竿魂   作:カイバーマン。

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第二層 彼女が愛したこの世界

毎日通うその場所は、坂田銀時にとって最も居心地の良い場所だった。

 

 

 

 

 

 

 

銀時はいつもの様に窓辺でジャンプを読みながら安物の椅子に座り、すぐ隣のベッドでは一人の女性がそんな彼を優しそうな表情で見つめる。

 

「毎日こんな陰気臭い場所に足を運ぶなんてあなたも相当ヒマみたいね、新しいお仕事は大丈夫なの?」

「テメェがさっさとくたばればもう来ねぇよ、仕事の事は関係ねぇだろ」

「相変わらず酷い事言うわね、病人相手に」

 

死んだ目でぺらぺらとページをめくりながらけだるそうに悪態を突いて来る彼に彼女は怒ったようなそぶりを見せるがその口元には笑みが残っていた。

 

「妹の様子はどうだった? ほら、例のからくり」

「歩くだけでも手間取ってたよ、まあ慣れれば次第に自由に動かす事が出来るって倉橋が言ってたけど」

「そう、なら良かった。せめてあの子だけでも外の世界を見られればと思ってたから」

「ケッ、からくり越しに見るだけじゃなくてテメーの体で歩けるようにさっさと体治せってんだ、それにあの子だけってなんだよ、オメーだって外の世界とやらに行ってみたいんだろ?」

 

銀時はそこで初めてジャンプから視線を逸らして彼女の方へ顔を上げる。

その表情にはいつものけだるさは無く、ただ真剣に彼女を見つめていた。

 

「オメーみたいな図太い神経してる奴がなに弱気な事言ってんだよ、似合わねぇからそういうの。さっさと病気治して二人まとめて外の世界に出て来い、俺の家もまだ部屋余ってるし女の一人や二人住ませてやるよ。金の方は……なんとかすっから」

「フフ、そうね、あなたとそういう生活が送れたら悪くないかもね……けどもう私にはあまり時間が残されてないのよ……」

 

彼なりの精一杯に見せた優しさなのであろう、しかし彼女はもう既にわかっていた。

自分の髪はすっかり真っ白に染まり、もうこのまままともに彼と会話出来る時間も無くなっている事を……。

おもむろに彼女はベッドの隣にある引き出しの上に置かれているヘルメットの様なモノを両手に取る。

 

「ねぇあなた、私の最期の頼み聞いてくれるかな?」

「普通にイヤなんだけど?」

「ゴホッ! ゴホッ!」

「なに? なんでも聞いてあげるよ銀さん?」

 

わざとらしい彼女の咳を聞いてすぐに豹変して彼女の傍に身を乗り上げる銀時、実に単純な彼に彼女はクスッと笑いつつそのヘルメットを銀時の方へ差し出す。

 

「これ私が使ってたナーヴギア、私が死んだ時はあなたがコレを使って私の代わりにあの子と一緒に冒険して欲しいの、EDOは知ってるでしょ? 私とあの子がここ最近ずっと遊んでるVRMMORPG」

「あーそういやよくコレ被ってたなお前等、でも俺ゲームはファミコンまでしかやってねぇから最新のゲームなんざよくわかんねぇよ、という事で妹の面倒はお前がずっと見てろ」

「ゴホッ! ゲホッゲホッ!!」

「いやよくよく考えればこんなの楽勝だわ、RPGって事はドラクエみたいなモンだろ。なら余裕ですよ銀さん、お前の為なら俺はいくらでもアリーナ姫を支えるクリフトになれますよ、ボスキャラ相手にザラキ連射してやりますよ」

 

今度はさっきより苦しそうに咳をする彼女を見て慌てて意見を変える銀時。

彼女から受け取ったナーヴギアを人差し指で器用にくるくる回しながら銀時は額に汗を流しつつ余裕綽々の態度。

 

それを聞いて彼女は安心したかのようにフッと笑う。

 

「良かった、そのナーヴギアには私の今までのデータがあるから、あなた用のアバターを作成して私のデータの一部をコンバートしておくからね」

「あ、あばたー? こんばー……? 何それ昔やってた3Ⅾの映画の名前?」

「そうね、じゃあゲーム用語に疎いあなたに簡単に言うなら……」

 

こちらに対してちんぷんかんぷんと言った表情で首を傾げる銀時の反応がおかしいと笑い声を上げそうになるも、彼女はすぐに言葉を訂正して彼にわかりやすく答えてあげた。

 

「私が死んでも、私はあなたとあの子の中で、そしてEDOの世界であなたと共に生き続けるって事」

「おいちょっと待って、まさかお前死んだら化けて出て来るつもりじゃねぇだろうな? ふざけんな、もし仮に死んだ時は潔くさっさと成仏しろ」

「んーどうかしら? 私の大事な妹疎かにしたら毎晩枕元に立つのも悪くないわねー」

「おい止めろ! お願いだから成仏して下さい! 安らかに眠って天国で俺達を見守っててくれれば十分なんで!」

 

額から汗を流しながら必死に止めようとする銀時、彼はこういう話には本当に弱いのだ。

つい反応が面白いからこうやってよくからかっていたが、何時までこういった時間を送れるのやら……

 

「それじゃあ誓って頂戴、私が死んだら私の代わりにあの子の支えになってあげる事、EDOの世界であの子と一緒に時間が残す限り精一杯一緒にいてあげる事、わかった?」

「……」

「ゴホッ! ゴホッ!」

「あのなぁ……人間いずれは死んで土の下に埋まるけどそんな簡単に諦めんなよ、明日にでも死ぬって訳じゃないんだしこんな事話し合うの止めようぜ……」

「ゲホッゲホッゲホッ! ウェ! ウェゲホゲホ!!」

「いやもういいから、薄々気づいてるから、そういう同情を誘うような真似なんざしなくてもういい……」

 

次第に激しく咳き込み始める彼女に、銀時はやれやれと思いながらそっと彼女の肩に手を置いて落ち着かせてあげようとするが

 

「ゲボハァァァァァァァァァァァ!!!」

 

突如彼女の喉の奥からおびだたしい血がベッドの上を真っ赤に染め上げてしまう。

傍にいた銀時も彼女の吐きだす血飛沫を顔半分に食らい、ポタポタと天然パーマの髪の毛に滴り落ちているのを無言で確認すると

 

「ギャァァァァァァァァァ!!! なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ち、誓ってくれるかな……?」

「誓う誓う誓う誓う!! 誓うけどまだ死ぬなぁ!!! 今すぐ医者呼んでくるから!!!」

「フフ、良かった」

 

必死になって叫んで誓ってくれた銀時に、彼女はケロッとした表情で口から血を滴らせながら起き上がる。

 

「こうでもしないと誓ってくれないと思って準備しておいてよかったわ、実はこれはただのトマトジュースで……」

「誰かぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 誰か来てくださぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」

「え、ちょ!」

「倉橋さぁぁぁぁぁぁん!! 木綿季ィィィィィィィ!!! 藍子が! 藍子が死んだァァァァァァァ!!!」

「ちょっとぉ! まだ私死んでないから! これドッキリだから! まだ私ちゃんと生きているから!!!」

 

未だまだ死ぬ状態ではない彼女を置き去りにして銀時は椅子から転げ落ちるように立って走り出すと、病室を出て一目散に廊下を駆け出して行ってしまう。

残された彼女は慌てて叫んで呼び止めようとするが時すでに遅し、すっかり早とちりしてしまった彼の姿はもう何処にもなかった。

 

「まいったな、いつものクセでからかいすぎちゃったか……ハァ~、倉橋さんと木綿季に怒られるわね確実に」

 

今頃銀時は大騒ぎして廊下内を駆け回っているのであろう、それを想像して少々申し訳なく思いながら彼女はそっと彼が先程座っていた椅子に目をやる。

 

「でも性分だから止められないのよね、あの人の反応面白いからついからかいたくなっちゃうのよ……出来れば最期の瞬間まであの人とは何も変わらないままでいたいから……」

 

寂しそうに呟きながら彼女は窓辺から見える空を見上げる。

空には宇宙船が飛び交い、昔はいつも見上げていた雲一つない大空を拝む事はもう出来ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「もっと長くあの人と妹と一緒に人生を送りたかったなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時は”今”に戻る。

 

万事屋を経営する坂田銀時は自分の家のリビングにて、事務用の椅子に座りながら彼女から託されたナーヴギアを両手でもってただじっと見つめていた。

 

遂に彼女との誓いを果たす時が来てしまったのだと実感しながら

 

「……テメーの男に最期に残すモンがゲーム機とか冗談だろ……もっとマシなモン寄越してからくたばれってんだ……」

「なぁにブツブツ呟いてんのー? お姉ちゃんの残り香でも嗅いでた?」

「んな気持ち悪い真似するかよ、ただちょっと無性に腹が立ってただけだ、簡単に逝っちまいやがって……」

「……そうだね」

 

今銀時の傍に立っているのはユウキただ一人。

事務机を挟んで彼女もまたしんみりとした表情を浮かべていると、空気が悪くなったと感じたのか銀時は気を取り直して彼女の方へ顔を上げる。

 

「で? コレ被ればいいんだろ、接続はもうちゃんと出来てるんだよな」

「ああうん、銀時がからくりに弱いからボクがちゃんと全部準備しておいたよ」

「じゃあボチボチやるとするかね」

 

彼に尋ねられてユウキはすぐにいつもの様子に戻る。どうやら彼の為にわざわざナーヴギアの設定やら接続準備等全てやってくれたらしい。

 

それを確認すると銀時は意を決したかのように「よし」と頷く。

 

「オメー等が楽しんでたそのゲームの世界とやらがどんなモンか拝ませてもらうとするか」

「へへ~、フルダイブ初体験の銀時がEDOの世界にデビューか~、お姉ちゃんがいくらせがんでも断ってたのに」

「ったりめぇだろ、コレいくらすると思ってんだ、アイツから貰ってなかったら一生ウチにこんな最新ゲーム置かれなかったよ」

 

銀時の言う通りナーヴギア及びEDOのゲームは中々高額であり、常に金欠である彼にとっては手の届かない代物であった。

 

それがこうして手に入った事に銀時は複雑な思いを抱きながら、両手に持ったナーブギアを頭に被る。

 

「こっちは準備出来たぞ、お前はもういいのか?」

「ああちょっと待って! 最初に確認しておくけどEDOの世界にフルダイブ出来たらその場から一歩も動かないでよね!」

 

既にフルダイブを試みようとしている銀時に慌ててユウキが叫んで忠告する。

 

「あっちの世界は広いんだからフレンド登録してない間は勝手にウロつかないでよね! スタート地点は『はじまりの街』って所なんだけどボクがそこ行くまで決して動いちゃダメだよ!!」

「んだよ、ちょっと家忍び込んで壺壊したりタンス開けたりするぐらいならやってもいいだろ?」

「え、そんな事して大丈夫なの?」

「RPGなら常識だろうが」

「そうなんだ知らなかった……今度やってみよ」

 

何かおかしなRPGの常識を素直に学んでしまったユウキは、すぐにリビングに置かれているお客さん用のソファに腰掛ける。

 

「それじゃあこっちの電源切るからね、それじゃあ仮想世界でまた会おうね銀時」

「おう」

 

ユウキに銀時が短く返事すると彼女は最後に笑った後目を瞑り、そのまま眠った様にカクンと首を垂れてピクリともしなくなった。

 

そして銀時もまた椅子に座ったまま意識を集中してフルダイブの準備を始める。

 

 

 

 

 

「さぁて、ウィザードリィで鍛えたこの俺のゲームセンスを、映像と会話ばっかのぬるいゲームしかやってこなかったゆとりゲーマー共に見せてやろうじゃねぇか」

 

得意げに笑いつつ銀時は遂に現実世界から抜け出し、仮想世界というもう一つの世界へとお邪魔するのであった。

 

 

 

その世界でどれ程の出会いや事件が起きる事も知れず

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後、自宅にいた筈の銀時は全く別の場所へと足を踏み入れていた。

 

浮遊城アインクラッド

 

EDOの世界観の主軸を担うその場所こそが主に地球産のプレイヤーにとっての舞台である。

 

眩い光から次第に視界がはっきりとなった銀時は、江戸ではお目にかかれないその光景にしばし無言で黙り込みながら辺りを見渡す。

 

ここは『はじまりの街』、アインクラッドの中で最も大きい敷地を誇る第一層であり、その大きさは軽く10㎞は超えているらしく、新参者は必ずこの場所からスタートする様に設定されている。

まるで外国にあるかの様な建造物、道行く人々はゲームの世界観をイメージしたファンタジー風味溢れる服装をしており、まるで別世界にでもやってきたかのような感覚にハマってしまった。

 

「おいおいマジかよ……」

 

銀時はゲームの世界であるにも関わらずリアルと全く変わらない鮮明さに戸惑いつつも、ふと傍にあった泉の中へ顔を覗かせて水面を見つめる。

 

そこにいたのは自分と瓜二つの格好をしているが、本来の自分よりほんの少しだけ若く見えた。

EDOの世界で動かすアバターの容姿はそのプレイヤーの現実世界にいるリアルの姿から大きく変更する事は出来ない。

髪型を変えるだの多少老けたり幼くさせる事は出来るものの、性別の変更や全くの別人に成り代わる事は不可能である。

銀時ももまた例に漏れず多少見た目が若くなったものの、銀髪天然パーマと死んだ魚の様な目は変わらない、頭に白い鉢巻きを付け、服装はいつもの雲の模様が着いた空色の着物ではなく、胸当てや籠手など、真っ白な衣の上に軽装な防具で身を包んだ格好であった。

その姿に銀時は若干顔をしかめる。

 

「俺の昔の服装なんかよく覚えてやがったな……アイツ」

 

実はこの衣装を着るのは初めてではなかった、過去に銀時はコレと全く同じ服装で色々とやんちゃな事をやっていた事がある。

この衣装や自分の容姿を設定してくれたのは、他でもない過去に彼にナーヴギアを託したあの女性だ。

確かに周りにいる様なファンタジー溢れる格好は自分には似合わねぇなと思い、銀時はこの格好にとりあえずノークレームで納得しつつ、泉の傍の宙に浮かんでいた掲示板の方へと視線を動かす。

 

掲示板には色々なプレイヤーが書き込めるようになってるらしく、半透明な部分に様々な冒険者らしき者達のメッセージが光り輝く文字で刻まれている。

 

『助っ人募集中! 一緒にクエスト攻略お願いします! 月夜の黒猫団』

 

『暗殺ギルドが十五階層に棲息中、賞金を出しますので至急追い出してください…… オコタン』

 

『誰でもいいから俺とタイマンでかかって来やがれコラァァァァァァ!!!!! マウンテンザキ』

 

『特殊スキル付きの指輪をレアドロップしました、買い取ってくれる人を捜しています 黄金林檎』

 

『まだ第一層攻略に難儀している新参プレイヤーは俺になんでも聞いてくれよ! ディアベル』

 

『拙者、人の道を踏み外し外道を不殺の剣で成敗する者、賞金首の情報は拙者にいち早く提供よろしくでござる 匿名・人斬り抜刀斎』

 

『次回のBOBでの必勝テク! とにかく第一に敏捷力にスキルを全振りにしろ! ゼクシード』

 

『ここ最近、地球産ではない違法武器を所持するプレイヤーが溢れています、中には精神になんらかの支障がきたす武器もあるらしいので、最悪の事態が起こる前に速やかに幕府直属のギルド、KOBへ引き渡して下さい KOB副長』

 

『あーヒマなので上に書き込んでる奴を成敗しにいくでござる 匿名・KOB副長斬り抜刀斎』

 

『ちなみになんとなくゼクシードとかいう奴も斬っておくわ、なんとなく 匿名・誰でも斬りたい抜刀斎』

 

『↑なんで!? ゼクシード』

 

『あとここに書き込んでるマウンテンザキとかいう奴、お前現実世界で俺とでタイマンな 匿名・部下思いの優しい抜刀斎』

 

『ああ!? 上等だコラァ!? こちとら本業警察だぞアァン!? テメェみたいな仮想世界で調子乗ってるバカ速攻でシメてやんよ!! マウンテンザキ』

 

『……すんませんでした、マジ勘弁してください、なんでもしますから、ほんと調子乗ってました……あの、こっちの世界だったらもう自由にやれるんじゃないかと魔が差したもんでつい…… マウンテンザキ』

 

 

 

 

 

膨大なる書き込みが次々と下から湧いて来る。中にはおかしな事も書かれているが依頼や相談など、事務的な報告と、どれもこれも現実世界ではあまりお目にかかれない様な内容ばかりだ。

 

銀時はしばし呆然と眺めながら次第にここがより自分がいた現実世界ではないという事を認識していき……

 

「ウソだろオイ! マジでここゲームの世界の中!? ゲームどんだけ進化してんだよ! もうほとんど現実と大差ねぇじゃねぇか!! ちょっと前までテレビ画面見つめてファミコンやってたんだぞ俺!!」

 

フルダイブ直後はあまり実感がわかなかったが、こうして色々と見て回ると次第にこの出来事がただ事ではないと理解し、興奮した様に銀時は人工的に作られた空に向かって大声で叫び始める。

 

「ヤベェよ、最新のゲームマジでヤベェよ……あ、なんかここがゲームの世界の中だとわかり始めるとなんか怖くなってきた……おいそこのツンツン頭のおっちゃん! 俺もう帰っていいかな!? 現実世界に帰っていいかな!?」

「なんやねん、別に帰ってええんとちゃうか?」

「ふざけんじゃねぇ帰れる訳ねぇだろうがこんな世界に来ておいて! 俺の冒険は始まったばかりなんだよ! お前が帰れ!!」

「なんでや!」

 

完全にとち狂ったテンションで偶然傍にいただけのプレイヤーに罵声を浴びせると、銀時は両手で頭を押さえたままキョロキョロと辺りを見渡す。

 

「マジパネェよフルダイブ、ぶっちゃけフルダイブってどういう意味か知らねぇけどマジやべぇよフルダイブ! フルダイブしてこんなドラクエみたいな世界に来れるとかマジでフルダイブ様々だよ!!」

 

周りのプレイヤーに怪しいモノを見る様な目を向けられているのも気付かずに銀時がアタフタと慌てながら、これから一体どうすればいいのかと必死に頭を悩ませていると

 

「おい! そこの銀髪天然パーマの侍風の格好をした兄ちゃん!」

 

ふと自分の特徴をよく表した感じで誰かに呼ばれた気がした。

銀時が振り返ると、そこにはつんつんと逆立った赤髪にバンダナを巻いた男が嬉しそうに歩み寄ってきた。

頬と顎には無精ひげ、まるで野武士みたいな風貌だ。

 

「その落ち着きのない慌てっぷりから察するに! 俺と同じく今このゲームに参加したプレイヤーと見た!」

「ああ?」

 

突然自分を指差しその野武士顔の男に銀時は怪訝な表情で首を傾げる。

 

坂田銀時という男は

 

少々、いやかなり変わった人間を引き寄せる力を持っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

今、銀時は始まりの街の西側に広がるフィールドを歩いている。

リアルとなんら変わらない広大なる草原に目を奪われつつも、先程偶然出会った野武士顔の男と談笑を交えている真っ最中であった。

 

「へぇそうか、アンタもフルダイブ初めてだったのか。俺もよぉ、ダチがみんなやってるから思い切って買ってみたんだけどさ、ホントやってみたらビックリだぜ」

「いや俺も色々と聞いてはいたけけど直で体験してマジビビったわ、だってさっきまで俺家の椅子に腰かけてたのに、気が付いたらファンタジー世界に体がインしてるんだよ? マジ最近のゲームパネェよ、ナメてたわ」

「っとによぉ俺はこの時代に生まれてよかったよ。俺、現実世界じゃ天人にビビりながらひたすら仕事する毎日だったけど、いざコイツをプレイしてロマン溢れる冒険物の世界に一歩足を踏み入れたんだとわかった瞬間、もうその時点で現実世界の苦労なんか綺麗さっぱり忘れちまったぜ」

 

妙に気さくに話しかけてくるので銀時はすっかり彼と打ち解けてしまった。

それにこの男はどうやら自分とさほど年が変わらないみたいなので、互いにフルダイブ初体験というのもあって話が合うのだ。

 

「そうそう、話に夢中で自己紹介まだだったな、俺はクラインってんだ。よろしくな」

「クライン? ああゲーム様の名前か、俺はなんだろうな? 準備はアイツがやってくれてたおかげでロクに名前の所も見てなかったわ」

 

野武士顔の男がクラインと名乗ったので、ここは自分も名乗らねばと思ったのだが銀時はこのアバターがどんな名前なのかわからない、後頭部を掻きながらけだるそうにどうすればわかるんだ?と首を傾げるが、結局諦めた様子で

 

「まあいいや本名でいいよな別に、俺は……」

「っておいおいおい! オンラインの世界でリアルネームを出すのはご法度だぜ! 自分のアバターの名前がわからないなら、自分のメインメニューのウィンドウを開いて確認して見ろって!」

「メインメニュ~?」

「ハハハ、その反応を見る限り開き方わからないみたいだな、とりあえず左手の人差し指と中指を立てて真下に振ってみな」 

 

苦笑しつつも丁寧に教えてくれるクラインの言われるがまま、銀時はとりあえず左手の人差し指と中指を立てて真下に振ってみる。

 

するとすぐそこにパッと宙に浮いた形で画面の様なモノが現れた。

 

「うわ! スターウォーズみてぇ!」

「そんでステータス画面を見れば自分が何型のアバターでどんな名前なのかわかる筈だぜ」

「へーよく出来てるこって」

 

おぼつかない手を動かしながらクラインの指示通り操作してみるとやっと自分のステータス画面を表示できた。

 

そこには銀時にはわからない事ばかりがたくさん書かれていたが、

上の欄にある『Type GGO型 Name GIN』という部分だけは一応理解できた。

 

「えータイプは……GGO型? 名前はギンだってさ」

「GGO型!? アンタその見た目でGGO型なのか!?」

「え、なんか変なの?」

「いやそういう訳じゃねぇんだけど、てっきり侍みたいな格好だから俺と同じSAO型だと思ってたから、ちょっと意外だなと思ったんだよ」

 

GGO? SAO? 銀時は何のことだかさっぱりわからない様子で眉間にしわを寄せるが、まあいずれ覚えるかと適当な感じで頷くと、改めてクラインの方へ顔を上げる。

 

「という事で俺の事はギンみたいだけど、まあ名前なんざどうでもいいし好きなように呼んでくれや。よろしくな山賊A」

「いやいや俺の事はちゃんと名前で呼んでくれよ! 山賊Aとかいかにもザコキャラじゃねぇか! ちゃんとクラインって呼んでくれよ、ギンさん」

「わかった、じゃあ特別にガンダタで」

「どこにも特別感ねぇよ! 結局盗人じぁねぇか!」

 

腕を組みながら勝手な名称を付けようとする銀時にクラインがツッコミを入れて必死に訂正を要求していると……

 

不意に足元がグググと微かに盛り上がったような奇妙な感覚がした。

 

「あれ? ギンさんさっき地面から妙な感じ無かったか?」

「そういやなんか盛り上がってるな、誰か地面の中潜ってるんじゃね? ほっといてやれよ、誰だって地面の中に埋まりたい事だってあるんだよきっと」

「潜ってるって一体誰が……そういやここモンスターが出る場所だったよな?」

「……」

 

銀時とクラインがしばし目を合わせて嫌な予感を覚えていると、次第に足元で盛り上がっていた地面からゴゴゴゴゴ!と轟音を鳴らしながら割れ始め

 

「アオォォォォォォォォォォォン!!!!」

「ギャァァァァァァ! なんか地面からデッカイ犬っころ出てきたぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「おおっとコイツはやべぇモンスターだ! けど安心しなギンさん、ここは序盤だからきっとスライム程度の弱い……奴……」

 

銀時とクラインを跳ね除け、地面から5メートルはあるであろう巨大な茶色い犬の様なモンスターが遠吠えを上げながら現れたではないか。

 

咄嗟に地面に尻もち突きながら銀時が目をひん剥いて驚いている中、クラインは冷静に、こんな序盤のモンスターならまだ冒険者なり立ての自分達でも勝てる筈、と思ったのだが……

 

「いやいやガンダタ君! どう見てもスライムレベルじゃねぇだろコレ! こんな獰猛そうで口から涎ダラダラ流してる凶暴そうな奴がスライムと同格とかあり得ねぇって!」

「た、確かにこりぁちとマズイな……一旦逃げようギンさん!」

 

グルルルルと低い声を大きな口の端から漏らしながら、こちらを品定めしてるかのようにギロリと目を動かしながらこちらに戦闘態勢を取っている。そして何故かよく見ると両目の周りには黒い眼鏡の様な模様が付いていた。

 

足についている爪は地面に深く食い込む程長く、筈かに見える口の中にはかすっただけで一発ゲームオーバーになりそうな鋭い牙が垣間見えていた。

 

それを見てクラインはすぐ様、銀時の手を取って起こしてあげると、すぐにその獣に踵を返して二人一緒に逃げ出した。

 

「チクショウ! 初めてのモンスター登場イベントでなんでこんなの出てくんだよ! ゲームバランス崩壊してんじゃねぇか!! 製作スタッフ何考えてんだ!」

「いや確か前にダチから聞いた事がある……なんでもこのゲームには各フィールドにはその階層の平均レベルのモンスターより遥かに強いレアモンスターが稀に出没する事があるって」

「じゃあこのワン公がそのレアモンスターって訳か!?」

「そうかもしれねぇ、確かこの辺で出るレアモンスターの名前ってのはえーと……ああ!」

 

地面に大きな爪痕を残して行きながら狂ったように追いかけてくる巨大な獣から逃げつつも、クラインは脳内で友人達との情報共有を元にどんなモンスターなのか検索すると

 

 

「わかった! ありゃあ序盤でずっと地道にモンスター討伐を繰り返してスキル獲得を手段とするプレイヤーを狩る為に作られたモンスター! トガーシ×ハンターだ!」

「トガーシ×ハンター!?」

「活動期間は極々僅かで大人しいモンスターなんだが、一定期間が経った後何食わぬ顔でフィールドに現れると、今まで大人しくしていた鬱憤を晴らすかの如く他のモンスターも蹴散らしながらプレイヤーを襲う超危険モンスターだ」

「なーにが超危険モンスターだ! ずっとこもってたくせにデピュー仕立ての新参者を襲うとかタチ悪すぎだろ! 嫁を見習え! 向こうは完結してもなお健在だぞ! 腰が痛いのはわかるけど一度その仕事に就くと腹くくったなら完結するまで死ぬ気で描け!!」

 

クラインの解説を聞いて銀時は叫びながらも、後半はモンスターというより特定の人物を差すように非難の声を上げる、そんな彼等にトガーシ×ハンターの魔の手が襲う。

 

「グルアァ!!!」

「のわぁ!!」

「うお!」

 

 

【挿絵表示】

イラスト提供・春風駘蕩様

 

必死に逃げるプレイヤーを幾度も葬ったと思われる右前足が銀時達を襲う。

直撃はしなかったものの、前足が降ろされた地点からデフォルト機能で起こる衝撃波によって二人は前のめりに倒れてしまう。

 

そして自分を前にして背中をさらけ出し、無防備となってしまった銀時とクライン目掛けて、悪獣、トガーシ×ハンターが大きな口を開けてギラギラと牙を光らせた。

 

「ガァァァァァァァ!!!」

「だぁぁぁぁぁちょっとタイムタイム! 一旦落ち着こう! なんだかんだ言って俺はアンタの作品の大ファンだから!! 幽遊白書もちゃんと読んでるから!」

「先生! 俺もレベルE大好きだぁ!」

「グルアァァァァァァァァァ!!!」

「ギャァァァァァァ殺されるゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

実際殺されはしないのだが、EDOでは一度HPゲージがゼロになってしまうと強制的にこの世界からログアウトされてしまう、そしてその時点からEDOの世界にリスポーンするには長い間隔を開けなければならない。

少々理不尽すぎるゲームシステムかもしれないが、より仮想世界での死の表現をリアルに近づける為になおかつ、プレイヤーの体調管理を考えて長時間ログインし続けられないようにと配慮した結果なのかもしれない。

 

しかし銀時はまだこの世界にやってきて一時間も立っていない、ここで終わったらそのゲームシステムによってまる一日こっちには戻ってこれない、もしそうなったら一緒にこの世界で遊べる事をずっと待ち望んでいたユウキにどんな顔をすればいいのやら……

 

「あ、そういや俺アイツと待ち合わせしてたんだった、今思い出したわ」

 

この今殺されるという状況下でハッと彼女との約束をようやく思い出した銀時。

長年このゲームをプレイしている彼女が今ここにいればどれほど心強かっただろうか……

しかし無情にも目の前にいる巨大モンスターは彼目掛けて激しい音を立てて右前足を振り上げた。

 

しかし

 

「!」

 

突如トガーシ×ハンターの背中の部分から斬撃の様なエフェクトが発生したかと思うと、何かを一閃したかのような鋭い音がその場で響き渡る。

その音の直後、トガーシ×ハンターはこちらに向けてすぐにでも爪を振り下ろそうとしているポーズのまま、グラリと体を傾けると、大きな音を立ててその巨体を横から地面に倒れて、辺りに倒れた時による発生する砂埃を撒き散らした。

 

「ゲホゲホ! な、なんだ一体! 何が起こりやがった!」

「トガーシ×ハンターを倒しやがった! しかも一撃で!」

 

口の中に入ると咳が出てしまうぐらい、リアルな砂埃を手で払いながら銀時とクラインは視界が良好になるのをしばし待つ。

 

するとその内、目ははっきりと倒れているトガーシ×ハンターを捉えた。

 

そしてその上に立つ、片手剣を持った小柄な黒いコートを着た人物の姿も

 

「……何モンだ?」

「……コイツは腰の部分が弱点なんだ、ある程度筋力と幸運のパロメータをスキルで上昇していれば、クリティカル一度決めるだけで呆気なく沈む様に出来てる」

 

少年らしい声で冷静にアドバイスしてくれる突然現れたその人物に、銀時が何者かと目を細めているとこちらに振り返ってきた。

 

「ま、どっからどう見てもEDO入りたてのアンタ等にはまだわからないだろうけど、今後この世界で生き残りたいなら頭の片隅にでも刻んで置いた方がいいぜ、中ボスクラスのモンスターには弱点となる部分が配備されてるぐらい……」

 

その顔は一見見ただけだと中性的な雰囲気のある少年だった。

とても猛犬を一撃で仕留めれるような見た目ではない。女の子ですと言われても納得しかねない様な線の細い体つきをしていたその少年は、銀時を見て突如言葉を途中で打ち止めする。

 

「え? あ、あれ、アンタ確かどこかで……」

「ん? あ……」

 

突然先程の冷静沈着な態度は何処へ行ったのやら、急にこちらを見つめながらキョドった様な声を出す少年を見て、銀時もふとそのどこかで見た面構えを見て思い出したように口をポカンと開けた後ハッと目を見開いて。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁ!! オメェあん時の引きこもりかぁ!?」

「そういうアンタはあの時俺をパシらせた天パの侍!? つうか引きこもりって呼ぶな!」

 

相手が誰なのか認識するのにそう時間はかからなかった。

銀時はすぐに思い出す、この少年はついちょっと前に現実世界で出会っていたあのいかにもな感じの引きこもり少年だと

 

 

今度は現実世界と違い、逆に少年に助けられた銀時。

 

そして後に彼は知る事になる

 

この少年との出会いをキッカケに、このEDOの世界で忘れる事の出来ない波乱に満ちたゲームライフを送る事になるであろうと。

 

かつて彼女が愛していたこの世界で、侍はかつて失っていたかけがえのないモンを探す旅に赴くのであった。

  

  

 




1話目からたくさんの感想と評価を貰い、本当にありがとうございました
皆さまの感想を貰えることが何よりの執筆作業の励みになります!
連載を維持できるかはまだわかりませんが、皆様と長い付き合いができる事を願っております。

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