竿魂   作:カイバーマン。

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第十八層 喧嘩は腹を割ってやるべし

 

急遽対人戦を申し込まれ、ALO型サラマンダー種のグラと戦う事になった銀時。

 

対戦開始直後、自らの腹に脇差しを刺して雄叫びを上げ続けると

 

HPバーが半分以下となった所ですぐに得物を引き抜いた。

 

「ハァハァ……! 毎度毎度これやるとキッツイんだよな……! 痛みはねぇんだけど腹に剣ぶっ刺してるって感覚があるから気持ち悪いんだよ……!」

「アンタ一体何考えてるの……体力を半分以下にしてまさかハンデのつもり?」

「ハンデなんざくれてやるつもりはねぇ、コイツが今の俺流の”本気の戦い方”だ……!」

 

自傷ダメージを食らう事にかなり嫌悪感を示す銀時ではあるが、どうやら自ら体力を削るこの行為こそが彼なりの戦闘スタイルらしい。

 

面食らって唖然としているグラに対しニヤリと笑いながら、銀時はすかさず装備している脇差し、今剣を懐に仕舞うと、代わりにメニュー装備画面を手元に出現させて、右手を思いきり突っ込んで新たな武器を一気に引っこ抜く。

 

「とくとその目ん玉に焼き付けな!! コイツが俺の切り札よ!!」

「長い刀……? まさか体力を自ら削ったのはそれを装備する為って事……?」

 

銀時が乱暴に引っこ抜く様に装備画面から取り出したのはかつて彼の恋人が愛用していた特殊武器『物干し竿』。

 

その長く美しい輝きを放つ刀にグラは一瞬見とれつつも、即座にその刀が普通の武器ではないと見破った。

 

「大方体力が半分以下に達した時にのみ装備出来るって感じかしら、デメリットが大きい分その性能もお墨付きという訳ね」

「へ、俺の一連の行動を見ただけでそこまで読むたぁ大したもんだぜ」

「だけど勘違いしないで、どれだけ強い得物を手に入れようと、それでこの私に勝てると思ったら大間違い」

 

得意げに新たな得物を肩に掛けて見せる銀時に対してフンと鼻を鳴らすと、グラもまた豊かな胸を揺らしながら手に持った日傘を水平に構える。

 

「その武器を装備する為にアンタはそれ相応の対価を払ってしまった、既に体力が半分しかないアンタ相手なら、私の一撃を2度3度当てればすぐにお陀仏よ」

「ハン、そいつが出来ればの話だが……な!」

「!」

 

どれだけ自慢の武器かは知らないが、それを使わせずにこっちから一方的に攻め立てれば勝負などあっさり決着が着くのだ。

 

グラは手に持った大きな得物を携えながら一気に銀時との距離を詰めようと前に一歩出る、しかしそれにすかさず反応した銀時は右手に物干し竿を構えたまま、左手で何かを懐から取り出して瞬時に彼女目掛けて投げつけたではないか。

 

彼が投げたのはよく見えないが紐上に伸びたとても長いモノであった、突然の飛び道具にグラは目を見開き驚くものの、すぐに飛んで来たそれをパシッと片方の手で掴む。

 

「牽制用の武器も隠し持っていたのね、でも残念、私にはこんな柔らかくてブヨブヨしてて、妙に生暖かい感触のあるモノなんか投げられても全く通用しな……」

 

銀時が投げて来たモノを得意げに手で握りながらグラはふと違和感を覚える、

 

長くてブヨブヨしてて柔らかくて生暖かい……よくよく思うと彼が投げたのは一体何なのだ?

 

グラはそっと手を開いてソレをチラリと見てみると

 

 

 

 

 

 

 

ピンク色に輝きビクンビクンと脈打つそれはまさに人体にある内蔵の一つ『腸』であった。

 

「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

「甘ぇな、腹を斬る行為は体力を削る事だけじゃねぇ、俺の体内に仕込まれたとっておきの隠し武器を取り出す為だったのさ」

「うぎゃあ! よくよく見たら自分の腹から腸を引きずり出してるアルよコイツ!! グロッ!!」

 

悲鳴を上げながらバッとそれから手を離すと、『銀時の腸』はヒュンッと風を切りながらすぐに持ち主である銀時の手元へと戻って行った。

 

さらにグラが銀時をじっと目を凝らして見ると、彼が自ら斬った腹の箇所からはこれ見よがしに腸が垂れているではないか。

 

いくら細部の更に細部までこだわっているのがウリのゲームだからといって、そんな所まで現実的に表現しなくてもいいではないか、明らかに子供が見たら一生モンのトラウマになるだろとグラが内心ツッコミを入れつつ

 

さっきから得意げに自分の腸を鎖鎌の様に振り回している銀時に指を突き付けた。

 

「何考えてんだオマエ! いたいけなレディー相手になにグロデスクなモン投げつけて来てんだゴラァ!!」

「俺だって好きでやってる訳じゃねぇよ、ただこんな感じで戦った方が一番効率が良いんだよ」

「テメーの腸を武器にして振り回すとか聞いた事ねぇヨこのゾンビ野郎!! 一体何処でそんな戦い方身に着けたアルか!」

「まあ俺一人じゃこんな戦い方なんざ見つけられなかったわ、だからユウキに聞いてみた」

 

腸を振り回すのを一旦止めて、銀時は随分前にユウキとした会話をしみじみとした顔で思い出す。

 

 

 

 

 

 

『おい、なんかもっと手っ取り早く戦える方法ねぇの? こんな脇差しだけじゃまともに戦えやしねぇ、かといってあの長い刀も体力減らねぇと使えねぇしよ』

『じゃあ姉ちゃんの真似してみたら? 姉ちゃんが物干し竿手に入れたばかりの時に使ってた戦法』

『ほーん、それってどんなの?』

『自分でお腹を斬ってHPバーを半分に減らして、条件が揃った物干し竿を装備してなおかつ自分のお腹から露出した腸を投げ縄みたいに振り回すの』

『ふーん』 

 

 

 

 

 

 

 

「そして「まあそれでいいや」と思った銀さんはすぐにその戦い方をマスターしたのであった」

「いやそれどっからツッコめばいいんだヨ! 登場人物全員頭おかしいじゃねぇーカ!!」

「いいから俺の腸に絡みつかれて捕まりやがれ、そしたら俺の自慢の剣をおみまいしてやら」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁアスナ姐助けてぇ!! コイツ見た目以上にヤバい奴だったアル!! レディー相手にテメーの腸で縛り付けようとする最低の変態野郎だったヨ!!」

 

これまたあっさりとした回想を終えると銀時はすぐに再び腸を振り回しながら、更に自らグラの方へと歩み出す。

 

本来ならまともに戦えば彼女の方に分があるのだが、流石に彼女も相手が腹から引きずり出した臓物を体に巻き付けられるとかいうコアなプレイを体験するのは死んでもごめん被る。

 

下衆な笑みを浮かべて近づいて来る彼から距離を取る為に必死に逃げて、近くで戦っているアスナに泣きながら助けを求めるグラであった。

 

 

【挿絵表示】

イラスト提供・春風駘蕩様

 

 

 

 

 

 

一方その頃、グラの悲痛な叫び声も耳には入らず、血盟騎士団の副団長ことアスナはただ目前の敵であるキリトに対してだけ集中して攻撃を繰り出していた。

 

「はぁ!!」

「おっと」

 

アスナの持つレイピアは『突き』に特化した武器、そして少ない動作から生まれる怒涛の連続攻撃が何よりの利点だ。油断すればあっという間に相手のHPバーを削り切る事も造作もない。

 

先程から鬼気迫る表情で何度も突きの連打を浴びせて来る彼女に、キリトは右手に持った片手剣でいなしながら

 

「危ない危ない、うっかりしてたらあっという間にやられちまう、な」

「!」

 

お留守だったアスナの足下に向かって軽く足払いを掛けてみる。ただひたすら攻撃を繰り出していた彼女はあっさりとそれを食らってよろっとその場で転びそうになる

 

だが

 

「フンッ!」

「おう!?」

 

肩から地面に落ちる直前で手に持っていたレイピアを目の前のキリトに向かって下から一気に振り上げた。

 

転びながらもこちらに攻撃してきた彼女に流石にキリトも面食らって肩に一撃浴びてしまう。

 

「参ったな、あの態勢で悪あがきを一撃食らわしてくるとは思わなかった」

「まだその減らず口を叩けるとは逆に感心するわね……でもいい加減そのナメた態度にこれ以上付き合ってる義理はないわ」

 

斬られた左肩を抑えながらキリトはチラリと右上に視点を動かして自分のHPバーに目をやる。

 

始まってからずっとチクチクと彼女に削られてきたHPは先程の一手でいよいよ2割近くしか残っていなかった。

 

その反面、倒れた体をすぐに起こしながら立ち上がったアスナのHPは始まってから一度もHPを減らしていない。

 

「どうにも引っかかるわね……どうしてデュエルを始めてから一度も私に向かって斬りかからないのかしら?」

「なんだ、正義の副団長さんも一方的に相手を斬りつける事にはご不満か?」

「当たり前でしょ、一体なんなのアナタ、自分からデュエルを申し込んでおいて戦おうとしないなんて」

「戦ってるさちゃんと、だからこうして剣を抜いてアンタと向き合っている」

「……抜いてる剣は1本だけじゃない」

 

キリトとのデュエルが始まって数分が経過しているが、アスナは彼の思惑が未だ把握できていなかった。

 

こちらに剣による攻撃を繰り出さず、ひたすら自分の攻撃によってジリジリと追い詰められているキリト。

 

しかしそれでも焦っている様子は微塵も無く、むしろやる気の無い態度が見え始める。

 

それに何より、彼はまだ第一層で見せた自身の特殊スキルを解放していない事だ。

 

(二刀流……攘夷四天王の一人、黒夜叉が用いるという『巌流』によって可能とした戦法、どうしてそれを私に使ってこないのよ……)

 

キリトが黒夜叉と呼ばれ天人達の間で有名になった理由の一つとして挙げられるのは、彼の用いる二刀流での戦い方だ。

 

黒夜叉が二本目を抜いた瞬間、戦場は地獄絵図と変わると称される程恐れられているのは耳にしている。

 

しかし彼は未だHPバーが半分以下どころか瀕死寸前の状況に追い込まれてもなお、二本目を抜く気配など微塵も見せない。

 

(積極的に戦わず二刀流も使わない……もしかして私の事を完全にナメ腐ってるっていうの……?)

「そんな険しい顔で睨み付けるなよ、もうちょっと肩の力抜いたらどうだ?」

「は? 誰のせいでこんなにイラついてると思ってるのよ」

「それならちょっと周りの風景を見てみろよ、面白いモンが見れて張り詰めた気持ちが薄れるぞ」

「周り……?」

 

今度はいきなり視界を広め周りを見てみろと言って来た、一体何を狙っているのかとアスナは怪訝な様子を浮かべながらも、とりあえずチラリと視界の端に目をやると……

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! アスナ姐ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「ハハハ~、ほ~ら待て待て~、鬼ごっこじゃ負けないぞ~」

「助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「な! なんか私の大切な友人が自分の腸を笑顔で振り回す変質者と追いかけっこしてる!!」

 

そこにはデュエルを行う為の狭い戦闘フィールドで必死の形相で逃げ回っているグラと

 

キラキラと輝く笑顔で自分の腹から引き抜いた腸をブンブン振り回しながら執拗に追いかける銀時の姿が

 

ツッコミ所満載のその出来事を見てアスナも思わず戦いを忘れてギョッと目を大きく見開く。

 

「どうゆう事よアレ! ていうか自分の身体の臓物を武器にするとかこのゲームにそんなシステムあったの!?」

「あったみたいだな、試しにやってみようとは思わないけど。あんな真似出来るのはあの人とユウキの姉ぐらいだ」

「わ、私に親身に接していつも笑顔で懐いてくれる妹分が……今自分の目の前でスプラッター映画に出てくる怪物みたいなオッサンに腸で縛り付けられそうになってるなんて……」

「なんか薄い本のタイトルになりそうなセリフだな、え、ていうか妹分?」

 

どう見てもグラとアスナではグラの方が年上っぽい気がするが……妹というより姉では?と疑問に思っているキリトをよそに、アスナは更に強い剣幕で彼を睨み付けた。

 

「流石は悪名高き黒夜叉の仲間だけあってやる事も卑劣極まりないわね! どうやら標的をあなただけでなくあの銀髪の天パ男も含める必要があるみたいだわ!!」

「いやそれは別に良いけど、それじゃあユウキはどうなんだ?」

「あの子は観察保護対象よ、これ以上あなた達みたいな下衆共と付き合ってたらあの子もいずれ悪の道に……」

 

キリトだけでなく銀時もこのゲームの治安を脅かす脅威と見定めるアスナだが、彼等のもう一人の仲間であるユウキに対してはまだ改善の余地ありと称して、自分の下で一から育て直そうと考えているみたいだ。

 

しかしそんな彼女の目の前をタイミング良く……

 

「うわおぉぉぉぉぉぉ!! こんなモフモフした触感初めてだぜキャッホォォォォォォ!!!!」

「ワオーン!!」

「えぇ!? あの子! 滅多にプレイヤーに懐かない幻獣種の定春くんの背中に乗ってはしゃぎ回ってる!!」

「乗ってるというより無理矢理しがみ付いてるって感じだけどな」

 

グラが従える幻獣種、定春の背に跨って歓喜の声を上げるユウキが物凄く速いスピードで目の前を横切って行った。

 

グラ以外にはまともに懐かないと知っていたアスナはそれを見てあんぐり

 

「私だって頭撫でようとしても毎回キツいフックをお見舞いされているのに!! ご飯あげようとしても手首から思いきり噛みつかれるのに!」

「そりゃ災難だな……いや多分あの犬、別にユウキに懐いてる訳じゃないっぽいぞ」

「え?」

 

少々悲しい出来事をつい叫んでしまうアスナに対し、キリトは冷静に定春とその背中に乗るユウキを眺めながら声を掛ける。

 

「犬の方は思いっきり襲い掛かってるんだけど、ユウキの方がものともしてないんだろ」

「グルルルルルル!!!」

「ハッハッハー!! じゃれるなじゃれるなー!!」

「ああなるほどそうだったのね……ってウソでしょ!?」

 

キリトの言う通りよく見てみると、背中に乗っかったユウキを払い落して、口を大きく開けて鋭い牙で彼女に襲い掛かる定春の姿が

 

しかしユウキは笑顔で定春の鼻に手を置いて、後ろにズルズルと後退しながらも難なく受け止めてしまっているではないか。

 

並のモンスターとはレベルの違う圧倒的な強さを誇る幻獣種・狗神を笑いながら対抗しているユウキに、アスナはまたもや仰天の声を上げる。

 

「定春くんは他のモンスターとは別格の強さを誇るのよ! それこそ第五十層のフロアボスに匹敵するぐらい!! あの子と互角に渡り合うにはつまり第五十層のフロアボスをソロで倒せるぐらいの実力が無いと!!」

「五十層のボスをソロで!? そんなに強いのかあの犬!? てことは俺でも結構キツいぞ……もしかしてユウキって実は俺よりも強いのか?」

 

最近上がり調子の銀時の影に隠れてはいるが、ユウキも相当な実力者だというのは前々からキリトも知っていた。

 

しかしアスナの言ってる事が正しければ、彼女は自分の予想を超える強さを持っているのかもしれない……

 

今後彼女の強さをもっと確かめるためにしっかり観察しておいた方が良いかもなとキリトが心の中で呟く中、アスナはハッと我に返った様子で彼の方へ振り返る。

 

「ってアナタなんかと呑気に会話している場合じゃなかったわ!! 勝負よ勝負!!」

「あのカオスな絵面を見てもまだ俺との決着を着ける事を優先するとは流石は血盟騎士団の副団長様だな」

「今最も為さなければならない事はあなたをここで打ち倒す事だってわかってるのよ!」

「血気盛んだな……結局まだ肩に力入り過ぎてるし」

 

剣を突き付け改まって戦いを再開しようと要求してくるアスナにキリトは後頭部を掻きながら

 

「まあいいさ、お望み通りそろそろ決着つけてやるよ。アンタの動きにはもう目が慣れた」

「!」

 

後髪を掻いていた手を背中の方に動かしてスッともう一本の剣を左手で握り締めるキリトを見てアスナは表情をハッとさせる。

 

黒夜叉・キリトが遂に二本目の剣を抜いたのだ、つまり……

 

「二刀流……なるほど口では偉そうな事を言っておきながら、あなたも本気を出さざるを得ない程追い込まれてるって訳ね……」

「はいはいお好きに解釈して下さいませ」

「文字通りこっからは真剣勝負……」

 

両手に持った剣をけだるそうに構えながら適当に答えるキリトに対し、アスナはその反面何故か何処か楽しげな様子でニヤリと笑って見せると一気に彼に向かって突っ走り

 

「命のやりとりといきましょう……!」

 

ダッと地面を蹴って駆け出して行ったアスナはキリト目掛けて最後の一撃と言わんばかりに全身全霊を込めた突きを繰り出した。

 

その目にも止まらぬ瞬発力と攻撃スピードで、彼の胸目掛けてアスナのレイピアが遂に……

 

「とったぁ!! な!」

 

あっという間の出来事だった。

 

捉えた筈のキリトの姿は一瞬にして目の前で消えたのである

 

繰り出した突きが空しく空を切って、剣を突き出したまま彼女がほんの一瞬呆気に取られていると

 

「!?」

 

その隙を突いて真横から突然キリトが黒いコートを翻して現れた。

 

先程までのやる気の無い態度から一変し、目つきを鋭く光らせ自分に向かって既に右手の剣を振り上げている。

 

(しまった! やられ……!)

 

未だ硬直しているままの無防備の状態を晒してしまった事に内心後悔しつつ、彼が振り上げた剣が自分に向かって振り下ろされる事を覚悟するアスナ。

 

そして案の定、キリトは手に持った剣をそのまま一気に振り下ろし

 

 

 

 

 

 

バキィン!という音を立ててアスナの持っていたレイピアを半分にへし折ったのだ。

 

「え!?」

 

目の前で砕け散る自分の剣を見てアスナは、どういう事だと呆然としていると

 

「う!」

 

突如首元に冷たい感触が

 

気付くとアスナの首元にはキリトの左手に持っていたもう一つの剣の刃先がピタリと当てられていたのだ。

 

手元にあった武器を失い首筋に剣を押し付けられ、完全に為す術の無くなったアスナは歯がゆそうにキリトを睨み付けると

 

「はい終了~」

「へ!?」

 

自分の首に当てていた剣をあっさりと引いて背中の鞘に収め、小さく笑みを浮かべながらそう言うと

 

キリトはもう一つの剣も鞘に収めてクルリと無防備の背中を晒してスタスタと歩いて行ってしまう。

 

完全にこちらを倒せるタイミングでまさか剣を鞘に抑えめるとは……半分に折られた剣を持ったままアスナは彼の行動に唖然とするも

 

「ま、待ちなさい!」

「ん?」

 

すぐに一歩彼の方へ前に出て彼を呼び止める。

 

「どういう真似よ一体、あなたまさか私に情けをかけたでも……言っておくけど攘夷プレイヤーのあなたなんかにそんな真似されても私は……」

「そんなモンかけたつもりはねぇよ、だから言っただろ”終了”だって、頭の上にあるデュエルの残り時間を見てみろよ」

「……」

 

こちらに振り返りもせずにぶっきらぼうにキリトが答えると、アスナは無言でふと顔を見上げてデュエルの残り時間を確認してみると、確かに0:00となっており、結果は引き分け、という形で決闘の時間が幕を閉じていた。

 

「もうちょっと早く動いていれば勝ってたんだけどなぁ、アンタの力量を見定める事に時間をかけ過ぎたのが失敗だった」

「い、いや例え時間は過ぎていても! 私の首に当てていた剣をそのまま引き抜けばこの場で私の首を取れた筈でしょ!!」

「確かにやろうと思えばやれたかもしれないが、そういう気分じゃなかったんだよ」

「き、気分って……! 私との真剣勝負を気分だけで終わらせたっていうの!?」

 

アスナの問いにあっけらかんと答えると、キリトはやっと彼女の方へ顔を振り向かせてフッと笑う。

 

「アンタさ、ちょっとばかり気負い過ぎだぞ、少しは気楽にこのゲームを楽しんでみろよ」

「は、はぁ!? 何よ急に!」

「正義の味方も結構だが、あまり根を詰め過ぎるなって事だよ」

「べ、別に私は……って待ちなさいよ! 勝てた戦いをどうしてわざわざ放棄したの! 説明しなさい!!」

 

それだけ言ってキリトはスタスタと歩いて行ってしまう、勝手に言いたい事だけ言って去られるのは我慢ならないとアスナは慌てて彼の後を追うのであった。

 

 

 

 

 

 

「へ、面白れぇじゃねぇか、俺もちょいとあのガキンチョと一戦やり合ってみてぇな」

「止めて置ケ、お前でもキツイぞ」

 

小屋の屋根の上で二人の戦いを見物していたのは

 

アスナ目掛けて自ら撃ったバズーカの弾を、グラに蹴り飛ばされて返り討ちを食らった筈のあの男であった。

 

何事も無かったかのように無傷で生還している彼の隣には、彼の存在に何も疑問を覚えずに一緒に戦いを見守っていたアルゴが口を挟む。

 

「キー坊はここん所随分と腕が上達して来てるんダ、別にレアスキルもレア武器も手に入れていないのに剣の動きがみるみる冴えわたっていル、もしかして最近つるむようになったどこぞの誰かさんの影響を受けて来ているのかもしれないナ」

「なるほどねぇ、もしかしてその誰かさんってのはあの銀髪の旦那かぃ」

「答えが欲しかったら金払え、それと良いのカ、アンタはあの鬼の閃光の所のモンなんだロ? 呑気に戦いの見物してないで私を捕まえに来たらどうダ」

「拙者は別にあの小娘のいる組織に入ってる訳でもねぇしただのしがない一人のプレイヤーでござる、あのガキのごっこ遊びにまで付き合ってやる義理はねぇさ」

 

こちらに対して何も行動を起こしてこない男にアルゴが口元に小さく笑みを浮かべながら尋ねると

 

男は屋根の上でゴロンと寝転がりながらケロッとした表情で素直に答える。

 

「そっちこそ早く逃げた方が良いんじゃねぇか情報屋、テメェはあのガキが欲しがってる情報を持っているんだし、またしつこく教えろとせがんでくるんじゃねぇの」

「逃げる真似ならいつでも出来るサ、とりあえずあの天パ男の戦いのデータを収集……おっと噂をすれば向こうもそろそろ終わりそうじゃないカ」

 

男の隣でしゃがみ込みながらアルゴはキリト達とは少し離れた場所で戦っている銀時とグラの方へ視線をずらすと

 

早速新たな展開になっている事に気付いた。

 

 

 

 

 

「フハハハハハハ!! とうとう俺の腸で美女を召し捕ったりぃ!!!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! なんかヌルヌルする感触に巻き付かれてマジ気持ち悪いアルゥゥ!!」

 

己の腸を手に持ちながら銀時は高々と笑い声を上げていると、その先には両手と腰に腸を巻きつかれて拘束されて絶叫を上げるグラの姿が

 

なんとか打開策を見つけようと逃げていた彼女だが、残念ながら遂に捕まってしまったらしい。

 

「殺せヨぉ! 殺しなさいよぉ! こんな屈辱を食らうなら死んだほうがマシよコンチクショウ!!」

「ぐお! あ、暴れるんじゃねぇ!! お前を捕まえてるのは銀さんの内蔵だから! お前が暴れると俺にダメージが!!」

「何それ! アンタ本当にバカじゃないの!? 自分で捕まえておいて自分でダメージ食らうとか!!」

 

身動き取れない状況にグラが吠えながら暴れると、銀時の顔色がみるみる悪くなりHPバーの一気に赤表示のピンチに

 

どうやら銀時が投げ縄代わりに使っていた腸は諸刃の剣、内臓器官を無理矢理露出させて使っているのでその分傷付けられるとダメージも銀時に伝わってしまうみたいだ。

 

「だったらこのまま暴れてやるわよ! 元々体力半分以下だったアンタなら少し暴れるだけであっという間にお陀仏ネ!!」

「ぐおぉぉぉぉぉぉ!! だ、だがもう遅ぇ……こうして捕まえた時点でこっちの勝ちは決定済みなんだよ……」

 

銀時にダメージが入ってる事を知ったグラはすぐに腰をくねらせて更に暴れ始める

 

だが腸を傷つけられてみるみる体力が低下していく中で、銀時は汗ばんだ表情でニヤリとニヤリと笑いながら、右手に持った物干し竿を彼女に突き付けて構える。

 

「俺の必殺技、おたくにいよいよお披露目する時が来たぜ」

「フン、大方自分の体力が削り切れる前に私をその長い刀で斬るつもりなんでしょうけど……残念ながらアンタの体力の方が尽きる方が先よ……」

「そいつはコレを食らっても言えるかな……!」

 

銀時とグラの間の距離は三メートル程、このまま突っ走って銀時が手に持った物干し竿で斬るのと、グラが暴れて銀時の体力を削り切るのであれば後者の方が若干早い筈。

 

しかしグラは知らなかった、銀時の持つ物干し竿はただの刀ではない。

 

GGO型の魔改造の施された、例えフロアボスであろうと一発で常態異常にさせるという効果てきめんのとんでもない飛び道具が付加されているのだ。

 

拘束されながらも余裕の表情を見せるグラに、銀時は彼女目掛けて剣を突き出したまま柄を持ち直し

 

柄頭の底に親指を当てる。

 

そして

 

「食らえぇ!! コレが俺の必殺技だぁぁぁぁぁぁ!!」

 

雄叫びを上げながら銀時が柄頭の底を親指でポチッと押すと

 

 

 

 

 

 

 

勢いよく刃の先っちょからピューッと醤油が飛ばされた。

 

「って必殺技って醤油!? ぐ! ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

剣の先からまさかの醤油を飛ばしてくるとは思いもしなかったグラが、驚いたのも束の間

 

物干し竿から放たれた醤油は美しく曲線を描きながらグラの両目に綺麗に命中。

 

すると彼女は両目から発生する激しい不快感に断末魔の叫びを上げ始める。

 

「目が……!! 目がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「へ、どうだ俺の自慢の刀から迸った液体を顔面で受け止めた気分は」

 

命中を確認すると銀時は即座に彼女に巻き付けていた腸を引っ張って自分の手元に戻し、ズルズルと自分の腹の中にしまいながらせせら笑みを浮かべる。

 

そんな中でグラは地面に倒れて両目を抑えながら激しく転がり回る。

 

この世界においてダメージを負っても痛みは本来存在しない、だが醤油による目潰しで発生した状態異常であれば、痛みは無くても物凄い不快感を味わうのだ。

 

醤油により「失明」状態に陥ったグラが苦しそうに泣き叫んでいる所へ

 

腸を腹にしまい戻した銀時がドヤ顔で歩み寄る。

 

 

 

 

 

 

「悪く思うな、こう見えて銀さんは相手がぺっぴんさんでも容赦なく尻を引っ張叩く事の出来る生粋のSなんで」

「目がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

ALOのサラマンダーの中でもかなり名の知れたプレイヤーの一人であるグラを

 

トリッキーかつ姑息で陰険な技の数々でなんとか勝利する銀時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ということで原作主人公コンビと原作ヒロインコンビの対決は終了です。

次回もお楽しみに

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