竿魂   作:カイバーマン。

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第八十九訓 人の恋路を邪魔する奴は……

溝鼠組の若頭、黒駒勝男は目の前にぶら下がっているモノを見つめながら、どうしようか考えていた。

 

「んで? とりあえずボコボコにして逆さ吊りにしたんやけど、どないしよっか?」

 

場所は港にあるもう使われてない廃工場

 

人が近づかない所で彼が舎弟を連れて何をやっているのかというと

 

それはさっきから目の前でブランブランしながら白目剥いて気絶している眼鏡の少年の事であり

 

「とりあえず「山」か「海」、二択のお楽しみコースがあるんやけど、どっちがええと思う?」

 

「えーそれはつまりコイツを山に埋めるか海に沈めるかって意味?」

 

真面目な顔で尋ねて来る黒駒の隣で、女装している和人が怪訝な表情を浮かべる。

 

「どっちを選択してもコイツの姉がアンタ等に逆襲して、アンタ等も同じ末路に辿り着く未来しか見えないんだが?」

 

「おいおい何言うとんねん、こちとら溝鼠組やぞ、たかがこんな眼鏡の姉ちゃん一人にそんな真似出来るかいな」

 

「いやいや本当ヤバいんだってコイツの姉ちゃん、ただの人間と思うなよ、アレは正真正銘化け物だ」

 

「はん、化け物なんざウチのオジキだけで十分や」

 

流石に自分のせいで巻き込まれてしまった新八を犠牲にするのは忍びないと、和人はやんわりと彼の姉を出して穏便に済ませようと黒駒に説得を試みる。

 

正直ここでみすみす新八を見殺しにしてしまったら、自分も彼女の餌食にされてしまうのは目に見えているからだ。

 

「ていうか話があるのは俺の方なんだろ、コイツをボコボコにしてここに連れて来る必要なんてハナっから無いだろ、どうしてわざわざ連れて来たんだよ」

 

「アホかボケ、極道っちゅうのはナメられたらしまいや、それも堅気のこんな坊主に街中で喧嘩売られたらそら礼儀を教えてやるに決まってるやろ」

 

「たかが子供に突っかかれただけで寄ってたかってボコボコにして始末しようと企んでる時点で、アホなのは明らかアンタの方だろ」

 

相手が極道であろうと面と向かって堂々と和人が反論したその瞬間、黒駒ではなくその周りの舎弟達がゾロゾロと彼を囲むかのように

 

「おい小綺麗なネェちゃん! ウチの若頭にナメた口叩くと許さへんぞ!」

 

「いくらべっぴんだからって調子乗ったら痛い目遭わすぞコラァ!」

 

「せやで! お前がどんだけ可愛かろうがこちとら極道! 相手が女だろうが容赦せえへんぞ!」

 

「そんな褒めるな、ちょっと惨めになる、ていうかもう泣きたい」

 

正直彼等になにを言われようが、それと同時に可愛いだの綺麗だの言われるので全く脅しとして成立していなかった。

 

しかしそれはそれで和人はちょっと男としての自信を無くしかけてしまう。

 

「俺ってそんなに女顔なのか……確かに母さんにもよく言われていたが……」

 

「そういやなんでお前女装してんねん、もしやリアルではオカマやったんか?」

 

「そんな訳ないだろ! 俺は至ってノーマルだよ! 好みのタイプは俺を死ぬまで養ってくれる人!」

 

「そんなモンを望んでる時点で十分人としてアブノーマルや」

 

黒駒にいらぬ疑惑を持たれてついムキになって好みのタイプまで答えてしまう和人。

 

「コレはただ仕事でこんな格好してるだけだ! 雇い主からの命令でこの眼鏡から金を全部毟り取る為に!」

 

「なんやそれ、ゲームの世界でも現実世界でもホントやる事悪どいなー」

 

「いやいや、俺はどっちの世界でも唯々自由を求めてつっ走ってるだけで何も悪い事は……」

 

呆れて呟く黒駒に言い訳をしながらふと和人は一つ気になった。

 

さっきから彼は自分がEDOのキリトだとハッキリとわかっている、それも最初に偶然出くわしただけですぐに見抜くぐらいに

 

という事は彼とはあちらの世界で会った事ぐらいはある筈……

 

「というかアンタ、EDOのプレイヤーなんだろ? やたらと俺の事知ってるみたいだけど以前俺とどっかで会ったのか?」

 

「そやで、おいお前等、ちょっとあっち行ってろ、この嬢ちゃんと話あんねん」

 

思い切って和人が尋ねてみると、黒駒はまず身近にいた舎弟達を向上の出入口の方へ追い出すと、声を小さくして囁くように

 

「こう見えてもわしはあのゲームめっちゃハマっててのう……組のモンからバレないよう注意しながら遊んでるんや……そんでお前とも何度か共闘したり世話かけてやったりしてたんやで」

 

「え、ホントに!? 俺、記憶力は悪くない方だと思うけどアンタみたいな変な髪型のおっさん見た事無いぞ!?」

 

「ああ!? 何言うてんねんボケコラカス! この黄金比をつかさどる七三分けのどこが変な髪型や!」

 

自分の七三分けに誇りを持っているのか、綺麗に整った髪をせっせと両手で整えながら、黒駒は和人の失礼な言葉に舌打ちしながら話を続ける。

 

「まあでも、わからんのは無理ないわ、なんせわし、向こうの世界では全く別人の姿になっとるからな」

 

「へ? てことはアレか? 平賀源外っていうジーさんが作れるとか言っていた改造アバターを使ってるのか?」

 

「おお流石は黒夜叉、よくわかってるやないかい、そやねん、あのちんちくりんなからくり娘連れたじーさんに頼んで作ってもらったんじゃ」

 

彼の話を聞いて和人はすぐにピンときた、EDOでは本来用いるアバターは、そのプレイヤーの本来の姿がベースとなっている。

 

つまり性別を変えるなど完全な別人でプレイする事はまずできない仕様なのだ。

 

しかしそれを可能にするのが、EDOの開発に一役買っている平賀源外による改造行為である。

 

以前和人も源外に会った時に、やってみないかと誘われた事を思い出した。

 

「てことはアンタ、改造アバター、チート使ってるのか、つまりチーターだな」

 

「誰がチーターや! 何故かわからんけどお前に言われると無性に腹立つな! わしはただ身元バレへん為だけに使ってるだけや! それ以外はなんもイジってへんし全て実力や!」

 

廃人ゲーマーとしてはやはり改造に手を染めてしまうのは一種のゲームに対する冒涜だ。

 

冷ややかな視線で軽蔑の眼差しを向けて来る和人に、ムキになった様子で黒駒は否定する。

 

「現実では最凶の極道、そしてゲームの世界では凄腕のカリスマ一流プレイヤー! 現実でもゲームでも胡散臭い人生送ってるお前に比べたら格ってモンが違うんや! まいったかボケコラカス!」

 

「いやヤクザやってる事が果たして勝ち組なのかどうか疑問なんだが……ていうか本当にわからないからせめてプレイヤー名だけでも教えてくれ、聞けばわかるかもしれないから」

 

「なんでや! EDOでカリスマ一流プレイヤーつったら一人しかおらんやろがい! すぐわかるやろ!」

 

「生憎、そんな恥ずかしい異名を自分で言う様な痛いプレイヤーは俺は知らん」

 

腕を組みながらハッキリとわかる訳が無いと断言する和人。

 

さっきからずっと極道相手に怯みもしない態度を見るに

 

銀時を始めかぶき町の住人達との出会いによって随分と肝っ玉がデカくなったみたいだ。

 

そんな彼に黒駒は普段は堅気だろうがなんだろうがビビリ散らしていた極道としてのプライドが傷付けられ

 

話が終わったらコイツも沈めてやろうかと思いながら和人をギロリと睨みつけたまま

 

「よーしそんならわしのプレイヤー名を言ってやるわ、聞いて腰抜かすんやないぞ、実はわしのもう一つの正体は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「キバオウや!」

 

「うん、なんとなくわかってた」

 

「なんでやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

ぶっちゃけ口調や性格からして薄々誰なのか勘付いていた和人。

 

キバオウというのはEDOでちょくちょく自分達の所に現れては脇でなんかやってるのだろうが

 

どうでもいいので大して印象に残っていないプレイヤーだ。

 

黒駒勝男の正体はキバオウ、それを聞いても和人がさほど驚く様子も見せず真顔で頷いていると

 

「う、う~ん……は! こ、ここはどこ!? なんで僕逆さまになってんの!?」

 

「お前どんだけわしが散々自分が正体明かすのを溜めていたと……! あ、眼鏡のガキが起きよった」

 

「あぁぁぁぁぁぁぁ!! お前は僕がキリ子さんを助ける為に叩きのめした連中のリーダー格っぽい七三分け!」

 

「なに過去を捏造してんねん! 叩きのめされたのお前やろがい!」

 

ここに来てようやく逆さ吊りにされていた新八がようやく目を覚ました。

 

彼はすぐに目の前にいる黒駒と、その隣にいるキリ子に気付くと目を血走らせ激昂し

 

「貴様ぁ! 僕のキリ子さんに何するつもりだコラァ! さては僕をこうして身動きできない状態を良い事に! 悔しさに涙を流す僕の前でキリ子さんにあんな事やこんな事をしようとしてんのか!!」

 

「するかボケェ! なんやその童貞特有のAVで覚えたしょうもないエロ知識!」

 

「つうかさり気なく僕のキリ子さんってなんだよ、いつの間にお前の所有物になってんの俺?」

 

不埒な事を想像して少しだけ興奮している新八に黒駒がキレてツッコんでいる中、勝手に自分のモン扱いされた事に和人は軽くイラッと来ながら懐から一枚の紙を取り出し。

 

「すみません新八さん、なんか私、このままだとこの極道に連れられて身売りされそうなんで、早い所手打ち金を用意してこの口座に振り込んで下さい」

 

「お前もお前でなに勝手にでっち上げてんねん!」

 

「わかった! 今すぐウチの道場を売って金にして来るから待っててねキリ子さん!」

 

「おい騙されんな眼鏡! いい加減目を覚ませ! コイツはお前から金を奪おうと騙そうとしているだけや! コイツの正体は女じゃなくておと……!」

 

和人に上手い事騙されて、自分が守るべき道場を簡単に売り払おうと試みる新八に思わず制止する黒駒。

 

そして彼が持つふざけた幻想をぶち殺す為に、和人の正体をここで明かそうとしたその時……

 

「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」

 

「ああ!? 今度はなんやねん!」

 

突然工場の出入口が聞こえて来たのは自分の舎弟達の悲鳴。

 

次から次へと一体なんなのだと黒駒がそちらに振り返るとそこには……

 

 

 

 

 

下っ端とはいえそれなりに腕が立つ溝鼠組の連中が、まるで恐ろしいモノを見たかのような表情で倒れ

 

「あなたがウチの弟を攫った親玉かしら?」

 

そしてキャバ嬢特有の営業スマイルを浮かべながら、その屍達を容赦なく踏みつけてこちらに歩いて来る

 

ポニーテールをした若い娘が拳をポキポキと鳴らしながら立っていた。

 

新八の姉、志村妙である。

 

「安心しなさい、私は凄く器が大きいの、「山」か「海」どっちにしたいかこの場で選ばせてあげる」

 

「なんかごっつうヤバそうな女が出てきおったァァァァァァァ!!!」

 

先程自分が言った台詞をそのまま返されて戦慄を覚える黒駒。

 

間違いない……溝鼠組の舎弟を一瞬で潰したのはこの女だとすぐに理解出来た。

 

しかし彼がそれを頭ではなく心で理解したと同時に、お妙は既に地面を強く蹴り出して……

 

「っとでも言うと思ったかぁぁぁぁぁ!!! テメェ等全員山でも海でもなく「地獄」行き直行じゃあ!」

 

「ごふぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

「いやそれアンタの弟ォォォォォォォ!!!!」

 

弟を危機に晒された事に強い怒りを燃やす彼女の渾身の飛び蹴りが

 

その弟の顔面に思いきり直撃。

 

思わず和人が叫ぶ中、彼女は再び白目を剥いて気絶した新八をほっといて

 

「私の弟になにしてくれとんじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「いややったのはアンタ……うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!! なんで今度は俺ぇ!?」

 

お妙が次に標的にしたのは当然新八を攫った張本人である黒駒

 

ではなくその隣にいたキリ子ちゃんだった、両手で高々と掲げるとそのままロビンマスクのタワーブリッジをかけて本気で落としにいく。

 

「ひょっとしてここに来る前にお酒飲んでた!? 仕事中だった!? うぐへ!!」

 

元々破天荒で暴力的な人物だと思っていたが、ここまで見境ないとなるとかなり酒を飲んでいる可能性がある。

 

しかし和人はそれを確信にする前に、腰の方からメキメキッと鈍い音を放つと

 

そのままグッタリしてドサッとお妙にぶん投げられた。

 

「次はお前か……? ウチの可愛い弟と、可愛くもねぇ弟分をこんな目に遭わせてタダで済むと思ってんのかコノヤロー」

 

「いやいやいやこんな目に遭わせたの他でもないお前自信! おい女ぁ! わしを誰やと思うとるんじゃ! あの溝鼠組の若頭やぞ! もしわしに指一本でも触れればそれは溝鼠愚全体に喧嘩を売るという事で……!」

 

「溝鼠なんて知るかボケェェェ!!! 私が好きな鼠は今も昔もファンシーな国に住む黒い鼠だけじゃあ!!!」

 

「あんぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

軽く脅しを吹っ掛けてここは隙を見てすぐに逃げ出そうと考えた黒駒だったが時すでに遅し

 

俊敏な動きで彼を拘束するとお妙は、ラーメンマンのキャメラクラッチをかましながら彼に断末魔の悲鳴を上げさせるのであった。

 

 

 

 

 

 

「ど、どうしよう……なんかとんでもない事になっちゃった……」

 

そしてそれを工場の入り口からコッソリ眺めていたのは、和人の妹であり、この場にお妙を呼んでしまった桐ケ谷直葉……

 

「仕事中のお妙さんに助けて欲しいって連絡したのはいいけど……まさかあそこまで酔っぱらってたなんて……」

 

「近藤さん、アウトレイジ借りに行かなくて正解でしたね、ここで観れましたし」

 

「あなたはなんでさっきから止めに行かないんですかもう!」

 

助っ人として呼んだお妙が新八や和人を含めて豪快に暴れまわるとは思ってもいなかった直葉が困惑しているのをよそに

 

未だ仕事もせずに自分と一緒に見物している真撰組の沖田総悟がひょっこりと顔を出す。

 

「ていうか近藤さんの方はどこ行ったんですか!」

 

「心配するな、近藤さんならほれ、あの女にキン肉バスター食らわされてる」

 

「ごっぱぁ!!!!」

 

「あ、本当だ、まああの人ならいいや」

 

沖田が指差すとそこでは既に黒駒はお妙によってKOされ、その次に近藤が何故か彼女の餌食になっていた。

 

そのことに関しては直葉もどうでもいいだと思ったので反応は薄くとても冷ややかだった。

 

かくして新八の初デートは、溝鼠組の介入や姉の介入によってグダグダな結末を迎えてしまうのであった。

 

そしてそんな事も露知れず、彼等の事をすっかり忘れてしまっていた銀時達はというと……

 

 

 

 

「……とまあ色々あったけど、ボクは今もこうして無事に銀時とよろしくやってる訳」

 

「グス……あなたにそんな悲しい過去があったなんて知らなかったわ……教えてくれてありがとうユウキ」

 

「てめぇいい加減にしろよコラ! 俺の人生と言っても過言では無いマヨネーズを言葉で汚しやがって! 表出ろ天然パーマ! 真撰組副長として粛清してやる!!」

 

「おう上等だやってみろ! マヨネーズで詰まったその頭をカチ割ってやらぁ!!」

 

最初にいた店でずっと4人で喋っており 

 

明日奈はユウキの身の上話を聞かされ感動し

 

銀時と土方は飽きずにずっと喧嘩腰で怒鳴り散らし続けるのであった。

 

次回、キバオウからの警告

 

 

 

 


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