Full Bloom 〜満開の歌声を〜   作:grasshopper

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1〜3話のタイトルを変えました!1話目はRADWIMPSの『前前前世』。2話目は絢香の『にじいろ』。3話目はGReeeeNの『雨唄』という曲のタイトルです。4〜10話も曲名に変えていきます!


11話 STAR BEAT!〜ホシノコドウ〜

side優人

 

俺は健に借りた自転車をこぎだした。日差しが容赦無く俺を襲う。汗をかいているが、拭うことすらどうでもいい。

 

向かうのは病院。今から病院に向かって、また学校に戻るとなると、ライブはギリギリかな。

 

沙綾がすんなりと学校に行くと言えば、余裕で間に合うが。

 

 

 

正直、可能性は限りなくゼロに近い。

 

それでも、行かなくてはならない。

 

俺はこの件に関しては大した関係者なわけではない。

 

だからこそ、向かうのだ。

 

他人だからこそやってあげれる事があると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沙綾は高校生にしては大人びて見える。

だけどその実態は、自分のやりたいこと…………つまり自分自身を押し殺していただけに過ぎない。

確かに、そういう人間を大人だというのかもしれない。

 

でも、沙綾はまだ大人じゃない。

 

もっと高校生らしくていいはずなのだ。

 

それに、自我を捨てないと大人にならないのならば、大人になんかなりたくない。

 

 

 

だって、そんなの自殺行為と同じだから。

 

ならば、沙綾の行動も自殺と同然だ。

 

沙綾は今日、香澄達のバンドに入らないと、恐らく二度とドラムは叩かなくなるだろう。

 

そうすればきっと、山吹 沙綾という人間は死んでしまう。

 

 

 

side沙綾

 

私は缶コーヒーの空き缶をゴミ箱に捨て、母さん達の所に戻ろうとした。歩きながら、スマホを開くと、メッセージが入っていることに気づいた。

私はメッセージを再生し、そっと耳に当てた。

 

『沙綾?香澄です。お母さんどう?さーなん泣いてない?じゅんじゅん元気?沙綾、大丈夫?…………カフェはね、大成功!みんなすごいの!お客さん、パン美味しいって!お持ち帰りする人もたくさん!エヘヘ』

 

香澄の言葉を聞いて、文化祭がうまくいっているとわかり、安心した。

 

『沙綾?沙綾に電話してるの?』『マジ?おーい!』『おーい!』『沙綾?』『こっちは任せて!』『お母さん大丈夫?』『パン美味しいぞ!』等々、クラスメイト達の声が聞いてきた。

そのまま、みんなの声がして、結果的にメッセージは終わった。

 

二件目のメッセージを再生すると。

『もしもし?こっちは大丈夫。すごく楽しい。すごく、すごく、すっごく!だから、ライブも頑張るね!沙綾に届くくらい頑張るから!』

不覚にも泣きそうになる。昨日、あんな事があったのに……。

 

『それから、歌詞、沙綾の家に届けたよ。沙綾とみんなで作った歌。よかったら、読んでね』

ここでメッセージは終わる。

スマホをポケットに入れ、その代わりに今朝、家に届けてあった香澄からの手紙を取り出す。未だ未開封のその手紙を私は開く。

曲名は《STAR BEAT!〜ホシノコドウ〜》。

私はその場に立ち尽くし、ただただ歌詞を眺める。

すると、優しく風が吹く。

香澄からの手紙には雫が落ちていた。一滴ではなく、私の気持ちに比例し、数はどんどん増えていく。

手紙を強く握りしめ、思わず呟く。「香澄……」と。

涙は止まらない。止める方法はわかっている。でも、それはできない。

 

「沙綾」

不意に後ろから声をかけられる。振り向くとそこには母さんと弟達の姿があった。

 

「行って」

母の口から出たのはその3文字だけだった。でも、その言葉の意味は自然と汲み取ることができた。

しかし、私は首を横に振る。

 

 

私にはできない。もう、二度と。

 

 

すると母さんはまた、口を開き、話しかけた。

「沙綾は優しいね。お母さんにもみんなにもすごく優しい」

そう言いながら近づいてくる。

 

「その優しさを、もっと自分に向けて」

母さんはそっと、優しい声で言う。

それでも、私はーー

「……できないよ」

 

「沙綾ならできる。1人じゃないんだから」

その言葉に気付かされる。私は1人ではなかったことに。香澄からの手紙を三度、強く握る。

 

「さーながいるから、大丈夫」

紗南が私の左手を持つ。

 

「俺も」

純もそう言い、右手を掴む。

 

 

 

私は決断する。

また、涙が浮かんでくる。少し溜めて、

「なんか私、全然ダメだね」

私の言葉に母さんはそうっと返す。

「行ってらっしゃい」

「「行ってらっしゃい!」」

母さんに続き、2人も言ってくれる。

 

私は小さく深呼吸をして、

目を開け、

母さんをまっすぐ見て、

「行って来ます」

 

 

 

私は走り始めるたとえ間に合わないとしても。それでもいい。だって、後悔したくないから。

スマホをポケットから出し、昨日、おたえが送って来た曲をイヤホンで聴こうとする。

 

 

 

 

 

「沙綾!!!」

 

 

不意に声をかけられる。若い男の人の声。一年前、私はこの声がなければ、もっと苦しんでいただろう。この声の主が私を楽にしてくれたように思っているから。

だから私は呼び返す。

 

 

「優人先輩!!」

 

 

 

side優人

 

俺は自転車を必死でこいでいた。時速はチャリとは思えない速さになっていた。

あと少しで病院に到着するということろで、その病院から出て来た人物がいた。俺はその人を学校に連れて行くためにここまで来たのだ。だから、名前を呼ぶ。ありったけの大きな声で。

 

 

 

「沙綾!!!」

 

「優人先輩!!どうしてここに!?」

沙綾は俺がここにいる事を疑問に思ったようだ。まぁ、そうだろうな。だけど、、

「今はそんな事どーでもいい!後ろに乗れ!」

 

「は、はい!!」

自転車の2人乗りなんか見られたらメンドくさい事になるが、それすらもどうでもいい。

沙綾が後ろに乗ったら俺は再びデカイ声を出す。

「しっかり掴まってろよ!!」

 

 

 

俺は自転車をこぎ続けているし、沙綾が乗った分、重くなっている。でも、向かっている時とはもう一つ、明らかに違う点があった。

 

それは、風が吹いていること。

先ほどまでの無風とは打って変わって、とても心地が良い。

まるで後押しをしてくれているような感覚に陥った。

 

このまま学校まで大した距離はない。俺はスパートをかけた。時間も余裕にある。でも、沙綾は今聴いている曲しか叩けないはずだ。俺にはその曲がいつかはわからない。

 

だから、1秒でも早く!!

俺は風にそう願った。

 

 

 

side沙綾

 

私は香澄達の曲を聴きながらも別の事を考えていた。

私は今、優人先輩の自転車の後ろに乗っている。つまりは抱きついているのだ。

全く、呆れるというか、何というか。この人はホントに優しい人なんだ、と感じてしまった。先輩自体も香澄達のライブの直後にステージに出るのに、それを構わず私を迎えに来てくれた。そして今も、こうして自分のためではなく、私のために必死になってくれている。自分の事を御構い無し。

いつもふざけてばかりに見えて、誰よりも優しく、人のために懸命になる。

私は先輩のそんなところにーー。

 

「沙綾、着いたぞ!」

先輩のセリフに無理矢理思考を止められる。

「あっ、はい!」

私は自転車から降り、走る。そして先輩が背後から声をかける。心強くて、優しい声を。

 

「行ってこい!!!」

 

はい!!

心の中で答える。

 

そして、体育館の入り口まで駆けて行く。しかし、そこで立ち止まる。なぜならそこにはなつ達の姿があったから。

早く中へ入りたいが、それ以上に彼女らへの謝罪をすべきだと思った。

でもなつは私の言葉を遮り、私とバンドをやれて楽しかったと言ってくれた。そしてドラムの子がスティックを貸してくれる。

 

 

そして私は扉を開いた。

 

 

 

side優人

 

……これで良かったんだよな。

心で呟く。俺なんかが出しゃ張らなくても沙綾は素直になり、俺が病院に着く前に走り出していた。俺は、何かしてやれたのだろうか?

あの状況において俺は沙綾を学校まで連れてっただけだ。本当に大事な事は俺が気付かせたわけではない。ならば誰が?その答えはとっくにわかっている。

香澄だ。

あいつしかいない。結局俺は何にもできなかった。…………でも、沙綾が前へ進めれたなら、それでいい。

 

と考えつつ、俺は健の自転車を駐輪場に戻す。すると後ろから。

 

「お疲れ様」

声を聴き、俺は反射的に振り向く。すると、目に入ったのはペットボトルだ。俺は驚いたが難なくキャッチする。

コーラだ。そしてこれを投げた人物は。

 

「お前なあ、炭酸投げんなよ」

 

「ごめんごめん。でも、丁度飲みたかったんでしょ?」

陸だった。こいつはよく俺のことを理解してんな。確かに俺は汗をかいたため、炭酸飲料が飲みたかったのだ。

俺はそれを一気飲みして。駐輪場にある自販機の横のゴミ箱に投げ入れる。

 

「春はどうした?」

 

「ああ、春ならクラスメイトの子達とライブを見に行ったよ」

 

「そうか。なら、俺らも行くか?暇だし」

 

「別にいいけど、休まなくていいの?」

 

「もう大丈夫だよ」

 

「OK。なら行こうか」

そうして俺も体育館へ向かう。

 

 

 

体育館に入るとまだ香澄達の演奏中だった。曲はわからないからオリジナルだろう。

確か来ないだ曲名を教えてもらったような……。あ、思い出した。『STAR BEAT!〜ホシノコドウ〜』だ。とは言ってももう既にサビに入ってるからもう終わるかな。

香澄達もこの曲が終わったら、あと一曲くらいだろう。そして次は俺達だ。なので、陸に言いステージ袖に行こうとする。恐らく春もいるだろう。

 

しかし、頭では別の事を考えていても、《Poppin'Party》の曲が耳に流れ込んでくる。

 

 

 

 

 

まぶた閉じて 諦めてたこと

 

いま歌って いま奏でて

 

昨日までの日々にサヨナラする

 

 




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