ポケットモンスターサンムーン~ifストーリー~《本編完結》 作:ブイズ使い
またアルセウス編の投稿は気ままに進めていくため、進行は少々遅くなるかもしれません。楽しみにしている方がいたら申し訳ありませんがご了承下さい。
知らない世界
「ん……こ、ここは……」
少年は目を覚ます。するとそこは何もない真っ暗な空間。まるで宇宙にでもいるような感覚に陥ってしまうほどの不思議な空間。
しかし呼吸はできるし意識もしっかりと保てている以上、ここが宇宙空間でないことは理解できる。戸惑っている彼の前に、丸く輝く光がふっと現れるのだった。
『お目覚めになられたのですね。』
その丸い光は少年に声を掛ける。突然の問いかけに少年は驚き目を見開いた。
『驚かれるのも無理はありません。ですが今から私の言うことを静かに聞いてください。』
光の玉の語る言葉に、少年は頷いて黙って耳を傾ける。
『私の名はアルセウス。あなたたち人間がポケモンと呼ぶ存在を生み出した者です。』
少年は聞いたことのある名に驚きを隠せず再び目を見開いた。アルセウスといえば全てのポケモンの生みの親であり、シンオウ時空伝説にも名を残している神と呼ばれているポケモンである。
『人間とポケモンが共存するずっと昔。その時代に危機が訪れてしまっています。このままでは昔の時代はおろか、あなたたちの住む未来の世界も存続の危機に陥ってしまいます。』
アルセウスが言うにはある一人の人間の行き過ぎた信仰によって、過去の世界の行く末が変えられてしまう恐れがあるのだそう。
過去が変われば未来も変わる。例えば植物に水を与えればすくすくと育つが、水を与えないで放置してしまえばすぐに枯れてしまう。それは過去の行いの違いにより未来が変化してしまっている一つの例である。
本来では存在しえなかった過去のできごと。それが時空の歪みによって変化が生じてしまい、本来辿るべき歴史と異なる世界線へと進みつつあったのだ。アルセウスとしてもそれを阻止しなければならないと焦りを感じているようだ。
『ですが私が直接手を加えてしまっては歴史を大きく変動させてしまう恐れがあります。そこで白羽の矢を立てたのがあなた、というわけです。』
少年は疑問に思い、なぜ自分なのかとアルセウスに最もな疑問を投げかける。
『あなたは気付いていないかもしれませんが、あなたは何度も自分の世界の危機を救っています。あなたであれば、きっと過去の世界も救うことができると私は確信しております。』
神と呼ばれしポケモン、アルセウスにそこまで評価してもらえるとは思わなかった少年は、そこまで言われたら断ることなどできないと、恐縮ながらもアルセウスの頼みを引き受けることにした。正直不安なことはたくさんあるがお人よしである彼にアルセウスの頼みを断ることなどできるはずもない。
それになにより、彼は自分の世界とその世界に住む人々、ポケモンたちを愛している。そんな世界を守るために力を尽くすことは、なにもおかしなことではなかった。
『ありがとうございます。しかし一つだけ、過去の世界にいる間はあなたの世界の記憶を一部消させていただきます。万が一にでも過去の世界と未来の世界が干渉してしまい、歴史が変化してしまうことは避けなければなりませんので、どうかご了承下さい。』
アルセウスの言葉に少年は頷いた。少年の寛大な心に、アルセウスは「ありがとう」と再び感謝の言葉を伝える。
『では目を閉じてください。次に目を開けたとき、あなたは過去の世界にて目を覚ますことでしょう。』
少年は目を閉じ、アルセウスに身を委ねる。しばらくすると彼の意識が途切れ、彼の意識は夢の中へと消えていった――
少年が目を覚ます。するとそこは広がるばかりの大草原であった。
「ここは……」
しかし少年はその光景に見覚えがなかった。それどころか自身の持っている記憶の一部が曖昧であった。
なぜ自分がここにいるのか。自分は一体何者なのか。自分はどこから来たのか。そう言った記憶が欠落してしまっている。記憶喪失というものだろうか。思い出そうとすると頭痛がして脳が拒絶してしまう。
頭痛に苦しみながらも、自分が所持するものになにか手掛かりになるものはないかと手持ちを探してみる。するとズボンのベルトになにやら球状のカプセルのようなものがぶら下がっていた。これは一体何だろうか、と触れた瞬間、遠くから何か悲鳴のようなものが聞こえた。
少年は一目散に声のした方向へと走る。そこには一人の少女と、彼女を何かから守るように少年が目の前に立ちはだかっていた。
少年たちの前には一匹の不思議な生物がいた。出っ歯が特徴的なネズミにも似た茶色の毛並みを持つ生き物。駆け付けた少年にはその生き物の正体がふと脳裏に浮かんだ。まるねずみポケモンと呼ばれているビッパである。
なぜこの名前が彼の脳裏に浮かび上がったのかは分からない。しかし彼は記憶を失くしてしまっているものの、この世界に存在している不思議な生き物、ポケモンの記憶は失くしていないようである。しかし彼はそれ以上考えている暇もなく、彼らを助けなければと焦っていた。
「イーブイ!イーブイ!しっかりして!?」
「ショウ!落ち着いて!大丈夫だから!」
「で、でもテル先輩!」
ショウと呼ばれた少女はしんかポケモン、イーブイを抱えて焦っている様子だ。イーブイはビッパと戦闘をしたのか、少し傷つき弱っている姿が確認できる。対して名前を呼ばれたテルと言う少年は、自分の手持ちのポケモン、ねすみポケモンピカチュウと共にビッパと対峙していた。
しかしピカチュウとの連携ははっきり言って最悪で、テルの指示に従うことなくピカチュウは闇雲に攻撃を仕掛けていた。そのためビッパにも簡単に躱されてしまい、ただただスタミナだけが消費していく。
『ビッパァ!』
『ピィ!?』
「っ!?ピカチュウ!」
ビッパの攻撃がピカチュウにヒットし、ピカチュウはその攻撃でダメージを受け戦闘続行が難しくなってしまう。テルは慌ててピカチュウを抱きかかえるが、野生のビッパは一切待ってはくれなかった。
その時、彼の懐にあるカプセルが揺れる。そのカプセルから、少年はある感情を感じ取った。少年はその感情と自分の本能に従い、迷いなく駆けだした。
「っ!お願い!」
『フィーア♪』
少年はカプセルを前方に投げる。カプセルがパカッと開き、そこから一匹のポケモンが飛び出した。ピンクと白の体をし、リボンの触覚のようなものが付いていて、ウサギのような大きな耳を持ったポケモン、むすびつきポケモンのニンフィアであった。
そのポケモンを見た瞬間、彼は思い出した。このポケモンは自分が最も信頼するパートナーであり、今まで苦楽を共にしてきた相棒なのだと。このニンフィアと一緒なら、何も怖いものはないのだと。先ほどまで知らない場所にいたと言う不安があったが、その不安も不思議と心の奥から消えていった。
「ニンフィア!でんこうせっか!」
『フィア!』
気付けば少年は、自然とニンフィアに指示を出していた。ニンフィアもまた、当たり前のように少年の指示に従っていた。ニンフィアはビッパの懐に飛び込み、突撃して大きく突き飛ばした。
「ムーンフォース!」
『フィイア!』
月の力を借りた大技、ムーンフォースが放たれる。ムーンフォースはビッパに当たることなく、彼の足元で炸裂した。その衝撃はビッパを追い返すには充分な威力で、ビッパは驚いてその場から逃げ出した。
「お疲れ様、ニンフィア。」
『フィーア♪』
少年は活躍したニンフィアの頭を撫でる。彼の暖かい手の温もりに、ニンフィアも喜びから笑顔で浮かべている。二人にとって、自然とこれが当たり前の行為であるのだと理解した。
その二人の様子を見ていたテルとショウだが、その目は微笑ましいものを見る優しいものではなく、信じられないものを見る驚愕の瞳をしていた。
「あっ、と、二人とも大丈夫?怪我とかしてない?」
「あ、ああ、大丈夫。助けてくれてありがとう。」
テルとショウは立ち上がり、助けてくれた少年に感謝する。先ほどの光景に驚いていたテルたちだが、一先ず助けてくれた少年に礼を尽くさなければと自己紹介を始める。
「俺の名前はギンガ団所属のテル。それとこっちが……」
「同じくギンガ団に所属してるショウです。あなたのお名前は?」
「僕は……」
突然名前を聞かれてしまいどうしようか、と悩む少年。記憶がないため自分のことでさえも不明瞭な点があるが、その時ふと一つの名前が頭に思い浮かんだ。
「――シンジ。僕の名前はシンジ。」
なんとなく、それが自分の名前なのだろうと確信を得ることができた。何故だかは不明だが、必要な時に最低限の情報が自然と頭の中にまるで魔法でもかけられているかのように思い浮かんでくる。
「シンジ、か。とりあえずすぐそこにコトブキムラって言う俺たちの村があるからそこで話そう。この近辺はポケモンが出て危ないからな。」
シンジはテルの提案に乗り、二人の後を付いていきコトブキムラへと向かう。
歩き始めてそれほど時間もかかることなくコトブキ村へと辿り着いた。そこには見張りを務めていた人がいたが、テルとショウの紹介によりシンジは無事にコトブキムラへと入ることができた。
コトブキムラは人の集まる集落であるが、シンジはその村にある建物に見覚えを感じられない。記憶喪失だから、と言ってしまえばそれまでだが、彼の心の中にその村の風景は“知らないもの”である気がしてならない。
その中でひと際大きい3階建ての建物が存在していた。そこから一人の中年太り気味な白衣を着た男性が飛び出してきた。するとテルとショウの元に走ってきて、汗を垂らしながら二人に心配そうに問いかけた。
「はぁ……はぁ……二人とも、大丈夫でしたか!?」
「はい、問題ありません。この人に助けてもらったので。」
「それよりラベン博士、この程度の距離で息が上がるなんて運動不足なんじゃないですか?」
「あはは、返す言葉もない……。」
ショウのジョークにラベン博士と呼ばれた男性は苦笑を浮かべるしかなかった。その後、シンジの事を見ると興味深そうに彼に話しかけた。
「ふむ、君、この辺では見ない顔だね。とりあえず二人を助けてくれてありがとう。」
「いえ、そんな、たまたまですから。」
「たまたま……本当にそうなのでしょうか?」
「ラベン博士?」
ラベンの呟きにテルは疑問を抱いた。兎に角立ち話もなんだから、と四人は近くの茶屋で食事をしながら話をすることにした。
「お話をする前に、僕はラベン。この世界にいる不思議な生き物、ポケモンについて調査しています。」
ラベンは自己紹介をし、シンジもまたその自己紹介に対応して自分の名前を名乗る。彼は茶屋の主人である老人にいつものをと頼んだ。
老人が運んできたのはイモモチ、と呼ばれる団子のようなものであった。どうやらこれはこの集落の名物で、ラベンの大好物でもあるそうだ。
お互いに名前を知ったところで、ラベンは深刻な表情で語り始める。もちろん食事をしながら。
「先ほど、空に裂け目の様な不思議な空間が出現しました。」
その言葉を聞いてショウとテルは驚きを隠せない。何かの予兆なのか、はたまたポケモンが何かしら能力を発動したのか。それともシンジが現れたこととなにか関係があるのか。彼らには理由が分からないと言うのが何より恐ろしかった。
「ポケモンは怖い生き物です。僕はポケモンの調査をしていますが、彼らには不明な点が多すぎる。何より、彼らは人間を襲うことも少なくありません。」
その言葉を聞いたシンジは違和感を感じた。ポケモンが人を襲う、と言うのは納得いく。しかしポケモンが怖い生き物、と言うのが彼にとって不思議でしょうがなかった。
「博士、ですが先ほどシンジに助けられた時、彼は自分のポケモンと仲が良かったように思えます。」
「っ!?それは本当ですか?」
「え?は、はい……。」
「なんと……そのようなことが……」
ラベンの剣幕な姿に驚きシンジは若干引き気味になるが、落ち着きを取り戻したラベンはぶつぶつと何かを呟きながら提案する。
「もしよろしかったら、ギンガ団に入団しませんか?」
「ギンガ団に、ですか?」
ギンガ団はテル、ショウが所属している組織である。一体何故なのか、と理由を尋ねると、ラベンは先ほどの深刻な表情とは裏腹に、柔らかい笑顔で返答していた。
「我々ギンガ団は不思議な生き物、ポケモンについて調査をしています。彼らには不明慮な点ばかりであると言うこともありますが、コトブキムラの住人はポケモンを恐れています。もちろん僕も例外ではありません。ですがその一方で、ポケモンと共存することができないかとも考えているのです。」
ラベンは一度イモモチを口にし、話を続けた。
「先ほども言いましたがポケモンは怖い生き物です。ですが同時に人間にはないとても強力な力を持っていますが、彼らの事を深く知ることができれば共存することも夢ではないのではと考えています。あなたたちのように、協力し合い信頼し合う関係になることも。」
シンジはラベンの言葉を聞いて、ニンフィアが入っているカプセルを取り出して見つめる。
「それはモンスターボール。人間がゲットしたポケモンはその中に収納される画期的なアイテムです。」
モンスターボール。それがポケモンの入っているカプセルの名称である。その響きに、シンジは懐かしさすら感じていた。
「シンジ君、どうでしょうか。あなたさえよければ、ギンガ団に入団していただけないでしょうか?」
ラベンの頼みにシンジは断る理由がなかった。彼にとって現在の状況は右も左も分からない状態だ。今の彼に頼れる人物もいなければ目的も分からない。であるならば目の前に必要としてくれる人がいれば、その人の助けになることで一歩ずつ前に進めるだろうと判断した。
「僕でよければ、こちらからお願いしたいです。」
「本当ですか!?よかった、では早速シマボシ隊長に――」
ラベンが早速行動に移ろうとすると、彼らに近付く人影があった。その人物は中性的な見た目ではあったが、口紅を塗っていることを考えると女性なのだろう。彼らに近付いた彼女は口を開く。
「テル、ショウ、二人とも無事に帰ってきたか。」
「シマボシ隊長!お疲れ様です!」
テルとショウは立ち上がり同時に頭を下げた。どうやらこの人物が先ほどラベンが一瞬口していたシマボシ隊長と言う人物らしい。
シマボシは初めて見るシンジの姿を見ると、彼の事を疑問に思いラベンたちに尋ねる。
「この子はシンジ君と言って、テル君とショウ君のピンチを救ってくれた子です。」
「ほう、彼らの。ありがとう、私からも礼をさせてほしい。」
シマボシは二人を助けてくれたことに対して素直に礼をする。シンジも何度目になるか分からない感謝に苦笑しながら、素直にその言葉を受け取った。
「それでシマボシ隊長。シンジ君をギンガ団に入団させたいのですが……。」
「ふむ……」
ラベンの提案にシマボシは悩む素振りを見せる。隊長として得体の知れない人物を入団させていいものか悩んでいるのだろう。組織の上に立つものとしてそれは当たり前の悩みである。
暫くしてシマボシはシンジにある質問を問いかける。
「キミはポケモンと言う存在について、どう思っている。」
「ポケモンについて、ですか。」
シマボシの質問にシンジは少し困惑する。記憶がない彼がどう答えるか悩みものだが、その答えも彼の意思とは関係なく口から出てきていた。
「友だち、でしょうか。」
「友だち?」
「はい。ポケモンは未知な部分も多く、人間では敵わない力も持ち合わせています。怖いと思っても仕方ありません。ですが、分かりあうことでお互い助け合い、家族や友だちのように仲良くなることができる、そう思います。」
記憶がない彼だが、それでもその答えに関しては確信を持てた。実際、自分と共にあるニンフィアを誰よりも大切な友だちだと思っている自分がいることに気付いている。それは記憶がなくても絶対だと言える自信が彼にはあった。
その答えを聞いたシマボシは、表情を一切変えず頷いた。しかし彼女の顔はどことなく満足そうにも見えた。
「そうか。分かった、君の入団を許可しよう。しかし後で私の元までくるように。ギンガ団に入団するにあたり、君に渡したいものがある。」
シマボシはそう言って再び建物内に戻る。テルとショウは隊長の前で緊張していたのか、どっと疲れが抜けたように椅子に座り込んだ。
「はぁ、緊張したぁ……。」
ショウはグデーとテーブルに伏せていた。彼らにとってシマボシ隊長は少し怖い存在なのかもしれない。それは上司だからなのか、それとも彼女の表情が殆ど変化しないからなのか。
その後緊張が解けた彼らの前に、茶屋の中から茶屋の主人とは別の人物が姿を現した。その人物の姿は金色の長いロングヘアーに、黒を基調とした百合柄が描かれた浴衣、綺麗な顔立ちをした少女であった。
「先ほどからなにやらお話をされているようですが……どうかされたのでしょうか?」
丁寧な口調で喋る彼女に、シンジは不思議な感覚に囚われていた。懐かしいような、それとも別の感情なのか。一目惚れ、とはまた別の不思議な感覚。しかしそれは彼女も同じようで、シンジを見た瞬間彼女も不思議な感覚を感じ取っていた。
「あなたは……この辺りでは見ない顔ですね。私はこのお店で働かせていただいているサレナと申します。失礼ですがお名前を伺ってもよろしいでしょうか。」
「え?あ、うん、僕はシンジ。よろしく、サレナさん。」
「サレナで問題ありませんよ。シンジさん。これからよろしくお願いしますね。」
お互いに自己紹介をするシンジとサレナ。その後、続けてサレナと名乗った少女は自分の考えを口にする。
「しかし……あなたとは初めて出会った気が致しません。なんとも説明しがたい、不思議な感覚が致します。」
「それは……実は僕も同じなんだ。変、だよね。」
「変、ですか。私は変だとは感じません。寧ろ、あなたとはもっとお話しがしたいと考えております。もしよろしかったらまたここに尋ねて下さいませんか?」
サレナの提案にシンジは「もちろん」と答える。その答えを聞いたサレナは「よかった」と一安心し、最後に挨拶を交わして店に戻った。
記憶を失くしてしまい色々と考えることが多いシンジだが、サレナと名乗った彼女の存在が気にかかった。これが彼らにとって、時を超えた運命の出会いだとは誰も想像するよしなどなかったのである。
これが神様転生ってやつか……
最後に登場したサレナちゃんについてですが、名前の元ネタは機動戦艦ナデシコの映画に登場したブラックサレナから取っています。名前の由来は黒百合。つまりサレナちゃんの正体は……?