朝早く、銀時の営む万事屋銀ちゃんに一本の電話が入った。
「はーい坂田ですけどー」
家主の銀時はというとリビングにあるソファの上で口を大きく開けてアホ面しながら眠っている。
事務机の上に置かれた黒電話を取ったのは家主ではなく居候のユウキであった。
「え、万事屋銀ちゃん? ああそういえば何でも屋やってるんだった、もしかして依頼?」
銀時が寝ているのをいい事に勝手に電話相手と話し始めるユウキ。どうやら向こうはこちらを万事屋と知った上で連絡をよこしてきたらしい
「依頼じゃないけど話をしたいから会って欲しい? うーんでもウチの人ついさっき眠っちゃったばかりなんだよね、え? 真っ当な人間ならとっくに活動している頃なのになんで眠ってるのかって? そりゃウチの人が真っ当な人間じゃないからだよ、特にここ最近依頼が来ないせいで一日中ゲームしっ放しでさー」
ユウキがハハハと一人で笑いながら話してる途中で、何やら電話越しの相手がヒソヒソと何か小声で会話しているのが聞こえた。恐らく傍にいる者と話しているのであろう。
「ああはいはい、まあ昼過ぎには起きるんじゃないかな? そん時にまた連絡してくれれば……ボク? ボクは別に万事屋の従業員じゃないよ、たまにお手伝いするぐらいだし。なんでそこにいるかって? そりゃ一緒に住んでるんだから当たり前でしょ」
色々と尋ねられながらもしっかりと答えていくユウキ、しばらくそうして受け答えしていると、ソファの上で横になっていた銀時がムクリと起き上がる。
「うるっせぇなさっきから……こちとら徹夜でゲームやってたんだから眠いんだよ、頼むから寝かせてくれよ……」
「あ、起きた。銀時、なんか銀時に会いたいって人がいるんだけど」
「は? もしかして依頼人か? 5日ぶりだなオイ」
「いやそうじゃないみたいなんだけどさ、とりあえずコレ」
虚ろな目をしながらまだ眠そうな表情で上体を起こしてきた銀時に対して、ユウキはすかさず手に持っていた受話器を彼に渡す。
訳も分からないまま銀時はそれを受け取ると、けだるそうにそれを耳に当てた。
「あーもしもし今代わりました、万事屋銀ちゃんのオーナー、坂田銀時です。なんかウチの女と話してる途中みたいだったらしいですけど、変な話とか聞いてないですよね? え? 一日中ゲームしてるぐらいヒマなんですか?って? いやいや、んな訳ないでしょ、確かに寝てたのは事実ですけどアレですから、ここんところずっと仕事漬けで心身共に疲れ切ってたんですよ」
寝ぼけながらも平然と嘘を突きながら銀時は頭を掻きむしりつつ、電話先の相手と話を始める。
「それで要件は? は? ちょっと話がしたいだけ? あ~はいはい了解しました。んじゃ午後三時ぐらいにウチ来てください」
顔を合わせるだけというのはつまり、依頼人側がこちらに依頼を任せて大丈夫なのかどうか判断する為に、とりあえずこちらの顔と信頼性を見る為に伺うという意味であろう、と解釈した銀時は目蓋をこすりながら頷く。
「女の子もいるからかぶき町は物騒だから来れない? めんどくせぇな……そんじゃそちらでどこで会いたいか言って下さい、俺の方が向かうんで……はいはい、あーこっからちょっと離れた場所にあるあそこの喫茶店ね、了解でーす、そんじゃ午後三時に伺いまーす」
適当な感じで電話相手に呟いた後、銀時はガチャリと受話器を置いて切った。
そして大きなあくびをしながらおぼつかない足取りでソファの上に再び横になる。
「という事でユウキ、30分前ぐらいになったら起こせ、それまで俺は二度寝すっから」
「久しぶりの依頼かもしれないんだからもうちょっとやる気出したら?」
「出る訳ねぇだろそんなの、電話先の声からして、相手は明らかガキだぞ? 電話に出たと思ったらやかましい声でツッコミ入れて来やがって何様だってんだ……声からして童貞、そして眼鏡を掛けていると見た」
「えぇ~そこまでわかるの……」
「特徴的なのが眼鏡ぐらいでぱっと見地味で目立たず、人気投票で8位ぐらいの微妙な人気しかねぇツッコミキャラと見た」
「そりゃやる気も出ないわけだ……それで人気投票って何?」
「ふわぁ~、んじゃおやすみ……」
ユウキの問いかけに対して銀時の返事は返って来なかった。
ソファの上に寝そべった瞬間、彼は再び寝息を立てて眠ってしまったのだ。
ぐうたらと自堕落な生活を送り続けてる事になんの不安も抱いて無さそうな顔で寝ている銀時を、しばしユウキは見下ろした後、はぁ~と深いため息を突く。
「……毛布ぐらいかけておこうかな?」
午後3時
ユウキに起こされてめんどくさそうに起きた銀時は、客との待ち合わせ場所である喫茶店へとやって来ていた。
ちなみに最初は一人で赴くつもりだったのに、何故か彼女もついて来てしまっている。
そして現在、銀時は状況を上手く掴めない状態であった。
「……それで、一体何なのコレ?」
「いやーまさかまさかの展開だね、現実世界では久しぶりだねキリト」
「ハハハ……どうも」
店の席にて銀時は窓側にユウキを座らせ自分は真ん中、そしてもう片方の隣には何故かここにいる桐ケ谷和人がぎこちない表情を浮かべて座っている。
そして向かいには銀時とユウキが初めて見る人達
電話を寄越してきたであろう眼鏡を掛けた少年が真ん中に座り
キリっとした眉毛をしたショートカットの少女が和人の向かいに
そして一人笑顔を浮かべている他の二人よりも年上っぽい女性がユウキと同じく窓側に座っていた。
その女性は銀時を見ても何も言わず微笑んではいるが、少年と少女の方はこちらが来ると否や、ずっとジロジロと見ながら何か胡散臭いモノを見るような目を向けて来る。
「絶対ヤバいって、電話で話した時もなんか胡散臭い人だと思ってたけど、こうして直で顔合わせるとますます怪しいよこの人……」
「嘘でしょ、この人がお兄ちゃんをスカウトしたって人なの……? 何かやる気がないというか目が死んでるというか……あ、そういえば最近のお兄ちゃんもこの人と同じ目をしてる時があったっけ、もしかしてこの人の影響とか?」
小声で二人で話しているのだろうが、ハッキリ言って銀時には丸聞こえであった。
しかし話を聞く限り全くどういう状況なのかよくわからない。
そもそもどうしてここに仮想世界ではしょちゅうお世話になっているキリトこと、桐ケ谷和人がいるのだろうか。
銀時の疑問をよそに、まず最初に口を開いたのは窓際に座るポニーテールの女性であった。
「初めまして、坂田銀時さんでよろしいんですよね? 私、志村妙と言います」
「あ、どうも」
「急に呼び出して申し訳ありません、どうしてもウチの子達がそちらと面識を合わせたいとおっしゃるので」
「すんません、状況上手く呑み込めて無いんですけどこっち」
「そうですね、ではまず私から説明させて頂きますと」
志村妙と名乗った女性に対し銀時が髪を掻きむしりながら首を傾げると、彼女はすぐにここに呼んだ訳を話し始めた。
「そちらで私達道場の門下の一人でありながら無職で引きこもりというクズライフを送っていた桐ケ谷和人を、そちらの方からわざわざスカウトして下さったと本人に聞きまして、是非お礼を兼ねて一度お顔を拝見したいと思いまして」
「……はい?」
笑顔でそう説明してくれたお妙だが、銀時はますます混乱する。
口をへの字に曲げながら和人の方へ振り向くと、彼は目を泳がせながらこちらから顔を背けている。
そんな彼の頭をガシッと掴むと銀時は一気に顔を近づけて
「……おい、どういう事だマジで、いつ俺がお前を万事屋に誘ったんだ? お前一体コイツ等に何言ったんだ?」
「……とりあえずこれだけは言わせてくれ、巻き込んでマジすんません……俺がつい口から出まかせ言ったせいでこんな事に……」
「……ははーん、さてはお前、コイツ等に就職しろと追い込まれて、咄嗟に俺の名を出して一時的なその場しのぎを企んだって所か?」
「……察しが良くて助かります」
声を極限まで潜めて周りに聞こえない様細心の注意を払っておきながら、銀時は和人と顔を合わせて事の経緯を聞き出す。
冷や汗を流しながら苦笑している和人に、銀時は額に青筋を浮かべて若干キレ気味の様子で頬を引きつらせる。
「……何勝手にテメェの所の事情に俺を巻き込んでるんだコラ、お前を万事屋に? こちとらテメェみたいな引きこもり童貞ニートを雇う余裕があると思ってんの? ウチは廃品回収は請け負ってねぇんだよ、ゴミはゴミ捨て場に帰れ」
「酷い言い草だなオイ……! 悪いとは思ってるけどこっちが困ってるんだから少しは助けてくれよ……! こっちは仮想世界でどんだけアンタの事助けてると思ってたんだ……!」
「そもそもお前が招いた結果だろうが、自業自得だバカヤロー、俺がやれんのはせめてオメェが切腹する時に介錯してやる事ぐらいだ」
ゲームと変わらず現実でも辛辣な言葉を浴びせて来る銀時に負けじと助力を求める和人。
すると隣で聞いていたユウキもまた、彼等の方に顔を近づけ
「……ねぇ助けてあげたら銀時? 銀時がEDOで短期間でどんどん攻略しているのは、モンスターやマップのデータを把握してくれているキリトのおかげでもあるんだしさ。ゲームで助けてもらってるんだから現実で借りを返すすのも悪くないと思うよ……?」
「……なぁ、どうしてアンタみたいな人とほぼ付きっ切りでいるのに、この御方はこんなにも心が綺麗なままでおられるんですか?」
「騙されるなキリト君、コイツは確かにいい奴だけども、他人と少々ズレてる所あったり空気読めなかったりと、その上で余計な事に首突っ込みたがる事が大好きなだけのはた迷惑なお節介野郎だ」
ユウキの思わぬフォローに和人は内心感動すら覚えるも、銀時はそんな彼にジト目でボソリと
「お前が困ってるのを助けてやろうと言ったのも、多分そうした方が面白い展開に転びそうだと思ってるだけだから」
「……マジでか」
「うんまあ、概ね銀時の言う通りかな?」
ケロッとした様子であっさりと白状するユウキに和人が唖然としていると、銀時がため息交じりに頭に手を置きながら小声で呟く。
「……しかしユウキの言う通りオメェには色々と助けてもらってるのは事実だ、しゃあねぇ、ここはひとまずコイツ等を誤魔化す程度の真似はしてやらぁ、しばらく面倒見てやっても良いが給料は期待すんなよ」
「……恩に着る」
「本当に恩を感じてくれてるなら誠意を見せてもらいてぇな……とりあえず次向こうの世界で会ったら俺に十万コル出せよ」
「中々財布の事情的にキツイ金額だな……」
現実の通貨ではなくゲーム世界の通貨を要求する辺りはまだ良心的というべきなのだろうか。
といっても十万コルというのはソロで長年プレイしているおかげで金の工面もかなり大変な彼にとっては少々痛手である。
だがここで銀時に助けてもらわないと、その程度の痛手などモノともしない恐怖の体験を味わう事になるのは明白。
あのニコニコ笑っているポニーテールの女性がいよいよ魔王の本領を発揮する事になる。
腹をくくった様子で和人は静かに頷くしかなかった。
「まあそれ相応の対価は払わせてもらうと約束する……」
「契約成立だな、後でなかった事にしてみろ? かぶき町に連れて行ってオカマバーに売り飛ばすからな」
サラッと末恐ろしい事を言う銀時に、「この人ならマジでそうするだろうな」と和人は確信してもう一度頷くと
改まった様子で銀時は向かいに座る三人の方へと顔を戻した。
「どうもすみませーん、あまりにも急だったんでこちらで色々と話し合いしてました。いやホントこっちもいきなり保護者の方達がお見えになるとは思ってもいなかったんでー」
「いえいえ、そちらさんが困惑するのは当たり前ですから、いきなり呼びつけたのは私達なんですからどうぞお構いなく」
「そうっすか、んじゃ改めまして」
ヘラヘラ笑いながら銀時が誤魔化すとお妙はなんの疑いも無く答える。
すると銀時はテーブルの下で足を組んだまま後頭部をボリボリと掻きながら
「どうも初めまして、こちらのキリ……和人君を是非ウチで働いてもらいたいと思いスカウトした、かぶき町で万事屋を営んでいる坂田銀時です」
けだるさ全開でそう名乗る銀時に対し、少年と少女はまだ怪訝な表情を浮かべるが、一応向こうが名乗ったのだからこちらも名乗るのが礼儀だと思い、軽く会釈する。
「えーと和人君の通っていた道場の跡取りの志村新八です、ちなみに先程あなたが会話していた人の弟です」
「……桐ケ谷直葉です、そちらがスカウトした桐ケ谷和人の妹でもあります」
少々ぎこちない様子で自己紹介する二人に銀時は「どうもー」と軽い感じで答えていると、少年こと新八が早速スッと手を上げた。
「ところでちょっと前にそちらに電話をしたのは僕なんですけど、その時最初に電話出たのはもしかしてそこにいる女の子ですか?」
「うん、電話に出たのはボクだよ。ユウキって言うんだ、よろしく」
「あの……その時一緒に住んでると聞いたんですけど……」
あっけらかんとした様子で名乗るユウキを眺めながら、「坂田銀時はこの少女と一体どういう関係で一緒に住んでいるのか?」と疑問に思った新八は試しに銀時にぶつけてみた。
すると銀時は首を傾げて数秒後
「気にすんな、ただのマスコットだ」
「マスコット!?」
「正規の万事屋メンバーではなく、主に看板娘としてウチに住ませているだけの居候だ。そちらが考えてる様な関係ではねぇから心配しなくていいぞ」
ちょっと考えた結果、ここで細かい事まで教える必要は無いだろうと判断した銀時はシンプルにユウキの立場を教えてあげる
「深く考えなくていいから、ネズミの国の黒いネズミみたいなモンだと認識してりゃあいいんだよ」
「いや黒いネズミって……そんな世界的マスコットと同等に認識するのは流石に無理なんですけど……」
「ハハッ! ボクユッキー!」
「やめろ!」
何処かで聞いた様な笑い声をユウキが上げると、新八は即指差して叫んだ。
居候の万事屋マスコット……よくわからないが男女の関係という訳ではないのだろう。
もしかしたらこの様な幼い外見を下彼女と、何かふしだらな関係を持っているのではないかと懸念していた新八はとりあえず一安心した
「わ、わかりましたよ。とりあえずそちらのお嬢さんはあなたの恋人でも隠し子でもないならそれでいいです……じゃあ改めまして和人君を万事屋に誘った件について聞きたいんですけどいいですか?」
「どうぞご自由にー」
尋ねられた銀時はやる気無さそうに返事しつつ、テーブルの下に顔を突っ込んで何かゴソゴソとしている。
彼の不審な動きに疑問を抱きつつも新八は話を続ける事にした。
「とりあえず単刀直入に聞きますけど、そちらは一体和人君のどこが……」
「どこが良いと思って万事屋に誘ったんですか!? ウチのお兄ちゃんを!」
「え、直葉ちゃん!?」
しかし新八の言葉を遮って突如、直葉が銀時の方へと身を乗り上げた。
どうやら彼女自身が一番気にしている部分はそこであったらしい。
「だってこの人ロクに働いた事も無いし家に年中ゲームしてるだけのプー太郎ですよ! こんな絵に描いたようなダメ人間をどうして!」
「ほほう、妹さんは彼の事をそういう風に解釈して今まで見ていたのか、いやはやいけませんなー。兄妹であり最も身近にいる存在でいながらコイツの本当の姿を見てねぇとは」
直葉の問いに銀時はまだテーブルの下に顔を突っ込んだ状態でいながら返事をした後、
テーブルの下から事前に持って来ていたのかと思われる真っ赤なポリタンクをドンとテーブルの上に置いた。
「ダメな部分だけ見てても人間の本質ってのはわからねぇモンなんだよ。人を見極めるのに大事な事は悪い部分だけでなく他の部分もしっかり見てやる事、わかった妹さん?」
「あ、ああはい……至極真っ当な事を言っているのはわかってるんですけど……」
「それよりもまず僕等が聞きたい事が一つあるんですけど、なんですかそのポリタンク……なんか臭いがするんですけど」
「いやこっちの事は気にしなくていいから」
確かに直葉はどちらかというと和人の悪い部分を重点的に見ている節があった、彼の他の部分を見ていなかった点については否定できないのは確かだ。
直葉も銀時の言葉を聞いて素直に頷くが、隣にいる新八同様いきなりポリタンクを取り出してきた銀時の動きの方へ注意がそれてしまう。
だが銀時はそれをズイッとユウキの前にズラして二人と顔を向い合せ、素知らぬ顔で勝手に話を始めた。
「おたくのお兄さんはな、確かに性格的に難ありな点が多数見受けられるけど。意外と人の話をよく聞いて理解していたり、肝心な事についてしっかりと頭に記憶していたり、的確に的を射た発言をするぐらいに回転が早かったりと、何でも屋を営むこちらとしてはかなり役に立つ能力を持ってるんだよ」
「な、なるほど、まさかウチのお兄ちゃんを見てそこまで分析していたなんて……」
「確かに今思い出すと和人君ってそういう所もありました……和人君の良い所をしっかりと見極めていたんですね……一見ただのちゃらんぽらんにしか見えないのにそこまで考えていたとは……」
和人の事についてベラベラと上手く言う事によって、直葉と新八をあっさりと黙らせる事に成功する銀時。
そんな彼を隣でジーッと見ていた和人本人は
(行き当たりばったりの状況の上で考える暇もないのに、こうも口う動かせるのはたいしたモンだよこの人は……)
流石は自分以上に舌が回ると認める男である、自分を誘った理由をこうも演技を踏まえながら喋る事が出来るとは。
っと和人が内心彼に対し感謝している中
ユウキの方はというと銀時が取り出したポリタンクの蓋を真顔で取っていた。
その途端ここら一帯に漂う奇妙な臭い……
「と言う事で和人君はお前達が考えてるよりもずっとよく出来てるから、俺はちゃんとそういう光る部分を知っているからね、だから今後はコイツにネチネチと働けだのなんだの言わずに、この子はやればできる子なんだと暖かい目で見てやる事が大事なわけよ、わかる?」
「……すみません、また大事な話してる所悪いんですけど、ユウキちゃんが開けてるポリタンクから変な臭いが……」
「直葉ちゃん、アレ多分中身ガソリンじゃないかな……」
「え、ガソリン? ガソリンって車とかからくりの原動力に使う……」
銀時の話よりもユウキが蓋を開けたポリタンクから発する臭いに興味が向けられる二人。
新八が恐らく中身はガソリンと言ったので、直葉はなんでそんなモノを喫茶店に持ち込んできたのかと疑問に思っていると
ユウキはその蓋の取れたポリタンクを両手でガッと掴むと。
そのまま頭上に思いっきり掲げ上げ、取り出し部分に口を突っ込んでそのままゴクゴクと豪快な音を立てて飲み始めたではないか。
「……すみません、彼女なんかいきなり飲み始めたんですけど?」
「え? ああだから気にしなくていいって、アレだよアレ、オレンジジュース」
「嘘つけぇ! オレンジジュースがこんなバイク屋の前で嗅ぐ臭いする訳ねぇだろ!」
虚ろな目で尋ねて来た新八に銀時は手を横に振って誤魔化そうとするが、流石にこの点については上手く騙し通す事は出来なかった。
「明らかガソリンだろ! ポリタンクに詰め込まれたガソリンを一気飲みしてるよねアレ!?」
「ああやっぱりバレた? まあでもガソリンぐらい誰だって普通に飲むでしょ?」
「飲まねぇから! 人間がそんな真似したら確実に死ぬから!」
「確かに喫茶店で事前に用意した飲食物を勝手に持ち込んで飲むのは如何なものかと思うのはわかるけど、コイツはちょっと特殊だから仕方ねぇんだよ」
「特殊ってなんだ!? ガソリンを飲む人間なんてもはや特殊で済まされないレベルだろ!」
別段さほどおかしい事ではないという感じで話す銀時だが、新八はつい荒い口調を使いながら叫びつつ説明を求めようとする。
するとずっとガソリンを飲み続けていたユウキがプハーッと声を上げながら、すっかり空になったポリタンクをテーブルの上に置いた。
「あーロックでもなく水割りでもなくストレートで飲んでみるのも悪くないモンだね、ガソリン」
「お前最近燃費悪くねぇか? ガソリンって最近高ぇんだからもうちょっと俺の懐に気を使えよ」
「そうは言ってもボク、コレが無いと生きていけないし」
「最近安く入手できるガソリンってのがあるみてぇだしそっちに乗り換えたらどうよ?」
「え~ヤダ~、前に飲んだけどあんま美味しくないんだモン」
ガソリン飲み干しておきながらケロッとした表情を浮かべているユウキに銀時が目を細めて文句を言っているという状況を見つめながら、新八と直葉、そして銀時の隣にいた和人も言葉を失いワナワナと震えはじめる。
「オイィィィィィィィ!! もはや和人君の事よりもあのガソリン少女の方が気になって来たんだけど!? なんなのアレ!? なんで平然としていられるの!?」
「お兄ちゃん、なんなのあの女の子!?」
「知らん! 俺も今初めて見た! え! ホントどういう事!?」
仮想世界ではわからなかったユウキの人間離れした設定を目の当たりにして、新八と直葉と同じく和人もまた困惑。
しかしそんな三人とは違い、お妙は一人静かに微笑んでいた。
「いいじゃない、最近は肉食系女子とか草食系男子って言葉が流行ってるんでしょ? 別に良いじゃない、ガソリン系女子ががいても」
「姉上! 肉食系女子の意味絶対知らないですよね!? 男に対してガツガツ攻めるのが肉食系女子です! ガソリンに対してグビグビ飲み干すのはもはや女子とは呼べません! ていうか人類としても認められません!」
「偏見はダメよ新ちゃん、さっき万事屋さんが言ってたじゃないの。人を見極めるのに大事な事は、悪い部分だけでなく他の部分もしっかり見てやる事だって」
狼狽える新八に対しお妙は静かに諭し、直葉と和人の方にも目配せする
「多少おかしな点があろうがそれも全て受け入れてこそ侍にとっての器量の大きさが知れるいうもの、あれこれ追及する前にまず己の器の狭さを自覚なさい」
「いや侍だって目の前でガソリン飲まれたら流石に引くと思うんですけど!?」
「お兄ちゃん本当にこんな人達と一緒にやっていけるの……?」
「……どうなんだろう」
未だ納得していない様子の三人に対し、お妙は「あなた達もまだまだね」と言った感じでフッと笑うと、口元がガソリンまみれになっているユウキに呆れた様子で手拭で拭きとっている銀時に声をかける。
「わかりました、そちらの方に色々と込み入った事情があろうが、それを何事も無く受け入れるあなたになら安心してウチの門下生を預けられます。どうぞご自由にコキ使ってやって下さい」
「ったくガキみたいに口の周りベタベタにしやがって……え? ああ言われなくても足腰立てなくさせるぐらいヒィヒィ働かせてやるんで、和人君の事は当分ウチに任せてくれればいいから」
「銀時、拭いてくれるのは嬉しいんだけどちょっと強くない?」
「文句言うんじゃねぇ、ガソリンってのは強く擦らねぇと落ち……」
お妙の方に振り返りながら、銀時が嫌がるユウキの口元を少々乱暴に拭き取っていると
ポンッと何かが取れたような音が何処からともなく聞こえた。
その瞬間、銀時が「あ」っと何かやってしまったかの様な声を漏らしたと同時に
彼の手元から”それ”が滑り落ちて、テーブルの上をゴロゴロと転がり、お妙の前でピタリと止まった。
彼女が見下ろすと、”それ”は何事も無いかの様にため息突いて
「も~あんまり力入れると”取れる”って毎回言ってるじゃん銀時~」
銀時が力を入れ過ぎてついポロッと取れてしまった”ユウキの生首”が
呆れた表情を浮かべながら口を開いて普通に喋っているではないか。
イラスト提供・春風駘蕩様
あまりにもショッキングな光景に新八、直葉、和人が口をあんぐりと開けて固まっている中
「やべぇやべぇ」と呟きつつ、銀時はお妙の前に転がった彼女の生首を両手に取ってカポッと首の上に装着させる。
そしてフゥーッと安心したかのように息を吐くと、改まった様子で彼等の方へと振り返り
「それじゃあ他に和人君の事について聞きたい事ある?」
「いや何事も無かったかのように話始めようとすんじゃねぇよ!」
一連の動きをしておきながらユウキの首が取れた事に完全に目を逸らした様子で話を続ける銀時だが
それを許すまいと新八が再び身を乗り上げて叫び出す。
「ど、どういう事ですか!? 今その子の首ポロッと取れましたよね!? 完全に体と頭が分離しましたよね!」
「したけど何? おかしい事でもあんの? ペンギン村にもいるだろ、頭取れる人間」
「おかしいに決まってんだろ! ペンギン村にいる頭取れる子だって人間じゃねぇし!」
新八がツッコミを入れても銀時はしれっとした表情で、ユウキの頭を撫でるフリしながらしっかりと固定する様に念入りに接続させていた。
そんなバレバレの動きを見て直葉はすぐにバッと和人の方へ振り返って。
「お兄ちゃん本当にここで働くの!? ガソリン一気飲みして! 頭がポロッと取れる女の子がマスコットやってる店で! 止めるなら今の内だよ!」
「すまんちょっと後にしてくれ! 今ちょっと頭がパニックになってて混乱してるんだ! どういう事だ一体! 前々からなにかおかしいとは思ってたけど! 首が取れても平然としていられるってそれもう完全に……!」
新八に続いて桐ケ谷兄妹も激しく動揺している様子。
「でもこういうゲーム顔負けの奇抜な連中こそが俺が唯一現実で待ち望んでいたモンなのかもしれない……仮想世界だけでなく現実世界での二人を見てみたいって気持ちもあるな……試しにちょっとらやってみるかな、万事屋……」
「お、お兄ちゃんマジで言ってるの!? 本当に怪しいよこの人達! お兄ちゃんがこんな人達とやっていける訳ないよ絶対!」
散々働けと言っておきながら、引き返すなら今だと必死に説得を試みようとする直葉をよそに、和人は一人頭を抱えて無理矢理冷静になりながら腹をくくる。
そしてそんな状況下でもなお、お妙は一人落ち着いた様子でいながら、突然何かわかったかのようにポンと手を叩いて
「首取り系女子って奴かしら? 最近の流行は凄いわね~」
「「「いやそんな訳ねぇだろ!!」」
のほほんとした様子で一人勝手に納得するお妙に、流石に新八と和人も口を揃えてツッコミを入れるのであった。
かくして桐ケ谷和人は銀時の営む万事屋にて働く事が確定するも、数々のおかしな疑問で頭が一杯だ。
銀時でも謎だらけであったのにユウキもまた謎に包まれているという事がわかった和人は
知りたいという欲に身を預けて彼等との道を歩む決心をする。
そしてこの件がキッカケに彼が万事屋として働く事に対してますます不安を募らせるのは新八と妹の直葉。
そんな二人が次に出る行動とは……
次回、「引きこもり、かぶき町に行く」
という事で次回からかぶき町に桐ケ谷和人がお邪魔しますが
未だ納得していない新八・直葉とまだ一悶着ありそうです。
ちなみにお妙さんは全面的に彼が万事屋で働く事に関しては賛成してるのでご安心を
それでは
P・S
恐らくですが来週は休載となるかもしれません、理由はここ最近旅行に行ったり風邪引いたりと、執筆する時間が普段より減ってしまった為に、締め切りの日に追われる状況になってるからです。他二作品も同様、定期的に更新出来るよう一週間だけ時間を貰おうと思います。
次回の更新は再来週の11月24日になると思われます、申し訳ありません。