竿魂   作:カイバーマン。

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白黒夜叉編
第一層 しろくろやしゃ


これはゲームであっても遊びではない 

エターナルドリームス・オンラインプログラマー・茅場晶彦

 

ゲームなんざ遊ぶ為のモンだ、適当でいいんだよ適当で

万事屋銀ちゃん・オーナー・坂田銀時

 

 

 

 

 

 

そこは広大なる宇宙が辺りを包み込む特殊フィールド。

「月」と設定されているその地には、今は異形の姿をした者達がひしめき合ってたった一人の剣士を囲んでいる。

これはいわば総力戦

二つの勢力がぶつかり合って互いに力を出し合い、敵の陣営を一人残さず狩りつくせばこちら側の勝ちというシンプルな戦争ゲームだ。

 

「残る者は君一人だ、無様に生き延びようとする君の姿を見るのも一興なのだが」

 

顔つきが猫の様な見た目をしたプレイヤーの一人が腰に差す剣を抜くと同時に、剣士を囲む他の者達も一斉に構え始める。

 

「もうすぐ観たいドラマが始まるんでね、さっさと終わらせてもらうとするよ」

 

黒い皮性のコートに身を包みし若き剣士の右上に浮いているHPバーは既に半分を切っていた。

これが今この剣士の命の残量の様なモノ、失えばその時点で戦闘終了と共に取り囲んでいるプレイヤー達の前に勝利画面が現れるという事だ。

反対に剣士の方には当然敗北と書かれた画面が現れ、次の瞬間には強制的にログアウトされ意識は現実世界に戻る上に、それから24時間はこちらの世界にフルダイブする事が出来なくなるのだ。

 

たかが丸一日ログイン出来ないだけ、負けても別に死ぬ事はない、だが

 

「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」

 

黒コートの剣士にとってこの連中に敗北する事は死と呼んでも過言ではない程イヤなのだ。

現実世界でも自分達の星で好き勝手やっている連中に

この仮想世界でも好き勝手にさせる訳にはいかない。

 

囲まれて一斉に群がって来る異形の者達を前にして、一人生き残った黒コートの剣士がやる事は一つ。

 

「……」

 

浮いているHPバーが半分を切っていると青から黄色になっているのを確認すると、右手に得物である片手剣をを持ったまま左腕を伸ばしてを背中に回す。

 

その動きを見て先程ドラマを観たがっていた猫の顔つきのプレイヤーの表情が強張る。

 

「あの動き……まさか!」

 

このゲームにレベルは存在しない、モンスターや対人との戦闘をひたすら繰り返し経験を積む事は出来るが、一定量を倒すとレベルではなくパロメータを上昇させる事の出来るスキルが与えられる。

そのスキルをセットしていき、プレイヤーは少しずつ強くなっていくのだ。

そしてそのスキルにも色々種類があり……

 

漫画によくある絶体絶命な状況で主人公がここぞというタイミングで必殺技を放つように

 

HPが50%を切らなければ使えないという特殊スキルも存在する。

 

「クソ! 特殊スキル持ちか! これ以上抵抗されると面倒だ! 全員で叩き潰せ!!」

 

多勢の敵を前にして剣士は背中に伸ばした左腕で、そこに現れたモノをグッと強く握って構える。

 

彼が手に持ったのは

 

 

 

 

 

二本目の剣だった

 

 

 

 

 

 

 

戦いはそれから数分で決着が着いた。

 

戦闘用フィールドに残っているプレイヤーはたった二人。

 

一人は先程まで指揮を取っていた猫のような顔つきをしたプレイヤーと

もう一人は両手に得物を携えた黒コートの剣士。

 

他の連中は皆HPバーを0にし、光となって四散し消滅してしまった。

 

「ハァハァ……! おのれ地球の猿風情が……!」

 

勝てる筈だと思っていたこの戦いで、まさか一対一にまで追い込まれるとは予想だにしてなかったらしく。

自分はただ指揮役としての仕事をしていれば終わるとタカをくくり、戦闘強化用のスキルはセットしていなかったのだ。

 

「現実では我々『天人』に支配され続けるだけの存在が! 仮想世界で調子に乗りおって……」

「……」

「は! その出で立ちと二刀流……もしや貴様、この世界で噂に聞くあの……!」

 

猫の様な顔つきをしたプレイヤーが一歩一歩後退しつつ、今自分が対峙している相手が何者なのかとわかりかけて来たと同時に

 

「ぐはッ!」

 

その剣士がこちら目掛けて駆けてきたと思いきや一瞬で距離の差は無くなった。

深々と胸に剣を刺されるとHPバーがみるみる削られ、セーフティゾーンの青から一気に危険信号の赤へと変わる。

そして呆気なくその赤色さえ消え、完全にHPはゼロとなってしまった。

 

「良かったな、観たいドラマに間に合いそうで」

「き、貴様……!」

 

自分を刺したその剣士の声を初めて聞いた気がする。

華奢で小柄な見た目と同じくその声も少年の様だった。

しかしその口調の中には皮肉を混ぜ、こちらを嘲る笑っているかのようにも感じた。

そして彼の目の前には勝利と書かれた画面が現れている、という事はつまり

 

「バカな、我等がたった一人の地球人に敗北するなど……やはり貴様は」

 

目の前に敗北画面が現れ少しずつ意識が遠のく中で、猫の顔つきをしたプレイヤーはその剣士の正体を悟った。

 

(思い出したぞ、確か2年前から我々外来人を目の敵にしてるかのように、様々な宇宙戦に参戦して数多の同胞をひたすら討ち続けている黒き衣を身に付けた剣士がいると、確かその者の異名は……)

 

 

 

 

 

 

「黒夜叉」

 

その名を言ったと同時にその者は硝子の様に砕け散りフッと消えていった。

 

最後の一人となった剣士は勝利の余韻に浸る事無く二本の剣を背中にある鞘に戻すと、左手の人差し指と中指をまっすぐ揃えて掲げて真下に振った。

 

ゲームのメインメニュー・ウィンドウがすぐに目の前に現れ、彼は黙々と一番下まで指を滑らせて

 

『ログアウト』と書かれた項目を押し、仮想世界から離脱した。

 

 

 

 

 

 

 

 

桐ケ谷和人は自室のベッドでゆっくりと目を開けた。

 

「結局また徹夜でやっちゃったな……」

 

カーテン越しから朝日が昇っているのが見えるのを確認しながら、和人は頭に装着されているナーヴギアをヒョイと両手で外した。

 

ナーヴギア

地球産で作られたVRマシン。頭全体を覆うタイプのヘッドギアの形をしており、コレを被る事によって仮想世界へとフルダイブする事が出来る。

基礎の設計はとある科学者によって作られ、様々な家庭用のゲームでも使用することができる。

そして先程彼がやっていたゲームは今宇宙で最も人気のあるオンラインゲーム

 

 

『エターナルドリームスオンライン』通称『EDO』

 

攘夷戦争の終結から数年後、宇宙からの外来人、天人により江戸の文明は格段に進化した。

江戸で開発されたこのゲームもまた文明開化の象徴の一つとされておる程の功績を誇っている。

地球だけでなく遠く彼方にある辺境の星にまでプレイヤーがいる程の超大型オンラインゲーム。

プレイヤーの意識のみを仮想世界に送るフルダイブ機能により、宇宙の果てまであると言われる程の広大なフィールドを冒険し、一生遊び尽くせることが出来るゲームとして地球人だけでなく、天人にも一日中夢中でやり続けるゲーマーも少なくない。

現在プレイヤー参加数は全宇宙を含めると数十兆人を超え、今もなお増加の傾向にあり、イベントやキャンペーンなども随時発表され続けている。

 

和人もまたこのEDOに魅入られた一人であり、発売された二年前からほぼ毎日ログインし続けてすっかり廃人ゲーマーとしての生活を送っていた。

 

「ずっと宇宙戦の準備やら本戦やらで疲れたし……今日は夕方まで寝てようかな」

 

ずっとベッドの上に横たわっていたので肉体の方はなんら疲れはないのだが、仮想世界で散々暴れ回ったり準備に走ってたおかげで精神的疲労が蓄積されていた。

 

真っ当な人間はとっくに活動する時間帯にも関わらず、和人は再び薄暗い部屋でベッドに入ったまま眠りにつこうとするのだが

 

「お兄ちゃーん! 私、恒道館行ってくるから!」

 

眠ろうとしてた矢先、部屋の外からやかましい少女の声がドア越しに飛んできた、同じ家に住む和人の妹だ。

無視しても構わないのだが、まあここ最近ロクに他人はおろか身内とも会話をした記憶が無いからたまにはしてやるかと、和人は掛け布団から顔を出す。

 

「あのオンボロ道場まだ潰れてなかったのか?」

「潰れてる訳ないでしょ! 新八さんが跡継いで頑張ってるんだから! お兄ちゃんもまだ門下生に入ってるんだからたまには顔ぐらい出しなよ!」

「遠慮しておきます」

 

妹の提案を即座に断ると和人はドアに顔を向けて

 

「アイツに会ったら言っといてくれ、廃刀令のご時世に剣術道場なんて流行らないからさっさと道場なんて売り払ってまともな職に就いた方がいいぞって」

「……」

 

ドア越しにいるであろう妹が急に黙り込んだ。

今の発言はさすがにマズかったか?と和人は顔を強張らせていると、ドアの向こうからドスドス!と妙に力強い足音が聞こえた後……

 

部屋のドアの前からドン!と何かを思いきり力つけて置いたかのような鈍い音が聞こえた。

 

「それじゃあねお兄ちゃん、たまには外に出なよ」

「あ、ああ……いってらっしゃい……」

 

その後不自然なぐらいに優しくなった妹の声が聞こえ、そのまま階段を下りて行ってしまった。 

 

残された和人は彼女の不自然な態度に悶々としつつも、今はとにかく寝るべきだと布団に潜って目を瞑る。

 

するとしばらくして

 

『えーそれではお通ちゃん、新曲お願いしまーす』

 

ドアの向こうから突如、雑音と共にお昼の顔として有名な多毛さんの声が聞こえて来た。

和人はしかめっ面をしながら再び布団から顔を出す、恐らく妹が嫌がらせ目的で部屋の前にラジオでも置いたのだろう。

 

しかしこの程度の嫌がらせ、和人になんて事無い、強い眠気に襲われている彼にとってはいつも軽快なトークをお茶の間に披露してくれる多毛さんの声など子守歌に等しい、もし多毛さんがウキウキウォッチングでも歌い出せば即座に爆睡に入れる確固たる自信だってあるのだ。

 

「まだまだ甘いな……」

 

妹よ、今度嫌がらせする時は部屋の前に松岡修造でも立たせておくんだなと思いつつ、和人は再び眠りにつこうよする。

 

だが

 

『それでは聞いて下さい! 私、寺門通の新曲”お前の兄ちゃん引きこもり”!」

「ぐはッ!」

 

突如和人の目がいきなり見開き、脳細胞が著しく速く活性化し一気に眠気が吹き飛ぶ。

この声は多毛さんではない、最近人気になりつつあるアイドル、寺門通だ。

アイドルにあまり詳しくない和人ではあるが、知り合いである志村道場の跡取り息子がやたらと彼女に熱を上げているので存在ぐらいは知っているのだ。

 

しかし今和人が目を覚ました原因は寺門通ではない、彼女の新曲のタイトルだ。

そのタイトルを聞いた瞬間、突然胸を抉られたかのような鋭い痛みが彼を襲ったのだ。

 

「ヤ、ヤバい……この曲は今の俺にはイベント限定の巨大モンスターよりも脅威だ……!」

 

すっかり眠気が吹っ飛んでしまった和人は急いで布団から出てベッドから下り、部屋のドアを勢い良く開けると。

 

『いい年こいてー! 食べてクソして寝てるだけー! WOWWOW!!』

「うぐお!」

『お前の兄ちゃん崖っぷちー!』

 

タイトルだけでなく歌詞も強烈であった、本当にアイドルがこんなの歌っていいのかと心配になるぐらいに。

そして和人は両耳を両手で閉ざしながら膝から崩れ落ちていく。

 

「……コンビニでも行ってジャンプ買って来るか」

 

仮想世界では常に勝利し続けていた桐ケ谷和人が負けた、妹の策略に、寺門通の新曲に

 

そして何よりゲームばかりして家にずっと閉じこもっている後ろめたさに

 

 

 

 

 

 

 

「次の宇宙戦イベントはまた来週か、街でSAO型用の新しい装備が出るって情報があったからまずは街行って装備を見て、それから回復用アイテムを補充して、その後いつも行ってる狩場でレアモンスターでも探しに……」

 

久しぶりに家を出て、外出中の和人。しかし外に出たというのに頭の中は相変わらずゲームで一杯の様子。

服装も近場のコンビニ行くだけだからという理由で寝間着みたいな恰好だ

こんな人気の多い街中なのにこんな格好で平気で外をウロついてブツブツ独り言を呟いている兄をあの妹が見たらひどく嘆く事であろう。

最悪、家の中で延々と「お前の兄ちゃんひきこもり」を垂れ流すかもしれない。

 

独り言を呟きながら和人はコンビニへと続く曲がり角を曲がろうとしたその時

 

「うわ!」

「おっと」

「す、すみません……」

 

前を見ずに考え事をしていたのが仇となった、うっかり曲がった先にいた人物に軽くぶつかってしまう。

ぶつかった拍子で後ろによろけながらも和人は慌ててぶつかってしまった相手に謝りつつ、顔を上げてその人物と顔を合わせた。

 

(げっ……)

 

あろう事かぶつかった相手は宇宙からやって来た外来人こと天人であった。

しかも先程EDOで戦っていた天人と同じように猫の様な顔つきをした者ではないか。

茶斗蘭星から来たと言われている天人だ、見た目は猫みたいだが全く可愛げはなく、猫というより豹に近いのかもしれない。

 

よりにもよって天人にぶつかるとは……と和人が内心投げていると、彼とぶつかった天人はパッパッと服を手で払う。

 

「少年、ちゃんと前を向いて歩け。この道が誰の道かわかっているだろ、地球人は端っこを歩くのが常識だぞ?」

「……」

 

昔はこの道はかつて江戸にいた侍達が風を肩で切って歩いていた道だった。

しかし今ではどこの道を歩いても天人だらけ、もはや侍など何処にもいなく、彼等の道はなくなり天人が偉そうにふんぞり返って歩く道となってしまった。

 

目の前にいる天人もそんな風に傲慢な態度で尋ねてくるので、つい反射的に和人は目を細め睨むような視線を向けてしまう。

 

それがマズかった

 

「おい、なんだその反抗的な態度は」

「どうした、そこで何してる」

「ああ、今ちょっとガキにメンチ切られた所でな」

「!」

 

彼の背後から同じ風貌をした同種の天人が二人程とやってきた。どうやら一人ではなかったらしい。

いつの間にか自分の周りを囲まれ、和人は逃げる逃げれない状況になってしまった。

 

「全く侍といい子供といい、地球人にはホント手を焼かせられる」

「我々の言う事を黙って従っていれば悪い様にはせぬというのに……な!」

「う!」

 

ぶつかった方ではない天人から不意打ちで腹部に拳を叩きこまれてしまう和人。

久しぶりのリアルな痛みに悶絶し腹を押さえると、彼の髪を天人が乱暴にグイッと掴み上げる。

 

「いいか少年覚えておけ、貴様等脆弱な地球人の腐った性根など我々はいつでも壊す事が出来るのだぞ」

「く……」

「少年、今後は道の真ん中でもなく、端っこでもなく」

 

髪を掴んだまま天人は、偶然コンビニのビニール袋を持って歩いていた通行人の方へ和人をわざとぶん投げる。

 

通行人に背中からぶつかり、和人はよれよれと地面に背中から倒れる。

 

「そうやって地べたを這って進め」

「ハハハハハ!」

「……」

 

見下した態度を取りながら嘲笑する天人に対して和人は文句一つ返せず黙って項垂れた、

 

仮想世界の様に動ければこんな奴等などすぐに返り討ちに出来るのに……そんな事をふと思ってしまう自分に、我ならが情けないなと和人は嘆く。

ここはゲームの世界ではない、現実の世界だ。例えゲームの中じゃ強くても、現実の世界じゃただの引きこもりに過ぎないのだから。

 

(やっぱ外出なんてするんじゃなかったな……)

 

こんな奴等相手にせずさっさと家に帰ろう、和人がそう思っていた時であった。

 

 

 

 

 

 

 

「おい」

「あ?」

 

ふと気付くと倒れている自分と天人の間に一人の男が立っていた。

なんだ一体と、和人はゆっくりと顔を上げて男の背中を見ると

空色模様の着流し、銀髪の天然パーマ、腰に差しているのは木刀、そして左手に持っているのは中身が漏れてビチャビチャになっているコンビニのビニール袋……

 

和人はそれを見てハッとして思い出した、この者は先程天人に投げられた時に自分がぶつかった通行人だと

 

そして彼がそれに気付いたと同時に通行人は腰に差している『洞爺湖』と彫られた木刀を引き抜くと

 

「ぶるぎぁ!!」

「えぇ!?」

 

無言でそのまま天人の頭上に振り下ろしたではないか。

天人は奇妙な声を上げ一撃で倒れ、その場に泡を吹いて気を失ってしまった。

衝撃の出来事に和人が困惑した表情を浮かべてる中、突然スッと横から何者かに手を差し伸べられた。

 

「大丈夫ー?」

「?」

 

この状況を前にし気の抜けた感じで自分に手を差し出したのは胡蝶蘭の柄の付いた着物を着た少女であった。

黒髪にやや紫のかかったロングストレートの上に赤いヘアバンドを付けた少女がこちらに無邪気に微笑みかけているので、和人は恐る恐るその手を取ると

 

(あれ? なんだこの子の手……?)

 

その小さな手を取った時に和人は変な違和感を覚えた。

何か普通の手とは違う……普通の人間の手とは若干肌触りが違うような気がする

 

戸惑う和人を少女は彼の手をグイッと引っ張って立たせてあげた。

 

「いやぁ災難だねぇ」

「い、いやこれぐらい大したことないって……」

「本当に災難だよねぇ、あの天人」

「へ?」

 

てっきり自分に対して言ってるのかと思ったが違ったらしい、少女はこちらではなく、銀髪の男と対峙している天人二人に対して言っていたのだ。

 

「き、貴様ぁ!」

「こんな真似してタダで済むと!」

 

同胞を一人やられて激昂している様子の天人二人に対し、銀髪の男は天然パーマをクシャクシャと掻き毟りながらけだるそうに

 

「にゃーにゃーにゃーにゃーやかましいんだよ、発情期ですか?」

 

そう言うと男はヒョイッと左手に持っていたビニール袋を彼等の前に差し出し

 

「見ろコレ、お前等がガキ投げてきた衝撃でいちご牛乳とプリンがグチャグチャになっちまったじゃねーか、一緒に買ったジャンプまでビチャビチャでもう読めなくなったし……」

 

男はそこで言葉を区切ると右手に持った木刀を強く握りしめ

 

「どうしてくれんだコラァァァァァァァ!!!」

「がふ!」

 

横薙ぎで払って天人の一人を思いきり真横にぶっ飛ばす。

壁に向かって思いきり激突すると膝から崩れ落ち、そのまま白目を剥いたまま動かなくなった。

 

「俺はなぁ! 毎週月曜はいちご牛乳とプリンのセットでジャンプを読むという至福の時間が何よりの楽しみなんだよ!!」

「どぶるち!!」

 

最後に残った天人に対してフラリと体を動かしつつ近づくと、そのまま男は乱暴に木刀を振り下ろし倒してしまった。

 

(つ、強い……!)

 

目の前で行われた出来事に和人はごくりと生唾を飲み込み衝撃を受ける。

 

あっという間に三人の天人を倒してしまっただけではない、本当に驚いたのはそのデタラメで読めない太刀筋で一撃でノしてしまう男の剣さばきだ。

 

(EDOの俺でも勝てるかどうかわからない動きだった……)

 

和人が言葉を失い呆然としていると、その男は何事も無かったかのように木刀を腰の帯に差し戻すと、こちらにクルリと振り返って来た。

 

その目はまるで死んだ魚の様な目だった。

 

「おい、大丈夫か」

「あ、はい、ありがとうございます、おかげさまで大丈夫です……」

「そうか大丈夫なのか、そんじゃ」

 

自分の安否まで気遣ってくれるとはいい人じゃないかと和人が内心思っていると、男は手に持ったビニール袋を掲げた。

 

「今すぐコンビニ行って俺が買ってきたモンと同じ奴買ってこい、ぶつかったのはテメェだろうが」

「ええぇ!?」

「ダッシュで買って来い、3分で戻って来なかったらコイツ等以上にボコボコにしてやるからな」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

あんまりな命令に和人は叫び声を上げるしかなかった。するとそんな彼の肩に少女がポンと手を置き

 

「あ、ボクはヤングジャンプね」

「何で!?」

「だって手差し出して立ち上がらせてあげたじゃん」

「……」

 

てっきり励ましてくれるのかと思ったら更にパシらされる始末。

 

(妹よ、やはりお兄ちゃんは外出するべきじゃなかったかもしれない……)

 

 

 

 

 

 

 

それから数分後、急いでコンビニから戻って来た和人は、久しぶりに体を激しく動かした事によって疲れ切っているものの、無事に彼らの要求の品を買ってきた。

 

「ゼェゼェ! か、買って来ました……!」

「ご苦労さん、どれどれ」

 

和人が差し出したビニール袋を受け取ると男はゴソゴソと中身をチェックする、しかしすぐに眉をひそめ

 

「おいどういう事だ」

「は? ちゃんとアンタが買ってきたモンと同じの買って来たぞ?」

「いや全然違うから、見てみろこのプリン」

 

何らおかしくない至って普通のコンビニのプリンを取り出しながら男は和人に目を細めながら

 

「俺が買ったのは超高級プリンだぞ、こんな安物じゃねぇ」

「嘘つけそんな訳ないだろ! ちゃんと俺は同じプリンを買って来た筈だ!」

「いや違います、俺が買ったモンはもっとプッチンしてました、買い直しだ、今すぐ大江戸デパート行ってもっと高い奴買って来い」

「何自分が買ったモンよりいいモン買わせようとしてんだよ!」

 

横暴にも程がある、まさか買って来たプリンに難癖付けて更に高いプリンを買わせようとして来るとは……

考えが予想できないこの男に和人は頬を引きつらせていると男はまたしても

 

「おいどういう事だ、このジャンプ」

「いやさすがにジャンプに高級もクソもないだろ!」

「はぁ? お前よく見てみろコレ」

 

しかめっ面を浮かべながら男はジャンプを取り出し

 

「表紙がギンタマンになってるじゃねーか、ふざけんなワンパークに戻せ」

「いや出来るかぁ! 編集者に言えそんな事!」

「なんで少年の魂を揺さぶるジャンプの表紙にギンタマンなんだよ。今すぐギンタマンの作者の家を襲撃してシメてこい」

「パシリどころかヒットマンの仕事だろそれ!」

 

無茶苦茶な要求をしてくる男に和人がツッコミながら拒否していると、ふと男の隣にいた着物を着た少女がジャンプの表紙を覗き込み

 

「えーボクは好きだよギンタマン、なんか面白いじゃん、説明しにくいけど」

「は? お前こんなのどこが良いんだよ、ったく姉もそうだったが妹のお前までギンタマンファンとか……」

「そういえば俺の妹も好きだって言ってたなギンタマン……」

「じゃあお前ちょっと妹の所に行ってアンケートギンタマンに票入れてないか聞いて来い、んで入れてたらシメてこい」

「いや100%こっちがシメられるから……」

 

志村道場で自分と同い年の少年と、何よりその姉にみっちり鍛えられてるであろう妹に自分が手も足も出る訳ないので和人はやんわりと断った。命あっての物種である。

 

そろそろもう家へ帰らせて欲しい、誰にも傷付けられず、誰からもパシられない安全なるわが家へ戻りたいと和人が思っていると、少女の方がまだゴソゴソとビニール袋を探っている銀時の方が話しかけた。

 

「ねぇもう行こうよ、”接続の仕方”手伝って欲しいんでしょ?」

「ああ? ちょっと待ってろ、今からコイツにもっといいモン買わせてみせるから」

「いやボク”この体”だとプリンとかいちご牛乳も飲めないし、それにヤングジャンプ買ってもらったし許してあげたら?」

「そらお前が頼んでた事だろうが、はぁ仕方ねぇな」

 

少女がそう言うと男は渋々と了承した様にビニール袋を探るのを止めて手を下ろす。

すると懐に手を突っ込み、男は和人に対して一枚の紙を手渡した。

 

「じゃあコレ、親御さんにでも渡してくれ」

「なんだコレ……名刺?」

 

『万事屋・坂田銀時』と書かれ端っこには住所らしきモノ、名刺にしてはやけにシンプルなモンだった。

 

「こんな時代だ、仕事なんて選んでる場合じゃねーだろ、頼まれればなんでもやる商売だ」

 

坂田銀時……きっとコレが彼の名前なのだろう、名刺を受け取ってポカンとしている和人に、銀時は親指で自分を指差しながらキリっとした表情で答えた。

 

「この俺、万事屋銀さんが何か困った事あったら何でも解決してやると親御さんに伝えておいてくれ」

「なんで俺の両親にアンタの事教えなきゃいけないんだ……?」

「アレだよアレ、旦那の浮気調査とかカミさんの浮気調査とかしたいとか思ってるかもしれねぇだろ?」

「失礼だなウチに両親の仲は至って良好だよ! なに人の両親ダシに使ってドロドロした仕事やろうとしてんだ!」

「もしくはいつまでも家に寄生して、食べてクソして寝てるだけの社会的に崖っぷちの引きこもり息子を何とかして欲しいと思ってるかもしれねぇし」

「ぬぐ! な、なんで俺が引きこもりだと!?」

「え、マジで引きこもりだったの? いや若い少年が平日の朝から寝間着姿で外ウロついてるのはさすがにどうよ?って思ってたけど」

 

どうやら自分の勘が当たってたらしいと軽く驚く銀時だが、引きこもりと他人に指摘されるのが一番堪える和人にはかなりダメージが入ってる模様。

するとまたもやそんな和人の肩に少女がポンと優しく手を置き

 

「ボクはユウキだよ、よろしく引きこもり!」

「引きこもり言うなぁ!」

 

悪意も無く無邪気な感じで言葉のボディブローを浴びせて来た少女、ユウキに和人は叫んでいると、銀時はビニール袋を左手にぶら下げてこちらに背を向けた。

 

「それじゃあ、親にちゃんと俺の名前伝えて来いよ、浮気調査だろうが害虫駆除だろうがなんでもやってやるって」

「え、もしかしてその害虫って俺……?」

「待ってよ銀時! 勝手に行かないでよ!」

 

それだけ言って銀時は行ってしまった、彼を追ってすぐに隣に追いついたユウキと共に。

一見かなり年が離れる様に見えるが二人はどういう関係なのだろうか……と和人はふとそんな事を考えていると

 

最後の最後に銀時がこちらへ振り返って来た。

 

「ま、お前も困ったら連絡してくれや、仕事の紹介ぐらいならいつでもしてやっから」

 

それだけ言うと銀時は再びユウキと共に行ってしまった。

 

そんな二人を見送りながら和人は首を横に振ってどうでもいいかという結論に至る。

 

(どうせもう二度と会わないだろうし……)

 

そう思いつつ和人は彼から貰った名刺を懐に仕舞い、彼等とは反対方向の道を歩いてそそくさと家への帰路に向かうのであった。

 

 

 

 

しかし少年は再びこの男と少女に会う事になるであろう。

 

 

 

 

それも現実世界ではなく

 

本当の自分の居場所だと思っているもう一つの世界で

 

 

これは仮想世界では黒夜叉と呼ばれ現実世界では白夜叉と呼ばれた者の物語。

 

侍が廃れ、時代が変わりゆく中で今、二人の侍が二つの世界で暴れ回る。

 

 

 

 

【挿絵表示】

イラスト提供・春風駘蕩様

 

 




反応が良ければ続くかも……?
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