High School Fleet ~封鎖された学園都市で~   作:Dr.JD

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「人を戦争に駆り立てるのに英雄が命令する必要はない。戦場に赴く者たちの中に、英雄が1人いればいいのだ」――――ノーマン・シュワルツコフ大将


どうも皆さんおはこんばんにちわ。
Dr.JDです。
新年、明けましておめでとうございます。
今年もまた、よろしくお願い申し上げます。
さて皆様、大変、大変長らくお待たせしました!
前回の話から約2ヶ月、様々なトラブルを抱えながらも、どうにか今回の投稿にありつけました。
一応、今回の話で第1章は完結となります。
次章からは新たな局面、視点へと突き進んでいきますので、今後ともよろしくお願い致します。

それでは長く挨拶するのもこの辺にして、早速どうぞ。




第13話 不幸な逆転-後編-

[不幸な逆転-後編-]

2012年、7月19日、17;45;00

高校1年生 陽炎型航洋艦五番艦「晴風」 艦長

岬 明乃(みさき あけの)

茨城県 尾阿嵯(おあさ)町 中央裁判所 第3控え室

 

岬 明乃

「………」

 

控え室に設けられている応接室セットの一つである椅子の背もたれに、ドッカリと座り込んでいる。

いや、座り込んでいる、と表現するには語弊があるかもしれない。

正確に言えば、グデーっとだらしがなく背中と両足を伸ばしているだけである。

この姿だけを見れば、明らかに夏休みを謳歌するダメ学生に見えるだろう。

でもさ、今回だけは許してよ。

あんな裁判の後だったんだし。

 

万里小路 楓

「ふふふ、お疲れ様でした。お茶になります」

岬 明乃

「あ、ありがとう………」

 

万里小路さんが淹れてくれた紅茶を受け取り、一口含む。

少しの苦みと、ダージリンの良い香りが口と鼻を刺激する。

徐々に、心情的に安らげた。

椅子の背もたれに頭を垂れると、先程のやり取りを思い出していた。

 

――――結論から言うと、裁判はこのまま引き続き続くそうだ。

新しい被害者であり、証人となって現れた彼がこの後で証言する運びとなった。

新しい証人が現れたことで、審理が色々と中途半端になってしまうため、これからは彼の証言を中心に審理が進められる。

私はそっと目を閉じる。

また、私はあの広い法廷に戻らなくてはいけないのかと思うと、心がドッと重たく感じた。

だけどシロちゃんを助けるためだ。

せっかく繋ぎ止められたのに、こんな調子ではダメだ。

 

コンコンッ

 

万里小路 楓

「はい、どうぞ」

 

ガチャッ

代わりに万里小路さんが受け答えしてくれると、控え室には意外な人物が入ってきた。

 

岬 明乃

「あれ、トリエラちゃん?どうしてここに?」

トリエラ

「なによ、あんた達が裁判で奮闘してるって聞いて、こうやって来てあげたんじゃない。結構ギリギリみたいだけどね」

 

入ってきたのは、まだ宇宙ステーションに居たと思われていたトリエラちゃんだった。

もう事情聴取は終わって、もう他の人達と一緒に地上へ戻れたのだろうか?

ともあれ、時間は左程経っていないはずなのに、久しぶりに再会したような感覚だったからか、彼女に会えて嬉しかった。

 

万里小路 楓

「トリエラさん、紅茶は如何ですか?今ちょうど、ダージリンを淹れているところでして」

トリエラ

「せっかくだから頂くわ。悪いわね」

 

部屋に設けられている給湯器を使い、ダージリンを淹れていた。

そんな様子を横目にしながら、トリエラちゃんは切り出した。

 

トリエラ

「それで?実際は裁判はどれくらい進んだの?」

岬 明乃

「うん、実はね――――」

 

私は彼女に、これまでの経緯をざっくりだけど説明した。

一通りの説明を話したら、トリエラちゃんは難しそうな顔をする。

 

トリエラ

「新しい証人、ね。そいつのおかげで裁判はまだ続くんだね。いや、あんた達の場合はそいつが出てきたからまだ裁判で審理を続ける羽目になった、と言った方が正しいか」

岬 明乃

「この後も審理が続行されるってー。はぁ、もう一生分の叫び声を出した気がする」

トリエラ

「それよりもさ、そいつって何か言ってた?犯人を見たとか」

岬 明乃

「え?ううん、特には聞いてないよ。万里小路さん、何か聞いてる?」

万里小路 楓

「それをこれからの審理で話されるのでは?ですが、犯人が誰であるかは存じないように感じました」

岬 明乃

「どうして?」

万里小路 楓

「分かっていたら、最初から犯人を知っていると言えばいいのです。犯人の存在を隠していたら、また自分に被害が及んでしまうかもしれませんから」

 

………?

それなら最初から”犯人を見たぞ”、なんて告発しなければ良いんじゃないかな?

正義感がよっぽど強くなければ別だけど。

そうだ、私は気になっている事があったんだった。

私はトリエラちゃんにズイッと顔を狭めた。

 

トリエラ

「な、なによ?」

岬 明乃

「トリエラちゃんがここに居るって事は、蘭ちゃん達もここに居るって事だよね?どこに居るか知らない?」

トリエラ

「さぁ、知らないわ。そう言えば他の乗客達が降りたときには、もう居なかった気がする。どこにいったのかしら?」

万里小路 楓

「他の方々はもう既に事情聴取を終えて、帰られたのですね」

 

ガチャッ

話していると、またも扉が開かれて、数人の子達が入ってくる。

法廷で裁判の様子を見守っていた、晴風クラスの子達だった。

今度は見知った顔ぶれだったので、安心した。

 

山下 秀子

「艦長、お疲れ様~。見ててすっごくハラハラしたよー、これが裁判なんだね!」

内田 まゆみ

「ももちゃんが居たら、絶対に漫画のネタにされてたね」

杵崎 ほまれ

「疲れたよね?何か甘い物食べる?万里小路さん、ちょっといいかな?」

黒木 洋美

「何とか次に繋げられましたけど、あの男はいったい何なの?何か知らないんですか?」

柳原 麻侖

「ギリギリな戦いだったなぁ!まぁ、副長を助けられるのは艦長だけだから、あんまり圧迫感なかったけどな!」

 

一気に部屋が騒がしくなっていって同時に多くの質問に晒されて、私はどう答えようか迷ってしまった。

それと、先程まであった思い空気が、少し空気が軽くなった気がする。

誰もが思い思いの気持ちを口にして。

だけど最終的には笑い合って。

そんな日常に、私はみんなを戻してあげたい。

心の中で、そう感じた。

 

トリエラ

「な、なんだか一気に騒がしくなったわね。みんなあなたの知り合い?」

岬 明乃

「そうだよー。私の大事なクラスメイトで、家族だよ!」

トリエラ

「家族?学校の友達じゃなくて?」

岬 明乃

「友達だけど、家族でもあるの!………たくさん危ない目に遭って、辛いこともあった。でも、それでも今までずっと一緒に過ごしてきた、大切な家族なんだ。えへへっ」

 

途中から自分で言っておいて、急に恥ずかしくなってきたっ!

でも自然と笑みが浮かべられ、ずっと傍に居てほしいのは、心から感じていること。

だから私は――――

 

岬 明乃

「だから私は絶対、シロちゃんを助け出してみせる。たとえ無謀な戦いであっても、ね」

トリエラ

「そう………なら、大事にしなさいよ。絶対に守り抜いて、また、元の日常に帰りなさい」

岬 明乃

「うん、ありがとう!そう言えばさ、トリエラちゃんは事件の時、どこにいたの?」

トリエラ

「えっ?それは前にも言ったじゃない。施設内のエントランス付近で」

岬 明乃

「もしかして、蘭ちゃんが落ちそうになったのを助けたって?それは聞いたけど、それまではどこで何してたのかなって」

トリエラ

「そんなの、蘭達と一緒にいたわ。嘘だと思うなら、蘭に聞いてみれば良いじゃない。ま、どこで何してるか分からないけどね」

 

………確かに気になる。

地上に降りてきたら、普通は一報くらいすると思うんだけど、忙しいのかな?

どうしよう、こっちから連絡した方がいいかな?

 

岬 明乃

「万里小路さん、どうしよう。蘭ちゃんに連絡してみるべきかな?」

トリエラ

「止めときなさいよ。もし取り込み中だったらどうするの?今は彼女からの連絡を待つべきよ」

 

紅茶をみんなに振るっている万里小路さんに聞いたのに、トリエラちゃんが口を挟んできた。

やっぱり、こっちから連絡しない方が迷惑掛からなくて良いかな?

 

黒木 洋美

「ところで艦長。そちらの女性は?」

岬 明乃

「宇宙エレベーターで出会った、トリエラちゃんだよ。さっき友達になったんだよね?」

トリエラ

「初めまして、トリエラです。それにしても、あなたのお友達は災難だったわね。観光のつもりで来ただけなのにこんな事件の犯人にされちゃって」

内田 まゆみ

「あはは………副長の運のなさは折り紙付きですから………」

杵崎 ほまれ

「さぁみんな。お菓子が出来上がりましたよ!暖かい内にどうぞ!」

 

横からほっちゃんが入ってきて、出来たてのクッキーを持ってきてくれた。

香ばしい香りが鼻を刺激して、食欲をそそる。

………食材持ってきて、ここで焼いたのかなぁ?

 

杵崎 ほまれ

「よかったらトリエラさんも如何ですか?自信作なんです!!」

トリエラ

「そ、そう?なら………頂きます」

杵崎 ほまれ

「他のみんなもどんどん食べてって!」

柳原 麻侖

「おっ、なら頂くぜ!」

山下 秀子

「頂きまーす。うん、美味しい!」

トリエラ

「ホントね。サクッとしてて美味しい」

黒木 洋美

「頂き………はっ、ま、まさか1つ食べるごとにお金を請求するんじゃっ」

トリエラ

「えっ」

杵崎 ほまれ

「もう、そんなことしないよー。お客さんが来てるのに、商ば、ごほん。お客さんからお金は取らないよー」

トリエラ

「今商売って言いそうになったでしょ?バレバレよ?」

岬 明乃

「あはは。あれ?そう言えばトリエラちゃん、胸ポケットにしまってあったサングラスはどうしたの?」

トリエラ

「えっ、ああ、あれ?実はどこかに落しちゃったみたいで、探しても見つからないんだよね。施設内で結構な騒ぎになっちゃったから、その時に落しちゃったのかも」

 

ガチャッ

 

係官

「弁護人、もうそろそろ休廷時間が終了しますので、出廷をお願い致します!」

岬 明乃

「!!は、はい!今行きます!」

 

バタンッ

 

岬 明乃

「みんな、また行ってくるね。絶対にシロちゃんを助け出すから、応援して下さい!」

一同

「「「「はい!!!」」」」

万里小路 楓

「岬さん、行きましょう!」

岬 明乃

「うん!!」

 

ワイワイガヤガヤ…………………………………………………

カンッ

 

サイバンチョ

「それでは、審理を続行したいと思います。先程の審理では、決着は明日になる予定でしたが、ここに来て新しい証人が現れましたので、審理を続行する流れとなりました」

琴浦 春香

「検察側は、新たな証人の出廷を求めます」

サイバンチョ

「分かりました。では係官、証人をここへ連れてくるように」

係官

「はっ!!」

 

証人席に現れたのは、スラッと伸びたやせ形の男性だった。

だけど所々に怪我をしているのか、包帯やガーゼを施している。

 

琴浦 春香

「証人、名前と職業を」

??????

「名前は菊池雅行(きくちまさゆき)。海上自衛隊所属、イージス艦”みらい”で砲雷長をしています」

 

海上自衛隊………施設内で会った角松さんや尾栗さんの知り合いなのかな?

ぱっと見た感じ、法廷内では2人の姿は見えない。

 

サイバンチョ

「ほうほう、自衛隊の方でしたか。普段からのお勤め、ご苦労様です」

菊池 雅行

「いえ、国民の命と平和を守るのが、自衛隊の職務ですので」

琴浦 春香

「では、今回の事件の重要参考人として、あなたの身に何があったのかを話して頂けますか?」

菊池 雅行

「………事件が発生した際、私はトイレ付近に居ました」

サイバンチョ

「トイレにですか?あのくらい中で?」

菊池 雅行

「はい。ただ、その、どうしても用を足したかったんです。最近、腹痛が続いてまして………」

サイバンチョ

「おお、それは大事になさって下さい」

菊池 雅行

「それで、トイレを発見して中に入ったら、男性が倒れていたんです。血を流してて」

 

!!

こ、この情報って………。

 

菊池 雅行

「急いで介抱使用としました。しかし、脈はすでになく、心臓マッサージをしようとして………そこで背後から何者かに殴られて、気絶してしまったんです」

サイバンチョ

「な、殴られた!?そ、それでその包帯が」

菊池 雅行

「ええ、お察しの通りです」

岬 明乃

「す、すみません!その時、女の子が倒れてませんでしたか!?」

菊池 雅行

「女の子?いえ、私が見たのは男性だけでした。個室に隠れているのなら別ですが」

岬 明乃

「そ、そんな………」

 

せっかく突破口を見つけられたと思ったのにっ。

私の中で徐々に焦りが募っていく。

 

琴浦 春香

「裁判長。以上の証言から、検察側はある結論に至りました」

サイバンチョ

「伺います」

琴浦 春香

「証人を背後から殴り、気絶させた人物こそが、今回の事件の被告人であると!!」

岬 明乃

「い、異議あり!なんでそうなるんですか!?経緯を話して下さい!」

琴浦 春香

「まず被告人は被害者を殺害後、現場を後にしようとしたはずです。しかしトイレに近付いてくる証人に気付き、咄嗟に個室に隠れたのです」

サイバンチョ

「なぜ隠れる必要があるのですか?」

琴浦 春香

「現場に居たら、真っ先に自分が疑われるからです。そして証人がトイレへ入り、被害者に気を取られた隙に背後から鈍器のような物で殴ったのです!」

岬 明乃

「異議あり!ならなぜシロ………被告人は現場から立ち去らなかったのですか!もしも犯人であるならば、その場から一刻も早く立ち去りたかったはず!なのに現場で気絶してたのはなぜですか!!それと、すぐに気絶したのならなぜ証人は発見時に現場に居なかったのですか!」

 

カンッ

 

サイバンチョ

「そこまで!事件の詳細については、証人から行って貰います。弁護人は尋問にて追求して下さい」

岬 明乃

「くっ」

サイバンチョ

「それでは証言して貰いましょう。事件当日について!」

菊池 雅行

「承知しました」

 

~証言開始・事件当時について~

菊池 雅行

①「用を足すためにトイレに訪れていました。ツアーガイドから道のりはある程度聞きましたから」

②「トイレに入ったら、被害者の人が血を流して倒れていました」

③「介抱しようとした途端、背後から何者かに殴られました。犯人の顔は見ていません」

④「そして医務室で目を覚ましました。そこで裁判が今行われていると伝えられ、急いでここまでやって来ました」

 

サイバンチョ

「ではあなたは、裁判で証言するために痛む怪我をガマンして、当法廷までやって来たと?」

菊池 雅行

「はい。間違った方に裁判が進行し、冤罪を生むのは心苦しいので」

サイバンチョ

「さすがは、国民を第一に考えている自衛官でありますな。それでは弁護人、尋問をお願いします」

岬 明乃

「は、はい!」

 

~尋問開始・事件当時について~

岬 明乃

「お尋ねします。本当に現場には女の子は倒れていなかったんですね?」

菊池 雅行

「それは間違いようがありません。個室は全て扉が開けられていて、中に誰か入ってたら、気付きますから」

琴浦 春香

「それでは、用具入れはどうでしょう?」

菊池 雅行

「いや、そこまでは見ていません。目の前で倒れている被害者に気が向いていたので」

岬 明乃

「では他に気付いたことはありませんでしたか?些細な事でも良いんですっ」

菊池 雅行

「うーん、特にこれと言った点はありませんね。トイレはキレイでしたし、鏡もピカピカに磨かれていましたし」

 

………ん?

鏡が、ピカピカに?

あれちょっと待って。

現場で撮った写真には、鏡なんて――――

 

岬 明乃

「異議あり!菊池さん、今の証言は間違いありませんか?」

菊池 雅行

「ん?トイレがキレイだって証言が?それなら間違いありません」

岬 明乃

「残念ですけど菊池さん、それはあり得ないんです」

サイバンチョ

「ど、どう言う事ですか?」

岬 明乃

「私達が現場を調べた時は、確かに遺体の状態は証言通りです。鏡が割れていた点以外は」

菊池 雅行

「なに?」

岬 明乃

「割れていたんですよ。鏡が派手に粉々に砕けて、地面や洗面台に破片が飛び散っていたんです!」

菊池 雅行

「なんだと!!」

 

ワイワイガヤガヤ………………………………………

 

岬 明乃

「でもさ、これってどう言う事なんだろ?」

万里小路 楓

「鏡がいつ、誰が割ったのかが分かりませんね。岬さん、これはきっと重要な問題だと思います」

岬 明乃

「どうして?」

万里小路 楓

「あの証人を見て下さい。嘘を言っている様子ではありません。しかし、現に鏡は割れていて、証言と矛盾しています。そこには大きな意味があります。私達が誰も気付いていない、大きな意味が」

 

カンッ

 

サイバンチョ

「弁護人に問います。この割れた鏡に、何の意味があるのでしょうか?」

岬 明乃

「………正直に言いますと、ハッキリとした回答は用意できていません。ですけど、ここから考えられるのは、この鏡はもしかして、事件が発生した後に割れたのではないでしょうか?」

サイバンチョ

「事件の後に?」

岬 明乃

「思い出してみて下さい。私達が現場を調査した時は鏡が割れていました。でも菊池さんが現場を訪れ、被害者を介抱しようとした時は鏡は割れていませんでした。ならこれは何を意味するのでしょうか?」

琴浦 春香

「………っ!?ま、まさか」

岬 明乃

「琴浦検事は気付いたみたいですね。そう、これが示す答えは………」

 

数秒だけ間を置いて、言葉を繋ぐ。

 

岬 明乃

「真犯人によって、現場を細工されたと言う可能性があります!」

琴浦 春香

「なっ」

菊池 雅行

「なっ」

サイバンチョ

「なんですとおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??」

 

ワイワイガヤガヤ……………………………………………………

 

先程にも増して、法廷がざわつき始めた。

そりゃそうだ。

事件が終わった後に、細工をされたら今までの審理も本当に意味があるのか、疑われてしまう。

裁判は確かな証拠と証言によってなり立っている。

この裁判そのものが、危うい橋を渡ろうとしているのだ。

 

琴浦 春香

「い、異議あり!それこそ、なぜ現場を去らなかったの!?その場に居続けたら、自身の身が危険なのにっ」

岬 明乃

「琴浦検事、言ったはずですよ。これはまだ可能性の話です。真実はもっと複雑で、目を背けたくなるような事実かも知れません。だから現段階では、断定しきれません、と」

万里小路 楓

「まぁ………」

 

………あれ、なんで今あんな事を言ったんだろう?

”真実はもっと複雑で、目を背けたくなるような”って。

まぁでも。

 

岬 明乃

「弁護側はさらなる真相究明のため、事件の再調査を希望します!このまま審理を続けていても、不確かな現場でしかない事件を扱うのは、あまりにも酷すぎます!」

サイバンチョ

「うむ。私個人としても、弁護側の意見には同意ですな。現場が実際にどれ程、細工を施されたのかを調査する必要があります。検察側、陪審員の皆様も、それで良いですな?当法廷は、一時中断すると」

琴浦 春香

「うぐっ、い、異議はありません」

陪審員1号

「しょ、承知しました。裁判長殿に判断を委ねます………」

サイバンチョ

「よろしい。では当法廷については、これにて一時休廷!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

??????

「待った!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

またしても、法廷内に響く”待った”に、私は億劫になりそうだった。

もしかして、シロちゃんの不幸が私に乗り移った?

なんて失礼なことを考えていると、先程の億劫な気持ちなんて吹き飛んだ。

なぜならば――――

 

岬 明乃

「蘭、ちゃん?」

 

そこには、頭に包帯を巻いた磯崎蘭ちゃんが証人席に立っていた。

息を切らしていて、肩でゆっくり呼吸を繰り返している。

ここまで、走ってきたのだろうか?

 

磯崎 蘭

「お願いです、私の話を聞いて下さい!私は、岬代理弁護人のもう一人の助手です!新しい証拠を持って参りました!」

サイバンチョ

「あ、新しい証拠ですと!?」

磯崎 蘭

「これを、これを証拠品として提出します!確認して下さい!」

 

証拠品:事件当時の施設内の記録

内容:7月19日にて発生した内容をここに記す。

AM10:00 A-5ブロックにて、実験機稼働。以後、48時間の連続運転のため、警備員は注意のこと。

PM00:30 E-2ブロック電源室にて小規模爆発。怪我人はなし。火星重力センター内にて大規模停電発生。

PM00:43 D-2ブロックにて、一時、無重力状態発生。原因不明。但し、発生時間は数秒間の一度のみ。

PM00:45 停電の復旧完了。

PM05:00 交代要員及び貨物を運ぶ予定。交代要員、物資の内容については運搬リストを参照のこと。

 

証拠品:トイレに通じる写真

トイレの取っ手から特殊な蛍光塗料が検出された。普通の人は目視不可能。

 

証拠品:現場の写真(遺体移動後)

遺体が倒れていた付近の写真。血痕の跡がなぜか尖っている。

 

岬 明乃

「お帰りなさい、蘭ちゃん。その怪我、大丈夫?」

磯崎 蘭

「大丈夫だよ、ミケちゃん。それよりごめんなさい、もっと早く来れたら」

万里小路 楓

「ふふっ、蘭さん、気になさらないで下さい。こうして戻ってきて下さっただけでも、ね?」

 

蘭ちゃんは証拠品を裁判長へ提出してくると、こちらの席へやって来た。

怪我をした部分が気になるけど、今は詮索している場合ではない。

私は真正面を向いた。

 

磯崎 蘭

「ねぇ、ミケちゃん」

 

だけどそれはすぐに覆る。

いつの間にか蘭ちゃんの手が私の右肩に置かれていたのだ。

そして、その指から伝わるのは、怯えと恐怖。

 

岬 明乃

「蘭ちゃん、どうしたの?まさか、怪我した所が痛むとか?」

磯崎 蘭

「違うよ。それよりも、これを持ってて?」

 

証拠品:割れたサングラス

真っ黒なサングラス。ひびが入っていて、掛けると危ない。持ち主は不明。

 

岬 明乃

「これって、証拠品だよね。いいの?裁判長さんに提出しなくて」

磯崎 蘭

「………見てほしいんだ。私の、記憶を」

岬 明乃

「えっ?」

 

私の問を無視して、蘭ちゃんはぐっと距離を縮めた。

最後の言葉の部分は、私にしか聞こえないような声量で囁かれた。

傍に居る万里小路さんには聞こえてないらしく、蘭ちゃんが提出した証拠品を確認や弁論の補佐のために、かなり集中しているようだった。

話すのなら、今がチャンスかな?

 

磯崎 蘭

「ミケちゃん、これはね、すごく辛い記憶なの。嘘であってほしかった。でも、真実から目を背けちゃったら、誰も助けられない。だから、今は耐えて」

 

コツンッ

蘭ちゃんと私の額が少しぶつかって、僅かに痛みを感じた。

だけどそんな物は大した感覚にはならなかった。

なぜなら、額をぶつけた瞬間、頭の中に電流が走ったから。

次に浮かんでくるのは、映像の数々。

ここ数時間で蘭ちゃんの身に起きたこと全てだった。

そして次第に私は全身の血が引けていくのが、自分でも分かるくらいに青ざめていった。

私自身が、いや、蘭ちゃんが見た記憶の中。

その内容が、あまりにも――――

 

岬 明乃

「――――っ!?」

磯崎 蘭

「っ、ご、ごめんなさいミケちゃん。本当はこんな方法は間違ってるっ。でも、そうじゃないと――――」

 

その後、蘭ちゃんの言葉がうまく耳に入らなくなっていた。

どこか身体に異常が起きたんじゃない。

ただ、今見た映像が信じられなくなって、どう反応して良いか分からなかったからだ。

でも頭は、勝手に今見た映像と私の考えが脳裏を網羅していく。

 

蘭ちゃんが見た記憶と集めてくれた証拠品。

私が法廷で推理した事件の流れ。

この2つが合わさって、ようやく事件の真相が見えた。

でもその内容はあまりにも悲惨で。

私が願っていた事実とは全く異なっていて。

こんな真実を見るくらいなら、頭なんて無理に働いてほしくなった。

この時ばかりは、本当に自分自身を恨んだ。

 

岬 明乃

「分かりましたよ、この事件の流れが」

磯崎 蘭

「えっ?」

 

自分でも驚くくらい、すごく低い声だった。

全体的に冷め切っていて、本当に私が発しているのかと疑うレベルだ。

シロちゃんを助けるためなら、手段を選ばなくなっちゃったのかな?

否定したいけど、首を横に振る事なんて出来ない。

だけど、不自然な自分自身の機械的な動作は止められるはずがなく。

 

サイバンチョ

「な、なんですと?今証拠品が提出されたばかりなのに、真相が?」

琴浦 春香

「ま、待ちなさい!それは弁護側が勝手に」

岬 明乃

「嘘だと思うなら、私の話を聞いてから反論して下さい」

磯崎 蘭

「み、ミケちゃん………」

万里小路 楓

「岬さん?」

 

2人が心配してくれている。

だけどごめん、今は2人の相手をしてる心理的余裕なんて、ない。

私は2人に振り返ろうともせず、裁判長に振り向いた。

 

岬 明乃

「裁判長、弁護側は真実を述べていきますので、語る上で重要なその人物をここへ」

サイバンチョ

「ほ、本気ですか!?」

岬 明乃

「もちろんです。弁護側が、いえ、私が尋問したい相手は――――」

 

目を背けたくなるくらいに、私はその人物を指さした。

法廷内にまだ残っていて、その人物と両目が合う。

対するその人物は特に驚いた様子はなく、だけど明らかに敵意を向けている。

ここまで来たら、もう後戻りは出来ない。

だって、私はどんな手を使ってでも、シロちゃんを助けるって覚悟を持ったから。

 

岬 明乃

「トリエラちゃん。あなたです」

トリエラ

「………」

サイバンチョ

「べ、弁護人!彼女はまだ子供ですぞ!彼女が事件の真犯人だと言うのですか!」

岬 明乃

「少し話をしたいだけです。間違っていたら、それで問題ありません」

 

私に声を掛けて、一緒に事件の真相を追い掛けた仲間を告発するなんて。

名指しで呼ばれたトリエラちゃんは、特に文句を言わずに証言台へ立った。

 

琴浦 春香

「証人、名前と職業を」

トリエラ

「名前はトリエラ。職業は………学生よ」

 

淡々と答えるトリエラちゃんを見て、胸が苦しくなる。

だけどそれ以上に、彼女を告発してしまった自分に嫌気がさす。

 

トリエラ

「ねぇ、これって何かの冗談?一緒に旅した仲間を疑うの?」

岬 明乃

「ちょっと確認したいだけだってば。それが済んだら、戻って良いから」

トリエラ

「いいわ、付き合ってあげる。それで、確認したい事って何?」

岬 明乃

「証言をしてほしいんです。事件が起きた際の行動について」

琴浦 春香

「事件時の行動ですか?」

岬 明乃

「はい。話を聞けば、琴浦検事でも理解できると思います」

サイバンチョ

「では証人、証言して頂きましょう。事件当時の行動について!!」

 

~証言開始・事件当時の行動について~

トリエラ

①「行動と言ってもね。大した行動は取ってないわ」

②「急に停電が発生したんですのも。その場から動けるわけないしね」

③「まぁ、実際にやってたことと言えば、その場から動かないことだね」

④「だからこの尋問で言えることなんて大してないわ」

 

サイバンチョ

「ふむ。聞いている限りですと特に怪しい証言をしてるようには見えないようですが」

岬 明乃

「いえ、それをこれから尋問で明らかにしていくんです!」

 

~尋問開始・事件当時の行動について~

岬 明乃

「急に停電したので、その場からは動いていないんですよね?」

トリエラ

「そうよ。真っ暗の中で動くなんて、危険極まりないわ」

岬 明乃

「停電している最中、全く動いていない時の行動を知りたいんです。例えば………外の宇宙空間の景色を眺めていたとか」

トリエラ

「残念だけど、別に夜空なんてあまり興味なかったから見てない。あんた達の傍にずっと居たわ」

岬 明乃

「その時、何か変わったことはありませんでしたか?例えば、誰かの叫び声が聞こえたとか」

トリエラ

「男の叫びなら聞いたわ。あれにはびっくりした」

岬 明乃

「別の質問をします。あの場には誰が居たか、答えられる?」

トリエラ

「ええ。あなたと楓、蘭と名前を知らない筋肉馬鹿、あとどこかのお嬢様みたいな子も居たわね」

サイバンチョ

(証人、意外と容赦ありませんな)

岬 明乃

「それで全員?」

トリエラ

「他にも大勢近くに人が居たみたいだけど、特徴までは言えないわね。それが何か?」

万里小路 楓

「えっ?」

岬 明乃

「………トリエラちゃん。実はあの時、シロちゃんは私達とはぐれて、その場には居なかったんだよ」

トリエラ

「知ってるわ。だからトイレで気絶してたんでしょ?だからあなたのお友達は言わなかったの」

岬 明乃

「だったらさ、その後の自衛隊の人達と話をしてたのは知ってた?爆発騒ぎがある事も聞いてたのに、なんでその人達のことを言わなかったの?」

トリエラ

「えっ」

琴浦 春香

「待ちなさい弁護人。あなたが自衛隊員と話をしていたとしても、彼女が証言しなかった理由にはならないと思いますが」

岬 明乃

「周囲の人達も全員、彼らの話を聞いていた、としてもですか?この証言をすればすぐに自分の疑いの目は消えるのに、どうして言わなかったんでしょうか?」

トリエラ

「………」

岬 明乃

「トリエラちゃん、あなたは本当にあの場に居たの?あなたは、本当は――――」

トリエラ

「いいわ、分かった。正直に全て話すわ」

サイバンチョ

「では証人!あなたは虚偽の証言をしていたのですか!」

トリエラ

「ごめんなさい、訳は今話します。ですから、もう一度だけ証言をさせて下さい」

サイバンチョ

「ふむ、分かりました。琴浦検事もそれでよろしいですな?」

琴浦 春香

「異論ありません。ですが証人、証言は明確に、かつ嘘偽りのないようにお願いします」

トリエラ

「はい」

サイバンチョ

「ではもう一度だけ証言をお願いします。あなたは、本当はどこで何をしていたのかを!!」

 

~証言開始・事件当時、本当はなにをしていたのか~

トリエラ

①「本当は事件当時、私はあの現場に居たんです。トイレに行きたくて」

②「中に入ったら、人が既に倒れていたんです。その場ですぐに助けを求められれば良かったんですけど」

③「そしたら急に怖くなって逃げ出してしまって」

④「今まで黙っていたのは、皆から非難されるのが怖かったからなんです………ごめんなさい」

 

サイバンチョ

「なるほど。皆から非難されるのが嫌で、今まで黙っていたのですな。確かに、仲間はずれにされるのはきついですからな」

琴浦 春香

「裁判長、それとこれとは話は別です。彼女が正直に言っていれば、事件だってっ」

岬 明乃

「検事、それは後にして下さい。今はこちらが尋問する時です」

サイバンチョ

「では弁護人、尋問をお願いします」

 

~尋問開始・事件当時、本当はなにをしていたのか~

岬 明乃

「あの暗い中、どうやって現場まで辿り着いたんですか?手探りで向かうにしても限度があります」

トリエラ

「どうやって辿り着いたと思う?」

 

トリエラちゃんは挑発するように、私に対して目を細める。

両腕を組んで鼻で笑う彼女を見て、頭に血が上る。

見てろよ。

 

岬 明乃

「人が倒れていたって、どうして誰にも言わなかったんですか?」

トリエラ

「それはさっきも言ったでしょう?非難されるのが怖くなったって」

岬 明乃

「そうじゃありません。私達にって事です。同じ旅をした仲間でしょう?」

トリエラ

「それについては謝るわ。でも目の前に死体があったら、嫌でも恐怖を感じて………」

岬 明乃

「…………入ったら人が倒れていたって言いましたけど、誰が倒れていましたか?」

トリエラ

「………」

サイバンチョ

「べ、弁護人。今の質問に意味があるのでしょうか?」

岬 明乃

「あります。私の予測が正しければ、最も重要な問いになるでしょう」

トリエラ

「………被害者と被告人の2人だけだった。この眼鏡の人は見かけなかったわ」

 

長く熟考した後、彼女は隣の菊池さんを僅かに見ながら静かに答えた。

対する菊池さんも眼鏡をクイッと上げて。

 

菊池 雅行

「私もトイレに入った時、彼女の姿は見ていません。それは間違いないでしょう」

岬 明乃

「異議あり!」

 

間一髪入れず、私は異議を唱える。

今の証言、矛盾してるよ。

 

岬 明乃

「トリエラちゃん。今あなたは”トイレに入った途端、倒れてたのは被害者と被告人の2人”と言いましたね?」

トリエラ

「………」

 

沈黙は肯定とみなすよ。

 

岬 明乃

「残念ですがあなたが言っていることは矛盾しています」

サイバンチョ

「どう言う事ですか?」

岬 明乃

「仮に彼女が本当の事を言っているとして、明らかにおかしい点が浮かび上がってきます。アドルフさん、証言台に来て下さい!」

トリエラ

「!!」

琴浦 春香

「先程の、証人をですか?」

アドルフ・フューラー

「何かね?わしは今忙しいのだ」

 

証言席へやって来たアドルフさんは、相変わらず絵描きに没頭している。

器用に筆を持ち替えては、色を塗っているようだった。

そんな彼に、私は聞いた。

 

岬 明乃

「アドルフさん、お尋ねします。アドルフさんが第一発見者として現場に来たとき、トリエラさんを見かけましたか?」

アドルフ・フューラー

「………いや、見ておらんな。目の前の凄惨な光景に、釘付けになっておったからな。少なくとも見ていたら覚えているだろう」

トリエラ

「っ………」

サイバンチョ

「弁護人、どう言う事ですか?」

岬 明乃

「簡単な話です。トリエラちゃんは何時から現場に居たのか、を確認するための質問です。では彼女はいったいいつから現場から消えたのか」

サイバンチョ

「ま、待ちなさい弁護人。消えたとはどう言う事ですか?」

岬 明乃

「第一発見者のアドルフさんは先程、トリエラちゃんを見ていないと言いました。ならトリエラちゃん本人は、少なくともアドルフさんが来る前に現場から居なくなったと考えるべきです」

トリエラ

「どうしてよ?」

岬 明乃

「もし後から居なくなったのなら、あなたはアドルフさんも見てるはずだから。それに、警官がやって来た後は現場には来れても中までは入れないから、さっきの様な2人倒れてる、なんて証言できないから」

サイバンチョ

「では彼女はいつから現場に来ていたのですか?それに、未だに菊池さんが現場から居なくなったのかも判明しておりませんぞ?」

岬 明乃

「………恐らくですけど、停電の最中だと思います。停電前は、普通に私達と一緒に行動して………談笑に華を咲かせてましたから」

琴浦 春香

「待ちなさい、弁護人。あの停電の中をどうやって移動したって言うのですか?真っ暗だったのはあなたも知ってるはず」

トリエラ

「それに忘れたの?落ちそうになった蘭を助けたのは私よ?近くに居なければ出来ない芸当でしょう?」

 

そう言えば、と思い蘭ちゃんを見つめた。

どうしてあのタイミングで居なくなったんだろう。

あの時は疑問を感じたけど、今なら聞いても良いかもしれない。

だけど先程から蘭ちゃんは俯いたままで、とても話せそうな感じではなかった。

 

岬 明乃

「ねぇ蘭ちゃん。なんであの停電の最中に居なくなったの?」

 

でもそんな事を気にしている時間はない。

嫌な出来事があったのなら、後で謝れば良いし。

 

磯崎 蘭

「そ、それは今言えない。でも確かにトリエラさんに助けて貰ったよ」

岬 明乃

「知ってる。それより君が居なくなっている間、ずっと近くにトリエラちゃんは居たの?」

磯崎 蘭

「………」

 

とても答えずらそうに、また下に俯いた。

だから私は、蘭ちゃんの両肩を掴んで無理矢理、顔を上げさせた。

 

磯崎 蘭

「うっ!!」

岬 明乃

「答えて。とっても重要なことなの。どうなのかな?」

万里小路 楓

「岬さん、落ち着いて下さい!」

 

ここに来て、万里小路さんに言われてようやく、私が蘭ちゃんに乱暴をしているのに気付く。

私は慌てて両肩を離して、少し距離を置いた。

 

磯崎 蘭

「うぅ」

岬 明乃

「ご、ごめんね蘭ちゃん!怖がらせるつもりなんてなかったのっ!ただ、その………」

磯崎 蘭

「いいの、私も悪いから………さっきの質問に答えるね。停電の最中に、一度もトリエラさんを見かけなかったよ」

岬 明乃

「そ、そうなんだ。ありがとう」

 

気まずい雰囲気になりながらも、私は続ける。

 

岬 明乃

「い、いま彼女が言ったとおりです。蘭ちゃんの傍に居たという前提が崩れました。ここで問題を整理したいと思います」

万里小路 楓

「停電直後、彼女は私達の元から離れました。理由はトイレに行くために」

岬 明乃

「この理由が本当かは分からないけどね。そして現場で、被害者とシロちゃんの2人を発見した。と本人は言ってるけど、私は違うと思う」

磯崎 蘭

「気絶した菊池さんがどこに行ったか、だよね。それでミケちゃんは、トリエラさんが菊池さんを現場から移動させたって思ってるんでしょ?」

岬 明乃

「さすがだね。でも具体的な方法も分からない。そもそもどうして菊池さんだけを現場から遠ざけたのかも。それと、鏡が割れていた理由も分からないままだし」

万里小路 楓

「………岬さん、そこは発送を逆転しては如何でしょうか?」

岬 明乃

「えっ、発送を逆転?」

万里小路 楓

「なぜ菊池さんだけが現場から遠ざかる事になったのかではなく、どうやったら菊池さんだけが現場から居なくなることが出来るのかを考えるのです」

岬 明乃

「なるほど」

 

………ん?待てよ。

言われた途端、私はもう一度、証拠品一覧を見つめ直す。

そして次々と記憶が走馬燈のように光り始めた。

割れた鏡

爆発騒ぎ

施設内の記録

現場の写真

アドルフさんの絵

現場写真

シロちゃんの証言………

 

………私の中で、ようやく。

ようやく全ての線が一本に繋がった気がした。

さっきの蘭ちゃんの記憶も併せて、今度こそ事件の全容が明らかになった。

 

岬 明乃

「事件の流れを一通り説明します」

サイバンチョ

「考えがまとまりましたかな?」

岬 明乃

「事件は停電の最中に発生しました。まずトリエラちゃんは被害者をトイレで殺害しました」

トリエラ

「私が殺害したって前提で話すのね」

岬 明乃

「現場を離れようとしましたが、そこへ菊池さんがやって来たんです。足音を聞いたトリエラちゃんは急いで用具入れに隠れた。そして入ってきて被害者の死体に気を取られた隙に、背後から彼を殴ったんです」

菊池 雅行

「なに?彼女が?」

岬 明乃

「予想外な出来事で、彼女は動揺した。だけどいつまでも現場にいては自分が疑われます。そんな中、宗谷ましろさんが現場へ入ってきたんです」

サイバンチョ

「被告人が?しかし彼女はそのような事は一言も言っておりませんぞ?」

岬 明乃

「彼女も怪我をしていて、記憶が曖昧になっているのなら、証言できないのは仕方がないでしょう。そして、慌てたトリエラちゃんはこう言ったんじゃないですか?”トイレに入ったら人が倒れてた。医務室に運ぶから、あなたは眼鏡を掛けてる方の人を運んでほしい”って」

トリエラ

「!!」

琴浦 春香

「待ちなさい。それは全てあなたの中での話でしょう?証拠なんてない」

岬 明乃

「証拠ならありますよ。アドルフさんが書かれた絵にね」

アドルフ・フューラー

「なに?ワシの絵が?」

岬 明乃

「はい。この絵にある窓の部分を見て下さい。これは確かに被告人が被害者を襲っているように見えます。そこで被害者の服装に注目してほしいんです」

サイバンチョ

「服装ですと?」

岬 明乃

「はい。被害者が着用しているのは、濃い緑色のジャンパーです。けど絵に描かれているのは、青色のジャンパーですよね?」

琴浦 春香

「はっ!」

岬 明乃

「どうやら気付いたようですね。そう、現場関係者で青色のジャンパーを着ているのは、菊池さんだけです!」

サイバンチョ

「な、なんと!」

トリエラ

「いやいや、それを真に受けないでよ。この絵描きがただ単に見間違えて、違う色を使って表現しただけじゃないの?」

アドルフ・フューラー

「この戯けが!!一度見た物を見間違えて、芸術の型となる絵画に投影するはずがなかろうが、このアホクサイ!」

トリエラ

「なっ、このっ」

岬 明乃

「とにかく!これが事実である以上、被告人が証人を運ぼうとしているとも捉えられるはずです!!」

サイバンチョ

「ふむ。ここに来て、この証拠品の見方が変わってきたようですな」

岬 明乃

「そこで、もう一つの事件が起きました。今度はこちらの施設内の記録をご覧下さい。”午後0時43分、D-2ブロックにて一時、無重力状態発生。原因不明。但し、発生時間は数秒間の一度のみ。”とあります」

琴浦 春香

「ま、まさか」

岬 明乃

「多分、あなたの考えているとおりのことでしょう。そうです、現場は宇宙空間に浮かぶ宇宙ステーションです。何かしらの拍子で無重力状態が発生し、このブロックを襲った。写真にも現場はD-2と記載されてますので、まず間違いないでしょう」

万里小路 楓

「しかし、これと事件になんの関係が?」

岬 明乃

「それこそ逆転の発想だよ。どうやったら菊池さんだけが現場から離れた場所へ居たのか、を考えたんだよ。話を戻します。2人を医務室へ運ぼうとした矢先、ブロック全体で無重力状態になりました。そんな中、突然、無重力がなくなって、宙に浮いていた人はどうなると思います?」

サイバンチョ

「それは、プカプカと浮いてたのですから、床や物に激突して………あっ!」

岬 明乃

「そう、物に激突して、現場の物を壊したんです。それが鏡が割れた原因になったのです」

サイバンチョ

「しかし、重力状態でなくなっただけで、証人が現場から居なくなるでしょうか?落ちたのですから、床で倒れていたのでは?」

岬 明乃

「事件当時、被告人は証人を運ぼうとしていました。しかし、被告人は被害者の血痕を誤って踏んでしまった。その時に無重力が発生し、倒れ込みました。もし、倒れ込んでしまいそうになり、無重力になったら、証人は吹き飛ばされます!!」

トリエラ

「っ………」

琴浦 春香

「異議あり!そんな、そんな馬鹿げた状況なんてっ」

岬 明乃

「あり得ますよ。遺体を移動させた後の現場写真をご覧下さい。よく見るとこれ、被害者の血痕の部分って、おかしくないですか?」

サイバンチョ

「確かに。なぜこのような跡に?」

岬 明乃

「理由は至ってシンプルです。先程の仮説に言ったとおり、被告人がこの血を踏んで転びそうになったから、こんな歪な血痕の跡になったのです!!」

サイバンチョ

「な、なるほど!筋は通っていますな」

琴浦 春香

「で、ではなぜ証人を運ぼうとしていた被告人は、彼と共に飛ばされなかったの?」

岬 明乃

「それこそが割れた鏡に記されています。これだけ鏡が粉々になったのなら、当然、破片は誰かの衣服に付いているはずです。しかし、誰もつけていません………被告人だけを除いては」

サイバンチョ

「なんですと?」

岬 明乃

「すみません、誰か被告人の怪我した包帯を取って、ガラスの破片と照合してくれませんか?一致しているはずです」

サイバンチョ

「係官、すぐに調べるように!」

係官

「はっ!!」

 

今まで裁判の成り行きを見守っていたシロちゃんが出てきた。

機器類を用いて、包帯を取って傷口と比較しているところだ。

 

岬 明乃

「傷が一致するのなら、壁にあった鏡に当たった事になります。それなら、彼女は飛ばされても現場に残ることになります。それなら、トリエラちゃんの犯行は………」

トリエラ

「………」

琴浦 春香

「待って!まだ決まったわけじゃない!そもそもどうやってあなた達の居た場所から現場まで向かったというのですか!それが立証されない限り、検察側は彼女の犯行を認めません!」

岬 明乃

「………ここで、まだ議論を交わしてない証拠があります。こちらのサングラスです」

サイバンチョ

「さ、サングラスですと?そのサングラスに何が?」

トリエラ

「!!あなた、それは………」

岬 明乃

「どうやらトリエラちゃんには心当たりがあるみたいですね。これは、ツアーに参加してた時に掛けていたものです。ですが今はお持ちでないようですね」

トリエラ

「ぐっ」

岬 明乃

「そこでアドルフさん、このサングラスについてお聞きしたいことがあるんです」

アドルフ・フューラー

「む?なんだね?今日は特に忙しいな」

岬 明乃

「このサングラス、どのような効果があるか見て貰いたいのです。芸術に関して、アドルフさんに聞くのが一番手っ取り早いので」

アドルフ・フューラー

「ほほう、分かっておるの………ふむ、このサングラスは掛けていれば普通だが、特殊な蛍光塗料を通してみると光るようだな」

サイバンチョ

「なんですと!?そのようなサングラスがあるのですか!」

アドルフ・フューラー

「あるとも。ただ市販ではなかなか売られていないから、入手ルートは限られてくるが………」

岬 明乃

「アドルフさん、ありがとうございました。これで暗闇の中でもこのサングラスを掛けていれば、蛍光塗料を目印にして現場へ向かうことが可能です。トリエラちゃん、何か反論はある?」

トリエラ

「………」

岬 明乃

「あなたは現場から去った後、偶然か必然かは知らないけど、磯崎蘭さんを落ちそうな時に助けに来ました。その時にサングラスを落したんじゃありませんか?だから処分しようにも出来なかった」

陪審員1号

「しかし、なぜ彼女はさっさとサングラスを処分しようとしなかったんだ?持ってたら犯人だって疑われるんじゃないか?」

岬 明乃

「出来なかったんですよ。停電中はトイレの水も流せなかったし、近くのゴミ箱に捨てれば警察に発見されて、指紋を調べられたらアウトだったから」

琴浦 春香

「そ、そんな………」

サイバンチョ

「証人、何か弁明はありますか?」

トリエラ

「………」

 

法廷全体が、重たい空気と嫌な静寂に包まれていた。

両目を閉じたまま、彼女は微動だにしない。

だけどそれは長くは続かなかった。

両肩をガックシと落した彼女は、自嘲するかのように深くため息を吐いた。

 

トリエラ

「………やっぱり、あなた達と一緒に旅しても長く続かなかったのね。さっさと逃げれば良かった」

 

その一言で、全てを悟った。

一緒に施設内を旅したのも。

被害者を殺害したのも。

そして………シロちゃんを無実の罪に陥れたのも。

 

嘘であってほしかった。

少しの間とは言え、この異世界へやってきた私達にとって、友達だとも思える存在だったから。

共に笑って、感動して。

でも、現実はすごく非情で。

自分の意思とは全く関係なく、世界は勝手に進んでいってしまう。

それも、本人とは全く望んでいない方へ。

 

岬 明乃

「トリエラちゃん………なんで?」

 

いつの間にか出ていた声は、渇いていて。

最初に出てきた言葉は、とっても安っぽくて。

 

トリエラ

「なんで、か。そのなんでって、私があの男を殺したって事?それともあなたの大事なお友達に罪を着せようとした事?」

岬 明乃

「っ………」

 

言葉に出来なかった。

それ以前に、どう答えようかなんて判断さえ出来なかった。

だって、トリエラちゃんが。

 

岬 明乃

「なんでそんなに、平然としていられるの?人を殺したんだよ?」

トリエラ

「ああ、なんだそんなこと。決まってるじゃない、罪悪感なんて全く感じなかったからよ」

磯崎 蘭

「なっ」

 

頭を思いっきり殴られたような衝撃が、私を襲っていた。

罪悪感なんて全く感じなかった。

それってつまり、人を殺すことに全く抵抗がなかったの?

 

トリエラ

「本当はあの宗谷って子に全部罪を着せようとしたけど、上手くいかなかった。この眼鏡がトイレの外に吹っ飛ばされるわ、変な絵描きオヤジが現場の絵を描いているし。ほんっと最悪」

 

前髪を乱暴に掻いて、苛立った声でこちらを睨んでいた。

先程の控え室で聞いた、”最悪”と言う同じ言葉を聞いているはずなのに、なぜか全く違う物に感じた。

 

琴浦 春香

「証人、なぜあなたは被害者を殺害したのですか?未だに動機が見えてきません。被害者と接点があるようにも思えませんが」

トリエラ

「悪いけど、黙秘するわ。言う事なんてない」

磯崎 蘭

「………うそ、ですよね?トリエラさん」

 

隣から聞こえてくる、悲痛な声。

両目から出てくるのは、今にも零れそうな涙。

聞いてるこっちも、悲しくなるような。

 

トリエラ

「嘘?なんのこと?」

磯崎 蘭

「私が言う資格なんてないかもしれない。でもこれだけは聞きたいんです。私を助けてくれたトリエラさんが、そんな、そんな酷いことするなんて」

トリエラ

「事実よ。あなたを助ければ、あたかも怪我を負ってまで助けた一人の女の子を演じられるし。それに、もうすぐ判明するはずよ」

磯崎 蘭

「え?」

係官

「裁判長!被告人の腕の怪我と、ガラスの破片が完全に一致しました!」

サイバンチョ

「と、と言うことは………!!」

岬 明乃

「………はい。宗谷ましろは間違いなく無重力状態に陥り、菊池さんを投げ飛ばしてしまい、自身は鏡に激突してトイレに留まったんです」

 

最後にそう結論づけると、法廷内は完全に静まりかえった。

誰も一言も喋らない。

いや、喋れない表現が正しいか。

だけどそんな重たい空気などどうでも良く、私は別の事を考えていた。

これで、彼女の犯罪の立証が成立してしまった。

他でもない、私自身の手で、トリエラちゃんを………。

 

トリエラ

「なんて顔してんのよ。あんたは私って言う魔の手から、お友達を無事に助けたじゃない。誇りと自信を持ちなさいな」

 

トリエラちゃんに言われて、ハッと顔を上げた。

私は、そこまで酷い顔をしているのだろうか?

でも、もう私は。

 

サイバンチョ

「なんと言うことでしょう。このような真相など………」

琴浦 春香

「係官、早急に彼女の身柄を取り押さえなさい。彼女は本事件の真犯人です」

係官

「「はっ!!」」

 

私が呆然としている間に、また時間が進み出す。

係官がトリエラちゃんの身柄を確保しようと、近付いていった。

対する彼女は、かなり落ち着いていて、両手を挙げている。

 

トリエラ

「降参よ。明乃、あんたの勝ちよ………この試合では、ね」

 

ニヤリと笑った彼女の手には、いつの間にか緑色の円筒状の缶が握られていた。

手のひらに収まるその缶は、親指に掛けられたピンをそっと引き抜いた。

それがなんなのかが分かった瞬間、ずっと隣に居た菊池さんが叫んだ。

 

菊池 雅行

「フラッシュバンだ!!」

 

バンッ!!!!!

 

激しい閃光と鼓膜を破るくらいの大音量が法廷全体を揺るがした。

私は咄嗟に両耳を塞いだから周囲の音は辛うじて聞き取れるが、目を閉じるタイミングが悪かったため、目と頭の裏が激しく痛んだ。

回復するまでにどれくらい掛かったのかは疑問だが、両耳から入ってくる音で法廷中が混乱しているだけは、把握できた。

 

万里小路 楓

「み、岬さん、大丈夫ですか?」

岬 明乃

「う、うん」

 

未だに目がチカチカと光る中、隣に居た万里小路さんが私の肩に触れて、起こそうとしてくれた。

両足に力を込めると、フラフラ揺れる身体を彼女に支えて貰いながら、立ち上がれた。

そこでようやく視界が元に戻り、状況が飲み込めた。

 

係官1

「おいっ!被告人はどこに行った!?」

係官2

「分からない!あっ、扉が開いている!外に逃げ出したぞ!非常線を張るように警察へ連絡しろ!」

傍聴人

「おい、何が起きた!?」

菊池 雅行

「うぐっ、やはりフラッシュバンだったか………久しぶりに喰らったな」

陪審員1号

「うおぉぉぉ!目、目がぁ!?」

陪審員4号

「おいおっさん!落ち着け、しばらくしたら痛みは引いてく!」

アドルフ・フューラー

「アイヤイヤ!!」

 

まさに、地獄図絵を表現したかのような惨状だった。

人々は混乱し、慌てふためく者達ばかり。

私は証人席を目で追った。

さっきまでいたトリエラちゃんの姿がなかった。

きっと手に持ってたあの缶を使って、混乱に乗じてこの法廷から逃げたのだろう。

 

 

 

――――その後の事は、私は全く覚えていなかった。

気が付けば、私は晴風の前に戻ってきていた。

私がどうやってここへ戻ってきたのかも、誰と話して帰ってきたのかも分からない。

救いだったのは、私の隣にはシロちゃんと万里小路さんが居てくれたことだった。

法廷に来ていたあの子達は、シロちゃん曰くフラッシュバンの影響で頭痛や吐き気を訴えていたらしく、少し裁判所で休んでから戻るとのこと。

それを聞いた私は、なぜ彼女達を待たずに晴風に戻ってきてしまったのだろうと疑問に感じた。

だけどそれさえも口にするのも億劫だった。

………そう言えば蘭ちゃんはあの後どうしただろうか?

ちゃんと最後は挨拶せずに帰ってきてしまったかもしれない。

後で謝った方が良いよね。

 

ダメだ、色々と頭が混乱してて考えがまとまらない!

せっかくシロちゃんを助けられたのにっ、これじゃ………!

 

宗谷 ましろ

「岬さん」

 

夕日はすでに傾き、真っ暗な空間に浮かぶ晴風を見上げていた私に、シロちゃんはそっと声を掛けた。

酷く疲れているせいか、両目は半分も開けられなかった。

 

岬 明乃

「どうしたの?」

宗谷 ましろ

「いえ、岬さんにちゃんとお礼を言えてなかったなって。だから改めて言わせて頂きます。本当にありがとうございました!」

 

深く頭を下げるシロちゃんに、私の中にある重りが少しだけ軽くなった気がした。

ああ、でも本当にシロちゃんを助けられて良かった。

今更になって、安堵と疲労が一気に押し寄せてきた。

急にふらついてしまった私を支えたのは、万里小路さんだった。

 

万里小路 楓

「岬さん、この度は本当にお疲れ様でした。私としても、岬さんをここまで支えられたのは、私の誇りですわ」

岬 明乃

「あはは………大袈裟だよ。それに、今回の事件は私一人じゃ絶対に解決できなかったよ。万里小路さんに、蘭ちゃんもありがとう」

宗谷 ましろ

「ふふ、彼女は今ここには居ませんよ。後で連絡してあげて下さい。彼女、ずっと岬さんの事が気になってたみたいですから」

岬 明乃

「そ、そうだったんだ。ずっとトリエラちゃんの事を考えてたから」

 

??????

「岬さーん!!」

 

ドッグ内に大きな声が響いた。

声の主は、晴風に乗っている皆だった。

どうやら、私達を出迎えてくれるらしい。

 

納紗 幸子

「ミケちゅあぁぁん!シロちゅあぁぁん!万里小路さぁぁん!よく戻ってきてくれました!ずっと心配してたんですよ!!」

野間 マチコ

「艦長、副長、万里小路さんお帰りなさい。色々大変だったね。大丈夫?」

知床 鈴

「ぐすっ、ひぐっ、よかったよう、皆が帰ってきてくれて!!」

 

それぞれが歓迎してくれてるようで、嬉しかった。

そして同時に思ったことがある。

ようやく、この長かった一日が終わる。

もう何日間も過ぎているかと思ったけど、実際はまだ夜が残っている。

まだ本調子でない私に代わって、夜の当直の指示をシロちゃんがしてくれた。

正直に言って、かなりありがたかった。

一通りの指示が出終えると、私とシロちゃんは艦橋へ向かった。

万里小路さんには申し訳ないけど、この後もソナー手として当直を行って貰うことになった。

まだ復帰しきれてないメンバーも居て人員不足を解消するため、私は渋々と受領した。

因みにいつもの艦橋組には、少しだけ艦橋に居させてほしいと言って、今は席を外して貰っている。

私達に気を使ってくれてると思うと、すごく嬉しかった。

 

岬 明乃

「………えへへ、あんな悲しい事件があったのに、何でかな。ここに戻ってくると、すごく安心できるよ。これって不謹慎かな?」

宗谷 ましろ

「いいえ。私も今すっごく安心しきってるので、変じゃありませんよ。だってここは、この世界において私達の唯一の帰るべき場所なんだから」

岬 明乃

「そう、だよね」

 

私は少し歩いて、艦橋の窓から上の方角へと視線を傾けた。

目に映っているのは、天まで伸びるエレベーターだ。

そして、目には見えないけど宇宙に消える巨大ステーション。

あの場所で、事件が起きた。

 

宗谷 ましろ

「艦長」

 

背後から突然、人の温もりが服越しに感じた。

シロちゃんが後ろからギュッと抱き締めてくれたのだ。

この温もりが、とても心地よかった。

 

宗谷 ましろ

「艦長、無理しないで下さい。裁判が終わった後から、顔色が優れないですよ?」

 

耳元でそっと呟かれる、シロちゃんの声。

抱き締めているその手も、小刻みに震えていた。

シロちゃんは続ける。

 

宗谷 ましろ

「は、はは。正直に言って、今でも実感が沸きませんよ。異世界へ飛ばされて、色々あって宇宙へ旅して。でも殺人事件の容疑者にされて、裁判に出て、岬さんに助けて貰った。これがたった数日で起きた出来事だなんて、誰が想像できますか?」

岬 明乃

「実感できるよ。ずっと長くこの世界に居て、旅して、色んな人に出会うなんて、飛ばされる前は全く考えられなかったよ。でもね、私達は間違いなくここに存在する。だから私はみんなを絶対に元の世界に還さなきゃって思ったんだ」

 

スッとシロちゃんの両の手は離れ、後ろへ下がる。

私はシロちゃんと面と向かう。

 

宗谷 ましろ

「できる限りサポートしますよ、艦長。さて、落ち着いたところでもうそろそろ当直を――――」

??????

「その必要はないわ」

 

だけど、シロちゃんの言葉が最後まで出てこなかった。

突然、背後から現れた両手で首元をガッチリとロックされる。

そして首筋にナイフが押し当てられた。

苦しそうにシロちゃんの顔が歪んでいく。

 

岬 明乃

「シロちゃん!!」

宗谷 ましろ

「うぐ!!」

??????

「おっと動かないで。動いたらこの子の首をへし折るよ?」

 

シロちゃんの背後から見える、見覚えのある子。

ところどころ怪我をしているようだけど、

私はその子に抱いていた感情を一気に吐き出すように、思いっきり怒鳴った。

 

岬 明乃

「なんで!?なんでまだ人を傷付けるの!?………トリエラちゃん!」

トリエラ

「それは私が生きていくために必要だからなの。悪く思わないでね?」

宗谷 ましろ

「か、んちょうっ………!」

トリエラ

「私はこれ以上、人を傷付けたくないの。こちらの要求を受け入れてくれたら、この子はすぐにでも解放すると約束する」

岬 明乃

「っ、要求は、なに?」

宗谷 ましろ

「なっ!」

トリエラ

「ふふ、良い子ね。ならこの駆逐艦を出して貰いましょうか?行き先は追って指示を出す」

岬 明乃

「船で逃げるなら、飛行機の方が早いんじゃない?」

トリエラ

「そうしたいけど、どこの交通面も封鎖されてて逃げ切れないのよ。はぁ、こういう時だけは仕事が早いんだから困っちゃうわ」

岬 明乃

「ま、待って!船を出すにしても、まだ戻ってきてない子達が!」

トリエラ

「私を海外へ逃がしたら、また戻ってくるなり拾うなり好きにすれば?今はとにかく船を出してちょうだい」

西崎 芽依

「えっ、ちょっとなになに?」

納紗 幸子

「艦長、シロちゃん、何か音がしましたけど大丈夫ですか?」

知床 鈴

「岬さん、まだ具合が悪いなら休んでても大丈夫だよ………ひぃ!?」

 

幸か不幸か、艦橋にちょうどメイちゃんとココちゃん、鈴ちゃんがやって来てくれた。

だけどこの惨状を目の当たりにしてか、それぞれが驚きを隠せていない。

 

岬 明乃

「みんな!危ないから下がってて!」

西崎 芽依

「ちょっとあんた、何してんのさ!?そんな危ない物さっさと捨ててよ!」

トリエラ

「私の要求をのんでくれたらね。ちょうど良いわ、あんた達、この船をすぐに出して?」

納紗 幸子

「それよりも、すぐにシロちゃんを離して下さい!!」

知床 鈴

「そ、それにまだ機関科の子達がまだ戻ってきてないよぉ。だから、船のエンジンは掛からないよぅ」

トリエラ

「ふぅん。悪いけど、私急いでるから早めにしてね?でないと」

宗谷 ましろ

「うぐぅ!?」

 

シロちゃんの悲痛な叫び。

トリエラちゃんは力を込めて、シロちゃんの首を絞めに掛かっているんだ。

 

岬 明乃

「シロちゃん!!」

トリエラ

「これ以上、お友達を傷付くのを見たくなかったら早く出しなさい。これが最後通告よ」

 

冷たい声で最後通告されて、一同の不安はさらに増していった。

またも突然の出来事に私は眉間にしわが寄っていく。

一難去ってまた一難。

しかも今回は間の悪いことに、法廷の上ではなく、野外での戦いとなる。

誰も止めてくれる者は居ないことに気付いた。

そしていつの間にか全員の視線が私に向いていることにも。

――――この決断が、私達の運命をわける!!

直感が頭に焼き付いて、次の指示を間違えたら、確実に最悪の方向に傾く。

 

岬 明乃

「わ、私は――――」

 

 

 

――――KEEP OUT――――

 

 




皆様に一言、一言だけ言うのなら、

な ぜ こ う な っ た 。

おかしい、2ヶ月間も掛かって書いたのに、なぜか駄作に感じてしまうのは。
事件の詳細についてはまた別途、記載しますので、今回はこれで失礼します。
あと、皆様はお気づきかもしれませんが、これからは最初の文に私が個人的に気に入った名言や格言を上げていきたいと思います。

それでは感想や意見、苦情などがあればどうぞお願いします。

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