竿魂   作:カイバーマン。

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第七十七層 ブリーフ、それは男の嗜み

徳川茂茂、日の本一の権力者、徳川家の十四代目・征夷大将軍であり

 

ただの一般市民ではそのお姿を肉眼で観察する事さえ難しい正に雲の上の存在。

 

そしてそんな将軍が今、あろう事か、荒くれ者だらけの真撰組の屯所に足を運び……

 

「い、以上がEDOについての説明と遊び方です……茂茂様」

 

「うむ、実にわかりやすい説明であった」

 

そこに居候して住まわせてもらっている明日奈に、EDOのゲームの簡単な説明と遊び方を教えてもらっていたのだ。

 

(な、なんで将軍がここに来てんのよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!)

 

高名な一族である明日奈は江戸城に召集され、茂茂との面会を行う事は今まで何度もあった。

 

しかしだからといって、いざこうして目の前に日の本一の将軍が現れると、その度に彼女は激しく緊張し言葉を震わせる、それ程までに将軍とはこの国に住む者にとって畏れ多い存在なのである。

 

「この手のモノに余は疎いのだが、非現実な世界を駆け回れるとはまっこと興味深い、そなたのおかげですぐにでもやってみたいと、将軍としてあるまじき好奇心が目覚めてしまった」

 

「そ、そこまでお褒めの言葉を下さるとは至極感謝の極み……結城家の長女として有難く受け取らせて頂きます……」

 

「かしこまらなくてよい、余とそなたの仲だ」

 

すぐ後ろにいる近藤と共に深々とこちらに頭を下げる明日奈に、茂茂は真剣な表情を向けながら静かに呟く。

 

「それに今は城の中でもない、ただの友人として接してくれて構わぬ」

 

「い、いくらなんでもそれだけは出来ません! 自らお越しくださった将軍様を一人の友人として接するなんて畏れ多いです!」

 

「そうですよ将軍様! 大体この子はあんま友達いないんです! 友達という存在そのモノにどう接すればいいか自体まだよくわかってない不器用な子なんですから!」

 

「将軍様この人打ち首にして下さい」

 

「あれ!? ひょっとして俺フォローの仕方間違えた!?」

 

後ろからあろう事か将軍に向かって余計な事を言い出す近藤に、明日奈はキッと振り返って。

 

(なんでここぞというタイミングで変な事を言うんですか! しっかり助けて下さいよ私を!)

 

(え? でも「自分は一人前だからこれぐらいの事簡単に出来る」とか言ってなかった明日奈ちゃん?)

 

(もう過去の私は忘れて下さい! 振り返らないでください! 今の私を見て下さい! つまらない虚勢を張っていた半人前のただの小娘を助けて下さいお願いします!)

 

もはや相手が将軍とわかれば四の五の言ってられない、プライドを捨てて藁にも縋る思いで近藤と視線で会話し終えると

 

(というかそもそもこんなことになった原因は……どう考えてもあの人が元凶よね)

 

前に向き直った明日奈の目の前には、将軍の隣で唯一胡坐を掻いて余裕たっぷりの感じでいる松平片栗虎がいた。

 

こっちの気も知らないで退屈そうに座っている松平、そんな彼を明日奈が無言でしばし睨みつけていると、ようやく彼がこっちに気付いた。

 

(先日会った時に「自分の友人にゲームを教えてくれ」と言われた時から疑っておけば良かった……最初からこれが狙いだったのねこの人)

 

(明日奈ちゃんよ、これはおじさんからの試練だ、将軍家の嫁入り前に将軍からの好感度を上げるのは上策、明日奈ちゃんの得意なゲームで将軍のハートを射止めてやるんだ、そしてあわよくばそのまま世継ぎを産んでくれ)

 

(なんでこっちに向かって親指立ててんですかあの人! 誰か! 誰でもいいからあの親指をへし折って!)

 

無言で合図だけで互いの心境を読みあう二人だが、近藤の時とは違いどうも噛み合っていなかった。

 

してやられた明日奈は、今すぐにでも松平に向かって全力でドロップキックかましてやりたいという衝動に駆られながらも、それよりもまず自分が成すべき事は将軍とのゲーム交流を穏便に済ます方が先だ。

 

「それでは将軍様、私は別室で準備させて頂きますので、フルダイブしたら打ち合わせ通りの手順を踏んで、指定された場所で待機していてください」

 

「うむ、あいわかった」

 

「え~、どうして別の部屋で準備すんだよ明日奈ちゃん、なんなら将軍の横で添い寝しながら同じ布団の中で……」

 

「将軍様その人も打ち首にして下さい」

 

「うむ、あいわかった」

 

「あれ? ひょっとしておじさんフォローの仕方間違えちゃった?」

 

余計な事を言い出す松平を冷たい視線を向けながらサラッと将軍に彼の内首を検討してもらうと、不安な気持ちに駆られながらもひとまず明日奈は立ち上がって、別の部屋に行ってEDOの準備に取り掛かるのであった。

 

「まあ成るようになるわよきっと……私は血盟組の副長・鬼の閃光のアスナ、経験、実績共にピカイチのエリート……普段通りにすれば絶対問題ない筈だわ、そう、例え相手が一国の主であろうと緊張なんてする必要ないのよ、平常心よ平常心……」

 

沸々と沸き上がる心配事を吹っ切るように明日奈は首左右にブンブン振ると、意を決したかのように歩き出すのであった。

 

将軍のEDOデビューの指導役として、何より優秀で模範的なプレイヤーの代表というプライドを賭けて

 

彼女の前に突如現れた大きな試練が今始まる。

 

 

 

 

 

 

 

それから数分後、結城明日奈はEDOのプレイヤー・アスナとして仮想世界にフルダイブしていた。

 

場所は勿論、プレイをし始めたばかりの者達が必ず赴くことになる第一層だ。

 

「一層に来るのも久しぶりね、前に来た時は……」

 

上級者以上の実力を誇るアスナとしてはこの場所に来る事は滅多に無い、故に前にここに来たのも随分と前の話だ。

 

そう、アレは確か、前々から不審な動きを見せていたプレイヤー、ディアベルを調査するために身分を隠して彼の一層攻略メンバーに紛れ込む事に

 

そして最初こそ順調であったが、とある奇妙な三人組に絡まれた途端急に状況が悪化し始め……

 

「最悪、忌々しい男を思い出してしまったわ……」

 

ふと前の出来事を思い出してる途中でアスナは頭を抱えてため息をついた。

 

とある奇妙な三人組、その中で最も自分と相性の悪い、黒づくめの厨二剣士の事を思い出してしまったからである。

 

「私の記憶内にいるだけでも迷惑な存在だわホント……」

 

一度思い出すと脳裏に焼き付いて離れない彼のへらへら笑いながら小馬鹿にして来るあの顔……

 

初めて会ったその日から、アスナにとっては倒すべき宿敵とも呼べる存在だ。

 

「でも今回ばかりはキチンとあの男の事も忘れてしっかりしないとね、今日はあの将軍様のコーチングを務めるのだから、余計な事は一切考えずにただ結城家の長女として成すべき事をやりましょう」

 

自分自身に言い聞かせるようにブツブツと独り言を漏らしながら、今ここで行うべき事に全力で集中しようと決めるアスナ。

 

しかしそう心に強く決めた彼女が初参戦のプレイヤーが集まる広場に向かっていると……

 

「ねぇさっきの広場にいた奴見た? マジヤバくない?」

 

「チョー最悪だよね、なんなのアレ? 通報した方が良いってホント」

 

「ホントホント、人前でよくあんなみっともない真似出来るよねー、現実でやったらマジ打ち首だっつうの」

 

数人の女性プレイヤーとすれ違った所でアスナの耳がピクリと反応した。仲良く談笑しながら行ってしまう彼女達の会話を聞き逃さなかったアスナは眉をひそませる。

 

「あの子達の会話気になるわね……もしかしてこの先で犯罪まがいの事をしでかしてる不届き者が……は!」

 

この先にある広場で周りのプレイヤー達に害を与える不埒な者がいる可能性があると推測したアスナは、すぐに慌ててその場を駆け出した。

 

「攘夷プレイヤーというブラックリストに記されてもなお反省の素振りを見せず、私達血盟組にとってはこの世界の治安を脅かす危険分子、そして何故か私の前に毎回姿を現す、もしかしたら……!」

 

焦った様子で一刻も早く広場に向かわねばとアスナは一目散に走る。

 

絶対とは言い切れないが、まさかあの男が再び自分の邪魔をしに現れたのではないのだろうか

 

「あーもう! よりにもよってこんな時に!」

 

ちょっとの粗相でも即座に一族全員粛清もあり得るかもしれないのに、まさかこの最悪なタイミングで現れるとは……

 

閃光という二つ名に相応しい瞬足で駆けて行きながら、アスナはすぐに初心者プレイヤーが集う大広場へとやって来た。

 

「性懲りも無くいっつも私の前に現れるんだから! 一体どこに隠れ……!」

 

奴が傍にいる可能性があるとわかった途端、先程まで将軍の身の安全の事だけを考える事を決心していたにも関わらず、そんな事よりも奴を見つける事が先だとあっさり放棄するアスナ。

 

目を血眼にしてそこら辺にいるプレイヤー一人一人をくまなく睨みつけていると、その先に待ち構えていたのは……

 

「む? もしやそなたは?」

 

「ごめんなさい、今ちょっと正義の鉄槌を食らわす為に悪しき輩を探してる最中なんで邪魔しないで……え?」

 

広場の中心でキョロキョロと見渡すアスナに気付いて、一人のプレイヤーが声を掛けてきたので、えらくぶっきらぼうな態度で返事をしつつそちらの方へ顔を上げると、彼女の表情は一瞬で凍り付いた。

 

「そうか、それはすまなかった」

 

何故ならこんな人気の多い大広場の中心で

 

裸体を晒し、身につけたモノはブリーフ一丁という、EDOの中でも究極のラフスタイルを貫く

 

 

 

 

 

徳川家14代目、征夷大将軍・徳川茂茂がそこに立っていたのだ。

 

「ならば余は一人でこの世界を歩き回ろう、余に遠慮などせずそなたもまた仕事に励むといい」

 

「って将軍んんんんんんんんんんんん!!!!」

 

失礼な物言いをしたアスナに対しても寛容な態度で彼女の自由行動を許可する将軍・茂茂

 

彼がそこにいた事に対しても驚きはしたが、それよりもまず一番大事な事を彼にツッコまなければならなかった。

 

「どどどど! どうしてパンツしか穿いてないんですかぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「うむ、そなたの説明通りにプレイヤーとしての登録を済ませたばかり故」

 

「いやいやいや! いくら始めたてのプレイヤーでも服は支給されますよ! 初期仕様の服をどうして装備してないんですか!?」

 

「なに? アレは支給の品であったのか? 知らない服であったので着てはいかぬと思っていた」

 

ブリーフ一丁であろうと全く恥ずかしがる事無く裸体を公衆の面前で晒す茂茂を、アスナはもはや奴の事など忘れてすぐに服を着るよう指示

 

そういえば将軍の身であればフルダイブシステム最新型ゲームどころか、よくあるテレビゲームなどもやった事など無い筈、つまり彼にはゲームの基礎、いわゆるお約束的な知識さえも持ち合わせていないのだ。

 

「とにかく服着て下さい服! ていうかどうしてブリーフなんですか! しかも結構もっさりしてる!」

 

「将軍家は代々もっさりブリーフ派だ」

 

「知りませんよそんな事! いいから着て下さいホントに!」

 

腕を組み、鋭い眼光で力強く答える茂茂に思わずいつものツッコミでアスナが怒鳴りつけてしまっていると

 

ふと同じ広場にいた数人のプレイヤーが集まって騒ぎ出した。

 

「おい聞いたか? さっきあっちの平原でドデカいモンスターがプレイヤーを襲ってるらしいぜ」

 

「ああ、噂に聞くユニークモンスターだな、この辺じゃ「初心者泣かせ」とか「集英社泣かせ」とか呼ばれてる奴だろきっと」

 

「あまり滅多にポップしないレアモンスターなんだけどな、まあアイツに襲われる事は初心者にとってはこの世界の洗礼を受ける様なモンだし、良い経験になるだろうよ」

 

どうやら第一層に現れるユニークモンスターの事について会話しているみたいだ、上級者であるアスナはすぐに彼等が話しているそのモンスターの正体が何なのか勘付く。

 

「彼等が話しているのは恐らく、ここら一帯を縄張りとする『トガーシ×ハンター』という超大型のユニークモンスターの事ですね、将軍様もお気を付けください、一層に出るモンスターとはいえ初心者ではまず逃げる事しか出来ない程巨大で凶暴な犬で……ってあれ?」

 

 

ここらで少しずつこの世界の情報を教えてあげようと意気込んでアスナは将軍の方へ振り返るも、いつの間にかその姿は忽然と消えていた。するとまたもやどこからともなくプレイヤー達の叫び声が……

 

「お、おい! なんかブリーフ一丁の男が町中を走っているぞ!」

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 変態ぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

「誰か血盟騎士団に通報しろ! 一層目に走る猥褻陳列罪が現れたって!」

 

「あれ? てかなんか江戸の将軍の茂茂様に似てね?」

 

「バカかお前! 俺達の国の主が下着姿で街中を走る訳ねぇだろ! もしそんな事になったら俺達の国は終わりだ!」

 

 

何と将軍はこちらの話も聞かずに脇目も振らずに突然この場を走り去っていたのだ。

 

「将軍んんんんんんんんんんんん!!!!」

 

彼が向かっている方向は恐らく先程プレイヤー達が会話している中で出て来たユニークモンスターが現れた平原の方。

 

ここでは将軍という立場関係なく自由に行動出来るのをいい事に、つい普段では出来ない行動、つまり好奇心に身を任せて是非ともそのモンスターの姿を見ておきたいと行ってしまったのである。

 

「ヤバい! このままだと私完全に打ち首コースだわ! 天下の将軍様をみすみすブリーフ一丁で町中を走らせるのを許してしまうなんて! 早く捕まえないと!」

 

このまま将軍を一人、危険なモンスターの居る場所へ行かせるわけにはいかない。

 

自慢のスピードを使ってアスナはすぐに彼に追い付こうと走るも、あろう事か将軍は……

 

 

 

 

「ってあれ? もう見えないんだけど……」

 

気が付いた時にはあっという間に将軍の姿はアスナの視界から消えてしまっていた。

 

どうやらブリーフしか装備していない事で彼の俊敏度は恐ろしく上昇しているらしい。恐るべし裸の力……

 

ポツンと一人取り残されたアスナは、徐々に状況が悪化し始めている事に気付き、頭から大量の汗を掻き始める。

 

「ヤ、ヤバい……将軍様をお一人にさせちゃった……」

 

ゲームを始めて数分で護衛対象を見失うという大失態を犯してしまうアスナ。

 

果たして彼女は無事に将軍を見つける事が出来るのであろうか……

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、第一層の本来なら雑魚モンスターしか出現せず、狩場としては少々物足りない真っ平らな平原にて

 

「た、助けてくれでござるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」

 

「ギャオォォォォォォォォォォス!!!」

 

先程プレイヤー達が話していた通り、現在この地にはかなり珍しいレアモンスターのトガーシ×ハンターが現れている。

 

犬型と言ってもその見た目は獰猛な狼の如く恐ろしく長い牙を生やし、ノコノコと戦いの練習にやって来た初心者を一方的に屠る事から

 

「奴が鳴りを潜めた時に新たな芽が生え、奴が現れた時は若い芽がつままれる」というなんともブラックな語り口さえ出来ている程、中級者クラスまでのプレイヤーから恐れられている。

 

そして今、トガーシ×ハンターはその巨体で大地を震わせながら一人の貧弱そうなプレイヤー目掛けて執拗に追いかけている真っ最中であった。

 

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!! こんな怖い犬が現れるなんて聞いてないでござるよフカ氏!! あれ? フカ氏は一体どこに? レン氏の姿も見当たらない、ひょっとして……」

 

獲物はこれまた奇妙な格好をした変な口調のオタクっぽい男であった。

 

背中には立派な刀が差されているにも関わらず、それを抜かないばかりか立ち向かいもせずに、ただただ悲鳴を上げながら逃げ惑うその姿はなんとも情けなかった。

 

 

「僕の事を放置して自分達だけで逃げたという事でござるか!? 酷いよフカ氏にレン氏! さながらキン肉マンのカナディアンマン氏の再来の如くあんまりな押し付けだよ!」

 

「グルアァァァァァァァァァ!!!!」

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 助けてパイレートマン!!!! 僕を置いて逃げ出したあのビッグボンバーズにバイキングバスターを!!」

 

訳の分からない事をオタク特有の早口で喋り続けていたせいか、男はその場で躓いて平原の上に転んで倒れてしまう。

 

そしてそこを逃さず、大きな口を開けて凶暴なモンスターが唸り声を上げて彼に噛みつこうとしたその時

 

「!?」

 

音がトガーシ×ハンターに頭から噛み砕かれる寸での所で、何者かが素早い動きでサッとその間に入り、彼を急いで抱きかかえてその攻撃をギリギリのタイミングで避けたのだ。

 

「大事は無いか?」

 

「食べないで下さいでござるぅぅぅぅぅぅ!! あ、あれ?」

 

間一髪で助けられた事に気付いて男はポカンとした様子で自分を助けてくれた人物の顔を目にする。

 

その者こそ、将軍・茂茂、誰かが襲われていると聞いていても経っても居られず、ここまで全力疾走で駆けつけて来たのだ。

 

「ここは余がこの猛獣を惹きつけておく、すぐに動けるようなら今の内に逃げるがいい」

 

「ちょ、ちょっと待て! アンタどっかで見た様なツラしてるがもしかして……は!」

 

ブリーフ一丁ではあるがキリッとした頼もしい顔でこちらに振り返りながら早く逃げろと指示する茂茂だが

 

男はその顔付きを見て一瞬人格が変わったかのように口調も変化して何かを思い出そうとしていると……

 

「今はそんな事より言われた通りにこの場をスタコラサッサと逃げる方が先決でござる! どこに行ったでござるかァァァァ! レン氏ィィィ! フカ氏ィィィィ!」

 

しかしすぐにその人格は元に戻りヘタレの部分が強く強調され、茂茂に任せてその場で勢いよく逃げ出して行ってしまった。

 

仲間の名を叫びながら脇目も振らずに逃げて行った彼を見送った後、「さて……」と静かに腕を組みながら目の前に立ち塞がる巨大なモンスターをゆっくりと観察し始める茂茂

 

「コレがこの世界に現れるというモンスターという奴か……素晴らしい、まるで本当に生きているかの様な迫力だ、実に見事」

 

「ゴアァァァァァァァァァ!!!!」

 

「このような事は城の中では決して味わなかった体験だ」

 

威嚇してるかのようにこちらに向かって咆哮を上げるモンスターを前にしても、茂茂は至って冷静にこの世界の凄さを言葉通り肌で感じ取っていた。

 

民の声を間近で耳に入れ

 

だだっ広い平原を無我夢中で駆け回り

 

そして自らの手で民を助け、巨大な魔物に襲われる

 

どれもこれも自由からかけ離れた窮屈な生活を送っていた彼にとってはどれも素晴らしい体験なのである

 

「皆が平等であり意見を言い合い、各々何も縛られる事なく自由に世界を駆け巡り繋がりを持つ事が出来る……悔しいがこの世界は、余が実現させようとしている夢を既に叶えてしまっているという事か……」

 

現実と何ら変わらない大空を見上げ茂茂は少々自虐的にフッと笑った。

 

自分が未だ成し遂げていない大成を、ここではいとも容易く出来てしまうという事に改めてこの世界の凄さと、己の力が無い事に不甲斐なさを感じてしまったのである。

 

「ガァァァァァァァァァァ!!!!」

 

「ああ、すまぬ魔物殿、ついこんな状況で物思いにふけってしまった、さあ遠慮なく余を襲って来るがいい」

 

「ギャァァァァァァァァァァス!!!」

 

「しかし余もただではやられんぞ、この世界の事をもっと詳しく調べたくなったのでな」

 

トガーシ×ハンターの咆哮を再び食らって茂茂はすぐに我に返った。

 

彼に対して丁寧に言葉を呟くと、パンツ一丁の身であり未だ始めたての初心者でしかないにも関わらず、真っ向から挑もうとする茂茂。

 

如何に将軍と言えど相手は数多の初心者を食らい尽くした凶暴なユニークモンスター、彼の敗北は濃厚だろう。

 

しかしそこに……

 

 

 

 

 

「ギャオラッ!!!」

「む?」

 

突如トガーシ×ハンターの背中の部分から斬撃の様なエフェクトが発生、鋭い剣で一閃したかの如く綺麗な斬撃音がその場で響き渡る。

 

その音の直後、トガーシ×ハンターはこちらに向けて噛みつこうとしていたポーズのまま、グラリと体を傾けると

 

大きな音を立ててその巨体を横から地面に倒れ伏し、辺りに倒れた時による発生する砂埃を撒き散らした。

 

「なんと、コレは一体……」

 

口の中に砂が入りそうになったので、手で口を覆いながら茂茂は目の前で起こった状況を理解しようとしつつ、視界が良好になるのをしばし待つ。

 

すると次第に視界は晴れていき、目の前で倒れているトガーシ×ハンターをハッキリと捉えた。

 

そしてその上に堂々と立つ

 

 

 

 

片手剣を持った小柄な黒いコートを着た人物の姿も

 

「……おぬしがこの魔物を倒してくれたのか?」

 

「コイツは腰の部分が弱点なんだよ、ある程度筋力と幸運のパロメータをスキルで上昇していれば、クリティカル一度決めるだけで呆気なく沈む様に……あれ? なんか前にもこんな事あったような気がするな……」

 

少年らしい声で冷静にアドバイスしてくれる突然現れたその人物

 

茂茂が自分を助けてくれたその者を見ておきたいと思っていると、彼はこちらに振り返ってきた。

 

「ていうかアンタどうしてブリーフ一丁なんだよ、新手の変態か?」

 

その顔は一見見ただけだと中性的な雰囲気のある少年だった。

とても猛犬を一撃で仕留めれるような見た目ではない、線の細い体つきをしていた黒髪の愛想悪そうな少年であった。

 

「助けてくれて礼を言おう、ところでおぬしの名は?」

 

「人の名前聞くより先に自分の名を名乗ったらどうだ? もしくは服を着ろ服を」

 

「……すまぬ、身分上己の名を出す事は固く禁じられているのだ」

 

「ふーん、もしかして名を名乗るだけじゃなくて服着るのも禁止されてんのアンタ? それじゃあこっちで勝手に呼ばせてもらうよ、変態ブリーフ男で良いよな」

 

「うむ、好きに呼んでくれ、あだ名を付けられるのは新鮮だ」

 

「いいのかよ!」

 

相手が将軍だという事に気付ていないのか、かなり失礼なあだ名を付けようとする少年に、茂茂は快くその名を受け取ろうとするので、思わず少年の方は勢いよくツッコミを入れてしまうのであった。

 

「久しぶりに一層に来てみたらこれまたおかしな新参者が入って来たな……なんだろうな一体、随分前にここに来た時もあの幸運全振り天然パーマと遭遇したし……もしかしてここは変人の集いが揃う魔窟なのか?」

 

「して、おぬしの名は?」

 

「ああ、そうだったな」

 

一人ブツブツ呟きながら、自分は何かと変わり者と縁が多すぎるとぼやく少年に、茂茂が尋ねると彼はすぐに向き直って

 

 

 

 

 

「キリトだよ、よろしく変態ブリーフ男」

 

「そうか、改めて助けてくれて感謝する、キリトよ」

 

「いや別にアンタを助けた訳じゃ……てかこんな呼ばれ方してよく怒らねぇなアンタ……」

 

凛々しい顔立ちをしながら平然とした様子でお行儀よくこちらに頭を下げて来た茂茂に

 

攘夷プレイヤーと呼ばれ黒夜叉という二つ名を持つベテランプレイヤー・キリトは

 

これまたヘンテコな野郎と出会っちまったなと力なく苦笑する。

 

「もしかして現実世界でもブリーフ一丁で外を徘徊してたりすんのかアンタ?」

 

「残念ながら、余の身ではこのように自由な格好で動き回る事は出来ぬのだ」

 

「いや誰の身であろうがそんな恰好許されてねぇから! ったく裸で走るなんて余程ストレス溜まってんだな……可哀想に、きっとどこぞのブラック会社に勤める社畜だなこりゃ……」

 

そう、彼は気付いていないのだ。

 

先程から失礼な言動を使いまくっている相手は

 

うっかり間違えれば一族全員打ち首に出来てしまう程の底知れぬ権力を持った国の主だという事に……

 

 

 

そしてその頃、アスナは

 

「将軍様どこぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

彼等とは少し離れた場所で必死に茂茂を探し回っている最中であった。

 

 


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