ポケットモンスターサンムーン~ifストーリー~《本編完結》 作:ブイズ使い
時系列はアローラチャンピオンが初めて誕生してからまだ間もない頃です。リーリエはカントーで奮闘中。
ここはアローラ地方、アーカラ島にあるカンタイシティ。そのカンタイシティから少し離れた外れに、とある少女とその家族が静かに暮らしていた。
「ほら!早く起きなさい!もう朝よ!」
「うーん……もう少し……」
相変わらず朝に弱い娘の反応に呆れながら、いつものように少々荒っぽく起こそうと彼女に被っている毛布に手をかけ、力いっぱい引っぺがした。毛布を手にしていた少女はその勢いで布団から落ちてしまい、その痛みから目が覚めるのだった。
「いったぁ……。もう、お母さん!もう少し優しく起こしてよ!」
「優しく起こしてもあんた全く起きてこないじゃないの。簡単に起きるんだったら苦労しないわよ。」
「うっ……そ、それは……ごめんなさい。」
勢い余った反論したものの、母親の正論にぐうの音も出ず少女は謝る。元はと言えば自分が朝に弱いのが原因であるため仕方がない。
「ほら、分かったらさっさと顔洗って朝ごはん食べちゃいなさい。学校に遅刻しちゃうわよ、ユメミ。」
「はーい」
ユメミと呼ばれた少女は母親に返事をすると、洗面所で顔を洗い目をしっかりと覚まして1階のリビングに向かう。リビングでは新聞を読んでいる父親が座ってユメミのことを待っていた。
「おはようユメミ。今日もお母さんに起こされたんだね。」
「あはは、まあね。」
「あんまりお母さんを怒らせるんじゃないよ。あとが怖いからね。」
「はいはい。余計なこと言ってないで、早く食べて準備しなさい。」
ユメミの家族の朝はいつもこんな他愛のない話から始まる。ユメミは高校へと通い、父親は自宅勤務、母親は家事をしながら会社へと勤務している至ってどこにでもある普通の家庭だ。
ユメミは今日も学校に向かう。いつもの日常、いつも過ぎていく時間、特に不満は感じていなかった。だがそれでも、特にやりがいも感じていなかった。不満はないはずなのにも関わらず、やりたいことも見つからず、夢や目標、そう言ったものがユメミには一切なかった。
ユメミは高校3年生。つまりもうすぐ進路を決める時期である。誰もが自分の夢へと向かって一歩を踏み出そうとしている中、ユメミは未だに将来を決められていなかった。
彼女の目の前には進路希望調査票と書かれた紙が一枚。しかし将来を決めかねている彼女は当然白紙のまま提出できない状態でいた。
「でさー、昨日見たテレビで……」
近くでは同級生の女の子が昨日見たテレビの内容を話しているのがチラリと聞こえた。しかし進路希望調査に何かしら書かなければならない彼女はそんな話を気にしている場合ではなかった。
(……はぁ、もういっそのことアルバイトとかでも書こうかな。特にやりたいこととかないしなぁ……。)
最近の女子にしては珍しく将来の夢の欠片もないユメミ。進路希望調査とにらめっこしているユメミに、先ほど会話していた女子二人が話しかけに来た。
「ユメミ、まだ進路希望決めてなかったの。」
「あー、まあね。」
「そんなのノリで決めちゃいなよ。ポケモントレーナーとかでいいんじゃない?」
「いや、それは……。」
ポケモントレーナー。この世界に存在している不思議な不思議な生き物ポケットモンスター、縮めてポケモンをモンスターボールと呼ばれる特別なカプセルに入れている人のことを全般的に指す。しかしどちらかと言えばポケモンと共に旅をする人たちの事を指すことが多いだろうか。主にポケモン同士をバトルさせて腕を競い合う人たちのことである。
ここアローラ地方にはポケモンを持つと島巡りと呼ばれる試練にチャレンジし、人としてもトレーナーとしても成長させると言う風習が昔から伝わっている。今でももちろんそう言った風習は続いているが、もちろん強制されているわけではない。
基本10歳を過ぎるとポケモンと共に旅をすることを許されている。多くの人たちがポケモンと共に旅をすることを憧れ、島巡りへと旅立つことが多い。しかしユメミはポケモンに対しての関心も低く、旅に出ることなど面倒くさいと思い島巡りを拒んだ。
「ユメミは何かやりたいこととかないの?」
「やりたいこと、ねぇ……。」
改めて考えてみるものの、今すぐに思いつくことが全くない。物事に対しての関心が低い性格がここにきて災いになるとは思ってもみなかったと、少し後悔をするユメミ。
そんな時、一人の女子生徒が一つの話題をユメミに振ってきたのだった。
「そう言えばユメミは昨日のテレビ見た?」
「テレビ?」
「もしかしてユメミ……テレビにまで関心がないなんて言わないわよね?」
女子生徒が尋ねると、相変わらず首を傾げているユメミの反応に溜息をついた。ここまで世間にすら耳を傾けない花の女子高生がいるものだろうかと心の中で呆れている。
「あれを見てないなんて勿体ないなぁ。」
「あれって……だからなに?」
「なにってそんなもの……チャンピオンの試合に決まってるじゃない!!」
突然興奮気味に顔を近づけてきた友人に呆気にとられるユメミ。しかしユメミにはなんのことを話しているのか理解できていない。
チャンピオンと聞いて真っ先に思いつくのはボクシングなどのスポーツぐらいだが、昨日やっていたのは精々野球の試合ぐらいであった。であれば彼女は一体何の話をしているのだろうか、と疑問に思っていると彼女は先ほどよりも早口になって説明し始めた。
「チャンピオンって言うのはポケモントレーナーの中で一番強い人のことだよ!各地方にチャンピオンは一人いて、アローラ地方にも最近すっごい強いチャンピオンが誕生したんだよ!」
「へ、へぇ~そうなんだ。」
ユメミは呆気にとられながらも返答する。ユメミに限ったことではないが、アローラ地方は他の地方に比べてポケモンバトル自体があまり浸透していない。なぜならこのアローラ地方にはポケモンリーグと呼ばれるトレーナー同士で腕を競い合う施設が最近完成したばかりであり、ポケモンジムと呼ばれる施設も存在していない。故にユメミだけでなくポケモントレーナーでないものにとって、ポケモンバトルに関するニュースは少々耳に入り辛い情報ともいえるだろう。
もちろんニュース自体はテレビを通じて発信しているので、チャンピオンが誕生したなどと言う大ニュースを知らない人物など極僅かではあるだろうが。
「そのチャンピオンってそんなにすごい人なの?」
「何言ってるのユメミ!?」
「ひゃい!?」
ユメミの疑問に対して信じられないと言った表情で目を見開き怒鳴る女子生徒。普段と違う剣幕に、ユメミは思わず変な声が出てしまう。
しかしそんなことは気にすることなく、女子生徒はユメミにチャンピオンの凄さを語り始めた。
「チャンピオンはすごく強いだけじゃないの!ポケモンとの連携も完璧だし、何よりパートナーのニンフィアともすっごく仲がいいの!それに何より、チャンピオンとニンフィアの華麗に舞う優雅なバトルが綺麗で――」
「まあまあ落ち着いて。ユメミも追いついていけなくてキョトンとしてるから。」
と長くチャンピオンのことを語る女子生徒をもう一人の生徒がなだめると、我に返ったチャンピオンのファンである生徒がコホンと咳ばらいをして落ち着きを取り戻した。
「と、とにかく、チャンピオンは凄い人なんだからユメミも一度見た方がいいよ。絶対にユメミも興味を惹かれるから。」
「う、うん……」
いつもの軽い反応を示すユメミだが、そこまで熱弁されると流石のユメミでも少し興味を惹かれていた。今度そのチャンピオンの試合が報道されたら見て見ようかな、と考えていると、もう一人の生徒がある三枚の紙を取り出して提案する。
「じゃーん!実はさ、ここにチャンピオンの試合を見られるチケットが丁度三枚あるんだけど。」
「え!?うそ!?マジ!?チャンピオンの試合を生で見れるの!?」
「だから落ち着きなって。まあパパの伝手で貰ったんだけど、他に一緒に見に行く人がいなくて。もしよかったら、二人も一緒に見に行かない?」
「行く行く!絶対行く!ユメミも一緒に行こうよ!」
「え?うん、まあ、タダならいいかな?」
直接行くのは少し面倒だなぁ、と思いながらも、女子生徒の勢いに負けてしまいノリでチャンピオンの試合に行くことになってしまったユメミ。
そしてチャンピオンの試合当日。ユメミは少し後悔していた。と言うのも、まさかのウラウラ島にあるアローラ地方最も高いと言われているラナキラマウンテン頂上にアローラポケモンリーグは設立されていた。
一応山の麓に専用の送迎バスがあったため苦労はしなかったのだが、如何せんアローラの温暖な気候とは裏腹に、ラナキラマウンテンの気温はかなり低い。貸し出しの温暖スーツを着ているとはいえ、寒さが苦手なユメミにとっては少々厳しい環境だったのである。
施設の中は暖房が効いていたためよかったと、心の中で安心しているユメミ。しかし心の中で安心感を感じた時、緊張が解けた緩みから尿意が訪れてしまった。
「ご、ごめん、少しトイレに寄っていくね。」
「そう。じゃあ私も……『二人ともー!はやくはやくー!』私は心配だからあの子について行くわ。」
「う、うん、また後でね。」
そう言ってトイレに立ち寄るユメミ。だが思いの外トイレが長引いてしまい、トイレから出た時には周りに誰もいなかった。恐らく全員会場まで着いてしまったのだろう。
自分も早く向かわないとと思うユメミだが、想像よりも施設内部が広く、初めて訪れたユメミはリーグ内で迷子になってしまう。このままでは折角ここまで来たのに苦労が全て水の泡となってしまい骨折り損のくたびれ儲けと言う、ユメミにとっては最悪の結末を迎えてしまう。
なんとかして試合までに間に合わなくては、と焦るユメミに、ある男性の声がかかったのである。
「あれ?どうかしたんですか?」
ユメミはその声がした方向へと振り向く。そこには声の主と思われる少年がこちらを見ていた。少年は見たところ18歳のユメミよりも若く、10歳前後と言うところだろうか。しかしアローラの少年にしては背格好が小さく見えるので、10歳未満だろうか。
という事はこの少年は親とはぐれてしまった迷子なのだろうか、と考えていると、再び少年が話しかけてきた。
「もしかして迷子ですか?」
「え?ま、まあね。そう言う君は親とはぐれちゃったの?」
「……なるほど、そう言うことか……」
「え?何か言った?」
「いえ、なんでもありません。」
見た目に反してなんとなく大人びた反応をする少年。しかし自分も迷子になってしまっているため、少年の親を探し出せる自信もない。
どうしたものかと悩むユメミ。そんな彼女に対し、少年はもう一度あることを尋ねる。
「ここにいるってことは、チャンピオンの試合を見に来たんですよね?」
「う、うん、そうだけど……君も、だよね。」
「まあ、そんなところです。」
ユメミの問いに少年は曖昧な回答で返答した。彼は明確な答えは出すことなく、正面を指差す。
「この先の通路を真っ直ぐ突き当りを左に曲がれば観客席に出られますよ。もうすぐ試合も始まりますし、早く行った方がいいかと思います。」
「そうなんだ。ありがとう。君も一緒に行こう?」
「僕は少し用事を済ませてから行くので先に向かっててください。」
とユメミが少年も一緒に行こうと振り向くと、彼はユメミとは反対の方向へと振り返り歩き始めた。どうしてだろうと少し疑問に感じるユメミであったが、少年はその時足を止めてもう一度ユメミの方へと振り向いた。
「今日の試合、どうか楽しんでいってくださいね。」
「え?う、うん……。」
観客であるはずの少年が、まるで自分がするかのようにユメミに笑顔を向けていた。最後まで疑問が残るユメミであったが、会場の盛り上がる声が聞こえてハッと我に返り、急がないとと会場へと向かった。
「はぁ……はぁ……ごめん、遅れちゃって!」
「おっそーい!もうすぐ試合始まっちゃうところだったよ!」
「もしかして迷子になってた?」
友人の言葉に図星をつかれて乾いた笑いしかでないユメミ。ユメミは友人の隣にあいている席に座り一息つく。
次の瞬間会場が暗くなり、スポットライトが一人の男性を照らす。ヘッドマイクを付けているところを見ると、恐らく司会を務める男性なのだろう。
『お待たせいたしました!それではこれより、アローラリーグ初代チャンピオンによるエキシビションマッチを開催いたします!』
その言葉を聞いて会場は一気に熱が入り盛り上がりを見せていた。その様子からチャンピオンと呼ばれるだけはあると人気の高さを実感するユメミ。隣で騒ぐ一人の友人を横目で見ながら。
『それでは最初に、チャンピオンに挑戦するトレーナーを紹介します!』
挑戦者は非常にガタイが良く、見ただけで威圧感を感じさせるほどの身体をしていた。むしろポケモンではなく自分が戦った方がよいのでは、と言うツッコミがユメミの心の中で入っているのだが。
司会の解説曰く、あのトレーナーは見た目だけでなく実績のあるトレーナーで、大会でも優勝経験がある名の知れたトレーナーだそう。エキシビションマッチと言うだけはある、腕前に相当の自信のあるものを選抜しているようである。
となるとチャンピオンはそんな挑戦者よりももっと強い人物であるのは間違いない。一体どのようなトレーナーなのだろうか、と少女は喉をゴクリと鳴らし生唾を呑んだ。
『それではお待ちかね!アローラ地方初代チャンピオンの入場だ!』
そして待ちに待ったチャンピオンが入場してくる。しかしそのチャンピオンは、想像とかなり異なり少々小柄な少年が姿を現した。その少年の姿を見た瞬間、ユメミは思わず「えっ?」と声が零れる。
「ユメミ?どうかした?」
「え?う、ううん、なんでもない。」
友人の一人がどうかしたのかと尋ねるが、ユメミはなんでもないと答える。もう一人の友人はチャンピオンの登場に興奮しすぎているのか全く気付いている様子はないのだが。
姿を現したチャンピオン。その容姿にユメミは見覚えがあった。その少年は先ほど迷子になっている時、廊下であった少年と瓜二つであった。同じ会場で同じ容姿の人間が偶然存在するわけなどなく、正真正銘ユメミが廊下で出会った彼はチャンピオンだという事になる。
これで彼が最後に言い放った一言の意味をユメミは理解した。今日の試合を楽しんでくれ、とは自分の試合を楽しんでくれと言う意味だったのである。
しかし彼は明らかに10歳程度にしか見えない。チャンピオンになったと言うからには間違いなく島巡りを攻略しているため、10歳以上なのは間違いない。自分よりも若い子供がチャンピオンとして君臨しているなど、ユメミは夢にも思わなかった。
チャンピオンと挑戦者はモンスターボールから自分のポケモンを繰り出した。挑戦者が繰り出したのは大きな顔と身体が一体となって、体から四本の逞しい足が生え、それぞれの足に三つのツメが生えている鋼鉄の身体でできたメタグロスと呼ばれるポケモン。見るからに厳つく、硬くて強そうな見た目にユメミは圧巻していた。
チャンピオンのポケモンもさぞ迫力のあるポケモンなのだろうと思い見て見ると、チャンピオンが繰り出していたのはなんと小柄で可愛らしいリボンが特徴的な四足歩行のポケモン。瞳はつぶらで、戦えるようには到底見えない女の子にも似た印象のポケモンであった。名前はニンフィアと言う、彼にとっては一番のパートナーと紹介されている。
あんな可愛らしいポケモンで本当に戦えるのか、と初めて見た彼女は不安に駆られてしまう。するとニンフィアは、チャンピオンの足元まで歩み寄り、チャンピオンは屈むとニンフィアの頭を優しく笑顔で撫でていた。その様子から、二人が非常に仲のいい二人であることが伝わってきた。
次の瞬間、挑戦者とメタグロスに向き合う二人は真剣な眼差しになり、先ほどまで無かった威圧感が一気に対戦相手へと襲い掛かった。その姿を見たユメミは、何かしらの違和感を感じた。
(なに?この感覚……あの子たち、一体なんなの?)
尋常じゃない迫力、先ほど話した時と試合が始まる前の優しい印象とは裏腹に、彼らからはとてつもないほどの気迫を感じ取ったユメミ。全く異なる彼らの姿に、ユメミは再び息を呑んだ。
試合が開始される。地面を滑るかのように素早く移動し接近したメタグロス。初めてポケモンバトルを目にするユメミには何がなんだかさっぱり分からない。あれほどの速度で移動されてしまったらチャンピオンは捉えることができないのではないか、とさえ思ってしまう。
しかしユメミの予想は簡単に超えられてしまう。ニンフィアは華麗に宙を舞い、フィールドを舞い、メタグロスを逆に翻弄する。気が付けばメタグロスはあっさりと追い詰められており、息が荒くなっているのが分かった。一瞬の攻防が、ユメミには全く理解が追い付かない時間であった。
刹那、突然挑戦者の腕が光り始めたと思ったら、とてつもない破壊力を持つ技が飛び出していた。その威力は会場全体に伝わるほどで、爆風で吹き飛ばされてしまうのではないかと言う錯覚にさえ陥った。
その攻撃はニンフィアにヒットした。これで終わってしまったのか?いや、そんなはずはないとユメミは不思議と確信を持つことができた。気が付けばユメミも手を強く握りしめ心臓がバクバクと跳ねているのが分かった。
次の瞬間、衝撃の中からニンフィアが勢いよく飛び出しメタグロスへと突き刺さった。メタグロスは壁にまで吹き飛ばされ、目を回して倒れているのが分かった。これがポケモンバトルにおける戦闘不能、つまりバトル続行不可能の合図であった。
司会による合図があり、バトルは終了する。迫力のあるバトル、そしてチャンピオンの華麗かつ力強いバトルに会場は大盛り上がり。かく言うユメミも、気が付けば立ち上がって大きな歓声をあげていた。自分がまさかこんなにも大きな声を出して興奮するなど、考えたこともなかったため自分で驚いていた。
ポケモンバトルってこんなにも興奮してすごいものなんだと感じたユメミ。その上チャンピオンはこんなにもすごいトレーナーなんだと感じたユメミ。興奮も冷めやらぬ中、冷静になった二人がトイレに行くとユメミから手を振って離れていく。
一人になった彼女は会場の外で待つことにする。そんな彼女に、またある人物が声をかけてきたのだった。
「さっきぶり、お姉さん。」
「え?え?えーーー!?」
その声をかけてきた人物に驚き大声をあげてしまうユメミ。その少年とは先ほど熱い試合で自分を興奮させてくれたチャンピオンの少年であった。少年は慌ててしっーと自分の口に指を当てる。
彼がサングラスをかけていることを考えると、なるべく正体をバレないようにしているのだと察したユメミは、慌てて自分の口を両手で塞いだ。周りを見て見ると、どうやら自分に注目をしている人たちはいなかったようだ。
「な、なんでチャンピオンがここに?」
「少し気晴らしに散歩してるんです。それより……どうでしたか?今日の試合。」
「す、すごく興奮しました!ポケモンにあまり興味がなかったんですけど、あんなに迫力があって熱いものだなんて思ってもみませんでした!感動しました!」
先ほどまでの様子とは打って変わって、ポケモンに興味を示したと熱く語るユメミ。そんな姿に、チャンピオンは温かく頷いてよかったと答えていた。
「僕はチャンピオンとしてまだまだ未熟だけど、これから応援してくれると嬉しいです。もしお姉さんがトレーナーとして旅に出て、僕との戦いを望むのであれば、その時を楽しみにしていますよ。」
「トレーナーとして……旅に……」
チャンピオンのその一言にユメミは思った。自分も旅に出て島巡りをすれば、自分が彼とバトルをすることができる。それだけでなく、ポケモンの事を知ることができる。そう考えると、今まで感じる事のなかったユメミの奥に眠った衝動が不思議と湧き上がってくるのを感じた。
その時、ユメミの名前を呼ぶ声が聞こえた。友人たちがトイレから戻ってきたのだ。改めて振り返りチャンピオンの方へと目を向けると、そこには既に彼の姿が見当たらなかった。
「ユメミ?今誰かと話してなかった?」
「え?ううん、そんなことないよ。」
チャンピオンの事は無暗に話さず、自分の心の中にだけ秘めておこうと心の中で決めるユメミ。そんな彼女は、今日の出来事で決めたことを二人に話した。
「私……将来の夢決めた!」
そう言って、彼女は自分が見つけた夢を二人に語ったのだった。
時は流れ、ユメミは高校を無事に卒業することができた。そしてある日、彼女は靴を履き、玄関を出て振り返る。
「それにしても貴女が旅に出るって言うなんてね。」
「もー、お母さん!折角の娘に旅路なんだからもっと言うことあるでしょ?」
「ごめんなさい。未だに信じられないことだったから。忘れ物ない?ちゃんとお母さんが言ったもの全部持った?」
「大丈夫だよ、心配性なんだから。」
「朝全然起きられないような娘、心配しない方が無理でしょう?」
「うっ……おっしゃる通りです……」
母親の指摘に言い返すことができず、ユメミはガックリと項垂れた。しかし今日からは違うぞと、いつもの彼女と違うはりきりを見せていた。
「あはは、まあユメミなら大丈夫だよ。それに、今日からは一人じゃないんだから。」
父親の「一人じゃない」と言う励ましに、ユメミは心にある期待を膨らませて見送ってくれる父と母に笑顔で答える。
「じゃあ行ってきます!お母さん!お父さん!」
「行ってらっしゃい。気を付けるのよ!」
「頑張ってね。無事に帰ってくるんだよ。」
父と母の言葉を受け、ユメミは歩き始めた。最初に目指すはアーカラ島のしまキングがいると言われているコニコシティ。そこでしまキングから初めてとなるポケモンを貰い、彼女の旅はスタートする。
一体どんなポケモンが貰えるのか、最初のポケモンに期待しながら、彼女は歩みを進める。
これからどのような出会いが待っているのか、どんな困難が待っているのか、どのような旅になるのか、それは未来の彼女しか分からない。
ユメミはまるで子どものようにワクワクした気持ちを抱きながら未来へと進む。初めて見た夢に向かって――
~そして少女は夢を見る~
全く別からの視点、難しかったですけど楽しかったです。
実は色んな内容を考えた結果こういった話に落ち着きました。一応他3パターン程考えてたんですが、書いてる内にこの様な内容に仕上がったので。
多分この世界でも現実と同じように暮らしている人もいる、と言う妄想から生まれた話です。
こんな感じでこれからも番外編などを含め色々と気ままに書いていくので、末永くよろしくお願いいたします。