100メートルはあるであろう広大なボスフロアへと足を踏み入れると、重くて頑丈そうな扉はガチャリと閉まった。
そして銀時達の目に飛び込んだのは
2メートルはあるであろう青灰色の肌、右手には骨を削って作った斧、左手には一メートル半はあるであろう巨大な湾刀。
コボルドを統率する王、≪イルファング・ザ・コボルドロード≫が猛々しい咆哮を上げた瞬間であった。
「グオォォォォォォォォォォ!!!!」
部屋中を響かせる雄叫びを上げてプレイヤー達を一瞬足止め状態にさせるスキル『威嚇』だ。
フロアボスはそれぞれプレイヤー達に倒されまいと各々様々な手段を用いて来るのだ。威嚇のスキル発動などもはやボスと名が付くモンスターであれば誰でも使う。
効果は十分だったらしく、次層へと続く最深部にある階段の前に立ち塞がるりしその巨大な怪物を目の前にして
初心者のプレイヤー達は驚きすくみ上っていた。
しかしそれは当然の事、常人であればいきなりあんなデカい化け物が出てきたら、誰であろうと恐怖で顔を真っ青にするモノだ。
そう思いつつキリトは内心ボスと初めて相対した銀時がどんな顔をしているのかと思い、彼の方へ振り返ると
「へぇ~かなりデカいんじゃないの? いやでも昔似た様な奴とやり合ったけど、あっちのほうがデカかったな」
「あの時は大変だったぜ全く、ウチの隊が危うく全滅になる所だったのに遅れて来やがって」
「援軍に行く途中でトイレ休憩挟んだからな、いやー坂本の奴が偉い下痢気味でさぁ」
「……坂本はウチの隊の隊長なんだが?」
少しはビビるかな? と期待した自分がバカだった。
銀時は恐怖して怯えるどころか全く表情を変えずに、いつものけだるそうな表情でコボルドロードを見つめながら何やらエギルとブツブツと何か話し始めている。
そして会話を終了すると銀時は腰に差した得物を抜いて、ビビっている他のプレイヤーを差し置いて一歩前に出て
「そんじゃ、いってきま~す」
「ちょ、ちょっと待って! まだディアベルの指示が!」
「んなもんここに来る前に散々聞いただろうが、という事で一番手もーらい」
本来なら指揮官であるディアベルの統率力を信じて、彼の繰り出す指示やら命令を聞いて巧みに動かなければいけないモノなのだが。
銀時はキリトの呼び止める声を軽く流して、ダッと床を蹴って走り始めてしまった。
「やっぱあの人が何考えてるのかわからん……」
「ハッハッハ! 見ろ諸君! 前衛役である俺達を差し置いて一人の勇者が駆け出して行ったぞ!」
「え?」
いくらなんでも単独でボスの所へ突っ込むなんて無茶過ぎるだろ……とキリトが呆れていると、ふと右方から聞き取りやすい声で嬉しそうに叫んでいるプレイヤーがいた。
この第一層攻略の為に新参プレイヤー達をここまで導いてくれたベテランプレイヤー、ディアベルだ。
「さあ俺達もモタモタしてられないぞ、彼に手柄を独り占めにされる前に俺達も武器を取って戦うんだ!! 俺に続け!!!」
そう叫ぶとディアベルが勇ましい姿でボス目掛けて駆け出すと、他のプレイヤー達も徐々にボスに対する恐怖心が薄れていき、一人、また一人と彼の背後を見つめながら武器を取って走り始める。
「や、やってやらぁ!」
「俺はこういう冒険がしたくてEDOを始めたんだ!」
「こんな所でビビってる場合じゃねぇぜ! ディアベルさんとあの銀髪天然パーマの男に続くんだ!」
銀時の単身突撃とディアベルの鼓舞により火が付いたプレイヤー達は次から次へとボス目掛けて戦いに赴いて行く。
「流石は指揮官、あっという間にフルダイブ初心者の恐怖心を拭い去ったか」
「おいキリト、ブツブツ言ってないでさっさと行くぞ、俺達の狙いはボスじゃなくて、ボスの周りにポップする雑魚敵だ」
自然な流れで周りに勇気を与えるディアベルの指導っぷりにキリトが高く評価している所を、背後から小突いてエギルが話しかけて来た。
「なのにあのバカ、そんな事も忘れて勝手にボスの所へ突っ込みやがって……ユウキ、お前はまずアイツの所行ってど突いて止めて来い」
「ユウキならもうとっくにあの人の後ついて行ってるぞ」
得物である斧を取り出しつつユウキに銀時のバックアップを求めようとするエギルだが、既に周りに彼女の姿は無かった。
「せい!」
「あだ!」
よく見ると、ボス相手に一人で立ち向かおうとする銀時の後頭部にダッシュ蹴りをかまして転倒させているユウキ。
「どうやらあの人が勝手に突っ込むのをを完全に読んでたみたいだな。俺は全く読めなかったのに凄いな……」
「ユウキはアイツとはずっと前から一緒にいるからな、ま、アイツの事はとりあえず彼女に任せておくか」
「そうだな」
背中に差した鞘から剣を抜きつつ、キリトはユウキに転ばされて怒っている銀時を遠目で眺めながらエギルと共に前のめりに走り出す。
「とりあえず合流してちゃっちゃっと終わらせようぜ」
「そういうセリフは死亡フラグなんだぜ、HP全損して死ぬんじゃねぇぞ」
「今の俺が第一層のボス如きで死ぬ訳ないだろ」
エギルの憎まれ口を鼻を鳴らすとキリトは他のプレイヤー達を追い抜いて一目散に銀時達の下へと駆けて行く。
こんな所で自分が死ぬ訳ないという「油断」を胸に抱きながら
「ガァァァァァァァァァァ!!!」
再び咆哮を上げて周りを威嚇していくコボルドロード。
2回目の咆哮を聞いたキリトは顔を上げてボスの右上に表示されている4本のHPバーを見る。
4本のウチの1本は既に残量0だ。つまりボスのHPを4分の1削った事になる。
「もう1本削ったか、思った以上に速いな……」
「おいキリト! そっち行ったぞ!」
「ああ」
ディアベルという優秀な指揮官がいる事により新参プレイヤー達は多少はビビりつつも奮闘している様だった。
防御力の高い盾役がボスの攻撃をガードしつつ、前衛の切込み役がボスにダメージやスタンを与え、中衛からの飛び道具で援護射撃をし、後衛には傷付いた者達を休憩させる為の安全地帯が設置されている。
悪くない隊列だ、そう思いながらキリトは目の前にやってきたコボルド一体に片手剣での横薙ぎの一閃。
コボルドのHPバーは一撃で全部消え、瞬く間にモンスターの身体は赤い光となり四散する。
「こっちも結構な数減らしたな、雑魚を全滅させて本隊と合流、これで勝負は付いたな」
「そう上手くいくかはアイツ次第だな、アイツの事だから問題ねぇと思うけどよ」
ベテランプレイヤーのキリトとエギルは積極的には参加していないものの、それでも向こうから否応なしにやって来るので結構な数のコボルドを倒している。
そして同じくベテランのユウキはというと
「頑張れ頑張れやれば出来る! 自分に負けるなネヴァーギブアップ!!」
「うるせぇんだよさっきから! 後ろから叫んでないで戦えよお前も!」
「もっと熱くなれよ!!」
「あーだりぃ、コイツのリハビリの為にテレビでやってた松岡修造コレクションなんか観せるんじゃなかった」
腰に差してる細剣を鞘から抜かず、ただただずっと銀時の背後に回って激励をかましている。
そのやかましく熱血漢漂う応援に銀時は怒鳴りながらも、自分の方へ向かって来るコボルドをGGO専用・近接特化型である光棒刀で薙ぎ倒す。
一発モロに食らって腹ばいになって倒れたコボルド目掛けて銀時は、すかさず得物を突き刺して完全にHPを削り切って消滅させた。
「どうよ? ま、ざっとこんなモンだ」
「ええからさっさと次のモブ倒さんかいボケェ! まだ出よるぞ!」
勝利の余韻に浸る暇もなく、銀時は同じグループであるキバオウに怒られて再び戦闘再開。
「わーってるよ、おら死ねぇ!」
「いやだからワイに向かって攻撃すなぁ!」
「ごめん、ぱっと見モンスターにしか見えねぇんだもんお前」
しかし標的はコボルドではなくキバオウの方であった。恐らくなんとなくムカついたとかそんな理由で斬りかかったのであろう。
キバオウに怒られながらも銀時は全く反省する素振り見せずに別の標的、今度こそコボルドに狙いを定める。
「おっと」
今度はコボルドからの先制攻撃、右手に持った棍棒を振り下ろされるも銀時はそれを間一髪の所で得物で受け止める。
そして得物をぶつかり合わせた状態の中で、銀時は右足を使ってコボルドの腹に蹴りをかます。
「隙だらけだぞ、って何も考えてないデータに言っても無駄か」
銀時は初めから『体術』のスキルを習得している。本来このスキルを会得するには相当大変で面倒臭い特殊クエストをやるハメになるのだが
コレも銀時と関係を持っていた女性、藍子が自ら持っていたスキルをコンバートして受け継がせたのであろう。
銀時に蹴りを入れられてそのダメージにより怯み効果が発生し、コボルドがのけ反った姿勢を見せると
「ほれ、一丁上がり」
互いの得物が離れたことによって銀時の光棒刀は自由になり、そのまま袈裟懸けに振り下ろしてコボルドのHPを一気にもぎ取った。
彼が斬った事によって苦悶の表情を浮かべ四散して消えていくコボルドを遠くから眺めながら、キリトは初めて見た銀時の太刀筋に「なんなんだ一体……」と怪訝な表情を浮かべている。
「なんていうか、デタラメな動きだな……現実世界での動きとは多少違うけど、それでもコボルドの群れ相手に引けを取らないばかりか、むしろ単独の状態でどんどん押している」
「アイツも昔は相当現実世界で危ない橋渡ってるからな、この程度の戦いじゃ息抜きにもならねぇだろうよ」
「……あの人本当に何モンなんだ?」
「大した事ねぇ、ただのちゃらんぽらんだよ」
きっと隣にいるエギルは銀時の経歴について知っているのであろう、思い切って彼に尋ねてみるキリトであるが、エギルはヘラヘラと笑いながら誤魔化す。
「アイツの事もっと知りたきゃかぶき町にでも足を運んでみるんだな、歓迎するぜ?」
「絶対にお断りだ、あんな物騒で恐ろしい街に入るなんて考えたくも無いよこっちは」
「そいつは残念だな、ウチの店に寄れば美味い酒でも一杯奢ってやろうと思ってたのに」
「おいおい未成年相手に酒出す気かよ……」
エギルの誘いをキリトは思いっきり嫌そうな顔して全力で拒否している間にも、銀時はキバオウとちょいちょい喧嘩しながらもなんとかコボルドを倒している。
「あらよ! はい次ぃ!」
「今のコボルドの殴打はノックバックもないただの弱攻撃じゃ!そんな避けへんでええからさっさと倒さんかい!」
「こっちはもうこういう戦い方が体に染みついてんだよ! つべこべ言ってねぇでテメェも戦えサボテンヘッド!」
「戦っとるわ! ワイが本気になればこんな連中すぐに……って聞かんかい!」
相手のダメージの低い攻撃すらも完全に回避するというなんとも効率の悪い戦い方ではあるが、それでも銀時は極力HPを減らさない状態のまま難なく倒していく。
「ぜいやぁ!」
右手に持った光棒刀を大きく上に振り被って縦に並んでいる二匹をまとめて頭から両断、呆気なく倒していく彼の姿に、ずっと傍観役として見守っているユウキも満足げに腕を組む。
「まだまだ粗が目立つけどまあ初心者にしては上々だね、コレで後はボスの方を……お」
ユウキが戦おうとしないのは銀時だけでどこまでやれるか見届けるという意味があるのだろう。
実際、この戦いに彼女が参加する必要も無いぐらい戦況は圧倒的にプレイヤーが側だ。
コボルドの数も減り、ボスであるコボルドロードはというと……
ユウキがボスの方へ振り返ろうとすると、大きな物がズシーン!と地面に落ちたかのような振動がこちらにも伝わって来た。
「頭の急所突かれてスタンしちゃったのか、こりゃ2本目もすぐに削り切るかな」
見るとそこにはボスであるコボルドロードが床に尻もちを突き
気絶状態を現す星マークを頭上でクルクルと回転させてノビてしまっている。
「スタンさせたのは……やっぱあの子か」
目を凝らして見ると、気絶しているボスのすぐ前に立っているのはあのローブに身を包んだ謎の少女。
淡々と作業をしているかのような感じで、倒れたボスに対して喜びもせずにただ背後にいる他のプレイヤーに対して軽く手で促して
「今よ、ここで総アタック決めればHPの2本目削り切れるわ」
「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」
少女に言われるがままプレイヤー達は一斉にボスを袋叩きにせんと取り出してる武器で叩いていく。
あそこまで簡単にやられてると、ちょっとボスが可哀想だな……と思いつつユウキが苦笑していると
「どうだいそっちの状況は? 上手くコボルド達を倒してくれてるかい?」
「え!? ディアベル? こっち来てていいの!?」
「ああ、向こうにはもう俺の指示が全部行き届いてるし」
突如、いつの間にか隣に立っていた指揮官役のディアベルから陽気に言葉を投げかけられる。
いきなり気配も無く現れた彼にユウキが驚いてると、彼は自信満々な様子でコボルドロードの方へ目配せする。
「それに俺なんかよりもずっと強いプレイヤーが先陣を切ってるみたいだしな」
「ああ、あの子ね」
「華麗な身のこなしかつ美しい剣捌きだ、見てて惚れ惚れするよ」
ディアベルが言っている強いプレイヤーというのはユウキもすぐに分かった。
あのフードで顔を隠す少女の事であろう、すると少女はフードの奥からこちらの方をチラリと見返してきた。
恐らくディアベルの様子を見ているのだろう、彼女はまだ彼の事を疑っているらしい。
ディアベルはジッとこちらを見続けている少女に対して、何を考えているのかわからないが不意にフッと笑う。
「……流石はあの鬼と同じ血を引くだけはあるという事かい、全く持って忌々しい小娘だよ……」
「なんか言った?」
「いやなんでもないよ、コレが終わったらぜひ彼女をお茶にでも誘ってみようかなと思っただけさ」
低いトーンでボソッとディアベルが何か言ったように聞こえたが、彼はすぐにこちらに対してさわやかな笑顔を浮かべて来た。
そんな彼にユウキが首を傾げていると、銀時のいる方角から雄叫びが飛んでくる。
「おっしゃあ全滅させたぞコラァ! 後はテメェで最後だ中ボスモンスター・サボテンダー!」
「勝手にワイを中ボスにすな! なんやねんお前! どんだけワイと戦いたいんじゃ! そんなに好きかワイの事!」
振り向くとそこには辺り一面まっさらになっているフィールドで得物をキバオウに向ける銀時が叫んでいた。
どうやら見てない間にあっという間にコボルド達を倒してしまったらしい。
「よし上出来上出来、やっぱボクが出る必要なかったね。これでそっちにすぐ合流できそうだよ」
「コボルド達を片付けてくれたのか、あの銀髪のGGO型は見る限り初心者なのに大した腕前だな」
「まあね、でも現実世界だともっと強いんだよ」
「……へぇそいつは楽しみだ、ならこれから起こる事にどういう反応見せてくれるのか見物だね」
「え?」
またもやディアベルの声のトーンが変わった、今度は絶対に気のせいではなく確実にいつもと様子が違う。
反射的にユウキは彼の方へ顔を上げると、ディアベルは今まで見ていた爽やかな笑顔ではなく
まるで取って付けた様な気味の悪い笑顔を浮かべていた。
「それと君もどんな反応するか期待しておくよ、そのあどけない表情がどんな風に苦痛と恐怖で歪んでいくのか、考えただけでもワクワクして震えが止まらないよ……」
「!」
まるで人が変わったように言動が変わった彼の姿にユウキは背筋がゾクッと寒気を覚えた。
何かおかしい、コレが本当にあのディアベルか? 今までと雰囲気がまるで違う……
彼の変化に戸惑いつつユウキがそっと後ずさりすると、彼はこちらにゆっくり手を伸ばそうとしてきた。
だがその前に
「おい、誰の女に手ぇ出そうとしてやがる」
「銀時!」
バサリと白い衣を靡かせ、サッと彼女の前に現れたディアベルはに立ち塞がったのは銀時だった。
今までのけだるそうな感じは消え、警戒する様にディアベルに得物を突き付けると、すぐに彼の背後に隠れながら身を縮ませるユウキ。
それに対しディアベルは以前気味の悪い笑顔を浮かべたまま肩をすくめて見せた。
「おや、仲が良いとは思ってたが君達そんな関係だったのかい?」
「誤魔化そうとしてんじゃねぇぞ、今さっきテメェから妙な気配を感じた。コイツになんかしようとしただろ」
「おいおいそんな剣幕で睨むなよ、悪かったって、ちょっとしたイタズラ心で怖がらせてやろうと思っただけさ」
「……なんだコイツ」
得体の知れない雰囲気を醸し出すディアベルを前に銀時が目を細めて警戒していると、背後に隠れているユウキが口を開く。
「ボクと話してる時に急におかしくなったんだよディアベルの奴、なんか今までとはまるっきり別人になったかのような感じ……喋り方も凄く気持ち悪いし」
「みてぇだな、少なくともコイツからは今までのようなまともな感じはしねぇ。お前ちょっとキリト達呼んで来い、コイツとは俺が話しておくから」
「……わかった」
そう促して銀時はユウキをキリト達の方へ向かわせると、代わりばんこにキバオウが二人の下へ駆け寄って来た。
「お、おま! なにディアベルはんに剣向けとるんじゃ! まさかワイに続き今度はディアベルはんもドサクサに斬ろうとか考えておらへんよな!」
「そいつはコイツ次第だなサボテンヘッド」
「なに! お前まさかホンマにディアベルはんを……!」
何やら勘違いしている様子のキバオウに対して一から説明するのも面倒な様子で、ぶっきらぼうに答えるだけで銀時は以前ディアベルに光棒刀を突き付けたまま動かない。
しばらくしているとどこからか歓声が聞こえて来た。
「ガァァァァァァァァァァ!!!!」
プレイヤー達の喜びの声と共に聞こえたのはコボルドロードの悲鳴に近い雄叫び。
銀時がそちらに目を向けるとどうやらHPバーの2本目を削り切る事に成功したらしい。
「2本目削れたみたいだね、これでこのゲームがいよいよ本当の意味で楽しめる訳だ」
銀時と一緒に振り返ってみていたディアベルが口元に微笑を浮かべながら呟く。
「さて、ここからがいよいよ本番だよお侍さん、果たして君は大事な彼女を護り切る事が出来るかな?」
「……どういう事だテメェ」
「ディ、ディアベルはん? どうしたんや急に……ていうかアンタ、ホンマにディアベルはんなんか?」
意味深な言葉を吐く彼に銀時は眉をひそめているとキバオウもディアベルの様子がおかしいことに気付いた。
恐る恐る何かあったのかと彼がディアベルに近づこうとしたその時
「グオアァァァァァァァァァァァ!!!!!」
耳をつんざく様な咆哮が辺り一面に響き渡る一時的に聴覚を失ったかのような感覚に捉われながら、銀時とディアベルが顔を上げると他のプレイヤー達が徐々にざわつき始めている。
「お、おいなんかボスの色が変わり出したぞ……」
「第二段階的な奴だろ……でもディアベルさんからそんな話聞いてないぞ俺達」
先程までハイテンションでボスを袋にしていたプレイヤー達が急に怪訝な様子で顔を曇らせている。
2本目のHPバーを削り切った瞬間
突然ボスの見た目が変わり始めたのだ。
肌は黒く染まっていき、更には何本もの血管の様に赤い線が体を駆け巡る様に浮き出て
両手に持っていた斧と大剣を地面にほおり捨て、背後に手を回すと、忽然と新たな得物を取り出したのだ。
鋭く光らせた刃、それを見て銀時はすぐに表情をハッとさせてその武器に気付いた。
「刀……」
「野太刀!? なんでコボルドロードがあないなモン持っとるんや! ありゃあ十層のボスが持っとる得物やぞ!」
銀時と同じく気付くとキバオウはその得物を見て驚きの声を上げた。どうやらベテランである彼にとってもこの事態は全く想定していなかったみたいだ、
長さが自分とさほど変わらない得物をボスは振り上げたまま、その重たい巨体で地面を蹴って大きく上に飛び上がる。
空中で身を捻じって回転しつつ、武器の威力を上げていきながらそのまま地面に落下してくるその様を見て、キバオウはふと思い出した。
「あかん! あの動きは刀専用スキルの旋車≪ツムジグルマ≫や! お前等そっからはよ離れろ! 飲まれるぞ!」
キバオウが必死に叫ぶが、その声は目の前で起きている不可解な現象に戸惑っている様子の新参プレイヤー達には聞こえていなかった。
そしてボスが彼等の前に着地したと同時に蓄積されたパワーが、真紅の輝きに形を与えて竜巻の如く解き放たれていった。
刀専用ソード系スキル、重範囲攻撃・『旋車』
逃げ遅れた数人のプレイヤー達を巻き込むその威力は、彼等のHPバーを一気に半分以下に削り取ってしまう。
しかしボスのこの一撃によって引き起ったのは、単に陣形を崩されて大ダメージを受けてしまった事だけでは済まされなかった。
「い、いてぇ……いてぇよぉぉぉぉぉぉ!!!」
「なんだよコレ……! なんでゲームの中なのにこんな……ぐわぁ!」
「助けてくれ……足が痛くて動け……」
ボスの一撃に不運にも飲まれてしまったプレイヤー達が地べたで這いつくばりながら顔面蒼白で苦悶の表情を浮かべ呻き声を発し出したのだ。
ここは現実ではない、今動かしている身体も仮想世界作られた仮の体である筈だ、なのにどうして彼等はまるで本当に痛みを感じているかのように転がっているんだ……
そしてその痛みを発して助けを求める彼等を見て他のプレイヤーも気付いた
もしかしてあのボスのダメージを食らうとリアルにも損傷を与えるのではないかと……
「ど、どういう事やコレ……! 何が起きとるんや一体……!」
「そいつはこの事態を起こした張本人に聞けばいいんじゃねぇか?」
周りを見渡しながら混乱しているキバオウに対し、銀時は一人冷静に腕を上げてスッと指さす。
指を指した方向にいるのはディアベルだ。
彼はこんな状態になっても相変わらず笑っている。
それも今までより一層不快にさせるニタニタとした醜悪な笑みだ。
「こっちに気を取られれてる隙があったら、どうにかして脱出する方法を探した方がいいんじゃないか?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「!」
黒きシルエットから赤い線を駆け巡らせ、異形の姿となったコボルドロードが新たな武器である野太刀を引っ提げてまだ残っているプレイヤー達の方へと進行を進めているではないか。
目の前で起きた事態にプレイヤー達は隊列や優先順位など忘れて、我先にへと必死に逃げ惑いながら出入り口である扉の前まで辿り着く。
だがその硬く重そうな扉は無情にも
「あ、開かねぇ! どうしてだよ!」
「クソ! 力を合わせて開けるんだ!」
「なんなんだよ一体! これも演出なのか!?」
どれ程取っ手を掴んで力を振り絞ろうが開く気配がなかった、入る時は開いたはずなのに、まるで逃げる事を許さないといった感じにその扉は固く閉ざされてしまった。
開かない扉を前にパニック状態に陥るプレイヤー達、しかしそんな彼等にボス、コボルドロードが刃を光らせ徐々に近づいていく。
その光景を前にし、ディアベルは一層満足げに笑ったまま両手を広げ、まるで演劇を仕切る総支配人の様に宣言するのであった。
「さて諸君! この俺、ディアベル様からの最高のプレゼントだ! システム改竄により俺が強化した自慢の作品! とくとその体でじっくり味わってみてくれたまえ!」
「ディ、ディアベルはん……!」
「チッ、あの小娘が言ってた事が本当になっちまったよ」
高らかに叫ぶその姿からは彼の中にある狂気の部分がはっきりと見えた。
人が変わってしまった彼に言葉も失ってしまうキバオウ。
そして銀時は一人苦々しい表情で舌打ちしながらディアベルを睨み付けていると、彼の背後に向かってある者がタタタッと猛スピードで駆けて行くローブに身を包んだあの少女の姿が、
「ディアベル!」
「ああそろそろ来る頃だと思ったんだよね、野暮な事に首突っ込みたがる空気の読めない君が」
手に持ったレイピアで警告なしで突き刺さんとしてきた彼女に対し、ディアベルは振り向きもせずに嘲笑を浮かべながらパチンと指を鳴らす。
「けど君なんかの相手してる場合じゃないんだよ、こっちはこっちで高みの見物とさせてもらうよ」
「っておい! ちょっとま……!」
「ディアベルはんが消えた!」
すると銀時とキバオウの目の前で彼の姿が徐々に薄くなっていき、あっという間にスーッと消えてしまった。
逃げられたと奥歯を噛みしめる銀時と向かい合わせに立つように、剣を持って目を鋭く光らせていた少女がこちらに駆け込んで来た。
「ディアベルは!? まさか転移結晶を使って!」
「ボスフロアで転移結晶は使えへん、ここから脱出するにはあの扉を開けるかボスを倒すか、もしくはHPをゼロにして最後に立ち寄った町にリスポーンされるかだけや……」
「じゃあディアベルは一体どうやって……」
「わからん、とことんわからん事ばかりやでホンマ……誰か説明してくれ」
忽然と姿を消したディアベル、次か次へと起こるアクシデントに少女もキバオウも困惑している中。
「まああの野郎の事は後だ、今はとにかく共にここまでやって来た同志達を助けてやるのが先だろ?」
銀時は光棒刀を持ったまま対象物を睨み付ける、狙いは無論、プレイヤー達を追い回しているコボルドロードだ。
「痛みがリアルに伝わる? 上等だバカヤロー、それしきの事でこの銀さんがビビると思ったら大間違いだ」
「ちょっとあなた!」
「待たんかい! 初心者のお前が単独でボスとやりあっても勝てる訳ないやろうが! それもそいつはワイが以前やった時とは別格の強さや!」
吐き捨てる様に呟くと銀時はこの部屋に初めて来た時と同様、単身でボス目掛けて走り出す。
二人の制止も聞かずに、銀時はボスとの距離を一気に縮め、背後に向かって思いきり地面を蹴って飛び掛かる。
「ちょっとデカいだけのワン公が調子乗ってんじゃねぇぞゴラァ!」
「ガァ!」
ここからが本当のボス戦、単独で背後から奇襲を仕掛けた銀時の一撃をキッカケに
真の戦いが今始まる。