発掘倉庫   作:ケツアゴ

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「執刀…開始」

 

 ライザー・フェニックスの遺体を調べ死因を解明するという依頼を受けた僕はクロロと二人で遺体を切り開く。腹部や胸部を切開し、内臓を取り出す。心臓を中心に調べるもいずれも異常無し。次に頭蓋骨を切って脳を調べるも、死因に繋がる物は出てこない。

 

 絞り尽くされていた事以外、ライザー・フェニックスの体には何一つ異常がなく、ミイラとなって死亡する筈がないんだ。そう、体には異常はなかった。

 

「これはアレだねぇ。昔、悪魔が魂を対価にしていた頃の資料のまんまだよ」

 

「……夢魔に襲われた症状にも似ている」

 

 魂と精気を吸い尽くされて死んだ。それが僕が下した判断だ。だけど、一体何処の誰が? ライザー・フェニックスは不死の特性を持ち、更には才児とまで呼ばれる存在だった。それが夢魔になすがままにしてやられ、その上で魂を抜かれるような契約を結ぶだろうか? 魂の痕跡を調べたが無理やり抜かれた様子はない。つまり合意の上で魂を失ったんだ。

 

「まっ、犯人探しは僕の仕事じゃないし、どんな奴だけか調べてやれば良いでしょ」

 

 脳に電極を挿し生前の記憶を無理やり再生させる。電極に繋がったコードの先には液晶画面があって、ライザー視線で最期にヤっていた女の姿が映し出された。

 

 画面越しでも伝わって来るのは濃厚な色香。それでもって下品さはなく、むしろ上品で見る者を安心させる母性すら感じさせる。感じる印象は貞淑でお淑やかで色っぽく、そして優しい。その他の男の勝手な理想が体現化したような印象を受けるその女を見た時、頭痛が走った。

 

「創造主様っ!?」

 

「……何でもない。魅了を無効化した反動だ」

 

 頭を押さえて倒れ込みそうになった時、慌てたクロロが僕を支える。すぐに頭痛は治まって、画面越しでも女がどんな存在か解析出来た。画像にも関わらず超強力な魅了の術が掛かり、そしてライザーの症状。間違いなくこの女は夢魔の類いであり……紛れもなく人間でもあった。

 

 

 

 

 

「……こんな女、僕のデータには存在しない。一体何者だ?」

 

 オーフィスの為、持ちうる限りの手段を使って厄介そうな奴のデータは集めているのに、僕はこの女を知らなかった。

 

 もう一つ、口には出さないが確信があった。女を見た時の強烈な既視感。僕はこの女を知らないはずなのに、この女を見た事がある。一体何時何処で見たのか分からないけれど、確かに見た事がある。それも一度や二度ではなく……。

 

 

 

 

 

「まぁ良い。このデータを提出すれば仕事完了だ。遺体を適当に縫合して葬儀の際に見苦しくなくしておいて、助手。僕はこれから会食があるからさ」

 

 これから会うのは魔王を上回る権力を持つが既に表舞台からは引退した悪魔、ゼクラム・バアル。……今後の事で色々と話があると急遽会食を持ち掛けてきた。

 

 

 

 ああ、非常に運が良い。まさか大王家を手に入れるチャンスが回ってくるなんてさ。

 

 

 

 

 

 

「俺が死んでいる? ふん、ポンコツが」

 

 コカビエルはエンプティーの言葉に怪訝そうな顔をした後、見下した笑みを浮かべる。自分の光の槍を正面から砕いたことで強さは認めても知能は認めていないって感じだね。

 

「……さて、魔王の妹を先に殺すとしよう」

 

 再び現れた光の槍。構築に使用される光力は先程の特大サイズと同じだが、大きさは通常サイズ。凝縮され威力を底上げされているそれをコカビエルは投擲する。それが向かう先はエンプティー達ではなく眷属と共に一般生徒を避難させているソーナ・シトリーだった。

 

 

 

「残念だが思い通りにさせる気はない」

 

 突如槍は宙に現れた穴に吸い込まれ、コカビエルの背後にも出現した穴から飛び出す。避ける間もなくコカビエルの腹を貫通した。

 

「ビィディセ様っ!」

 

 イッセーの視線の先にはビィディセ・アバドンこと877号と眷属達。

 

「あの悪魔祓い達との約定で手出し不可だったが……襲撃を受けたなら話は別だ。行くぞ、お前達!」

 

 一切の容赦をしないとばかりに877号と眷属達は魔力を放っていく。しかも普通に高威力のを放つだけでなく、避けられた物も穴に吸い込まれ、再び空いた穴から飛び出していく。全部を当てるためではなく、中には動きを封じる為の物もあって確実にコカビエルの防御が手薄な所に魔力が打ち込まれていった。

 

 これこそがアバドン家の特性である『(ホール)』。吸い込んだものを放つだけでなく、ある程度分離とかも出来るんだから興味深いよね。ぶっちゃけ、同じ魔力量で同じ技量なら特性を持つ方が有利だ。転生悪魔なら神器を持っていない奴より持っている方が有利で、持っていない同士なら元々の種族差も大きな差になってくる。

 

 結局レーティング・ゲームって生まれ付きの強者の為にあるんだよね。活躍してる奴の殆どがそういった奴らだもん。

 

 

「これでトドメだ!!」

 

 コカビエルの周囲を無数の穴が囲む。それこそ周囲から姿が見えない程にビッシリと。その全てから魔力が吐き出され中心のコカビエルに全命中。確実に致命傷を与えた。実際、右肩から右脇腹の下まで大きく抉れたように欠損し、下顎も吹き飛んでいる。

 

 

 

 

 

「ふははははは! どうした? 俺には傷一つ与えられていないぞ!」

 

 異変は直ぐに起きた。耳障りな虫の羽音と共にコカビエルの断面が黒くなって蠢き、即座に肉が盛り上がって傷が修復される。それだけならフェニックスの特性と似ているから何かしらの道具なり術を使ったんだと思うんだけど、奇妙なのはコカビエルの言葉だ。まるで傷など受けていないかの様な、体が修復した事など知らないかの様な口振りだ。

 

 

 

(……ダーリンの仕業っすかね?)

 

(創造主様の仕業だろうか?)

 

(ドクター九龍の仕業?)

 

 この瞬間、ミッテルトとエンプティー、そして877号と眷属達、この場にいる僕の陣営全ての思考が一致した。全く酷いもんだ。どうして僕の仕業だって思うんだろうか?

 

 

 

 

「……厄介な」

 

「どうしたどうした! 貴様は魔王クラスなのだろう!! これは好都合。貴様を殺しても戦争が起きそうだっ!!」

 

 実際、最上級悪魔と眷属達の体を持つ877号達を殺した方がコカビエルの望みは叶う。戦争永続を唱え続ける戦争狂。こんな奴に表向きだけとは言えあんな雑魚二人しか送らないなんて教会は何を考えているんだ?

 

 

 コカビエル自体は強い事は強いけど877号達なら対処出来るレベル。ただエンプティーは大規模兵器ばかり装備させているので後方援護には向かないし。ミッテルトとイッセーは倍加中。

 

 どれだけ傷を負わせてもコカビエルの体はすぐに再生し、そもそも傷を負う事を恐れずに向かってくる為877号達が徐々に押され始める。突き出される槍を穴に吸い込み、光の剣を魔力で破壊する。だけど千切た腕がそのまま振るわれ、即座に再生する為に体の直前で槍や剣が生成されて防御が間に合わず傷を負う。徐々に追い込まれている中、コカビエルの頭をミッテルトの光の槍が貫いた。

 

「直ぐに再生するなら……ぶっ殺し続けるっす! それとこっちに来るっすよ!!」

 

 コカビエルの頭を貫いた状態で光の槍は固定され内部を焼き続ける。蠢く黒い何かに徐々に押し出されようとしているけど、それよりも前に877号はミッテルトとイッセー傍にやって来て、その体に二人が触れた。

 

「譲渡!」

 

『Transfer!!』

 

 最上級堕天使クラスと上級悪魔クラスの力が877号に削ぎこまれ、その力は元々の魔王クラスを大幅に超えた物となった。

 

 

 

 

「……これは良い、これで……吹き飛べぇええええっ!!」

 

 放たれた全力の魔力はコカビエルを飲み込んでも勢いを衰えさせず、遥か上空の雲を吹き飛ばし余波で街の建物の屋根に損害を与えて空に吸い込まれていった。これ、後処理するの877号かな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「制服からしてあの時間には小僧が居ると思ったのだが……まぁ良い。面白い物も見れたことだしな」

 

 学園から少し離れた廃ビルでナースを名乗った軍服の女は呟く。彼女が指を鳴らすとその体は無数の蠢く蝿へと変わり、直ぐに散らばって居なくなった。

 

 

 これが奴らと僕達の最初の戦い。だけどこの時の僕達にはこれから待つ戦いの事なんて知る由もなかったんだ……。

 

 

 

 

 

「……ふぅ。これで私の領地が戻って来るわね」

 

 後日談を語ろう。877号が管理者を任されたのは事件の間だからと後処理が終わるなりリアス・グレモリーに権限が戻された。イッセーは家族が住んでいるからと少し心配そうだったけど口には出していない。木場祐斗は未だ拘束されたままだけど、夏休みまでには公爵家の権限もあって釈放だって。次期当主の眷属がつかまったままってのもね。

 

 

 

 

 

「……すまない。交通費を貸してくれないだろうか」

 

「食費もお願い。水で誤魔化してるけど空腹が限界なの」

 

「日本にある支部まで歩いて向かえば? ほら、それも君達が好きな主の試練だよ。それか信仰心を試す荒野の悪魔の誘惑に勝てなかった罰かもよ?」

 

 エクスカリバーは877号が見付けて悪魔祓い二人に場所を教えたんだけど、二人は何故か学園の前で僕を待ち伏せていた。紫藤イリナが聖人の絵と騙されて落書きに経費を全て注ぎ込んだらしく帰りの交通費もないらしい。

 

 任務って信仰の為にしているんじゃ? その経費を使い込むって……。

 

 ぶちゃけ以前戦った時に血液を採取してるから二人に価値は感じない。……ただ来たであろう、もしくは未だ潜伏しているかもしれない本命の悪魔祓いには興味があるんだけど未だ発見出来ない。途中で帰った? いや、連絡の為の電話代も無いって話だし、何処かから戦いを見ていたのかな?

 

 

 取り敢えず放置で。神様が居るってんならどうにでもなるでしょ。既に死んでいるけどさ。

 

 

 

 

 

 

 ああ、忘れてた。ミッテルトに行った最終実験について語ろうか。そもそも何故堕天するのか。其れは聖書の神が創り出した『システム』に関係する。定められたルールに違反、欲望に溺れるなどしたらシステムに察知されて堕天使になる。

 

 

 

 

「つまり、堕天使になる条件を満たしている間はシステムとの間に力の通る道が出来るって事だ」

 

「はいはい。説明は良いから早く終わらせようよ、創造主様。私、見たいテレビが有るんだ」

 

僕の研究室でも最も重要な研究を行う部屋の中、クロロと共に準備を進めていく。と言っても機器は既に用意しているから被験者、ミッテルトの準備だけだ。

 

 

 

「あの〜。どうしてこんな格好っすか?」

 

 部屋の中央のベッドに拘束されているミッテルトは体のラインが丸分かりの特殊素材で出来た翼だけ出しているボンテージスーツ。色は黒。少し白めのミッテルトの肌に映える。僕の趣味……は三割程度。

 

「大体君の趣味。そっちの方が興奮するでしょ?」

 

「た、確かに一切身動きが出来ない拘束状態とか全身を締め付けるようなぴちぴち感とか……って、今何を注射したっす!?」

 

「媚薬」

 

 注射器を見せつつ息が荒いミッテルトの質問に答える。まだ効果は現れないはずだから、今の状態は彼女自身の性癖によるものだ。さて、もう出る頃かな?

 

 人差し指で脇腹を軽く撫でる。

 

「ひゃん!? あっ……」

 

 効果は絶大。少し触っただけで達したようだ。面白くなってきたので左腕を触手に変えて全身をまさぐる。

 

「ッ~〜〜!!」

 

 もう声すら出せずだらし無い顔を晒している。うん。僕も限界だから早く終わらせよう。

 

「助手、数値の方は?」

 

「安定してるよ。システムからの干渉は薬で防いでいる」

 

 僕がミッテルトに投与しているのは予防薬みたいなものだ。システムの干渉に対する抗体を上げ堕天を防ぐ。さらに堕天の効果を取り除く薬も作れるあたり僕は本当に天才だよね。

 

(また自画自賛してる顔だ)

 

「今、まさにシステムとミッテルトは繋がっている。……後は」

 

 この日の為に組み上げてきた魔法陣を展開させる。システムに感知されないように繊細で静寂に、それでもって防壁を突破できるような力強い術式。それは聖書の神が創り出したシステムへの侵入を可能とした。

 

 

 

 

「完成だ! 極一部だけどシステムを掌握したぞ!」

 

「はい、お疲れさま〜」

 

 相変わらず付き合いが悪い奴だ。クロロは余韻に浸る僕を置いてさっさと部屋から出ていくその姿を見送った僕だけど、ドアの隙間から差し込まれたメモを発見した。

 

 

『ごゆっくり』

 

 ……そういう事か。気を使ってもらった訳だね。後始末を全部押し付けられた気もしないでもないけど。僕は未だ意識がハッキリとしないミッテルトの耳元で囁いた。

 

 

 

「その服、もう要らないし破くね」

 

「は、はひぃ」

 

 呂律の回らない舌での返事。もう我慢できないし、我慢する必要もない。僕は服を脱ぎながら拘束したままの彼女に跨り……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゼクラム殿、どうかしましたか?」

 

「いや、少し頭が痛かっただけだが直ぐに収まった」

 

 頭を押さえていたゼクセム・バアルは心配する部下に医者は必要ないと言って下がらせるとフカフカの椅子に座り込む。事実、頭はもう痛くない。

 

 

 

 

 

「……老人の体というのはアレだが、まぁ良いだろう。全ては創造主様の為だ」

 

 ゼクセム・バアル()()()()は不敵に笑い、机の上のワイングラスにワインを注ぐ。僕がゼクラム・バアルと会食を行ったのがこの五日前。そしてゼクラム・バアルが900号になったのはこの瞬間だった。

  禍の団のアジト、冥界の政府には知られていない古城を魔法で弄って広げたその中を私は歩いていた。ああ、私の名はクルゼレイ・アスモデウス。偉大なるアスモデウス……いや、―――――の末裔だ。

 

 本来私が継ぐはずであったアスモデウスの称号は仕事を部下に任せて怠惰に過ごす者に奪われてしまっているが、正直言ってどうでも良い。ああ、流れる血に誇りを持ってはいるが()()()()()()()()()()には全く興味がないな。

 

 だが、それは口にしない。偉大なる初代が口にしなかった事を私が口にする訳にはいかないからだ。今は埋伏の時。その時が来れば――――を名乗ろう。時は近いと流れる血が告げてくれる。何より、あの御方の情報がそれを確信に変えて下さった。

 

「あら、クルゼレイ。何処に行っていたのかしら? ……まさかあの小僧の所じゃないわよね?」

 

「大丈夫だ、カテレア。引退した配下に力を貸す栄誉を与えに行っていただけに過ぎん」

 

 私が口にしない理由はまだある。動くのに不都合が生じるというのもあるが、彼女、カテレア・レヴィアタンの存在が大きい。悪魔は欲望に忠実ではあるが、愛情を否定している訳ではない。人に比べ希薄な所もあるが、彼女と私は確かに愛し合っていた。

 

 もしかすれば嫌われるかもしれない。その思いから彼女にさえ本当の事を教えられないでいた。

 

 私には四大魔王の名など興味はないが、彼女がそれを望むのなら奪い返す事に躊躇いはない。……何時か偉大なる御方が冥界を支配なさった時、その時彼女の助命を願い出て全てを打ち明けよう。それまで私は彼女を失わないために彼女を欺き続ける。良心の痛みは……存在しない。

 

 

 

 

 

 

 

「むっ、風呂上がりか」

 

「やあ、クルゼレイさん」

 

 九龍正義、それがこの組織で二番目に重要な存在の名前だ。シャルバや英雄派のリーダーである曹操はオーフィスに気に入られただけの便利なアイテム製造機程度の認識だが……馬鹿共が。この御方……御方? いや、この少年の有する戦力だけでなく、本人が持つ力もオーフィスと私以外を圧倒できる程だ。私も圧倒はされんが勝てはしない。

 

 しかしだ、先程何故か御方と頭の中で呼んでしまったが、人である彼に対して私は侮蔑を感じない。普通、キメラなだけの人の子に力を上回れたら認めたくない心から卑下しそうなものだが……。

 

 横を見れば彼同様にパジャマに着替え体から湯気を上げている幼女の姿がある。黒歌とかいうはぐれ悪魔が買ってきたウサギの着ぐるみパジャマが似合っているが、これが所属する組織のトップかと思うと少し脱力だな。

 

 いやまぁ、トップではないが幹部であるあのお二方も争い続けていると聞くし、所詮力が全ての種族にカリスマ性を求めるのが無理があるのか?

 

 

「んっ。久々に正義の髪を洗った」

 

 オーフィス、最強のドラゴン。先程会いに行っていた彼……彼ら? よりも遥かに強いこのドラゴンは突如幼い少女の姿になった。老人の方が威厳があると思うのだが、唯一といって良い程にオーフィスに意見が出来る彼は本人が気に入っているからと何も言わない。シャルバ達も利用するだけの存在にヘソを曲げられたら厄介なので極力関わらない。

 

「……ねぇ、そっちの派閥のトップをどうにか説得してよ。今度開かれる三大勢力の会談だけど、僕の手駒を警邏に紛れ込ませてその場で戦争を起こすって案に反対するんだ。誇り高い我々がその様な姑息な手を取れるか、ってね」

 

「アレはアレなりに独自の美学を持っているんだ。……諦めろ」

 

 偶に私でも引くくらいド外道な彼だが、その為かちっぽけな矜持を大切にするシャルバや曹操とは意見が合わない。故に自分と考えが違うからと愚かだ何だと馬鹿にし、それでもって彼が作った物は使う。……反吐が出るな。

 

「……んっ」

 

 少し不機嫌そうな声でオーフィスが彼の裾を引っ張る。私が気に入らないというよりは……ああ、そうか。

 

 

「あまり長く話していたら湯冷めするな。では、私はこれで失礼するよ」

 

 あまり話し込んでカテレア達の不興を買うのも困るしな。私は彼らに軽く手を振ってその場から去っていった。

 

 

 

 

「早くトランプする」

 

「はいはい。じゃあ、部屋に戻りましょう」

 

 相変わらず仲が良いと聞こえてきた会話に思わず頬が緩む。彼でなければ下らんと一蹴する所だがな。

 

 

 

 

「……アスモデウスか」

 

「ふん。人の血が混じった半端者でもその程度は覚えられるか」

 

 私は別に人が好きな訳ではない。いや、嫌ってもいない。そもそも見下し利用するだけの存在に好きも嫌いもありはしない。だからこそ堕天使を密かに裏切り此方に付いているこの男、ヴァーリ・ルシファーは侮蔑の対象だ。白龍皇を宿しているが、それがどうした? 所詮は他者の力ではないか。己が作った物を使うなら兎も角、忌々しい神が作った物に宿る忌々しいドラゴンの力を己の力と勘違いしている此奴は滑稽さすら感じる。

 

「随分とご挨拶だね。今から俺と一戦やり合うかい?」

 

「いや、それには及ばない。……強がるな。既にボロボロではないか」

 

 平静を装ってはいるが既にヴァーリは万全ではない。彼の手駒の中でも最強の存在にして最高傑作と呼ばれるクロロと先程まで戦っていたからだ。それが組織加入の条件の一つだったそうだが、他の条件であるアースカルズとの戦いはどうする気だ? 美猴の奴が勧誘の時に言ったらしいが、シャルバやカテレアはオーディンに協力を求める気だぞ。……アイツ等に老神を御しきれる器はないし、利用されるだけだがな。

 

「その内相手をしてやるさ。……全力でな」

 

 そう。時期が来たら私の狂暴なる真の力を見せてやろう。その時の為、かつての大戦やクーデターの時に敗北の恥辱を味わってまで隠し通した力をな。

 

 

 

 

 

「おや、これは旧魔王派のクルゼレイじゃないか」

 

「真なる魔王だ、人風情が」

 

 部屋に戻る途中、最も会いたくない者と出会す。かの魏の王である曹操の子孫で黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)の所有者、曹操だ。しかし、確かに曹操は人にしては面白かったと父が言っていたが……その子孫だからどうした? 息子は確かに父が成れなかった皇帝になったり詩聖と呼ばれただろう。だが、子孫はどうだ? 偉大な祖先が築いた物を簒奪されたではないか。

 

 

 つまりだ、更にその子孫の此奴は……むっ、私達はどうか? 悪魔は寿命が長いからな。初代と旧魔王派は其れ程離れていない。

 

 

 

 

 しかしだ、今日は色々と同じ組織の者と出会ったが……よく空中分解しないものだ。私でさえ他の派閥の者に色々と思う所が有るのだからな……。

 

 

 

 

 ああ、一刻も早く偉大なる七人の御方々の下で戦いたい物だ。何故か今も下で戦えている気もするのだが……。「いや、だからさぁ。どうして皆、そういう奇妙なことは僕の仕業だと思うのさ?」

 

 コカビエルの一件から数日後、オーフィスの髪型を弄っている時にエンプティーに文句を言われた。コカビエルに何かしたのなら先に言っておいてくれと。 

 

 いや、知らないからね? フェニックスの特性を持たせるとかあの頃の僕には出来ないから。今? 全然オッケー。限界を超え続けてこその天才さ。

 

 だけどまぁ、僕としてみれば冤罪な訳で文句も言いたい。だから言ったんだけど、この場にいる僕の身内の反応はこうだ。

 

「何時もの行動のせいじゃないかい?」

 

 僕の最高傑作にして助手、造魔クロロ。

 

「マッドな日常が原因っす」

 

 恋人兼実験材料、(元堕)天使ミッテルト。

 

『同意します、ドクター九龍』

 

 僕が作ったロボット、エンプティー。

 

「正義が悪い。反省」

 

 育て親、無限龍オーフィス。

 

 ……ちょっと酷くない!?

 

 少し落ち込んだ時、オーフィスの視線に気付く。先程まで髪型を変える為に背中を向けていたのに、何時の間にか僕の方を見ている。此方の瞳を覗き込むその瞳は飲み込まれそうに深く黒く、少し怒っていた。

 

 

「……何を隠している? 話せ」

 

 オーフィスは僕の膝の上に立って肩に手を置くと力を入れる。直ぐにメキメキと音を立てて骨が軋みだした。痛い。でも、それ以上に情けない。オーフィスがこんな事をしてくる理由、それは僕を心配しているからだ。オーフィスを心配して黙っていたけど、隠し通せなかった自分が情けない。

 

 

 

 

「……駄目、言えない」

 

「言え」

 

 肩の骨が握りつぶされる。正しく粉砕、粉微塵。潰れた肉の隙間に粉末になった骨が入り込み、直ぐに再生していく。普段オーフィスは僕に絶対に手を上げない。それがこうして手を上げるということは、きっと何かを感じているんだろうね。大体の攻撃が微塵も効かないオーフィスは危機感を持っていない。だけど今のオーフィスはそれを感じている。

 

 

「我、親。親は子を守る」

 

 ただし、それは自分に対してではなく、僕への危険を感じ取ってだ。……あーあ、本当に情けないや。

 

 

 

「言わない。僕にも意地がある。……大丈夫。どうしようもない時には絶対に頼るから」

 

 だけど、親が子を守るっていうのなら子も親を守る。オーフィスに敵を作らない為とか、第三者の介入とかを考えるという事はない。それがグレートレッドを除いて圧倒的頂点である強者故の欠点。だからこそ、オーフィスを表に出す訳にはいかないんだ。

 

 僕は目を逸らさずオーフィスの目を見つめる。一分、もしくは一時間にすら感じる時間の後、オーフィスは頷く。微かに笑っていた。

 

「分かった。でも、約束。絶対に無理しない」

 

 差し出された小指に小指を絡める。……うん。オーフィスの力を借りなくて良いように頑張らなくちゃね。

 

 

 

 

「そうそう、助手。明日、ミカエルとの密談があるから影から護衛お願い。……怪しい動きをしたら」

 

「任せときな。首根っこへし折ってやるよ」

 

「我が滅ぼす?」

 

「助手に任せるからお菓子でも食べていてよ」

 

 上手く行くかなぁ……。

 

 

 

 

 暴食、嫉妬、色欲、憤怒、怠惰、傲慢、そして強欲。それが人を罪悪に導く要因とされている。だけど、実は八個目があると言われる場合もある。それは……正義だ。

 

 人は正しいと思う事の為に罪を起こしうる。それは勿論人だけではなくて……。

 

 

「本日は会談に応じて下さって有難うございます。私が天使長ミカエルです」

 

 僕の目の前に居るのは黄金の翼を持つ青年。ただし年齢は天使長と名乗るだけあってそれなりだ。本来僕は悪魔側の所属ではないけど協力者であるから天界、しかもトップが会うのは対外的に良くない。下手をすれば謀反が起こりかねない程にね。それはそれで都合が良いんだけど、今日の話し合いが成功する方が都合が良い。だから撮影だけしておこう。

 

「この話し合いは悪魔天界双方共に一部の者以外に知らされていない極秘の物。それは分かっているね?」

 

「ええ、セラフォルーも細心の注意を払ってセッティングをして下さいました」

 

 うんうん、本当にこういう時だけは感謝してやるよ、セラフォルー・レヴィアタン。なにせ君のおかげで天界の危機は救われる。本当に優秀な外交担当だ。……早い内に消しておかないとね。いや、焦りは禁物か。

 

 

「色々と腹の探り合いも面倒くさいし率直に言おう。神が不在の今、決して生まれない天使だけど……僕なら生み出せる。其方が協力してくれば一週間で人造天使を完成してあげるよ」

 

 今回の話し合いにおいて僕が聖書の神の死を知っている事は伝達済み。研究をしていて気付いたって伝えている。

 

「……そうですか。それは良かった」

 

 ……あまり乗り気じゃないって感じだね。まあ神の領分に人が踏み入るんだし、下僕として複雑なんだろうけどさ。

 

「今までシステムを守るって名目で大勢の人間を犠牲にして来たんだ。大天使の矜持くらい犠牲にしなよ」

 

 いやはや、どれだけの人が絶望を感じた事やら。しかもそれは天界の為、正当化出来るんだから怖いよねぇ。正当化ってのは歯止めを無くすには充分だから怖い怖い。

 

「……分かりました。では、此方がお約束の報酬です」

 

 今回の依頼を受ける際、成功報酬は前払いって伝えている。ミカエルが差し出したのは布に包まれた聖なるオーラを放つ剣。昨日の騒動の原因となった……。

 

「結合された六本のエクスカリバー、確かに受け取ったよ」

 

「貴方の研究には期待しています。どうか我々の窮地をお救い下さい」

 

 深々と頭を下げるミカエル。こーんな姿、信者に見せられないよね。でも、今からするお願い……いや、指示の内容はもっと見せられないよ。

 

 

「じゃあ人造天使を造る為に研究素材が必要だから男性の天使……出来れば上級以上で十人程に協力して欲しいだけど、無理なら貴方に頑張って貰うしかないね。時間は『箱庭』で何とかなるし」

 

「私一人で何とかなるなら……」

 

 今度の三大勢力の会談で和平を申し出る予定って聞いたけど、それが正式に決まるまでは身内にも内密にしていた方が良いって考えだろうね。

 

 まあ頑張るって言ってるし、もしもの際の脅は……交渉材料になるしそっちの方が都合が良いか。

 

 

 

 

 

「じゃあ今から僕の家に来て人造人間(ホムンクルス)を十人程抱いて。堕天防止薬と精力剤は用意してあるから」

 

「うぇっ!?」

 

 多分生まれて一番だろうなぁって程の間抜け顔のミカエルだった。しょうがないでしょ? 精液が一番適してるんだ。ちゃんと子宮を試験フラスコ用に調整して造った奴らを用意したんだし断らても困る。

 

 

「ほら、これからは人造だけでなくって自然な行為で新しいのが生まれてくるだろうし、トップが率先してヤらないと」

 

「い、いえ、しかし……」

 

「煮え切らないなぁ……大勢を犠牲にしてきたんだ。自分の貞操くらい犠牲にしなよ」

 

「……はい」

 

 この後、時間の流れを調整した空間でミカエルが十人に交代で絞り尽くされた。

 

 

 

 

 

 

「ふーん。今の主に不満ねぇ」

 

「不満って訳じゃないけどよ……本当に大丈夫なのか心配なんだ」

 

 注がれたミカエルの子種を子宮内部で研究用に調整した十人をバラして子宮を取り出した翌日、何時もの様にお昼を食べている時にイッセーに相談された。

 

 この事に関しては僕も責任を感じなくもない。

 

「まさかイッセーに此処まで才能がないとは思わなかったからね。君、消費数は八個中0.1程度だよ? せめてもう少し鍛えていたら別のマトモな貴族を紹介して貰えていただろうに」

 

 サーゼクスは僕に良い顔がしたいだろうし、向こうも紹介する方がする方だから無碍な扱いは出来ない。なのに、まさかリアス・グレモリーが中堅クラスの神滅具持ちを転生させる事が出来るだなんて。

 

『……あれだ、小僧。お前はもっと頑張れ。じゃないと贋作を手にした小娘の方が赤龍帝だと認識されるぞ』

 

 結構辛辣なドライグ。しかし自分の力を模されて不満じゃないのかな? 少し疑問だから聞いてみた。

 

『こうして侮った相手に封印されて能力を使われている時点でアレだからな。それに知恵を凝らし道具を作り出すのが力無い者の力だ。それを否定はせん。……それに禁手の方は異質の様だしな』

 

 ……へぇ、気付いたんだ。そう。既にって言うか、作った時点で禁手化は使えるようにしてある。まだ使いこなせないから前回は使わなかたけど……。

 

 

 

「大丈夫です! イッセーさんには私がいますから! き、昨日だって元気がなかったから……」

 

「あっ照れてる。……ヤったんっすか?」

 

「ま、未だです。……本の通り、は、挟んだり、舐めたりしただけで……」

 

 ……取り敢えず言おう。ディオドラ、ざまぁ。ぶっちゃけ、あの程度の内通者は必要無いからね。

 

 

 

 

「……アレは」

 

 ミッテルトが顔色を悪くして下を見詰める。……ああ、入って来たなとは思っていたけど、まさか彼処までの大物が来るとはね。下見だとしても自由過ぎない? 公的な物なんだし、普通は正式な使者を使ってさぁ。

 

 

 

 

 

「イッセー。今、学園に君を殺せと命じた奴が、アザゼルが来てる」

 

 安心させる為、ミッテルトを抱き寄せながら視線を向ければ向こうも此方を見てくる。さて、誰が目的なのやら。


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