竿魂   作:カイバーマン。

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何故であろう、”彼女”の台詞を書いてると頭にうっすらパンチパーマのペヤングフェイスのおっさんが常に浮かぶ……



第七十四層 説教中に友人に遭遇すると気まずい

結城明日奈が土方によって実家に強制送還されて数日後

 

「ちーっす! 姉貴! お勤めご苦労様です!!」

「……お迎えありがと神楽ちゃん……」

 

彼女の実家は富豪中の富豪の名家達のみが住む事を許されるという、江戸の中で最も敷居が高い高級住宅地にある。

 

そこの欧米文化を取り入れて建てられた立派な家こそが彼女の家族が住む場所だ。

 

両親、特に母親から延々とお説教を食らうハメになってしまったが、ようやく神楽と一緒に暮らしているマンションへ戻る事を許されて、家を出る頃にはげっそりした表情で全く元気がない様子であった。

 

「ネチネチネチネチと何度も何度も就職しろ就職しろって……ホント地獄だったわ、EDOもやらせてもらえなかったし、挙句の果てには無理矢理ハローワークに連れて行かされそうになったし」

 

「ふーんよくわからないけど大変だったアルな、しばらく家で休めばいいヨロシ、なんだかアスナ姐、しばらく見ない間に大分やつれちゃってるネ、きっと色々と疲れちゃったアルな」

 

「今の私にとってあなただけが唯一の拠り所よ神楽ちゃん……」

 

元々母に対しては苦手意識を持っていた明日奈は、この数日ずっと共にいたおかげですっかり心身共に憔悴してしまっていた。

 

そんな彼女に神楽が気を遣って一緒に住んでいるマンションへ戻ろうと誘うと、明日奈は数日振りの笑身を浮かべながら甘んじて彼女の意見を受け入れようとする。

 

だがその時

 

「フッフッフ……やはり君が実家に戻らされていたのは事実だったみたいだね、明日奈君……」

 

「神楽ちゃんやっちゃって」

 

「はいヨー」

 

「へ!? ちょ、ちょっと待つんだ明日奈君! まだ僕は何も言っていないだろ!」

 

曲がり角からずっと待ってましたと言わんばかりに、いつもの嫌味ったらしい笑みを浮かべてヒョコッと顔を出してきたのは当然の如く須郷であった。

 

前回、かの警察庁長官であられる松平公のバズーカを食らい重傷を負った彼は、顔面を包帯で覆いすっかりミイラ男と成り果てていた。というかあれ程の重症であったのに数日で動けるようになるとは、本当に生命力がゴキブリ並である。

 

明日奈は彼の顔を見るなり反射的に指さして神楽に指示を飛ばすも、すぐに焦り顔で須郷が待ったと叫ぶ。

 

「第一声を放っただけの心優しき隣人をいきなり襲うなんて何を考えているのんだい君は! いくら名家のお嬢様であろうとそんなふざけた暴挙に出るのは君の両親が許さないぞ!」

 

「名家のお嬢様だから出来るのよ、これぐらいの問題すぐに私の親が上手くもみ消してくれるんだから」

 

「そ、それでもヒロインか!?」

 

極力親の力は借りたくないと思っている彼女であるが、心の底から嫌っている相手をぶっ飛ばす為であれば別だ。

 

しつこい須郷を追い払う為にはもう徹底的に神楽に痛めつけて貰わないとダメだと、明日奈が漆黒の意志に目覚めかけていると

 

「フ、フン! だが残念だったね! 僕は君の父上からも気に入られる程の優れた人間なんだ! たかが怪力娘を相手にする事など造作も無いのさ!」

 

すかさず須郷は焦りつつも、こちらに向かって拳を鳴らしながら静かに歩み寄って来る神楽に向かって

 

ここに来るまでに既に考えていた策を実行に移そうと自ら彼女の方へと駆け寄って……

 

「チャイナさん、君が大好きな酢こんぶが今近くの駄菓子屋さんでタイムセールで半額らしいじゃないか、君は行かないのかい?」

 

「マジでか!? 酢こんぶ半額とか駄菓子屋のばあさんなにを血迷ってるアルか!? ヤバいネ早く行かないと!」

 

「え!? ちょっと神楽ちゃん!?」

 

酢こんぶというのは神楽にとって最も好きなお菓子であり、毎日食べないと気が済まない程に愛好している代物だ。

 

須郷の口から放たれた酢こんぶという言葉に即座に反応し

 

既に明日奈を護るという最優先事項は一瞬で駄菓子屋にすっ飛んで酢こんぶを回収するに切り替わってしまい、既に明日奈の声は彼女の耳には届かない。

 

明日奈の周辺情報を把握していた須郷が狙っていたのは、一番の障害になるであろう神楽の排除であったのだ。

 

「ところで僕は別に明日奈君に敵意を持っているわけではないんだ、だからしばらく二人きりで話をさせてくれないかな? このお金で好きなだけ酢こんぶを買って来たまえ」

 

「うぉいなんアルかお前! めっちゃいい奴じゃねぇか! ありがとう! 好きなだけアスナ姐とお話するヨロシ!」

 

「神楽ちゃん!? 私の事よりも酢こんぶを買いに行く方が重要なの!? 私とあなたの揺るぎない強い絆は酢こんぶ以下の存在でしかないの!?」

 

言葉巧みにドヤ顔で懐から取り出した万札を太っ腹に神楽に渡す須郷。

 

あっさりと現ナマで釣られてしまった彼女に今度は明日奈の方が慌てて叫んで手を伸ばすも

 

「きゃっほぉぉぉぉぉい! 酢こんぶ祭りじゃぁぁぁぁぁぁぁ!! 今の私はもう誰も止められねぇぜぇぇぇぇ!!!!」

 

「って全く聞いてない上に行くの早っ! 躊躇も無く私をこの場に残して行くとか!! この薄情者!」

 

「ハッハッハ! 見たかい明日奈君! これが次期社長候補である僕の実力さ!」

 

己の欲望に身をゆだね、自分の事をすっかり忘れて駄菓子屋に直行してしまった神楽の背中に明日奈が悪態を突いていると、須郷はすっかり勝ち誇った様子でこちらにニンマリと笑う。

 

「あの程度の小娘など僕にとってはモンキーなんだよッ! 完璧な頭脳をもってすればいとも容易く操る事が出来るんだ!」

 

「いやなにが完璧な頭脳よ! ただお金と酢こんぶで買収しただけでしょ! しょうもないのよやり口が!」

 

「なんとでも言いたまえ、さて、今度こそ君との関係についてじっくりとお話を……」

 

「あーもうめんどくさいわね! それ以上近づいたら家に逃げ込んで親にあなたの事を洗いざらい言いつけるわよ!」

 

「フン、どう言おうが無駄だと思うがね、残念だがご両親は君なんかよりも僕の方を信頼すると思うよ、僕はいずれ社長の椅子に座る実力を兼ね備えた真のエリート、君は所詮生まれだけが取り柄の世間知らずでワガママな小娘に過ぎないんだから」

 

「ホントにムカつく人ねあなた……!」

 

三度目の正直といった感じでしつこく付き纏って来る須郷に、明日奈はいい加減にしろと怒鳴りつけながらゆっくりと彼から距離を取ろうとする。

 

だがその時

 

「……おい、テメェなにやってやがる」

「ん?」

「あ……」

 

不意に後ろから方に手を置いて、何者かが低いトーンで言葉を投げかけて来たので須郷が振り返ると、そこにいたのは……

 

「こんなガキに言い寄ってなにやってんだって聞いてんだよ、さっさと答えろ」

「お、お前は鬼の……!」

「と、十四郎さん!?」

 

明日奈にとっては従兄妹にあたる、真撰組の副長・土方十四郎であった。

 

驚くアスナをよそに高級住宅地でふてぶてしく路上喫煙をしながら、須郷の肩に手を置いたまま土方の目つきは一層険しくなる。

 

しかしそれは須郷も同じ事で、彼に対してまるで不愉快が込められたかのような目つきで負けじと睨み返した。

 

「妾の息子が偉そうに僕に触れるなんて……」

 

「なんならこの場で現行犯逮捕しても構わねぇんだぞ、状況的に明らかお前の方が嫌がるあの小娘に近づいているのをバッチリ見えていたんでな」

 

「フン、悪いが誤解しないでくれないかな……僕等はただ今後の事についてゆっくりと語り合おうとしているだけさ、君こそこんな場違いな所で何の用事だい、鬼の副長の土方君、もしかして彼女の実家に乗り込んで自分も一族に加えてくれとでも懇願しに来たのかな?」

 

「相変わらず口を開けばべらべらと無駄口ばかり叩きやがる野郎だぜ」

 

一々人の神経を逆撫でにする言葉を言わないと気が済まないのであろうか、こちらに対して嫌な笑みを浮かべながら挑発してくる須郷に対し、土方は至って落ち着いた様子でタバコを咥えながら彼の肩から手を離さない。

 

「ま、会いたくは無かったが、こうして久しぶりに顔会わせたのも何かの縁だ、ガキ相手じゃなくて俺と仲良くお喋りしようぜ、エリートの坊ちゃんよ」

 

「お、おい離せ! この僕を何処へ連れて行くつもりだ!」

 

「まあまあ、ちょいとそこの角を曲がった所で話すだけだって、長くはとらねぇから」

 

「いやだから何をするつも……!」

 

目の前の光景に口をポカンと開けて固まってしまっている明日奈をよそに、土方は強引に須郷を引っ張っていくと彼女の目には届かない場所へ移動する。

 

そして明日奈が二人が見えなくなったのを確認すると……

 

「あ、あれ……?」

 

険悪なムード漂う二人が話し合いの為にいなくなったと思いきや、辺りが急に静まり返った。

 

すぐ様こっちにもはっきりと聞き取れるぐらいの声で二人が口論でも始めるのかと予想していたのだが、意外にも彼等の声どころか周りの時が止まったのではないとか感じるぐらい酷く静かになってしまう。

 

そんな得体の知れない不気味な感覚が5分ほど続いた後、ずっと一人で待っていた明日奈の前に、先程姿を消した須郷がスッと曲がり角から戻って来た。

 

「や、やあ……わ、わ、悪いが今日はここらでお暇する事にするよ、お、お父上にもよろしく……ハハハ」

 

「え? どうしたの? なんか顔色が悪くなってるみたいだけど」

 

「い、い、いや!? ぼぼぼぼ僕は至って平常だよ! 何も見てない! 何も言われてない! いつもの僕そのものさ! ハーハッハッハ!!」

 

さっきまであんなにしつこかった須郷が、やけにあっさりと身を引く様子でこの場を立ち去ろうとする。

 

明らかにさっきとは打って変わって顔面蒼白で言葉を震わせ、何かに怯えてるかのようにビクビクしている。

 

一体自分が見えていない所で土方と何があったのだろうかと、明日奈が思い切って彼に尋ねようとすると

 

「おい、まだコイツに用があんのか?」

「!」

 

そこへ土方がヌッと彼の背後に現れた、その瞬間須郷は頬を引きつらせた怯えた目つきを彼に向けながらあとずさり

 

「さっさと失せろ、それともまだ俺と楽しいお話してぇのか?」

「ひぃぃぃぃぃ!!」

 

まるで本物の鬼にでも遭遇したかのように悲鳴を上げながら慌てて逃げだして行ってしまった須郷。

 

彼のあの怯えた態度を見る限り、あの完全に静寂だった時間の中で、土方から予想も付かない目に……

 

「ったくこちとらどこぞのガキのせいでかなり頭に来てるっつうのに……おい」

「は、はい!」

 

須郷がすっかり見えなくなった後も、土方はひどくご機嫌な斜めな様子で明日奈の方へ振り返る。

 

いつも以上に瞳孔が開いている目つきでこちらを睨みつけて来る彼に、明日奈はビクッと肩を震わせ先程の須藤の様に委縮してしまう。

 

「今日はわざわざテメェの為にこんな所に迎えに来てやったんだ、ついて来い」

 

「え、え~と……すみません私状況が読めないんですけど……」

 

「お前が状況読めようが読めまいが俺には関係ねぇ、大人しく俺に従えって言ってんだよ、これ以上ゴチャゴチャ抜かすとさっきの野郎と同じ目に遭わすぞ……」

 

「は、はいぃ!」

 

彼女はすぐに分かった、彼の機嫌が悪い原因は自分にあるのではないかと

 

確かに普段から素っ気ない態度をしている土方であったが、ここまで怒っている様子を見せるのは滅多に無い。

 

こういう時の彼には大人しく言う事を聞かないと後が怖い、明日奈は怯えながらも素直に彼についていくという選択しか残されていないのである。

 

(ホントにどんな目に遭わされたのよ須郷さん……)

 

イライラしながら度々舌打ちしている土方の背中を追いつつ、明日奈はますます不安になりながら彼と共に近くにあるパトカーに乗るのであった。

 

 

 

 

 

 

数十分後、訳も分からず土方に連れてかれた明日奈は、話があるという事で近くの喫茶店に来ていた。

 

そこで彼女は予想だにしなかった話を聞くことになる。

 

「私がしばらく真撰組に身元を預けられる!? どういう事ですかそれ!?」

「どういう事も何もそういう事だ、てか声がデケェんだよバカ」

 

唐突に土方が言い出した事に明日奈は店内にも関わらず大声で叫んでしまう。

 

彼女の向かいの席に座りながら土方は、店員が持って来たコーヒーの上に所持していたマイマヨネーズをニュルリンと絞り出しながら静かにしろと指摘。

 

「松平のとっつぁんから話は聞いただろ、お前の輿入れ先が将軍様になるって話」

 

「ええまあ……けど私はお断りした筈なんですけど……」

 

「お前が断ろうが受けようがもうとっつぁんはすっかりお前を将軍に嫁がせる気満々だよ、だからその為にあのおっさんの傘下にいる俺達が駆り出されたんだ」

 

前に松平片栗虎が提案した自分を将軍の下へ嫁がせるという計画、既に土方の耳に入っていたと聞いて明日奈が驚く中、たっぷりマヨネーズがトッピングされたコーヒーを平然と飲みながら土方は話を続ける。

 

「最近じゃこの辺に攘夷浪士がウロウロしてるせいで、女子供が迂闊に外を歩き回るのは危険だという事で、お前と将軍の縁談をまとめるまで俺達に四六時中付きっ切りで警護に当たれだとよ……ったくめんどくせぇ、なんでそのウロウロしている攘夷浪士を追いかけずに、お前なんかの警護を務めなきゃならねぇんだ」

 

「えぇいくらなんでも急すぎますよ……ホントにあの時ちゃんと断ったんです私、なのになんであの人そんな勝手にホイホイと話し進めてく上に十四郎さん達にまで頼んでるんですか……私だって被害者ですよ」

 

「知らねぇよ、文句があるなら直接あのオッサンに言え」

 

不満げにこちらにジト目を向けて抗議する明日奈に、土方は軽く一蹴してコーヒーを飲み干すと、懐から取り出したタバコに火をつける。

 

「俺だって散々あのおっさんに反対したんだ、けど俺以外の隊士は揃いも揃ってお前の身元を預かる事に賛成しやがった、ウチのトップの近藤さんまでな、良かったなウチの隊士達にモテモテで、従兄妹の俺も鼻が高いよ」

 

「い、いや私は別に特にそういうの意識してなかったんで……」

 

面白くなさそうな表情でフンと鼻を鳴らす土方に明日奈は申し訳なさそうに目を逸らす。

 

彼がさっきからずっと機嫌が悪いのはこのせいなのだろう、自分の所の隊士達が女の子一人で浮かれまくるという状況は、副長である彼にとっては好ましくないのだ。それもその女の子が自分の身内だ。

 

「ていうか隊士の皆さんが賛成したって言いましたけど、あの性根の腐ったドSはどうしたんですか? あの人私の事嫌ってる筈ですから絶対十四郎さんと一緒に反対するでしょ?」

 

「生憎、その腐ったドSは一番お前を屯所に受け入れる気満々だ、さっき俺が出る前に庭で見かけたが、一人で犬小屋を作っていたぞ」

 

「なんで犬小屋!? まさか私をそこに住まわせる気ですかあの男!?」

 

「いや犬小屋はお前の所に居候しているチャイナ娘の方らしい」

 

スゥ~とタバコの煙を吐きながら土方は淡々とした口調で

 

「お前の住居はその隣にアイツが掘ってた墓穴だ、丁度お前サイズになってたぞ、良かったな」

 

「良くないですよ余計酷いじゃないですか! 墓穴ってもう既に私を殺った後まで想定してるじゃないですかあの畜生! どんだけ人の心が無いんですか!」

 

庭の土をスコップで掘りながら自分が収まる墓穴を作る沖田、それが容易に想像出来た明日奈は間違いなく冗談じゃすまないとお嬢様とは思えない口調で罵る。

 

「なんなんですかアイツは! 十四郎さんから厳しく言って下さい! もしくはアイツが掘ってる墓穴にそのままほおり捨てて下さい!」

 

「俺の話をアイツがまともに聞く訳ねぇだろうが、なんで俺がお前みたいな奴の為にフォローなんてする必要があんだよ」

 

「な!」

 

「そもそも嫁入り前の娘を警察が預かるなんてバカげた話になったのは、お前がしっかりしてねぇせいだ」

 

「えぇ!?」

 

自覚無しの明日奈に苛立ちを募らせつつ、土方は吐き捨てるかの様に答える。

 

「一日中ゲームばっかしてたり、危ねぇかぶき町をうろついたり、働かずにダラダラと無駄な時間を過ごしやがって」

 

「い、いやぁそれは……いつでも働こうと思えば働けるし探してはいるんですけど、私に見合う就職先が見つからなくて……」

 

「なんなのお前? 人生ナメてんの? 一生働かなくても親の金で生きていける悦に浸って俺達庶民が必死こいて働いてる様をワイングラス片手に見下してんの?」

 

「人生ナメてないですしワイングラスも持ってませんって! 十四郎さんの金持ちキャラってそんなイメージなんですか!?」

 

足を組んで不機嫌そうに煙草の煙を吐いて来る土方に言い訳しようとするも歯切れの悪い明日奈。

 

やはり相手が土方となると彼女もあまり強く出れないみたいだ。

 

「い、良いじゃないですか私の人生なんですから勝手にさせて下さいよ……十四郎さんには迷惑かけてる訳じゃないですし」

 

「かかってんだよ、現在進行形でお前のせいで迷惑かかってんだよ、殺すぞ」

 

「あ、そうでした、すみません……」

 

彼女にとって土方という男は心の底から尊敬しているし誰よりも頼りにしている存在。

 

故に彼本人直々にお説教される事は彼女にとって最も応えるのだ。

 

「俺も忙しがいが仕方ねぇ、今回ばかりはお前、とことんガツンと説教してやるから覚悟しとけよ」

 

「お、お手柔らかにお願いします……」

 

「言える立場かお前、ったく、ゆとり世代のガキはこれだから……」

 

引きつった笑みを浮かべる明日奈に舌打ちしながら、吸い終わったタバコを灰皿に捨て

 

「兄貴は立派にやってるのにどうして妹はこうなっちまったんだか……」

 

ブツブツ呟きながら再び新しいタバコを手に取り、今日は日が落ちるまで彼女にたっぷり言い聞かせようと決心する土方

 

だがその時

 

「いやー、前のゲリラ戦きつかったねー、なにあのシノンってスナイパー? あんな長距離から正確にドタマ狙って来るとか反則じゃね? 明らかに玄人の域を超えてるよ」

 

「それもそうだけど、私はやっぱ彼女のタンク役やってたあの白くてムキムキの化け物みたいなプレイヤーの方が忘れられないよ……夢にも出て来てホントトラウマになってんだから……」

 

「!?」

 

背後から聞こえた何者かの声に土方のライターの火を点火しようとする手がピタリと静止する。

 

声の主は女性の様であったが明らかにその声に反応して更に土方の表情が強張り始めた。

 

明らかに彼の様子がおかしくなっている事に、お説教を待つ態勢でいた明日奈が「?」と首を傾げていると

 

「まあアレもヤベェとは思うけど、一番ヤバいのはやっぱあの爆弾ばら撒くウザったい長髪のキャプテン……トッシィィィィィィィィ!」

 

「!?」

 

明日奈の前でメガネを掛けた女性と、かなり長身気味の女性二人組がこちらの席を通り過ぎようとしたその瞬間

 

メガネを掛けた方が土方を見るなり会話の途中でいきなり叫び出す。

 

突然の出来事に明日奈がビクッと肩で驚く中、すぐに気付いた、彼女は前に屯所に押しかけて土方を強引に連れ去った人だ。

 

そして当の本人である土方は叫ばれても聞いてないと言った感じで体を震わせながらそっぽを向く。

 

だがメガネの方はそんなのお構いなしに彼の方へ乗り上げて

 

「ヤバ! こんな偶然にトッシーに会うとかなんたる運命よ! やっぱり私達の絆はリアルでも一緒なんだね!」

 

「ねぇ美優……土方さん完全に私達から顔反らしてるんだけど……アレってきっと今は関わりたくないって意思表示なんじゃない? そっとしておいてあげた方が……」

 

「おいおいコヒーさん、私達の間にそんないらん気遣いは無用だぜ、大丈夫、トッシーはただただ私達といきなり出会えてしまった事に気が動転して高鳴る鼓動を抑えつけようとしているだけ、いい年になってもずっと思春期なのトッシーは、可愛い女の子に会うとパニックになっちゃうの」

 

「いや違うでしょどう見ても……」

 

土方が無視に徹しているというのに彼女達は堂々とその場で会話を続け出す。

 

一体この二人組は何者なのかと明日奈が気になり、呆気にとられながらも恐る恐る彼女達の方へ口を開こうとすると

 

「あ、あの~……」

 

「あぁぁぁぁ!!! なんかすんげぇグレード高い女の子がトッシーと一緒の席にいるぅぅぅぅ!!! あれ? なんか前にも見た様な気がする」

 

「はい!?」

 

「おいトッシーどういう事だオイ! 私達というモノがいながら他の女に鞍替えたぁ許さねぇぞ! 出すモン出してケジメつけんかいトッシーコラ!」

 

明日奈の存在に気付くとメガネを掛けた方の女性が更にテンション上げて指を差す。

 

完全に自分のペースでお構いなしに突き進みながら、土方の肩に手を置いて激しく揺さぶり始めると、彼のこめかみにピクっと青筋が浮かんだのが明日奈から見えた。

 

「うるっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「ぎゃぁぁぁトッシー様がお怒りじゃぁぁぁ!! 助けてコヒー!!」

「私に振らないで、頼むから……」

 

遂に我慢の限界が来たのかブチ切れる土方に、彼にちょっかいを掛けていた方の女性が慌てて飛び退く。

 

長身の女性の方はもう他の客の視線を気にしながら、赤の他人を装うとそっと距離を置くのであった。

 

「い、一体なんなのこの人達……」

 

土方の知り合いらしき謎の女性二人組の登場に明日奈はただただ頭の中が混乱し始める。

 

一体彼は自分が気付かない所でどんな交友関係を築いていたのだろうか。

 

「なんでテメェ等がここにいんだよ! しかもよりにもよってこのタイミングで!」

 

「え、なになに? もしかしてその小娘に告白でもしようとしてたの? そりゃねぇよ鬼の副長! 愛の告白を囁くならもっと良い店を選びなさいって!」

 

「おい! コイツをもういい加減に黙らせろ! お前の役目だろなんとかしろ! さもねぇと俺が永遠に黙らせるぞ!!」

 

「勘弁して下さいよ土方さん、いくら美憂と付き合いの長い私でも彼女の黙らせ方なんて知りませんよ……だからもう斬っていいですからその子、もう遠慮なく」

 

「ひど! まさかの親友に裏切られた! そっか、関ヶ原で大谷吉継に裏切られた石田三成もこんな気持ちだったのか……」

 

「いや裏切ってないから大谷、なに勝手に歴史を改竄してるのさ」

 

遂には土方も交えて三人で言葉をぶつけ合い始め、明日奈はただどうしていいのかわからない様子で呆然と見つめる。

 

「驚いた……十四郎さんってこういう人達とも仲良かったんだ……」

「仲良くなんかねぇ!」

「うわ!」

 

ポツリと呟いた明日奈に、すかさず土方は彼女の方へ振り返って反射的に怒鳴り声を上げるのであった。

 

一体彼と彼女達の関係は……

 

後編へ続く

 

 

 

 

 


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