救世と共に祝杯をあげよう   作:ぱぱパパイヤー

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桜ルートの第三魔法の永久機関って、第二種永久機関の方ですよね? 確か……


第14話 決意の目覚め

 

 ワンタローとしての日常を繰り返す時間が暫く続いていたある日、立香の意識は、ある瞬間に、なんの前触れもなくプツンと途切れた。

 

 そして瞬き一つ、その僅かな時間の内に、周囲は突如として真っ暗に暗転していた。

 

 「なに、これ……?」

 

 喉に手を宛てる。自分が話せることを驚きを以て受け入れ、早速立香は深波の名を呼んだ。

 

 「深波ー! 何処にいるの!?」

 

 走り出しても暗闇は動かない。立香が疲弊しだした頃、急に光が満ち溢れた。

 そちらに向かっていると、突然開けた場所に出る。辺りには土や木があって、どうやら島に戻ってきたようだった。

 

 「あ、居た!」

 

 探していた深波が、地べたに座り込んでいる。夜、暗い中で何をしているのだろうと近寄ると、何かが聞こえる。耳を澄まして注意を注ぐと――なんと、深波は泣いていた。

 

 「深波、どうしたの? ねえ、何があったの?」

 

 立香は普段の調子で声をかけるが、深波は全く答えない。返事が無いのを訝しみ、肩を叩こうとすると、手はすり抜けていった。

 

 夢の中だということを改めて思い出し、対話を諦めた立香は外側から回り込んで、涙を零す深波の手の中を見つめた。

 

 そこには犬の――ワンタローの、遺体があった。

 

 『わんたろぉ……っ!!』

 

 深波が縋るようにワンタローに覆い被さる。立香は何が起こっているのか分からず、困惑していることしか出来ないが――時間も空間も、彼を待ってはくれない。

 

 ぐちゃり、と世界が歪む。風景が滲み、絵の具がはみ出たように色が混ざり出す。

 瞬きする度世界は移り変わっていった。まるで同時に色んなものを表そうとするように、世界は上塗りされていく。

 

 ワンタローが死ぬ瞬間が目の前に広がったと思えば、次の瞬間には島民の一部が隣国へ逃げ出し、感染が拡大するシーンが現れる。

 ウィルスを開発した魔術師が深波へ首を振って項垂れる刹那の後、信者同士の殺し合いが始まる。

 

 何が何だか分からない。立香は様々な記憶――平行世界の様々な可能性を同時に見ながら、頭を抱えて蹲った。声が脳に響く。悲鳴、泣き声、叫び声。

 

 深波の記憶がぐちゃぐちゃになって伝わってくる。彼女自身の記憶が混乱しているからか、まともなものは殆どなく、立香は呻きながら声の濁流に耐えた。

 どうやら依り代であったワンタローが死んだため、夢の世界に精神だけで放り出されてしまったようだ。時間経過もよく分からない過去を同時に複数覗き見ながら、立香は痛む頭を抑える。

 

 どれほど時が経っただろうか。

 突然音は途絶え、世界は暗闇のみに包まれる。

 

 立香は立ち上がり、頭を振って辺りを確認すると、ずっと向こうの方に青い光が見えた。

 痛いほどの静寂を抜けて、立香は光の中の様子を視認できる距離へと近づく。どうやらそこは、またしても暗い夜の記憶のようだった。

 

 夜以外には何も無い空間に、深波がぽつんと取り残されていた。

 

 『私――やらなきゃ、いけなかったのに。だけど、怖くて、可哀想で……出来なかった。

 私より年下の子も、私よりずっと長生きな人も、色んな人が毎日、皆頑張って生きてるのに、"そんな事"出来る訳ないって思って――"そんな事"が、成すべきことな訳無いって思って、出来なくて……』

 

 滔々と、時々詰まりながら吐き出されるそれは、誰に向けられるものではないが故に、最も純粋な、深波の気持ちだけがこもった言葉だった。

 

 立香は直感的に足を早めた。しかし、どれだけ走っても近づけない。声も姿も捉えられるのに、側には決して近寄れない。

 

 深波はあの、立香の手を何度も握った、ちょっと冷たい手を握りしめて、胸元に置いた。彼女の魔術刻印が青く発光し、心臓と連動して拍動し始める。

 彼女は何かの決意をしていた。だけどその瞳は、"覚悟"の輝きなんてまるでなくて、虚ろな暗い色をしていて、立香はますます焦燥に駆られる。

 

 『でも――もう分かってる。私じゃ救えないってこと。最初から何も変わってない。私がやらなきゃいけないことなんて、ずっとたったの一つだけ。

 ずっと出来なかった偉業を成して、私は英雄になる。そして今度こそ、誰かを救う道具になる。

 ……あーあ、変なの。全然怖くないや……』

 

 遠くで誰かの悲鳴が聞こえた。深波はそれを聞いた途端、何のためらいもなく――自身の胸を、勢い良く刺し貫いた。

 

 「――っ深波!!!!」

 

 立香は駆け寄り、倒れ込んだ彼女を支えるが、手はすり抜けるばかりで、何も出来ない。

 彼女はふうふうと息を吐きながら、ナイフをさらに突き進める。大きな傷のついた胸部を中心に、穴を拡げようとしているようだった。

 

 第三魔法によって不老不死となれているはずの深波は、しかし肉体にその魂を再び宿してしまっているが故に、有限の生を持ってしまっている。魂が肉体の死に引きずられて、一緒に絶えてしまうのだ。

 深波の魂が宿る心臓。それが破壊されれば、彼女は真実死んでしまうということだった。

 

 それが――怖くない訳がない。

 深波は泣いても良いし世を恨んでも良い。だけど彼女は泣きもせず呻きもせず、脂汗を垂らしながらも、片腕でナイフをさらに強く押し込んでいく。

 

 『っ、ァ――っぐ、あぁ、はっ、あ……!』

 

 「深波、深波やめて、お願いだから、そんな、死なないでよ、俺の目の前で――死なないで……!!」

 

 ただ死ぬならまだ良い。しかし彼女は、それだけではないのだ。

 

 立香は――あのウルクでの戦線崩壊の後に、カルデアで呼び出した二人目の深波のことを思い出していた。

 

 彼女は虫食いのような記憶だけを保持していて、機械的で、でもやっぱり、深波だった。

 深波の筈の彼女は、どうしようもなく欠けていた。生前のことは殆ど覚えていなかったし、サーヴァントとしてカルデアで過ごした記憶も曖昧だった。

 まるで――何かに食われてしまったように。

 

 立香はこの夢の世界を歩む内、その歪な記憶が出来上がった訳を、もう知ってしまった。

 

 グラハムが言っていたことが、きっと正しいのだ。

 

 彼がいうには、幻想種は深波の魔力を――深波の魂と同化した魔力を、契約の代償として食らうという。

 ならば、その最大支出量は? 世界の裏側より、龍の写し身を――例え一時だけの陽炎だとしても――呼び出す為には、一体何を、どの程度食わせれば良い?

 

 そんなもの、決まっていた。今目の前に広がっているのが全てだった。

 膨大な魔力と、それに溶け合う魂を内包する心臓という"核"。深波はそれをグチャグチャに潰して、魔術を駆使してひゅうひゅうと鳴る喉を押さえつけ、最期の言葉を告げる。

 

 『もんの、開錠、大、規模、しょうきゃく……しん、せぇ、終、了っ……わたし、の――ぜんぶを、っぜんしん、ぜんれ……を……!! くらっ、ぃ、尽く、せ! 晴天の帰還者よ(カエルラ・サンクタス)ッ……!!』

 

 炎のカーペットが、数万平方キロメートルに広がった。

 島が、町が、国が。海を越え感染者だけを焼き尽くす炎が、深波の死と代償に顕現する。

 深波は炎の龍に、生きたまま体を喰らわれながら、空を眺めていた。

 

 

 

 

 炎が収まっても、深波の体はまだ残っていた。どうやら、感染範囲を焼き払う程度では、お釣りが来るらしい。

 彼女は無残な傷口を晒しながら、ゆっくりと瞬きをして、どことも付かない中空へ視線を投げ遣っていた。

 

 遠くから誰かが走ってくる音がする。だけど立香は深波の記憶が――意識が、途絶え、彼女が死に陥っていることが分かった。

 

 記憶の世界が閉じていく。ゆっくりと瞼が降りるように、深波の姿が闇に溶けていく。立香は涙を零しながらそれをずっと見て、そして――世界はまた、真っ暗になった。

 

 「……マーリン」

 

 「おや、鋭いね」

 

 立香はぐしぐしと涙を拭うと、男の名を呼んだ。彼は夢魔と人間のハーフで、人の夢に入ることぐらい、ティアマト神を眠らせるのに比べたら屁でもない能力を持っていた。

 

 「こんな風に、長くサーヴァントの記憶見たことないし、すぐ分かるよ。……でも、何の為にしたんだ? 俺、深波にちょっと申し訳ないよ……」

 

 立香は自身の意思でないとはいえ、彼女の過去を覗いてしまった。敢えて何も立香に伝えずに、共に戦ってくれていた彼女の意地を台無しにして、全部を知ってしまった。

 マーリンにも何か考えがあるのだろうが、立香の罪悪感は、際限なく風船のように膨れ上がっていく。

 

 立香は、彼女がティアマト神の角を折るために一体何をしたのかを知ってしまったのだ。

 

 「親愛なるマイロード。人類最後のマスター。君はもう知ってるだろう? 僕が――ハッピーエンドが一番好きだってこと。これはその布石さ」

 

 「――それって、どういう、」

 

 「さあ、もう朝が来るよ。いや、お昼かな。思ったよりも時間がかかってしまった。枕元の彼女によろしく言っておいてくれ」

 

 

 

 

 

 瞼を開くと、照明の光が目に入りこんだ。ゆっくりと起き上がると、側には深波が居て、彼女は立香の分の朝食と昼食に囲まれていた。

 

 「あ、起きた! 立香、ちょっと吃驚したよ。マシュちゃんから聞いてはいたけど、まさかこんなに眠りが深いとは……」

 

 不名誉な誤解である。立香は特に寝汚い訳では断じてない。普通くらいである。はずだ。

 立香が拳を握って主張すると、深波は呆れたように笑った。

 

 「いやそれは嘘でしょ。はいこれ、お昼ご飯食べなよ」

 

 深波はそう言うと、すっかり冷めた食事を差し出す。

 朝食もそこにあるということは、彼女は朝から立香が目覚めるのを待っていたのだろうか。

 

 「深波、いつから居たの?」

 

 「朝からずーっと。立香って夢の中でも命の危機に陥ることあるじゃん。危ないもんね」

 

 深波は肩を竦めて笑った。立香はそれを見ると、急に夢の中の、寂しそうで悲しい笑顔を思い出して、胸の奥が冷たくなった。

 そして、魔が差した。つい、口に出してしまったのだ。

 

 「深波が俺のこと、そんな風に守ろうとしてくれるのって――やっぱり、人類のため、なの?」

 

 それは本当は、ずっと思っていたことで、彼女が英雄の深波真昼だと聞いてから、立香が心の片隅で気にしていたことだった。

 

 ここにいる深波は、きっとフランスでのことなんて覚えていないだろうけど、あの時彼女は躊躇いなく立香のことを矢から庇った。

 立香のことを守ろうとしてくれたと、嬉しかった。だけど今は、あの夢を見た後は、何だか虚しい気持ちになる。

 

 助けてもらえて嬉しかった。それが親愛に基づいた行為だと思うと、尚更。

 だけど彼女は、義務で命を賭けられる人間だった。もしあの時もそうだったのなら、立香はちょっぴり――悲しい。そう、思ってしまったのだ。

 

 「何言ってんの? 立香を守るのなんて当たり前じゃん」

 

 「そ、そうだよね、だって俺、人類最後の、」

 

 俯きがちに、早口で。立香は決定打を聞きたくなくて、手元のスプーンを握りしめて、意識を極力逸らした。

 深波は何の気負いもなく吹き出して、そして言った。

 

 「それって、聞く意味ある? そんなの、立香と私が――友達だからだよ!」

 

 深波は、いつかの立香と同じことを言う。

 立香の目はじわじわと熱くなって、目の前が段々揺らいで見え始めた。

 

 「人類と立香、どっちを取るかって言われたら、そりゃ、人類を取るよ? でも今は、人理の修復も終わったし……。

 大事な友達だから守る。当たり前でしょ?」

 

 深波はそう言って、微笑んだ。

 立香はどうしようもなく目の前が滲んで、もう随分変わり果ててしまった深波の手を――大切な友達の手を――握りしめた。

 それから、彼女が色んなものを失ってしまったけれど、それでも今ここに居ることを、神様に感謝した。

 

 もう二度と、彼女を死なせない。

 

 立香は涙を零しながら、自身の胸に硬く誓った。世界を救うと決めた日と、同じように。

 





5年以内に英雄になる=5年以内に死と引換にウィルスを絶滅させる

5年の誤差はワンタローの死亡時期(寿命込み)や、島民の信仰度、外道魔術師が対抗薬開発の匙を投げる
などの要因でルートがわかれるから

オリ主は最初の方で言ってたように、自分では"自身の意思で"世界を救うために死んだのかどうかが分かってない
藤丸なら自分よりも上手くやっただろうか、とよく考えていた

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