竿魂   作:カイバーマン。

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Q 銀さんのいるかぶき町と桐ケ谷和人の家って近いんですか?

A 駅二つ分ぐらいです、歩ける距離ですから遠からず近すぎずといった感じです。



第五層 ポジティブ引きこもり&ネガティブお嬢様

「よし! そろそろ時間だ! 第一層攻略参加の初心者はコレで全員揃ったな!」

 

第一層ダンジョン近くにある町、トールバーナ。

 

そこにある大広場ではゾロゾロと多数の初心者プレイヤーが集まり

 

およそ40人程になった所で集会場を見渡せる噴水の近くにいた騎士風の装備をした中々の二枚目の男がパンパンとこちらに注目してくれと両手を叩きながらアピールする。

 

「今日は俺の呼びかけに応じてくれてありがとう! 知ってると思うが自己紹介しておこう! 俺はディアベル! 一応自分的には「ナイト」やってます! こう見えてEDO歴は結構長いから困った時は何でも聞いてくれよな!」

 

周りからの拍手を受けながら裏表のない清々しい笑顔を見せるディアベル。

 

中々のイケメンと言った感じだ、噂では女性プレイヤーの中でもファンクラブが出来る程の人気っぷりらしい。

 

そしてそんな彼を集団から少し距離を取って

 

桐ケ谷和人ことキリトはジト目でそんな光景を座って眺めていた。

 

「急に脅しめいたメールが来たから暇潰しにやって来たと思ったら……まさか初心者救済用のボランティアをさせられる羽目になるとは……」

「これも経験だよキリト君、他者との関係を築くことが引きこもり脱却の第一歩なんだよ」

「いや俺別に引きこもり止める気とか無いし」

 

キリトの隣に座っているのか彼を読んだ張本人、坂田銀時は小指で耳をほじりながらけだるそうに口を開く。

 

「テメーだけ強くなるよりみんなで強くなってこそゲームが楽しくなるってもんだろ? だから俺のバックアップをよろしく頼むわ、そして俺をここにいる連中を全てひれ伏させるぐらい最強にしてくれ」

「前半と後半の台詞が思いっきり真逆になってるのは気のせいか? ところで……」

 

ふてぶてしい態度で頼んで来た銀時にボソッとツッコミを入れながら、キリトはチラリと銀時の後ろの方へ座っている人物の方へ振り返った。

 

「まさかアンタがこの男と知り合いだったとはな、ぼったくり雑貨店のエギルさんよ」

「人聞きの悪い事言うんじゃねぇ、つーかキリト、まさかテメェがコイツと知り合いだったとはこっちも驚きだぜ」

 

銀時の背後に座っていたのはこの世界でプレイヤー相手に雑貨屋を営んでいるエギルであった。

 

「俺とキリトはEDO始め立ての頃から結構付き合いあるが、こうして一緒にダンジョン行くのは初めてだな」

「なにお前等、知り合いだったの? 世間は狭いねぇ」

「知り合いというかカモにされているというか……まさかエギルと一緒に行く事になるとはな……」

 

店にいる時とは違い軽装でありながら防具を装備し、背中には大斧という思いっきりパワータイプなその出で立ちをしている彼を見るのは付き合いの長いキリトでも初めてであった。

 

「アンタもこの男の子守りを任された口か? お互い大変だな」

「ああ全くだ、報酬としてコイツにはそれなりの対価を支払ってもらわなきゃ割に合わねぇぜ」

「対価?」

「決まってんだろ? コイツがテンパって慌てふためく様を見る事だよ」

 

ニヤリと笑って見せるエギルの顔を見てキリトは思い出した。

 

アレは半人前のプレイヤーが偶然手に入れたレアアイテムを、言葉巧みに使って安値で買い取ろうとしている時の笑い方だ、つまり良からぬ事を考えているという事だ。

 

「気を付けろよギン、ダンジョンには落とし穴とかあるからな。うっかり俺に背中を無防備に晒してると手が滑って落としちまうかもしれねぇが、ま、気にすんな。キリトもよーくコイツの事見守ってやるんだぞ」

「わかってるよ、けど俺もうっかり毒が仕込まれた針だらけの壁にアンタを思いきり突き飛ばしちまうかもしれないな、でもアンタなら平気そうだから問題ないだろ?」

「おいテメェ等、今現実世界では自分達が無防備に晒されてるの忘れたのか、今から速攻電源落としてお前等の所殴り込みに行ってもいいんだぞコラ」

 

エギルに続きキリトも悪乗りしてきたので、銀時はイラっとしたのか死んだ目を彼等に向けながらボソッと悪態を突くと、キリトとは反対方向に座っているもう一人のパーティメンバー、ユウキの方へ振り返る。

 

「やっぱここぞという時に信用できるのはお前だけだよユウキ、お前はこんな薄情なハゲと引きこもりと違って清らかな心持ってるモンな、という事でダンジョン入ったら常に俺を守れよ、他の初心者なんざ無視して俺だけを見ろ」

「えー何その束縛系彼氏みたいな感じ? そりゃなるべく君を守る事は優先するけどさ、他のみんなが困ってたらそりゃ助けに行かないとマズイっしょ」

「んなモンほおっておけって、どうせお前が助けに入らなくても……」

 

ユウキが銀時の無茶な要求に小首を傾げながら難しそうにしていると、彼はチラリと噴水近くにいるディアベルの方を一瞥する。

 

「あのいかにもな2枚目の野郎がみんなをちゃんと守ってくれるって、見ろよあのツラ、まるで物語の主人公になれるぐらいのイケメンっぷりじゃねぇか、ありゃあ大抵の女は落とせるぜきっと」

「えーそうかな~」

 

確かに顔は良いとは思うが……ユウキは少しためらった後、個人的な意見を恥ずかしそうに呟く。

 

「ボクはイケメンよりちょっとだらしない顔してる人の方が好みなんだけど……」

「うわぁお前趣味悪いな、姉ちゃんとは大違いだわ」

「どちらかというとお姉ちゃんとは好み同じだと思うんだけど……」

 

”ちょっとだらしない顔をした男”の代表的な面構えをしているクセに……

 

ユウキが内心彼の鈍さにガッカリしていると、キリトがおもむろに銀時に話しかけていた。

 

「あのディアベルって男はただの2枚目なだけじゃないぞ、さっき本人が言ってた通り俺と同じかなり古株のベテランプレイヤーだ、実力も相当あって今はそれを生かす為によくこうやって新参プレイヤーの世話役を担ってるんだ」

「とことん良いとこづくめじゃねぇか、ああいう周りに好感持たれるプレイヤーは現実でも相当な勝ち組なんだろうなきっと」

「……仕事を卒無くこなして時には部下や同僚を励まし、会社内では一番の人気者みたいな扱いされてるんだろうな」

「……アレだけのルックスならきっと相当モテるんだろうなぁ、性格も良さそうだしなぁ」

「…………口だけじゃなくて実力もあるし、きっと良い仕事に就いて年収も凄いんだろうな」

「…………んで貰った金はパチンコとかで無駄遣いしないで真面目にコツコツと溜めていくタイプだな」

「…………貰った給料はすぐに親への仕送りにして、時には今まで育ててくれた両親の為に感謝のしるしとして温泉旅行とか行かせてあげるんだろうな」

「………………」

「………………」

 

キラキラとした笑顔をこちらに見せながら何かを話している様子のディアベルをジーっと見つめながら

 

キリトと銀時は徐々に無言になっていく

 

そして

 

「……で、いつ殺る?」

「やっぱダンジョン内でだろ、街の中ではPK出来ないからな」

「アイツが他に気を取られてる隙にズバッとやるか、俺がアイツにアドバイスを貰いにいって、アイツが油断した所を……」

「俺が気配を消して奴の背後に回って、一撃で仕留められるアサシンアタックを仕掛ける。よしこれで行こう」

「待て待てお前等! なんでいつの間にダンジョン攻略よりディアベル暗殺作戦を実行しようとしてんだよ!!」

「男の嫉妬は見苦しいよねーホント」

 

何も持たぬ者は時に、なんでも持っている者に強い劣等感を抱き、それは憎しみを経て殺意と成り代わる事がある。

 

嫉妬心剥き出しでディアベルをシメやろうと意気投合し始めた銀時とキリトにエギルは慌てて注意し

 

ユウキは一人軽蔑した眼差しをアホな二人にただ向けていると、視界の端にチラリとふととある人物が見えた。

 

「アレってもしかして……」

 

頭の上からすっぽりフードを被り、全身をローブで身を包んだ完全に怪しいプレイヤーが一人で群衆から離れた場所にちょこんと座っているではないか。

 

その姿にどこか見覚えがあるなとユウキが思っていると、主催者のディアベルが

 

「俺からの話はこれで終了だ! じゃあみんな! 夜の9時にまた会おうぜ! 第一層攻略の前にキッチリ準備しておいてくれよ!」

 

っと解散の指示を出し、銀時達は一時その場を離れる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして数時間後、銀時達は再びトールバーナへと訪れていた。

 

「銀時、クラインやっぱり来れないみたい、今日は会社で誰かがトチったらしくて100%残業決定だチクショーだって」

「マジか、てかお前また俺のリアルネーム出してんぞ、身バレすんだから止めろって」

「いやもうこっちの方でずっと呼んでるからついクセで、ていうかいつの間に身バレなんて言葉覚えたの?」

「俺も色々勉強してんだよ、色々と」

 

約束の時間十分前には既に銀時とユウキは集合場所に来ていた。

 

現実世界と時間がリンクしているのか、こちらの世界の方も今は夜空に大量の星々がきらめている。

 

リアルと若干違いはあるものの、やはりとてもゲームの世界とは思えない光景に銀時が目を奪われつつも、クラインの欠席に少々ガッカリしていた。

 

彼の気さくに接する友好的な所は好感持てて結構気に入ってたらしい。

 

 

「仕方ねぇ、なら俺がまず先に第一層攻略させてもらうとしよう」

「クラインめっちゃメールで謝ってるからさ、これ終わったらいつかクライン連れて第一層攻略しようか」

「それは俺の気分次第だな、同じステージ2周するのめんどくせぇし」

「素直じゃないなー」

 

徐々に周りが騒がしくなっていく中、銀時とユウキは時間つぶしに談笑していると、程無くしてキリトもフラッとやってきた。

 

「もう来てたのかアンタ達、あれ? エギルは?」

「こんばんわキリト、エギルならちょっと店に顔出してからこっちに来るってさ」

「よぉキリト君、ちゃんと晩飯食ったか? 働かないで食う飯は美味かったか?」

「……それさっき妹に言われたばかりなんだが?」

 

後頭部に両手を回しながらいかにも退屈そうな感じでやってきたキリトに銀時は先制パンチ。

その皮肉に軽くイラっとしつつも、キリトは上手く流して話を続ける。

 

「クラインの方は?」

「会社で残業あるから無理だってさ、キリトにもよろしく言っといてくれってさ」

「ふーん、残業どころか会社そのものを辞めちまえばいつでもこっちに潜れるのにもったいないな」

「ああうん、君はもうちょっと社会に対して真面目に向き直った方がいいと思うよホント?」

「え、なんで?」

 

社会不適合者らしく真顔でサラリと仕事よりもゲームを優先すべきだと言ってのけるキリトを

 

さすがにユウキも軽く引き気味で言葉を投げかけるのであった。

 

「まあウチの銀時も似たようなモンだけどね、万事屋って言ってもロクに依頼が来ないから万年暇そうにしてるし」

「引きこもりと同じにするんじゃねぇよ、確かに基本ヒマだが俺は大人として立派に自立してんだからまだマシだろうが、コイツはまだ親に食わせてもらってる身なんだぞ?」

「それもそうか、じゃあキリトってばこの先もし親死んじゃったらマズイんじゃないの?」

「大丈夫だ、その時は妹に食わせてもらおうと前向きに考えてる」

「ちっとも大丈夫じゃねぇよ、どこが前向き? ただの寄生対象を変えただけじゃねぇか」

「妹さん結婚できるかなー……」

 

親指立てて問題ないと言ってのけるキリトに銀時が仏頂面でツッコミを入れ、ユウキは顔すら見た事のない彼の妹を不憫に感じていると

 

そこへドスドスとわざとらしく足音を強調しながら一人の見知らぬプレイヤーがこちらに近づいて来た。

 

「おうおうお前等、昼の時にディアベルはんの話を全く聞かずにくっちゃべってた連中やないか」

 

キリト達の前に濁声で現れたのは小柄ながらガッチリとした体格の男であった。

 

サボテンの様なツンツンした茶髪をしており、背中にはやや大型の片手剣を背負っている。

 

一体どういう意図でそんな髪型にしたのかとキリトがジト目で疑問を感じていると、彼はこちらに対して目を細めながら観察する様に三人を見渡した後、フン!と不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「ここらじゃ少し名の知れたプレイヤーだから当然知ってるやろうが、あえてこの場で言わせてもらうで、わいはキバオウってもんや」

「おい誰だコイツ、いきなり馴れ馴れしいんだけど? お前等の知り合い?」

「いや全然知らない」

「同じく俺も全く知らん」

「なんでや! 夜兎すら逃げ出すトゲトゲヘッドのキバオウ様といったらわいの事やぞ!?」

 

せっかく自信満々に名乗ったのに三人にとっては全く顔はおろか名前さえ聞いた事が無い様子。

 

知らないと即座に言われてキバオウは少々傷付きながらも、奥歯を噛みしめながら再度彼等を睨み付ける。

 

「まあええか、新参者のお前等なら知らんっちゅうのも無理ないわな、こないな序盤のダンジョンで燻ってるお前等雑魚とは格ってモンが違うんやし、雲の上の存在たるわいの事なんざ耳にすら届かへんっちゅう事か」

「あ、エギルから連絡来たよ、店の方は奥さんに任せたからもうすぐそっち行くって」

「は? まさかアイツ、こっちのゲームでも夫婦で店やってんの?」

「ああ、俺もたまにアイツの奥さんが店に出てる時に行った事あるよ、噂ではエギル以上に強いらしい」

「へ~現実と変わらねぇんだアイツ等の夫婦関係って」

「ん? アンタ、エギルとはリアルでも知り合いなのか?」

「同じ町に住んでるからな、知ってるんだよ、あそこ、かぶき町」

「ああ、あの物騒な……」

「って聞けやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

しみじみとした表情でアゴに手を当て自画自賛してみせるキバオウを無視してまたもや勝手に話を始める三人組。

 

薄い反応ならなんとか我慢できるが、無視されるともなるとさすがに限界だといった感じで、キバオウは大声を上げてキレ始めた。

 

「どうしてこないな強いわいがわざわざお前等雑魚の為にアドバイスに来てやったんやぞ! 有難く思えや!」

「あ、ヤベェちょっとウンコしたくなってきた、一旦ログアウトして厠行ってくるわ」

「アンタなぁそういうのは先に済ませてからこっち来いよ……」

「ババ(ウンコ)とかええからいい加減わいの話を聞けやボケぇ!!」

 

しかめっ面で僅かに便意を感じた銀時にキリトが呆れている中、キバオウは遂に銀時の方へ詰め寄って彼の胸倉を掴み上げる。

 

「ええか! このわいが特別にお前等のコーチングしてやるんや! だからお前等はわいにそれなりの対価を支払わなアカンっちゅう事や! 第一層クリアした暁にはお前等が貰う報酬は! キッチリわいに全額払うとここで誓わんかい!」

「んだよお前、たかり屋かよ、悪いけど余所行ってくんない? 今俺それ所じゃないんで、ケツからデカいの捻りださなきゃならないんで」

「たかり屋じゃなくて正当なビジネスや! お前ら等が第一層クリア出来て、わいはその代わりに金を貰う! 誰も損しないリーズナブルな話をしに来たんや!」

 

強面の男に胸倉を掴まれても、銀時の死んだ魚の様な目には全く恐怖してる様子も怯えてる感じも微塵も無かった。

 

今彼の中の最優先事項はキバオウの話より厠に直行する事なのだろう

 

全く聞く耳も持たずに胸倉掴まれたままログアウトをしようとメインメニューを開こうとする銀時に、キバオウがまだ何か言いたげな様子をしていると、傍から見ていたユウキが彼にボソリと尋ねる。

 

「あのさぁおじさん、言っておくけどこういう初心者を救済させる為にやって来てくれるベテランプレイヤーってのは、基本ボランティアみたいなモンだから対価として金銭的なモンは求めるような真似はしないのがお約束なんだよ」

「知っとるわそんぐらい! そのベテランプレイヤーっちゅうのは並のレベルまでの話やって事や! わいみたいなベテランの中でもトップクラスの強さを持つわいの直々のコーチングともなれば! それ相応のモンを出してもらわんとわいがその並レベルのボンクラと同列扱いされるっちゅう事やないか! 四の五の言わずにお前等は有り金差し出せばええんや!」

「いやなんでボクまで金払わなきゃいけない事になってるのかな……こういう性質の悪いプレイヤー相手にするのって疲れるんだよねボク……」

 

あくまで自分の意見を貫き通そうとする事で他社からの意見さえも聞こうとしない態度で迫るキバオウに

 

ユウキはやれやれと頭を横に振りながら心底下らなそうにため息突いていると、彼女の隣に立っていたキリトもまた髪を掻きむしりながら呆れた様子でキバオウに目を向ける。

 

「その辺にしておけよキバオウさんよ、これ以上みっともない態度を周りに見せびらかしてたら、この先恥ずかしくて大手を振って歩けなくなるぞ?」

「なんやとこのガキ!」

「正直、俺はアンタ自身に金を払う程の価値があるとは思えないんでね」

 

両肩をすくめながら小馬鹿にした態度を取って来たキリトに向かって、キバオウは明らかに怒ってる表情で銀時の胸倉から手を離すと、彼に標準を定めたように怒りを露にする

 

「どこのガキだが知らんが年上に対してなんやその口の利き方は!」

「あのなぁここはゲームの世界だぞ? 現実世界ならともかくこっちじゃリアルの年なんて関係無い事ぐらい常識だろ?」

「ぐぎぎなんちゅう生意気なガキや……! もう勘弁ならんわ! この場でいてこましたる!」

 

キリトのいちいち言う事に腹を立てながら地団駄を踏むと、キバオウは目を大きく見開きながら彼に向かって指を突き付ける。

 

「デュエルや! 完全決着モードで叩き潰したる!」

「完全決着モード? いいのかそれで」

「はん! なんやビビってんのか!? 今なら泣いて土下座して謝罪すれば許してやっても構わへんぞ!」

「小悪党じみた台詞をよくもまあノリノリで言えるな……言っとくけどそれ死亡フラグだぞ」

 

いっぱしの役者なんじゃないかと思うぐらい妙に演技じみたテンプレ台詞を喚き散らすキバオウに、キリトは平然とした様子でため息を突く。

 

キバオウに解放され彼等の話を傍で聞いていた銀時は、隣にいたユウキの長い耳に顔を近づけ小声で耳打ちしていた。

 

「おい、デュエルって何? もしかしてアレか? あの超有名なカードゲーム的な? EDOでも流行ってんの? やべぇよ俺最新のルールとか全然わからないんだけど、今もブルーなんとかドラゴンってカードが最強なの?」

「ああ、そっちじゃないから安心して、デュエルってのは言葉の通り決闘って事、そんで完全決着モードってのはHPゼロになるまでやり合う対人戦だね、つまりどちらかが確実にこの場に24時間戻れなくなるペナルティを受けるんだ」

 

要するに現実世界で侍同士が行う死合いみたいなモノだ。ユウキがざっくり簡単に説明してあげると、銀時は「なるほどね」と頷き、キリトの方へ顔を上げる。

 

「それってもしキリトが負けたら俺としては問題じゃね? 俺の大事な壁役が一人消える事になるじゃねぇか」

「そこはキリトの心配してあげたら? まあ彼結構強そうだし心配するだけ無駄かもしれないけど……あれ?」

 

戦いを見守るとか横やりを入れるとか微塵も考えておらず、己の心配しかしていない銀時に、ユウキが目を細めて冷ややかな表情を浮かべていると……

 

キバオウとキリトの間にフッと、一人のローブ姿の人物が颯爽と横切ってその場にピタリと止まった。

 

その人物を見てユウキは目を丸くさせる。

 

「あ、あの子集会場にもいた……」

「な、なんやお前! 急に割って出て来てどういうつもりや!」

「……」

 

威嚇するキバオウに、ローブを着たその人物は顔を覆い尽くすフードを被ったまま無言で黙り込んだ後、しばらくして

 

「……下らない喧嘩してる暇あったら装備の手入れでもしたらどうなの? もうすぐ時間よ」

「ああん!? なんやお前女か! 女だろうとわいは容赦せぇへんぞっていい!ッ!?」

 

フードの奥から聞こえたのは女性の声、それにキバオウが敏感に反応し、背負った片手剣の柄を握ろうとしたその時

 

彼が得物を握ろうとする前に

 

彼女が腰元から抜いた細剣のレイピアが僅かに風を切り裂いて、いつの間にかピタリと喉元に突き付けられていた。

 

「女だから何? 女子供相手なら余裕で勝てるとかこの世界でそんな甘い考えは通用すると本気で思ってる訳?」

「う……」

 

喉元に刃の先を突き付けられて彼は言葉を失い固まってしまう。

 

さっきまでの威勢は何処へ行ったのやら、圧倒的な動くスピードの差に完全に戦意を消失してしまったキバオウ。

 

その光景をローブ姿の女性の背後から眺めていたキリトは、キバオウのマヌケな姿よりも瞬時に得物を抜いた彼女の方へ視点が動いていた。

 

(抜刀する速度が尋常じゃない……攻撃動作もよく見えなかったし、しかも的確に相手の急所を狙う精密性……かなりできるな)

 

一瞬で細剣を相手に突き付けるそのスピードと手際の良さにキリトが感心していると、面目丸潰れのキバオウはゆっくりと後退し、苦々しい表情で舌打ちをするとクルリと踵を返してこちらに背を向ける。

 

「お、覚えとれよ!!」

「あ、逃げちゃった」

「逃げ方までこれまたお約束的だな……」

 

最後に捨て台詞を吐いてやや駆け足気味で行ってしまうキバオウを見送りながらユウキとキリトが呟いていると

 

素顔を見せない少女は無言でローブを翻して腰に得物を差し戻す。

 

「次見ても助けないから」

「ああ、騒ぎにならずに済んだから助かったよ、ありがとな」

 

あそこで自分がキバオウとやり合ってたら結構な騒ぎになってたかもしれない、最悪主催者のディアベルが仲間内で起こった乱闘を、統率できなかった自分の責任だと言い、この第一層攻略プランを白紙にしてしまう可能性もあったであろう。

 

という事で彼女がここで間に入って脅し一つで終わらせてくれたのはかなり助かった。

 

異性が相手だという事で少々ぎこちない様子で軽く礼を述べるキリト、しかし少女の方はフードも脱がずに無愛想に振り返ると

 

「礼なんかいらないわ、それより聞きたい事があるんだけど、いい?」

「え……?」

 

っと言って何か聞きたげな様子だった、フードの奥から僅かに見えた少女の瞳に、キリトは一瞬目を奪われそうになっていると

 

「ほら銀時! やっぱあの人だよあの人! マヨネーズの娘!」

「んだよこっちはログアウトしようとしてたのに……」

 

急にユウキが銀時を強く叩いて彼女を指差して叫び始める。

 

すると銀時はめんどくさそうにメインメニューから顔を上げて彼女が指さした方向に目をやると

 

「あ、お前はマヨネーズ娘」

「……はい? マヨネーズ娘?」

「あ、あなた達まさかあの時の……」

 

少女に向かってマヨネーズ娘などという訳のわからない呼称を用いた銀時にキリトが頭の上に「?」を浮かべていると

 

急にそのマヨネーズ娘と呼ばれし少女は、さっきまでの知的なクールな印象がぼんやりと薄れて急に年相応に慌ててる様な感じが声の変動から垣間見えた。

 

「まさかこんな所でまた会うなんて……」

「いやー偶然だね、君も第一層攻略しに来たの? 初心者? それともコーチング? なんならボク等と一緒に行動する?」

「いきなり馴れ馴れしいわねこの子、ちょっとリアルのあの子に似てるかも……」

「おいキリトそいつから離れろ、頭の上からマヨネーズぶっかけられるぞ」

「ええ!? アンタ他人の頭にマヨネーズぶっかける設定なのか!?」

「どんな設定よ! 変に捏造しないで!」

 

ユウキは好意的に接して来て

 

銀時はこちらを見ながら警告を促し

 

キリトはドン引きした様子で一歩後ずさりするという様々な反応を見せられて

 

少女は少々フードの奥から顔が見えそうになるぐらい動転するも、すぐに気を取り直してコホンと咳をする。

 

「あの時の行為はちょっとした気まぐれだから、その、知り合いの人がやってたからちょっと真似してみたくなっただけで……」

「どんな知り合い? そんなヤバい奴今すぐ縁切った方がいいんじゃないの?」

「いや私が切る以前に向こうから一方的に切られてる状態というか……」

「あ?」

「なんでもないわ、とにかく私の事をマヨネーズ娘だのと今後呼ばないで頂戴、それが広まって”アイツ”の耳にでも入ったら間違いなく私をイジってくるだろうし」

 

少女がボソリと言った事に銀時は上手く聞き取れなかった様子で顔をしかめるが、彼女はさっさと流して話を続けた。

 

「それとここからが本題なんだけど、あなた達今回の主催者であるディアベルというプレイヤーについて何か最近変わった事とかどこかがおかしいとか思った所とかないかしら?」

「ディアベル? ボク等そもそもあまりあの人と関わるのは初めてだからねぇ、キリトはなんかわかる?」

「俺もあまり接点はないが、随分前に会った時とも何も変わった印象は感じられないな、相変わらずのイケメンっぷりだ、ムカつくぐらい」

 

個人的な私怨を混ぜながらキリトはふと遠くで仲間達と談笑しているディアベルの方へ視線を向ける。

 

昔と変わらぬ笑顔で古い付き合いの友たちと言葉を交えているその姿には、とても不審な点は見えない。

 

「アンタ、ディアベルの事でなんか調べてるのか?」

「……ちょっとね、ここ最近EDO内で色々とおかしな現象が起きてるって話をよく耳にしてたから」

 

再び少女の方へキリトは視線を戻して尋ねると、彼女は言い辛そうな感じだが、しばらくして再び口を開き始めた。

 

「近頃EDO内のプレイヤー内で妙な噂が立ってるのよ、なんでも日常的に狩ってた筈のモンスターが突然変異し、レベルもステータスも前とは比べ程にもならない程上昇する事があったって」

「そんな噂があったのか? 全く知らなかったな……」

「ボクは聞いた事あるよ、なんでもその特殊変異したモンスターに襲われたプレイヤーはなんらかの影響を受けたんだってさ」

「影響?」

 

同じモンスターを連続に狩り続けると極マレに色違いの超レアなモンスターがポップするというのは聞いた事はあるが、どうやら少女の言い方だとそれではないらしい。

 

そして勇気もその話は知っていたらしく、思い出そうとするように頭をトントンと指でつつきながらゆっくりと話してくれた。

 

「本当に「痛み」を感じたんだってさ、モンスターからダメージ食らった時に」

「は? 痛み!? それってリアルのか!?」

「うん、確かに現実の痛みを感じたんだって」

 

ネットの世界で食らったダメージで痛みを感じるなど絶対にありえない事だ。

 

確かに熱さや寒さ、はたまた料理の味まで感じる事は出来るが、痛みそのものを味わう事はまずあり得ない。

 

モンスターに攻撃を受けた時だって、せいぜい謎の圧迫感や衝撃を感じる程度だ。

 

その話に衝撃を覚えるキリト、しかしまだユウキの話は終わっていなかった。

 

「それでそのプレイヤーは何とかその変異したモンスターを倒したんだけど、リアルに戻った時にやたらと左腕が痛むんでふと見てみたら……そのモンスターにやられた所に同じように引っ掻かれた様な痕が出来てたんだって」

「……まるでB級ホラーだな、本当かそれ?」

「さあ? ボクも噂で聞いただけだし、それに今の今まで信じてすらいなかったよ。普通あり得ないでしょ? この世界で痛みが発生して、更にリアルの身体にも影響が出るなんて」

「ああ、この世界は確かに現実とさほど変わらないように出来てはいるが、プレイヤーの肉体に影響を及ぼす様な真似はシステム上不可能なはずだ」

 

言ってる自分でも訳が分からんと言った感じの様子で首を傾げるユウキに、キリトは頷く。

 

あまりにも現実性の無い噂話だ、その変異したモンスターに襲われたプレイヤーってのも、単に周りを怖がらせようと思って適当に話をでっち上げただけなのかもしれない。

 

しばらく考えた後、キリトはチラリと横にいるフードを被った少女の方へ目をやる。

 

「それで? その眉唾物っぽい話をアンタは本気で信じてるのか、アンタは?」

「本当かどうかという確証はないけど、そういう証言をするプレイヤーがここ最近増えてきているのよ」

「……アンタどっかの情報屋か? それともそういう調べ事を調査するギルドかなんかに入ってるとか?」

「余計な詮索は己の命を危機に晒すハメになるわよ、それと証言を聞いていたのは私じゃなくて、私の知り合いのやま……情報屋、その人経由で情報を聞いだけよ私は」

 

プレイヤーにとって情報屋との繋がりは非常に大切な事だ。

 

いつどこで何が起きたか、どこでどんなクエストが発生してるのか、はたまたどこどこの層にあるあの店で大安売りをやってるなどと、役立つ話をここぞというタイミングで有料で売りつけに来る情報屋は、広大なこの世界をあちこち動き回るプレイヤー達にとっては大助かりなのだ。

 

キリトもまた昔から長い付き合いである情報屋と繋がっている

その者はかなり金額を要求してくるが腕と足は確かな様で、確実性の高い話をすぐにお届けに来てくれるのでかなりありがたい存在だと思っている。

 

たまに融通の利かない点がたまにキズだが……

 

とにかく自分と同じく彼女にもまた馴染みある情報屋がいるのだろうとわかると、キリトは疑り深く詮索するのはそこで止めた。

 

「わかったよ、で? その話がディアベルと一体どんな関係があるんだ」

「……その数々の証言を下に調べた結果、その変異したモンスターが出現したフロアには」

 

そこで言葉を区切ると少女は声を若干潜めて周りに聞こえない様に声を小さくする。

 

「ほぼ間違いなくあのディアベルって男が襲われたプレイヤーの様に狩りをやっていたらしいのよ、襲われる前に彼を見た事あるとか、彼とすれ違ったとかそういう話も聞いているの」

「……まさかその変異した原因がディアベルにあるかもとか思ってんじゃないよな?」

 

少女の話にキリトは怪訝な表情を浮かべる。確かにそれだけ聞けばディアベルが怪しいと考えるのは妥当ではあるが……

 

「あのなぁお嬢さん、そもそもプレイヤーがゲームのシステムを書き換えるような真似出来る訳ないだろ? ましてや現実とリンクする痛みを与える現象なんざ一流のハッカーでさえ無理な話だ」

「別にあなた達にこの話を信じてくれとは思ってないわ、ただこれだけは覚えておきなさい」

 

とても信じられないという感じでキリトが肩をすくめると、そんなリアクションを取るであろうとわかってた様子で、少女は腰に手を当てながら平然とした様子で呟いた。

 

「私はこの世界で起こるどんな些細な問題であろうと徹底的に調べないと気がすまないの、そしてその問題の種があらわになった時は、何が何でも徹底的に叩き斬るつもり」

 

内心(おっかねぇ~)と呟くキリトに、少女はやや口調を強くして毅然な態度でそう宣言した。

 

「例えどんな理由であろうとこの世界を危機に晒すような真似をするならば絶対に許さない、それがこの世界を護る私の使命なのよ」

「大層な使命を持ったお嬢様な事ですこと……アンタ血盟騎士団にでも入ったらどうだ? 最近治安を悪くさせる攘夷プレイヤーを狩り尽くす運動をしてるって聞いたぞ」

「それは……」

「まるで現実世界でのチンピラ警察とか人斬り集団とか呼ばれてる”真撰組”みたいだよな、ああいう危なっかしい連中がこっちの世界にまで出て来ると、ホントどこもかしこも物騒で住み辛い世の中だぜ」

「…………」

 

軽く笑みを浮かべながらキリトが皮肉交じり言ってのけると、少女は突然フードの奥から二つの目を覗かせ彼を鋭い視線で睨み付ける。

 

その目は何事も無ければとても綺麗な瞳だと感じれるのだが、今の彼女の目は瞳孔が開き、今にも腰に差した細剣でこちらを突き刺しかねない程強い殺意が込められているのをキリトは感じた。

 

怒られちまったかな……っとキリトは彼女から視線に耐え切れずに目を逸らし、バツの悪そうに頬をボリボリと掻いていると

 

「おい」

 

不意に呼ばれた気がしたのでキリトと少女は同時にそちらの方へ振り返る。

 

こちらの事などお構いなしに現れたのは坂田銀時だった。こちらに向かって腕を組みながら銀時はフゥッと静かに息を吐いた後

 

眉を上げてキリっとした表情を浮かべると真顔で

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろウンコしに行ってもいいかな俺?」

「「さっさと行(けよ)(きなさいよ)!!」」

 

険悪なムードをぶち壊してアホな事を尋ねてくる銀時に対し

 

キリトと少女の怒声は綺麗にハモった。

 

これから色々と長い腐れ縁となる少年と少女の出会い。

 

初めての共同作業はアホなおっさんへのツッコミでした。

 

 

 

 

 




キリトが色々と銀魂キャラと古くから繋がってるように

彼女もまた銀魂のとある連中と絡んでます

まあ、その話の下りするまでに終わるかもしれないですけどね(笑)

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