これは銀時とユウキがキリトとクラインと別れた直後の時。
一人で彷徨っていた銀時を見つけたユウキは、彼の手をしっかりと握って逃げられないようにしながら引きずって、行きつけの甘味屋へとやって来ていた。
そこで銀時はEDOの底知れぬ凄さに再び直面する事になる。
ユウキと隣同士に座った銀時は、早速NPCの女性の店員に注文をすると程無くしてパフェがテーブルに出された。
それをスプーンで恐る恐る一口食べた瞬間、突然頭上から雷でも落ちて来たかの様な衝撃が体を走った
「な、なんだとー!? 完全とは言えねぇがこの味はまさにパフェじゃねぇか! ウソだろオイ! ここはゲームの世界だろ!? まさかネットの世界かと思ったら本当は異世界に来てましたっていう最近流行りのパターン!?」
「フフ、やっぱり君ってばいちいち反応が面白くて見てて飽きないよホント」
実際に口に含んで食べてみると確かにパフェに近い甘ったるい感触が口の中にあった。
これはいわゆる脳を錯覚させて食べた物の味覚を直接脳に伝えてる訳なのだが、ここまでリアルに味を再現しているとは一体どういう原理で成り立っているのだろうか……
「もうコレ現実の世界で金出して食う必要ねぇって事じゃね? いやでもやっぱ本物のパフェも食いてぇしな……しかし最新のゲームはマジでやべぇなホント、まさかゲームの世界で実際にモノが食えるなんてよ」
「そうだね、おかげでボクもこっちの世界では食事が出来るんだー」
喋ったり食べたりと忙しい様子の銀時の反応を隣で座って楽しんでいたユウキも、スプーンを取り出して彼のパフェを一口すくって自分の口の中に入れる。
「こうやって君と一緒に食事取るのが夢だったんだボク」
「ユウキ……」
幸せそうにパフェを頬張って見せたユウキに銀時はハッとした表情を浮かべ神妙な面持ちになるが……
「テメェ何勝手に俺のパフェ食ってんだコラ! コイツは全部俺のモンだ! 欲しいんならテメーで注文しろ!」
「ええー何それ!? そのパフェ奢ったのはボクだよ!? 一口ぐらい食べさせてくれたっていいじゃんケチ!」
「甘ぇ、このパフェよりも全然甘ぇんだよテメェは」
一瞬でキレて店内に響き渡るぐらいの怒鳴り声を上げる銀時。
ユウキはすかさず抗議するも彼は力強くフン!と鼻を鳴らす。
「例え奢って貰ったからといってこの糖分王である俺から甘いモンを横取りするのは万死に値する行為だ、罰としてパフェおかわりだ」
「ったくワガママなんだから、お姉ちゃんも苦労しただろうなぁ」
「ああ、アイツの場合はいくら言っても勝手に食うからもういいやって諦めてた」
「何それ!? じゃあお姉ちゃんは良くてボクはダメって事!? 贔屓じゃんそれ!」
「そうだよ」
「一切否定せずに肯定した! なんなんだよもう、せっかく二人っきりなんだから少しぐらい優しくしてよ……」
そういえばこの男は姉に対しては心なしか自分よりも優しかった気がする。
その事を思いだしユウキはふと寂しさと同時に苛立ちを覚え始めていると
「もうこうなるならお姉ちゃんに聞いておけばよかった……ん?」
ふと隣のテーブルで一人ポツンと席に着いているプレイヤーが目に入った。
フードを頭から深々と被り素顔は見えないが、安っぽい茶色のローブ越しから見える体付きとフードから微かに垂れている長い茶髪からして女性だと思われる。
ユウキが思わずそのプレイヤーを見とれてしまったのは、こんな店中でも素顔を出さずにコソコソとしているからではない。
テーブルに置かれた目の前のミートソーススパゲティを無言で見下ろしながら、ある物をアイテム画面から取り出していたからである。
それは
「……あの容器と中に入ってる物からして……ひょっとして”マヨネーズ”?」
「は? マヨネーズ? 突然何言ってんのお前?」
EDOにおいて食材はあるが味覚を引き立てる調味料というモノは単体では存在しない。
いや似た様なモノならある、食材にかければ甘くなるパウダーやら舐めると塩っ気を感じる液体など。
しかしそれでも本物のソースやケチャップ、マヨネーズの味に完璧に近づいた調味料というモノはやはりない。
だがあの黄色い中身を透明な形状で包み、真っ赤なキャップをてっぺんに付けたあの容器はどう見てもマヨネーズだ。
もしかしたら研究に研究を重ねて彼女が個人で調理て作り上げたのかもしれない。
物珍しいモノを見る様な目でユウキがまじまじと彼女が取り出したマヨネーズを見つめていると
早速手に取って赤いキャップを指で弾いて開け、それを店側が出してくれたミートソーススパゲティ目掛けて垂直に逆さまにすると
ブジュブジュジュジュジュ!っと生々しい音を奏でる様に発しながら先っぽからニュルニュルと黄色い何かを捻り出し始めたではないか
躊躇も見せずにそれを全てスパゲティにぶちまける姿に思わず「うわぁ……」とユウキはドン引きした様子で銀時の裾を掴む。
「アレ見てよ、せっかくの料理にあの人容器が空になるぐらいマヨネーズ捻りだしてるんだけど……」
「うわ本当だ気持ちワル、美味そうなスパゲティが一瞬にして犬の餌じゃねぇか」
「……」
銀時とユウキの会話を聞こえているのか聞こえていないのかわからがないが。その者は黙々とマヨネーズを出し続けてやっとこさ満足したのか。
黄色いとぐろを巻いてたっぷりとマヨネーズが山盛りとなったスパゲティにフォークを差してクルクルと回し始める。
「食べるの? アレ食べるの? あんなの食ったら逆にHP減りそうなんだけどボク?」
「つーか店が出したモンに自前で用意した調味料をぶちまけるって失礼じゃね?」
「うわ、君が正論言うとか珍しいね、言うタイミングがズレてるけど」
銀時が呆気に取られてる隙にユウキはユウキで勝手に彼のパフェを食べていると、フードで顔を隠すその人物はゆっくりとマヨネーズのおかげでとてもじゃないが美味しそうに見えないスパゲティを一口ほおばった。
すると
「うえッ! ゴホッゴホッ!!」
「あーあやっぱり……」
「んだよ、やっぱ食えねぇんじゃねぇか」
口に含んだ瞬間すぐに口から嗚咽を漏らし吐きそうになっていた。しかしなんとか堪えてゴクリと飲み込むと、銀時とユウキが呆れてる中再び震えるフォークを更に伸ばす。
「ええー!? 食べるの!? 一口で食えないとわかったのにまだ食べようとするの!?」
「おい止めておけって! それ食ったら死ぬぞお前! マヨネーズはそんな大量にぶっかけるモンじゃねぇってわかっただろうが!」
「ゴホ……お構いなく……」
慌てて声を大きくして叫ぶユウキと銀時に反応して、その者は振り返らずに重い口をゆっくりと開いた。
声からしてまだ少女と言った所か
「これは私に課せられた試練みたいなものだから……」
「どんな試練!? 全部食えばマヨネーズの精霊でも現れて聖剣「マヨネキャリバー」でも貰えんの!?」
「うわさすがにボクでもそのクエストこなせる自信ないよ、よくわかんないけどまあ、頑張って」
「ありがと……うぇッ! うッ! ぐはッ!」
「……なんかダメージ食らってる様な声上げてるんだけど」
「本当に死ぬんじゃね?」
「ぐぇ! ゴホッゴホッゴホッ!! うぐえぇッ!」
どうやら食べる事は諦めてない様子で、銀時とユウキがパフェを完食し終え(結局二人で交互に食べた)、席を立って店を後にする間も、苦しそうに声を漏らしながら懸命にマヨネーズ山盛りスパゲッティを食べ続けていた。
これが銀時とユウキの、”彼女”とのファーストコンタクト
二人にとってその時の印象は
ユウキは「ありゃマヨネーズの怨霊に取り憑かれてるね」
銀時は「今後一切関わっちゃいけないタイプだなアレは」
であった
かぶき町
ゴロツキ、極道モン、博打うち、罪を背負った者、誰であろうと全て包み込み賑わいの彩りとする不思議な街。
夜には様々な人たちが集まり飲めや歌えと騒ぎだし、日が昇るまで彼等の騒ぎは終わる事は無い。
賭場場、飲み屋、と同じく官能的な店も多く立ち並びヤバ気な臭いを醸し出すその場所が
万事屋銀ちゃんを営む坂田銀時の住処であった。
「そっか、オメェさんもEDOやり始めたのか」
「ああ、ユウキの奴があまりにもしつこくせがんで来るからな、暇つぶしがてらにやってみた」
夜、初めてのMMORPG体験を終えた銀時がやってきたのはかぶき町の裏通りでひっそりとやっている「ダイシー・カフェ」という喫茶店であった。
江戸では珍しい洋風の洒落た内装をしており、テーブル席が4つとカウンター席のみというこじんまりとした店ではあるが、どこか居心地が良くてついつい長居してしまうと巷では中々良い評判を貰っている。
喫茶店と言ってもそれは朝・昼までの事で、夜はかぶき町でやってるだけあって、銀時達の様な酒目的で来るような客が一人や二人程来るので、こうしてフラリとやって来た客に、店主が夜遅くまで世間話や愚痴を聞く相手として付き合ってあげるのもザラである。
「ま、今の所の収穫はユウキと行った甘味屋で食ったパフェが美味ぇって事ぐらいだな、後マヨネーズ中毒者がいたぞ」
「マヨネーズ中毒者?」
意味の分からない事を口走る銀時に店主は首を傾げるが、それ以上聞いてもますます訳が分からなくなりそうなので聞かなかったことにした。
「それにしてもアイツもさぞかし嬉しかっただろうな、オメェと一緒に食事出来るなんて。大事な奴と一緒に食事すると食ったモンが美味しく感じるってのは現実世界でも仮想世界でも一緒だからな」
「なるほど、通りでこの店で飲む酒は不味い訳だ、黒光りのハゲたおっさんと飲んでも何も美味く感じねぇ」
「ぶっ殺すぞテメェ」
カウンター席でグラスに注がれた酒に口を付けた後、銀時は藪から棒に失礼な事を呟く。
それを聞いて店主こと、アンドリュー・ギルバート・ミルズ、通称エギルが腕を組みながら不機嫌そうに彼を軽く睨み付けた。
アフリカ系アメリカ人なのだが生粋の江戸っ子であり、180cm近い上背の筋骨逞しい体躯に鮮やかな黒い肌、さらに禿頭・髭面という物々しいルックスのせいでかなりの凄みがあるのだが
銀時とは昔から長い付き合いがあるので、こういう掛け合いはもはや日常茶飯事である。
「それよりEDOやり始めたんなら向こうでも俺の店に寄ってみろよ、オメェとは昔からの悪友みたいなモンだからな、特別に安くしてやるぜ?」
「そういやお前もやってんだったな、向こうの世界では藍子にも会っていたのか?」
「まあ、な……顔合わせる度にお前の昔の話良く聞かせて欲しいって頼まれてたよ」
「おい、変な事教えてねぇだろうなアイツに」
「そうだな、オメェが色町で高杉の奴と揉めた事を話したら腹抱えて大爆笑してたぞ?」
「ああ!? なんで知ってんだと思ってたけどアレって情報源はテメェだったのか!? ふざけんな人の女に色町言ってた事なんてバラしやがって!!」
「一緒に聞いてたユウキはずっとふくれっ面だったなそういや、オメェが色町に遊びに行った事が気に食わなかったんじゃないか?」
「アイツは昔からそうなんだよ、前に部屋にエロ本隠してた時もブチギレたからな」
恨みがましい目つきで店主であるエギルを睨み付けながら、銀時は空になったグラスを手に持って彼に突き付けた。
エギルはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながらそのグラスにボトルを注いであげる。
「俺の所もそんな感じだよ、もっともウチのカミさんはキレるどころか殺しにかかるけどな、この前なんかマジで死を覚悟したぜ」
「オメェの嫁さんおっかねぇからな、ま、殺された時は葬式ぐらい行ってやらぁ」
「テメェなんざ来られても嬉しくねぇよ、それよりEDOの事で思い出したんだが知ってるか?」
「あ?」
並々に注がれたグラスに口を付けていた銀時にエギルが突然小難しい表情を浮かべて来た。
「EDOの世界には徒党を組んで組織として成立させる『ギルド』ってモンがあるんだがな、そん中の”血盟組”ってギルドがいよいよ攘夷プレイヤーの討伐をおっ始めるらしいぜ」
「血便組? 何それ尻から血が噴き出す連中が集まったグループなの? ゲームやってないでさっさと肛門科行けよ」
「血盟組だバカタレ、正式名称は血盟騎士団、略してKOBなんだが、一般的には現実世界の警察組織にちなんで血盟組って呼ばれてるんだ、そして血盟組は唯一幕府直属の公認ギルドなんだとよ」
「幕府? まさかゲームの世界に幕府が絡んでるっつうのかよ、冗談だろ?」
それを聞いて銀時は口をへの字にしながらしかめっ面を浮かべる。どうして幕府がネットゲームなんかに関与する必要があるのか甚だ疑問らしい、するとその疑問にエギルが「ハハ」っと笑い声をあげ。
「EDOはもはやただのゲームじゃねぇからな、遠くの異星の天人とも面と向かいってコンタクトを取れるとかで既に外交手段にも使われてるらしいぜ、だから幕府もEDOのイメージをより良くする為に治安を護ろうと躍起になっているらしい」
「江戸を守護すべき存在の幕府がゲームなんかに現を抜かしてるとか世も末だな、治安を良くするってなんだよ、ネットマナー講座でも開いてんの?」
まさかゲーム如きでこの国のお偉い方がそんな事を真面目にやっているとは……
いっそ攘夷志士にでも叩き潰された方がいいんじゃないかこの国?と銀時がけだるそうにカウンターの頬杖を突いているとエギルは深々とため息を突く。
「EDOの中には攘夷プレイヤーとか呼ばれてる連中がいてだな、まあ概ねわかると思うが地球圏内、もしくは圏外にいる天人のプレイヤーを積極的にPKする輩がいんだよ」
「PKってなに? MOTHERシリーズ? 泣けたよねアレ、名作だよホント」
「プレイヤーキルの略称だ、オメェ本当に何も知らねぇんだな。要するにそういう連中がゲーム内にいる事が天人のご機嫌を伺っている幕府にとっては邪魔なんだとさ」
首を傾げる銀時に呆れながらエギルは話を続ける。
「だから幕府は直属のギルドである血盟組のメンバーの一部にある武器を渡したらしい、なんでもその武器にっよってHPがゼロになったプレイヤーのアカウント権限を永久剥奪する事の出来る武器なんだとか」
「あーそれってつまりどゆ事?」
「血盟組にPKされた奴はもう二度とそのアバターでEDOにログイン出来なくなるって事だ、ったく」
EDOの世界へフルダイブするにはナーヴギアで予めアカウントを登録しておく必要がある。
それを破棄されるという事は今まで積み重ねて大事に育てて来た己の分身を消去されるという事だ。
仮想世界にとってそれは「死」と呼んでも過言ではない。幕府の無茶苦茶なやり方にエギルは苦々しい表情で舌打ちをする。
「その幕府の新たな犬となった血盟組は攘夷プレイヤーを狩る為に本格的に動こうとしてると聞いたんだが、どうやら一部のメンバーはその行いに反対しているらしいぜ?」
「だろうな、さすがにゲームの世界でもそんな事されちゃ窮屈になっちまうぜ」
「中でも最近血盟組の副長に抜擢されたプレイヤーが、数人のメンバーを引き連れてさすがにやり過ぎじゃないかと騎士団のトップである局長に直接抗議している真っ最中らしい、けど幕府直々の命令だからな、その抗議で全てが白紙になるとは思えねぇ」
「ふーん、ま、俺にはどうでもいい事だな、血盟組なんざ知ったこっちゃねぇ、こちとらまだ第一層もクリアしてねぇんだ」
話を終えたエギルに銀時は全く興味無さそうに死んだ目を向けながら、また一口グラスに口を付けて飲みだす。
「さっさとユウキの奴に追いつかねぇといけぇねぇんだよこっちは」
「ま、オメェも連中に目を付けられないように忠告しただけだ、もし連中に出くわしたら余計な揉め事起こすんじゃねぇぞ」
「わーってるよ、俺だってさすがに藍子から貰ったモンを全部無かった事にされたくねぇからな」
そう言って銀時は2杯目のグラスを空にすると、エギルに向かって口元を横に広げながら差し出す。
「けど俺から言わせりゃ、ネット世界のマナー違反者なんざより現実世界にいるもっと危険なモンを排除した方がいいと思うけどな、例えば「とある快楽街で客にマズイ酒を出して金をふんだくる”元攘夷志士”の店主」とかよ」
「奇遇だな俺も似た様な事考えてたぜ、「とある快楽街で怪しげな商売してロクに家賃も払えない”元攘夷志士”の
貧乏侍」とかサクッと捕まえりゃあいいのにと常々思うぜ本当に」
「へへへ……」
「フフフ……」
自分達以外誰もいない店で
二人は意味ありげに笑い合いながら酒が注がれたグラスを交わすのであった。
「フハハハハハハハハ!! お前を蝋人形にしてやろうかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「今日はテンションアゲアゲだね~銀時」
EDOをやり始めて数日後。
第一階層のダンジョンにて銀時ことギンは右手に持った光棒刀を振り回しながら、第一層、二十階層奥深くに棲息するモンスター達を片っ端からぶっ倒していく。
ダンジョン内は迷宮の様に入り組んでいて、迂闊に進むと迷って脱出できない様な仕掛けまで施されており。
迷わず進むには細目にマップをチェックして慎重に進むか、もしくはユウキの様なベテランプレイヤーと同行して進むことが最善の手である。
「本名で呼ぶなつってんだろうが!」
「今このフロアにいるのボクと銀時しかいないから大丈夫だよ」
後ろで腰に得物を差しただけで何もせずについて来るだけのユウキに叫びながらも、銀時は目の前にポップしたモンスター2体を同時に相手取りながら戦っていく。
銀時が交戦中のモンスターは、コボルドという集団戦法を得意とするモンスターだ。一匹なら楽に勝てる相手だが、集団で現れた場合だと別だ、たちまち袋叩きにされてしまうプレイヤーも少なくはない。
一瞬そのいかにもなモンスターに「おお……」とちょっとした冒険気分を味わってテンション上がるも、銀時はすぐに手に持った得物で薙ぎ払う。
「おらおら邪魔だぁ! 雑魚共なんざ屁でもねぇんだよ! レアアイテム寄越せレアアイテム!」
「あ、また倒した。やっぱりリアルで運動神経が良い人だと成長速度も速いモンだね」
一体目のコボルトを一撃で倒し、襲い掛かって来た2体目のコボルトも瞬く間に得物を振り下ろして両断する。
その軽やかかつ華麗に敵を倒していく姿を眺めながら、ユウキは迷宮の壁に手を掛けながら冷静に観察していた。
「EDOの世界だと大事なのは反射神経とか動体視力らしいんだけどさ、それっていわゆる脳に関与する機能が反映されるからなんだよね、で、銀時は本来の肉体に宿っている”戦闘経験”も脳に記録されてるから、それも反映してるおかげで始め立てのクセに戦い方も様になってるって事なんだよねぇ」
「さっきから後ろからゴチャゴチャうるせぇっての」
倒した報酬を慣れない手つきで画面を操作して確認しながら、銀時は後ろで考察している彼女の方へ振り返った。
「おら終わったからとっとと次行くぞ、こちとら何時まで経ってもテメェの下扱いなんかごめんなんだ」
「はいはい、でもその前に回復しておかないと……あり? 体力ロクに減ってないじゃん」
銀時とユウキは今フレンド同士でパーティを組んでいる状態になっている。
この状態であると倒したモンスターの報酬も組んだ数に応じて分配され、なおかつ組んでる相手のHPバーも確認できるようになる。
ユウキが銀時の左上にHPバーを見てみると、彼の体力は2割そこそこしか削られていない状態であった。
「あ、わかった、なんか君の性能の割には進むの遅いなとは思ってたんだけど、君ってば現実世界で斬り合いに興じてたから、回避に徹しやすい立ち振る舞いをする様にって身体が記憶しちゃってるんだ」
「別にいいだろ、食らわないんだからいい事じゃねぇか」
「んー瀕死の状態になるよりはマシだけどさ、あの程度の相手にいちいち回避行動してると無駄に戦闘時間延ばしちゃうんだよね」
銀時の戦い方は確かに見事である。始めて数日の初心者が、第一層のボス部屋直前まで来れるのは中々の腕前といったところだ。
しかし一撃を食らったら即、死という世界で生きていた銀時の身体に蓄積された戦闘経験は、ゲームの世界ではプラスにもなるがマイナスにもなるのだ。
「多少は被弾を覚悟して相手により重たい一撃かまして倒していく戦法取った方がいいと思うよ」
「そうはいっても目の前で襲われそうになったらつい体が動いちまうんだよ、「来るぞ避けろ! 晩飯はカレーにしよう!」って」
「晩飯の献立考える余裕はあるんだ」
「カレーか、いいなぁ」と呑気に思いながらもユウキは壁掛けたまま話を続けた。
「ホント特殊だよね銀時って、普通はプレイヤーがゲームの仕様に追いつけずに振り回されるってパターンが多いんだけど、銀時だとゲームの方が銀時の戦闘センスに追いついてないって感じなのかな? 君ってリアルの世界の方がもっと速くて強かったと思うし」
「はぁ~やれやれ、強すぎる自分が嫌になっちゃうよ、あーやだやだ、最強過ぎてホント辛いわー。これじゃあユウキを追い越すのもすぐだろうなー」
後頭部を掻きながらドヤ顔で自画自賛する銀時、そんな彼の態度にユウキは少々ムッとする。
「まあ現実世界での銀時が強いのは認めるけど、こっちの世界だとボクの方が強いんだからね、今度対人戦やってみる?」
「上等だ、後で吠え面掻くなよ? 言っとくけど負けた方が高級店で奢りだからな」
「へー、それじゃあ一旦街へ戻って高い店予約しておこうかなー」
残念ながら銀時とユウキのEDOにおける実力の差はまだまだ広い。彼女はもう2年間ずっとこのゲームをやり尽くしてるせいで、ほとんどこちらの世界で生きている様なモンなのだ。
未だに画面操作も慣れてない上に戦い方もまだぎこちない銀時
彼に後れを取る程ユウキはそんな甘い相手ではない。
そんな事も知らない様子で早速安い挑発に乗っかって来た銀時に、ユウキは鼻歌交じりで何を奢って貰おうかと考えていると
「お、こんな所までいやがったのか、随分と探したぜ全く」
ダンジョンの通路の奥から屈強な肉体を隠せていない防具を身に纏ったスキンヘッドの男がひょっこり現れた。
彼の姿を見てユウキは「あ!」と叫び銀時も突然現れた彼に目を見開く。
やってきたのはついちょっと前に現実世界での店で酒に付き合ってくれた店主、エギルであった。
「んだよお前、現実の方の店は大丈夫なのか?」
「今日は定休日だからな、本当は休みの日はカミさんとのスキンシップを優先したいんだが、オメェが序盤でモンスターにボコボコにされてるんじゃないかと思ってよ、それを拝む為にやってきたんだ、へへ」
「チッ、陰険な奴……」
意地の悪そうに笑って見せる悪友に銀時はブスッとした表情を浮かべて目を逸らすが、彼が現れたことにユウキは嬉しそうに顔を綻ばせる。
「ダンジョンにいるなんて珍しいねエギル、店ではよく会うけどこうして装備整えてるエギル見るの久しぶりだよ」
「ようユウキ、銀時の子守りはどうだ?」
「大変だよホント、すぐ調子に乗っちゃうんだからこの子、さっきなんかボクが対人戦誘ったらノリノリでやろうって言って来たよ」
「お、それは中々面白そうなモンが見れそうだな……いつやるかメールで教えてくれよ、最前席確保して見てやるから」
「動画撮影の準備もよろしくねー、いつか銀時が調子に乗る度に見せる用として撮っておきたいんだ」
「任せろ、バッチリ撮っといてやる」
「なにその既に俺が負けるの確定してる様な会話、ムカつくから止めてくんない?」
付き合いの長い二人が楽しそうに会話しているのを睨むように銀時が目を細めて見つめていると、エギルが彼の方へ振り返る。
「それにしても始めたばかりのクセにもうここまで来れるとはさすがじゃねぇか、伊達にリアルで修羅場を潜り抜けてねぇって訳か」
「そりゃおめぇも一緒だろうが……もうすぐでこの階層のボスとサシでやり合うんだ。銀さんが華やかにタイマンでボスを倒す所を拝みたいんなら見物料出せば見せてやってもいいぜ?」
銀時の成長速度に感心するエギルではあるが得意げに第一階層ボス相手に一人で勝つと言ってのける銀時に、ふと不安そうにしかめっ面を浮かべた。
「……おいユウキ、お前コイツに教えてなかったのか?」
「いやぁつい言いそびれちゃって~」
「え? なになに? お前等どうしたの?」
「あのなぁ銀時、この百層に及ぶダンジョンが存在するアインクラッドには、必ず各一層事にフロアボスっつうボスモンスターが最深部で待っているのはさすがに聞いてるよな?」
「ああ、それぐらいユウキから聞いてるっつーの」
ダンジョン探索という事で銀時はユウキからそれなりにレクチャーを聞いている(話半分に)
各層にいるフロアボスを倒せば次の階層に行き、最終的に百層に辿り着く事がEDOプレイヤーの真の目的だと。
「アレだろ? ボスって結構強いんだっけ?」
「強いも何も始め立てのプレイヤーがソロじゃ瞬殺だろうな、いくらオメェがそこそこ腕っ節が強くてもさすがに無理だ」
「はぁ!? んだそのひでぇ仕様わ! じゃあ一体どうやって倒せばいいんだよ!」
「一人で無理なら集団戦術で囲んで戦えって事さ」
「ああなるほど、要するにボス相手には一人で行かずにチームプレイで勝てって事か」
各層のボスはそう簡単には倒せないと知った銀時はわかった様に何度も頷くとユウキとエギルの方へ指を突きつけ
「じゃあお前等、ベテランプレイヤーとして俺の肉壁になれ。そんでボスのHPを削りまくって最終的に俺にトドメ刺させろ」
「それのどこがチームプレイ!? まんまテメェが漁夫の利狙ってるだけじゃねぇか!」
「確かにボクなら第一層目のボスぐらいならソロで勝てるけど、それじゃあ銀時の為にならないよ。最低限のフォローはこっちもするけど、最終的に自力でなんとかするのがEDOの醍醐味なんだから」
「いや醍醐味なんか知ったこっちゃないから、俺は楽に強くなりたい、それだけだ」
「ダメだコイツ……」
珍しくキリっとした表情をしながらも言ってる事はすこぶるダサい。
諭すユウキを一蹴してあくまで漁夫の利作戦を取りたがる銀時に、エギルはピカピカの頭に手を乗せながらため息を突くが、「ん? 待てよ?」と何かを思い出したようにさっと顔を上げた。
「そういや始まりの街の掲示板になんか書き込みがあったな、第一層で苦戦してる新参プレイヤーは集まれとか」
「あ、それきっとEDO初心者をコーチングしてくれるボランティアだよ、ボクとお姉ちゃんも何度か手伝った事ある」
掲示板は貴重な情報源だ。しかしそこに書いてあるのは新ダンジョンのマップとか未確認レアアイテムの詳細だけではない。
中にはとあるクエストで困っているから同行を求むというプレイヤーが書き込んでいる事もあるのだ。
「始めたばかりの人を集めて、ベテランプレイヤーが色々と戦い方をレクチャーしていきながらボスモンスター討伐まで手伝ってくれるって奴でしょ?」
「確か招集していたのはディアベルっつうそこそこ名の知れた中堅プレイヤーだったな、初心者相手に親身に指導してくれるらしくて中々評判が良いみたいだぜ?」
「ほーそいつは正に今の俺としてはおあつえら向きな話じゃねぇか」
ユウキとエギルの話を聞いていた銀時はニヤリと笑いながらその話に乗り気な様子だ。
「素性も知れねぇ連中と協力するってのは不安だが、手早く攻略するなら集団で囲んで袋にしちまうに限る、つ―ことでお前等も付き合え、ベテランプレイヤーとして初心者の俺を徹底的にフォローしろ」
「何でオメェが上から目線なんだよ、ま、オメェの腕っ節も見たかった所だし別にいいんだけどよ」
銀時の言い方は癪に障るが、長い付き合いのおかげでコイツはこういう奴だと割り切っているエギルは、やれやれと首を横に振りながらも承諾する。
そしてユウキの方は最初から俄然乗り気の様子で
「ボクは最初から銀時についていくって決めてるからね、直接ボスと戦いはしないけど色々と手助けしてあげるから」
「なんでだよ、戦えよ」
「だからボクが出たら本当にすぐ終わっちゃうじゃん、指導者は直接手を出さずにアドバイスだけ送って、戦いは新参プレイヤーに任せるってのがお約束なの」
ユウキ任せに楽にクリアしたい銀時は、正直みんなで頑張って勝つという少年漫画のお約束的なモノは求めていないのだが……
頑なに戦闘には手を出す事はしないとキッパリと宣言するユウキに、銀時は心底めんどくさそうに髪を掻きむしっていると
「あ、そういえばアイツ等呼んでみるか、片方は俺と同じ初心者だし、もう片方は暇だろうし」
「ん? アイツ等って?」
「ユウキ、オメェアイツ等と連絡交換してたんだよな、ちょっと伝えておいてくれ」
「ああそっか、いいよ、メール送っておく。内容は?」
「そうだな……」
銀時が誰と連絡を取りたいのか理解したユウキはすぐに画面を開いてフレンドリストから該当している人物二人にチェックする。
文面に何を書くのか彼女が尋ねると、銀時は少し考えた後
「片方には「一層目クリアの為に、初心者同士ここは手を組んで攻略しようぜガンダタ君」で、もう片方には「今すぐ俺の攻略手伝いに来い、もし来ねぇならオメェが引きこもりだって事を周りに言い触らすぞ」だな」
「オッケー」
「ひでぇ誘い方だな……てかお前もうユウキ以外に仲良くなった奴出来たのか」
「まあな、両方とも野郎ってのが不満だが」
早速銀時が言った事を一語一句正確にその内容をメールにして二人の人物に送るユウキ。
ネットゲームやり始めてもう知り合いが出来たことにエギルが軽く驚いていると、銀時はへっと笑いながら
「ま、ハゲであろうと引きこもりであろうと、使えるモンは使っておくのが俺の生き方なんでね」
「そのハゲってのは俺の事じゃねぇよな……? ユウキとやり合う前に俺といっちょやってみるか?」
とりあえず目的は第一層クリアと定める銀時
そして彼はここでまた知る事になる
己の分身であるアバターにまだ隠された力が眠っている事を
もし”彼女”が仮に原作でもこんな感じであったら
キリトが手に入れた滅多に入らない幻の超レアであるS級食材に
笑顔で盛大にマヨネーズぶっかけた事でしょう