救世と共に祝杯をあげよう   作:ぱぱパパイヤー

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型月的格好良い呪文を考えたんですが、めちゃくちゃに難しかったのでもしかしたら変更するかもしれません……


第5話 出会いと別れは一度だけ 下

 

 『ふ、二人共ー! 仲良しに戻ったことだし、解析も終わったから、地図を送るね!』

 

 「「…………」」

 

 絶妙に空気を読んだようで、矢張り読めていないロマンが、申し訳なさそうにホログラムで現れる。二人は恥ずかしいやら気まずいやらで沈黙してしまった。

 

 『いやー、若くていいと思うよ? うん。あと深波ちゃんも、もうわかったと思うけど、自分のこともうちょっと顧みようね?』

 

 深波はよっぽど「それはこっちの台詞なんですが……」と言いたかったが、知り合って間もない自分では嫌味になりかねず、そっと口を閉ざす。

 

 「フォウ君、ドクターのことちょっとキックしておいて欲しい」

 

 「私からもお願い」

 

 『フォウ!』

 

 『何故ぇ!?』

 

 

 

 

 「私一応サバイバル経験あるけど、何ていうか、正直術でゴリ押ししてきた所あるから、分霊の今じゃあんまり役に立てないと思う」

 

 深波はしょんぼりしつつ、とにかく荷物の確認をしよう、と言った。

 

 「食料は三日分あるよ。ゆっくり進んでも猶予はあるね」

 

 「私は……。丁度良くって言ったらおかしいけど、負傷したから、右腕を使えるかな。体から切り離してすぐなら、遠隔でも爆発とかさせられるよ」

 

 「……嫌じゃ、ないんだよね?」

 

 「ちょっとは気持ち悪いけど、今は痛覚切っちゃったし、このくらい全然へっちゃら」

 

 ビジュアルはあまり想像しない方が良いだろうが、平気だ。それよりも、生きて戻る方が大切なのだ。

 

 「明日の朝早く、太陽が登るか登らないかって頃に出よう。ウェアウルフは多分昼行性だから、頑張れば無事に抜けられるだろうし、出来るだけ急ごう。勿論、無茶しない程度に」

 

 「そうだね。俺はへっぽこ魔術師だし、深波は怪我してるもんね」

 

 方針が決まると、一段落付いたからか、立香は気が抜けたように大きく欠伸をした。ロマンが話しかけてくるまでは半ば眠っていたこともあって、そろそろ眠気を堪えきれなくなったらしい。

 

 「じゃあ、藤丸は寝てなよ。私は霊体化してそばに居るから、安心して大丈夫だよ」

 

 「うん……お休み、深波……」

 

 あっという間に眠りに落ちた立香だが、どうにも寒そうに思え、快適さの欠片もない環境だが、ないよりはマシだろうと、ブレザーとベストを脱いで被せてやる。逆に深波がシャツ一枚になってしまったが、立香は生身の人間であり、彼が風邪をひくことと比べれば微々たる問題だった。

 

 「お休み、藤丸」

 

 

 

 

 肩を揺すり、頬を抓り。レム睡眠の真っ只中の立香はそれでも起きず、深波は諦めて炎で吃驚させてやろうとナイフを取り出すが、昨日ろくすっぽ手入れしなかったので凄まじい色になっていた。

 仕方なく人指の腹を犬歯に押し付けて皮を食い破り、血を燃やす。これで起きなければどうしてくれよう、と立香の頬に青い火を近づけてやった。

 

 「ぉあ、っぢ!」

 

 「おはよー藤丸。そろそろ行くよー」

 

 「んん……? ぉ、はよう……」

 

 真っ暗な朝に深波たちは出発する。乾パンをもそもそ食べる立香を見守りつつ、ベストとブレザーを着る。昨日は暗くて分からなかったが、どちらも血で変色していた。

 

 「うわ……藤丸、なんかごめん。めちゃくちゃどす黒いね、着てたから気付かなかった」

 

 「いや、お陰で暖かったよ。ありがとう。……俺、なんかカルデアに来てから、すごい女の子と触れ合ってる気がする……」

 

 「リア充だよ藤丸! おめでとう、清姫ちゃんに怒られない程度で満喫しなよ」

 

 今回のレイシフトでも、途中までは参戦していた彼女。

 彼女の思考回路である平安に合わせて考えると、男女が(どんな状況であれ)三日を過ごすと結婚したことになってしまう。もう既に一泊してしまったし、すぐに戻って事情説明をしないと、チロチロと火を吹きながら「昨夜は……オタノシミデシタネ?」とか言われかねない。

 

 「……可及的速やかに帰ろうか」

 

 「ソウダネ……」

 

 

 

 

 流石のウェアウルフも空を飛ぶワイバーンには近付きたくなかったのか、巣は森の深部にある割には、主な住民である彼らとの遭遇は無かった。

 二人はなるべくワイバーンの痕跡の多く残る道を通り、早足で森を進む。やがて昨日に戦いを繰り広げた浅い層の辺りへとたどり着くと、行軍の速度をゆっくりと落とした。昨日は、ここでいつの間にか包囲されていたのだった。

 

 「深波……大丈夫?」

 

 「藤丸こそ、平気?」

 

 二人は各々違う理由ではあるが、ハアハアと息を切らしながら進む。深波は魔力不足で、立香は体力不足で。

 深波は右腕に重力がかからないよう抱えるように歩いている為か、酷くバランスの狂った歩幅になっているが、それは疲労からではなく、純粋な体勢の悪さからくるようだった。

 

 「余裕そうに見える? アタリだよー。服に染み付いてる血と、まだ肩から出てる分をチョチョイっと使って、身体能力上げてるんだ。藤丸にもしてあげられるんだけど……体中に血でボディペイントなんて嫌だろうしね」

 

 「あー……確かに複雑な気持ちになるかも……」

 

 「でしょ。しかも体から離れてから、最長でも十二時間以内の血肉じゃないと、私の肉体認定から外れちゃって効果が無くなるんだ。離れて行動してたら血を足せないし、過信してバトル中に急に体が重くなったら笑えないもんね」

 

 会話をする内にも出口は近づいてくる。

 いよいよ木々が疎らになり、微かに外の草原が見えてきていた。しかし油断は出来ない。昨日立香たちは、確かにここで襲われたのだから。

 

 「……居るね。生き物の気配が沢山ある」

 

 「何匹ぐらい?」

 

 「五十人……届くか届かないか。昨日みたいに斥候してるみたい。ワイバーンのこと警戒してるのかも」

 

 「ま、もう居ないんだけどね」と深波は片方だけ肩を竦めた。

 

 立香は顎に手を当て思考に耽る。

 まずウェアウルフたちは、誰か一人が敵と接触すれば仲間を呼ぶに違いない。こちらは二人。当然、全員を相手取ることは不可能だ。

 では、どうするか? 彼らの注意を避け、接敵無く森を抜けるのは現実的ではない。ならば敢えて幾人かと交戦した後に、森の中に逃げ戻り、上手く撒いてからまた草原を目指す。そんな所だろうか?

 

 切れるカードは三つだ。

 深波の右腕、立香のガンド、そして令呪。

 

 先ほどの作戦を考え直してみる。

 悪くは無いが最善ではない。少し考えただけで幾らか欠点が浮かび上がってきた。

 ウェアウルフが想定以上についてきた場合、逃げきれなかった場合、引き付けられなかった場合……。失敗は死を意味する。立香は慎重に、微かな可能性すらも探す。

 

 令呪……。これで深波をサポートするのはどうだろうか? 足りない魔力をこれで注ぎ、深波の右腕の威力を上げる。それを群れの近くに突っ込み、敵の注意がそこへ集まった隙に、森を突破し、レイシフトでカルデアへ戻る。

 

 これは名案に思えて、立香は顔を上げる。深波は立香の様子から案が浮かんだのを汲み取ったのか、期待の浮かんだ目で彼を見つめた。立香のマスターとしての気もより一層引き締まる。

 

 「深波。この令呪を使って深波を強化して、右腕の威力を上げよう。敵の注意を俺たちから逸らしたら、全力ダッシュ! ……どう?」

 

 「なるほどね……うん、いいと思う。じゃあ、私があの群れの中央までいって、上手いことボンッ! ってやってくるよ。その間藤丸はここで待ってて」

 

 「え? 何で?」

 

 「逆に何で???」

 

 深波は困惑した様子で、そして立香も困惑していた。

 

 「私のこれ、爆弾だよ? そりゃ、藤丸の前では拳銃モドキしか使ってないけど……。肉まで使うとマジな爆弾になるんだよ? ちょっとした宝具みたいなもんだよ?」

 

 深波は勢い良く捲し立てると、今度はアワアワとした様子で口を噤んで、視線を泳がせた。そして恐る恐ると反応を伺って来る。

 立香は苦笑して、気にかかることはあるけれど深波のことを信じようと、自分を無理やり納得させた。

 

 「分かった。深波のことを信じるよ」

 

 「――うん! 迎えに戻るから、じっとしててね!」

 

 

 

 

 立香は"この瞬間"に、いつまで経っても慣れられる気がしない。

 令呪を切った瞬間、立香なんて丸呑みできそうなほどの大量の魔力が現れるのは、それが手に引っ付いている事実と相まって、偶に、少しだけ……怖くなる。

 

 「っよし。令呪、使うよ――行ってらっしゃい、深波!」

 

 「りょう、ッかい!!」

 

 立香が深波の背中を押すと、赤い刻印は消え、触れた手の平から魔力が深波へと染み渡る。

 深波はそれを受け取り、まるで弾丸のように走り出す。地面がドンッと音を立てて凹んでしまったので、立香は砂埃を吸わないように口元を抑えた。

 深波の血液に含まれていた魔力量自体が増加した為、身体強化の術の威力が上がったのだろう。

 

 あらゆる景色を置き去りにして深波は走る。ここは人気もないので多少のクレーターが出来ても問題がないのだ。

 踏み締めの度に地面を抉り、深波は草原に犇めくウェアウルフの群れに着地する。

 

 「ちょっと、貰う、よっと!」

 

 一番近くにいたウェアウルフの頭蓋を蹴り潰し、深波は彼の持っていた斧を奪う。それに魔力を――血液を垂らし、炎を灯すと、大きく振り回した。

 

 「集まれ集まれー! ほら! 燃えてるぞ! こっち来ーい!」

 

 左腕だけで出鱈目に振り回される斧は、時には盾となり弓矢を凌ぎ、ウェアウルフたちの槍を砕いた。

 深波の周囲にはウェアウルフたちの他の部隊が集まってくる。一日目の焼き増しのように、深波は四方八方を囲まれてしまった。

 

 『深波、もういいから! 深追いしすぎだよ、早く森の中に!』

 

 「ダイジョーブダイジョーブ!」

 

 立香の念話もおざなりに、深波は今朝の指先の切り傷から、大きな炎の玉を幾つか空に浮かべる。それこそ、斥候隊五十人どころではなく、本隊にまで位置が分かるくらいの大玉だった。

 

 『深波!!』

 

 「大丈夫だから。信じてくれるんでしょ?」

 

 『……絶対、一緒に戻るんだからな』

 

 「うん、っとと!?」

 

 返事をした舌の根も乾かぬ内に、深波は合流してきた大量のウェアウルフの矢の雨に晒さられる。

 斧を振り回し捌いたようだが、立香は深波が何をするつもりなのか分からず、気が気でなくて心臓が潰れそうだった。

 

 「集まった? 集まったよね。……藤丸、目ん玉落っことさないように気をつけてて! 今からスンゴイことするよ!!」

 

 深波は弾んだ声で叫んだ。

 魔力が、沢山巡っている。これを全部、好きなように、後先考えずに使っても構わないのだ。

 魔力を使い過ぎると、オートなのか任意なのか、とにかくどちらにせよ、すぐに深波の意識を昏倒させてくる節約の鬼――まるで母親のようなアラヤはここには居ない。

 カルデアにさえ戻れば補給は容易いし、"成すべきこと"はもう終えた。魔力を大切に取っておく理由なんて何処にもない。この腕も、もう殆ど千切れかけているし、治療は無駄だろう。すっぱり諦めて、とっとと切除するのが吉だ。

 

 つまり今、深波は、自分の欲望で、しかも誰にも迷惑をかけずに、大暴れが出来る権利を手に持っているのだ!

 

 もちろん、使い過ぎたら色々と(・・・)差支えがあるので、そこまではやらない。だけど、少しくらい。ほんのちょっとくらい、羽目を外しても良いんではないだろうか? いや、良いに決まっている。

 

 深波は――後から考えたら、大量失血と過剰な魔力による悪質な酔いのようなものだと思われる――頬を紅潮させ、うっとりと目を細める。痛覚を切っていたのも悪く働き、痛みもなく、ただただ深波は戦場に興奮していた。

 ウェアウルフたちは炎の恐ろしさを初日に知っているかるか、迂闊には近づかず、ジリジリと包囲網を縮めて隙を伺っているだけ。彼女を阻むものは何もない。

 

 かくして深波はニンマリと口角を上げ、ついに斧は――彼女の右腕へと、振り下ろされる。

 

 「門の簡易開錠、軽度焼却の申請、終了。――私の血肉、喰らい尽くせ! 晴天の帰還者よ(カエルラ・サンクタス)ッ!!」

 

 

 

 

 

 遠くで雷鳴のような音が響いた。かと思えば、立香は強烈な風に煽られて体を吹き飛ばされる。

 

 「……っぺっぺ。砂が……」

 

 流石に慣れたと言うべきか。何の事前説明も無しに地面を三回転をしたにも関わらず、立香は立ち上がり、口の中から砂を吐いて状況確認を始める。

 

 敵影は無い。地形が変わりすぎたということもなく、最初の強風以降何も起こっていない……ように見える。

 

 しかし、確かに変化はあった。それはあの、ウンザリするほどの数のウェアウルフが、一人残らず消えている、という点だ。

 地面には所々青い火種が残っているというのも特筆すべき点だろう。すぐにポツポツと消えていってしまうのだが、あれは確かに深波の炎だった。

 さて、肝心の深波は何処だろうかと視線を巡らせると、不意に空が目に入る。

 

 "ソレ"を見て、立香はすぐに深波の位置が分かった。

 

 案の定、立香は"ソレ"の真下で、片腕を無くし痛々しい姿で、こちらへ向かって歩く深波の姿を見て取った。

 

 「すごい、なぁ……」

 

 立香が感嘆の息を漏らし、深波の方へ歩み寄り始めた頃には、彼女は片腕が無くなって体幹が定まらないのか、風に揺られる木の葉のようにユラユラと揺れていた。

 立香が慌てて駆け出すが、合流するより先に深波はずべしゃ、と転んでしまった。

 

 「み、深波ー!! 大丈夫!?」

 

 「スッカラカンだ……調子乗りすぎた……」

 

 「無理しないでって言ったじゃん!」

 

 『二人とも! 何者かの凄まじい魔力反応と共に歪みが消えたよ! チャンスでピンチだ、すぐにレイシフトをして逃げるんだ!』

 

 「いやそれ私だわ……」

 

 『エー!? って、ちょっと待って! 深波ちゃん、その腕何があったの!?』

 

 「自分で千切った」

 

 『何で!?』

 

 地面に寝そべりながらも、深波の顔色は特に悪いというわけでもなく、軽口を叩く余裕はあるらしかった。

 立香は小さく吹き出すと、全身に張り詰めていた緊張を放り投げ、同じように大の字になって空を見上げる。

 

 「ふ、あはは! いやー、何とかなってよかった……。あ、そうだ。深波、カルデアに着いたらちゃんと霊基登録してよ?」

 

 「それはやだ」

 

 『「何で!?」』

 

 「えーと……一身上の都合、みたいな」

 

 立香は目を見開き抗議しようとしたが、それより早くロマンが強く叫んだので、疲労感の促すままに、無気力に寝転がり続けた。

 ロマンが必死に説得しているのを尻目に、立香は空を見上げてぼんやりとしていた。深波は頑固だし、多分嫌と言うなら嫌と言い続けるだろう。

 彼女は秘密主義者で、すると決めたことは絶対にやり遂げるタイプなのだから。この現代で、それもこの戦闘スタイルで英雄になれた時点で、お察しというやつである。

 

 (……深波、宝具持ってたんだ)

 

 どうやら、余り自分から言いたい類のものではないらしかった。「ちょっとした宝具みたいなもん」と口走ってしまっていたが。

 しかしあの呟きが本当ならば、まさか"アレ"は、ただの宝具の部分解放だけで起こされた現象なのだろうか。

 

 (英雄って、やっぱり凄いなぁ……)

 

 立香が見る空。

 

 そこへ浮かぶ幾つかの雲たちは、まるで何かに齧られたかのように、歪な形に抉られていた。

 





評価時にして下さったコメントの見方がやっと分かりました!
真白 誠さん、はばねろとチェリーさん、どらいばーさん、有難うございます!!!

junq、春花火さん、誤字報告有難うございました!

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