毒舌女神正論派   作:猫毛布

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サブタイは感覚


惰弱転生筋力派

 異世界転生というのに憧れを持っていたのは間違いない。

 それは剣があって、魔法があって、冒険があって、そんな異世界を憧れていたのだ。この世界が違うとは言わない、むしろその理想を再現したような世界である事は確かであった。

 剣も、魔法もある。そして魔王を倒す為という目的が存在している俺には冒険もある。

 

「で、女神様」

「なに?」

「どうして俺は最初の街で筋トレばっかりしてるんですか?」

「君が剣も振れないような筋力だからよ」

 

 女神様は木製の棒を振っている俺へと呆れたような視線を向けて冷たい言葉を言い放った。この女神様、取り付く島もない。

 始まった頃はビュンビュンと鳴っていた風切り音も今はもう聞こえず真っ直ぐ振れなくなった棒がよろよろと力ない軌跡を描いている。

 そろそろこの街に来て一週間が経過しようとしている。その一週間、俺が何をしていたかと言うと、筋トレである。戦闘訓練すらさせて貰えず、ただひたすらに棒を振っていた訳である。異世界転生とは……。

 

「女神様、俺は思うんですよ」

「――御託はいいから振りなさい」

「はい」

 

 少し休憩をしようと棒を杖にして口八丁で休憩時間を得ようとしたけれどスグにその可能性を潰された。

 既に三桁に到達しようとしている素振りも終わりが見えない。一週間前、俺がこの街に入った時と比べれば回数も増えているのは確かである。

 代わり映えのしない素振り。これが俺の求めていた異世界転生かと問われれば、それは否である。

 

「女神様。もっと敵とか倒したいです」

「君が想像してる剣はそれ棒きれよりも重いわよ」

「そこは、ほら、女神様パワーとか、補助魔法とか」

「…………」

「筋トレ頑張ります!」

 

 急激に温度が下がった女神様の視線に思わず目を逸らしてしまい俺は剣よりも軽い棒を振る。

 先程まで鳴りもしなかった風切り音が鳴り、更に女神様の視線が鋭くなる。

 

「今日はここまでにしましょう」

「え? もうイイんですか?」

「振りたいなら振っていてもいいわよ」

「いや帰ります!」

 

 ようやく解放された。俺は自由になった。腰を降ろして震えて力の入らなくなった腕を見ながら今日の頑張りを再認識する。同時に変化のない日常が頭にチラついて頭を振った。

 ずっとこのままで、そんな思考は死んで治ったのだ。そうに違いない。

 

 俺と女神様が帰る、と言いはするけれど実際は邸宅や自宅を構えている訳ではない。当然である、この街に来て一週間ではそんな買い物出来ないし、女神様から言わせれば俺は剣も振れない軟弱者なのである。

 街の仕事を斡旋してくれるギルドなんてモノもあるけれど俺が出来るのは精々薬草畑の雑草抜きぐらいである。仕方ない、と自己弁護しておくが薬草を抜いてしまう事もある。そんな俺が大金を得れる訳もない。現代日本からの転移、転生ではあるけれど、俺の持ち物など端た金で買い叩かれてしまうだろう。

 そんな無一文な俺と女神様が帰るのは街にある宿屋の一つである。安宿とも言えないが、かと言って高級な訳でもないらしい。

 

「今日も疲れたぁ……」

「さっさと汗を流してきなさい。臭いわ」

「ちょっとぐらい休ませてください……」

「誰のお陰でこの宿に泊まれていると思っているの?」

「……流してきます」

 

 無一文の俺が宿に泊まれているのは女神様のお陰であったりする。かといって、女神様が虚空からお金をジャラジャラと出している訳でもなく、女神様の信仰によって泊まれている訳でもない。そもそもどうやら女神様はこの世界ではそれほど大きな力を持っている訳ではないらしい。宗教の系列も別の神様であるらしい。

 そんな女神様であるが、しっかりと俺と二人分の宿代を払えている。この女神様、ちゃんと仕事をしているのだ。

 俺が汗水垂らして雑草ではなく薬草を抜いて怒られている時に彼女は他の仕事をして報奨金を得たらしい。つまり、俺はヒモって事だな。辛い。

 俺に特技や専門的な知識があれば幾らかお金も得れているだろうけど、そんなモノはない。魔法も知識というか認識として知っているけれど、この世界の魔法は学問寄りらしくチンプンカンプンである。

 

 

 井戸から水を汲んで、それを頭から被って汗をさっぱりと流した俺は自分の身体を確認する。腕に力を入れれば筋肉が悲鳴を上げるように痛みが走るが、激痛という訳でもない心地よい痛みだ。

 一週間前と比べても目に見えた変化はないだろうけど、初日に井戸の桶すら持ち上げられずに女神様に無慈悲に掛けられた事を考えれば成長しているだろう。

 真っ二つに横断されてしまった腹にはうっすらと腹筋が見えてきたし、腕を曲げればそこそこにコブも出来るようになった。筋トレの成果である。

 筋トレの成果であるのだが――異世界成分など一切なかった。

 腕立て腹筋から始まり、素振りとスクワット、ランニングまでしっかりと女神様指導でやらされている俺は異世界転生を果たした転生者としては随分な扱いなのだろう。異世界転生って、こう、ほら、もっと、あるじゃん。俺には無いものが、ある筈なんだよ。

 

「そんなモノ求めるなら素振りでもしておきなさい」

「ヒュイッ!?」

 

 いつの間にか居た女神様に変な声で反応してしまい、乾いた布で身体を隠す。幸いな事に下半身は下着を履いているので見られる事もなかったが。そもそも女神様が俺の身体を見て言うことは「きゃー」でも「イイ身体になってきたわね」でもなく「もう少し鍛えなさい」であるのは間違いない。

 

「特殊なスキルも有用なモノは多いけれど、その全ては研鑽の果てにあるモノよ。神に愛された者がギフトとして受け取るものもあるけれど、無宗教の君がそんなモノを受け取れる訳ないでしょ」

「なるほど。女神様を信仰し始めた俺はもうそろそろスキルを貰えるという事ですか」

「私がアナタを愛すればね。ご愁傷様」

 

 つまり愛さない、という事ですねわかります。

 布で身体を拭ってからシャツを着て身体をほぐしていく。ジクジクと熱を持つ痛みがあるけれど、動けない程ではない。

 

「――もういいかしら」

「はい?」

「そろそろ戦ってもらうわ」

「マジですか!」

 

 思わず声を上げてしまう。求めていた戦闘である。待ち望んでいた、と言っても過言ではない、戦闘なのである。

 そんな俺を相変わらず冷たい瞳で眺めていた女神様が言葉を零す。

 

「……嬉しそうね」

「そりゃぁようやく筋トレ地獄から解放されると思うと嬉しくて」

「何勘違いしてるの? 筋トレは続くわよ」

「……マジかよ」

「マジよ。継続しなさい。それはアナタを裏切らないわ」

 

 この世界に神様はいないのかも知れない。俺を救ってくれる神様はいないのである。俺を助けてくれる女神様は居るのだけれど。

 この女神様はいつだって正しい。間違った事は言わない。

 俺の転生に付き合ってくれた理由も「正論だった」という理由であったし、あの面接中にも感じていたけれど嘘が堪らなく嫌いなのだろう。

 

「それと――覚悟しなさい」

「へ?」

「アナタはアナタの都合で生物を殺すの。転生させた神様の責任でもなく、命令された訳でもなく、女神である私の都合でもなく、アナタがその手で殺すのよ」

「……はい」

「ならいいわ。今日はしっかり眠りなさい。明日からは剣で素振りよ」

 

 重くのしかかる女神様の言葉。それた正しい言葉であり、彼女の言葉を借りるのならば「正論」なのだろう。

 待ち望んでいた戦闘、その本当の意味を突きつけられた。浮ついた気持ちは沈み、それでも前に進もうとする意思が残る。

 戦いを望んでいた訳でもない。この世界を()()()たかった訳でもない。代わり映えのない日常に刺激が欲しかった訳でもない。ただよく分からない感情と魔王を倒すという主目的だけが残り、自分を突き動かそうとする。

 少しだけ震える手を握りしめて、女神様の言葉をしっかりと受け止める。

 

 明日から――……ん? 明日も素振り? マジで?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一ヶ月。一週間を四回繰り返して、ようやく俺は街の外へと出る事が出来た訳である。

 筋トレに次ぐ筋トレ。そして戦闘訓練という名の筋トレ。そう、全ては筋トレであった。それでもムキムキになんて成れなくて、精々筋肉がそこそこ付いただけである。

 そんな俺の手には剣が握られていた。黄金に輝く剣ではない。竜を殺せそうな程に無骨な鉄の塊でもない。ましてや魔剣よろしくなこの世界の聖剣でもない。

 この世界で一般的な幅広な西洋剣よりも幅の狭い、飾り気のない剣である。

 この剣、何が凄いって女神様が選んでくれたのだ。つまり女神様の加護を受けたオンリーワンな訳である。

 だからワゴン品よろしく乱雑に並べられていた剣や槍から相変わらず面倒そうに選ばれた剣である事は目を瞑ろう。「どうしてコレを?」って聞いた時の「安いし、そこそこな重さだし、豚に真珠を渡す趣味はないの」とか言われたけれどソレも目を瞑っておこう。

 

「じゃあ行くわよ」

 

 筋トレから解放――はされてないが一時の休息を得て感涙している俺に声を掛けた女神様。この世界に来た当初、面接をしていた時のようなドレスではなく、チャイナ服のようなスリットの入った服である。生足など見せる訳もなくズボンも着用しているが、武器らしい武器は見当たらない。

 

「あの、女神様……?」

「何かしら?」

「その……武器とかないんですか?」

「? アナタは手に持ってるじゃない」

「あ、いや、俺のじゃなくて。女神様の武器は?」

 

 俺の問いに不思議そうな顔をしてグーに握った両手を少し上げた女神様。そこから武器を召喚して装着する訳でもなく、華奢とも思える細い指を握り込んだ手があるだけだる。

 

「私には拳があるわ」

 

 グーではない。拳である。なるほど、と俺は納得する。

 ここ一ヶ月で何度か思ったことのある言葉が頭に過ぎる。その度に「いやいや、何考えてんだ」とか思っていたけれど今日こそは確りと思考に残しておこう。

 この女神絶対おかしい。

 

 

 実際、女神様は強かった。そりゃぁこの一ヶ月二人分の宿泊費と食事代を稼いだだけの力量はあった。

 その拳に何の力があるかはわからないけれど、殴った端から魔物が浄化されて塵になっていくのだ。きっとあれは浄化されているに違いない。決して彼女の拳が超高速で動き肉片すらも細かに破裂している訳ではない。そうに違いないのだ。

 対して俺の方はよくいるゴブリン一体を倒すだけが精一杯であった。

 戦い自体は何の問題もなかった。それは本当だ。俺に戦闘訓練を積んだのは誰か、ステゴロ女神様である。動体視力も養われ、変に危機感が発達した俺にとってゴブリンの一匹程度訳なかった。

 戦闘自体は本当にベリーイージーであった。剣もちゃんと振れていたし、相手の攻撃も見えていた。それこそ女神様のご活躍を見れる程度には余裕があった。戦闘中はそこに加勢しようとまで考えれた。

 

 けれども、ゴブリンを斬った瞬間にそれは反転した。

 生生しい肉の感触。ごぷりと溢れる異形の証明のような紫色の血液。苦悶に満ちた顔。何かを求めるような大きな瞳。鼻にへばり付くサビ臭い悪臭。手に残る不快な感触。

 その全てが一瞬にして俺を支配した。胃の中をひっくり返したように口から吐瀉し、とてつもない不快感だけが俺の中に残った。

 敵を倒したという爽快感などない。確かに俺は一つの命を奪ったのだ。その事が明快に意識に残り、呼吸を荒くする。

 それでも俺が剣を手放さずに、ただ構えるだけであっても立っていられたのは、女神様の訓練のお陰なのだろう。

 

「無事なようね」

 

 きっと顔が真っ青であろう俺に対して女神様は返り血すら付ける事もなく目の前に立っていた。

 覚悟をしていた。命を殺すという事に対して免疫がさっぱりない俺が出来る覚悟などたかが知れていたけれど、それでも覚悟はしていた()()()であった。

 

「最初にしては上出来ね」

 

 逃げ出したかった。足りない覚悟。拭いきれない不快感。

 女神様は俺の吐瀉物を踏んで、俺の顔をキレイな両手で包むように持ち上げて、伏せていた俺の顔を上げる。俺の視界には面倒そうでもなく、ただ綺麗な、冷たい印象を受ける鋭い容姿の女神様の顔が映った。

 

「今日も頑張ったわね。少し休みなさい」

 

 きっと俺はこの顔を見たい為に頑張ったのかもしれない。

 心地よく冷たい手が優しく俺を撫で、必死に保っていた俺の意識は穏やかに暗転していった。


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