High School Fleet ~封鎖された学園都市で~   作:Dr.JD

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我々は大人も子供も、利口も馬鹿も貧困者や富裕者も、死においては平等である
――――ガブリエル・ロレンハーゲン(ドイツの教育者)

どうも皆様、おはこんばんにちは。
作者でございます。

大分前から新型567の影響が出てきて大変でしょうが、私は元気にやっています。
埼玉は徐々に感染者数が増えていってますが、これからも頑張っていきます!

では大変長らくお待たせしました。
本編の方を、どうぞ。


第22話 マーメイドは微笑まない~プラットフォーム奪還戦Ⅳ~

2012年、7月23日、14;45;31

高校1年生 陽炎型航洋艦五番艦「晴風」 艦長

岬 明乃(みさき あけの)

日本国 茨城県 尾阿嵯(おあさ)町 近海 プラットフォーム 司令塔エリア

 

互いに、一歩も動けなかった。

両者とも睨む形で牽制し合っているためだからだ。

嫌に動悸が激しくなる。

 

………4つ数える、息を吐く。4つ数える、息を吸う。

 

僅かに冷静になれた思考で、周囲の状況把握を務めようと思う。

まずはクウェンサーの方を見ると、相手を観察するようにマジマジと見つめている。

口元が何かブツブツ言っているようだが、よく聞こえなかったため、内容までは分からなかった。

そして正面に鎮座している怪物を見据える。

 

………改めて見ると、見た目はかなり不気味だった。

体格は、鯨に似ている。

だがそれは正面から見た場合に限る。

後ろ側はどんな姿になっているかなんて分からない。

色は真っ黒で、不規則に並んでいる歯が、余計に嫌悪感を増す要因となっていた。

緑色の目は、私達2人以外は興味が無いようだ。

真っ直ぐこちらを見つめているその目は、変に思われるかもしれないが、とても綺麗だった。

………奴の巨体の下に、両脚が生えてなければ、もう少しはマシな見た目となっていただろう。

 

相手との距離は、約40メートル。

遠いようで、近い距離だ。

奴の脚力なら、あっという間に詰められる距離だろう。

にもかかわらず、私達をすぐに仕留めないのは、私達の排除が目的ではないから?

そもそも、奴には知能が備わっているのか?

奴がぶつかったコンテナの山が変形しているのに、傷一つ付かない所を見るに、相当頑丈なのは理解できる。

が、奴が私達を簡単に逃がすはずがないのは明らかだ。

滲み出る殺気が、私達を捉えているからだ。

膠着状態がずっと続くかと思われていたが、無線が入った。

 

ミラー

『こちらはミラーだ。岬艦長、クウェンサー君、聞こえているか?席を外している間にヒューイが勝手に君達に依頼をしたようだが、そちらは大丈夫か?』

 

 

私達はミラー副司令からの無線に気を取られた瞬間、怪物が動き出した。

先程の海面から飛び出してきた要領で、こちらに向かって突進してきたのだ!

 

岬 明乃

「ぐっ、クウェンサー!」

クウェンサー=バーボタージュ

「分かってる!!」

 

だが回避するのはそう難しくない。

先程のは完全に不意を突かれたから危うかったが、もう相手の動きが読める今なら、そこまで脅威ではない。

私達はそれぞれ左右に飛び退くと、怪物はそのまま海面へと再び潜っていった。

 

岬 明乃

「クウェンサー、聞きたいことがある」

クウェンサー=バーボタージュ

「奇遇だな。俺もだ」

岬 明乃

「………あの怪物は一体何なんだ?」

クウェンサー=バーボタージュ

「………オブジェクト設計士を目指してる俺が、海洋生物なんて知ってると思う?」

 

そこまで言われると、私は黙ってしまう。

いくら知識が豊富な彼とは言え、頼りすぎてしまっていたようだ。

彼にだって知らない分野はある。

 

クウェンサー=バーボタージュ

「まぁ全く分からないでもない。あれは深海魚じゃないことは、ね」

岬 明乃

「両脚があるのは、魚介類の特徴とも一致しないけどね」

クウェンサー=バーボタージュ

「目もある、ヒレもあるし、身体の形状は鯨にも見える。でも奴の皮膚がかなり分厚いぞ」

岬 明乃

「コンテナの山に突っ込んでも、全く傷が出来ないしな………奴の知能はある程度あるのも確かだ」

クウェンサー=バーボタージュ

「どうしてだ?」

岬 明乃

「知能が無かったら獲物である私達と睨み合わないで、さっさと私達に襲いかかってるはずだ。だけど奴は、こちらの様子を伺っていた」

クウェンサー=バーボタージュ

「そうか。あれが本能で生きてるなら、さっさと獲物に有り付いてるはずだもんな………」

ミラー副司令

『おい、今の音はなんだ!?そちらは無事なのか!?』

 

と、ここに来てミラー副司令の怒声が無線から鳴った。

クウェンサーが無線に応じる。

 

クウェンサー=バーボタージュ

「こちらクウェンサー、ヒューイさんの依頼なら完了した。だがトラブル発生だ」

ミラー副司令

『どうしたんだ?怪我をして動けなくなったのか?』

岬 明乃

「今度は暴走した月光じゃなく、正体不明の怪物と交戦中だ。だから今は手が離せない」

ミラー副司令

『な、なんだと!?』

クウェンサー=バーボタージュ

「相手は俊敏で、鯨の様な巨体に脚が生えてる妙な生物兵器だ………なぁミラーさん、あんたは何か知ってるんじゃないのか?」

岬 明乃

「えっ?」

クウェンサー=バーボタージュ

「妙な話だと思わないか?月光を倒した途端にこうして生物兵器が現れた。なら、ミラーさん達がこのプラットフォームで生物兵器の実験を行ってるのが今回の事故で逃げ出した。その方がまだしっくりくる」

ミラー副司令

『待ってくれ、俺は知らないぞ!そもそも、食料として魚介類の繁殖実験ならしているが、生物兵器を製造しているなど、俺が見過ごすハズがない!!』

 

………ミラー副司令が嘘を言っている様子はない。

だが、この事実を鵜呑みにするのは危険だろう。

ミラー副司令が知らないだけで、隠れて生物兵器の実験を行ってた可能性だってある。

どんな組織だって一枚岩じゃないんだ、ミラー副司令やトップの人間の考えを快く思わない連中だっているかもしれない。

もしかすると、彼らの組織を瓦解させるために今回の事件は引き起こされたのではないか?

 

クウェンサー=バーボタージュ

「なら怪物に関する情報を収集します。それを解析班に回して、奴の弱点を教えて下さい。情報が無いと、こちらも対処しようがない」

ミラー副司令

『まさか、その怪物と戦うつもりか!?』

クウェンサー=バーボタージュ

「月光と同じですよ。俺達が合流するためには、出回ってる月光が邪魔だから排除しただけ。今回も同様で、無事に帰還するためには、海中で高速で動ける奴は脅威となる」

岬 明乃

「そしてその情報を私が晴風に届ける。美波にまた楽しい実験の時間だと伝えてほしい」

クウェンサー=バーボタージュ

「そう言うことです。これ以上話してる時間がもったいないので切ります」

ミラー副司令

『おい、ちょっ』

 

ブツッ

クウェンサーは無理矢理通信を切ると、私の方を振り返る。

 

クウェンサー=バーボタージュ

「やれやれ、俺達はいつになったら平穏を満喫できるのやら」

岬 明乃

「戦いに出向いている以上、平穏について考えると虚しくなるぞ」

クウェンサー=バーボタージュ

「………奴がまたいつ戻ってくるか分からない。奴に関する情報をかき集めるんだ」

岬 明乃

「了解」

 

………私とクウェンサーは、コンテナの山の前に辿り着くと、それぞれ別れて取り掛かった。

さっきは気付かなかったが、変形したコンテナの周囲に、深い青色の液体が付着している。

光沢があり、臭いは特にしない。

そもそも、有毒性があったなら私達はとうに倒れていただろう。

触れる………のは気が引けたが、クウェンサーは器用に綿棒でそれを付け、試験管に封入する。

 

クウェンサー=バーボタージュ

「あまりやたらに触れない方が良いぞ。極めて至近にいる俺達に今のところ害はないが、毒性が遅効性の場合もある。だからこいつを回収したから、とっととずらかおう」

岬 明乃

「分かった」

 

今しがた回収した試験管を振って、ニッと笑う。

釣られて私も笑いそうになるが、どうにか堪える。

互いにその場から離れようとした、その時だった。

 

ドガンッ!

 

下の海から、主砲の発射音の様な音を捉えた途端、それはやってきた。

 

クウェンサー=バーボタージュ

「うわぁ!?」

岬 明乃

「くっ!」

 

大爆発が発生し、プラットフォーム全体が激震に見舞われる。

とっさに近くの手すりに掴まれたから、転倒せずに済んだ。

まさか、燃料タンクに火の手が回って引火したのか?

 

クウェンサー=バーボタージュ

「おいおい、今度は何なんだ!」

岬 明乃

「クウェンサー、危ないぞ!」

 

だが転倒してしまったクウェンサーは、頭に血が上ったのか、発射元を確かめるために近くの海が見える甲板まで走ってしまう。

ここで一人にするのは危険なので、私は彼の後を追っていく。

 

私は、クウェンサーの後を追って、彼と同じように下の海が覗ける場所へと移動する。

そこで、信じられないような光景が広がっていた。

 

先程、海へ飛び込んだ怪物が海面へと浮かんでいた。

そして、その怪物の口が大きく開かれていて、砲塔の様な物が顔を覗かせていた。

砲口から硝煙が漂っている辺り、先程の爆発は奴の仕業だろう。

それにしても、あれは一体………?

 

クウェンサー=バーボタージュ

「あ、あの野郎!口から主砲みたいなの出して、プラットフォームの支柱を破壊して行ってる!!このままじゃバランス崩して仲良く海の藻屑だ!!」

岬 明乃

「くっ、何でもありだな!あれだけの重火器を、どこから!?」

クウェンサー=バーボタージュ

「あいつの体内に収めていたって考えるのが自然だろ!!くそっ、それより早くここから脱出するぞ!」

岬 明乃

「待てクウェンサー!そっちだと遠回りだ、こっちだ!」

クウェンサー=バーボタージュ

「もうどっちがどっちなのか分からなくなってきた!明乃、案内してくれ!」

 

もうそこから、命からがら逃げ出した。

崩れていくプラットフォームから逃げたくて。

そして何より、少しでもあの怪物から距離を置きたくて。

 

別のプラットフォームへ辿り着いて、それは起きた。

 

岬 明乃

「っ!!クウェンサー!」

クウェンサー=バーボタージュ

「ああ、こいつは、まさに危機一髪だったな」

 

私達が今までいたプラットフォームが、音を立てて崩れ始めたのだ。

それは、後から来たクウェンサーが別のプラットフォームへ踏み出した途端、崩壊が始まった。

プラットフォームは右側へ傾いていき、ありとあらゆる物が横滑りしながら、海へ落ちていく。

そして最後に、大きな振動と派手な音を出しながら、真っ二つに割れて沈んでいった。

私達は、ただそれを見ていることしか出来なかった。

 

岬 明乃

「今ので怪物が下敷きになってくれれば文句なかったんだが」

クウェンサー=バーボタージュ

「希望的観測はよそう。それで痛い目に何度も遭ってきたからな」

岬 明乃

「移動しよう。また奴がどこから攻撃してくるか分からない」

クウェンサー=バーボタージュ

「なら明乃。先に船に戻って、さっきのサンプルを届けてくれ。お前の足の速さなら、すぐにでも戻れるはずだ」

 

クウェンサーは私に試験管を渡してきた。

 

岬 明乃

「その間にあの怪物はどうする?まさかお得意の爆弾を使って、奴の注意を引くのか?」

クウェンサー=バーボタージュ

「イエス、だってそれが理想的じゃん。俺じゃ無事に晴風に戻れる保証なんてないし。明乃じゃあいつを上手く誘導できるか分からんし」

岬 明乃

「………ならそれで行こう。もし危なくなったら、私の名を叫ぶんだ」

クウェンサー=バーボタージュ

「どこぞのヒーローだよ。あんパンに助けられるほど俺はヤワじゃないぞ」

岬 明乃

「何を言ってる。周囲は海だから、落ちたらあんパンなんてすぐにダメになるぞ」

クウェンサー=バーボタージュ

「マジで返してきやがった。はぁ、最初に出会った頃の可愛い明乃はどこへ行ったんだか」

岬 明乃

「………」

 

クウェンサーの何気ない一言によって、私は言葉をなくした。

もう一人の、自分。

私は自然と、胸が締め付けられる思いに駆られる。

 

クウェンサー=バーボタージュ

「………まぁ、今は聞かないけどさ、いずれは聞かせてくれよ。それよりも、今はあいつをどう撃退するかを考えよう」

岬 明乃

「そう言って貰えると助かる」

クウェンサー=バーボタージュ

「俺はここから爆薬をセットしながら移動するから、ここで別れよう。そうだな、今から1分後に順に爆破していくんで良いか?」

岬 明乃

「タイミングはそちらに任せる。くれぐれも、自分の爆弾で死ぬんじゃないぞ」

クウェンサー=バーボタージュ

「んなヘマやらかした仕舞いには、色んな人達に合わせる顔がないや………じゃあな、明乃」

岬 明乃

「ああ。また後で」

 

私達は、こうして再び別れて行動する。

走りながら後ろを振り向くと、地面に爆弾を仕掛けているクウェンサーがいる。

また、こんな広いプラットフォームに一人にするのは心苦しかったが、これもここにいる人達全員を助けるため。

私は、自然と走る速度が速くなる。

 

岬 明乃

「こちら岬だ。ミラー副司令、応答せよ」

『ザー、ザー――』

 

私は無線機で晴風にいるミラー副司令に連絡する。

彼らの現在位置を知らないと、合流できないからだ。

しかし、無線から応答はなかった。

耳障りなノイズしか返ってこず、それがずっと続いた。

先程まで連絡が出来ていたはずなのに、なぜ?

 

岬 明乃

「クウェンサー、聞こえるか?ミラー副司令と通信が出来ない。そちらの通信機での交信は可能か?」

『ザー、ザーザー』

 

しかし、こちらも無線が繋がらない。

先程の通信と今の状況と何か決定的に変化が起きたのだろうか?

 

岬 明乃

「引き返してクウェンサーと合流するか?いや、既に爆薬はセットはもう終えてるだろう。戻ってもタイミング悪く爆風に巻き込まれる可能性があるな。さて、どうするべきか………」

 

その場で立ち止まり、思考に入る。

が、それも長くは続かず、すぐに現実に戻る。

 

岬 明乃

「近くのプラットフォームに移って、周囲の確認をしよう」

 

――――すぐさま別のプラットフォームへ移動する。

が、ここは既に半壊している状態で、いつ崩れてもおかしくない。

舌打ちして別の場所へ移動しようとして、その足は立ち止まる。

視界の端に、動く物を捉えたのだ。

 

煙でよく見えないが、あのカラーリングと船体には見覚えがある。

見間違えるはずもない。

あれは、晴風だ。

 

岬 明乃

「だが、様子がおかしい。まさか、あの怪物が晴風に!?」

 

嫌な汗が全身から出てくる。

晴風が怪物に襲われると想像したら、もう足は動いていた。

幸いにも視認できる距離に晴風はいるんだ、すぐに追いつける。

 

いくつもの建物と通路、廃材を抜けた先に、海が広がっていた。

さらに、その向こうに蛇行しながら航行している晴風がいる。

私は自身の脚力に最大限の力を出して――――飛び出した。

 

予想着地点とタイミングを合わせながら飛んだが、正直、生きた心地がしなかった。

美千留を抱えた時は、彼女と一緒だったから心強かったが、今は私一人しか居ない。

だけどそれは長くは続かず、いつの間にか甲板へと着地する。

 

ボガンッ

 

派手な音で甲板が僅かに変形したが、足に痛みはない。

ヒメとモモには迷惑が掛かるが、呑気に寄港を待っている訳にもいかない。

 

??????

「だ、誰!?」

岬 明乃

「!!」

 

扉が開くと、中から理都子と果代子が中から出てくる。

2人は驚くと、こちらへやって来た。

 

松永 理都子

「あー、艦長!戻ってきたんだね!心配してたよ!」

姫路 果代子

「おー、ココちゃんが言ってたのって本当だったんだー。あの時の艦長に戻ってるー」

岬 明乃

「それよりも、晴風を蛇行してどうしたんだ?例の怪物に追われているのか?」

姫路 果代子

「怪物?ううん、違うよ。あれは――――」

岬 明乃

「うぐっ」

 

果代子の言葉を隔てるように、船体が大きく揺れる。

フラつきながらもバランスを保つが、2人は転んでしまったようだ。

 

岬 明乃

「くっ!美波はどこだ!?」

姫路 果代子

「保健室にいるよー!でもでも、怪我人の治療とかでそれどこじゃないかも」

岬 明乃

「2人は急いで艦内へ戻るんだ!あの化け物がいつ撃ってくるか分からないからな!」

松永 理都子

「えっ、撃ってくるってなに!?相手は――――!?」

 

私は2人を艦内へ押し込むように雪崩れ込ませる。

理都子は最後の方に何かを言っていた気がするが、聞き取れなかった。

水飛沫をやり過ごしたら、私は2人を置いて保健室へと向かう。

 

通路の所々で傭兵達が座っていたり横になっている姿を、横目で流す。

避難してきた傭兵達だが、救命ボートに乗りきれずに、晴風に乗艦してきたようだ。

………そう言えば、救命ボートで逃げた人々は大丈夫なのだろうか?

あの怪物は、そちらの方へ向かって襲ったりはしてないだろうな?

 

保健室の前まで来ると、扉が開いた。

そこに見知った顔が出てくる。

 

岬 明乃

「美波!」

鏑木 美波

「!!艦長か」

岬 明乃

「晴風は今どんな状況だ?先程から蛇行を繰り返してるようだが?」

鏑木 美波

「詳しくは聞いていない。こっちは応急手当で一杯だからな。それより、ミラー副司令から聞いたぞ。実験の用意をしてくれって?」

岬 明乃

「ああ。私とクウェンサーを襲ってきた怪物の体液だ。こいつを使って解析を頼む」

 

私は美波に試験管を渡した。

それを見た美波は、普段の無表情から、険しい方向へ変わる。

 

鏑木 美波

「………いつからうちはブラック企業に早変わりしたんだ?」

岬 明乃

「残業代は出ないから、代わりに美波の休日を増やすよ。行きたい場所とかはないのか?」

鏑木 美波

「秋葉原」

岬 明乃

「ふっ、即答できるなら余裕はありそうだな。ミラー副司令はどこだ?」

鏑木 美波

「あの人なら艦橋に居る。艦橋要員もそこに詰めてるぞ」

岬 明乃

「分かった、解析が終わり次第、知らせてくれ!」

 

そう言い残すと、私は再び艦橋へと向かう。

見知った晴風の通路のハズなのに、なんだか別の船に乗っている感覚がある。

傭兵達が乗っているから、あるいは逼迫した状況下であるからか?

しかし、晴風が危機に瀕しているのは、なにも今に限った話ではない。

違和感を感じつつも、急いで艦橋へと突き進む。

 

タラップを飛び越えて、艦橋へと続く細い通路を抜けると。

泣きながら舵取りをしている鈴が。

揺れつつも双眼鏡で周囲を確認している幸子が。

魚雷を撃てるタイミングを今か、今かと機会を伺っている芽依が。

歯を食いしばりながら追撃を撃退する方法を考えている志摩が。

そして、私の代わりに指示を飛ばしているミラー副司令が。

それぞれの役割を果たすために、死力を尽くしている。

 

良かった、幸子と鈴の怪我が大したことなくて。

 

岬 明乃

「総員、被害報告を!!」

納沙 幸子

「か、艦長!」

知床 鈴

「岬さん!」

岬 明乃

「私のことは良い!それよりも現在の状況を!」

立石 志摩

「第3主砲、大破」

西崎 芽依

「魚雷残弾が残り3発しかないよ!!って言うか、戦いに行くのに何で数えられる本数しか積んでないの!!」

納沙 幸子

「それが晴風を受け入れてくれる条件だからですよ!」

ミラー副司令

「艦長、すまない。君達の大事な船を傷付けてしまった」

岬 明乃

「………それで、さっきから何から逃げてる?例の怪物か?」

ミラー副司令

「いや、違う。奴はプラットフォームから続く爆発音を聞きつけて、今はここにはいない。俺達を追っているのは――――」

 

ミラー副司令はいったん、間を空けてから、一言。

 

ミラー副司令

「君達で言う、スキッパーに乗った人間に追い回されてる。だから、知床さんに逃げるように指示を出したんだ」

岬 明乃

「な、に?」

 

あまりの予想外な回答に、私は思わず口が止まってしまう。

スキッパーに乗った、人間がっ。

なぜ、私達を追う?

怪物が相手ではないのか?

 

西崎 芽依

「あいつら、連携を上手く取ってくるんだよ!こっちの行く先々で待ち構えられてる!これじゃあ魚雷を撃てないよ!」

納沙 幸子

「人が乗ってる以上、無闇に魚雷なんて撃ったら、その人が死んでしまいますよ!」

西崎 芽依

「それじゃあ、こっちがやられるのを待つっての!?そんなの、魚雷を撃たれるよりも嫌だ!」

ミラー副司令

「落ち着かんか!今は奴らをどうやって退けるのかを考えるべきだ!」

 

そう、ミラー副司令の言うとおりだ。

相手が怪物だろうと謎のスキッパー部隊だろうと、敵として出てきた以上、冷静に物事を判断できなければ、守れる物も守れない。

仲間割れなどが起きれば、尚更だ。

それと同時に懸念しなければならない問題がある。

本当に問題はその2つだけなのか?

 

岬 明乃

「先程から通信が使えなかったが、何か他にもトラブルがあるんじゃないのか?ミラー副司令と連絡を試みたが、ノイズしか入らなかった」

ミラー副司令

「実は俺のも使えないんだ。納沙君のタブレットや携帯電話、ソナー、電探も然りだ」

岬 明乃

「………電子機器類が、使えなくなってる?」

 

その瞬間、背中がぞわりっ!と逆撫でする。

悪寒にも近いそれは、私の背筋を凍らせるには充分だった。

電子機器を麻痺させる、原因は。

まさか、あの、ネズミ――――

 

岬 明乃

「これは、まさか、あの時の――――」

西崎 芽依

「それはないよ、艦長」

 

と、いつの間にか隣に立っていた芽依がハッキリと断言する。

周囲の銃声や爆発音、悲鳴がうるさく聞こえるのに、やけに彼女の言葉だけが私の中に入ってくる。

私は眉間に力が入るのを止められなかった。

 

岬 明乃

「なぜ、そう言い切れる?」

西崎 芽依

「五十六が全く反応してないからだよ。ね、五十六?」

 

床に寝転んでいる五十六が、芽依の声に反応して、ぬっと鳴く。

確かに、あの時はネズミが近くに居ただけで、五十六は血相を変えて追っていった。

だが、今は大人しいように見える。

だとしたら、原因はなんだ?

 

納沙 幸子

「鈴ちゃん!正面に瓦礫があります!」

岬 明乃

「面舵一杯!一時的に当海域から離脱する!」

西崎 芽依

「ちょっと待ってよ、バーボッチは!?まさか、まだ取り残されてるんじゃ!?」

岬 明乃

「ここに留まっても良い的になるだけだ!引き返してる余裕もない!それに彼は簡単には死なない!だから大丈夫だ!」

西崎 芽依

「見捨てるの!?じゅんちゃん達を助けられれば、後はほっとくの!?」

岬 明乃

「そうは言ってない!まずは身の安全を確保するのが先だと言ってるんだ!!」

西崎 芽依

「っ!」

 

私の怒声に、芽依はこちらを睨み付けたまま、黙り込んでしまった。

私だって、本当は助けに行きたい。

だけどそれだけじゃ、ダメなんだ。

 

無力に苛まれていると、不意にクウェンサーの言葉が思い出される。

そして、彼が最後にした、あの表情。

いくら怪物の正体を暴いて、弱点を探すと言っても、すぐに見つけられるとは限らない。

美波に以前聞いたことがあるが、動物や人間のDNAを解析するのに、時間はそれなりに掛かると。

じゃあ、なんで彼は試験管を届けさせるために私を行かせた?

彼の足では無理なのは本当だろうが、それ以外にも理由があるのではないか?

例えば………私をその場から逃がすために?

 

クウェンサー=バーボタージュ

『じゃあな、明乃』

 

あれが、さよならの意味があるのなら………!!

 

岬 明乃

「クウェンサー、まさかお前、自分が死ぬつもりなのか?」

 

あり得ないだろうが、そんな事を口にする。

誰かに向かって放った訳ではないが、当然ながら、答えなど返ってこない。

そして悪化する状況は、時間経過は止ってくれない。

だがクウェンサーの考えて、行動に移そうとしている事態から頭から離れない。

 

………私はクウェンサー救助と怪物退治、謎のスキッパー隊の排除。

どれを優先するべきだ?

本来なら、今すぐにでもクウェンサーの助けに行きたい。

今どんな状況下にあるか分からないが、危機的状況であるには変わらないだろう。

だが私達を追い回しているスキッパー隊の存在も無視できない。

連中の目的が分からない以上、迂闊に攻撃も出来ない。

もっとも、連中が私達の味方でないのは明らかだが。

 

野間 マチコ

『艦長!あと200メートルで当海域から脱出します!』

納沙 幸子

「あっ、スキッパー隊、離れていきます!」

 

なに?

あんなに固執してたのに、あっさりと退いた?

でも、どうして――――

 

岬 明乃

「麻侖!両舷全速後退!急げ!」

柳原 麻侖

『お、おうよ!』

岬 明乃

「鈴、面舵一杯!あの支柱の間をくぐり抜けるんだ!」

知床 鈴

「りょ、りょうかーい!」

西崎 芽依

「………艦長、この海域から脱出するんじゃなかったの?」

岬 明乃

「来るぞ!総員、衝撃に備えろ!」

 

芽依の問いには答えず、私は近くのモノに掴まった。

その時、全員が私の声に呼応するように付近のモノに掴まる。

そしてその数秒後に。

 

 

巨大な振動が晴風を襲い、船体が大きく揺れた。

晴風の周囲に、巨大な水柱が複数、上がるのと同時だった。

数は………3本。

この水柱の太さと威力は、恐らく。

 

 

知床 鈴

「ひいぃぃぃぃぃ!!」

納沙 幸子

「な、なんですか今の!?」

ミラー副司令

「………気のせいかな。戦艦クラスの主砲に見えるが?」

岬 明乃

「ミラー副司令の言うとおりだ。今のは………………大和クラスの主砲だ」

知床 鈴

「えっ、大和クラスって?」

 

そう。

あのタイミングでスキッパー隊を引き上げさせたのは、艦砲クラスの射撃を行うため。

その巻き添えを負わないようにするため、追撃しているスキッパー隊を引き上げさせたのだ。

いや、もしかしたらスキッパー隊を使って、こちらをこのポイントへ誘導したのかもしれない。

 

――――ちょうど崩落したプラットフォームの間から、それが見える。

巨大な船体が、濃い霧の中から姿を覗いていた。

主砲九門………第一、第二、第三主砲の右門の仰角が上がっていて、こちらを撃ったからか、主砲先端から煙が排出されている。

船体のカラーリングは、灰色をベースにし、さらには緑色のラインも覗いている。

船体のナンバリングは、S120。

あの、巨大な艦影――――――――――――戦艦”紀伊”、か。

だとしたら、あの艦には………。

 

納沙 幸子

「うそ、なんで………どうして紀伊がここに!?」

西崎 芽依

「さっきの砲撃、紀伊からの主砲からだったんだ………」

立石 志摩

「う、うぃ………」

ミラー副司令

「バカなっ。あのクラスの戦艦は半世紀以上前から建造されていないはずだ!いったい、奴らは!?」

 

各々の反応が、今の現状を物語っていた。

最悪をも超える、悪夢。

仮に私達を潰すために派遣されたのなら、戦力差は語るまでもない。

蟻一匹を潰すために戦車を投入するようなモノだ。

加えて、スキッパー隊の邪魔も入り、ますます私達は苦境に立たされるのだ。

いや、苦境と一言で済ませるのも呆れてしまうほどの………。

だが私は、苦笑を浮かべるだけで、彼女達のような悲壮感はまるでなかった。

 

まるで、以前にも似たような場面に出くわしたかのような。

 

岬 明乃

「だが私達のやるべき事は変わらない。怪物を倒し、全員でこの海域から脱出することだ。そして、脅威も増えたぞ。例の怪物と、スキッパー隊、そして戦艦紀伊。次の敵はこいつらだ」

 

私の言葉に、全員が私を見つめる。

その中には、私の正気を疑う要素も含まれているが、私は至って冷静だ。

この場の環境が、そうさせているんだ。

冷静に物事を対処しなければ、私が傷つくだけじゃ済まなくなる。

 

なぜあの戦艦がこの世界へ来たのかは分からない。

私達があれに勝てるかどうかも分からない。

だがこれだけは言える。

 

あの戦艦は、私達の味方ではなく、敵として現れたのだと。

だから私は、自然と身に力が入るのを抑えられなかった。




あまり話は進んでませんね(笑
ところで、皆様は何回、ハイフリ劇場版を見に行かれましたか?
私は10回ほど、足を運ばせて頂きました。
特典の数々、すばらだったです(語彙力崩壊

あと、当作品にて番外編を挙げてましたが、諸事情により削除することにしました。
近いうちに別に上げようと思いますので、よろしくお願いします。

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