竿魂   作:カイバーマン。

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新章スタートです、これからもよろしくお願いします。


万事衝突編
第十一層 妹がウチに召喚したのは魔王と眼鏡でした


坂田銀時が第一層を攻略して数週間後

 

第八層、村近辺にある沼地エリアにて銀時はモンスターとの連戦を終え、エリア内に設置されている敵が寄り付かない休憩場所にて休みながら朝日を拝んでいた。

 

「おいおい、やり始めたの夜中だったのにもう朝じゃねぇか」

「げ、もうこんな時間経ったのか!? はぁ~ハマり過ぎると時間忘れちまうな……」

 

EDOの世界と現実世界の時間はリンクしている、つまりこちらが朝になったという事は、江戸もまた朝となり真っ当な人間であればそろそろ活動を始める頃合いという事だ。

 

薪に火を点けてモンスターから剥ぎ取ったよくわからない肉を調理しようとしていた銀時が呟くと

 

一緒にプレイしていたクラインもまたすっかり時間の感覚が忘れていた事に気付く。

 

「つうか俺今日仕事なんだけど、銀さんは?」

「ああ、俺今日オフだわ、つうか5日前からずっとオフ、ゴールデンウイーク満喫中だ」

「いやそれはそれでヤバいだろ社会人として!」

 

危機感の欠片も無い表情で、慣れた手つきで鍋に入れた肉を茹でながら、パッパッと手元にあった味を引き立てるマジックパウダーを入れていく銀時へ同じ社会人としてクラインがツッコミを入れていると

 

「甘いな、俺なんか毎日が休日だ、それにここ最近家から出た覚えもないぞ、おかげで妹と母親としか顔合わせてないぜ。妹の方とは視線すら合わせてもらえないけどな」

「オメェはいい加減働け! なにドヤ顔浮かべてんだこの社会不適合者!」

 

ここら数時間の間で狩ったモンスターからのドロップ品を画面上でチェックしつつ、勝ち誇った様子でクラインの方に顔を上げてきたのはキリト。

 

この三人の中で唯一のベテランであり、無職なのをいい事にEDOの世界にのめり込んでる廃人プレイヤーだ。

 

クラインが心配する程働くつもりなど毛頭ない様子のキリト、だが現実では底辺の彼でもこっちの世界ではそれなりの実力者なのは確かだ。

 

報酬整理を終えて銀時の隣に座って料理の完成を待ちつつ、キリトはおもむろに彼に口を開く。

 

「第八層か、ここまで来るのにもっと時間がかかると思ってたんだけど」

「ゲームなんざコツ掴んでいけば自ずと手際が良くなるモンなんだよ、第一層のボス以降はてんで大した事ねぇボスばっかだったし」

「そりゃアレはディアベルの仕業だったからな、それ以降のボスは前に俺が戦った時となんら変わらなかったし」

 

コボルドロードとの決戦後、銀時は順調にアインクラッドを攻略していた。

 

始め立ての新米プレイヤーの割には数週間で第八層まで昇り詰めた事には素直に評価したい。

 

といっても彼の周りにはベテラン組で各フロアやボスの特徴、マップも所有している自分やエギル、そして何より常に行動を共にしているユウキが傍にいるおかげ(今日は何故か一緒にいないが)というのもあるのだが

 

それでもここ最近の銀時は最初に比べればゲームに慣れてきている感じはする。

 

たまに画面操作でもたつくクセは相変わらずだが

 

それと今の彼の戦い方はユウキのアドバイスを下に編み出した”新戦法”なのだが、周りから見るとかなりヒヤヒヤさせる戦い方なので、近い内に真っ当な戦い方をして欲しいというのが本音だ。

 

銀時本人も「いや侍だけどさ、流石に慣れてる訳じゃねぇからね?」と不満を漏らしているので、改善策はいずれ見つけておこう。

 

「そういえば今日は珍しくユウキがいないんだな、いつもアンタ達一緒にログインしてるのに」

「アイツは無理矢理休ませた、定期的に一日ぐらい休ませねぇと体に支障出るかもしれねぇし」

「もしかして身体悪いのか?」

「悪いっつうかアイツはちと俺達と違って特殊なんだよ色々と」

 

煮えたぎった鍋から肉入りスープを木製のおたまで取り出し手に持った皿に入れながら

 

毒味役として強引に向かいに座っているクラインに押し付けながら銀時は呟く。

 

「つうか身体が良くても悪くても、一日中ゲームなんざやってたらマズいだろ世間体的にも」

「ふーん俺は全く気にしないけどな」

「例えお前が気にしなくても、お前の身内は気にしてるだろやっぱ……おいどうだ、ゴブリンの肉入りスープの味は?」

「食ってる途中でゴブリンの肉だと知らされてなかったら、心の底から美味ぇって言う所だったぜ……」

 

面の皮の分厚いキリトというより、彼の家族に対し哀れみを感じつつ、銀時は苦い表情を浮かべているクラインと共に仮想世界での朝食にありついた。

 

「おめぇ前に妹がいるとか言ってたよな? なんか色々文句とか言われねぇの?」

「ああ、働けとか社会と向き合えとか外に出ろとか言われるな確かに、俺は全く聞く耳持たずだけど」

 

あっけらかんとした感じで銀時の問いに答えるキリトに、話を聞いていたクラインがはぁ~と深いため息を突いた。

 

「おいおいキリト、オメェ妹さんにそこまで言わせてるクセに結局働こうとしねぇのか? 妹さんが不憫でたまらないぜ」

「俺からすればほっといてほしいんだけどな、どうしていちいち俺に突っかかって来るのかわからないし」

「普通にお前さんを心配してるだけだろきっと、早く更生しねぇと妹さんも何か仕掛けてくるかもしれねぇぜ?」

「仕掛けるって何をだよ」

「例えばオメェさんみたいな社会活動に前向きでない奴を、真っ当な社会人にする為に指導する事を生業とする教育者を家に呼ぶとか」

「ああ、テレビでよくやってる引きこもりを無理矢理部屋から引きずり出すという非人道的な奴等の事か……そんな連中呼ばれたら流石に俺もイヤだな、けど流石に妹もそんな事はしないだろ……」

「いいやどうだろうな、キリの字よ、もしかしたらオメェの妹さんはオメェが思ってる以上に事を深刻に抱えてるかもしれねぇぜ?」

「……キリの字ってなんだよ」

 

珍しく年上らしい的確な事を言って来るクラインに、先程までずっと平気な様子だったキリトが若干危機感を覚え始める。

 

確かに今までは口だけだったが、今後それだけで終わるとは限らない。

 

もしかしたら本当に自分を引きこもりから脱却させる為に、誰か呼ぶのでは?

 

そしてもし妹が呼ぶとしたらそれは一体誰なのか……

 

(アイツの知り合いと言ったらあの姉弟だよな、弟ならともかくもう片方は……)

 

それを想像してキリトはすぐにとある人物が頭の上に浮かんだ。

 

妹が最も慕って最も尊敬し、なおかつ自分にとっては最も恐ろしい存在の……

 

「悪い俺ちょっとログアウトする、なんか今嫌な予感が頭をよぎった……」

「おう、一度妹さんと話しておけ、手遅れにならねぇ内にな」

「手遅れか……そうだな、今頃妹が起きて朝の鍛錬でもしてるだろうしちょっと話してくる……じゃあな」

 

手短に別れの言葉をクラインと交わすと、素早く目の前にメニュー画面を出して即ログアウトボタンを指で押す。

 

焦った様子でありながらも操作を誤らずに打ち込めるのは流石というべきか。

 

程無くして冷や汗を垂らしたキリトが光の粒子となってフッと消えると

 

銀時もまたゴブリンの肉入りスープを食べ終えた頃であった。

 

「それじゃあ俺も一旦戻るとするわ、こっちで食ったから腹いっぱいだけど、やっぱり現実の食い物を腹に詰め込まねぇとぶっ倒れちまうからな」

「そういや俺も仕事に出る準備しねぇとな、はぁ~徹夜のまま仕事か、キツイぜ全く……」

「残念だったな、ちなみに俺は朝メシ食い終わったお昼寝タイムだ、俺が寝てる間汗水垂らして必死に働け」

「キリトもそうだがアンタも心配になって来たな……」

 

結局鍋を空にするまで食べきってしまったクラインはほぼほぼプー太郎である銀時を見て、まともな生活は出来ているのかと、半ば本気で心配する視線を向けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キリトこと、本名・桐ケ谷和人には妹がいる。

 

桐ケ谷家の長女、桐ケ谷直葉。

 

和人とは一才違いではあるが、幼い頃から8年間剣道を続けている努力家であり

 

数年前に江戸で女性のみで行われた剣道大会で準優勝に入った実力者として、あの由緒正しき名門、『柳生家』からも誘いが来る程だ。しかし彼女は今現在通っている道場に非常に強い愛着を持っているのであっさりとそれを断ってしまっている。

 

無論剣術だけでなく勉学に対しても一切手を抜かずに寺子屋でしっかり学び続けて昨年には卒業

 

そして新たな学び舎で欲しい資格を手に入れる為に再び勉強を始め。

 

勉学に励みながらもアルバイトをこなして家にお金を入れ、そして剣を振り続ける。

 

和人とは全くと言っていい程対照的な良く出来た妹なのだ。

 

数年前は和人も彼女に対して愛称で「スグ」と呼んで仲慎ましい兄妹だったのだが……

 

最近ではよくゴミを見るような視線を向けられるので彼女から距離を取る様になり、同じ家に住む者同士であるのにすっかり疎遠となってしまった。

 

EDOの世界へと繋がる為の機器、ナーブギアを頭から取り外した和人は

 

ベッドから起き上がるとすぐに自分の城であるこじんまりとした部屋を出ると、階段を下りてすぐに庭の方へとやや駆け足気味に向かった。

 

妹はそこで竹刀を振り回し朝練を行うというのはずっと昔から彼女自身が決めている事なのだ。

 

庭の見える窓から見てみてると、案の定、上下に道着と袴を着飾ったやや短髪の黒髪少女が

 

 

 

 

 

 

 

「こんの腐れニートがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

庭に生えてる大きな木に吊るされた人型のサンドバッグに向かって叫びながら

 

一心不乱に竹刀を浴びせている少女、直葉がそこにいた。

 

まるでそのサンドバッグを「誰か」と被せてぶっ叩いているのか、サンドバッグは所々ボロくなっておりかなり使い古された形跡がある……

 

一体誰に見立てながらあんな剣幕でボコボコにしてるんだろうなウチの可愛い妹は、とほのぼのと思いながら

 

和人はクルリと踵を返して自分の帰りを待つ暖かい我が部屋へと急いで撤退しようとする。

 

だが

 

「あれ、お兄ちゃんもう起きたの?」

「!」

 

逃げようとした瞬間、そんな彼を後ろから呼び止める声が

 

恐る恐る振り返ると、そこには先程まで鬼のような形相で竹刀を振るっていた者と同一人物とは思えないぐらいの朗らかな笑みを浮かべる妹がこちらに振り向いていた。

 

「もしかしてまた朝までゲームしてたとか?」

「い、いやちょっと目覚めが早かっただけだって! ゲームで徹夜とかしてないから絶対!」

「ふーん……」

 

本当は昨日の夜からぶっ通しで仮想世界に潜り込んで銀時やクラインとワイワイ騒ぎながら遊んでいたのだが

 

今それを正直に言ってしまうと、なんだかあのボロボロのサンドバッグと同じ運命に辿りそうだという危機察知能力が働いてつい誤魔化してしまった。

 

直葉は少し怪しむ様に和人に目を向けた後、すぐにケロッとした表情を浮かべ

 

「まあいいや、それよりお兄ちゃん今日ヒマ? といっても年中ヒマだから聞く必要ないか」

「サラッと酷い事言うなお前……いや確かにヒマなんだけどさ」

「実は今日、お兄ちゃんに会わせたい人がいるんだけど」

「はい!?」

 

会わせたい人、それを聞いてついさっきクラインと話していた会話を思い出す。

 

 

『例えばオメェさんみたいな社会活動に前向きでない奴を、真っ当な社会人にする為に指導する事を生業とする教育者を家に呼ぶとか』

 

まさかもうその時が来たというのか……額から汗が流れ始めるのも気にせず、和人は頬を引きつらせながら庭で立っている直葉からゆっくりと目を逸らす。

 

「会わせたい人って……もしかして俺の知り合いとか?」

「知り合いというかそれ以上かな? 家族ぐるみの付き合いだし」

「おいおいおいおい……」

 

家族ぐるみという事はもう完全に間違いない、一刻も早くこの場を立ち去らなければ自分の身が、下手すれば命も危ない。

 

「わ、悪いな妹、お兄ちゃんは急用を思い出した、コンビニでジャンプを買って来るという壮大な冒険に出向かないといけないんで多分夜まで帰らないから……」

「いやどこの国のコンビニに行くつもり? 言っておくけど逃げようたって無駄だよ、もう来てるんだから。すみませんこっち来て下さーい」

「うぇ!?」

 

適当な事言ってネットカフェにでも避難しようと思っていたのだが上手くいかず、しかも直葉はもう既にその人物をここに呼んでいるらしい。

 

頭の中で緊急警報が大音量で流れているのを感じながら、身体を震わせながらゆっくりと直葉のいる庭の方へと歩み寄って、窓から顔を覗かせると

 

家の入口からこちらの庭まで何者かがタタタッと駆けて来る足音が

 

そして次の瞬間

 

「うわぁここに来るの久しぶりだな、おはよう直葉ちゃん、相変わらず朝練頑張ってるんだね」

 

自分と同い年のパッと見地味な印象な眼鏡を掛けた少年が現れた。 

 

あれ?っと和人が口をポカンと開けてその少年を見つめていると、彼はすぐにこちらへ振り返り

 

「久しぶり和人君、しばらく会わない内に少し痩せたんじゃないの?」

「……」

 

微笑を浮かべて軽く挨拶してきた少年に対し、和人はしばしの間を取った後カッと目を見開いて

 

「お前かよッ!!!」

「え、なに!? なんでいきなり怒られたの僕!?」

 

誰かが来ると聞いてもしやと危惧していたのにまさかのコイツとは

 

和人にいきなり叫ばれて驚く少年の名は志村新八

 

直葉の通う剣術道場・恒道館の跡取り息子であり

 

これといった特徴は眼鏡ぐらいで見た目ははっきりいって地味な印象が強いが

 

生まれてこの方ずっと剣術の稽古を行っているせいで、そこらの並の者では太刀打ちできない程の腕を持っている

 

と言っても和人にとって新八は小さい頃よく泣いてばかりいた印象が多いので、直葉から色々と今の彼の事を教えられても「俺に散々負かされてたあの泣き虫が? あり得ないだろ、今なんか見た目地味だし眼鏡だし、ほぼモブキャラじゃん」とヘラヘラ笑いながら一蹴した事がある。

 

その発言をした日、直葉が用意した和人の晩飯はお皿に乗った梅干し一個だけだった。

 

「んだよ新八か、心配して損したぜ、ふざけんなチクショウ」

「急に安心したと思ったら悪態付いて来たんだけど……一体全体どうなってんのコレ?」

「ていうかなんでお前が直葉に呼ばれてここに来たんだ? もしかしてアレですか? お二人で結婚しますとかそういう流れの奴ですか? じゃあ喜んで祝福してやるよ、はいはいおめでとう、これからはどうぞ俺を二人で養ってくれ」

「おい本当にどうしたコイツ! なんか見ない内にとんでもねぇクズ野郎に成り下がってんだけど!?」

 

直葉が呼んだのが新八だとわかった途端、すっかりナメた様子で死んだ目をしながらパチパチと両手を叩きながらヘラヘラ笑い出す和人。

 

つい新八が声を大きくしてツッコミを入れていると、隣の直葉がはぁ~と深いため息。

 

「お兄ちゃんそういう話じゃないから、新八さんが来たのはそういう不真面目な態度取って全く生活を改善しようとすらしないお兄ちゃんにビシッと言ってもらおうと連れて来たの」

「あっそうですかどうぞご自由に、じゃあ俺ちょっと昼間で寝てるんで、そこの木に吊るされている俺の分身のサンドバッグ君にビシッと言っておいてあげて下さい」

「直葉ちゃん、完全にこっちをナメてるよアレ。僕等が何を言おうがとかそんな次元じゃないよ、僕等を相手にしようとする姿勢さえないダメ人間っぷりだよ」

「なんかここ最近のお兄ちゃん、前にも増して変になってるんだよね、たまに死んだ魚の様な目をしたり妙に口が上手くなったり……一体何に影響されたんだか」

 

相手がコイツ等ならなんてことない、こっちが無理矢理言いくるめればすぐに諦めるに決まっている。

 

昔からの付き合いなので、和人にとってはこの二人の対処法ぐらいとうに熟知しているのだ。

 

これで晴れてなんのしがらみもない引きこもり生活を再びエンジョイ出来ると和人が内心喜ぶ、すると直葉はそんな彼をジト目で見つめながら

 

「まあでも、お兄ちゃんがそういうふざけた態度取るなら遠慮しないから、念の為あの人を呼んでおいて正解だったよ」

「……へ?」

 

あの人って一体どちら様?

 

直葉の呟きに和人が顔をこわばらせていると……

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりね和人君、元気にしてたかしら?」

「!?」

 

その声は突然背後から聞こえた。

 

音もなく気配もなく、まるで最初からそこにいたのかの様に女性のゆったりとした声が和人のいる部屋の中で静かに響く。

 

その声を聴いた途端、和人は全身から悪寒を覚え、蛇に睨まれた蛙の様に恐怖で金縛り状態に合ってしまう。

 

それでもなお必死に首だけでも動かして、頬を引きつらせながら背後へ振り返ると

 

着物を着たポニーテールの若い女性がこちらに優しそうな笑みを浮かべて立っているではないか。

 

「ギャァァァァァァァァ!!!!」

「あらいきなり人の顔見て悲鳴? 失礼しちゃう」

 

現実世界では周りに何かがいるのか探すのに役に立つ索敵スキルなど使えない

 

否、仮にここがゲームの世界であろうと気付かなかったもしれない。

 

それ程彼女は恐ろしく、そして和人にとって最も敵に回したくない相手なのだ。

 

口を大きく開けて叫び声を上げる和人に対して女性が微笑みを崩さず立ちつくしていると

 

庭の方から新八と直葉の声が

 

「”姉上”! その引きこもり野郎をいっちょ揉んでやってください!」

「お妙さんお願いします! ウチの愚兄を懲らしめて下さい!」

「バカ野郎お前等! この人の場合揉んでやるとか懲らしめてやるってレベルじゃねぇんだよ! まさかお前等俺を抹殺する為に呼んだのか!」

 

二人に対して反射的に和人が叫ぶのも無理はない。

 

彼の目の前にいるのは志村妙

 

志村家の長女にして志村新八の実の姉。

 

見た目は優しそうでおしとやかな印象が窺えるが、その見た目は偽りの姿で、いざ彼女が怒らせるモンなら容赦なく相手を徹底的にひねりつぶす事も厭わない恐怖の大魔王なのだ。

 

「ごめんなさいね和人君、あなた達家族の問題に首突っ込のはよそうと思っていたんだけど、可愛い妹分に泣きつかれて知らん顔する程私は薄情じゃないのよ」

 

ポキポキと拳を鳴らしながら笑顔でそう答えるお妙に和人は急いで後ずさりして距離を取る。

 

彼女の本性をイヤという程見せつけられている和人にとっては正に天敵なのだ、恐怖で縛られた身体を無理矢理動かし、そのまま一気に

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「あら逃げた」

 

脇目も振らずに逃走、女性を前に逃げ出すなど男としては情けないと思いたければ思えばいい

 

だが彼女の拳をまともに食らえばそれだけで致命傷、ゲームの世界ならそのまま一撃死なんてのもあり得るほどだ。

 

そんな者はもはや女性として扱えない、むしろアインクラッドの最上階でラスボスとして彼女が笑顔で現れても、和人は平然と受け入れられるであろう。そして恥も捨てて自分だけ真っ先に逃げるのは間違いない。

 

「甘かった! 自分の考えが甘かった! 直葉の奴! まさかとんでもない最終兵器を連れてくるとは!」

 

直葉が呼んだのは新八だけだと思い込んでいた自分自身の甘さを責めながら、和人は一気にリビングを出で階段を駆け上り、2階にある自分の部屋と入ると急いでドアを閉める。

 

そして万が一の為にと事前に雑貨屋で購入してドアに施していた鉄のチェーンを掛けて、外側からは開けられないようにする。

 

「コレで当分の間は籠城出来るだろう……しかしこれからどうすれば」

 

外に逃げようにも庭には直葉と新八がいる。新八はわからないが直葉と体力面で勝負するのは負けが見えている。

 

だからこそ、この最も落ち着く空間、長年閉じこもる毎日を送っていたこの部屋で耐え忍ぶという選択肢を選んだのだが……

 

「ずっとこうしていれば帰ってくれるかな……ひ!」

 

不意にドアからトントンと軽いノック音が聞こえただけで、和人は短い悲鳴を上げて慌ててドアから遠ざかる。

 

ノックしたのは恐らく彼女であろう、だがドアにはチェーンが掛けられている、開けようにも指が入る程の隙間しか開く事は出来ない。

 

流石に彼女もこれでは精々自分に言葉を掛ける事ぐらいしか出来ないであろう、そう思い和人がフッと笑い

 

「悪いなお妙さん、俺は今ちょっと気分がすぐれないから話はまた今度に……ってギャァァァァァァァァァ!!!」

 

激しい衝撃音と共に和人にとっての命綱のドアが一瞬で破壊された。

 

パラパラとはドアの破片が周りに散っていく中で

 

その向こうでは微笑みを絶やさないお妙が拳をこちらに突き出して立っていた。

 

(せ、正拳一発でドアをぶち破りやがったァァァァァァァァ!! なんなんだこの人、本当に人間!?)

 

内心そう思いながら恐怖に慄く和人に対し、お妙は静かに彼の部屋の中へと入る。

 

「お邪魔します」

「ちょ、ちょっとぉ!? 器物破損じゃないんですかそれ!?」

「問題ないわよ、これからドア無しで生活すればいいんだし」

「俺のプライベートは!?」

「年中働きもせずダラダラと怠慢を募らせ、妹を泣かせる者にプライベート云々を言う資格はありません」

「無茶苦茶過ぎる……」

 

直葉相手であればいくらでも言いくるめる手段はある。

 

だが今目の前に現れた彼女には、志村妙にはそういったものは全く効かない。

 

我を通し、我のまま突き進む彼女の姿勢には直葉は強く憧れ、尊敬しているのだが

 

和人にとっては周りがどう言われようがただただ突き進んで来るその彼女の破天荒っぷりは怖いという気持ちしかなかった。

 

「さて、こうして逃げ場も失ったんだし。お互いキッチリ話し合いましょうか、そっちがその気がなくても結構よ? 力づくでどうにかするから」

「待て待て待て! 待ってください! 拳を構える前に俺の話を聞いて下さい!!」

 

既に右手を振りかざして殴りかかろうしているお妙に対し、和人はすぐに両膝を突いて正座すると必死に弁明を始める。

 

「えーとですね実を言うと俺自身も結構悩んでいる節がありまして……その、このままずっと無職のままで引きこもりやってると直葉にも両親にも迷惑かかるなーっと滅茶苦茶悩んでいたんですよ」

「……」

「そりゃもう満足に寝付けない程頭が痛くなるぐらい考えましたよ本当に、それで今後は前向きに仕事でも探そうかなと本気で思っていますんで、今回は何卒お引き取りを……」

「……」

 

その場しのぎで見繕った台詞としては中々と言った所であろうか

 

しかしお妙は彼の言葉を聞いてもただ無言、そして笑みを浮かべたまま

 

正座してこちらに恐る恐る顔を上げている和人の頭をガシッと鷲掴みにして

 

「あら~滅茶苦茶悩んで考えた頭にしては随分と軽いわね~、このまま強く握ったらパックリ割れちゃいそう」

「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

そのまま和人の頭に指を食い込ませながら軽々と持ち上げた。

 

激痛に悲鳴を上げたまま宙ぶらりん状態の和人に対し、お妙は笑いかけたまま

 

「適当に言葉ならべた所で私がそれで大人しく帰ると思ったのかしら?」

「待って! いや本当に心入れ替えるんで! 真っ当に社会人として働くので頭パックリだけは!」

「さあてどうしようかしらねぇ、あら?」

「うご!」

 

頭を砕かれてはたまらないと必死に命乞いをする和人をよそに

 

お妙はふと彼の部屋にある机の上に小さな紙が一枚置かれている事に気付いた。

 

それがサイズ的に名刺だとわかり、お妙はパッと和人の頭から手を離して彼を床に落とすと

 

「これって名刺よね? 和人君こんなの一体何処で……『万事屋銀ちゃん』?」

「いでで……え? いやそれは随分前にある人から半ば強引に貰っただけ……は!」

 

それは初めて坂田銀時とユウキと出くわした時に彼から貰った名刺だった。

普通ならそのまま捨てておけばよかったのだが、どういうわけか和人はそれを捨てきれずに

 

ずっと机の上にほったらかしにしていたのだ。

 

しばらくその存在さえも忘れていた和人であったが、お妙が見つけた事で思い出し

 

そして同時に頭に雷が落ちたかのような名案を思い付いたのだ。

 

「……実は家族には黙っていたんだけど俺、ちょっと前に偶然道を歩いてたらスカウトされたんだよ」

「スカウト!? え、まさかこの名刺に書いてある坂田銀時って人に!?」

「ああ、なんか知らないけど俺の中に光るモノがあるとかなんとかで熱心に誘って来てさ」

 

和人は立ち上がり様にそっと髪を掻き撫でながらドヤ顔でそう呟くと、お妙は名刺を手に取ったまま驚きの声を上げる。

 

そして立て続けに和人はフッと笑いながら

 

「だからまあしばらく時間が欲しいという事で俺もしばらく悩んでいたんだけどさ、お妙さんと話してわかったよ。今からでも遅くないよな?」

「和人君、まさか……!」

「お妙さん、俺……」

 

目を見開き彼が言おうとしてる事を察した彼女に対し

 

和人はグッと親指を立てて自分を指差す。

 

「万事屋になります」

「まあ! 偉いわ和人君! 仕事の内容はともかくよく決心したわね! まさか向こうからスカウトが来るほどの逸材の才能を秘めていたなんて! それでこそあの立派な御爺様のお孫さんだわ!」

「ハハハ、ジっちゃんの名にかけて頑張ります」

「おめでとう和人君! 今晩は祝杯ね! 私が腕にかけて御馳走を用意するわ!」

「いやそれはいいです本当に、あの、マジでお構いなく、ホント、お願いですから勘弁してください」

 

まさかの万事屋入ります宣言に予想以上に喜び、更には自分で料理を作ってもてなそうとしてくれるお妙に対し

 

和人は罪悪感とかではなく本気でそれを丁重に断る。

 

彼女の作る料理は実を言うと、料理として分類してはいけない程凄まじいモノなのだ……

 

 

さっきまでこちらを叩き潰すつもりで迫りかかっていたお妙が一転して自分の事の様にはしゃいでるのを見て

 

和人が内心「我ながら天才的なこの頭脳が恐ろしい」、と、よくよく考えればすぐボロが出る嘘だというのを気付かずに、自分自身を称賛していると

 

 

 

 

 

「よ、万事屋で働くってどういう事お兄ちゃん!? なんでそんな大事な事私に言わなかったの!?」

「ちょっと和人君! まさかそんな胡散臭い所に就職する気なの!?」

「うわ、コイツ等の存在忘れてた……」

 

ドアが無くなった事によって自分とお妙の会話は筒抜けであったのだろう

 

いつの間にか家に入り、廊下で盗み聞きしながら覗いていた直葉と新八が二人揃って現れた事に、和人はバツの悪そうな表情を浮かべて目を逸らす。

 

「べ、別にいいだろ。俺が働く事がずっとお望みだったんだろお前等」

「そうだけどなんか怪し過ぎるよ! まずお兄ちゃんなんかをスカウトしようとする時点でおかしい!」

「見てる人は見てくれてる証拠だよ、お前は俺のこの類稀なる才能を見ようともしなかったけど」

「う……」

 

つい調子に乗って皮肉を混ぜて言ってしまった、しかし直葉はこちらを見つめながらワナワナと震えて悔しそうに黙っているので、ちょっとばかり和人は気分が良くなった。

 

完璧な妹を黙らせるというのは実に爽快だ

 

そんな彼女をふと隣にいた新八が心配そう見つめた後、和人の方へと振り返り

 

「それじゃあその和人君をスカウトした人を、一度僕等に会わせてくれないかな?」

「へ!?」

「和人君の雇い主になる人が、一体どういう人なのかこの目ではっきりと見ておきたいんだ」

 

マズい、それは非常にマズイ! そんな事したらすぐにボロが出て一巻の終わりだ!

 

余計な事を新八が言った事に和人は焦りつつなんとか流そうと口を開きかけたその時

 

「うん、私もその人に一度会ってみたい、妹の私でもわからなかったお兄ちゃんの才能を見つけてくれた人に……」

「おう!?」

 

沈んだ表情で直葉がここで便乗してきた、皮肉を混ぜて突っ放したのが仇となってしまった事に後悔していると、今度はお妙もまた軽く頷いて

 

「そうね、和人君の雇ってくれた人ですしこちらから一度お礼言っておかないといけないわね」

「それじゃあ決まりましたね、じゃあ和人君よろしく」

「ま、待て待て待て! そんな急に何を言って……!」

 

このままでは大変事態に……しかしもはや和人一人で彼女達行動を止める事は出来なかった。

 

そしてこの流れを作った張本人である新八は、名刺を手に持ったまま和人の肩をポンと叩き

 

 

 

 

 

 

 

 

「安心して、この”坂田銀時”って人が、本当に和人君の上司として相応しいか僕等で見定めてあげるだけだから」

「新八さん、その名刺に電話番号書いてあるからそこに連絡すればいいんじゃない?」

「あ、本当だ、早速いつ会えるか聞いてみようか」

「こちらから会いに出向くんだから何か持って行った方がいいわよね? 私の手作り料理とかどうかしら?」

「いや姉上、僕等は挨拶に行くだけです、殺しに行く訳じゃないですからごっはぁ!!」

「新八さぁん!」

(うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! どうすりゃいいんだチクショォォォォォォォ!!!)

 

勝手に話が進み、早速銀時と連絡を取ろうと動き始める三人をよそに

 

和人は一人頭を抱えて泣き叫びたいという衝動に駆られながら天井を見上げるしか出来なかった。

 

 

かくして桐ケ谷兄妹と志村姉弟の間に

 

 

和人が働くと言ってしまった勤め先の万事屋オーナー

 

坂田銀時は彼の妹と、その妹が慕う姉弟と顔を合わせる事となった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




和人の運命はいかに、そしていきなり家族内の揉め事に巻き込まれた銀さんは……

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