竿魂   作:カイバーマン。

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ここ最近ずっと風邪ひいていて、正直めっちゃ辛い状況の中で頑張って書いてるんですが、その状態で先日投稿した別作品が凄いカオスな話になっていました。

そしてこっちのお話の内容もかなり混沌と化しています。前回よりも更に増してふざけまくる彼女がその証拠です。

皆さん、季節の変わり目には体調管理に気を付けましょう


第七十五層 とある無職の童貞殺し

いつまで経っても一人前にならない明日奈を説教してやろうとファミレスに連れて来た土方の所に

 

偶然同じ店にやって来た、メガネを掛けた活発そうな女性と長身の大人しそうな女性

 

二人はどうやら土方と前々から知り合いみたいなのだが、明日奈は一体全体彼が彼女達とどういう関係なのかさっぱりわからなかった。

 

「えーととりあえず誰に聞けばいいのかわからないど、どういう状況なのコレ?」

 

「いやそれは私の方も聞きたいんですが……」

 

いつの間にか自分の向かいの席に座った女性はハーブティーを飲みながらこちらに素直に疑問を投げかけるが、明日奈もまた状況を理解出来ていないので頬を引きつらせながら苦笑い。

 

この女性、こうして間近に見ると本当に背が高い、座っているというのに。

 

あまり自分と年は変わらないであろうが、その長身と落ち着いた雰囲気によってかなり大人の女性という感じであった。

 

それに比べて……

 

「なんでちゃっかり俺達の席に座ってんだ! 店から出てけつってんだろ!」

 

「まーそう言うなよブラザー、こんな可愛い女の子を独り占めにするなんてズルいじゃないの。私達の仲なんだしいっちょ楽しく語ろうぜ」

 

「なにがブラザーだ! こちとらテメェ等なんかと仲良くお喋りしてる暇ねぇんだよ!」

 

「いやいやだって~、まさかトッシーにこんな凄いべっぴんさんの知り合いがいたなんて、アンタも隅におけないねー、お姉さんは嬉しいよ」

 

このメガネを掛けた女性は前に明日奈は一度見た事がある

以前彼女が屯所に出向いた時に突然嵐の如く現れ瞬く間に消え去った人物だ

 

さっきから相方とは真逆でずっと自分のペースで喋りっぱなしで、土方に何度怒鳴られようとケロッとしていて正直そのタフなメンタルが羨ましいとさえ明日奈は考えていた。

 

「十四郎さん、あの、出来ればこの二人の事を紹介して欲しいんですけど……一体十四郎さんとどんな関係なんですか?」

 

「うぉ! トッシーを名前呼び!? 一体どういう事なのコレ!? へいトッシー! アンタ一体このお嬢ちゃんとどんな関係なのさ!」

 

「だからうるせぇんだよお前は! 一から説明するからちょっと黙ってろ!」

 

隣に座り直した土方へ尋ねようとする明日奈の質問を遮るかのように彼女が身を乗り出して叫ぶので、土方は一喝するとため息をつき、少々疲れた様子を見せながら腕を組み

 

「コイツは俺の従兄妹だ、別にテメェが考えてる様な関係でもなんでもねぇ、ほらお前も名乗れ」

 

「あ、初めまして、結城明日奈です、十四郎さんとは従兄妹関係で幼い頃からの付き合いです」

 

「ああなんだ従兄妹か、って従兄妹ぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

「!?」

 

「こんな滅茶苦茶可愛い子にトッシーと同じ血が流れてんの!? 全然似てないじゃん! もはや突然変異レベル! 奇跡体験アンビリバボー!」

 

「お前は一々オーバー気味にリアクション取らねぇと気が済まねぇのか、いい加減マジでぶん殴るぞ」

 

明日奈が土方の従兄妹と聞いて素っ頓狂な声を上げてわざとらしいリアクションを取る女性を彼が人睨みしていると

 

もう一人の、大人しめの長身の女性が落ち着いた様子で明日奈の方に軽くお辞儀して

 

「初めまして結城さん、私は”小比類巻 香蓮”で、さっきからうるさいこっちは”篠原美優”っていう私の友達、なんかずっと騒いでいてごめんね、この子昔から好奇心旺盛でいつまで経っても精神年齢が子供のままだから」

 

「い、いえ別に気にしてないのでお構いなく……」

 

「ちょいとコヒーさん、さり気なく私の事ディスってるんでない? お前さんいつからそんな冷たい女になっちまったんだい、あーやだやだ、すっかり都会の女になっちまったねー」

 

「いや美優の扱いなんてずっと前からこんな感じで扱ってるよ私?」

 

長身の女性の方である香蓮が素っ気なくそう言うと、メガネを掛けた女性、美優はテーブルに頬杖を突いてやれやれと首を横に振りため息をつく。

 

そんな二人を眺めながら明日奈は、明らかに土方と仲良くなるタイプではない彼女達が、どうやって彼と知り合いになったのかますます気になった。

 

「あの、十四郎さんとは最近お知り合いになったとさっきおっしゃいましたけど、一体全体どういう関係の知り合いなんですか?」

 

「え、それはえ~と……う~ん、どう答えればいいんだろ……」

 

「?」

 

明日奈の直球的な質問にさっきまで落ち着いてた香蓮が突然困った様子で顔をしかめ、チラリと土方の方へ視線を向けた。

 

それに対して土方は彼女に目だけで

 

(余計な事言うんじゃねぇぞ、適当に誤魔化せ)

 

と訴えるが、香蓮の方は

 

(いやどう言えばいいんですか、ただでさえあなたのせいでややこしいのに……)

 

とジト目で視線を返していると、そこへまたしても美優が楽しげな様子で明日奈の方へ身を乗り上げて

 

「もしもしお嬢さん? もしかしてお嬢さんはトッシーと私達の関係が気になっちゃう系なのかな?」

 

「そうですね、十四郎さんって普段から女性の方と話すらしないお堅い人なので、個人的に……いた!」

 

つい美優に対して口を滑らせてしまう明日奈に、土方は無言で彼女の頭を叩く。

 

「なんでそんな事をテメェに個人的に気になられなきゃいけねぇんだよ、誰とつるもうが俺の勝手だろ」

 

「でも十四郎さんっていい年ですしそろそろ女性と結婚までは行かなくてもせめて人並みの恋愛して欲しいと……あだ!」

 

またもや土方に叩かれるような事を言ってしまう明日奈、どういう訳か彼女は彼を相手にすると普段より言わなくても良い事をついつい言ってしまう。

 

そんな二人のやり取りを美優は「ほうほう」と頷きながら微笑ましそうに見つめていた。

 

「つまり兄的存在であるトッシーが一生独り身で終わるんじゃないかとお嬢様は心配してる訳ですな、なるへそなるへそ」

 

「ああそういう事です、いやもう十四郎さんって昔からモテるのに女の人と接する事が皆無だからホント不思議で……最近では私もぶっちゃけこの人ホモなのではと……ごふッ!」

 

「あーうん、今トッシーにテーブルに頭叩きつけられたのはお嬢様が悪い」

 

つい心の底でひっそりと思っていた事を漏らしてしまう明日奈を、土方は容赦なく彼女の後頭部に手を回して勢いよくテーブルに叩きつけた。

 

これには美優も「しゃーない」と腕を組んでうんうんと頷く。

 

「でもまあお嬢様の頼みであれば私は別にトッシーと付き合ってやってもいいよ?」

 

「なんでアンタが上から目線なのよ……」

 

「まあ性格が多少アレでもイケメンでかなりの収入があるんなら私はすぐにでも結婚したい、専業主婦として嫁がせて下さいお願いします」

 

「上から落ちていきなり下から、どんだけ必死なのさ……」

 

香蓮が呆れてる中、美優の方はあまり深く考えてない様子でサラッと土方との縁談を承認するも、当の本人である土方は眉一つ動かさず真顔で

 

「ふざけんな、テメェなんかを嫁に貰ったら末代までの汚点として晒され続けるだろうが、テメェを貰うなら腐った牛乳をたっぷり吸い取った使い古された雑巾貰う方がまだマシだ」

 

「私の存在は雑巾以下!? あんまりだろチクショー!」

 

「そうですよ土方さん、美優は使い古された雑巾じゃなくてまだまだ新品の雑巾です」

 

「結局雑巾かい! 全然フォローになってないよコヒー!」

 

求婚相手にも親友にも軽んじられショックを受けたかのように両手で頭を押さえる美優だが、どうせ大して傷ついて無いだろうな、彼女の友である香蓮は静かに察していた。

 

「ていうか土方さん本人は別にそういうの必要としてないんだから、今は周りがとやかく言う必要は無いんじゃないかな?」

 

「そ、それじゃあダメなんです!」

 

「うわ復活した、インフェルノ・サイン?」

 

「美優、アンタの小ネタは一々変にマニアックでわかりにくい」

 

香蓮がボソッと呟いた正論に、先程までテーブルにつっ伏していた明日奈が蘇ってガバッと顔を上げた。

 

「そうやってダラダラと引き延ばすと絶対後悔します! 今若い内にさっさと候補を見つけておかないと! 十四郎さんの老後は誰が面倒見てくれるんですか!」

 

「えぇ~結城さん、土方さんの事そこまで先を見据えて考えてんの、なんか一気に重くなったな……いっその事あなたが土方さんの老後見てあげたら?」

 

「必要になる時が来れば覚悟してます」

 

「してるんだ覚悟……」

 

若い少女が従兄妹の老後の事まで考えるモノなのだろうか……香蓮は不思議に思いながら「う~ん」と難しい表情を浮かべる。

 

「そういや話が逸れに逸れちゃったけど、結城さんは私達と土方さんの関係とか知りたかったんだっけ? まあ上手く説明するのはちょっと難しいけど、私達は土方さんのお手伝いみたいな事をしてる感じと言えばいいのかな?」

 

「お、お手伝い?」

 

思い切ってちょっとした事情を語り始めた彼女に明日奈はちょっと意外だと目を見開くと、香蓮は核心は言わずに所々ボカした感じで説明する。

 

「実は土方さん、ここ最近の間でちょっとしたトラブルに巻き込まれちゃってて、それを私と美優がフォロー入れて解決させようとしてる訳」

 

「十四郎さんがトラブル!?」

 

「トッシーがTOLOVEる!?」

 

「美優は黙ってて、そろそろ私も怒るよ」

 

あの鬼の副長にトラブルに遭っていると聞いて驚く明日奈と、どさくさに彼女と似たような反応しながらふざける美優に香蓮は素っ気なく呟いて黙らせた。

 

「だから残念だけど結城さんが考えてる様な関係では無いから私達、なんというか……私達が助けてる立場で土方さんは助けられてる立場って関係なのかな?」

 

「うそ、十四郎さんがトラブルに巻き込まれて助けて貰ってるなんて初めて知ったんですけど私……」

 

「うんまあ、身内には言えない事だからね、特にあなたみたいな自分を慕ってくれる相手には……」

 

どうして教えてくれなかったのだと明日奈がショックを受けた反応をしている中、香蓮はチラリと土方の方へ視線を向ける。

 

すると彼は自分から身を乗り上げて、明日奈には聞こえないよう彼女の方へ顔を近づけて

 

「おい、核心は付いてねぇがいくらなんでも喋り過ぎだろ……余計な事まで話さなくていいんだよ」

 

「仕方ないじゃないですか、こっちだってどう説明すればいいかわかんないんですから……そもそもこっちはあなたの秘密を守るためにわざわざフォロー入れてあげてるんですよ? 少しは感謝してください」

 

「いや元はと言えばお前等がここで俺達と鉢合わせしなければこんな事には……」

 

そうやって二人でコソコソと小声で会話していると、それに気づかずに明日奈は一人はぁ~と深いため息をつく。

 

「いくら身内には話せない事情だからとはいえ、私ならいくらでも相談に乗ってあげたのに……」

 

「お嬢様、ここはとりあえずわかっておくれよ、トッシーはお嬢様が大事だからトラブルに巻き込みたくなかったのさ、大丈夫、お嬢様の代わりに私達がトッシーの面倒を見てあげるから」

 

「……なんか急にまともな事言い出しましたけどどうしたんですか美優さん……?」

 

「おいおいおーい! 私がまともな事言って何がおかしいのかなー!?」

 

「すみません、まともにお話出来ない人かと思っていたんで」

 

「おっと、どストレートに中々キツイ事おっしゃりますな」

 

さっきまでずっとふざけてばかりだった美優がフッと笑いながらまともな事を言い出したので、逆に違和感を覚えて怪しむように彼女を見つめると、明日奈はやや不満げな様子を見せながらますます顔をしかめ

 

「十四郎さんの身に起こっているトラブルってそんなに深刻なモノなんですか? もしかして私だけでなく他の真撰組の皆さんにも言えない様な?」

 

「当然だ、アイツ等に知られる訳には行かねぇ、特に総悟にだけは絶対に……いやホントマジでアイツにだけは知られたら俺は終わりだ……」

 

「……もしかして警察としてヤバい事とかやってませんよね?」

 

「それは誓ってやってねぇとはっきり言っておいてやる、俺はただテメーで必ず始末つけなきゃならねぇ事をやってるだけだ」

 

 

土方に限って絶対にあり得ないだろうとは思っているが、念の為に悪の道に片足突っこんでないかと尋ねる明日奈に、それに関しては土方はキッパリと違うと答えた。

 

「コイツは俺一人の問題だ、俺一人で起こした問題なら俺一人で解決するのが筋ってモンだろ」

 

キリッとした表情で明日奈に土方がそんな事を言っていると、美優と香蓮はコッソリと耳打ち。

 

「ねぇコヒーさん、トッシーは自分一人で解決とか言ってますけど、私とコヒーって思いきり巻き込まれてるよね?」

 

「うん、私達もう完全に土方さんの起こした問題に協力させられてるよね……」

 

「聞こえてんぞテメェ等」

 

二人が小声で話しているのをしっかり聞こえていたのか、土方はタバコを口に咥えたまま彼女の方へ横目を向ける。

 

「その代わりにテメェ等が”やらかした事”に目を瞑ってやってんだろうが、もしこれ以上手を貸さないっつうなら上に報告すんぞ、テメェ等の悪行」

 

「人聞きの悪い事言わないでよトッシー! 私達はただ自分達で楽しみたいからやってるだけだから! 別に周りに迷惑かけようだなんてこれっぽちも考えてないし!」

 

「でも美優、私達がやってる事って一応はあの世界のルールから逸脱した裏技だからね……」

 

どうやら土方は美優と香蓮の”ある秘密”を握っているらしく、それを利用して彼女達を自分のトラブルに協力させているらしい。

 

美優は己の行いに悪びれる気は無いみたいだが、香蓮はやや表情が曇る。

 

「周りに迷惑かけてないとはいえヤバい事なのは確かだよ……バレたら一巻の終わりだし」

 

「えー今更それ言うんすかコヒー先輩? だってその裏技をやりたがってたのは他でもないアンタじゃん、せめて向こうの世界では可愛くなりたいだのなんだのワガママ言うから、仕方なく私があのじいさんを紹介したらすぐに食いついて」

 

「だ、だって夢だったんだもん……」

 

やや嫌味っぽく言ってくる彼女に香蓮はますます言葉を濁らせ少し恥ずかしそうに呟いた。

 

「すでに諦めていた夢が叶うチャンスだと思ったら、そりゃリスク覚悟で賭けてみたくなるもの……」

 

「あー可愛いなこの娘は! 嫁に欲しい! 結婚しよう!」

 

「いやお断りします」

 

クールな雰囲気とかなりの長身を持つ彼女であっても、ちょっとした乙女心を持っている事に美優はギャップ萌えし、大胆なプロポーズと共に両手を広げて抱きつこうとするが、香蓮はそれを全力で拒否して彼女の頭を抑えつける。

 

しかしそんな内緒話の途中で美優がテンション上がって声を荒げてしまっていると、流石に明日奈も怪しむように彼女達をジーッと眺めていた。

 

「あの、さっきから二人してなにコソコソ話してたり抱き合おうとしてんですか……? 物凄く怪しいんですけど……」

 

「フ、やれやれ流石は鬼の副長の従兄妹様だ、鋭い洞察力をお持ちになっているようで……どうやらバレてしまったみたいだね」

 

こちらを警戒する明日奈に美優は首を横に振りながら鼻で笑うと、コーヒーを一口飲むとすぐにボソッと呟く。

 

「私達が実はデキている事に」

 

「土方さんもうこの眼鏡斬っていいです」

 

「おう」

 

「いやぁ斬らんといて土方さん! 腰に差してる物騒なモンを取り出そうとしないで!」

 

ここまで来てもやっぱりふざけっぱなしの親友にもう我慢ならんと、香蓮は真顔で土方に彼女の処断をお願い。

 

彼もまたノリノリで腰に差す刀を抜こうとするので、慌てて美優は両手を突き出して助命を懇願するのであった。

 

「ちょっとしたおふざけじゃん! ノリが悪いよみんな! お嬢様もそんな私達を警戒する必要なんか無いっしょ! 心配しなくてもおたくのカッコいいお兄さんは私が結婚して上げるから!」

 

「いえあなただけは勘弁して下さい、ていうかあなたのそのふざけた態度がますます胡散臭く見えるから、私は純粋に怪しんでるんですよ」

 

「うへぇ、初対面の女の子に嫌われちゃったぁ、しかもこんな可愛い子に、今日は厄日だわ、せっかく北海道からはるばる遊びに来てるってのに」

 

「だからそうやって会話を真面目に成立させようとしない所が……」

 

遂には後頭部を掻きながらヘラヘラ笑い出す彼女に、明日奈も徐々に不満げな態度を現し始めるが、美優はそんな事もお構いなしに自分のペースで

 

「ところでお嬢様って彼氏とかいんの? そんなに可愛いなら引く手あまてでしょ」

 

「この期に及んでまた話の路線をすり替えるつもりですか!? なんなんですかあなた!? どんだけフリーダムなんですか!」

 

「いやいやぶっちゃけトッシー絡みの話なんかより恋バナの方がしたいのよ私、で? いんの彼氏?」

 

「いませんし未だに誰一人とも付き合ったことありません! あーもう! 恋バナとかよりも十四郎さん絡みの話をして下さい!」

 

「え~いないの~? しかも恋愛経験なし? 嘘でしょ、そのチート級に整った顔立ちなら男なら大抵落ちると思うんだけどなぁ」

 

「しつこい人でねホントに……」

 

「あ、じゃあ試しにやってみる? あそこにいる連中で」

 

「え?」

 

急に恋人がいるのかと自分に全く関連性の無い会話を始め出す美優に、明日奈はすっかり彼女に翻弄されつつも一応は答えてあげる。

 

すると美優はにへらと笑いながら、チラリと隣のテーブルの方へ目を向ける。

 

そこに座っていた数人の男性客は、いかにも今まで一度たりとも女の子と手を繋いだ事すらない雰囲気を持つ連中であった。

 

「見て下さい隊長! 軍曹の奴! こんなの隠し持っていました! 寺門通親衛隊に身を置きながらなんて真似を!」

 

「ち、違うんです隊長! これはあの! 妹に頼まれたから買っただけで……ふんぐ!」

 

どこぞのアイドルファンの集いなのか、同じ格好をした男達が軍曹と呼ばれた男を囲ってなにやら揉めている様子。

 

すると突然、軍曹と呼ばれた男がズブリと鼻に二本の指で突き刺されたまま浮き上がり

 

「た、隊長ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

どう見てもかなり体重の重そうな軍曹を、たった指二つで余裕で持ち上げているのは、阿修羅でさえも逃げてしまうのかと思うぐらい凄まじい憤怒の形相を浮かべた眼鏡の少年であった。

 

軍曹を密告した男が彼の事を隊長と呼んでいるので、恐らく彼が一番偉い立場の人物なのであろう。

 

「軍曹ぉぉぉぉぉぉぉ!!! 寺門通親衛隊隊規14条を言ってみろ!!」

「は、はいぃ! 隊員はお通ちゃん以外のアイドルを決して崇拝することなかれ! それを犯すものはスパイとみなすであります!」

 

「その通りだ軍曹! そして貴様はその隊期を破った! よって!」

 

綺麗に鼻フックされた状態でありながらも律儀に答える軍曹に、隊長はドスの低い声で叫びながらギラリと目を光らせたその瞬間

 

「鼻フックデストロイヤーの刑に処する!!」

 

「ぎやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

ここがファミレスの店内だというのもお構いなしに、隊長は軍曹を豪快に投げ飛ばす。

 

哀れ軍曹がこちらのテーブルの真上を飛んで悲鳴を上げながらぶっ飛ばされると、自分達の頭上から彼の私物らしきモノがポトリと落ちて来た。

 

「あ、これって」

「神崎エルザの最新シングルだね……」

 

落ちて来たモノを見て美優と香蓮はいち早く何なのか気付く。

 

それは神崎エルザという最近人気急上昇中の女性シンガーソングライターのCDであった。実を言うと美優と香蓮も彼女の大ファンである。

 

どうやら軍曹がぶっ飛ばされたのは、これを所持していたせいだったのだろう。

 

「見損なったぞ軍曹……寺門通親衛隊でありながら、そんなよくわからん女の歌なんぞに惑わされるとは」

 

 

すると処罰を終えた隊長が、眼鏡をキリッと光らせながら未だ怒りが収まらない様子で、白目を剥いて倒れた軍曹に向かってまだ何か言っている。

 

「俺達の心を揺らせるのはお通ちゃんの歌だけだぁ! そして俺達が心をゆだねる女性もお通ちゃん唯一人だぁ! 神崎エルザだか神崎かおりだか知らねぇがなぁ! そんなどこぞの馬の骨に現を抜かすなど言語道断じゃボケェ!」

 

「おー、あそこまで言い切れるとは中々、ん?」

 

「なんだろう私、凄くムカつくんだけど……あの眼鏡カチ割って来ていい?」

 

「おおっと、生粋の寺門通ファンの心無い一言が神崎エルザファンの心に火をつけた、止めなさい、アンタそんな事する柄じゃないでしょ」

 

怒声を上げながら神崎エルザの事を馬の骨と罵倒する隊長に香蓮はイラッと来たのか、拳を構えたまま席から立ち上がりそうになった彼女を慌てて止める美優。

 

「いいかお前等よく聞け! 俺達にはお通ちゃんがいる! お通ちゃんこそ全てだ! 彼女を裏切り別の女に鞍替えするような不逞な輩は! この寺門通審援隊隊長! 志村新八が許さん!」

 

「はい隊長!」

 

「一生ついていきます隊長!」

 

周りの客や店員、そして白目を剥いて気絶したままの軍曹など気にもせず、隊長こと志村新八が拳を掲げて声高々に叫ぶと他の隊員達も彼を称えながら共に叫び続けるが、さっきからずっと騒がしいそんな連中に

 

「チッ、うるせぇな……」

 

土方はイライラしながら吸っていた煙草を灰皿で消す。

 

「こうなったら僕、いや俺の前でオタク論を展開するなんざ100年早ぇ事を、じゃなかった、店内で騒ぐアイツ等にいっちょ、アイドルだけでなくアニメもまた素晴らしい事を叩きこんで……ぐ!」

 

「十四郎さん? 今何か変な事言いました?」

 

「気のせいだ……クソ! オタク相手だとやはり俺の中の内なる存在が邪魔を……!」

 

「え、どうしたんですか急に……まさか厨二病的な何かですか?」

 

新八達にいっちょかましてやるかと立ち上がろうとした土方であったが、突然言動がおかしくなり必死に何かを抑え込んでるかのような苦悶の表情を浮かべて再び席に戻る土方。

 

苦しそうに顔を歪ませる彼を見て、様子が変だと明日奈が心配そうに見つめていると、美優は既に予想していたかのようにうんうんと頷き

 

「よぉしトッシーがダメならここはお嬢様が行ってみよう、さああの隊長にガツンと言ってくるんだ」

 

「私が、ですか?」

 

「声掛けるだけでいいからやってみ、ほれ」

 

「え~なんでそんな私に強引に……」

 

何かを確信してるかのようにグイグイと押してくる美優に明日奈はしかめっ面を浮かべて嫌そうにしながらも

 

「まあでも、十四郎さんの代わりに注意するだけなら別にいいかな……」

 

土方が動けない以上、ここは自分が代わり引き受けてあげようと楽観的に考え

 

明日奈は自ら席から立ち上がって恐る恐る隊員達に崇拝され崇められている新八の方へ歩み寄る。

 

「あのーすみません、私が言うのもアレなんですけど、他のお客さんに迷惑なんで暴れたり叫んだりするのはちょっと……」

 

「なんだぁ貴様! 俺の演説中に声を掛けるとは不届き千万! 隊長が隊員に喝を入れている時に邪魔をするのはご法度だとわからんのかぁ! そこに直れ! 貴様も鼻フックデストロイヤーの刑に……処……」

 

急に話しかけて来た明日奈に新八はまたしても憤怒の表情で振り返り、激昂した様子で再び怒鳴り散らすも

 

振り返った先にいた彼女の顔、とんでもなく綺麗な同年代の女の子の顔立ちがバッと視界に入ると、徐々にその表情から怒りが薄れていき……

 

(え、何この綺麗な美少女……もしかしてここ仮想世界? だってリアルでこんな女性の理想を描いたかのようなエレガントな女の子がいるってあり得ないでしょ、ウチのゴリラじゃまず描けないでしょ)

 

「あれ? どうしたんですか急に固まって……」

 

(ていうか今、もしかして僕は彼女に話しかけられてるの? なんで? こんな冴えない僕に彼女がいったいなんで? あ、ヤバいなんかテンパって来た、とりあえずどうしたらいいの? 彼女は一体僕に何を求めているの? 一体僕はどうすれば彼女を満足させることが出来るの? 僕はどうしたら……)

 

 

 

 

「がはぁぁぁぁぁ!!」

 

「なんでぇ!?」

 

「「「隊長ぉぉぉぉぉぉぉ!」」」

 

一瞬の間でパニック状態であるというのに無理矢理思考を駆け巡らせた結果、身内の姉、友人の妹以外の女性とロクに会話すらした事がない彼女いない歴16年の新八には

 

唐突に現れたとんでもなく可愛い美少女を前にして最適な答えを見つけるなど到底できず、思考がオーバーヒートしてそのまま喉から呻き声を上げ、先程自分が吹っ飛ばした軍曹の時に様に白目を剥いてぶっ倒れてしまうのであった。

 

「わ、私何もしてないんですけど!?」

 

「よくも隊長をこんな目に! タダで済むと……あれ? なにこの可愛い女の子? がはぁぁ!!!」

 

「俺達の隊長が! 許せん! こうなったら隊長に変わってがはぁぁぁぁぁ!!!」

 

「えぇ~~!? なんか勝手に全滅した!」

 

隊長である新八だけでなく他の隊員達も明日奈というチート級の美少女を前に成す総べなく倒れていく。

 

彼等もまた新八と同じく、女性に対して免疫力が無かったのだ。

 

目の前でバタバタとアイドルオタク達が倒れていく惨状を目の当たりにして、元凶である明日奈は何が起こったのかわからずただ呆然と見下ろすのみ。

 

「ど、どういう事なのコレ……」

 

「ハッハッハ、やはり私の予想通りだったよ」

 

訳が分からないと困惑している彼女の背後で、計画通りだと腕を組んで美優は一人ほくそ笑む。

 

「アイドルという決して手が届かない存在を追いかけている彼等にとって、己の目の前に美少女が現れたという現実を受け止める事が出来なかったみたいだね」

 

「いやだからどういう事なんですか!? なんでこの人達私を見るなり倒れたんですか!」

 

「まだわからないのかいお嬢様、アンタは生まれながらにしてとんでもない能力を身に着けているのだよ」

 

倒れた男達を眺めながら静かに分析すると、混乱している明日奈に美優はカチッと掛けている眼鏡を指で上げ

 

「モテない男共が常に抱いていた幻想を、視界に入れただけで跡形も無くぶち殺す程にハイスペックな美貌を持つ者のみこそが持つ能力……」

 

 

 

 

 

 

「『童貞殺し≪コカンブレイカー≫』さ!」

 

「パクリの上に最低なネーミングセンスなんですけどこの人!」

 

「心配しなくても『童貞殺し』を持ってるアンタなら並みの男共ならイチコロさね、アンタはもう一人前の能力者、これ以上私が口を挟む必要無いだろうしそろそろ消える事にするよ、行こうか香蓮」

 

「ってなに勝手にいい感じにまとめて行こうとしてるんですか! 適当にでっち上げてただ逃げたいだけでしょ!」

 

さも眠られた能力が解放された事を告げて静かに去る師匠的な雰囲気を漂わせて、呆れてため息をつく香蓮と共に店を後に出て行こうとする。

 

そうは行くかと明日奈は彼女に手を伸ばして掴もうとするが、美優はヒョイと身軽な動きでそれを避け

 

「私が教える事はもう何もない、後はその力を上手く制御できるのか己自身で考えたまえ……それではさらばだー!」

 

「はぁ~結局美優のおかげで私まで振り回されちゃったよ……」

 

「待ちなさいこのおふざけ眼鏡! こっちは真面目に話聞きたかったのに! 散々ふざけ尽くして全然本題を聞けなかったじゃないの!」

 

香蓮の手を引っ張ってこちらにキラキラとした笑みを浮かべながら美優はすたこらさっさと店から出て行ってしまった。

 

簡単に逃がしてしまった事に明日奈は悔しそうに歯を食いしばり、彼女のおかげでロクな情報が得られなかったと悔しそうにする。

 

「次会ったらタダじゃおかないんだから!」

 

「おい、そんな事よりもどうすんだコレ」

 

「え?」

 

またいずれどこかで見つけたら、今度こそ捕まえて徹底的に問い詰めてやると明日奈がそう心に決めているのをよそに

 

彼女の背後から土方が新しいタバコを咥えながら落ち着いた様子で話しかける。

 

「お前の『童貞殺し』のせいで周りが屍だらけになってんぞ」

 

「ってああそうだった! そんな能力も持ってないし私が悪い訳じゃないけど! この人達倒れたままだった!」

 

土方に指摘されて明日奈はすぐに思い出した、新八を始めモテない男共が皆白目を剥いて倒れている事に

 

このまま放置してしまったらお店に迷惑を掛けてしまう、現時点で十分迷惑なのだが

 

「ど、どうしよう十四郎さん!」

 

「ったくしょうがねぇな……」

 

慌ててこちらに助けを求める明日奈に土方はフンと鼻を鳴らすと、席から立ち上がって倒れている新八の方へ歩み寄る、そして自分の懐からゴソゴソと何かを取り出し

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず気付けとして俺の『超卵油砲≪マヨネーズガン≫をお見舞いするか」

「ぐっはぁ!」

「さすが十四郎さん!」

 

意識を失い倒れている新八の口に向かって直接ニュルニュルと容器から絞り出して注入するのは土方愛用のマヨネーズ。

 

なんて機転の良い発想だと明日奈が一人称賛しているなか、新八は夢心地な気分から一気に地獄に転落した。

 

 

 

 

翌日、とあるファミレスで騒いでいた集団が一人の女性客が現れた途端全員意識を失い倒れ

 

そんな彼等に一人の男が口にマヨネーズを直接注ぎ込んで更に追い打ちを掛けるという

 

前代未聞の恐ろしい事件があったというニュースが流れたのは言うまでもない。

 

 

 

 


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