突如、小さな悲鳴が聞こえ、其の人影が竦み上がった。

 

「ひっ!? な…なんですかぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

 

 

 

 ゲーム開始前、オカルト研究部の部室に集まったリアスは目の前の光景に絶句していた。羽織袴に二本差しという侍の様な恰好で、十中八九愛妻弁当だと思われるハート尽くしの弁当、それも三段重ねの大きい重箱を平らげていく龍洞。入っているのは日本ではあまり見ないルーマニア料理だ。

 

「貴方、そんなに食べて動けるの?」

 

「これで腹八分目ですから。軽い夜食ですよ、夜食。愛しい妻が作って下さったのですよ」

 

 その量は大食いの小猫でさえ軽いと言える量ではなく、其の小猫は何故か彼から距離を取っている。訳を聞いても誤魔化され、リアスの中でモヤモヤとした感情が溜まる一方。その空気に気付いたのか、祐斗が急に話題を変えにかかった。

 

「そ…そう言えば君って妻って言ってるけれど、まだ高校生だよね?」

 

「彼女は人間ではなく邪龍擬きですから法的に籍は入れられませんが、婚礼は上げてます。だから私達は夫婦ですよ」

 

「そ…そうなんだ」

 

「ええ、実に素晴らしい女性でして……」

 

 顔がパァッっと明るくなり、嬉しそうに結婚相手の事を話し出す龍洞。恋バナ好きの年頃であるリアス達も彼のノロケは重いのかゲンナリしており、早くゲームの時間が来てくれと心の底から願う。たった数分が数十分に感じる苦痛な時間が過ぎて行き、漸く其の時間がやって来た。

 

 

 

『時間が来ました。ゲームフィールドに転移致しますので魔法陣にお乗り下さい』

 

「おや、まだ語り足りませんが……早く終わらせて帰りたいので良しとしましょう」

 

 今回の審判であるグレイフィアのアナウンスが響き、リアス達はゲッソリした表情で魔法陣の上に乗る。戦いの前から精神的に疲弊してしまった一行であるが、其の原因である龍洞に気にした様子はなく、転移した一行は部室内と同じ作りの部屋に転移した。

 

 今回のフィールドはリアス達が通う駒王学園を模したもので、リアス達の本拠地は部室でライザー達は新校舎の生徒会室だ。

 

「では、私も準備して来ます」

 

 祐斗達が罠を貼りに行く中、龍洞も一人別行動に出る。向かったのは外にある排水溝の近く。懐から取り出した瓶の中に入った黒く濁った水、悪泥水を排水口に流し込み、最後にブツブツと何やら呪文を唱えると流れながら姿を変えて行った。

 

「細工は隆々、後は仕掛けを御覧じろ、ですね」

 

 場所を変えて繰り返す事数度、そろそろ準備時間も終わりゲームが始まる頃だと旧校舎に戻る龍洞。彼が戻って直ぐに祐斗達も戻り、開始を告げるアナウンスが流れた。

 

 

「さあ! 行くわよ、私の眷属達! ……と仙酔君! 私達の力、見せてあげましょう!!」

 

「別にこんな空気で『私は眷属ではありませんよ』、などと言いませんよ? 眷属には絶対になりませんけど」

 

 

 

 

 

 

 旧校舎を出た龍洞は途中で小猫と祐斗のコンビと別れ(この時、小猫はホッとしていた)、一人で新校舎を目指す。その道中、エンジンの様な駆動音が聞こえて来た。

 

「居た居た! 人間がたった一人だよ!」

 

「バラバラです〜」

 

「油断は駄目です」

 

 立ち塞がったのは三人の少女。何故か体操服にブルマのチェーンソー姉妹のイルとネル、そして眷属では一番無熟のミラ、資料によると三人とも兵士(ポーン)を一個消費している。リアスも誰が何の駒、程度の資料は集めていたが、龍洞はゲームの映像から戦い方を把握していた。

 

 弱さからか慎重さを身に付けているミラが様子見をしようとする中、その様な事知った事かとばかりに姉妹が迫る。駆動するチェーンソーの刃を地面に引き摺りながら左右から迫る二人に対し、龍洞は刀を真上に構えて地面を蹴った。

 

 其の動きは三人には瞬間移動にでも見えただろう。まるで最初から其処に居たかの様にイルの前に現れた龍洞は刀を振り下ろし、彼が現れた時に偶然振り上げる様にしていた為にチェーンソーで防げる格好になっていた彼女は衝撃に身構える。だが、確かに振り下ろしたにも関わらず手には全く衝撃が襲って来ず、一瞬放心していたネルとミラは背後から襲い掛かる。

 

「……え?」

 

 横薙ぎに振るわれる棍が空気を切る音と、飛び上がって頭から振り下ろそうとしたチェーンソーの駆動音に混じって金属が石にぶつかる音が聞こえイルは足元を見る。自分の手の中のチェーンソーは刃が半ばから綺麗に切断されて地面に落ちており、肩口から脇腹に掛けて赤い線が入る。切られた、と、そう気付いた彼女の体から鮮血が吹き出した。

 

 本来なら正面に居て真っ先に血を浴びる筈の龍洞は身を翻して血を躱し、噴水の様に吹き出した血は味方である二人の視界を邪魔する。棍の動きが一瞬乱れ、其の儘掴まれて引っ張られた事で手放すのが遅れたミラは前に蹈鞴を踏み、後頭部を掴まれる。

 

 一方のネルは視界を塞がれながらも落下の勢いを込めながらチェーンソーを振り下ろし、手に肉を断ち切る感触が伝わって来た。ただし、其の肉は龍洞によってチェーンソーに叩き付けられたミラの肉であるが。

 

「うわぁぁぁぁぁあああっ!?」

 

 目の前で自分の武器が仲間の肉を切り裂いて骨まで達する。流石は丈夫な悪魔の頭蓋骨といった所か刃は途中で止まり、龍洞は其の儘ミラの頭から手を離すと腰を捻り、背中目掛けて拳を振り抜いた。正面に居たネルを巻き込んで背後の壁に激突し、衝撃で抜けて再び動き出したチェーンソーの刃は跳ね返ってネルに襲い掛かる。咄嗟に顔を動かして顔面に直撃するのは免れたが肩を深く切り裂かれてしまう。

 

 そして、その腹をミラの腹から生えた刀が貫いた。昆虫標本の様に縫い付けられた二人に対し、刀を投げた龍洞はユックリと近付いて行き、刃が横を向いていた刀を容赦なく振るう。腹の半分を切り裂かれた二人は血を噴き出しながら消えていった。

 

『ライザー・フェニックス様の兵士(ポーン)三名リタイア』

 

「さて、次行きましょう」

 

 刀を振るって付着した血を払った龍洞は三人を倒した事に何かしらの感慨も感じた様子もなく、ふと立ち止まって遠目に見える体育館を見る。次の瞬間、落雷によって体育館は崩壊した。

 

『ライザー・フェニックス様の戦車(ルーク)一名 兵士(ポーン)三名リタイア』

 

「計八個分……少し惜しいですね」

 

 駒一個分ごとに報酬を約束されている身からすれば何かしら思う事があるらしく立ち止ったまま呟くも直ぐに歩を進める。体育館の上空では雷鳴と爆発音が響くも気にせず、其の儘一足先に新校舎に辿り付いた。

 

 

 

 

 

 

 

「貴様が助っ人か! たった一人で来るとは良い度胸だな、人間っ! 見た所貴様も剣士。ならばこのカーラマインと一騎打ちだ!」

 

 現れたのは騎士(ナイト)の剣士。ゲームでは戦略よりも決闘を好む気性の荒い性格と評価されていた。

 

「いえ、手っ取り早いので其処にいらっしゃる方もどうぞ」

 

「……気付いてたか」

 

 出て来たのは仮面の戦車(ルーク)、名をイザベラ。格闘戦を得意とする事がゲームの映像から見て取れた。

 

「二人同時だが……良いのかい?」

 

「いえ、違います。離れた場所から見ていらっしゃる他の方々もどうぞ。一度に叩き潰した方が早いですし、お願いします」

 

「「……あっ?」」

 

 其の言葉は明らかな挑発であるにも関わらず、二人の耳にはさも当然の様に言われている様に聞こえ、事実そうだった。目の前の男は本気で言っている、それを悟った二人の頭に血が上った時、クスクスという笑い声が聞こえて来た。

 

 

「あらあら、良いじゃありませんの。ご本人が良いと言っているのですから、貴女方全員で潰しておあげなさい。初めまして、人間さん……えっと」

 

「これは初めまして、レイヴェル・フェニックス様。私は仙酔龍洞と申します。請負人をやっておりますので、今後何か有りましたらご依頼下さい」

 

 名を当てられた事に驚くレイヴェルだが、戦う気がないから活躍していないとは言え公式のゲームには出ているし、貴族の令嬢だから社交界にも出ている。これは彼女が特殊なのではなく、貴族の子供達なら当たり前の事だ。貴族の学校は物を教わるだけでなく、将来の為の関係作りの場でもあるのだから。故に婚約者の妹の顔をリアスが知らないはずがなし、味方にも教えているだろうと、そう判断した彼女は数歩後ろに下がると其の場に座り込んだ。

 

「せめての慈悲で訊いて差し上げますわ。本当に一人で私達をお相手する気でして?」

 

 レイヴェルの自身にも無理はない。此処に居るのは既に公式のゲームで経験を積んだ眷属で、騎士と(ナイト)僧侶(ビショップ)が一人ずつ、兵士(ポーン)と戦車《ルーク》が二人ずつ。数の利というものは確かであり、連携が取れない烏合の衆でもない。故に勝利を確信しても相手を舐めている事にはならない。

 

「退屈ですし、色々とお仕事をしているのなら戦わないでお話を聞かせて頂けません?」

 

「これもお仕事ですし、今回は舎弟が見に来てるのですよ。……それに、勝負はもう付いています」

 

ニコニコと笑いながら両腕を高く掲げ、地面に掌を勢いよく叩き付ける。ゲームフィールドでは特殊な設定でもない限りおきる筈のない地震。其の一撃が引き金となったかのように其の地震が発生し、少し離れた場所に居たレイヴェル以外の足元が罅割れて黒く濁った泥水が湧き出る。クモの巣状に広がった罅から湧き出る水の勢いは瞬く間に増し、一行が動く前に巨大な水の竜巻と化した。

 

「こんな物っ!」

 

 イザベラは力尽くで抜け出そうと濁流の中を泳ぎ手を伸ばす。水を突き破すはずの指先は硬い物に触れたかの様に弾かれ、更に勢いを増した水流に飲み込まれて行った。続いて異変が起きる。中に居る全員の肌が酷く爛れ、水中に居るにも関わらず燃え盛り始めたのだ。

 

鬼術(きじゅつ)悪泥水苦重楼(おでいすいくじゅうろう)!」

 

 水の正体は”悪泥水”。大叫喚地獄の吼々処、揉め事を引き起こし恩を仇で返した者が落とされる地獄で亡者の呵責に使われる毒で、塗られたところが燃え上がり、更に其の炎の中に居る黒虫に体を貪り食われる、という物だ。

 

 パンッと柏手を一度打つ音が響き、竜巻は巨大な九階建ての楼閣へと変貌する。中に居る者達は縛り付けられたかの様に微動だにせず、やがて溺れて気を失ったのかリタイアの光に包まれて消えていった。

 

 

『ライザー・フェニックス様の兵士(ポーン)二名 騎士(ナイト)二名 戦車(ルーク)一名 僧侶(びビショップ)一名 リタイア』

 

 もう一度柏手の音が響くと水の楼閣は消え去る。目の前で行われた陰惨な光景にお嬢様育ちのレイヴェルは顔を青ざめ、このゲームを観覧している貴族達の顔色も良くない。

 

 そんな中、龍洞は新校舎の屋上を見上げていた。

 

「……何やってるんですが、今回の依頼主さんは」

 

 屋上から感じるのはライザーとリアスの気配であり、どうやら一騎打ちを行っている様子。確かに王同士の一騎打ちは盛り上がるのだが、今回は事情が違う。

 

「これは魅せる為の戦いじゃなくて、勝つ為の戦いでしょうに。……お二人共、直ぐに向かって下さい」

 

「「は…はい!」」

 

 何時の間にか辿り付き、レイヴェル同様に目の前で起きた光景に固まっていた小猫と祐斗の二人に向かうように指示すると、自分はレイヴェルの方に近付いていった。

 

「こ・・・来ないで下さいまし!」

 

 今まで戦闘に参加して来なかった生粋の貴族令嬢であるレイヴェルは恐怖から全力で炎を放つ。風と炎を司るフェニックスの炎は龍の鱗すら焦がすと言われ、並みの悪魔では骨すら焼き尽くされる。人間なら尚更だ。視界が紅蓮に染まる中、息を切らしながら炎を連射するレイヴェルは軽いパニックに陥り気付かない。

 

 何時まで立っても彼がリタイアした事を告げるアナウンスが流れない事に。

 

「ひっ!?」

 

 恐怖は更に増大する。紅蓮に燃えさかる炎の中、全く構うことなく近付いて来る人影が見えたのだ。無論正体は龍洞で、肌どころか服にすら焦げ跡一つ無い。

 

「随分と温い炎だ。私が毎日のように炙られた業炎はこの程度では有りませんでしたよ」

 

 焼き殺されかけたにも関わらず表情からは怒りの欠片すら感じられず、むしろ穏やかで逆に恐怖心を煽る。恐怖で足が竦んだレイヴェルの細い首にそっと手が伸ばされ、万力のような力で絞め始められた。

 

「あぐっ・・・」

 

 宙吊りにされて足がブラブラと揺れる。気道と動脈を完全に塞がれたレイヴェルを今まで味わったことのない苦しみが襲い、必死にもがくが手の力は緩まない。爪を立てて引っかき、必死に蹴りや殴打を放つも効果はない。口の端から泡が漏れ出し、顔面は蒼白だ。徐々に抵抗する力が弱まっていき、白目をむくと同時に手足がダラリと下がる。

 

 フェニックスは確かに不死に相応しい再生能力を持つが、あくまでも欠損した部分を再生出来るだけ。外から取り入れる酸素まで作り出せる訳ではない。体を傷つけて殺せないのなら、別の殺し方をすればいい、それだけだった。精神が擦り切れるまで攻撃を続ける必要も、魔王クラスの一撃で吹き飛ばす必要もない。少なくても自動で退場させる機能があるゲームなら方法は幾らでもあるのだ。

 

 ただし、ショーという側面が強い以上は思い付いても評価を気にして誰もしないだろうが。

 

 

 

『ライザー・フェニックス様の僧侶(ビショップ)一名リタイア』

 

 グレイフィアの声は淡々としているが、既に会場の貴族達は顔色を悪くした者が出始め、若い貴族令嬢などの中には気絶した者すら出始めている。

 

 そんな中、其の光景をキラキラとした瞳で見ている者が一人だけ。

 

「うわぁ! 若様、流石ですぅ!」

 

 

 

 

 

「さてと……」

 

 目の前で消え始めたレイヴェルの首を絞める力を弱め屋上へ向かおうとした其の時、再びアナウンスが響き渡る。

 

 

『リアス・グレモリー様の女王(クイーン)一名リタイア』

 

 リアス眷属の中で最強である朱乃のリタイアは屋上で戦っているリアス達に激震を走らせる。されど龍洞は予想が付いていたような顔だ。

 

「まぁ、あの人って防壁張れない上に紙装甲ですし、良いの喰らえば負けるでしょう」

 

 既に消え去る寸前のレイヴェルをゴミを投げ捨てるかのように背後に放り投げる。一秒も経たない内に爆音が響き渡り、ライザーの女王(クイーン)であるユーベルーナが驚愕で固まっていた。自分に気付いていない様子の敵に不意打ちのを仕掛けた瞬間、放った爆発の魔力の前に主の妹が投げ出されたのだ。

 

 今度こそ完全に消え去るレイヴェルの体は爆発でボロボロになっており明らかな重症。其の原因となった二人には傷一つない。

 

「使える物はゴミでも使え。師となった方々から教わった事です」

 

 真顔で平然と告げられた言葉にユーベルーナは言葉を失う。次に怒りが感情を支配し、彼が居る校庭を埋め尽くす程の巨大な魔力を全力で放った。

 

「はぁ…はぁ…。これで……」

 

 後先考えずの一撃だが、ライザーなら残りを一人で倒せると信頼しているからこその全身全霊の一撃。其れは既に上級悪魔の域に達しており、彼女へのライザーの信頼に応えた物だ。

 

 校庭を埋め尽くす爆炎に校舎が震え窓ガラスが割れる。これで殺せなくても重傷を負わせていれば敵は取れた、ユーベルーナの顔に疲労と安堵が浮かび、それは紛れもなく油断だった。

 

 多くのゲームを経験した彼女なら分かっているはずだった。リタイアの光に包まれても最後の足掻きに攻撃する者は居る。完全に消え去るのを確認するまで気を緩めるべきではないと。

 

「さて、早くライザー様の所に……」

 

 予想外の苦戦と陰惨な光景で油断しきった彼女は校庭から視線を外して屋上へと向かう。故に気付けなかった。まるで土竜の様に地中に潜り、イルカが水中から飛び出すかのように自分へと迫る龍洞にこの時の彼女は気付けなかった。

 

 漸く気付いたのは自分に掛かる影が見えたから。バッと振り向いた時、脳天から唐竹割りに切り裂かれた。

 

「あっ……」

 

「失礼」

 

 血が勢いよく吹き出し、意識が途絶える。そのまま落下しながら消えていく彼女の顔を踏み台にした龍洞は屋上へと跳ぶ。数秒後、消えきる前に校庭に墜落したユーベルーナの四肢は踏み付けられた勢いと合わさって折れ曲がり、彼女が放った魔力で出来たクレーターは彼女自身の血で血の池の様になっていた。

 

 

『ライザー・フェニックス様の女王(クイーン)一名リタイア』

 

 

 

 

 時間は少しだけ遡り、余裕からか屋上にてライザーの許可が出て三人で挑むリアス達。戦況はライザーが圧倒的有利。リアス達は所々服が破け火傷をしているが、ライザーは服すら敗れていない。

 

「ほら、ちゃんと庇えよ」

 

 ライザーの炎の翼が肥大化して一向に迫る。この中で防壁が張れるのはリアスだけ、絶対にリタイアする訳にはいかないリアスだけが防ぐ力を持っている。祐斗の創りだす魔剣では上級悪魔の炎を防ぎきれず、リアスと協力して漸く、といった所だ。

 

 では、攻める時はどうと言うと、リアスの滅びの魔力は当たっているが直ぐに再生され、祐斗は高熱を放つ炎を駒の特性が意味を成さない隙間のない広範囲攻撃で近付けない。そもそも一撃で倒せない以上、近付かずに威力のある攻撃が出来るリアスを魔剣で守る為にも彼は近付けない、近付く訳にはいかない。この戦い、今はギリギリで喰らい付いているが、祐斗が負ければ一気に崩れるからだ。

 

 では、残った小猫はどうだろうか。実は彼女こそが今回の切り札になれる存在。生命の根源に直接攻撃できる仙術は不死の特性にも有効だ。……故にライザーは彼女を集中的に狙って絶対に近付かせない。

 

「其奴の仙術は近付かなきゃ意味無いみたいだな、リアス! 一応警戒しておいて良かったぜ」

 

 上級悪魔に共通する事だが、基本的に激しい努力はしない。才児と持て囃されるライザーも其の口だが、ゲームの研究にはそれなりに力を入れている。

 

 故に今回の敵であるリアス達の事は調べたし、小猫の姉が暴走させた仙術も一応調べ、使うようなら連絡するように眷属に命じていたのだ。体育館の戦闘中の会話と其の後の不意打ちを察した事から使えると見破られた小猫は最大限に警戒され、防御力が上がった訳ではない彼女が一番怪我が多い。

 

 時折聞こえてくるライザーの眷属のリタイアを告げるアナウンスにリアス達の士気は上がり、ライザーは冷静なまま。初めから可能性に入れていたかのようで、妹であるレイヴェルのリタイアを聞いても拳を握り締めるだけだ。

 

『リアス・グレモリー様の女王(クイーン)一名リタイア』

 

「朱乃がっ!?」

 

 崩壊の切っ掛けは其のアナウンス。絶対の信頼を受ける雷の巫女のリタイアは三人の心をかき乱し、行動をワンテンポ遅らさせる。それが致命的だった。

 

「止まっている余裕はないぞ!!」

 

 放たれたのは一点に集中された炎。リアスは慌てて防壁を展開するも乱れが生じ、不完全な防壁では力を凝縮された一撃を防ぎきれない。防壁にヒビが広がって音と立てて割れる。

 

「部長っ!」

 

 祐斗が咄嗟に前に飛び出し、小猫が庇う様にリアスに飛びかかる。ライザーの炎は祐斗を吹き飛ばし、小猫の背中に直撃する。二人の体から力が抜け、リタイアの光に包まれた。

 

 

『リアス・グレモリー様の騎士(ナイト)一名 戦車(ルーク)一名リタイア』

 

「あっ……」

 

 リアスは膝から崩れ落ち、その瞳から戦意が消え去る。唇から敗北を認める言葉が出ようとした時、ライザーの激昂が飛んできた。

 

 

「何を諦めている!眷属はお前を信頼して戦たんだ。なら! 王であるお前が最後まで戦わなくてどうする!」

 

 ライザーの言葉を受けてもリアスの瞳に戦意は戻らない。其の代わり、彼が指差した方向を無意識に見た。

 

 

 

「まだお前には希望がある! 目を逸らさず希望を見ろ!!」

 

 ライザーはリアスに背を向け、最も警戒していた相手に向かい合う。

 

 

 

 

「俺はフェニックス家が三男ライザー・フェニックス! 恨み言を述べるのは眷属への侮辱だが、仇討ちだけはさせて貰うぞ!」

 

「……熱い方だ。私にはそんなに熱くなれそうにない」

 

 ライザーは炎の翼を最大限広げ、龍洞は宙に浮く札の上に降り立つ。仲間の無念を背負って吠える王に対し、龍洞は感情を対して表に出していなかった。

 

 

「そうか。なら、何なら出来る?」

 

「まぁ、精々が……貴方に勝つ事くらいですね」

 

動き出したのは同時だが、先に拳が届いたのは龍洞。ライザーの体内に邪気が流し込まれ血管に直接聖水を流し込まれたような激痛が走り意識を手放しかける。だが、ライザーは舌を噛みきり痛みで無理やり意識を留めると炎を放った。直撃した炎はすぐに霧散するも、龍洞の皮膚に火傷を付ける。

 

「思いの力、という奴ですか」

 

「ああ、当然だ。俺は王であり兄だ。……簡単にやられるかっ!!」

 

 始まったのは殴打合戦。だが技量は明らかに龍洞が上で、ライザーの拳は殆どが逸らされ躱され防がれる。それでも炎を纏い放つ事で数発を当てて行った。誰が見てもライザーの敗北は明らか。最初の邪気で不死の力が上手く働かず、炎の勢いも徐々に失われていく。

 

(ああ、不思議だ。最初の一撃だけ邪気を込めましたが、何故か後からは込めてはいけない気がしてならない)

 

(クソッ! 絶対負けるな。だが! この男には俺の全てをぶつけたくなったっ!!)

 

 龍洞の蹴りがライザーを叩き落とし、屋上を突き破って一階まで落ちていく。衝撃で校舎が割れて崩壊を始めた。

 

 リアスが飛んで避難する中、瓦礫の中からライザーが立ち上がる。血を流しながら力無く垂れ下がる左腕を庇いながら立つ彼の体は全く再生しておらず、右目は流れる血で塞がっている。対して龍洞は未だ健在。最初に受けた怪我すら既に塞がって消えかけている。

 

 

 

 

「……お前強いな。どうして其処まで強くなった? 世界一でも目指しているのかよ」

 

「いえ、そんな称号なんて興味ありません。ただ、世界一の女性が妻ですので、彼女の為に強くなりたいのですよ」

 

 ライザーは目を丸くし、直ぐに吹き出すと痛みに耐えながらも歯を見せて笑った。

 

「……ハッ! 漢じゃねぇか」

 

「少なくても女性ではないです。……舎弟は詐欺みたいな見た目ですがね」

 

 ライザーは拳に全ての魔力を集め飛び立つ。フラフラと頼りない飛び方で、その気になれば打ち落とせるだろう。今の彼なら素手のリアスでも勝てる。だが、我が儘な彼女でさえ、手を出そうか迷うも、直ぐに今の彼には手を出してはいけないと理解した。吹けば飛ぶような力ない姿だが、今の彼は魔王よりも強く見えた。

 

 勝負が着いたのはこの一瞬後。ライザーの拳は届かず、彼の顔には深々と拳か突き刺さる。瓦礫の上で気を失ったライザーはボロボロなまま消えていくが、其の顔には笑みを浮かべていた。

 

 

 

『ライザー・フェニックス様の投了を確認致しました。この試合……仙酔龍洞様の勝利です』

 

 リアスではなく龍洞の勝利を告げるアナウンスだが、会場から不平不満は上がらない。誰しもが今の試合に圧倒されていたからだ。

 

 

 

 

 

「フェニックス卿。この様な形になって申し訳ない」

 

「いや、構いません。息子はこの戦いで十分過ぎる物を得たようですからな」

 

 

 

 

 

 

 次の日、龍洞の家の食卓には一人分食事が増えていた。

 魔帝剣グラム――最強の魔剣とされる龍殺しの剣であり、強い魔剣に多くある様に意思を持って主を選ぶ。

 

……のだが、今のグラムは少し妙だった。荒々しいオーラが全くなくなり、まるでスイッチを切った機械の様になんの反応も示さない。横に置かれた他の魔剣同様に、只の剣にしか見えなかった。

 

 

「……侮っていました。前は大丈夫だったから今回も大丈夫だろうと思っていたのですが……グラムの龍殺しの力は桁が違った」

 

 夜中、フカフカの上等な布団で寝ている龍洞の顔色が悪く、少々生気が薄い。先程から苦しそうに唸り、具合が悪いのは一目瞭然だ。障子一枚隔てた先にある庭からは時折虫の音が聞こえるだけで誰の気配もない。無論、足音も聞こえない。

 

「旦那様。お薬をお持ち致しました」

 

 にも関わらず障子がスっと開き、異臭を放つ湯呑を持った清姫が現れた。この部屋に入って来た時の彼女は全くと言ってほど気配がなく、まるで床を滑るかのように体を上下させず音も立てずに龍洞の真横に座った。

 

「……其の匂い、脳吸い鳥の卵と人面樹の実の汁と其他諸々の薬種を煮詰めた物ですね?」

 

 一応聞きはするものの、其れが何かは匂いで検討がついているのだろう。顔を顰めながらプイッと横に逸らす。正直言って飲みたくないのだろう。事実、この薬は薬効は高いが……非常に不味い。飢餓状態の時の差し出されても口にするのを拒絶する程に不味いのだ。

 

「駄目ですよ! 折角あの子が作ってくれたのですから、ちゃんとお飲みにならないと」

 

 清姫は其れでも飲むのを嫌がる態度の龍洞を見て溜息を吐き、湯呑を持つと自分の口の中に流し込む。そして其の儘龍洞に抱き着いたかと思うと、無理やり唇を奪い、舌で唇をこじ開けてドロドロとした酷い味の薬を流し込んだ。

 

「んっ…ちゅる…じゅる……」

 

 舌が絡む音と共に龍洞の喉から薬と二人分の唾液をコクコクと飲む音が聞こえ、やがて離れた清姫は安心したような笑顔を浮かべていた。

 

「はい、これで大丈夫! ……もぅ、我が儘は駄目ですからね?」

 

「……分かりましたよ。先程の様に貴女にあの薬を口にさせるなどあってはならない事ですしね。……酷い味でしょう?」

 

「……ええ、正直言って二度と口にしたくはありません」

 

 後から来たのか口元を押さえる彼女の目には涙が滲んでいて不味さが伺い知れる。その肩に両手が置かれ、其の儘布団の中に引き摺り込まれた。

 

「きゃあ! だ…旦那様、駄目です! まだ調子が悪いのですから」

 

「……大丈夫。貴女の口の中に残っている薬を一応飲んでおこうと思っただけですよ。……私の理性が持てば、の話ですが……」

 

 驚いた声で抗議する清姫だが、言葉を聞いた後は目を蕩けさせ、『では、旦那様、今から獣になってくださいませ』、等と言いながらされるがまま。歯茎や葉の裏、舌の至る所までを舐め回され、残った薬を全て奪い取られる。

 

 

 

「……それで、理性はお飛びになりましたか?」

 

「……」

 

 若干……かなりの期待を込めての質問に対し、龍洞は沈黙で返す。獣に言葉はない、つまりはそういう訳だ。

 

 

 

 次の日、龍洞は学校を休んだ

 

 

 

 

 

 武家屋敷を思わせる作りである龍洞の屋敷だが、その一室、客間から部屋の作りに似つかわしくないカタカタとキーボードを叩く音が響く。其の部屋に置かれているのは旧式のパソコン、しかし独自にパーツやら何かを追加して機能を大幅に向上させたものだ。

 

 機械音痴の龍洞には勿体ない其の一品を操作しているのは金髪ショートの美少女……に見える少年だ。耳の先が尖っており、何故かダンボールに入った状態でパソコンを操作していた。

 

「不具合修正完了ですぅぅぅ。……機械音痴は遺伝でしょうか?」

 

 彼が思い出すのは恩人であり義兄弟の杯を交わした龍洞に連れて行かれた場所での生活。機械音痴ばかりで、録画やら何やらを全て任されていたのを思い出し顔が引き攣る。今は解放さされているが、帰ったらウイルスに感染したパソコンの復旧やら貯めに貯めた番組をディスクに落としたりと忙しいのは目に見えていた。

 

 其の後ろから大アクビが聞こえる。背後に居たのは琴湖。この屋敷で二番目に機械に強く、三番目と二番目には隔絶した差が存在していた。

 

『……まぁ、大半が大昔に生まれた奴らだ。特にあの馬鹿む……ッ!』

 

 言葉の途中で琴湖の表情が歪み、痙攣したように体がビクリと跳ねる。其れが起こったのは一度だけだったが、それでも琴湖は大量の汗を流し、顔を苦痛に歪めながら寝転んだ。

 

『……チッ! 早く魂を見つけねばな。琴湖として振舞うのもいい加減飽きて来たぞ』

 

 心の底から嫌そうな声で呟く琴湖。その頃、離れた部屋では愛し合う二人が相手を貪るように求め合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、部長」

 

「あら、何かしら、祐斗?」

 

 オカルト研究部の部室のソファーに座りながら祐斗は困ったような顔をしていた。原因は主であるリアス。先程から、正確に言うならばライザーとのゲームが終わった後からスキンシップが激しくなったのだ。今も真横に座って胸を当てたり息を吹きかけたり、モテているし鈍感でもない彼には向けられているのが恋心だと分かっていた。

 

(……困ったなぁ)

 

 リアスは今まで彼の事を精々が弟止まりにしか思っておらず、祐斗も女性として見ていなかったのだが、ライザーとの戦いで庇われながら戦った事により、つまりは吊り橋効果で恋に落ちてしまったのだ。

 

 小猫や朱乃は助けを求めて視線を送っても助けてくれない。小猫は我関せずとばかりに顔を逸らし、朱乃は何時もの様に『あらあら、うふふ』、といった感じ。主であるリアスを無碍にも出来ず、表情同様に心は非常に困惑していた。

 

「……あっ! お客さんですよ」

 

 だから彼にはノックの音が救いの使者の足音に思えた。すぐに立ち上がりドアを開く。其処に立っていたのは最近転入して来た一年生のギャスパー・ウラディ、龍洞の舎弟を名乗る少年だった。

 

 ちなみに服装は男子制服。趣味の女装は兎も角、女子の制服は性別を偽る行為、つまり『嘘』だからと許可が出なかったそうだ。

 

「あ、あの、若様はお休みですので、僕が請求書をお持ちしましたぁぁぁ」

 

「そうなの。じゃあ、お茶でも出すから座ってちょうだい」

 

 ビクビクと怯えながら請求書を差し出す姿はまるで小動物の様。その姿にリアスはついクスリと笑ってしまう。笑われた本人は何か拙い事でもしたのかと慌て出し、更に挙動不審な態度となって少々可哀想だ。

 

 

「ハーブティーは香りや味に好みが出るし、紅茶で良かったわね?」

 

「はいぃぃぃぃぃ」

 

 紅茶を出されても怯える態度は収まらず、カップを持つ手は震えている。リアスは悪戯心を刺激されながらも、龍洞のゲームでの姿を思い出し、どの様な報復があるか分からないと押し留める。

 

「えっと、前金は既に払ってるから……」

 

 成功報酬 一億五千万

 

 眷属撃破報酬一個分につき二百万 

 

 兵士×5(一千万) 

 

 騎士×2(千二百万) 

 

 僧侶×2(千二百万) 

 

 戦車×1(一千万) 

 

 女王×1(千八百万)

 

 計 六千二百万

 

 諸経費

 

 悪泥水 一瓶五百万×8 (四千万)

 

 札   一枚一万×50 (五十万)

 

 計   四千五十万

 

 総計 二億五千二百五十万

 

 

「……」

 

 リアスの手から請求書が離れ、ヒラヒラと風に舞いながら床に落ちる。貴族のお嬢様でワガママに育てられたリアスでさえ、この出費は予想外だった。

 

「あ…あの、支払い期限まで入金が無い場合、それ相応のペナルティを受けて貰いますので、宜しくお願いしますぅぅぅ」

 

 もはや限界が来たのかギャスパーが帰ろうとした時、又してもノックの音が響いて数人の生徒が入って来た。ソーナ率いる生徒会のメンバーの一部で、今日は新人二人を紹介しに来たのだ。

 

「ヴラディ君? ……ああ、貴方は仙酔君の部下でしたね」

 

「あ…あの、部下というよりは義兄弟ですぅぅ。お館様の指示とは言え、義兄弟の杯も交わしましたぁ」

 

 ソーナはギャスパーを一瞥し、直ぐに何の用か思い当たって納得するも、ギャスパーの指摘を受けて僅かに眉を顰める。主に未成年の飲酒についてだ。

 

「……そうですか。それは失礼しました。それで、彼の義兄弟は貴方だけなのですか?」

 

 其れは只の興味本位の質問で、答えたくないのなら答えなくても良いと思いながら問うた。だから返事が帰って来た時は内心驚いた物だ。

 

 

「いえ、僕以外にも若様が舎弟として赤龍帝と……」

 

「赤龍帝っ!? 今代の赤龍帝が仲間なのですかっ!?」

 

 先の大戦時に大暴れしながら乱入し、神器に封印された後も赤と白で戦っている天龍。その片割れの名を聞かされて流石のソーナの表情も崩れる。其れに対しギャスパーは困った様な顔をしていた。

 

 

 

 

 

「あの、その呼び方は若様の前では止めて下さい。()()()って呼び方、お好きじゃないので……」

 

 意味が分からず困惑するソーナ達。其の答えを知るのは暫く後の事だった……。     身内に優しく外に厳しい者は多く居るが、龍洞にとって身内以外の相手には無関心、敵とすら見ていない。故にその時も何も思わなかった。

 

「うっ…うぅ……」

 

 長い間マトモな生活をしていないのが一目で分かる様子の少女。ドロドロに汚れたボロボロの服に血や埃で汚れきった金髪だったと思われる髪。目は絶望ですらなく、自分に対して全てを諦め切った者の目だ。其れでも器量が良いのが分かり、親切心がなくても何らかの下心を持って助けようとする者、もしくは人間ではない事を察して退治しに掛かる者などが居るだろう。

 

(さて、頼まれたお土産を買いに行きますか)

 

 だが龍洞は違う。例えば路上の石ころに泥が付いていたからといって気にする人が居るだろうか? つまりはそういう事だ。何かに利用できるかもと言う発想すら浮かばない。何一つ価値を見いだそうとしない。

 

 目の前の死に掛けの他人より仕事が終わった後のショッピングの方が明らかに大切。いや、汚れた石ころを見に行く事と身内に頼まれたお土産を買う事を比べる方がおかしい。

 

「お菓子に織物に……吸血鬼の女の子? ああ、あのエロ尼僧ですか」

 

 『飛縁魔(ひのえんま)』或いは『縁障女(えんしょうじょ)』、菩薩のような美しさで男を惑わし堕落させて破滅に導き、最後には精力や血を吸って殺す妖怪で、知り合いの其れは最近は同性の人外を集めるのを趣味にしていた。

 

 昔から苦手な身内の顔を思い出した後は溜息と共に踵を返し、倒れている少女の襟首を掴んで持ち上げる。体格からの予想以上に軽かった。

 

 

「貴女を欲しがってる人が居るので連れて帰ります。どうせ死に掛けだ。なら、その人の役に立ちなさい」

 

  こうして少女と間違われたギャスパー・ヴラディは日本へと連れて行かれた。彼が見た目の通りの性別なら、その生涯をペットの様に飼い殺しにされて終わっただろう。ある意味幸福で、大体不幸だ。だが、ギャスパーは男だった。

 

 

「あらあら、困りましたわねぇ。この子、男の子ですわ。男の娘は趣味じゃありませんし、どう致しましょう?」

 

「まったく、見た目で判断するなんて、まだまだ未熟な証拠やなぁ。もう少し仙術を磨かなあかんよ? ほな、この子は龍洞ちゃんの舎弟な」

 

「はぁ、分かりました」

 

 龍洞は其の言葉に逆らおうという発想すら湧かず、この日の内にギャスパーと龍洞は杯を交わす事となった…‥。

 

 

 

 

 

 

「……雨、止みそうにないなぁ」

 

 その日、球技大会が終わってから空模様が急変、放課後にコンビニに週刊誌を買う為に立ち寄っていたギャスパーは傘を忘れて困っていた。雨は激しくなる一方で雲の切れ目は遥か彼方。半吸血鬼である彼の視力を持ってしても見えない程遠くで、止むのはまだまだ先のようだ。

 

「若様は今頃は清姫様と儀式の真っ最中でしょうし、僕は転移は未取得だし……」

 

 途方に暮れるギャスパーであったが、ふと横を見るとゴミ捨て場が目に入る。其の時其れを見つけた時の彼の瞳は、聖杯を見付け出した円卓の騎士の瞳に匹敵する物だった。

 

「ダ…ダンボールだ!」

 

 昔からダンボールの中に入ると落ち着いた。まるで揺り篭の様な、顔も声も知らない母の腕の中で抱かれて居る様な心地よさ。まさに理想郷(アヴァロン)。其れが目の前に捨てられていたのだ。目を輝かせながら駆け寄ると、雨に濡れているにも関わらず未だ使えそう。この様な時の為に常備している防水テープを使って形を整えると何処ぞの伝説の傭兵の様にダンボール箱を被って帰路に着いた。

 

 

 

 

『……そう言えばこの前、『此処も』だの『柔らか銀行』だの『防弾フォン』だのの子孫は何をしに来たのだったかな』

 

「さあ? 私は応対していませんので」

 

『英雄』の子孫を名乗るジークフリートだが、琴湖はその存在をロクに覚えていない。龍洞もそれなりの献上品を持って来た程度の認識で興味がなく、今は()()()使()()服を選んでいる清姫を待って居る所だ。尚、娯楽の為の演技と嘘は別物らしく、嘘が嫌いな彼女もそういった事は嫌がらない。逆に嫌な事にギリギリ接触しないことを同時に行う事で燃え上がるのだそうだ。

 

『……くだらんな。馬鍬うのに態々服を選び演技まで交えるとは……』

 

 フッと馬鹿にした様に息を吐くと琴湖はお気に入りのソファーの上で寝転がる。長毛種な為かソファーに毛が絡み付くのだが本人には気にした様子もなく、大アクビと共に目を閉じる寸前に耳をピクリと動かして瞼を開けた。

 

『血の匂い……あの小僧か』

 

「ッ!」

 

 初めて会った時は死に掛けていても興味の欠片すら湧かなかった相手、今は大切な身内。瞬時に立ち上がり気配がする門の方まで駆け出していく。空は相変わらずの曇天にも関わらず、庭には水の一雫も入って来ない。其の庭と外を隔てる門の前、其処には血を流すギャスパーの姿があった。

 

 

「……取り敢えずティッシュが必要ですね。家に入る前に顔を洗いなさい」

 

「ずみまぜんんんんん!」

 

 涙と鼻水と鼻血、顔から出るもの全てで顔をグチャグチャに汚したギャスパーは庭に設置された水やり用の水道を使って顔を洗い、ハンカチを探してカバンを漁った時に筆箱や弁当箱やノートがばら蒔かれる。慌てて拾おうとして今度は足が縺れて顔面から転んでしまった。

 

「全く、ドジは相変わらずですね。……それで何がありました?」

 

 ギャスパーの腕には僅かながら刃物による傷、其れも吸血鬼の弱点である聖剣による物があった。自然と口調が穏やかな物から剣呑へと変貌し、その手には何時の間にか鞘に無数の札が貼られた刀が握られていた。

 

「敵ですか? なら、この妖刀『三上七半(みかみやたらず)』のサビにしてあげましょう」

 

 刀はまるで餌を前にした獣が喜んでいるかの様に震え、唾液を溢すかの様に刀身から紫の雫が滴り落ちる。ジュッという音と共に雫は地面を溶かし、地面を腐らせながら吸い込まれていった。

 

 

 

 

「……リアス、この度は……おめでとう御座います」

 

「有難う、ソーナ。それで、祐斗も私のマンションに住まわせようと思うんだけど、既に服やら何やらで部屋が一杯なのよ。どうしたら良いかしら?」

 

「幾らか実家に送ってはどうでしょう?」

 

 この日、ソーナは幼馴染であるリアスのマンションを訪ねていた。普段は互いに干渉にしないようにしているが、やはり幼馴染が望んでいなかった婚約を破棄できた事に対し、立場からして言ってはいけないと分かっていても幸せそうな姿を見ると祝福の言葉を贈らずには居られない。

 

 ただ、両親はライザーとの婚約を破棄にしただけで祐斗を婿として認めた訳ではなく、当然の様に自由婚の権利を与えた訳でもない。その事に気付かず束の間の幸せと恋愛ごっこを満喫している姿を見せられ、言おう言おうと思いつつも言い出せないでいた。

 

 そんな事は知らず、考えようともせず、リアスは初恋の幸せに浸って微笑む。その姿を見る友人の悲痛な瞳に気付く事無く、自分の管轄地に何が侵入しているか気付きもせずに。

 

 数日後、教会よりの使者によって齎される情報。それにより……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この町の人間が幾ら死んでも私は興味ないし関係無い。でも、私の身内を襲ったケジメは付けさせます。既に破綻した計画が達成されるのを夢想し、束の間だけ楽しんでいると良い」

 

 

 

「いいか、龍洞? 一般人から被害者は出しても良いが、目撃者は出すな」

 

「じゃあ、殺せば良いの?」

 

「いや、其れだと神や狐の所の者共が鬱陶しい。巻き込まない為という大義名分の元に記憶操作にしておけ」

 

 これが幼い頃、厳しいながらも尊敬していた父親から受けた教え。ハッキリ言って最低な部類だが、龍洞はその教えを疑う事はなかった。

 

 彼にとって身内以外は道端の石ころや周囲を飛ぶ羽虫程度の関心しかないが、足元に転がっていたら邪魔だし、耳元や目の前で飛び回っていれば鬱陶しい。良心ではなく、そんな理由で納得した彼は一般人に人外の世界に関わる事を目撃されるのを避けて来たし、嫌がっていた。

 

 

 

「貴様ぁっ! あの時の屈辱、此所で晴らさせてもらう!」

 

「ちょっとゼノヴィアッ!?」

 

 だから、下校途中に昔仕事の最中に少し揉めた悪魔祓いの少女に詰め寄られ、今にも隠し持っている聖剣を抜きそうな相棒を止めようと初対面の栗毛の少女が慌て、同じく下校途中だった生徒達が遠巻きに此方を見ているのは非常に面倒臭い状況だった。

 

「……取り敢えず」

 

 懐から取り出したのは小さな鈴。それを軽く揺らすとリーンという音が周囲に響き、一般人の生徒達は何事もなかったかの様に帰っていく。記憶操作と思考操作の術で、一連の出来事は誰の記憶にも残らない。この時になって栗毛の少女が向ける目は一般人へ向ける物ではなく、自分達側、ただし味方ではない相手へと向ける警戒したものへと変貌した。

 

「貴方、何者?」

 

「異能者ですよ。請負人をやっていまして、其処の『斬り姫ゼノヴィア』さんの任務と異能者の犯罪組織の討伐の仕事がブッキングしたのですが、敵と間違われて迷惑を掛けられました。街中の拠点であるビルが半壊する等、いい迷惑ですよ」

 

「……あ〜」

 

「イリナ!? なんだ、その私が全部悪いに決まってるみたいな顔はっ! あの後大変だったんだぞっ! 足の動きを封じられて置き去りにされた為に警察の世話になってだな!」

 

 思い当たる事があったのか、栗毛の少女、イリナは龍洞に憐れみの視線を送る。恐らく彼女もゼノヴィアに苦労を掛けられているのか、そう言った感情が声に含まれていた。相方の反応に若干涙目になるゼノヴィアだったが、慰めの言葉は掛けて貰えない。

 

「……でっ、態々悪魔が縄張りとする学校に来たという事は……聖剣の件ですか?」

 

「知っているのかっ!? まさか、貴様もこの件に……」

 

 今度こそゼノヴィアは聖剣を抜き、荒々しい破壊のオーラを放ち今にも斬りかかりそうだ。イリナも迷いながらも極秘であるはずの事件を知っている相手に警戒し、紐に変えていた聖剣を手に取る。今にも戦闘が始まりそうな雰囲気だが、それは彼女達だけ。一方的に剣を向けられている龍洞は構えようともしない。

 

 だから二人は気付かないでいた。ニコニコと人の良い笑顔を向けながらも腸は煮えくり返っており、今にも二人を殺しに掛かりかねない、という事を。

 

「貴女方の所の不始末で私の身内が怪我をしました。聖剣を使う若白髪の神父、例の施設出身の戦士と思しき者と教会の者との戦いに巻き込まれて腕を負傷。逃げる際に滑って顔をブロック塀に強打してしまいました」

 

 この時になって龍洞の瞳に感情が宿る。普段は身内にしか感情を向けないであるが、身内には決して向けない感情、憎悪である。

 

 なお、詳しく書くならばダンボール箱を被って視野が狭くなった上に最高にハイって奴になっていた為に戦闘に気付かず、真っ只中に突っ込んで怪我をしてから漸く気付き、慌てて逃げるもダンボール箱のせいで前がよく見えず、石で作られた仮面を踏みつけて転んだのである。

 

「……此方は勝手に報復させて頂きます。元々は其方の不手際が原因。邪魔をするのなら……」

 

「「なっ!?」」

 

 二人の視界から龍洞の姿が消え、鍔鳴りの音と共に何時の間にか二人の背後に刀を抜いて立っていた。

 

 

 

「次は首を落とします」

 

 イリナの髪型は両側で結んだツインテールと呼ばれる物。其れが今はサイドテールになっている。髪留めから解き放たれた髪が強風に攫われて飛ばされていく中、二人は動く事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「……さて、教会側への嫌がらせは十分。ですが……」

 

 その夜、自室で寛ぎながら龍洞は考え事をしていた。報復の計画において二人の力量を測るのは必須だが、今回の事件、教会からエクスカリバーが強奪された事件の主犯に比べ、弱点たる聖剣を加味してもあまりに未熟。イリナは少しいい評価を下しても中級クラスと互角程度で、ゼノヴィアも切り札を使っても運が良ければ上級に届くかも、といった所。

 

「……態と殺させて今回の事で戦争を再開させた時の戦意向上のネタにするのでしょうか? そういうの好きそうですからねぇ。まぁ良いか」

 

 計画には関係ない事まで考えたと直ぐに忘れ、グッと伸びをした時、襖が開かれて清姫が入って来た、ただし、何時もの着物姿ではない。

 

「だん…ご主人様。清姫と散歩に行きましょう」

 

 明らかに犬用と分かるリード付きの首輪に犬耳付きのカチューシャ。着物は肩に掛けているだけで、動くたびに中が見えている。

 

「ええ、良いですよ。室内は蒸しますし、庭を歩きましょう」

 

 そんな格好にも関わらず龍洞は僅かに動揺した様子すら見せず、誘われるがままに庭へと降りた。

 

 

 

 

 

「それで、今回はどういった趣向ですか?」

 

「それは勿論、(わたくし)を一匹のメス犬として躾て頂こうと思いまして」

 

 月明かりの下、着物は肩に掛けているだけで殆ど肌を晒した姿の清姫は四つん這いになって庭を進み、首輪に繋がったリードは龍洞の手にある。手足が土で汚れそうなものだが不思議と汚れておらず、何か術を使っているのだろう。其の代わり、顔は真っ赤になって息はハァハァと荒くなり、一目で興奮していると分かる。

 

「……さて、そろそろ止めましょう」

 

 庭を半分まで進んだ時、足をピタリと止める龍洞とショックを受けたような顔の清姫。四つん這いのままで背後を恐る恐る振り返り顔を伺う。

 

「あ…あの、何か粗相を……? す…捨てないで下さいませ! お望みならば芸でもなんでもします! ですからどうかお側に!」

 

「では…お手」

 

「はい!」

 

「お代わり」

 

「はい!」

 

 言われた通り犬の様な真似をするが、その顔に浮かぶのは屈辱ではなく羞恥と歓喜。どうも犬扱いに本格的に興奮しているらしく、焦点が合っていない目をしている。ハッキリ言って非常に危ない姿だ。……色々な意味で。

 

「貴女は相変わらず思い込みが激しいですね」

 

「それはもう! 思い込みで龍になった身ですから」

 

「……そうでした、まさか呪いは掛けたが彼処まで、と大婆様もおっしゃってましたし。……止めると言ったのは別の理由です。貴女が魅力的過ぎたのですよ。はしたない飼い犬に躾をするのは主の義務ですし……」

 

「きゃんっ!」

 

 四つん這いの清姫の腰に両腕を回し、そのまま抱き上げると履物を脱いで家に上がる。されるがままの清姫だが、其の顔を見る限りでは興奮は更に募っているようだ。

 

「ギャスパーは離れですし、琴湖も其方に行っています。……今日は風呂場でお望みの通りに躾て差し上げますよ」

 

 指先で胸やら下腹部をなぞる様に撫で、そのまま唇を奪う。既に浴槽にはお湯が張っており、二人が中に入ると結界が作動して内部の音を遮断した。

 

 

 

 

「……あの、出来れば優しく……」

 

「私の嗜虐心を刺激したのは貴女だ。それに……虐めて欲しかったのでは?」

 

 組み伏せられた状態で清姫は静かに頷き、今から始まる事を待ちわびる。

 

 

 

 二人が出てきたのは数時間後。その時にはグッタリとした姿でお姫様抱っこされながら出てきた清姫だが、肌はツヤツヤで甘える様な顔をしていた。

 

 

「……お時間はまだありますし、今度は旦那様を鎖で縛って(わたくし)が苛めたいです」

 

「ええ、構いません。むしろ楽しみだ。……期待していますよ」

 

 その時が待ち遠しいのか廊下を進む速度が上がり、部屋に到着した時には既に鎖まで用意していた。

 

 

「……では、縛らせて頂きます。ずっと貴方様を何処かに監禁して私だけを見て欲しいのですが……」

 

「私も出来れば貴女を何処かに監禁して他の奴に一目も見せずに居たいと思いますが、それでも貴女にこの世界を見て欲しい。楽しい事や素晴らしい景色を共有したい。……其処だけは妥協しませんよ」

 

「私の為……なのですね。でも……」

 

 清姫は頬を膨らませて不満そうだが、直ぐに嬉しそうに龍洞を拘束し始めた。

 

「……もう、我慢ができません。お腹の辺りがきゅんきゅんして来て……」

 

 その瞳は獲物を前にした肉食獣の物であり、龍洞はそれを受け入れ成すがままにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「木場さんの様子がおかしい?」

 

 翌日、時間ギリギリまで絞り尽くされた疲れも見せず、むしろ元気ハツラツといった様子の龍洞は、休日だというのにオカルト研究部に呼び出されていた。普段なら無視するところだが、ライザーの件で大金をせしめたので、今後の為に一回くらいは呼び出しに応じても良いかと気紛れを起こした結果だ。

 

 これは非常に珍しく、何時もならば蛇の状態の清姫にずっと話し掛けたり、琴湖との修行で死に掛けたり、育てている毒虫で蠱毒の準備をしたりしている所だ。

 

 そして気紛れでの行動はロクな結果を齎さないらしく、非常に面倒くさい話だった。

 

「昨日、教会から使者が来たのは知っているわね? あの二人が持つエクスカリバーを見てから様子がおかしくなって、行き成り決闘を申し込んで負けた後は……」

 

「ああ、彼は聖剣計画の生き残りって噂がありましたね。どうやら本当のようだ。……まぁ悪魔祓いは幼い頃から悪魔を倒す為に人生を捧げて来た訳で、聖剣計画の様に適合試験の合間に受けた訓練と、中止された四年程前から受けた修行程度では年期が違う。才能に余程の差がない限り勝てるはずがないでしょう」

 

 淡々と言い切る龍洞に聖剣計画の被験者への同情の念は欠片もない。適合の為に辛い実験を受けようが、失敗策として処分されようが、首謀者が殺されず実験のノウハウを持ったまま姿を消そうが気にも止めない。

 

「同性の貴方なら……って思ったのだけど無駄だったようね」

 

「当然です。私に他人の気持ちなど分かりませんし、分かりたくもない」

 

 一緒に修行してゲームで共闘した仲だから少しは仲間意識が芽生えたと思っていたリアスだが、それは一方通行に過ぎない。龍洞にとってリアス達は路傍の石ころのままでしかなかった。

 

 

「では、他に用事がないのなら」

 

 最後までリアス達に何の感情も向けないまま龍洞は部室を後にした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お昼、何がいいかなぁ。やっぱりラーメン?」

 

 本来吸血鬼はニンニクが苦手だが、『できる出来ないではなく、するか死ぬかだ』、が口癖の師によって克服しており、お気に入りのチェーン店へ向かって居た。

 

 其れを見付けたのはそんな時である。

 

 

 

 

 

 

 

「えー、お恵みを〜!」

 

「哀れな神の下僕に哀れみを〜!」

 

 

 

 

 

 

「物乞いって犯罪じゃ?」

 

 道の真ん中で物乞いをする悪魔祓いの少女達を見ながらギャスパーは固まってしまった。 恨みがなかった訳ではない。家族の敵討ちをしたくなかった訳でもない。龍洞は家族を愛していた。厳しい父を尊敬していて、優しい母には甘えていて、小さな手で指を握りながら笑う妹が大好きだった。だけど、それ以上に彼は彼女が怖かった。

 

 名付け親であり、顔を見せに来るたびに沢山のお土産を持って来て沢山遊んでくれた。そして気紛れで家族を殺した相手を当然の様に憎んでいたが、その憎しみを抑え込む程に恐怖が大きく、そして何処か狂っていた。

 

「ああ、何という事でしょう。やはり貴方様は安珍様なのですね!」

 

 それは全くの偶然の出来事、若しくは仕組まれた出来事なのかもしれないが、其の何方でも彼には関係無かった。偶々指を怪我していて、その血がペットの蛇である清姫の口の中に入った。異変が起きたのは其の直ぐ後、瞬く間に白蛇は一糸纏わぬ美少女、ただし頭に角の生えた、になったのだ。

 

 龍洞の周囲には美女美少女といえる者は多く居る。其の誰もが一癖二癖どころではなく、深く関わったら身の破滅に繋がりかねない傾国の美女揃いなのが玉に瑕だが、彼女達を普段から見慣れている龍洞は間違いなく目の前の少女に目を奪われていた。

 

「安珍様? どうかなさりましたか?」

 

 自分ではない誰かの名で自分を呼び、自分を通して知らない誰かを見ている少女だが、その様な事は些細に感じた。

 

 重要な事は一つだけ。自分は目の前の少女に恋をしたという事と、家族が殺されなければこの出会いはなかったという事。この瞬間から恨みや悲しみは感謝へと変貌し、彼は名も知らぬ少女への永遠の愛を誓った。

 

 それは間違いなく狂った愛だ。いや、狂っているからこそ狂った愛しか抱けないのかもしれない……。

 

 

 

 

 

 

「醤油ラーメン麺固め背脂ニンニク増し増し辛そうで辛くない、むしろ脳が辛いと感じるのを拒否するラー油三倍トッピング全乗せ三人前お待ちしました」

 

 三人が座るテーブルに地獄が現れた。灼熱地獄かと思わせる程の熱気に紅蓮の炎の如き赤、息を吸い込むと焼き鏝を喉に突っ込まれたかの様に熱く痛い。だが、本当の地獄は此処からだ。言ってみれば三途の川を渡っている最中でしかなく、十王の裁判すら始まっていない。そして地獄行きは間違いない事は確かだった。

 

「……すまない。これは何だ?」

 

「き…聞いてなかったんですか? 醤油ラーメン麺固め背脂ニンニク増し増し辛そうで辛くない、むしろ脳が辛いと感じるのを拒否するラー油三倍トッピング全乗せ、です」

 

 ギャスパーは人の話を聞かない駄目な人間に辛抱強く教えるように繰り返し、ゼノヴィアは目が死んだ店員が運んで来た物が食べ物であると認識できず、限界近い空腹にも関わらず体が食べるのを拒否しているのを感じていた。

 

(……神よ。これも試練なのですか?)

 

 

 

 時間は遡り、別行動をしていたイリナから告げられた言葉にゼノヴィアは固まってしまう。合流前には持ってなかった筈の変な絵を大切そうに抱えたイリナは日本語が分かるからと経費全てを持たせていたのだが、もうお金がないと言うのだ。

 

 正確に言うならば聖人の肖像画と自慢げに掲げる絵に全ての経費を使った、長年コンビを組んできた相棒はそう語ったのだ。

 

 

「これだから信仰心の薄い国は嫌なんだ! 曲芸でもやるか? その絵を切り刻むとか」

 

 空腹に耐え兼ねた二人が選んだ手段は人々の信仰心に訴える事、要するに物乞いだ。だが、二人の格好はフードと水着の様なピチピチの戦闘服。怪しい格好の怪しい外国人に関わりたくないと誰も彼女達に施さない。むしろ通報しないだけ温情があると言えるだろう。現代日本では物乞いは違法なのだから。

 

 

 

「……あ…あの、僕、若様の、龍洞様の身内ですが……ご飯が食べられる所に案内しましょうか?」

 

 この時、二人には彼が、ギャスパーが天使に見えただろう。実際は天使どころか彼女達が散々殺して来た吸血鬼と人間のハーフなのであるが……。

 

 

 

「……私達の詳しい任務内容と掴んでいる情報が知りたい? 悪いが彼奴の身内に教える事は……」

 

 腹の音が鳴り響く中、ゼノヴィアは恐怖からか震える手でレンゲを持ち赤いスープという名の麻婆を掬う。この時点で危険信号は最大限鳴り響くも手を付けないという選択肢は彼女達には存在しない。食べ物を無駄にしてはならないという理由ではなく、恐怖からだ。

 

 

「ほぉら、君達が残した麻婆だ。食べ物を残すのは良くないので全て食べたまえ」

 

 何故か店の隅にあった砂場。客の子供の遊び場とは衛生面から考えられず、其の存在理由は今示されている。数分前までの二人の様に注文した品に手を付けずに帰ろうとした客が首から下を砂場に埋められ、フォアグラを作る為に高濃度の栄養を無理やり流し込まれる家畜の様に残した品を流し込まれていた。

 

 だが、ギャスパーを始めとした普通に食べている客は其の光景に何の驚きも示さない。まるで最初から分かっていたかの様に。

 

 

 

「あの、トッピング全部乗せてますから一杯二千八百円ですけど……お金有りますか?」

 

「え? 奢ってくれるんじゃ?」

 

 イリナの疑問に対し、ギャスパーは心の底から何を言っているんだろうという顔をしながら首を傾げていた。

 

「ぼ…僕、ご飯が食べられる所に案内するって言いましたけど……奢るなんて言っていませんよ?」

 

 確かにギャスパーは奢るとは言っていない。あの状況であの台詞では奢って貰えるものかと誰もが思うだろうが、それでも言っていないものは言っていない。勘違いしただけだと言われれば其処までで、彼は虚言を吐いてなど居なかった。

 

 ガキンッ! と金属を打ち鳴らす音が厨房から聞こえ、先程の目の死んだ店員が二人を見ながら呟いている。

 

「最近は豚骨も高くなったからな。さて、肝臓などは何処で売ればよかったかな?」

 

 

「……情報料として此処の代金くらいは出しますよ?」

 

「「この外道っ!」」

 

「すいません。代金、僕の分は此処に置いていきますので……」

 

「話そうじゃないかっ!」

 

 殉教を美徳とする二人でも目の死んだ店員は怖かった。絶対に食い逃げが出来ないと本能で悟る程に。おそらく逃げようとした瞬間には八極拳的な何かで体を破壊された事だろう。

 

 そして二人は話し出す。今回の首謀者であり、聖書に記された古の堕天使幹部コカビエルと、聖剣計画の首謀者であるバルパー・ガリレイが組んだ事を。

 

 結局、計画が発覚した際にバルパーを捕らえて他の異端者のように()()()()()()今回の様な事にならなかった。たった一人の悪党を逃した為に大勢の罪無き命を奪う戦争へと発展しかねない事件が起きてしまったのだ。

 

 

「まぁ、切り札を使っても成功率は三割を切るだろう。最悪エクスカリバーを破壊して敵の手に渡すなとは言われているがね」

 

(……成功率はもっと低いんじゃないかなぁ)

 

 ギャスパーは二人を見ながらそう考える。見た限りや聞いている情報の限りでは長距離の転移も不可視化を始めとした高度な術や高度な隠密行動スキルも取得している様子はなく、何らかの逃亡に使える移動手段も持っていない。

 

 そんな二人がどうやれば遥か格上の敵のアジトを見つけ出し、盗まれた剣を奪取若しくは破壊できるというのだろうか、そう考えていた。敵前から逃げるという事にも力量は必要で、格上相手なら逃げても背中から狙われるか追いつかれるだけ、二人にそれが分かっている様子はない。

 

 恐らくは今まで其処までの格上を相手にして来なかったか、教会からの支援や増援が今回の任務よりもずっとあったのだろう。

 

(……多分死ぬだろうなぁ。成功する可能性なんて、若様が仰ってた現レヴィアタンの事くらい有り得ないですよね)

 

 せめてもと心の中で二人に黙祷を捧げるギャスパー。その間二人は決死の覚悟で地獄のようなラーメンという名の何かを流し込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知っていますか、ギャスパー。今のレヴィアタンは魔法少女アニメのコスプレを普段からして、其の格好で番組まで作っているそうですよ。少し動くだけで下着が見えるほどスカートが短い痴女だとか」

 

「え? それって著作権の侵害じゃ……。それに同期に子持ちが居ましたよね? 幾ら何でも其処まで脳ミソお花畑のパッパラパーじゃないんじゃ……」

 

「いえいえ、更に言うなら外交の場でも巫山戯た言葉使いを続け、魔女の団体から敵視されているそうです。まぁ興味がないので詳しくは調べていませんけど。悪魔には其処まで調べる必要無いですからね」

 

 ギャスパーが知る限りレヴィアタンは外交担当。そんな内部にも外部にも敵を作るような真似をするはずがなく、何かの間違いだろうと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 その晩の事、龍洞と清姫が何時もの様に愛し合い、ギャスパーがネットをする中、人影が一つもない部屋から話し声がしていた。

 

 

 

『……大丈夫か? 俺が手を貸した方が良いと思うが』

 

『……だな。彼奴が迷惑をかける』

 

『気にするな。奴とは義兄弟の杯を交わした仲だからな』

 

 

 

 

 

 

 

『……随分と甘くなったな。白蜥蜴との戦いさえあれば良かったのではなかったのか?』

 

『その言い方だと俺は赤蜥蜴になるが? この毒蛇。……奴と本当に戦ったっと言えるのはあの大戦の時が最後だ。奴の言葉を聞いてそう思うようになった』

 

 「まぁまぁ、ギャスパー君もお人好しですわね。吸血鬼だと分かれば平気で殺しに来るような方々でしょうに……」

 

 あの後、二人にお金を貸したという話を聞いた清姫の言葉は呆れているようだが、顔はそれ程呆れている様子はない。お人好しさに関心半分呆れ半分といった感じだ。

 

「ですが十分過ぎる収穫がありました。掛かったお金は経費で落としてあげますよ」

 

「あ…有難うございます! でも、教会上層部に裏切り者が居るなんて……」

 

 コカビエル達と派遣されてきた二人の戦力差から出した結論、それは教会内部に戦争を望み、二人が殺されるように仕向けた者が居るという事。二人の死とエクスカリバーの奪還を戦意向上へと繋げる目的か、エクスカリバーを堕天使側に渡すのが目的の者が居たか。

 

「あの、上層部が無能という可能性は無いのでしょうか?」

 

「ああ、流石です清姫! その可能性は思い付かなかった」

 

「で…でも、今回の件、天界が下部組織の教会に全て任せたという事ですし、よほど信頼されているって事ですよね? あっ、でもそれならそれで戦争をしないという意に反する裏切り者を見逃した無能って事に?」

 

 三人は天界の意図が読みきれず悩む。今回の任務、どう考えても成功させる気がないどころか二人を死なせてエクスカリバーを差し出す気にしか思えないからだ。

 

 

 

 

「……天界は既に戦争の準備を整えており、機会を伺っている時に今回の一件が起きた、とか?」

 

 最後に出て来た可能性に三人は同時に溜息を吐く。落とし前を付けなくてはならないので手を引く気は無いが、今後邪魔者として天界に狙われるのは面倒だと思いながら……。

 

 

 

 

 

「計画を早める? 話が違うではないか」

 

 コカビエルは本部から抜け出す際、こっそり持ってきたアザゼル秘蔵のワインを飲みながら怪訝そうな声を出す。今回の計画は戦争を起こす為の物。其の序でに強い者との戦いを楽しみにしていた。

 

 先の大戦が続行されていれば堕天使が世界の覇権を手にしていたと心から信じる彼は、戦争そっちのけで研究に没頭するアザゼルが気に食わないが、総督の座を奪い取ろうにも正面から戦えば勝てないと理解しているから別の手を選んだ。戦争をする気がないのなら、戦争せざるを得なくすれば良い、と。

 

 聖剣を教会から奪い、魔王の妹二人を殺す。其処まですればどの勢力も戦争せざるをえなくなる。その為に聖剣計画の首謀者であるバルパー・ガリレイとはぐれ悪魔祓いのフリード・セルゼンと組んだ。他に協力者は数人いたが、とある理由で今やこの三人だけだった。

 

「そうだぜ、バルパーの旦那。それに教会のクソから追加の聖剣を奪ってねぇじゃん。どーすんの?」

 

 フリードもまた、予め聞かされていた時間より数日早い計画実行に疑問を持ったのか、ハンバーガー片手に尋ねる。二人共バルパーの聖剣の研究者としての腕を理解しており、だからこそ計画が早まる事に疑問を持っているのだ。

 

「私を侮るなよ。研究者は常に己を研磨してこそ、だ。故に七つに分かれたエクスカリバーをより強い状態で結合させる方法を見付けた。その実験の為に奴らは死んだがな。……明日の晩。其れが最適な日だ」

 

 不敵に笑うバルパーに対しコカビエルとフリードは面白くなりそうだとほくそ笑む。戦争狂のコカビエルに殺しが好きなフリード、そしてバルパーは研究の為ならどの様な非道も行える人間だった。他の協力者は既に死んでおり、今回の計画が失敗すれば後がないにも関わらず、二人は計画の成功を疑っていなかった。

 

 

 

「では、留守番はお願いします」

 

「は…はいぃぃぃぃ!」

 

 其の夜、龍洞は清姫と食後の散歩に出掛けようとしていた。幻術で角を隠し、普通の着物に着替えて髪を結った彼女は良家の箱入り娘だけあって品がある。留守番を任されたギャスパーは不手際を心配してかオドオドしており、其の背後からはキィキィと金属が擦れ合うような厭な鳴き声が聞こえて来た。

 

 

 

「ああ、楽しいです。旦那様と共に歩くだけでこれほど楽しいなんて」

 

「それも全て貴女のおかげです。貴女が居ない世界など無色で味気ない」

 

 月夜の下、二人は指を絡ませながら、恋人繋ぎと呼ばれる繋ぎ方で街を歩く。共に容姿が優れており、お似合いの二人で人々の注目を浴びている。時折囁く声が耳に入り指先を向けてくる者が居るが二人の目には互いしか入っておらず、疎ましいとも感じていなかった。

 

 

「うげっ!」

 

 其れは学園の近くを通り掛かった時の事、まだ七時前だからか生徒会の仕事で遅くなった匙も帰る最中で、二人と校門前で出会すなり厭そうな声を出す。

 

 だが龍洞達は少しも気にした様子もなく、匙に気付いて居ないかのようにスタスタと通り過ぎていった。自分に全く関心を見せないその様子に匙は安堵する。自分の夢をボロボロに打ち砕かれ一度は挫けた。だがソーナや仲間に励まされ再び立ち上がる事が出来た彼はあの一件に決着を付けない限り前に進めないと思っていたのだ。

 

「おい、待て! 少し言いたいことがある!」

 

 一瞬迷い、二人に駆け寄ると清姫の肩を抱き寄せて歩く龍洞の肩に手を伸ばす。しかし其の手は触れる事なく弾き飛ばされた。手が上に弾かれても勢いは収まらず、後方に飛んでいく手に引っ張られるように匙は尻餅を付いてしまった。

 

「見て分かりませんか? (わたくし)達、散歩の真っ最中ですの汚い手で旦那様に触れないで下さいませ」

 

 この時になって二人は立ち止まる。匙の手を弾いた清姫は、その様な力があるとはとても信じられない細腕を向けながら匙を見下す。まるで耳元を飛び回る羽虫を殺す時の様な、何一つ感じる事がないといった冷たい瞳を向けられた匙は冷水に漬け込まれた様に体が冷たいにも関わらず全身から冷や汗が吹き出していた。

 

「お止しなさい。貴女の手が汚れますし、私以外の者を無闇矢鱈と瞳に映して欲しくはない」

 

 匙に向けられていた手は横から伸びて来た手が優しく包み込み、向けられていた瞳は顎に手を添えて顔を横に向かせる事で逸らせる。匙に掛かっていたプレッシャーが嘘の様に消え去り、酷く高鳴っていた鼓動が徐々に静かになって来た。

 

「それで何用ですか? 私は妻を眺めるのに忙しいのでお早めにして下さい」

 

「……俺は絶対にレーティングゲームの教師になる! 殺し合いの為じゃなく、ゲームに憧れるのに出られない子供達の為だっ!!」

 

 

 

 言いたい事を言い切った事で匙は心の底にヘドロの様に溜まった物が消えていくのを感じた。

 

「……は? 何の事ですか?」

 

 匙にとって重要な事は龍洞にとってどうでも良く、すでに記憶から消え去って居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただ今帰りました。……何かあったようですね」

 

 匙との会話など既に頭の中から消え失せた龍洞達は散歩から帰るなり風に乗って漂ってきた匂いに足を止める。濃厚な血の匂い、それも人間の血ではなく獣臭さが混じっている。

 

「……狐」

 

 特に慌てる事なく、それでも清姫を背に庇いながら庭に向かう血の海屍の山が現れていた。その近くに佇むのはギャスパー。屍山血河を築いたのは彼で間違いなく、その体どころか服にさえ傷一つない。僅かに靴の先に飛んできた血の染みが出来ているだけだ。

 

「お…お帰りなさい、若様! あの、狐さんの所の方が若様を狙って来て……」

 

「まぁ現在の九尾の姫君は抗争を嫌がっていますし、どうせ一部の者の独断行動でしょう。茨木童子さんに握り潰された彼は部下から愛されていたみたいですね」

 

 足元に転がっていた狐妖怪の死体を仲間だった物が固まっている所に蹴り込む。ぶつかった衝撃で山が崩れ死体が転がった。

 

「……私は一応追放の身ですから襲っても大丈夫だと思ったのでしょうが……ギャスパーは別ですよね。後は私の居場所がどうしてバレているかですが……大体予想は付きますね」

 

「あの、旦那様。和平協定を反故にして襲ってきた嘘吐き共を焼いても宜しいですか?」

 

 屍を見る清姫の口元は笑っているが目は正気を失っている。口元からチラチラと火が漏れ出した時、先ほど蹴り飛ばされた死体の目が動き龍洞と視線が重なった。重症だが彼は生きていた。

 

「頼…む。もう…すぐ子…供が生まれ…るん…だ…」

 

「では、殺した後で頂きますので景気良く燃やして下さい。匂いが立ち込めると嫌なので一気に焼いて下さいね」

 

「はい!」

 

 生き残った狐の視界が赤一色に染まり、熱いと感じる間もなく灰になった。

 

 

 

「では……頂きます。其れと安心しなさい。きっと子供とは会えますよ。ただし、敵としてでしょうけれど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして次の日、コカビエルの姿は駒王学園の校庭にあった。宙に浮く椅子に座り、先程挑発したリアス達がやって来るのを今かと待ち構える。彼の目には自分を逃さない為か結界が張られようとしているのが見えており、魔王の援軍が来るものと楽しみに待ち構えていた。

 

 

 だが、不満な事もある。バルパーが土壇場で新しい方法を思い付き、自分を倒しに来る者の到着よりも先に計画の一つが終わってしまうのだ。七つに分かれたエクスカリバーの結合儀式はやって来た者の目の前で行うはずだったので少しだけ不満だった。

 

「そう睨むな。そろそろ終わる」

 

 宙に浮くのは派遣された未熟な悪魔祓いから奪った物を合わせて四本のエクスカリバー。青い光を放っており、光と共に徐々に力が膨張し始め、ついに青い光の柱となって全てを包む込む。

 

「フリード、こっちに来い。渡す物がある」

 

「ん? なんだい、バルパーの旦那?」

 

 バルパーの手招きに応じ近寄るフリード。差し出された物を受け取ろうとした瞬間、光が収まると同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「んなっ!? どういう事だよ、旦那っ!」

 

 この事態にフリードだけでなくコカビエルも動揺を隠せない。そのような中、バルパーだけが冷静な表情で笑うと渡そうとした物をフリードに投げる。

 

 

 

 

 

「どういう事だって? こういう事だよ」

 

 フリードの視界に映ったのはピンが外された手榴弾。それが何かと理解した瞬間、校庭に爆発音が響き渡った。

 始まりは純粋な憧憬だった。孤児院にあった古びた本の中の物語。聖剣に選ばれた勇者が人々を救う冒険譚。多くの少年が夢中になり、主人公と同じように聖剣に選ばれし勇者になる事を夢見る。バルパーもそんな普通の少年の一人だった。

 

 しかし、やがて夢は儚く消えゆく物。幻想は現実に塗りつぶされ、夢はやがて忘れ去られる。現実を知った子供達は存在しない物への憧憬を捨て去り、将来に向けて歩を進めるのが世の摂理だ。

 

 だけど、彼は違った。良いか悪いかは別として、彼は聖剣の実在を、幻想の存在が存在する事を知り、其れに関わる事への道が目の前に開かれていた。開かれていた……それだけだった。

 

 絶対に手が届かない夢物語ではない存在に必死に手を伸ばし、ライバルに劣らぬ努力は続けたが、世の中は非情で、現実は残酷で、無才という事実の前では努力など無意味だった。彼には聖剣を扱う才能がなかったのだ。

 

「……私は諦めない。私に使う力がないのなら……」

 

 この時から彼は狂い始めていた。他の者が諦め指を咥えて羨望するだけの中、彼は研究者として聖剣に関わり続けた。遅々として進まぬ研究の中、聞こえてくるのは彼と違い()()()()者達の活躍。

 

 やがて『羨望』は『嫉妬』に、『夢』は『妄執』に、『情熱』は『狂気』へと変貌を遂げ、多くの犠牲者を出した聖剣計画へと発展。その果にバルパーは追放の身となった。

 

 彼は願う。どの様な手段を持ってしても自らの手でエクスカリバーの使い手を完成させる事を。彼は恨む。自らを追放し、我が物顔で自分の研究成果を崇高な物の様に扱う教会と天界を。彼は気にしない。どれほどの者が死んでも、誰が死んでも、自分には関係なく興味もないと。

 

 

 

「あと少し。あと少しだ……」

 

 何の皮肉かバルパーを拾ったのは天界と敵対する堕天使で、今組んでいるのは戦争を引き起こそうと企むコカビエルだった。この事を追放前に知る事が出来れば教会の者は彼を殺していただろうが、彼は今生きており、今、多くの関係無い者が巻き込まれようとしていた。

 

 何処か儀式に穴はないか。より良い方法はないかと狂気を伺わせる眼で資料を調べるバルパー。故に彼は気付かない。

 

 窓の隙間から霧が入り込んできている事に。

 

 その霧が自分の背後に集まり、やがて人の姿になった事に。

 

 その人物が一瞬躊躇した後で、自分の首筋に鋭利な牙を突き立てようとしている事に。

 

「あがっ!?」

 

 首筋に鋭利な牙が突き刺さり、血液が一気に吸い出され初めて漸くバルパーは変異に気付く。気付くもときは既に遅く、

 

 

「ふぇぇぇぇ。やっぱり血は苦手ですぅぅぅ」

 

 何処か情けなさを感じさせる声が耳に届いた時にはバルパー()バルパー()でなくなっていた。

 

 

 

 

「では、ご武運をお祈りいたします」

 

 屋敷の表門で龍洞達を見送る清姫はペコリとお辞儀を行うと、そっと目を閉じて何かを期待する素振りを見せる。当然龍洞には彼女が何を求めているかなど考えるまでもなく分かっており、肩を優しく抱くと体を引き寄せそっと口付け。無論普通のではなく、濃厚な口付けだ。舌と舌を絡め、互いの唾液を交換するピチャピチャという音が響く。

 

(……またか)

 

 ギャスパーなどすっかり慣れたもので空を見上げて星を数える事に集中。見ないように、聞かないように、何時もの事だと動揺すらしていない。彼が背けていた顔を二人に向けたのは丁度終わった瞬間。大体の時間さえ体で覚えていた。

 

「あの、旦那様! お帰りになったら何に致します? お食事? お風呂? そ、れ、と、も……(わたくし)? 可愛い清姫ちゃん? 大切な愛妻? どれに致します? 勿論……さあ! さあさあさあさあ! お選び下さいませ!」

 

『早く行かんか、馬鹿者共!!』

 

 この様に最後に琴湖の一喝で終わるまでがワンセット。大阪名物の某喜劇のやり取りと同じである。

 

 

 

「……さて、お帰りになるまでにお夜食と明日のお弁当の準備をしなくては」

 

『吾輩は寝る。まったく、貴様らは毎度毎度……早く元の体に戻りたい。出雲でノンビリしたい……』

 

 琴湖は犬神、犬の悪霊。故に死ぬ程辛くても死ねない。ただ、苦しいだけ。胃潰瘍になりそうな心配をしつつ今日も寝床に着くのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

「貴様っ!!」

 

 二人が目的地である学園へと向かう途中、曲がり角の向こうからやって来たゼノヴィアと出くわした。龍洞の顔を見るなり聖剣を抜いた彼女だが、抜いた瞬間に刀身が半ばから断ち切られて地面に落ちてカラリと音を立てた。

 

「……あっ」

 

 抜いた刀を鞘に収めた龍洞の隣でギャスパーは『あーあー』、といった風な顔になり、ゼノヴィアは状況が飲み込めず固まっている。

 

「わ…私のエクスカリバーが……」

 

「あの、僕達今からコカビエルを倒しに行きますので此処で失礼……ひぇっ!?」

 

「……私も連れて行け」

 

 我に帰る前に立ち去ろうとしたギャスパーだが、其の肩をむんずと掴まれる。その形相は有無を言わせぬものであり、ギャスパーはその要求を飲むしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「コカビエル!」

 

 三人が裏口から敷地内に入り、校庭までたどり着くと同時に学園を結界が覆い尽くし、校庭の上空で爆発が起きた。

 

 

「おや、仕留めそこねましたか」

 

「す…すみません〜。やっぱり即席の眷属じゃ……」

 

 冷静な二人とは違いゼノヴィアは校庭の様子を見て完全に理解できていない様子だ。だが、それも無理がないだろう。彼女の持っている情報と今の状況はかけ離れているからだ。

 

 

 

「……ふぃ〜、危なかったぜ」

 

 眼前に放られた手榴弾を咄嗟に蹴り上げたフリードはバルパーの視線が其方に向いた一瞬の隙に光の弾丸を発射していた。音もなく発射された弾丸は吸い込まれる様にバルパーの眉間に向かっていき命を刈り取る。

 

「……おいおい、マジかよ。吸血鬼じゃねーか」

 

 バルパーの死体を踏み付けながら顔を、正確には口の鋭利な牙を見ながらフリードは呟き、続いて三人のほうを向いた。

 

「コカビエルの旦那。敵さんのお出ましだ。一人は教会のクソ女だが……残りは誰だ?」

 

「構わんよ、フリード。悪魔共が来るまでの間、暇潰しに相手をしてやれ」

 

 フリードは怪訝そうにしながらも光の剣を抜き、コカビエルは余裕を崩さず椅子に座ったまま指を鳴らす。其の音に導かれるように唸り声が聞こえて来た。

 

『グルルルルルルル!!』

 

『……ケルベロス。地獄の番犬か』

 

 何処かから聞こえてきた聞いた事のある声にコカビエルは微かに眉を顰め、自分の手を見る。微かに震え、汗で湿っていた。

 

(……何だ? これは……恐怖?)

 

 直様有り得ないと顔を振って否定し、鼻を鳴らして忘れ去る。

 

「……有り得ん。計画が頓挫してイラついているだけだ……」

 

 

 

 

「ケルベロスが三匹にフリードか。……私がフリードを受け持つ。それまで耐えろ」

 

 ゼノヴィアは奥の手であるデュランダルを構える。未だ人工的な使い手の開発が進んでいない其の聖剣を持つ事にフリードは動揺する。今の彼の武器は有り触れた光の剣であり、どうして使えるかどうかは別として武器の性能に差は歴然。自信家で勝気な彼でも流石に冷や汗を流していた。

 

「じゃあ、私はフリードを殺しますので、ギャスパーはケルベロスをお願いします」

 

「はいぃぃぃ! 頑張りますぅぅぅぅ!!」

 

 だが先程の言葉や一連の流れ等無かったかの様に振舞う龍洞達は各々獲物と定めた相手へと向かって行った。

 

 

 

「あーもう! 邪魔なんだよ!」

 

 ゼノヴィアと戦う前に余計な体力など使いたくとばかりに弾丸を乱射するフリード。だが龍洞の駆ける速度は凄まじく、彼が居た場所に着弾した時には既にフリードの目前で瘴気を放つ刀を振り上げていた。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に剣の柄を挟めたのは彼の経験のお陰だろう、但し全く意味はなく、音もなく柄は二つに絶たれる。しかしフリードが負ったのは手の甲の傷一つ。この後控えているゼノヴィアとの戦いには響くだろうが、少なくても大した傷ではない。ワザとそうした事をフリードは見抜いていた。

 

「へっ! なんだ……」

 

 相手をロクに傷付けられない臆病者かと嘲笑うフリードは銃口を向けようとして鼻に届いた異臭に気付く。肉が腐ったかの様な嫌なその匂い、其れは彼の足元から、足元と手から漂って来ていた。足元を見ると腐汁で濡れた肉の欠片、先程傷付けられた手の甲の肉だ。腐臭を放つ手からは白骨が覗き、自覚したと同時に激痛が走った。

 

「あがぁあああああっ!?」

 

 今まで彼は様々な傷を負ってきた。無論痛みに耐える訓練も受けたし、此処まで来るまでの実戦で痛みに慣れてきた。それでも耐え切れない程の激痛が全身を駆け巡り、腕の肉を中心に体の腐敗が進行する。まるで甚振るかのようにゆっくりと進むその現象にフリードは気絶する事すら許されず、のたうち回り更に腐肉をばら撒いていた。

 

「地獄の毒火で鍛えたこの『三上七半(みかみやたらず)』、相手を甚振るのには適しているのですよ」

 

 もはや声すら出せず、動く事すら出来ない状態のフリードはままならない思考で普段は忌み嫌う神に祈る。早く楽になりたいと。だが、彼の祈りは神には届かず死の安らぎは未だ訪れない。肉の腐敗が体中に周り、心蔵が露出するその時まで……。

 

 

 

 

「……えっと、もう終わりですか?」

 

 ギャスパーは戸惑っていた。コカビエルは自信有りそうな素振りで呼び出したにも関わらず、ケルベロス達は既に事切れていたからだ。

 

 まるでビデオの一時停止の様に空中で停まった三匹は、影から伸びてきた無数の腕の鋭利な爪先に体を貫通され、串刺しにされて死んでいた。

 

 

 

「……吸血鬼の力。いや、そこの小僧……小僧か? はハーフの様だが……そうか。全部お前達の仕業か」

 

 此処に来てコカビエルは椅子から立ち上がり黒い翼を広げる。其れは二人を敵として認めた証拠であった。

 

「貴様達は何者だ? 教会の手先ではなく、悪魔の手先にも思えない。俺を倒して名を上げに来たか? それとも下らぬ正義感で街を救いに来たか?」

 

「いえ、町の住民などどうなろうと気に成りませんし、武功も不要です」

 

「……なら、何しに来た? なぜ俺の邪魔をする?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の舎弟が前を見ずに歩いていたせいでフリードの戦いに巻き込まれて怪我をした。その落とし前を付けに来ただけですよ」

 

 怪訝そうな顔のコカビエルに対し臆することなく答え切った龍洞は赤い刀を抜いた。柄に埋め込まれた緑の宝玉以外は鞘を含めて赤一色であり、その刀から放たれるオーラをコカビエルは知っていた。

 

「そうか。先程の声はドライグの声! 貴様、()()()()()()だなっ!!」

 

 少しは楽しめそうだと上機嫌になるコカビエル。だが、それに反し龍洞は見るからに不愉快そうな顔となる。ギャスパーでさえ嫌そうな顔になっていた。

 

 

 

 

「……貴方もですか。大戦で其の姿と力を目の当たりにした貴方でさえ……()()()()()宿()()()()()()()()()()の者を其の名で呼びますか。……非常に不愉快だ。赤龍帝とはドライグさんの偉大さに贈られた称号。それを穢すのですね……」

 

 龍洞は切っ先を下に向けたまま刀から手を離す。刀はまるで糸で吊り下げられているかの様に宙に浮いていた。

 

 

 

 

 

 

「ならば思い出すが良い! 二天龍と称される者の偉大さを其の身を持って知るが良い!!」

 

 龍洞は呪文を口にする。その瞬間、刀から放たれるオーラが膨れ上がり、余波で校舎が崩壊する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『久しぶりだな、コカビエル。大戦の時以来、白いのとの()()()()()の時以来だな』

 

 この場に君臨するのは圧倒的な力の化身である『(ドラゴン)』。宿敵との戦いに世界中を巻き込んで暴れまわった赤き皇帝。何時しか誰かがこう呼んだ。―――赤龍帝と。

 

 

 戦争を望む堕天使の前に、かつての大戦に乱入し暴れまわった龍の片割れが降臨した。


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