竿魂   作:カイバーマン。

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第十四層 天パと眼鏡、そしてチャイナ

かぶき町と隣町の境にある小さな橋の下にて行われるのは夕日の決闘。

 

河原にて立つのは木刀を突き刺しながら、憎き男、坂田銀時との対決の準備を待つ一人の少年。

 

桐ケ谷直葉が通う道場の跡取り息子、志村新八だ。

 

「……てかなんで新八さんがあの人と戦わなきゃいけない訳?」

「直葉ちゃん、男ってのは互いに譲れないモノが出来た時、剣を交えてでも手に入れたいモノがあるんだよ」

「その手に入れたいモノがお兄ちゃんって……あんなのお金少し出せばコロッとこっちに戻って来る程度のモンだよ? 別にあの銀髪の人を巻き込まなくても良かったのに」

「直葉ちゃんどんだけ和人君の事軽く見てるの、一応君にとっては兄だよね彼? 僕が言うのもなんだけど仲良くしたら?」

「無理、だって私的にはどちらかというと新八さんの方が本当のお兄ちゃんって感じだし」

 

木刀を持ち今か今かと待っている様子の新八に、背後から直葉が呆れたようにボソリと呟く。

 

彼女にとっては男同士の戦いというモノにさほど興味がないので、どうして新八がわざわざあの坂田銀時とかいう変な男とやり合わなきゃいけないのか甚だ疑問であった。

 

首を傾げて直葉がそんな戦いに勤しむ新八の背中を眺めていると、彼は向かい側、つまり銀時側の陣営にに立っている少年、桐ケ谷和人の方へとバッと顔を上げる。

 

「それにしてもあの男一体何処へ行ったんだよ……和人君! あの天パ頭、用事を済ませてから戻って来るって言ったきり全然帰って来ないんだけど!? おまけにあの悲しい過去を背負いしからくり娘も!!」

「知らねぇよ、厠にでも行ってんじゃねぇの? どうせあの人の事だろうし」

「侍の決闘の前にして厠行くって何考えてんだあの男は!」

「いや俺に怒るなよ、そもそもそっちが一方的に仕掛けて来た事だろ」

 

どうやら銀時はユウキを連れて何処かへ行ってしまったらしい。しばらくすれば帰ってくると思われるがそれにしちゃ随分と待たされている気がする。

 

やり場のない苛立ちに新八が和人に怒鳴っていると、彼はめんどくさそうに後頭部を掻きながら

 

「ったく、終わったらとっとと帰れよお前等」

「な! それだとまるでこっちが負け確定みたいな言い草じゃないか! 僕をナメるなよ! もう昔のように君に負かされて泣いてばかりだった時とは違うのをその目に見せてやる!!」

「あのさお兄ちゃん、私はお兄ちゃんを賭けて戦うこんな決闘になんの興味はないんだけどさ。悪いけどどれだけお兄ちゃんがあの人に肩入れしてても、今の新八さんに勝てるかどうかはわからないよ?」

 

戦いはする前に既に決していると言った感じで、前もって和人が新八に釘を刺していると

すっかりやる気全開で叫んでいる新八の背後から、直葉がボソリと和人に話しかける。

 

「言っておくけど新八さんは寂れた道場を復興させる為にお妙さんと一緒に全力で頑張ってるんだからね、もう剣を捨てたお兄ちゃんなんか軽くやっつけられるし、それにあの見るからに覇気の無さそうな人じゃ……ホント相手になるかどうかさえ微妙だと思う」

「なんだよ直葉、お前えらく新八の事高く買ってるんだな」

「そりゃ私はずっと昔からこの人が頑張ってる姿を見ていたんだもの、あの人に追いつく為にずっと必死に……だから例え相手が大人の侍であろうが、例え相手がお兄ちゃんがついて行きたいと認める人であろうが」

 

自分よりも新八に対しての方が兄という感じに接している直葉に少しカチンと来ている和人だが

 

直葉はずっと見続けていた新八の方へと振り返る。

 

「毎日剣を振り続けて努力する事を欠かさなかった新八さんが負ける筈がないって、私はちゃんとわかってるから」

「おいおい誰がそんなモブみてぇな眼鏡キャラに負けるって?」

「!」

 

直葉は幼少の頃から新八やお妙と長く付き合っている、時には兄や姉の様に接してくれる二人は彼女にとってかけがえの無い存在だ。今現在の常に一緒にいる時間であれば兄である和人よりもずっと長い。

 

だからこそ頑固なほど新八の事を深く信頼しているのだ。彼があんな男に負ける筈ないと、新八なら絶対に勝つと心の底から信じているのだ。

 

するとそこへ、先程まで何処かへ行っていたであろう例の男が着流しを靡かせフラリと戻って来た。

 

「言っておくが大人をあんまナメてると怪我するぜガキ共」

「ようやく戻って来たな……坂田銀時!」

「随分と待たせちまったみたいだな、志村新一」

「新八じゃボケェ!!」

 

柄の部分を白い手拭でしっかりと巻かれた木刀を肩に担ぎながら、相も変わらず死んだ魚の様な目をしながら入場してきた銀時に、新八が早速ツッコミを入れている中、遅れてユウキも和人の隣へと現れた。

 

「なんとか間に合ったみたいだね」

「ユウキ、お前あの人と一体何処へ行ってたんだ」

「いやー大した用事じゃなかったんだけど、ちょっと色々とね」

「?」

 

やって来たユウキに何処へ行っていたのかと和人が尋ねるも、彼女は後頭部を掻きながら曖昧な返事で流してしまう。

どういう事だと和人が再び尋ねようとするが、その前にやって来た銀時に対し、新八の方が地面に差していた木刀を引き抜き、ビシッと突き付けながら彼に向かって決闘の合図を送る。

 

「そっちこそ子供をナメると痛い目見ますよ、これでも僕は今の今までずっと剣術に身を注いでいました。そう簡単に勝てると思わない方が身の為です」

「あっそう、御託は良いからとっととかかってこい眼鏡」

 

警告を促す新八に銀時は小指で鼻をほじりながらピンと指を弾きつつ、やる気無さそうに返事すると肩に掛けていた木刀をスッと構える。

 

「本当はこんな試合なんざやりたくもねぇ、こちとらガキ同士のいざこざに巻き込まれただけだしな。けどそっちが本気で俺に喧嘩売るなら、本気で侍ってモンに挑もうってんなら」

 

木刀を突き付けて来る新八に対し、銀時は木刀を右手で持ったまま足元でフラフラと揺らしながらゆっくりと歩み寄っていく。

 

まるで散歩でもするかのように自然な感じでやって来る銀時に警戒しつつ、新八もまた木刀を両手で構え直すと銀時はヘラヘラ笑いながら

 

 

「その無謀な勇気と下らねぇ信念を称して特別に俺自ら叩き潰してやるよ」

「望む所だコノヤロー! 反対にこっちが叩き潰してやんよ! 勝負!」

 

挑発的な物言いをしてきた銀時に対し、新八は相手の構えからどう動くかと計算する前に、彼の挑発に乗って両手に持った木刀を構えながら一気に走り出してしまう。

 

それを不敵な笑みを浮かべながら迎え撃つ態勢に入る銀時。

 

銀時と新八、夕日の中で二人の戦いが遂に始まった。

 

 

 

 

 

 

 

河原沿いで銀髪の男と眼鏡の少年が木刀を持ち合って喧嘩しようとしている。

 

かぶき町で喧嘩など日常茶飯事ではあるが、今時侍同士の決闘なんて珍しいと、橋の上ではちょっとばかりの野次馬達が見物気分で彼等の戦いを見下ろしていた。

 

そしてその中の一人に紛れて橋の手すりにもたれながら最前列で見下ろしているのは

 

栗色頭で甘いマスクをした黒い制服を着飾った一人の青年。

 

腰にはこの廃刀令のご時世に憚ることなく刀を差している。それなりの地位を持っているのは確かだ。

 

「ほーん、こりゃまた随分と今時珍しい事してんじゃねぇか」

 

街中を歩いてる時に偶然この場に出くわした彼は、最初は喧嘩の仲裁、という建て前のもと揉めてる連中をボコボコにでもしてやろうかと考えていたのだが

 

どうやらこの戦いにほんの少し興味が湧いて見物する事にしたらしい。

 

「天人共のおかげで随分廃れちまったと思ったが、俺達以外にも残ってたんだな、未だ剣を捨てきれねぇバカ共が」

「……仕事サボって何してるのアナタ?」

「ん?」

 

銀時と新八が戦う姿を半ば愉快そうに見下ろしていたその青年に不意に話しかける声。

 

思わず彼が顔を上げてそちらに振り向くと、そこには自分と同じ髪色をした少女がジト目でこちらを見つめていたのだ。

 

江戸で最近流行となっている西洋から取り入れた服装に身を包んだ彼女は、さほど年の変わらない青年に対して、非難する様に言葉を付け足す。

 

「”真撰組”が野次馬に紛れて喧嘩の見物してていいと思ってる訳?」

「あららこりゃ驚いた、まさかこんな物騒な街近くを、一人で護衛も付けずに呑気にお散歩たぁどういうつもりですかぃ? 姫様?」

「友達が付き添いでいてくれたんだけど途中ではぐれちゃったのよ。ところでその姫様って止めて、バカにされてるみたいで気分悪い」

「みたいじゃなくてしてんだよ、バカ姫様」

「く……この男は本当に……」

 

彼女の事を知っているのか、青年はわざとらしい敬語を使いながら軽く挑発的な態度を取っていると、少女は一層不機嫌な表情に変わる。

 

「江戸の治安を護るのがあなた達の仕事でしょ、さっさとあの連中を取り締まってきたらどうなの」

「ゲームの世界だけでなくこっちの世界でもクソ真面目な事言いなさる、俺は今日オフでね、悪いが休日出勤する程正義感に満ち溢れてねぇんだ」

「……休日なのになんで制服着てるのよ」

「私服全部洗濯に出しちゃってコレしか残ってなかったんでぃ」

「嘘つくならもっとマシな嘘ついたら?」

 

青年は彼女から目を逸らして再び橋の下で戦っている銀時と新八を見下ろしつつ、素っ気ない口振りで適当に受け流そうとするも、彼の言葉をそう簡単に信じる程彼女はバカではなかった。

 

青年に対して少女は冷ややかな視線をしばし向けていると、彼女の背後から大きな声が

 

「あ! いたアル! アネゴ! こっちこっち!」

「もしかしてその子が探してたお友達? 良かったわね神楽ちゃん」

「!」

 

聞き慣れた声に少女が振り向くと、チャイナ服を着たオレンジ髪の少女が日傘を差した状態で嬉しそうにこちらに手を振りながら駆け寄って来た。

 

そしてそんな彼女の後で笑みを浮かべながら一緒にやってきたのは、初めて見る女性であった。

 

「神楽ちゃん! もう一体何処にいってたのよ、探してたんだからね!」

「ゴメンヨ、酢こんぶ切れてたからつい慌てて勝手に駄菓子屋に駆け込んでしまってたネ」

「全くもう……ところでそっちの着物着た女の人は?」

「あ、紹介するアル、私が街中で迷っている時に一緒に探してくれた……」

 

神楽、と呼んだ少女に対し、彼女がビシッと叱りつけた後、ふと気になった後ろの女性に問いかける。

 

すると神楽は嬉しそうに紹介しつつ、その女性もまた軽くこちらに会釈。

 

「志村妙です、なんかあんまりにもこの子が困った様子であなたの事を探してたから、ほおっておけなくて」

「そうだったんですか、あの、私の友人の為にわざわざありがとうございます」

「いいのよ、私もちょっと弟と妹を探してたから」

「あ、そうだ。志村妙さんですよね、私の名前は……」

 

神楽と街中で偶然出会った人物は、志村新八の姉である志村妙だった。

彼女もまた何処へ消えた新八と妹分の直葉を探していた所だった様である。

 

神楽と一緒に自分の事探してくれた事に少女は深々と頭を下げてお礼を言いつつ、ここは自分も名乗らなければと口を開きかけたその時

 

「あー! この腐れサド野郎! どうしてお前がここにいるアルか!」

「んだよチャイナ娘、俺がここにいちゃ悪いのかよ」

 

神楽はふと、彼女の隣にいる人物が誰なのか気付くや否や、すぐに大声を上げて彼に向かって指を突き付ける。

その人物こそ先程彼女と軽く口喧嘩を始めていた二枚目の青年であった。

 

「どうしてテメェが私の大事な姉貴分と一緒にいんだゴラァ!!」

「悪いなチャイナ娘、どうやら姫様はテメェみたいなガキなんざよりも俺とデートする方が楽しいみてぇだ、テメェがはぐれちまったのも全て姫様が仕組んだ事でぃ」

「んな訳あるかコノヤロー! 適当な嘘並べてねぇでさっさと仕事しろヨ税金泥棒!!」

「そうよ勝手な事言わないで! 誰があなたなんかとそんな真似するかっていうのよ!」

 

またもや適当な言葉を呟く青年に対し、神楽と少女が口を揃えて彼に怒鳴り声を上げ出す。

 

「さっさと私達の前から消えるアル! お前なんかとつるむのはゲームの中だけでたくさんネ!」

「おいおい、俺だって別に好きで向こうの世界でテメェ等ガキ共とつるんでる訳じゃねぇ。そちらの姫様がしつこく付き纏って来るから仕方なく行動してやってるだけでぃ」

「それはあなたが向こうの世界で周りに迷惑かけないか見張る為だからよ、それと私までガキ扱いするのもいい加減にして、私と年一個しか違わないクセに」

「あり、そうだっけ? 昔と変わらずずっとガキみてぇだから忘れてたわ」

「コイツ……!」

「橋から突き落としてやるアルか? 私も手を貸すヨロシ」

「駄目よ神楽ちゃん、コイツ一応警察なんだから……私が今度上の人に掛け合ってみるわ」

「おいおい今度は先生にチクるってか? ったく堅物委員長とは付き合ってらんねぇや」

 

ガキ呼ばわりされて怒っている彼女に対し、すっとぼけた様子で青年は受け流すと。

 

彼女達をほおっておいて再び橋の下の方へと目をやる。

 

「それより今良い所なんだから話しかけないでくれねぇか、丁度決着が……お、まだ立てた」

「良い所ってただの喧嘩でしょ、いいからさっさと取り締まりに……あれ?」

「どうしたアルか? ん? なんかあの天パのおっさんどっかで見た気がするネ、眼鏡の方は知らないけど」

 

青年に言葉を返しつつ少女もまた橋の下の方へと目をやると、ふと何かに気付いたかのように軽く目を見開く。

 

眼鏡の少年と戦っているあの銀髪の男は以前前に何処かで……

 

そして神楽もまたあの男について素っ気ない表情だが気付いた様子。

 

「もしかして……ってああ!」

 

銀髪の男だけでない、彼等の戦いを傍で見ている人物がいる事に初めて気づいた彼女は思わず大きな声を出してしまう。

 

銀髪の男を応援しているあの小柄の少女、そしてその隣で腕を組みながら顔をしかめている少年は……

 

「あの三人組って……!」

 

彼女の中の疑惑が確信へと変わる、間違いない、あの三人は向こうの世界で出会った……

 

そして彼女が銀時達を見つめる一方で、その隣に立って何事かと見下ろしたお妙もハッと気付く。

 

「直葉ちゃんに、新ちゃん……!?」

「それにしてもあの銀髪の男は何者でぃ、動きがデタラメでてんで読めねぇばかりか隙が見当たらねぇ」

 

河原では不安な様子で戦いを見守っている直葉と、先程出会ったばかりのあの坂田銀時とかいう男に向かって一心不乱に木刀を振りかざす新八がそこにいたのだ。

 

思わぬ発見にお妙が驚いている中、青年は口元に軽く笑みを浮かべながら口を開く。

 

「逆にあの眼鏡の奴は真っ直ぐすぎらぁ、完全にあの男に読まれてる上に戦い始めてからずっと一方的に遊ばれてやがる、そろそろ気付いてもおかしくねぇんだがな」

 

そう言って青年は必死に戦う新八に対し静かに目を細める。

 

 

 

 

 

 

「もはや剣を交えてる相手が自分じゃぜってぇ敵わねぇ相手だって事ぐれぇよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおぉぉぉぉぉ!!」

 

新八は喉の奥から気合を込めるかの様に叫びながら何度も木刀を振るい続ける。

 

しかし何故であろう、彼の決して鈍くはない剣の動きを、まるで事前に何処から迫って来るのかわかっているのかの様に

 

銀時を身を翻し、真顔で全て避け切っていく。

 

「……」

「クソ! どうしてさっきからかすりもしな……ぐぇ!」

「新八さん!!!」

 

完全に読まれている事に新八が木刀を振るいながら焦りが見えた瞬間、その隙を見逃さず銀時は無言で彼の横腹に一撃をかまして吹っ飛ばす。

 

例え相手の動きが読めていても、距離が近ければその攻撃を回避するにはそれ相応の動体視力と、瞬時に体を動かす反射神経を要求される。

 

新八の剣の腕は決して悪い方ではない、むしろ日々精進を重ね振るい続けたその腕は道場の跡取り息子と称するには申し分ない。

 

彼の剣を避けるとなると、並大抵の者では到底不可能だという事だ。

 

しかしそんな新八でさえさっきからずっと彼の動きを捉えきることが出来ず、更には手痛いカウンターを何度も食らってしまっている。

 

予想だにしなかった一方的な彼等の戦いに、直葉は慌てて倒れた新八の名を呼ぶと、彼は悔しそうに歯を食いしばりながら再びフラフラと起き上がる。

 

「まだです……まだ僕は負けちゃいませんよ……」

「おいおい、真剣勝負だったらもう何度死んでるかわかんねぇぞお前?」

 

何度も尖った石が落ちてる整備されていない河原に体を打ち付けられてるおかげで、新八の身体は既にボロボロだった。

 

傷だらけの状態でなお起き上がって来た彼に対し、銀時は木刀を肩に掛けながらウンザリした様に深いため息を突く。

 

「もういい加減諦めたらどうだ? 俺とお前じゃ潜った修羅場の数も質も違ぇ、こうなる事は目に見えてたんだよ」

「もう自分が勝ったと思っているんですか……言ったでしょ、そう簡単に倒される僕じゃないって……」

「まだわかってねぇみたいだな、お前じゃ俺には絶対勝てねぇんだよ」

 

何度倒しても起き上がって来る新八に対し、銀時はへッと笑いかけながら右手で持つ木刀を彼に突き付ける。

 

「道場でチャンバラごっこして良い気になってたテメェと俺とじゃ格が違ぇんだ。そのまま井の中で泳ぎ続けていれば、大海の広さを知る事も無かったのにな、だろ蛙くん?」

「誰が……誰が蛙だコラァァァァァァァ!!!」

 

挑発的な物言いをしながら笑いかけて来た銀時に対し、新八は遂に怒りに任せて木刀を強く握りながら走り出す。

 

両手に持った木刀をそのまま銀時の頭部に叩きつけんばかりに全力で振り下ろす。

 

だが

 

「!」

「頭に血ぃ昇っててヤケクソに振り回した相手の剣なんざ怖くもなんともねぇや」

「新八さん早くそこから……!」

 

ブン!と力強い風圧を放つ彼の振り下ろしを、銀時は涼しげな表情で体を捻って簡単に受け流してしまう。

 

そして次に銀時が何をするか呼んでいた直葉は咄嗟に新八に向かって大声で叫ぶも

 

「ちょっとばかり頭冷やして来い」

「ぐっは! ぶ!!」

「!」

 

銀時の木刀は既に新八目掛けて振られていた。

 

まず最初に彼の膝へと入れて新八の下半身のバランスを崩すと、横っ腹に再び食い込むような一撃を乗せて苦悶の表情を浮かばせながら一気に傍で流れている川に向かってぶっ飛ばす銀時。

 

手際よく流れるような連続攻撃を新八に浴びせた銀時に、直葉は思わず言葉を失って目を見開いて固まってしまう。

 

(デタラメだけど強い、それに新八さんの剣が全く通じない……まさかこんな人が一兄さん以外にもいたなんて……)

「おい直葉、そろそろ新八連れて帰ってやれ」

「ってお兄ちゃん!?」

 

侍と称するにはあまりにも荒々しく、かといってチンピラと呼ぶにはあまりにも研ぎ澄まされた剣を持つ男。

 

見てくれだけではわからなかった銀時の実態に直葉が内心驚いていると、コソコソと彼女の傍に和人が近寄って耳打ちする。

 

「正直俺もあの人があそこまで徹底的に新八をシバくとは思ってなかったんだよ、流石にやり過ぎで見てられない……悪いことは言わないからここは大人しく引いた方が身の為だぞ?」

「でもまだ新八さんは諦めちゃ……!」

「お前だって剣の道歩んでるんだからわかるだろ? あの人は道場に通い詰めてるだけの子供じゃ手に入らない強さを持っている、恐らく実際に侍としての修羅場を潜り抜けている筈だ」

「あの人が……?」

 

心配する様にわざわざ忠告しにきた和人の言葉にに意外そうな表情を浮かべつつ、直葉は銀時の方へと目をやる。

 

川に叩き落とした新八の方へと無言で顔を向け、まるですぐにでも立ち上がって来るであろう新八を待っているかのようだ。

 

「でも侍なんて私達がもっと小さい頃からいなくなってたじゃない、いたとしたら幕府に反旗を翻して天人に戦争を仕掛けた攘夷志士とかの筈でしょ? その連中も今じゃ一部を除いてほとんどが捕まり、幕府の下で処刑されたっていうし」

 

かつて直葉や和人が生まれてない頃に始まった攘夷戦争。

 

突如地球に舞い降りた天人に戦争を吹っ掛けた、それから長きに渡る戦いが起こった出来事だ。

 

しかしその戦争は十年前、つまり二人がまだ幼い頃に侍達の敗北によって終戦してしまった。

 

その侍達も大半が幕府によって処刑されたと聞くので、あんな覇気を感じさせない人がその中で戦っていた人たちの生き残りと推測するにはまだ難しい。

 

「あの人の事はぶっちゃけ俺もまだよくわからない、なにせ謎だらけだからな」

 

直葉の疑問に和人も素直にわからないと頷く。

 

「けどこれだけは確かだ。あの人は一見ちゃらんぽらんだが、生半可な覚悟じゃ手に入らない強さを持っている、俺はそれがなんなのかどうしても知りたいんだ」

「強さって……まさかお兄ちゃん、口ではもういいって言っておきながら、もしかしてまだ一兄さんを……」

 

和人の本音に彼女が何か勘付いた様子でいると……

 

「ぶっはぁぁぁ!!!」

 

浅い川底から起き上がって、全身びしょ濡れになった状態で新八が荒い息を吐きながら復活したのだ。

 

「ハァハァ……ま、まだ終わってねぇぞコノヤロー!!」

「新八さん!」

「ったくアイツまだ……」

 

衣服が川の水を吸って多少体が重くなっている事も気にも留めずに、意識が飛びそうになりながらもまだ銀時に食って掛かろうとする彼を見て、和人は呆れたように顔をに手を当てた後、大きく口を開いて

 

「おい新八! お前いい加減にしないとそろそろ死んじまうぞ! 最初に言っただろ! その人はお前なんかじゃ絶対に勝てないんだよ!!」

「駄目だ! コレは僕が絶対に成し遂げなきゃいけない戦いなんだ!」

 

和人の叫びに対し新八は一喝すると、眼鏡にヒビが入ってるのも気付かずに新八は重い足取りで河原に立つ銀時の方へと歩み寄っていく。

 

「一兄の遺志を受け継いだ僕達の中で! 君だけ一兄に背を向けて去って行こうとするのならば! せめて最後に僕の戦いを見ておけ!」

 

既に体は限界に達し掛けているにも関わらず、新八はハッキリとした声で怒鳴りながら、不敵な笑みを浮かべる銀時に木刀を構える。

 

「我が恒道館道場の塾頭! ”尾美一”から多くのモノを受け継いだこの剣が! 君があの人よりも強いと称したこの男を倒す瞬間を!!」

 

高らかにそう叫んだ新八に対し和人が思わず固まってしまう中、銀時は一人ほくそ笑みながら手に持っていた木刀を構え直す。

 

「そいつが誰だが知らねぇし興味もねぇ、だがテメェがそいつの代わりに俺を倒して強さを証明してぇなら」

 

スッと木刀を彼に突き出したまま、銀時は先程と同じく迎撃の態勢に入ってカウンターを狙うタイミングを見定める。

 

「いいぜ、その青臭ぇ思い事この俺が全部ぶち壊してやんよ、かかってこいよテメーなりの本気で」

「言われなくてもわかってる……! アンタを倒して一兄がアンタより強いってのをあのバカに教える為に!」

「ただそうやって無駄に気を張った戦いしてたら何時まで経っても俺に勝つ事は出来ねぇぜ」

「!」

 

対峙して互いに動かずに睨み合ってる状況の最中、わざわざ敵である自分に対して忠告してきた銀時に対し、新八が意外そうに目を見開いていると彼は笑みを浮かべながら更に話を続けた。

 

「何かを証明する前にまず己の相手の力量を見極めろ、さっきからテメェが見てるのは俺じゃねぇ、テメェの目ん玉が今見てるモンはウチの新入りのガキだけだ」

「……」

「俺と戦ってる様に見えて実際はそうじゃねぇ、テメェはただアイツに見てもらう為に一人で空回りしてるだけだ。だから簡単に俺に動きが読まれちまうんだよ」

 

そう言って銀時はザッと一歩前に出ると、自ら仕掛けに来るような動きで徐々に距離を縮めていった。

 

それにハッと気付いた新八は急いで木刀を構え直して受けの態勢に入る。

 

彼に言われた事を素直に受け入れ、明らかに新八の動きが変わった。

 

「……川に落としてくれた事には礼を言います、おかげで少し頭が冷めました」

「そいつはどうも、それじゃあ改めましてこっからはただの喧嘩じゃなくて、侍同士の決闘にしゃれ込もうや」

「はい!」

 

少しずつ距離を詰めながら近寄って来る銀時に、新八は両手に木刀を握りながらしっかりと彼の動きを観察しながら構える。

 

(見てて下さい、一兄……)

 

最後の一歩を踏み出すと銀時は一気にこちらに飛び掛かって来た、しかし新八は焦らずに冷静にその動きを見極めながら得物で迎え撃つ。

 

 

 

 

 

 

(大切な事を沢山教えてくれたあなたを追って……僕は今日、侍になります!)

 

 

今は亡き兄貴分の遺志を受け継いだ少年は

 

しがらみを捨ててようやく一歩前に出た。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




銀魂SSをずっと書いて来ましたが、思えば新八をメインにして書く話は全くありませんでした。

今回の話は私としてはある意味貴重な体験です。


次回、劣勢の中で新八は今は亡き兄貴分の教えを思い出し、遂に反撃の一手を……!?

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