竿魂   作:カイバーマン。

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竿魂の主要キャラには兄貴分や姐御的存在がいます。

この物語はそんな先輩方の背中を見ながらひたむきに走り続ける後輩達の物語でもあるんです。

こんな風に言うとなんかちょっとカッコよく聞こえますが

結局はおバカな連中に影響されておバカが増えていき、それがループとなり延々とおバカ共が増えていくそんなおバカな物語だという事です


第八層 この信念だけは絶対に

坂田銀時会心の一撃がボス、コボルドロードの頭部に炸裂する。しかし

 

「ってオイィィィィィィ! HP全然減ってないんだけど!」

 

ボスに飛び掛かり威勢良く先制ダメージを与えた所までは良かったものの、銀時の決死の攻撃は相手のHPを1ドットにも満たない程肉眼では判別できない程の微々たるダメージであった。

 

敵AIに感情があるとするなら、ぶっちゃけ蚊が止まった程度にしか感じていないだろう

 

当然ボスはそんな攻撃を食らっても怯むどころか逆に目の前にいいカモが現れたと、新たに装備した得物、野太刀を宙に浮かぶ彼目掛けて振りかかる。

 

「ちょ、ちょっと待て! 前回あんなに決めたのに速攻銀さんピンチなんだけど! うお!」

 

振りかぶったボスの横一閃が必死な銀時目掛けて無慈悲に振るわれる、だが寸での所で何者かが飛び込んで来て、銀時を抱き抱えてそのままさらに上へと飛んでギリギリ回避に成功する。

 

ボスの一撃を避け切った事にホッとしつつも、銀時はお嬢様抱っこされてる状態で安堵のため息を漏らした。

 

「やっぱりお前は出来る奴だよ、ユウキ」

「もう! 初心者のクセにやぶれかぶれに突っ込まないでよ!」

「性分なんだよ」

 

銀時を抱き抱えているのはユウキだった、彼女の背中からは黒い羽、絵本とかに出て来る悪魔のようなデザインの薄黒い翼が浮かび上がっている。

 

銀時を助けた後そのままフロアの天井よりやや低い所まで飛ぶと、高度を下げてゆっくりと下降していくユウキ。

 

「つうかお前飛べたの?」

「ALO型の闇妖精種だからね、闇妖精はダンジョン内でも短時間の飛行なら可能なんだ。ていうかボクがALO型なの気付いてなかったの? 耳も長くなってるしパッと見で一番わかりやすいタイプなんだけど?」

「いやそもそもALO型とか闇妖精種とかってのがよくわからねぇし」

 

また知らない単語が出てきた、キリトに聞いてみるかとか内心思いながら銀時はユウキと共に床へ着地すると

 

再び咆哮を上げるコボルドロードを見上げ舌打ちする。

 

「しっかし攻撃が全然通らねぇとはどういうこったコイツは……一面ボスじゃねぇのコイツ?」

「見た目だけじゃなくてステータスの方も飛躍的アップしてるみたいだね、序盤で手に入る銀時の武器なんかじゃまともにヒットしてもロクに減らせないよきっと」

「じゃあどうすりゃコイツを止められる」

「今の銀時じゃまともに戦いにならないよ、ここはボクに任せて」

 

銀時の問いかけにユウキは腰に差した細剣を取り出して返事すると

 

そのまま眼前のボスを見据えたまま一気に床を蹴って猛ダッシュ。

 

「こっちの世界なら君よりボクの方が強いんだから……!」

 

そのあまりにも速い俊足に銀時が目をパチクリさせるのも束の間、ユウキは背中から再び羽を取り出してボス目掛けて飛翔、そして

 

「どりゃぁぁぁぁ!!!」

 

コボルトロードの厚い胸板に高速の一太刀を浴びせた。HPバーはやはり全然減ってはいないが、それでも銀時の時に比べればはっきりとダメージを与えられたと認識できる程度には確認できる。

 

ユウキは一撃を与えた後すぐに空中で宙返りして逆方向、つまり銀時の方へと飛んで戻って来る。

 

「ね? 銀時よりもボクの方が戦えるでしょ?」

「まあまあだな、いい線いってるんじゃない?」

「もう素直に認めてよ……」

 

頭上で浮きながら嬉しそうに微笑みながら見下ろしてくる彼女に、銀時はしかめっ面を浮かべながらも渋々彼女の腕を評価する。

 

「だけどその斬っては逃げっていう戦法は長く通じねぇぞきっと」

「え?」

「オメェだけでチマチマ与えても最終的には消耗戦になって、お前の方が先に参っちまうだろうが」

「ボクだけならね、けど忘れてない? ここにはボクと同じぐらいの手練れがいるんだよ」

 

銀時の隣に綺麗に着地すると、ユウキは真正面にいる敵の向こう側を見据えて、ボスの背後へと迫る人影を見つけた。

 

「とくに彼はきっと、ボクと同じぐらいのベテランプレイヤーだよ」

「おぉぉぉぉぉぉぉ!! 主人公なのに出遅れた!」

 

コボルドロードの右太もも目掛けて、気合の叫びと共に片手剣で縦にぶった斬ったのは、共にここまで同行したキリトであった。

 

気付かれてない状態で背後からの奇襲によりダメージボーナスも追加で、更にボスに片膝を突かせてちょっとばかりの硬直状態を与えるというおまけ付き。

 

ユウキ以上に相手にHPを削ると、そのまま銀時達の方へ一気に駆けて来る。

 

「状況はキバオウの奴から聞いた、負傷した奴等はエギルが安置になる場所で回復中だ。こっちは?」

「俺とユウキ以外は全員隅に隠れて震え上がってるよ」

「だろうな……俺だって正直逃げさせるモンなら今すぐにでもトンズラしたいよ」

 

やや早口で情報の伝達とこちらの情報も確認するキリトに銀時は仏頂面で答えると、キリトは後方ですっかり恐怖の感情に取り込まれて動けずに震えてる初心者プレイヤーを見る。

 

「アレが当たり前の反応だ、まさかゲームの中でリアルダメージを与えるモンスターが出て来るなんて誰も想像しない、しかもその相手がフロアボスとは……」

「どっちにしろあのディアベルって奴が何かやったってのは間違いねぇ、さっさと終わらせてアイツ締め上げて吐かさねぇと」

「ディアベル……」

 

先程、キリトはエギルと共に慌てふためくキバオウから色々と話を聞いていた。

 

あそこまで熱心に新参プレイヤーに助力し、強いリーダーシップでここまで導いてくれたあのディアベルがこんな真似を……

 

短い間の付き合いで、少しばかり彼を高く評価していた自分としては少々ショックだった。

 

本当に初心者プレイヤーの救済者として多くの初心者を導き一人前として育て上げていった一流プレイヤーのディアベルが本当にこんな事を企てたというのか? どうしても信じられない……

 

「本人に直接聞けば済む話なんだが一体どこに……とりあえず今はコイツを倒そう。ユウキ、援護を頼む」

「オッケー」

「ねぇ、キリト君。俺は?」

「アンタはもっと後ろに下がって他のプレイヤー達と一緒に退避するんだ」

「へ?」

「あのなぁ、初心者の域を超えてないアンタじゃまともな戦力になる訳ないだろ?」

「おいおいまさかの戦力外通告か? 俺だってお前と同じ主人公だぞ? いいのか初陣で主人公蚊帳の外で?」

「事実だから仕方ないだろ」

 

やや不満げな様子の銀時にキリトははっきりとモノを言うと、ユウキと共にボスへとまっしぐらに走り出す。

 

「危ないから絶対にボスに近づくなよ!」

「心配しないで! 銀時はボクが護るから!」

 

背後で銀時がどんな反応しているかも確認せず、まっしぐらにユウキと共にキリトは一気に突っ込む。

 

するとそこへ

 

「あの無鉄砲に突っ込んだ銀髪の男といい、あなた達本当に命知らずね」

 

二人の下へ頭上からローブ姿のあの少女が舞い降りて来た。どうやら彼女もボス討伐に出向くつもりだったらしい。

 

「危ないから下がってて、と言いたい所だけど私一人じゃどうも難しそうなのよ。だから援護に回って頂戴」

「助っ人には感謝するが悪いがあのボスを倒すのは俺がやる、だからアンタは被弾しないよう援護に徹してなるべく俺の後ろに隠れててくれ」

「いやあなたが援護に」

「いやいやアンタが援護に」

「……」

「……」

 

どちらがボスを倒すかについて譲ろうとしない少女とキリト、二人は走ったまましばしの間を取った後……

 

「だから! あなたが私の援護に回るのよ! 相手は本当に私達の本物の体に損傷を与えかねない相手なのよ! そこん所わかってるのあなた!?」

「わかってるからアンタが援護に徹しろって言ってるんだろうが! 万が一にも死ぬ事だってあり得るんだぞ!  危険な仕事は俺に任せろ!」

「はぁ!? あなたに任せる仕事なんか無いわよ! 現実世界でさえ仕事もせずにこうしてゲームばかりしてるあなたなんかに誰が任せるモンですか!」

「現実は関係ないだろ! ここはゲームの世界だ! 現実の事について一切触れるな! 俺のガラスのハートにこれ以上ヒビを入れるな! てかもう割れた! 今ので完全に俺のハートは割れました!」

 

走りながら器用に顔を合わせながら口喧嘩をおっ始める二人を交互にジト目で眺めながら、こんなのを見せつけられてユウキはボソリと口を開く。

 

「どっちでもいいからさっさとやろうよ、もうボスの目の前に来たんだから」

「よし! じゃあ俺が最初に斬りかかってまた片膝を突かせるからユウキは追撃頼む!」

「違うわよ今度は頭部にダメージ与えてのスタン状態に持ち込むの! そっちの方が硬直時間はずっと長いんだから! その後あなたが追撃してね! こっちの引きこもりはアテにならないから!」

「あーもう! 切羽詰まってる状態で下らない喧嘩して! もういいボクが最初に行く!」

 

ボス、コボルドロードの眼前へと到着した状況でもまだ揉めているキリトと少女は置いといて、ユウキは一人羽を出して飛翔して、再び剣を携えて飛び掛かる。

 

「スイッチ!」

 

早速斬りかかってダメージを与えるとすぐに叫ぶユウキ。

 

スイッチというのは後方の者と入れ替わり、隙間なく相手に連続攻撃を繰り出す為の動作の一つだ。

 

ボスとの戦いにおいていかに手を緩めずに攻め続けるかがカギとなる。

 

程無くして一旦下がるユウキに替わって、後方から別の者が相手に攻撃を仕掛けた。

 

それはキリトでも少女でもなく……

 

「ヒメコ!」

「ってぇぇぇぇぇ!? なんで銀時ここにいんの!?」

 

散々ユウキとキリトが口酸っぱくして来るなと忠告していたにも関わらず、いつの間にか自分達と同じ所に駆けて来た銀時が勢い良く叫びながらボスの頭部に光棒刀を突き刺す。

 

当然、彼の攻撃ではHPバーは全く減らない。

 

舌打ちしながらもすぐに先程のユウキと同じ動きを真似するかのように下がる銀時、すると彼が現れた事に動転しながらも、キリトは慌ててボスへと飛び掛かり

 

「え、えーとボッスン!」

 

 

三撃目の攻撃を終えて降りて来たキリトがユウキの隣に立っていると

 

銀時が突如二人の間に割り込んで右腕を胸の方に持ち上げながらボスに向かって

 

「俺達三人揃って! せーの」

「「「「スケット団!!」」」

「よーし決まった!」

「ってなにやらすんじゃい!」

 

銀時に上手ノセられてつい叫んでしまったキリトはすぐに我に返って彼の方へ振り返る。

 

「ずっと後ろに下がれって言ったよな俺!? なんでアンタここにいんだよ!」

「いやだって、ユウキがいきなりスイッチ!って叫ぶから呼ばれた気がして、だってスイッチつったら俺だろ?」

「ボクが叫んだのは連携を取る為の合図に使うスイッチだよ! なんでボスを前にスケット団のメンバー叫ぶ必要があるのさ!」

「勝手な事しないで頼むから大人しくしていてくれ! 頼むから! 三百コル上げるから!」

「ノリノリで一緒にポーズ決めてたお前等が言うのそれ?」

 

自分よりずっと小さな見た目の二人に怒られながらもボソッと呟きながら反省する気ゼロの様子の銀時。

 

そんな三人の会話を一瞥すると、フードで顔を隠す少女は一人ボスの方へ前に出る。

 

「その辺にしておきなさいスケット団、こんな状況を前にしてよくもふざけていられるわね」

「誰がスケット団だ! 俺は元ヤンだった設定とかないぞ!」

「ボクだってゴーグル付けたら集中力上がるスキルとか持ってないよ!」

「おい生徒会執行部! また俺達の邪魔しに来やがったのか!」

「誰が生徒会よ! 私に生き別れの双子の弟なんていないわよ!」

 

三人組のノリについ乗せられそうになりながらも少女は首を横に振って気を取り直すと

 

眼前の敵、コボルドロードがどう動くか冷静に観察する。

 

「いい加減にしなさい銀髪のあなた、これ以上ふざけるとあなたから先に狩るわよ。痛みの発生する最悪の事態を前にバカみたいな真似して……」

「バカみたいな真似? どうだろうな、どの道いい時間稼ぎになっただろ?」

「え?」

 

あまりにも空気を読まない悪ふざけに言動に苛立ちに含ませる少女であるが、銀時はせせら笑みを浮かべながらヒョイッと右手を掲げて

 

「撃てぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」」

 

瞬間、少女達の立ち位置のすぐ近くをすり抜けて鉛色の弾丸がボス目掛けて一斉に撃ち放たれた。

 

叫ぶ銀時に応えるかのように背後から聞こえたのは他のプレイヤー達の咆哮、思わず少女が振り向くとそこには

 

「見たか! GGO型の真骨頂! 近代兵器による遠距離一斉射撃!!」

「ディアベルさんに教えてもらったかいがあったぜ!」

「こんな時に使わなきゃいつ使うってんだバッカヤロー!」

「GGO型の連中に後れを取るな! SAO型の俺達は囮役としてひたすら走り回れ!」

「ALO型は万が一の為に回復魔法を常時使えるよう準備するんだ!」

「う、嘘……!」

 

先程怯えて隅っこに身を詰めて隠れていた初心者プレイヤーのほとんどがいつの間にかこんなにも自分達の近くに接近しているではないか。

 

それも皆ヤケクソ気味だとか無茶な特攻かまそうとかは考えていない、皆各々の役割に徹する為に首尾よく行動している。

 

こんな大変な状況を前にも関わらず一体どうして……

 

「簡単なこった、俺がアイツ等に言っただけだ「直接戦闘はしなくていいから俺等の援護してくれ」ってさ」

 

疑問を浮かべる少女を察してか、銀時は髪を掻きむしりながらぶっきらぼうに答える。

 

「連中が動けなかったのはあのボスと戦う事への恐怖だ、それさえ取り除けばあのディアベルの野郎から教えてもらった事をキッチリこなせるぐらいはまともに動ける様になる。戦わなくていいからサポートだけしてろ、コレだけ言っておいて時間をかければ、いずれはあの中から一人立ち上がり、そしてそこからどんどん後を追う奴等が増えていく」

 

少女はフードの奥から銀時を凝視する、まさか怯えていた彼等をこんな短期間であっさりと立ち上がらせてしまうなんて……

 

「あのトゲトゲ頭の野郎がキチンと先導しているみたいだな、伊達に熟練プライヤー名乗ってた訳じゃねぇってか」

「……あなた一体……いや、今はそんな事気にしてる場合じゃないわね」

 

満足気味に頷く銀時を見て、彼が何者なのか疑問に浮かぶが、聞いてる場合じゃないと少女はフゥッと息を漏らして、頭に被っていたフードに手を伸ばしてひっぺ返す。

 

「彼等にも危害が及ばぬ様、早急にケリを着けましょう」

 

素顔を晒して凛とした目でボスを見上げた少女

 

年はキリトとさほど変わらないぐらいのあどけなさの残った顔付きをしている。

 

栗色の長い髪をなびかせ戦おうとする少女が自分の前に出ると

 

その時、銀時は反射的に彼女の横顔をジッと見てしまった。

 

(コイツ……)

「もうあなたの出番は終了よ、さっさと下がって」

「……あいよ」

「?」

 

案外すんなりと引き下がるんだなと少女は意外そうな表情を浮かべているのを尻目に、銀時はそそくさと後ろに後退してキリトとユウキの横を通り過ぎる。

 

「んじゃ、後はよろしく。ボスが死ぬ間際になったら教えろ、俺がトドメ刺すから」

「絶対に教えないから安心しろ、もうこっちに来るなよ」

「あの子……」

 

去り際にまだ漁夫の利を狙っている様子の銀時につっけんどんに返すキリトだが、ユウキは一人レイピアを構えてボスに挑もうとする少女を魅入ったように見つめていたが、しばらくして首を横に振る。

 

「ってそんな場合じゃないか、僕等も行こうキリト、女の子を一人で戦わせたら男の名が廃るよ」

「言われるまでもないさ」

 

気を取り直して少女の下へと向かうユウキ、そしてキリトもまたしかめっ面で共に駆け出す。

 

「ちょっとばかり可愛い顔してるからって調子に乗りやがって、どっちが強いかあの女に教えてやる」

「どうして君達はそう張り合おうとするのかな……」

「おいお前等!」

「あ、エギル」

 

何か企んでるかのように悪い笑みを浮かべるキリトにユウキがジト目でボソリと呟いていると

 

二人の下に後ろから同じくベテランのエギルが追い付いて来た。

 

「傷付いた連中をやっとこさ安全圏に運び終わった所なんだが、こっちも色々と大変な事が起きてるみてぇじゃねぇか! だが何よりもあの女だ! まさかあの女が潜り込んでたなんて!」

「なんだエギル、あのいけ好かない女性プレイヤー知ってるのか?」

「ってお前知らねぇのかよ! なんでどいつもこいつも情報に疎いんだよ! ありゃあ……!」

 

どうやらエギルは彼女の事を知っているらしい、血相変えて少女の後ろ姿を見つめる彼に釣られてキリトも見ていると

 

彼女は纏っていたローブを引き千切るかのように乱暴にほおり捨てて

 

真紅と白をベースとした軽装の鎧をあらわにする。

 

「EDOでもトップクラスのギルドである血盟騎士団のナンバー2! ”鬼の閃光・アスナ”だ!!」

「血盟騎士団!? ア、アイツが!?」

 

血盟騎士団と聞いてキリトは目を丸くさせて驚く。

 

その名を聞けば泣く子も黙ると他のプレイヤー達から恐れられており、活動は主に治安維持を目的としたギルドであるのだが、少しでも迷惑行為を行えば問答無用で相手を葬り去る程容赦が無い、ソロプレイのキリトでも知っている。

 

そしてその彼女こそが、あの泣く子も黙る血盟騎士団の副団長、アスナなのだ。

 

キリトが口を開けて呆然としていると、彼等の話を聞いていたのか、少女ことアスナが不機嫌そうに振り返って来た。

 

「血盟騎士団か、私はどちらかというと血盟組って呼ばれる方がいいわね、それとナンバー2じゃなくて副長って呼んで欲しいわ。そっちの方が現実世界の”あの人達”と親近感湧くから好きなのよ」

 

それだけ言うとアスナは再び前へと向き直り、既に足元近くまで接近していたコボルドロードを見上げて斬りかかる。

 

さっきよりも更に早いスピード、更に正確に的を射抜いて

 

「私に続きなさい引きこもり! スイッチ!」

「何自然に人の名前を引きこもりにしてんだ! 俺の名前は……!」

 

ボスの左太ももを傷つけて一瞬グラつかせるアスナに続いて、キリトが剣を抜いて叫びながら

 

「キリトだ!」

「グオォォォォォォォ!!!」

 

彼女が攻撃を与えた箇所に更に渾身の一撃を叩き込む。

 

その結果コボルドロードは右足に続いて左足にも深手を負い、両膝を地面に突いて再びダウンした。

 

鮮やかに決めたキリトは参ったかと言った感じでアスナの方へ振り返ると、彼女は眉間にしわを寄せたまま

 

「引きこもりの人で、キリト……なるほど、上手いわね」

「なんでお前までそう認知すんだよ! 違ぇから! 感心してる所悪いけど全然違ぇから!!」

「それと腕の方も悪くないんじゃない? まあウチの局長には及ばないけど」

「ああそうかい……だが俺の力はまだまだこの程度じゃ……!」

 

あくまで上から目線でモノを言って来る彼女に、キリトがムキになりながら、倒れたボスへの追撃を始めようとすると

 

フロアボス・コボルドロードの目が怪しく光る。

 

「ガァァァ!!」

「な! コイツもうダウン状態から立ち直りやがった!」

「まさかHPを一定まで減らした事によって気絶半減のスキルが……! 回避!!」

「ダメだ! この距離だと避ける暇も……!」

 

突然両膝から崩れ落ちた筈のボスが立ち上がり右手に持った野太刀にグッと力を込め出す。

 

反撃が来る! しかもまた全方位系の! それを感じ取ったアスナは皆に回避命令を出すがもう遅い。

 

「グォガァァァァァァァァァ!!!!」

 

『気絶半減』追加の上に更に『溜め時間半減』かよ……

 

一瞬の最中、キリトは片手剣だけで必死にガードしようとしながらそんな事を考えていると

 

さっきまでよりも更に早い動作でボスは必殺技、旋車を発動して周りに斬撃を嵐のように振り回した。

 

一番距離の近かったキリトはまともに食らい、背後にいたアスナも巻き添えになって後ろにぶっ飛ばされる。

 

その攻撃を食らった直後キリトは呻き声すら出せず、彼のHPバーは一気に削られて半分以下に達してしまう。

 

そして2年間やっていたVRMMOで初めての体験を感じる。

 

仮想世界では絶対にあり得ない筈の、『痛み』だ。

 

「ぐぅ!!」

 

斬られた箇所は腹部、そこからとてつもなく身悶えしそうな強烈な激痛が彼を襲った。

 

ぶっ飛ばされたもののすぐに持ち直して復帰すればいいだけの事、しかしそれは今までのEDOでの話だ。

 

この吐き気も催す程の苦しみの中では、とても立ち上がれる気がしない。

 

腹を押さえながらキリトは苦悶の表情でなんとか顔だけ上げると、ボス・コボルドロードは無様にひれ伏す自分をあざ笑うかのように咆哮を上げていた。

 

あの現実世界で自分をいたぶって来た天人の様に

 

「これじゃあまるで現実じゃないか……」

「キリト!」

 

仮想世界で活躍するキリトではなく現実からひたすら目を背ける桐ケ谷和人に戻りかけていると、慌てた様子でユウキが駆けつけて来てくれた。

彼女はキリト達より後方にいたので上手く逃げおおせたらしく、HPバーは無傷のままだ。

 

「大丈夫!?」

「どうだろうな……もしかしたら現実の俺の身体は腹から腸が出てるかもしれない……」

「妹さんがそれ見たら卒倒モンだね……」

 

現実の身体がどうなっているのかわからないが、流石にそこまで酷い状況にはなってないだろう。

 

性質の悪いキリトの冗談に苦笑すると、ユウキは彼と同じくボスの一撃を食らったアスナの方へ振り向く。

 

「……君は大丈夫なの?」

「……そ、そんな軟弱者と一緒にしないでくれないかしら?」

 

彼女もまたキリト同じぐらい鋭い一撃を浴びたにも関わらず、HPを黄色にした状態で剣を杖代わりにヨロヨロと立ち上がっているではないか。

 

痛みをグッと堪えながらも必死の形相でただボスを睨み付けるその姿に、倒れたままの状態でいるキリトは目を大きく見開く。

 

「アンタ……! なんでまだ立っていられるんだ……!」

「……許せないから」

 

キリトの問いにアスナは振り向く余裕もなく、静かにその答えを告げた。

 

「EDOの治安を護るのが血盟組の任務……だからこの世界に脅威を及ばす奴は絶対に許せないのよ……!」

「!」

「泣く子も黙る武装警察・真撰組の様に心を強くして戦うって決めたの! 例えはらわた出そうとも敵を前に呑気に寝ていられる訳ないでしょ!」

 

杖代わりにしていた得物のレイピアを右手に携えて、アスナは決意を込めた眼差しで眼前の敵、ディアベルがシステムを操作して強化したコボルドロードを睨み付けたまま強く叫ぶ。

 

その後ろ姿にキリトは少し悔しいという感じながら、思わず強く魅入ってしまった。

 

自分もまたこの世界に危険分子をばら撒いたディアベルが許せない、しかしこうして無様に転がって奴の思い通りの絵面になっている自分とは対照的に、彼女はなんと強いのであろうか……

 

同じぐらいの痛みに耐えながら懸命に戦おうとするアスナを見て、キリトもまたグッと力を込めて立ち上がろうとする。

 

だがその時だった。

 

「ガァァァァァァァァァァ!!!」

「な!」

「しま……!」

 

ボスが雄叫びを上げながら急にこちらに向かって走り出したではないか、今までずっと移動速度の遅い重攻撃型だと判断してそう決めつけていた自分を呪った。

 

アスナ、ユウキ、そしてその背後でまだ倒れているキリトの下へコボルドロードが一気に迫って来る。

 

他の新参プレイヤー達が慌ててボスに向かって再び一斉射撃を放つ、しかし奴は止まらず、ただただ自分達の息の根を止める事に執念を燃やしてるかのように目をギラつかせて野太刀を振り上げた。

 

もし奴の一撃でHPがゼロになったら……一体自分の体はどうなるのか、もしかしたらさっきの様に軽く冗談を言える事態にならないんじゃ、いや口さえ開く事の出来ないただの肉の塊となってしまうのでは……

 

咄嗟に悪い方向にばかり思考が傾いてしまうキリト、しかしそんな事も露知れず、彼の前にいたユウキはグッと足に力を溜めると

 

一気に床を蹴って向かって来るボスに真正面から応えるかのように走り出す。

 

「ユウキ!?」

「ここはボクが食い止める!」

 

呆気に取られて叫ぶキリトを尻目にユウキはボスの振るう野太刀を惹きつけて、前のめりにのけ反ってギリギリ奴の繰り出す横一閃を避け切ると、ボスの懐目掛けて細剣の突きを浴びせる。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

EDO歴の長いキリトでも、あそこまで怒涛の勢いで連続で責めるソードスキルは見た事が無かった。

 

彼女発案のオリジナルスキルなのであろうか? 9、いや10連撃はあるであろうラッシュアタックを振るいながら巨体のボスのHPを一気に削っていく。

 

「スイッチ!」

 

10回連続攻撃によるカウンターを終えるとすぐ様切り替え動作を行い、ユウキに続いて半ば疲労気味のアスナが奥歯を噛みしめながら彼女に負けじと強烈な単発突きスキル『リニアー』を発動させてボスの急所を捉えていく。

 

遂に本領発揮したユウキの実力の片鱗を垣間見たキリトが言葉を失っていると、駆け寄って来たエギルが隣でしゃがみ込んできた。

 

「立てるか?」

「俺の事はいい、早くアイツ等を助けにいってやってくれ! どんなに強くても、あのボス相手に二人じゃ身が持たない……!」

「まだ他人に気遣いが出来る余裕があるなら大丈夫だな、じゃあ俺はアイツ等の援護に行って……な!」

「しまった!」

 

エギルがキリトの安否を確認して自分も戦いに赴こうとしたその時だった。

 

アスナがスイッチと叫び再びユウキがボスの前に躍り出た時、奴は、コボルドロードがは狙いすましたかの様にそのタイミングで突如巨体を揺らして後退し、彼女の追撃のタイミングを外してきたのだ。

 

そんな動きをAIがしてくるとは思いもしなかったキリトと同じく、ユウキも「ヤバッ!」と面食らった表情で焦る。

 

迎え撃つなら絶好の機会、と言わんばかりにコボルドロードは野太刀を両手に構えてユウキ目掛けて振り上げた。

 

あの動きは『兜割り』、刀専用スキルであり隙はデカいものの相手単体に渾身の力を繰り出す一撃一刀の技。

 

突っ込んでいた体勢であったユウキはとても避けられる状態ではない、どうすれば……

 

っとキリトが唇を噛みながらなんとか立ち上がろとするその横を

 

 

 

 

 

 

 

 

「!」

 

尋常じゃない速さで誰かが通り過ぎて、ユウキの下へと駆け出していくと

 

あっという間に彼女とボスの真ん中に割り込む。

 

その人物の正体は……

 

「ぎ、銀時!」

 

自分達に散々戦力にならないと烙印を押さえて後ろに下がっていた銀時であった。

 

どうやら戦いの状況を見て何やら不穏の気配を感じ取ったのか、得物の光棒刀を構えてここまで走って来たらしい。

 

そしてユウキが呆気に取られているのも束の間

 

「うわ!」

 

突如銀時は彼女の方に振り返りぶっきらぼうに片手でユウキを突き飛ばす。

 

「グォガァァァァァァァァァ!!!」

 

そしてそれと同時に、ボスは両手に持った野太刀を振り下ろした。

 

彼に突き飛ばされた時、ユウキは頭上から迫るその一撃に振り返りもせずに無言でこちらだけを見つめてくる銀時を見る。

 

 

 

 

 

 

 

何故だかわからないがこちらにフッと笑みを浮かべる彼の姿がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

「銀……!」

 

ユウキが手を伸ばして彼の名を叫ぶよりも早く、ボスの一撃は容赦なく彼に鉄槌を食らわらせる。

 

その途端、周りに撒き散らされるは激しい揺れと砂埃

 

ユウキは腕で顔を覆いながらすぐに彼の安否を確かめる為に駆け寄ると

 

 

 

 

 

 

 

「あ!」

 

床に倒れてピクリともしない彼を見つけた、彼の右上にあるHPを見ると残り僅かの体力が赤く点滅している。

 

「銀時! しっかりして! 銀時!」

 

半ばパニックになりながらも必死に彼の名を叫びながら駆け寄ると、倒れている彼の身体を揺さぶり始める。

 

すると意識が飛んでいたのか、目を閉じていた彼がゆっくりとしんどそうな表情を浮かべて彼女の方へ顔を上げ

 

「……だからリアルネームで呼ぶなつってんだろうがコノヤロー」

 

いつもの悪態を突くがどこか覇気がない銀時は、彼女の手を振りほどいて自力で立ち上がった。

 

キリトやアスナ以上にその体には強烈な痛みが発生しているであろうにも関わらず

 

「いててて……マジで体に響きやがる。ホント訳わかんねぇなチクショウ……」

「どうして……どうしてボクよりずっと弱い銀時が庇うなんて真似するのさ……」

「アホか、もしボスの一撃を食らいでもしてリアルの体に支障でもあったら……オメェの場合それで死んじまうかもしれねぇじゃねえか、テメーの体が貧弱な事忘れてんじゃねぇだろうな?」

「……」

 

ぶっきらぼうに呟く銀時にユウキは神妙な面持ちで黙り込んでしまっていると、銀時はふと手に持ってた筈の光棒刀が消えている事に気付いた。

 

どうやら自分と同じくボスの攻撃に飲まれた彼の得物は、食らった時にその耐久力が尽きて壊れてしまったらしい。

 

それに銀時は舌打ちすると、後ろにいるユウキに背を向けたまま静かに口を開いた。

 

「俺はぁ師を殺し、惚れた女を見殺しにしちまった男だ。そんな野郎なんざが護れるモンなんてたかが知れてるけどよ」

 

力ない声でそう言うと銀時はゆっくりと彼女の方へ振り返る。

 

「誰も救えなかったこんな俺にとっちゃ、お前だけは死んでも護るって決めてんだ」

「銀時……」

「柄にもねぇ顔すんな、いつものヘラヘラ笑っているマヌケ面は何処にいったんだよ」

 

それは償いの為か、それとも己の信念の為か、こちらに笑いかける銀時の顔を見てユウキが彼に馬鹿にされながら泣きそうになっていると

 

ふと彼の目の前に突如メニュー画面が開くのが見えた。

 

そこに書かれていたのは……

 

 

 

 

 

 

 

『エクストラスキル発動条件達成・エクストラ武器解放』

 

 

 

 

エクストラスキル、条件によって達成するプレイヤーが持つ必殺の特殊スキルだ。

 

そしてエクストラ武器、これはエクストラスキルが解放された時にのみ装備出来るという強力な力を兼ね備えた武器の事……つまり

 

「銀時! 急いで武器欄に入ってる特殊武器って奴の項目をチェックして装備!!」

「は? うわ、よく見たら俺の前になんか出てる、えーと何々……」

「一々読まなくていいから! 早く!」

 

さっきまで泣きそうだったくせに急に急かしてくるユウキに、銀時は「は?」と戸惑いつつも、とりあえず言われた通りにやってみるが、背後からは再びボス・コボルドロードがこちらに攻撃をせんと武器を振り上げていた。

 

「一か八かお姉ちゃんが君の為に残してくれた特殊スキルと武器に賭けよう!」

「それ負けた場合どうなんの?」

「ボクと銀時が仲良く心中って事になるかもね……」

「そいつは願い下げだな、お前と手ぇ繋いであの世なんざいったらあっちで藍子にシバかれる」

 

誰がお前と一緒に死んでたまるかとニヤリと笑いながら銀時がメニューを操作し終えると同時に

 

「グオォォォォォォォ!!!」

 

コボルドロードの野太刀の一撃が銀時達に目掛けて振り下ろされるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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