私たちのモテない青春ラブコメ   作:貴志

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今回、前・中・後の三部作になります。
長い目でお楽しみいただけると幸いです。


10.かくして奉仕部へと依頼は舞い込んでいる。(前編)

「高校生活を振り返って」 二年四組 黒木智子

  

 私は女子高生になれば自然に彼氏ができると思っていました。きっとたくさんの友達に囲まれて日々を送れると、疑いもしていなかったのです。

 だけど、それは全くの誤解でした。

 高校一年生を、私は学校でほとんど誰とも喋らずに過ごしていました。漫画を読んだりスマホを見たり、寝たふりをしたりして孤独感をごまかしました。それはもう地獄でした。

 私は心の中で自分の境遇を嘆きました。どうしてこんな目に合わなくてはならないのか、全く分からなかったから。

 私は周りを見下し、呪いました。

 私が今一人なのは、周りが私を理解してくれないからいけないのだ。私と比べて何も考えず、ノリで生きている人ばかりだから私の良さが分からないのだ。そう思っていました。

 正直今でも、その考えが全く間違っているとは思っていません。

 やっぱりノリとテンションに身を任せて生きているような人たちと分かり合えるような気は全くしません。オラついている感じの人には怖くて近寄れないし、オタクの男子生徒たちのことはどこか下に見てしまいます。

 でも、それでいいんじゃないかと、最近少し思えるようになってきました。

 彼らと私の間には、確かに隔たりがあります。でもそれは大したものではないんじゃないかと思います。

 友達は欲しいですし、そのための努力も惜しまないつもりです。

 でもきっと、今の私のままでも大丈夫なんじゃないか。そんな気がしています。

 最近できた、お昼を一緒に食べる友達もそんなことを言っていました。

 

 まずは隣の席の子から狙ってみたいと思います。なんだかよく話しかけてくるし、きっと私に気があるんじゃないでしょうか――

 

 

「もう少し友達をつくる努力をしなさい」

 二年四組の担任教師である荻野は、職員室の自席に深く腰掛けながら、目の前に立つ生徒に向かって叱責の言葉を投げかける。

 現在は放課後。

 部活に熱心な生徒であれば、その活動に自身の青春を注ぎ込んでいる時間である。

 学校に自らを打ち込むものを見出せないならば、街に繰り出すなり家でくつろぐなり、自由を謳歌する時間だ。

 そして問題のある生徒であれば、学校に居残り、個別に指導を受ける時間でもあるだろう

 今年彼女が担任している女生徒――黒木智子は、泣き顔とにやけ面が入り混じったような表情を浮かべてうつむいている。床に向けられた虚ろな目は、きちんとこちらの話を聞いているのかどうかが分からない。あまりにうろんな様子を見せる智子に、荻野はさらに彼女の現状について追及する。

 

「一週間黒木のこと見てたけど、誰とも話さず一人で漫画ばかり読んで。本当にみんなと仲良くするつもりはあるの? あの自己紹介は嘘だったの?」

 

 そう。智子は二年生になってからのこの半月ばかり、新しいクラスで全くと言っていいほど他人と会話をしていない。

 とはいえ、初めの方は良かった。あの衝撃的な自己紹介の影響からか、原因となった清田をはじめその取り巻きたちが、智子に頻繁に声をかけてきたからだ。

 笑いのネタにしてしまった自覚はあったのか、特に清田は智子に頻繁に絡んできた。智子も入れるような話題を提供したり、しょうもないギャグで場を盛り上げたりするなど、大いに気を使っているのが智子にもよく分かった。

 普段家ではどんなことをしているのかとか、1年生のころの先生のこととか、とにかくいろいろな話の輪に智子を入れてくれようとしていた。

 その時間が智子にとって全く楽しくなかったかというと、もちろんそんなことはなかった。

 学校で、それもクラスの中で人に囲まれるのは、とても久しぶりで新鮮だった。リア充グループの言葉回しの中にも、面白いと感じられるものがあり、智子は時折噴き出してしまうほどだった。

 しかし智子は結果として、その空間から逃げ出してしまった。

 わずかな楽しみを遥かに上回る、重圧感という名の苦痛に、智子の精神が耐えられなかったからだ。

 清田一味が全くのクズ集団ではないということに気づいてしまった。だからこそ、智子はとても彼らの前で素を出すわけにはいかなくなり、手詰まりになったのだ。適当な相槌と愛想笑いだけでは、コミュニケーションにも限界がある。

 しだいに智子は、周りが黒木智子という存在に退屈しているように感じてきた。一度そう考えてしまえば、その空間に居座り続けるのには無理があった。

 結局智子は、休み時間には清田一味を避けるように、教室外に避難するようになってしまった。

 授業終わりのチャイムと同時に席を立ち、トイレや空き教室など、できるだけ人に目撃されない場所をうろうろする。そしてチャイムと同時に席へ戻ってくる。一日二日、そんなことを繰り返した。

 そうしているうちに混乱から覚めると、だんだんと冷静になってくる。今自分がしている奇行を過去の経験に当てはめて、やっと智子は気づいた。このままでは一年生のころの二の舞だと。

 慌てて休み時間の逃避行を智子は中止にしたが、時は既に手遅れだった。教室で智子に話しかけにきてくれる人は、一人としていなくなってしまっていた。

 それも当然の話。

 休み時間に決まっていなくなる智子の様子を見れば、他クラスの友達にでも会いに行っているのだろうと思う。そうして清田たちは、智子への興味を薄れさせていってしまったのである。

 智子はまた教室で一人となってしまった。

 愕然としながらも、智子は何とかして周りに話しかけてもらおうと、次なる策に思いをめぐらした。

 その末に思い当たったのが、先ほど荻野に言い咎められた「最新号の漫画雑誌をひたすら自分の机で読む」という行動だった。そうすることで、漫画の内容が気になったクラスメイトの誰かが、声をかけてくれるだろうと智子は信じたのだ。

 しかし結果は見事な空振り。

 誰も見向きもしなかった。

 ならばと智子は、大勢でつまむことができるお菓子を持参し始める。一口食べたいと寄ってきた人たちと、自然なコミュニケーションの輪を形成するという作戦に出たのだ。

 収穫はもちろんゼロであった。

 そこには自分の席で漫画雑誌を広げ、大量にお菓子を啄ばんでいるという、一人をエンジョイする気満々にしか見えない女生徒の姿があるだけだった。

 そんな日々を繰り返すことちょうど一週間目。ついに担任に放課後、職員室に呼び出されるといった事態にまで、智子は陥ってしまったのだ。

 

「何か悩みがあるの? 誰にも言わないから話しなさい。ほら、黙ってちゃわからないわよ」

 

 職員室で、教師と向かい合わせで叱られているという状況に、智子は泣きだしてしまいそうだ。というよりもう泣いていた。

 どうやらこのたび、智子の担任となった荻野という女教師は、相当におせっかいな性格をしているらしい。

 智子もぼっちになって久しいが、こうしてわざわざ放課後に呼び出して、説教までかましてくるような教師は初めてだった。

 その場で注意するのでなく、一週間の生活態度を観察した後一対一で指導するなど、並大抵の熱意ではない。

 しかしだからといって、智子がそれにありがたみを感じるかと言えば、もちろんそんなことはない。智子の内心は、今すぐ帰りたい気持ちでいっぱいだ。

 だがしかし、目の前の教師は、このまま黙っていて返してくれるようなタマではない。智子は自分のこれまでの行動を、こみ上げてくる嗚咽を抑えながら必死に説明した。

 

「友達作りたいから一人で漫画読んでお菓子食べてる? あなたは何を言ってるの?」

 

 荻野には、智子の行動理念は全く理解されなかった。智子自身でさえ、他人の口から客観的に聞かされれば、『何やってんだ私』という気持ちになってくるのだ。担任教師の理解が得られなかったとしても、それは致し方ないことと言えた。

 その後も、荻野からの指導もとい説教、もとい拷問はつづいた。

 

「黒木ね、話しかけられるのを待ってばかりじゃ友達はできないのよ。自分からみんなに向かっていかないと」

「はっ……!はひぃ!」

「文化祭とか修学旅行とか、みんなと関わっていかなくちゃいけない行事だってたくさんあるのよ? このままでどうするの?」

「……っふ! ……ぐすっ」

「ほら。分かったら、これから自分がどうしていくのか、今考えなさい。言ってから帰りなさい」

「…………っぅぐ!」

 

 智子は抗議の意思を込めて、眼前の無神経教師を睨みつけようとした。しかし自分を見つめ返す、荻野のまっすぐすぎる視線に智子はうつむき、戦わずして敗北を喫してしまう。

 ただただ職員室の床を見つめる智子の胸中は、自分を苦しめる存在への憎しみで溢れかえっていた。

 

――本当ふざけんなよこのクソ教師!! なんでこんなデリカシーないクズが教師やってんの!? てめえも少しは考えろよ! そしたら分かるだろ私には無理だって! この脳筋女に誰か何とか言ってやってくれ……っ!

 

 しばらく沈黙の時間が過ぎた。その間「失礼します」と「失礼しました」という生徒の声と、ドアの閉会音が何回も繰り返される。智子が暇つぶしに、それの回数を数え始めるぐらいには、長い時間が経った。

 いいかげん諦めてはくれないものか。そう感じた智子がちらと前の様子を窺うと、最後に見たままの形相と姿勢で、相変わらずこちらを見据える荻野と目が合う。

 そのあまりの変化のなさは、まるでよくできた人形のようだ。そんな馬鹿げた空想が、智子の脳裏によぎる。

 

「考えは決まった?」

 

 しかし目の前のそれは、やはり人形などではなかった。

 椅子に座ったままやや身じろぐと、荻野は再び智子への追及を始める。そのあまりのしつこさに、智子の心は折れかけていた。

 もう適当なことを言って煙に巻いてしまおうか。そんな考えが頭に浮かんだ、その時だった。

 

「まあまあ荻野先生。急いては事を仕損じるとも言いますし、それぐらいにしてあげてもいいんじゃないですか?」

 

 智子の後ろから、職員室によく響き渡る声で、助け舟が差し出される。その声は理知的で聡明で、慈悲の心にあふれている。まるで聖母が天から呼びかけている声であるかのように、智子に錯覚させるほどだった。

 智子が驚き振り返る。そこには声の通りの雰囲気をまとった、とてもスラリとした肢体と、美貌の持ち主が立っていた。

 

「……平塚先生。これはうちのクラスの問題ですから」

 

 平塚と呼ばれたその教師は、荻野と同じく女教師でありながら、そのいで立ちは正反対と言っていいほど異なっている。

 荻野は体育教師という立場柄、動きやすいジャージに上下身を包んでいる。それに対し平塚は、パンツルックのスーツ姿に白衣を羽織るという、奇抜ながらもフォーマルを極めたような恰好をしていた。

 

「確かに。クラス内での生活指導に、担任ではない私が口をはさむのは、本来タブーです。しかし……」

 

 服装と同じく、性格面でも二人のウマはあまり合う方ではないのだろう。

 話しながらお互い微笑は崩さず、しかし向き合うその目は、驚くほど平坦で冷ややかだ。

 

「『しかし……』、何ですか?」

「ここは職員室のど真ん中です。そこに生徒を長時間立たせておくというのは……。他の先生や生徒の目もあることですし」

「っ! まあ、確かにそうかもしれませんが……」

 

 突然勃発した女教師たちの戦いに智子は戸惑う。よくは分からないが、どうやら荻野の形勢の方が若干悪いようだ。

 前後不覚になりながらもそれを察すると、智子は事の次第を見守ることにした。心の中で平塚を応援するのを忘れない。

 

「彼女も十分反省しているのではないですか? 他の先生も心配なさっているようですし、また日を改めても……」

「くっ……、ダメよ! この子には今考えさせないと……」

「それも大切だとは思います。ですが、それで追いつめてしまっては元も子もないのではないですか?」

「逃げ癖がついてしまってからでは遅いんです! 長い目で見れば、今多少の厳しさは必要でしょう?」

 

 少しずつ二人の話し声が熱を帯びていく。それと比例するように職員室の温度が急激に下がっていくようだ。なおさら、二人の間に挟まれた智子はたまったものではない。

 

――何なんだこれ。もういい。早く帰りたい……。

 

 そんな投げやりな気持ちで、智子は天井を仰ぎ見る。その時、視線が交差した瞬間、平塚と目が合ったような気がした。

 登場時から平塚の表情に浮かんでいた笑みが、微妙に変化を見せたように智子は感じた。それを証明するかのように、これまでヒートアップする一辺倒だった二人の会話に、平塚から変化の一石が投じられる。

 

「なるほど。荻野先生は、本当に彼女のことを思ってらっしゃるんですね」

「えっ!?」

「一人の生徒のために、放課後の時間をここまで割いてまで指導なさるなんて、なかなかできることじゃありません」

「な、何ですか急に」

 

 急に平塚が発した自分を上げる発言に、荻野は困惑しながらも、やや顔を赤らめる。

 荻野はおだてに弱いということと、照れた顔もまたウザいという、どうでもいい情報を智子は手に入れてしまった。

 思いのほか初心な荻野の反応に、平塚はますます湛えた笑みを深くして言う。

 

「ですが、彼女にいつまでも荻野先生がついてあげるというわけにもいかないでしょう。彼女自身が、仲間と協力して問題を解決するという姿勢を見せなくては、成長につながらないのでは?」

「それは、そうですけど。それが……?」

 

 荻野が相変わらず困惑しながら聞き返す。智子も同様に不審に満ちた目で平塚を見た。何やら話の展開が怪しくなってきたからだ。

 そんな二人の視線をものともせず、平塚は我が意をえたりとばかりに、揚々と続きを語り始める。

 

「生徒間の問題は、本来生徒同士の気づきや繋がりによって解決されるべきです。私たち教師はそれを見守り、見届けるために存在する。違いますか?」

「……?」

 

 もはや荻野は相槌を打つことすらせず、目線でもって続きを促す。それ程平塚の様子には、物を言わせぬ迫力のようなものがあった。

 その一方で、智子は既にもう、何となく悟ってしまっていた。

 

――ああ、これはダメなパターンだ。

 

 一時はその見た目や雰囲気に騙されかけた。だが智子は、目の前で意気揚々としている白衣の女教師もまた、荻野と同等かそれ以上にろくでもない存在であることを理解してしまっていた。

 目の前で生き生きと持論を並べ立てている女の姿には、既視感のようなものを覚えざるを得ない。

 いつも昼を一緒に食べている、あの捻くれぼっちと同じものを、平塚からは感じられてしょうがなかった。

 話の締めとして、平塚はある提案をした。荻野に対して。そして智子に対して。

 二人の不安を取り払うかのように力強く、その声は職員室中に響き渡った。

 

「奉仕部、というものをご存知ですか?」

 

 その言葉は始まりを知らせた。黒木智子にとって激動と言える、高校二年生の始まりを


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