三十五層の迷いの森で謎の少女を発見したキリトは、一人探索を続けているといつの間にか最深部のボスのいる場所まで辿り着いてしまった。
「別れた地点にいないからおかしいと思ったら……」
茂みの中から覗き込むような態勢でしゃがみ込みながら、キリトは目の前で繰り広げられている戦いを見つめていた。
「なにがどうなってんだ一体?」
派手な音が鳴り響いてるなと思い様子を見てみると、そこには顔馴染みの天然パーマ、坂田銀時がまさかのボスと戦闘をおっ始めていたのだ。
そして彼と一緒に戦っているのは、今まで見た事が無い長い金髪をなびかせた凛々しい碧眼の少女。
その手に持っている『洞爺湖』と彫られた木刀を見て、キリトは不思議そうに目を細める。
「あの木刀ってリアルのあの人が持ってるのと同じ……いやそれよりも」
それよりももっと気になる事がキリトにはあった
銀時がどうしてよくわからないプレイヤーと二人だけでボス戦に挑んでいるのだとか
どうしてそのプレイヤーが持つ木刀は銀時がリアルで腰に差している得物と酷似しているか
そういう疑問の数々も頭の中で払拭されるぐらい今目の前で信じられない光景が彼の目に映っていたのだ。
「まさかたった二人のプレイヤーで……三十五層のボスを圧倒してるなんてな……」
三十五層とも来ればボスのAIも格段に成長しており倒すのは至難の業。
無論、今のキリトの実力であればまだソロで難なく倒す事は出来るのだが
ようやく初心者を脱却した銀時が、見知らぬ彼女と一緒に鮮やかなコンビネーションで二体のボスを圧し続けているという光景には、流石に驚きを隠せないでいた。
それに
「動きが成長している……以前よりも更にスピードが上昇してる上に精密に相手の動きを読み取っている……」
茂みに隠れながらキリトは、ボスと対する銀時の動きを見て瞬時に彼の動きが今までと違う事に気付いた。
ボスの一人、トナカイのベンが突っ込んで来たと思ったら、一緒に戦ってる少女と共に華麗に避け切って
二人同時にジャストカウンターを決めてベンを上空に弾き飛ばす。
するとすぐ様銀時がしゃがみ込んで
彼の肩に少女が片足を置き
上空を舞うベンに向かって思いきり飛ぶ
そして空中での一閃をかまし
落ちて来たベンに今度は銀時がビームサーベルによる痛烈な回転乱舞を浴びせて更なるダメージを与える。
つい見とれてしまう程の完璧な連続コンビを、先程からあの二人は言葉はおろか視線さえ交えずにやってのけている。
到底初心者では、否、自分でさえ出来ないであろうテクニックを魅せられ、思わず口から「凄い……」と呟いてしまうキリト。
「俺が目を離してた隙に一体何があったんだあの人に……もしかして……」
どうしてあの時別れてからの短い間で彼がここまでの成長を遂げたのか甚だ疑問に思うキリトであったが
その目はゆっくりと彼と共に戦う少女の方へ
「あのプレイヤーが何かキッカケを作ったのか? 彼女と共闘している内に、いつの間にか本来の自分が持つ潜在能力が開花し始めているのか……?」
成長した銀時の動きに完全に合わせることが出来ているあの少女は一体何者なのだろうか
全身金ぴか……もしかしてアルゴが随分前に言っていた例のチート疑惑のプレイヤーなのではなかろうか……
しかしあの華麗な動きは到底改造やバグを多用して出来る芸当とはとても思えない……
「まあ何はともあれ後で直接本人に聞いてみればいい事か」
そう言ってキリトは剣も抜かずにただ茂みの中でしゃがみ込みながら戦いが終わるのを待つ。
「どうせもうすぐ倒せるだろ」
自分が行かなくても今の彼等であればなんら問題はないであろう
そう強く確信する程、二人の動きはキリトから見てとても完成されていたのだ。
そんな彼の思惑通り
「ぐわぁぁぁぁぁ!!」
「ベン! や、やべぇぞコイツ等! 初見のクセにこの俺達をこうも圧倒的に……ぬめろんッ!」
銀時がトナカイのベンを、謎の金髪美少女・アリスがサンタのニコラスをぶっ飛ばして
既に彼等のHPバーが1割になるほど追い詰めていたのであった。
その一方で銀時とアリスのHPバーは無傷と言って良い程全く減っていなかった。
「すげぇ……どうなってんだコレ、今までこの世界でこんなハッキリと動けた事ねぇってのに……」
「私の動きに合わせようとしてたら、自然に体がその動きに順応出来たのでしょう」
「今ならなんでも出来ちまいそうだ……よし、ちょっくら世界征服でもおっ始めるか」
「何をバカな事言ってるのですか、ほら、もうボス達が起きましたよ」
自分の手を見つめながらつい調子に乗って大胆な野望を閃く銀時を、厳しく叱りつけながらちゃんと起き上がったボスに木刀を構えるアリス。
「もう勝った気になって油断していたら痛い目に遭います、この世界のボスという存在は決して甘くないのです」
「ヘッヘッヘ……よくわかってるじゃねぇか嬢ちゃん、そうよ、ボス戦ってのはピンチになってからが本当の勝負ってモンだ」
「ここまで俺達を追い詰めるなんて大したもんだぜ、だが本当のお楽しみはこれからだ」
それに応えるかのようにニコラスとベンは不敵な笑みを浮かべると
ボロボロになった状態で突然ドンッ!と力強い音を放って全身から赤いオーラを放ち出す。
「うおぉぉぉぉぉこっからが本番だぁ!! 今の俺達は攻撃力と防御力と素早さが一気に三倍!!」
「俺達の本気を前に! たった二人でどこまで持ち堪えられるかしかと拝見させてもらうぜ!」
そう叫びながらオーラを放つ二人は地面を蹴って真正面から突っ込んで来る。
まさかのここで理不尽なステータス強化に銀時とアリスは面を食らうと思いきや……
「そう、この世界のボスはそう甘くはありません、それがこの世界の理の一つ。しかしそのボスの脅威をも容易に超えられる力を我々が持っているのもまたこの世界の理なのです」
「ごちゃごちゃまどろっこしい言い回しなんざいらねぇよ、要は俺とお前が力を合わせればボスなんざ楽勝だって事だろ?」
「その通りです、お前もちゃんと私の言う事がわかって来たみたいですね」
アリスの長ったらしい台詞は聞き飽きたという感じで銀時はブォンと音を鳴らしながら
クセが強過ぎて扱うのに時間がかかると思っていた二つ刃のビームサーベル・カゲミツDB44を
彼女と共闘している内にすっかり振り慣れた様子でグルグルと回転させながら
「そりゃこんだけハッキリと色んなモンが見えるようになれれば、誰だって敵じゃねぇと思いたくなるもんよ」
ギリギリのタイミングでベンのタックルを避けながら、次に弾丸のように飛んで来たニコラスの振るうケン玉を得物で弾き飛ばし、そのまま背中を護ってているアリスと共に彼等二人を同時に相手にする。
「さぁてここらでチャッチャッと終わらさせてもらうぜ」
「慢心は毒となります、勝利するまでは気を引き締めなさい」
「へいへい」
互いに背中を預けながら短い掛け合いを終えた後、二人はダッと地面を蹴って得物を振るう。
その姿を茂みの中から覗いていたキリトは、まるで舞っているかのような動きに見えていた。
流れる様に強化されたボスに的確にクリーンヒットを与え続け、飛んでくる飛び道具や接近攻撃を華麗に回避し
そして銀時とアリスは幾度も身体を交差させながら迷いのない動きで敵を翻弄させていく。
万が一ピンチになったら助けに行くかと考えていたキリトであったが
その様な心配事などもはやなんの必要はないとハッキリと頭の中で理解した。
「夢でも見てるような気分だよ全く……あの人には何度も驚かされているが、本当に驚いた光景を目の当たりにすると、衝撃的過ぎて何も言えなくなっちまうモンなんだな」
独り言を呟きながらキリトはハッキリと二人の戦いを凝視する。
いずれ自分も、あのような立ち振る舞いを体現したいと胸に秘めながら
「ずぇい!!」
「ぐはぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ベェェェェェェェェン!!!」
「す、すまねぇ、やられちまった……」
数分後、もはやHPバーが残り筈かになっていたベンに銀時が最期の一撃を振り下ろす。
袈裟がけに斬られた箇所を赤く光らせ雄叫びを上げながら、ベンは絶句の表情を浮かべたまま体を四散させて消失した。
「残るはテメェだけだな、ガキ共に配るクリスマスプレゼントを全て献上すれば特別に許してやってもいいんだぜ」
「おま! 大人のクセに子供達のプレゼントを取り上げるとかどんだけ外道なんだテメェ! 相棒は逝っちまったが俺にはサンタとしての誇りってモンがある!」
こちらに片方の刃を突き付ける銀時に、ニコラスも腹をくくった様子で身構える。
「テメェ等との戦いを経て俺は変わったぜ! もう一度クリスマスに子供達に希望を与えるサンタになろうってな!」
最初に会った時はもうサンタなんてやってられるかと言っていた彼が、吹っ切れた様子で突っ込んで来る。
そして
「今年のクリスマスを待ち焦がれている子供達の為に!」
「袋に大量にベーゴマを入れて会いにいくんだギャァァァァァァァァァァ!!!」
喉の奥から咆哮を上げながら飛び掛かって来たサンタを
いつの間にか背後を取っていたアリスが問答無用でトドメの一撃を背中から浴びせる。
ベンと同じく既にHPが風前の灯火であったニコラスは、そのまま銀時の目の前でバタリと倒れた。
そしてそんな彼をただ静かに見下ろしながら銀時は
「いやだからチョイスが古ぃんだって」
あっけなく身体を四散させて消えていくニコラスに最期の言葉を送りながら
銀時は戦いが終わったと察して、得物のスイッチを切って腰に差し直すのであった。
「けどサンタを斬るってアレだな、ゲームとはいえなんか罪悪感覚えるな……」
「私は罪の意識など全く感じませんが? 相手はボスです、ならば斬り捨てるのは極々当たり前の行為です」
「お前の中に流れる血は何色?」
ボス戦を終えても相も変わらずいつもの仏頂面でドライな事を言ってのけるアリスに、銀時は腕を組んでしかめながら彼女の方へ歩み寄る。
「ラストアタックボーナスはお前に取られちまったか、いいモン貰えたか?」
「還魂の聖晶石です、使えるのは一回のみですが、HPがゼロになったプレイヤーに10秒以内に使用すれば即復活できる蘇生アイテムです」
「……微妙だなそれ、使い道あんの?」
「確かに微妙ですがこれはお前と初めて一緒に戦った時に手に入れた戦利品なので一生大事にします」
「いや使えよ、なんの為の蘇生アイテムなんだよ」
アリスが貰ったラストアタックボーナスに銀時が不満げに呟いていると、アイテムの説明を読み終えた彼女はそれを大事そうにアイテム欄に戻す。
「まあお前が死んだ時は使ってあげてもいいですよ」
「俺は滅多な事じゃ死なねぇけどな、まあもしそういう時があったら頼むわ1アップキノコ」
「その呼び方については物凄く不満なので即訂正を願います」
次から次へと変なあだ名で呼ぼうとして来る銀時に、流石にずっと鉄仮面を貫いているアリスも口調にやや苛立ちが含まれていた。
そしてしばらく二人で顔を合わせながらこの後どうしようかと銀時が顎に手を当てながら首を傾げていると
「よぉ、しばらく見ない内に随分と化けたな」
「あぁ? おおキリト君じゃねぇか、今更なにノコノコと出て来てんだ? もうボスは俺等で倒しちまったぞ」
「茂みの中からちゃんと見てたよ、素直に驚いたよホントに」
そんな彼等の方へようやくキリトが合流して来た。
やっと会えた相方に銀時が振り返ると、キリトも肩をすくめながら彼の方へ歩み寄る。
「なぁ、ぶっちゃけアンタのさっきの戦いっぷりをみてちょっと混乱してるんだけど、とりあえずコレだけは最初に教えてくれないか?」
「童貞の捨て方? ならかぶき町に童貞でも行ける丁度いい店が……」
「なんでこのタイミングで俺がアンタに童貞の捨て方を教えてくれと言うと思った!? そそそそ、そんなモンいつだって捨てる事出来るし! アンタに聞かなくてもいつでも捨てられるし!ってそうじゃなくて!」
とぼけた様子で返してくる銀時に盛大にノリツッコミを入れた後、キリトはふとこちらに一定の距離を取りながら見つめて来るアリスに向かって指を突き付け
「誰コイツ!?」
「知らね」
「さっきまでアンタと凄い息の合ったコンビネーションをしていたコイツは誰!?」
「だから知らねぇって」
髪を掻きながら詰め寄って来るキリトにめんどくさそうに返しつつ、銀時はアリスの方へと視線を向け
「コイツ自身も自分が何モンなのかよくわかってねぇらしい、それでもなんか俺には感じるモンがあったらしくて、一緒にいればなんか思い出しそうだとか適当な事言って強引にここまで連れてこられんだよ俺は」
「えらくざっくりした説明だな……しかもその説明を聞いてますます謎が深まっていくんだが……」
銀時の曖昧な説明にキリトはますます混乱していると、そんな彼にアリスの方が歩み寄って話しかけてくる。
「お前はどうやらこの男と親しいようですが、一体どんな関係なのですか?」
「うわいきなり話しかけて来た……どんな関係? まあ腐れ縁だよただの、現実では上司と部下でもあってこっちの世界では後輩と先輩みたいなモン」
「では上手く転がればフラグが立って恋人同士になるなんていう関係ではないということですね」
「ぶった斬るぞ貴様! なに仏頂面で初対面の相手に腐った発言してんだコラ!」
見た感じ血盟騎士団の副団長みたいな堅物委員長キャラかと思ったら、かなりとち狂った発言をしてくるので
キリトは驚きつつもすぐに怒鳴り散らしながら彼女の推測を完全否定する。
「俺は至って普通のノーマルだよ! 変な事言うな!」
「ならば結構です、フラグでも立たせる可能性があるならこの場で即処断しようと思っていましたので」
「へ? どういう事? まさかアンタこの人を……」
「勘違いしないで下さい、私は別にこの男を異性として好いているとかではありません」
口をポカンと開けて勘繰ってくるキリトにアリスは首を横に振る。
「ただこの男に何者かが近づき、親密そうに接しているのを見ていると。胸に痛みを覚えて強い殺人衝動に目覚めるだけです」
「殺人衝動!? おいやっぱりコイツおかしいぞ! なんていうか重い! 色々と表現が重たい!」
「おいおい勘弁してくれよ……確かにお前は見てくれは悪くねぇどころか俺の好みではあるけれども、出会ったばかりでいきなりそんなディープな愛情向けられると流石に困るわ」
眉一つ動かさずサラリと物騒な事を口走るアリスにキリトだけでなく銀時も唖然とした表情を浮かべて彼女から後ずさり。
「つうかそもそも俺は当分異性とそういう関係になろうとなんて思っちゃいねぇから」
「別に私はお前とそういう関係になろうとだなんて微塵も思ってません、しかし一応聞いておきますが、その当分異性の関係を築かないというのは果たしていつまでなのですか?」
「ホントに微塵も思ってないなら聞くなよ!」
「おいアンタ……一体俺が見てない間に何があったんだホントに」
真っ直ぐな視線を向けながらこちらに詰め寄って来る彼女に銀時が背筋に寒気を覚えていると
そんな彼女を見ながらキリトは呆れた様子で銀時の方へ振り返り
「こんな美少女をここまで重症になるぐらい堕とすとは一体どんなテクニック使ったんだ?」
「何もしてねぇよ! コイツが一方的に言い寄って来てるだけだ!」
アリスを指差しながら銀時は叫んだ後、彼女に向かってめんどくさそうにしかめっ面を浮かべ
「お前はホントに謎だらけだなオイ……けどオメェの剣筋は素直に認めるし、あそこまで俺と一緒に協調出来るのは大したもんだとは思ってるよ。認めたくねぇがお前が俺の成長のキッカケを作ったのもまた事実だし」
「ほう、素直にそう言われるとそれはそれでこちらもこそばゆい気持ちになりますが悪い気分ではありませんね」
「だからまぁ、お前が俺と一緒にいたいって言うなら、たまに程度なら別に構わねぇよ。またこうしてダンジョン攻略なりクエストなり協力してやるから」
「たまに、ですか……」
銀時自身はぶっちゃけ彼女に対してはかなり高評価を与えている。
類稀なる戦闘センス、自分と息の合うコンビプレイを難なくできる集中力、
そして何より性格には多少難があるが、なにか不思議と惹きつけられる魅力が彼女には遭ったのだ。
「少々不満ですが共にいられる時間を作ってくれるとお前が判断しただけでも良しとしますか」
「ようやく物分かりが良くなってきたな、そんじゃ俺はキリト君と一緒に帰って一旦リアルで休憩してくるわ、またいつか会った時はよろしく」
納得はいかないものの銀時がこれからも自分と付き合ってやると言ってくれた事に強く頷きながら
アリスがやっと話を分かってくれた事に安堵しつつ銀時はキリトと一緒にログアウトできるダンジョンの外へと行こうとする。
だが
「待ちなさい、まだお前に対して私の用事が済んでいません」
「はぁ? まだなんかあんのかよ?」
「……」
こちらを呼び止めて振り返らせて来たアリスに銀時がめんどくさそうな顔をしていると、彼女はすぐに彼の方へと歩み寄っていきなり両手を伸ばして来たと思いきや
その両腕を彼の背中に回してギュッと力強く抱きしめたのだ。
「最後にこれだけはやっておかねばならないと、私の中で何かが叫んでいたので」
「ちょ! おま……!」
「うおぉ……! アンタ流石にマズいって……! ユウキがいるのに……!」
自分を強く抱きしめて来るアリスの金髪から漂う匂いに何か懐かしいモノを感じながら
銀時は成すがままの状態でその場で素直に彼女に抱きしめられたままでいると
それを傍から見ていたキリトは唖然とした表情で口を大きく開けて
「よし、この事はユウキに全部チクってやろう、うん」
「止めろアイツにだけは教えるな! ユウキにバレるのだけはマズイ! 300円上げるから絶対に言うな!!」
「いや300円じゃちょっとな……」
アリスに抱きしめられながらこちらに振り返って必死の形相で叫んでくる銀時に、キリトは苦笑しながら後頭部を掻いていると、ようやく彼女は満足したのか抱きつくのを止めて銀時からそっと離れる。
「では近いうちにまた会いましょう」
「……出来れば次に会う時はアメリカ式の挨拶は勘弁してほしいんだけど……」
「それは私の状況次第です、それでは」
これは絶対にまた抱きついて来るな……と内心呟いている銀時をよそに
アリスは自ら踵を返して目の前でフッと消えた。
恐らく一瞬でダンジョン入口に戻れる転移結晶でも使ったのであろう。
「ったく最初から最後まで完全にアイツのペースに乗せられちまったぜ……」
「アンタ見事に翻弄されてたな、いつもは振り回す側なのに」
「見てろよ、次に会った時はこっちがアイツを振り回してやる」
「どうだろうなぁ……」
消えて行った彼女を見送りながらリベンジを誓う銀時にキリトはやれやれと首を横に振る。
「素直に抱きしめられて何も抵抗も出来なかったアンタじゃ無理なんじゃないか?」
「無理じゃねぇ、アレは油断してた所でアイツの匂いが鼻に入って身体が固まっちまっただけだ」
「匂い?」
「……昔どっかで嗅いだことのある匂いと同じだったんだよ」
そう呟きながら銀時はあの時鼻に入ったアリスの匂いを思い出す
「何故だかはわからねぇ、けどもう二度と嗅ぐことはねぇだろうと思ってた懐かしい匂いを、アイツからしたんだよ……」
「それって……」
遠い昔の事を懐かしむよな表情を浮かべる銀時の横顔を見てキリトはハッとした表情で気が付いた。
「……アンタひょっとして匂いフェチ? うごッ!」
「シリアスに纏めてる所に茶々入れてくんじゃねぇ!」
藪から棒にいらん事を言ってくるキリトの頭に銀時が拳骨を落とすと
それがキッカケなのか知らないがキリトは頭をさすりながら「あ!」とある事を思い出した。
「そういやこの森で見かけた幽霊少女探すの忘れてた!」
「っておい! いきなり幽霊少女なんて言うんじゃねぇよ! そんないる訳……ってアレ?」
キリトがここに来た時に見かけた怪しい見た目をした少女
そして彼の話を聞いて銀時自信も思い出す。
暗い森の中で一人ぼっちになっていた自分の所へ
何かに恐れてるような目をしたボロボロの少女が傍にやって来た事を……
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「うわ! なんだよ急に!」
「帰るぞ! 今すぐ帰るぞ現実世界に!」
「いやでもまだ女の子が見つかってないし……」
「いいんだよそれは! とにかく今は一刻も早くこの場から立ち去るのを優先しろバカヤロー!」
必死に叫びながら銀時はキリトに転移結晶を出せと促しながら、とにかく早く帰りたがろうとする。
そして何故にそんな慌てて怯えているのかと困惑しつつ、キリトは渋々転移結晶を取り出した。
「その反応からしてアンタも見たっぽいなあの子を……後でゆっくり話聞かせてもらうからな」
「見てねぇよ! 幽霊少女なんて見てないです~! アレはどう見ても普通の女の子でした~!!」
「……」
汗ばんだ顔を左右に振りながら明らかになんらかの体験をしたと思われる銀時を見て
こりゃあ詳しく話を聞くのには時間がかかるだろうなと思いつつ
取り出した転移結晶でフッと消えて彼と共にダンジョンの入口へとテレポートするのであった。
「……」
さっきから物陰に隠れ、オドオドした様子でずっとこちらを見ていた少女の視線にも気づかずに