ポケットモンスターサンムーン~ifストーリー~《本編完結》 作:ブイズ使い
シンジとリーリエの戦いは遂にフィナーレを迎えていた。リーリエとカイリューが対峙しているポケモン、ラスボスの登場である。
『フィーア♪』
シンジが旅に出た時からずっと一緒に過ごし、彼が最も信頼している最高のパートナー。彼が最強のトレーナー、チャンピオンとなってからも彼のことを支え続けてきた生涯の相棒。
普段は朗らかで人懐っこい性格のニンフィアであり、面倒見のいいお姉さん的存在だという事はよく知っている。しかし今対峙していると、そんな印象はどこにも感じられない。今まで戦ってきたどのポケモンよりも威圧感があり、一切隙を感じられないプレッシャーが放たれている。それだけで本当に自分はニンフィアと戦えるのだろうか、と言う不安に煽られてしまっているのをヒシヒシと感じる。
(いえ、最初からこうなることは想像していました。今更怯えていたって仕方ありません!)
リーリエはそんな不安を頭の中から追い出し改めて気合いを入れなおす。不安や緊張を抱いていては本来の力を存分に発揮することなどできるはずもない。
(……カイリューさんはこれまでの戦いで体力が限界に近いです。このまま戦わせるより、やはり休ませた方が……)
そう心の中で考えリーリエはカイリューをモンスターボールに戻そうとする。しかしその行動を見たカイリューはリーリエの方へと振り向いて首を振りそれを拒んだ。
「カイリューさん?」
『バウッ!』
カイリューの眼には確かな覚悟の炎が灯っていた。立っていることすらやっとですぐに倒れてしまうかもしれないが、それでもカイリューはニンフィアと戦ってみたい様子だ。
「……分かりました。最後までお願いします!カイリューさん!」
『バオウゥ!』
カイリューは大きく咆哮し自分自身を奮い立たせる。シンジはそんなカイリューの姿を見てニンフィアに「決して油断するな」と伝える。ニンフィアもシンジの言葉を受け止め、真剣にカイリューの姿を見据えていた。
「行きますよ!シンジさん!ニンフィアさん!」
「来い!キミたちの全力、僕とニンフィアが全て受けて立つ!」
『フィアァ!』
『バオウッ!』
「カイリューさん!しんそくです!」
『バウッ!』
カイリューは光のように素早く正面から突撃して一気に勝負に出る。そのスピードは本当に体力の限界なのかと思わせるほどのスピードでニンフィアに迫っていた。これだけのスピードであれば捉えるのは非常に困難だ、と思うほど。しかし、ニンフィアには通用しなかった。
ニンフィアは自身のリボンをカイリューに軽く触れる。本来であれば衝撃がリボンに伝わって逆効果であるだろうが、ニンフィアはリボンから相手の敵意を消す波動を伝えることができる。その波動の特徴を利用し、カイリューの技の威力を削いでいるのである。
そしてニンフィアはそのまま受け流し、ふわりとカイリューの頭上へと浮かび上がる。突然の出来事にカイリューも理解ができず、しんそくを受け流されてしまったため態勢を崩してしまった。しかもそれが最大の隙となってしまい……。
「ようせいのかぜ!」
『フィアッ!』
『バウッ!?』
ニンフィアはリボンを伝ってようせいのかぜを瞬時に解き放った。ニンフィアのようせいのかぜがカイリューを背中から地面に叩きつけ、カイリューはその場で倒れ込んでしまう。今までの疲労と今の強力な一撃が相まって、目を回してこれ以上は戦えない様子である。
「カイリューさん!?」
『ば……おうぅ……』
「カイリュー!戦闘不能!」
ダメージが蓄積していたとはいえ、あのカイリューをあっさりと倒したことに驚きながらも観客たちは歓声をあげていた。カイリューの攻撃を受け流し、技の発動に繋げ、その後華麗に着地する姿は、まさに戦場に舞い降りた妖精と言う表現がよく似合っている。
リーリエはカイリューをモンスターボールへと戻す。元より分かっていたことではあるのだが、今の一瞬の間合いでニンフィアの強さが改めてよく分かった。あとは自分も自分の相棒を信じるのみ、である。
「……最後はあなたに託します。私たちの全力、シンジさんたちに見せましょう!シロン!」
『コォン!』
リーリエが最後に繰り出したのは彼女の相棒であるシロン、アローラの姿をしたキュウコンである。シンジから貰った大切なタマゴから孵った永遠のパートナー。そんなシロンと、キッカケをくれたシンジとこんな素晴らしい舞台で戦うことになるとは、当時の自分は夢にも思っていなかっただろう。
「シンジさん。私も、私とシロンもここに来るまで沢山の経験をしました。多くのトレーナーやポケモンさんたち、シンジさんと別れてからも数えきれないほどの貴重な体験をすることができました。その全てを、シロンと共にあなたに伝えます!」
『コン!』
リーリエのその言葉を聞いたシンジは、嬉しそうに笑みを浮かべた。彼女が島巡りで体験してきたことはシンジはごく一部しか知らない。それを今からバトルを通じて教えてもらえること、それが何より嬉しいことであった。だからこそシンジはこう答えた。
「僕も君たちが体験してきたことを知りたい。だからこのバトルに全て乗せて、僕たちにぶつけてきてほしい。君たちの全力で!」
「はい!私たちの全力です!」
その二人の掛け合いが、最後のバトル開始のゴングとしてアローラに鳴り響いたのだった。
「シロン!れいとうビームです!」
『コォン!』
「ニンフィア!ようせいのかぜ!」
『フィア!』
シロンはれいとうビームを放ち、ニンフィアはようせいのかぜで応戦した。両者の攻撃は拮抗し、フィールド中央で爆散し相殺する結果となった。
「でんこうせっか!」
『フィイア!』
今度はニンフィアから先に動く。ニンフィアはでんこうせっかでその見た目とは裏腹なスピードで距離を縮めてくる。
「こおりのつぶてで迎え撃ってください!」
『コォン!』
シロンは無数のこおりのつぶてを放ち接近してくるニンフィアを拒もうとする。しかしニンフィアの勢いは止まることなく、次々とこおりのつぶてを躱して更に勢いを増していく。
こおりのつぶてを全て潜り抜け、ニンフィアのでんこうせっかがシロンの腹部に直撃して吹き飛ばした。シロンはなんとか持ちこたえたが、今の一撃でもかなりのダメージを負ってしまったようである。
心配そうに呼びかけるリーリエに、シロンは元気よくまだまだ行けると返事をする。それでも苦い顔をしているシロンを見ると、ニンフィアの攻撃力が如何に高いかがよく伝わってくる。下手な行動はそのまま敗北へと直結してしまうだろう。
「シロン!こなゆきです!ニンフィアさんの動きを止めてください!」
『コン!コォン!』
「甘いよ!ようせいのかぜ!」
『フィィア!』
シロンはニンフィアの移動速度を低下させようとこなゆきで動きを鈍らせようとする。しかしそんなことをニンフィアが許すはずもなく、ようせいのかぜでしっかりと防御する。隙も少なく攻防一体のようせいのかぜは非常に厄介で、リーリエの攻め手ははことごとく潰されてしまっている。
(やはりニンフィアさんはとてつもなく強敵です。ですが、私とシロンはまだまだやれます!)
「シロン!もう一度、今度は地面にこなゆきです!」
『コォン!』
シロンは地面に向かってこなゆきを放つ。さすがのニンフィアも地面に対するこなゆきを止める術はなく、リーリエたちの行動を許してしまう。
シロンのこなゆきによりフィールドの一部が氷漬けになった。つまり、こおりタイプのシロンにとって有利なフィールドへと変貌したのだ。
「シロン!フィールドを滑ってください!」
『コン!』
こおりタイプであるシロンにとって氷のフィールドはお手のもの。シロンは氷漬けとなったフィールドを、まるでスケートのように滑り、かなりのスピードでニンフィアへと接近していく。だがシンジもその対抗策はしっかりと練っている。
「地面に向かってシャドーボール!」
『フィイア!』
ニンフィアはこなゆきで氷漬けとなった地面にシャドーボールを叩きつける。シャドーボールが着弾した衝撃で前方の氷が割れ、破片が無数の氷の刃となりシロンに反逆する。
「やはりそう来ましたね!シロン!れいとうビームです!」
『コォン!』
どうやらリーリエもその行動を読めていたようで、氷の刃にれいとうビームを放って反撃する。氷の刃はれいとうビームで次々と氷漬けになり、れいとうビームとの重ね掛けにより氷の壁が完成する。
シロンは滑って氷の壁にたどり着くと、滑った勢いのまま氷の壁を登り始める。そして頂上を飛び越え、ニンフィアとの距離が目と鼻の先にまで接近できた上にニンフィアの頭上もとることができた。
「今です!ムーンフォース!」
「こっちもムーンフォース!」
『コォン!』
『フィーア!』
ニンフィアとシロンの互いが所有する大技、ムーンフォースを同時に解き放つ。ムーンフォースが衝突し、その衝撃が先ほどできた氷の壁をも破壊するほどであった。
「ニンフィア!ようせいのかぜ!」
『フィア!』
シンジは逃がすわけには行かないと、すぐにようせいのかぜを放った。しかしそこには既にシロンの姿はなく、シロンは次の攻撃態勢に移行していた。
「シロン!こおりのつぶてです!」
『コォン!』
『フィア!?』
こおりのつぶてがニンフィアを遂に捉えることに成功する。その時シンジは、今のシロンの行動の意図を理解した。
シロンとニンフィアのムーンフォースが衝突したときに発生した衝撃を利用し、シロンはその場から即座に離脱して着地していたのだ。そうすることで一瞬でもシンジとニンフィアの目を欺き、隙が生じたところをすかさず狙い撃つ、という作戦である。
その作戦は見事成功し、ニンフィアにダメージを与えることができた。リーリエたちにとってこの一撃は反撃の好機となるだろう。
「今です!行きますよ!シロン!」
『コォン!』
この機を逃すわけには行かない。そう思い、リーリエは勝負に出る。手をクロスさせ、ZリングにZパワーを集中させシロンと気持ちを一つにする。
「私たちの全力……シンジさんたちにぶつけます!」
『コォン!』
リーリエとシロンの全力、Z技を解き放つ。Zパワーと絆が二人の間を繋ぎ、Zパワーをさらに増大させていく。
「リーリエ。君たちの全力、真っ向から受けて立つ!僕は、僕たちの絆で君たちに勝つ!行くよ!ニンフィア!」
『フィアァ!』
リーリエの全力に応えるため、シンジもニンフィアと気持ちを一つにしてZパワーを高めていく。両者の高まるZパワーの気迫に、観客たちも緊張から喉を鳴らして静かに見守っていた。
同じくリーリエも緊張を感じていた。しかし彼女の心に、Zパワーを伝ってシロンの気持ちが伝わってくる。シロンの気持ちを感じていると、不思議と自分の緊張も落ち着いてきていた。
(シロン……私とあなたは一つです。私たちの全力を、シンジさんに見せつけましょう!)
シロンはリーリエの心の声に頷いて答える。シロンが居ればリーリエは不安がなくなる。リーリエが居ればシロンは安心して戦える。互いが互いを心の中で支え合い、自分たちよりも大きな存在へと立ち向かう。
「行きます!これが私の……私たちの全力です!」
『コォン!』
――レイジングジオフリーズ!!
「僕たちも君たちの全力を全力で受けて立つ!行くよ!ニンフィア!」
『フィィア!』
――ウルトラダッシュアタック!!
リーリエとシロンのZ技が発動したと同時に、シンジとニンフィアのノーマルタイプのZ技、ウルトラダッシュアタックが発動する。ニンフィアはレイジングジオフリーズを正面から受け止め押し返している。互いの全力が衝突し合っているため周囲に及ぶ衝撃も凄まじいものとなっている。
両者どちらも一歩も譲らない、一瞬も油断できない戦いが繰り広げられている。Z技がぶつかってから、シンジとリーリエは何時間もの間戦っているかのような錯覚にさえ陥ってしまっている。
まだまだ戦っていたい、終わらせたくない、でも勝ちたい。色々な思考が脳の中を駆け巡ってる。しかしどんなことにでも必ず終わりはやってくる。
「ニンフィア!」
『っ!?フィイイイア!』
主の呼びかけにニンフィアも反応して全力で応える。先ほどよりも更に威力が上昇し、シロンのZ技を次第に押し返し優勢になっていく。
シロンも押し返そうと努力するが、それでもニンフィアの底力がZ技の威力を更に上げて抵抗する。最終的にシロンのZ技を撃ち破り、全力を超えたZ技をシロンに向けて解き放っていた。
だがシロンのZ技によって軌道が僅かに逸れシロンに命中することはなく、シロンの足場となっていた氷を粉々に砕いたのだった。
両者はZ技の発動によりどちらも体力を消耗してしまっている。決着はもうすぐ目の前まで来ている。シンジとリーリエは残念に思いながらも、自分のポケモンたちへと指示を出していた。
「シロン!こおりのつぶて!」
『コォン!』
氷の足場が砕かれ空中に放り出されてしまったシロンは、ニンフィアからの反撃を受けてしまう前にこおりのつぶてで攻撃する。しかしその攻撃は驚くべき方法によってニンフィアに対処されてしまうのだった。
「地面に向かってようせいのかぜ!」
『フィィア!』
その行動とはようせいのかぜを地面に撃つことであった。ニンフィアのリボンから放たれたようせいのかぜは、ニンフィアを更に上空へと打ち上げる。最早タイプなど関係なく、ニンフィアは空へと舞い上がったのである。その回避方法を見た観客やトレーナーたちは呆気にとられ、感嘆の声が漏れ出ていた。
一方それを見ていたリーリエは、驚きと同時にニンフィアの優雅さ、そしてシンジの変幻自在な戦術に見惚れてしまっていた。
シロンはと言うと、対抗しようとするも太陽を背に取られてしまい一瞬視界が眩んでしまう。その隙を逃すことなく、シンジとニンフィアは反撃を繰り出した。
「ニンフィア!ムーンフォース!」
『フィアァ!』
「っ!?シロン!ムーンフォースです!」
『っ!?コォン!』
ニンフィアがムーンフォースを繰り出す中、リーリエとシロンも慌ててムーンフォースで迎え撃つ。慌ててはいたが発動になんとか間に合い、ニンフィアのムーンフォースを相殺することができた。
衝撃が二人の間を包み込む。ニンフィアの姿が見えなくなってしまうが、その時、ニンフィアが衝撃によって発生した煙を突き破りシロン目掛けて突っ込んできた。ニンフィアのでんこうせっかである。
これ以上空中で技を発動できるほどシロンには力が残っておらず、残っていたとしても瞬時に対抗などできようはずもない。ニンフィアのでんこうせっかがシロンに直撃し、シロンを地面へと叩き落とした。
「シロン!?」
『こぉ……ん……』
リーリエはシロンの呼びかけるも、シロンは目を回して倒れてしまっていた。かなり健闘していたが、どうやらここまでとなってしまい、激闘に終止符が打たれたのだった。
「キュウコン戦闘不能!ニンフィアの勝ち!よって勝者!アローラチャンピオンシンジ!」
その瞬間にシンジの勝利が決定し、観客たちからの歓声が降り注いだ。それを聞いたリーリエは、終わってしまったのかと残念に思いながらも、シロンの元へと歩み寄っていった。
「シロン、お疲れ様でした。」
『……コォン?コォン……』
「気を落とさないでください。あなたはとても頑張ってくれました。それに私、とっても楽しかったですから!」
目を覚ましたシロンはリーリエに申し訳なさそうにする。しかしリーリエは首を振り、笑顔でシロンを迎え入れる。その笑顔にシロンは嬉しくなり、咄嗟にリーリエに飛びついた。
「ニンフィア、君もお疲れ様。よく頑張ったね。」
『フィア♪』
シンジはニンフィアの頭を撫で、嬉しさのためニンフィアは満面の笑顔を浮かべる。ニンフィアは大好きなシンジの腕にリボンを絡め、一緒にリーリエの元へと歩いていく。
「リーリエ。」
「あっ、シンジさん。」
シンジに気付いたリーリエは立ち上がる。真っ直ぐ見つめるリーリエに、シンジは再び口を開いた。
「とてもいいバトルをありがとう。君のお陰で、僕はいつも以上の全力を出すことができた。リーリエじゃなかったら、ここまで楽しむことも、全力以上の実力を出すこともできなかったよ。」
そう言ってシンジはいつもの優しい笑顔で手を差し伸べた。
「改めてありがとう、リーリエ。」
「シンジさん……はい!こちらこそ、最高に楽しいバトルをありがとうございました!」
楽しいバトル……きっとこの人と会わなかったら一生そんな感情を抱くことなんてなかったであろう。そう思いシンジに心の中でも感謝しながら、かたい握手を交わした。それを見たアローラの人々からは、再び歓声と拍手の雨が降り注ぐ。
こうしてシンジとリーリエ、二人の約束のバトルは終わりを告げた。そしてアローラリーグは二人のバトルを終え、閉会式と打ち上げパーティを開始するのであった。
次回、遂に“本編”最終回