ポケットモンスターサンムーン~ifストーリー~《本編完結》 作:ブイズ使い
ギンガ団所属のシマボシ隊長より緊急任務を命令されたシンジ。その翌日、茶屋で働いている少女サレナと共に、シンジュ団の長カイが待つ黒曜の原野、奥の森へと来ていた。その場所にある大きな木が目立つフィールド、巨木の戦場と呼ばれる場所に例のキングであるバサギリが生息しているようである。
そこに辿りつくと、カイが仁王立ちをして待ち構えていた。彼女の横には大きいテンガロハットを被った小柄な少年が近付いてくるシンジのことを睨みつけるようにして立っていた。恐らく彼がカイ言っていたキクイと言うバサギリのお世話をしているキャプテンなのだろう。
「……お前がシンジ?」
「うん。君がキクイ、だよね。」
シンジの返答にキクイは静かに頷いて答えた。その後横にいる謎の少女、サレナに対して君は誰なのかとでも言いたげな視線を向ける。
「は、初めまして!私はサレナと申します。シンジさんのその……お付き添いで来ました。」
キクイはサレナの自己紹介を聞くと理解したのか、はたまたあまり興味がないのかシンジに視線を戻した。
「単刀直入に言う。オレはまだお前を認めてないからね!バサギリは気高く、強くてカッコいい憧れの存在なんだ!前よりも強くなっているバサギリを元に戻す必要なんてないからね!」
シンジはなんとなくそうなんだろうと思っていた。カイの話してはまだ彼は若く、そしてバサギリのことを崇拝しているようであった。この世界の人物、ましてや子どもであるキクイに現状を理解することなど難しいであろう。
「じゃあどうするの?このままバサギリを放っておく?」
しかしシンジは違った。記憶がなくともポケモンの気持ちをなんとなくでも理解できる彼は、現状を放置しておくと後々危険な事態が訪れてしまうことを察知していた。
「話に聞いた限りだとバサギリは無暗に縄張りに入らない限り温厚な性格だと聞いている。でも先日から急に暴れ出したって報告を受けたんだ。原因は何かは不明だけど、もしかしたら彼は苦しんでいるのかもしれないよ?」
「なんでお前にそれが分かるんだよ!バサギリはただ前より強くなってただ興奮しているだけだからね!少ししたら元に……!」
「戻らなかったらどうするの?」
「っ!?」
相手はキャプテンとは言えまだ子ども。子どもであるキクイにあまり強く言うのは気が引けてしまうが、それでもこのまま放置してしまう方が悪手であると判断しシンジは少し強い口調で彼を説得する。
「今回の件は今までになかった例外。そんな中バサギリが元に戻る保証はない。もしこのまま元のバサギリに戻らず縄張りの外に出てしまった場合、ポケモンたちの生態系が崩壊する可能性すらあるんだよ?」
もしもバサギリが今の状態で外に出て暴れてしまったら、この時代のポケモンの生態系が崩壊してしまいこの時代だけでなく未来のポケモンたちの生態系が大きく変化してしまう恐れがある。それは絶対に避けなくてはならない最悪の未来だ。そしてなにより……。
「バサギリは、苦しんでいるかもしれないんだよ。」
「バサギリが……苦しんでる?」
バサギリが苦しんでいる。そんな発想はキクイにはなかった。普段から強くてカッコいいバサギリの事だ。以前よりも更に強さを増して、むしろ喜んでいるのではないかと思っていた。だが今目の前にいる男はバサギリが苦しんでいるかもしれないと口にしたのだ。
キクイはすぐにでも反論したかった。どうしてそんなことがお前に分かるのかと。ずっとバサギリのことを見てきた自分よりも、一度も会ったことも見たこともないようなこの男が理解しているような口をしているのが悔しかった。
だがキクイはシンジの眼を見て確信した。この男は決して出まかせや知ったかぶりをしているんじゃない。心の底からただバサギリの事を、ポケモンの事を心配してそう告げているのだという事を。この男にバサギリのことを任せれば全て解決するような安心感が彼には感じ取れたのだ。
しかしキクイも子どもとは言えキャプテン。見ず知らずの男に自分が世話をしている大好きなバサギリの事を「はいそうですか」と任せることなどできない。ならばせめて、未熟ながらキャプテンとしてやるべきことは一つである。
「……分かった。ただし、その前にオレとバトルをしてくれるかね?」
まだまだトレーナーとして未熟なキクイだが、彼のバトルを通して少しでも彼の腕前を知っておきたい。本当に安心してバサギリを任せることができる人物なのかを自分の手で見極めたい。そのキクイの心意気に対してシンジは頷いて「分かった」と答え、彼と距離を取りモンスターボールを手にした。
シンジュ団の長であるカイもキャプテンキクイの意向を尊重して黙って彼らのバトルを見守ることにする。サレナもバトルと言うものを全く見たことがないので、大丈夫なのだろうか、危険ではないかと心配しながらシンジを見守っていた。
キクイが繰り出したのはドラゴンタイプのヌメラである。対するシンジは当然相棒であるニンフィア。キクイとの一対一のバトルが始まるが、結果はすぐについたのである。
結論から言うと、ヌメラのたいあたりをニンフィアが回避し、返しの容赦ないムーンフォースの一撃が突き刺さって一瞬で決着がついた。素人相手なので結末としては当然と言えば当然なのだが、キクイを納得させるには圧倒的な実力差を見せつけて認めさせるのが手っ取り早いと判断したまでのことである。
同時にシンジのバトルを見たカイもまた驚いて目を見開いていた。軽やかな身のこなし、一撃で戦闘不能にする技のキレ、紛れもなく彼は自分では絶対足元にも及ばない相手であることを理解した瞬間だ。だからこそ余計に余所者に頼らざるおえない悔しさが沸き上がり、手をギュッと握りしめるのであった。
「……ヌメラ、お疲れ様。君の実力、只者じゃないね。」
本来であれば彼が何者なのか尋ねたいところだが、彼は記憶を失っているという事を事前に聞いているため敢えて彼の事を尋ねることはしなかった。
「バサギリのこと、よろしくお願いね。」
「うん、僕とニンフィアに任せて欲しい。絶対に助けるから。」
『フィア!』
シンジとニンフィアがキクイの言葉に返事する。その返答を聞いたキクイは、この二人に任せれば問題ないだろうと確信を得ることができた。
話は纏まったなと、カイが早速何をするべきなのかをシンジに説明する。
「やることは簡単。キングであるバサギリの好物を調合して袋に詰め込んだ道具、私がシズメダマと呼んでいる袋を用意した。バサギリの隙を見つけてこのシズメダマを彼に当てるんだ。君がモンスターボールを投げる才能があるからこその提案だ。そしてバサギリが大人しくなったら、大きな一撃を与えて正気に戻させる」
簡単、とは言うが暴れまわっているバサギリにシズメダマを当てるなんてことは決して楽な仕事ではない。あくまで内容がシンプル、と言うだけの話である。しかしカイはシンジの実力を見て、彼のことを信頼しても良いのではないかと思い始めている。彼女も初めに比べて彼の事を信頼しているからこその言葉であろう。
シンジはカイからシズメダマを受け取る。自分のやるべきことは理解した。あとはみんなの期待に応えてバサギリを止めるだけである。シンジは自分の相棒であるニンフィアと目を合わせて頷き一歩前に出る。するとそこでサレナが一言声をかけてシンジの事を呼び止めた。
「シンジさん!」
「サレナ……君はここで待ってて。」
「はい……気を付けてください。」
「うん。カイ、サレナのことお願い。」
「ええ。そのくらい任せて。」
サレナの事はカイに任せ、自分は巨木の戦場へと足を踏み入れた。すると突如として周辺の木々が次々と切られて行き、金色に光った何者かがシンジの目の前に降り立った。
両腕にはゴツゴツとした鎌状の石斧。全体的にストライクに似た見た目だが、彼こそが例の暴れているキングであり、ストライクの進化形でもあるバサギリである。
バサギリはシンジとニンフィアを視界に入れるなり、縄張りに侵入した敵と見なして両腕の鋭い鎌を構える。シンジはそんなバサギリを鎮めるべく、早速シズメダマを投げてみる。
しかしシズメダマはバサギリの鎌によってあっさりと切り裂かれてしまい不発となる。やはり無暗に投げても効果はない。ならばなんとかしてでも隙を作る必要があるとニンフィアに指示をだした。
「ニンフィア!シャドーボール!」
『フィア!』
ニンフィアはシャドーボールを放つものの、バサギリは再び腕をぶん回して力づくでシャドーボールを引き裂いた。それを見たシンジは、とんでもない怪力の持ち主だとバサギリの事を改めて評価し直した。
今度はバサギリがシンジたちに襲い掛かった。バサギリの攻撃をなんとか躱し、一度彼から距離を置いた。どうやって彼の隙を作るべきかと考えながら逃げ回っていると、広場中央の大木へと追い詰められてしまい遂に逃げ場がない状態へと陥ってしまった。
「っ!?シンジさん!」
「待ちなさい!」
「で、でも!」
「今バサギリに近付くのは危険だからね!絶対縄張りに入ったらだめだよ!」
「今は彼を信じて待ちましょう。」
「……シンジさん。」
サレナは心配そうにシンジを見つめる。本当はすぐにでも助けに行きたいが、ポケモンを持たない自分が助けに入ったところで足手まといになるだけなのは明白。それに何より決して前に出ないことが彼との約束なので、自分はただここからシンジの事を見守るしかできない。歯がゆい気持ちでいっぱいだが、自分はただただシンジがこの状況を切り抜いてくれると信じて祈るだけである。
バサギリがじわじわとシンジとの距離を縮めていく。両腕の鎌を広げ、いざシンジとニンフィアに襲い掛かろうとするが、その瞬間に二人は屈んでバサギリの攻撃を掻い潜り後ろに回り込んだ。空を切ったバサギリの両腕は大木に刺さってしまい、一時的に動きを停止してしまうが、すぐに引き抜いて振り向きシンジたちを視界に捉えた。
その時シンジは既にシズメダマを投げるモーションを取っていた。バサギリはシズメダマの攻撃に備えて構えるが、シズメダマは思わぬ場所へと飛んでいくのであった。
「ニンフィア!」
『フフィ!』
シンジがシズメダマを投げたのはニンフィアの正面目掛けてであった。まさかの彼の行動に驚き、バサギリは反撃のタイミングを逃してしまう。そしてニンフィアは自分の元へと飛んできたシズメダマを、ようせいのかぜでバサギリ目掛けて吹き飛ばした。
タイミングをずらされようせいのかぜによって勢いが増したシズメダマはバサギリに命中。先ほどまで暴れまわっていたはずのバサギリが好物に接触したことにより一瞬落ち着きを取り戻す。その瞬間を逃すことなく、シンジはニンフィアに指示をだした。
「ニンフィア!ムーンフォース!」
『フィーア!』
『ッ!?』
ニンフィアのムーンフォースがバサギリの頭部を直撃。そしてバサギリはその場に倒れ目を回していた。戦闘不能の合図であり、それはバサギリの暴走を止めた証拠でもあったのだった。
シンジとニンフィアのコンビネーションが綺麗に決まり、シンジの手の平とニンフィアの触手でハイタッチを交わした。あのバサギリをまさか本当に止めるなんて、と驚きと共に尊敬の眼差しを向けるキクイ。シンジが無事だったことに心の底から安堵するサレナ。
そして何より、シンジとニンフィアの事をじっと凝視するカイ。しかしその眼差しは先ほどまでの敵視や悔しさなのと言ったものではなく、もっと別の感情のものが込められているように感じられた。まるで二人の関係を羨ましく思っている、羨望のような眼差しだ。
(あの二人……言葉を交わさなくても理解しているというの?シンジが投げたシズメダマを、当たり前のようにニンフィアがバサギリにぶつけて。しかもそれまでの行動も、まるで二人が一心同体にでもなったかのように完璧に一致した動きだった。)
カイは二人を見て思った。なんて息の合った二人だろうと。ずっと一緒にいたとしてもあんなに分かりあえるものなのだろうかと。
人間とポケモンは全く別の種類の生き物。人間にはない未知の力をポケモンたちは持っている。そんなポケモンたちを人間は畏怖の対象として見ている者も多い。言葉も通じづ、ポケモンたちが何を考えているかなんて人間には理解し得ないもの。
それなのに彼らはお互いの事をよく理解し、お互いの思考を共有し合っている。ハイタッチをし喜びを分かち合っている。そんな関係がカイにとってはただただ羨ましかったのだ。
(ああ、そうか。私、彼らの事が羨ましかったんだ。)
最初は彼らの事を余計なことに首を突っ込む余所者なのだと思い敵視していた。いや、ただの得体の知れない余所者なのだと思いこんでいた。しかし本当は、ポケモンと上手くいっている彼らに嫉妬していただけだったのだと気付いた。
(……私もいつか、グレイシアと)
そう考えてカイはグレイシアの入ったモンスターボールを見つめる。自分のパートナーであるグレイシアとはまだまだ目に見えない溝があるのだと感じている。だがいつかは自分も彼らのように、心と心を通わせられるパートナーになれればいいなと。
これからは、もう少し彼らに向き合うべきかもしれないと戻ってきたシンジたちを迎えるのであった。
その後、無関係者でありポケモンを連れていないサレナを同行させたことがバレ、シンジはシマボシ隊長に怒られることになるのだが、それはまた別の話である。
「……ほう、あの方が、ねぇ。」
一方、バサギリの件を解決したシンジたちを見る謎の人物がいたことを、シンジたちは知る由もなかったのである。
なんだか異世界転移チート主人公みたいな物語になってる気がするんだが気のせいだろうか。
多分他のキング・クイーンの話は飛ばすと思います。物語の進行と話の内容的にノボリさんも登場しないかも。ノボリさんはイッシュでクダリさんと幸せに暮らしてください(切実)