救世と共に祝杯をあげよう   作:ぱぱパパイヤー

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死徒……日と流水が苦手。月姫時空とfate時空ではいろいろと違う点があるっぽい
例:衛宮矩賢の謎薬で死徒化(グールを経由していない?)

名前付きのモブが出ます



第11話 不適当な救済 上

 

 深波はどうやら、この島へ魔術師の討伐の為に訪れたらしい。

 

 暫く――と言っても夢の中の時間経過なので、時間は立香の体感では不規則に流れていた――会話を横で聞いていたところ、深波は初めてこの島に上陸してすぐ、脇目も振らず島の真ん中の森へ入り、中から怪しげな男を引きずり出してきたそうだ。

 

 そして彼の口から、「島民の感染したウィルスを作り出したのは自分だ」と言わせ、今はボコボコにしてリンチした後に、島民と彼との間を取り成し、監視を付けて対抗薬を開発させている所らしい。

 場繋ぎの間に皆が死にかねないということで、深波は今、自身の血を取り込ませることによって、青い炎にウィルスを燃やさせて、島民の延命を図っているようだった。

 その光景が随分神秘的なのが理由か、幾人かは彼女を神のように崇め、また幾人かは彼女を悪魔として恐れている、というのが現状らしい。

 

 手首の傷は日に日に増え、立香はそれを見る度悲しい気持ちになる。深波は何故誰にも助けを求めないのだろう。他の魔術師や聖堂教会の人間に話せば解決するかもしれないのに、何らかの理由で、彼女は臆病な程に外部との接触を絶っていた。

 

 立香の犬の体を生かした諜報によると、矢張り島民の何人かは、深波にこの島へと無理やり閉じ込められていると強く感じているらしく、保菌者でありながら逃げ出そうとする者も居るとか。

 薬の開発までにどれほどかかるのかは、誰にも分からない。若い者を中心に痺れを切らしそうになっている傾向があり、立香は何も出来ない体がもどかしくて、苦しかった。

 

 そしてついに、それは起こったのだった。

 

 『っえ、アマドゥが島を出ていった……?』

 

 アマドゥとは島でも人一倍きかん坊の青年だった。年下の深波の言うことを聞くのが気に入らないと、口に出して主張していたこともあった。

 立香は耳がションボリと垂れるのを感じる。同時に焦りも覚えた。

 

 深波は多分、立香が今人間だったらしていただろう青ざめた顔で老人に詰め寄る。しかし彼は諦念を滲ませた様子で、「仕方の無いことです。我慢ならなかったのでしょう」と言った。

 

 『だめ、駄目だよ、すぐ探さないと!』

 

 『何故です? 彼はもう貴方様の炎を宿し、神威の力を得ているではありませんか』

 

 『神!? あれはただの火だよ!! しかもいつまで継続するかもまだ分からないのに! アマドゥは保菌者なんだよ、もし外で炎が消えて、それが昼間じゃなくて夜だったら……!!』

 

 『――まさか、そんな……』

 

 『ウィルス性の死徒化なんて聞いたことない! もしあれが世界に広まったら大変なことになる! 貴方だって魔術に縁があるなら分かってたはずなのに……! 何で見逃したの!?』

 

 深波は泣きそうになりながら老人を責めた。

 立香も、人間としてここに居たならば同じことを言っただろう。死徒は創作物の吸血鬼より遥かに厄介で、しかも新種のウィルスは飛沫感染する性質だ。ネズミに伝染ったら? 鳥に伝染ったら? 旅行客に伝染ったら?

 

 最悪の場合、世界規模の問題となるだろう。どうやって、誰がそんなことは起こりえないと言いきれるだろうか。

 そんな可能性をみすみす見逃したのだ。この老人は。

 

 彼は真っ白な顔色で小さく、

 

 『貴方の力は確かに神のものだ……それを信じておりました』

 

 と呟いた。信頼に濁った目は未だ澄んでなどおらず、ただ平静としていた。

 彼は深波が何とかしてくれると心底信じているから、今も心の中は穏やかで、静かに凪いでいるのだろう。

 深波の足元に身を寄せていた立香は、その瞬間深波の体がぶるりと震えたことに気付くことができた。

 

 彼女は、自身が救済の方法を間違えたことを、薄らと悟ってしまったようだった。

 

 深波はその日、立香がワンタローの視点になってから、初めて島を離れた。実に一年ぶりのことだった。

 

 人避けの結界を丁寧に内側から解し、認識阻害の置石をズラして、近くを彷徨く何処かの国の研究チームから身を隠しながら、深波は隣の島へと移動した。

 

 『グラハム、島から感染者が一人逃げ出しちゃった! お願い、捕縛を手伝って!』

 

 『――貴様の手抜かりをこちらに押し付けるならば、それ相応の報酬はあるのでしょうね?』

 

 そう言って振り返った巨躯の男グラハムは、魔術協会から派遣された正規の魔術師だった。

 どうも、ウィルスを研究していた男は以前より神秘の秘匿に対しての意識が低く、協会には元より目を付けられていたそうで、この島を死徒の彷徨く要塞とすることで、その手から逃れようとしていたそうのだ。

 

 魔術協会は今回のウィルスが表沙汰になった件について深刻に受け止め、迅速に追手を派遣し、そしてその優秀な派遣員がこの巨漢の魔術師だった。

 

 この男は、死徒と世界の関係性から根源を目指している魔術師であった。

 彼は、深波が死徒化の薬の研究材料を提供する限り、彼女があの島を縄張りにしていることや、青い炎のことを、黙っているという契約を結んでいた。

 

 『魔術協会に貴方の名前で死徒菌プレゼントされたくなかったら手伝ってよ! 私がアスポート使えるの知ってるでしょ!?』

 

 『ッチ、化け物め……。無報酬で働くのはもう御免です。次の監視員は私ほど優しくないやも知れませんよ? せめて新薬とやらの概要だけでも教えなさい。

 ったく、研究に役立つかと思って来たというのに、退屈で死にそうだ。まさかサンプルの採取すら阻まれるとはね……』

 

 ぶつくさと言いつつも、研究意欲を刺激されたのか、グラハムはのそりと自身の工房から現れ、二メートルの巨躯に礼装を装備しながら深波の横に並んだ。

 

 『……薬にも魔術にも詳しい訳じゃないけど……多分あのウィルスは、人間に死徒の特徴を付与するもの。……だと思う。人間にしては丈夫すぎるし、死徒にしては日に強すぎる。最悪な例え方をすると――』

 

 『真祖、のようなものですか。比べ物にならない程度には脆弱なようですが、厄介ですね……神秘の秘匿が損なわれかねない』

 

 犬になっている立香は、口を挟むことも出来ずに深波の腕の中でじっとしていた。彼女の手は小さく震えていて、頬は血の気が引いていた。

 

 顔を舐めるのは流石に不味かろう。しかし手は深波に抱かれて上手く動かせない。

 立香は自分を抱く深波の手を遠慮がちに舐めて、なんとか彼女を励ます。深波は立香の頭を撫でることでそれに応え、震える息を吐いて深呼吸した。

 

 町へ近づく度、人の悲鳴が聞こえる。夜の闇は真っ暗で、今にも呑み込まれてしまいそうだ。

 

 『おっと――ここからは静かに。もう感染は随分拡大しているようだ』

 

 『嘘でしょ……まだアマドゥが出てから半日も経って無いのに……!?』

 

 草陰から覗き込んだ町には何人ものグールが這いずり周り、誰が起こしたのか不明な火事で家屋は燃え上がっていた。

 本元の死徒モドキのアマドゥはここからでは見つけられない。今も何処かで感染を拡大させていると考えておくべきだろう。

 

 『どうやら彼は化け物の青い炎の血を飲んでいなかったようだ』

 

 『……死ぬより、嫌だったってこと……?』

 

 『さあ、それより行きますよ。高い場所から彼を捜索しましょう。その火を灯せば彼は正気に戻るのですか? その場合、勿論協力者たる私は、サンプルとして彼を貰ってもよろしいのですよね?』

 

 『……分かんない。でも――戻らなかった時は、サンプルにしてもいいよ』

 

 立香はギョッとして深波を見上げる。彼女は島民に如何に疎まれようと崇められようと、誰も特別扱いなどせず、平等に彼らを救おうとしていた。

 それなのに、突如アマドゥを切り捨てるようなことを言ったので、立香どころか、立香――ワンタローよりも深波と付き合いの長いグラハムは、訝しそうに深波を睨めつけた。

 

 『それはどういうつもりで? 貴様の救世主ごっこは今日を以て終わり。そして私は自由に研究が出来る。そういうことですか?』

 

 『……そんなんじゃないよ。でも、今までやってきたことが、もしかしたら間違ってたのかもしれないって思っただけ……。

 ――私、やらなきゃいけない事があるって分かってたのに、それをしなかったから……』

 

 深波は立香を強く抱き締めて、俯いた。十九歳の頃から一年もの間島を救い続けていた深波は、寧ろ高校生だった時よりも、寄る辺の無い子供のような幼さを増しているように見えた。

 

 

 

 

 

 アマドゥを発見した際、彼は既に自我を持っていた。彼は死徒でありながら、グールを経由せず、また逆らうことの出来ない"親"の存在もない。

 手に入れたばかりの怪力を存分に振り回し、彼は哄笑しながら建物を破壊していた。

 

 彼の周りには飛沫感染によるものか、食事によるものか、定かではないがとにかく無数のグールが彷徨い歩いており、グラハムは鬱陶しげに目を細め、囁くように吐き捨てた。

 

 『あれらもウィルスに感染しているとしたならば、日中も手足が崩れる程度で活動出来ると、そういうことになりますね』

 

 立香は自身の体が冷たくなっていくのを感じた。そんな前提が成立するならば、どうあっても今日中に全てのグールを倒さなければならない。

 深波ならば、それが出来る。恐らく――最大被害でも腕一本程度で、世界を救える。それは世界と比べれば小さな損害だが、立香からすれば耐え難い苦しみとの等価だった。

 

 心がどんよりと重くなる。彼女ならば、深波ならば、してしまうだろう。出来てしまうだろう。

 世界の為に、誰かの為に、立香を救ったあの時のように、深波は自傷をしてしまう。

 それが悲しくて、立香は項垂れて喉を鳴らした。そんな姿は――もう、二度と見たくなかった。

 

 グラハムが窺うように問うた。

 

 『……ミナミ、貴様の血で何とかならないのですか。私の手持ちは範囲攻撃に向いていません』

 

 ああ、深波が――頷いてしまう。傷ついてしまう!

 立香は目を閉じて、歯を食いしばった。あんな光景をまた見ることになるなんて、なんて酷い悪夢なんだろう。

 

 『そんなの――!』

 

 フラッシュバックする青い炎。自身を傷つける彼女の姿。

 目の前が眩んで、立香の心が冷え固まっていく。もし彼が今人間なら、耳を塞いでしまっていただろう。

 

 『そんなの――出来ないよ……!』

 

 (……え?)

 

 深波は本当に、嘘偽りなく、"出来ない"と言い切った。

 本物の絶望に染まった顔は恐怖を滲ませており、開いた瞳孔が町の火事の赤に染まっている。

 

 彼女は、自分には不可能だと、そう言ったのだった。

 

 『だって――血を媒体にするんだよ?! 町に行き渡らせようとしたら、ちょっとした怪我なんかじゃ全然足りないよ! "そんなこと"出来ない!

 ねえ、どうすればいいッ? 私のせいなのっ!? このまま色んな人に感染して、そうしたらどうすればいいの!? どれだけの人が死ぬの!? ――じゃあ、今が私の"成すべき時"なの!?』

 

 立香は驚きと共に理解した。深波は――まだ知らないのだ、と。

 

 彼女ははまだ、痛みも苦しみも、何もかもを知らない幼い深波なのだ。だから片腕を切り落とすなんて"怖くて""痛い"行為を、行うという発想自体がない。

 それは、彼女がまだ大きな怪我をしたことがないことの証左であり、そして、とても歪で、とても恐ろしいことだった。

 

 深波は、自分の体のことも、能力のことも、自分自身のものであるはずなのに、その殆どを使いこなすことが出来ない――いや、使ったことが無いということだった。

 

 グラハムは錯乱する深波を捨て置き、何事かを考えているようだった。それから、深波を見て馬鹿にするように冷めた目で嘆息した。

 

 『はあ、大怪我が恐ろしいのならば、そこの水路に血を巡らせれば、どうせ水では消えないのでしょうし、少ない血で雑魚は一掃できるはずですね?』

 

 深波は恐る恐る水路を見た。立香から見てもその提案は効率的で合理的だったが、彼女は立香を抱きしめて黙り込んでしまった。

 

 きっと、怖いのだろう。立香は、それでいいんだよ、と思った。

 英霊になった後の深波は、こんなぐらいの怪我は、なんとも思っていなかったから、より一層、そのままでいいんだよ、と教えたくて堪らなかった。

 

 恐怖は忘れるものではなくて、常に隣に付き纏うものだ。それは生きる為には無くしてはならないものの一つで、戦いに触れる者は特に大切にしなければならない感覚だ。

 今の立香はジュラの森での時と違い、感覚だけでなく、経験でそれを理解出来ていた。

 

 グラハムは口を閉じた深波の肩に大きな手を乗せて、もう一度聞いた。

 

 『ミナミ、貴様は勿論アレを殺し――世界を救うことが出来ますね?』

 

 『――っ、うん……。出来、る。私、ちゃんと出来るよ』

 

 グラハムにとっては、ジョークの様なものだったのだろう。飛躍的な話をして、深波の肩の力を抜こうとした。その程度の軽い言葉。

 

 しかし、これは彼女しか知らないことなのだが――深波にとってはそれは軽い言葉などではなかった。

 彼女がここに居るという事実自体が、小さな島のこの問題が、たかだか島民数名の命程度で終わる話ではないということの裏付けだった。

 

 追い打ちをかけられた深波は、震える手で、今の彼女の精神安定剤とも言える立香――ワンタローを優しく地に下ろした。

 そしてレッグシーフから刃を抜くと、水路に体を浸し、浅く手首を傷つけた。

 

 『っ、い、た……』

 

 「ワン! ワンッ! わふっ!」

 (深波! 猶予はまだあるよ! 島の魔術師のお爺さんも呼んで、手伝ってもらおう!!)

 

 深波一人で傷つく必要なんてない。

 このグラハムも、当然自分のための奥の手を取ってある。魔術師とはそういう生き物なのだ。それが普通で、そして魔術師に限らず、人間は誰しも、自身の命をベットするかどうかを決める権利を、当たり前に持っているのだ。

 

 だから、本心では死にたくないと考えているハズの彼女だけが命を賭けるのはおかしい。立香は何度も吠えてそう主張したが、これは所詮夢の中。全てが終わった過去の出来事で、立香はただ無力感に苛まれるだけだった。

 

 深波はナイフを縦に動かし、手首の動脈を探して刃先を潜らせた。彼女の動きは痛みで緩慢になっており、グラハムは痺れを切らしたように、自身も水に浸かり、深波の手を後ろから掴んだ。

 

 「ワンッ!!」

 (止めろ!)

 

 『ミナミ、私に任せて』

 

 『え? ッい――ぁあ゛!?』

 

 グラハムは深波の手首を深く貫き、痙攣する体を無理やり抑え込んだ。

 

 『痛いですか? なら、良いことを教えてあげます。魔術回路を励起して……そう、貴様ならシングルアクションで十分だ。そうやって――痛覚を消せば良い』

 

 深波は脂汗をかき、荒い息を吐きながら言われるがままに痛覚を消していく。

 

 「ワン!! バウッ!!」

 (やめろ! そんなことしちゃだめだ!!)

 

 『怖いことは何もありませんよ。痛みはない方が良い。当たり前のことですね? さあ、とっとと終わらせてしまいなさい』

 

 グラハムは呼吸がまだ整わない深波の背を押し、水路に倒れ込ませると、入れ替わるように路地へと上った。

 失血で意識が朦朧としているのか、案の定、痛覚を切ったことで意識を覚醒させるものを失った深波は、虚ろな目で水の中へと沈み込む。

 慌てて立香は水へ飛び込み、深波を背に乗せて浮き上がった。

 

 『あり、がと……ワンタロー』

 

 「わん!」

 (深波!)

 

 陸で浅い息を繰り返す深波は、よろよろと立ち上がると、「adolebitque(燃えろ)」と小さく唱え、水路の火に魔力を通した。

 途端に、グールたちの絶叫が上がる。グラハムは座り込んだ深波の横に立ち、その光景を薄ら笑いを浮かべて見ていた。

 

 『素晴らしい。コストパフォーマンスに優れた良い術だ』

 

 『そう、かな』

 

 青い炎が水路から手を伸ばしグールを焼いていく。家屋を焼く赤い炎と混ざり合うそれは幻想的で、深波はそれをぼんやりと見て、グラハムは時間が経つごとに興奮していった。

 

 『まだ発動しているのか!? なんてイカれた術なんだ、呪術ってものは! 素晴らしい!!』

 

 グラハムの声が、町に谺響する。一方で立香は嫌な予感に襲われていた。グールは知能が低く、あまり俊敏な動きはしない。しかし死徒モドキとなったアマドゥは違う。

 

 「バウ!!」

 (深波、なんか変だ!)

 

 立香が大声で吠えたその時――背後の茂みから、大きな斧が、グラハムへと振り下ろされた。

 深波は咄嗟にその間へ割って入り、グラハムを押し飛ばし、代わりにその一撃を引き受ける。

 

 全てが、一瞬の出来事だった。

 





オッド・ボルザークの蜂にやられた人たちがすぐにグールになってたので、感染先の人も脳みそが腐るクールタイムを置かずにグールになってもらいました

次で大体の伏線が回収されます。文字数が段々増えてきてつらい。書き終わる気がしない

ネロ祭、前回はケルト師弟とハサンしか倒せなかったので、今回は頑張りたいです

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