仮面ライダーフォーゼ サンシャインキターッ!   作:高砂 真司

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第7話 裏・心・融・心

 しかし、静かに構えたテレスコープの右腕からか弱い女子高生の頭くらい容易に撥ね飛ばしてしまう光弾が射出される刹那、茂みから飛来した何かによってその凶手は払い除けられた。

 

『「……水?」』

 

 あらぬ方向に飛んでいく光弾を見送り、濡れた腕を垂らしたテレスコープは静かに問う。クラウンは何かを察知したのか、ルビィの拘束を完全に解いて臨戦態勢で茂みに注意を向けた。そのたくさんの視線が集まる中、落ち葉や垂れた枝を掻き分け踏み越えて現れた新たな異形は、左手の中で小さな水の塊を転がしながら怒りにも似た口調で言葉を発した。

 

『久しぶり、の方がいいよね』

 

『「誰かと思えば、この間クラウンを逃がしてくれたいるか座の子じゃない」』

 

『……いるか座の子、じゃ他人行儀でしょ。気軽にドルフィンでいいよ、望遠鏡座』

 

 軽口を叩きながら、ドルフィンは手の平で転がしていた水の塊を拳で弾いた。分離し高速で打ち出された水の鏃たちがマシンガンのようにテレスコープたちを襲うが、クラウンがその悉くを撃ち落とす。両腕を濡らしたクラウンが唸り声を上げながら獣のようにドルフィンに襲いかかるのと、隙をついて駆け寄っていた弦太朗がドライバーの《3……》のカウントと共にテレスコープにドロップキックを見舞うのはほぼ同時だった。

 

「オラァ!」

 

 突然の衝撃だが、テレスコープは受け身をとって地を転がる。背中から着地した弦太朗も一瞬苦悶の表情を浮かべるがすぐに起き上がり、ゾディアーツ同士の攻防を呆然と眺めるルビィに向き直った。目を合わせ、彼女の肩が跳ねるのも無視して、捨て台詞のように背を押し吠える。

 

《2……》

 

「ルビィ! 走れ!」

 

「は、はい!」

 

《1……》

 

 胸を両手で押さえながらルビィが離れていくのを確認した弦太朗は、素早く腕を構えた。余裕の態度のテレスコープが膝についた葉や土を払い、こちらに銃口を向けるが怯まない。倒すべき敵を見定め、守るべき者を背に隠して、弦太朗は戦う意思を固める。生徒の、敵の、第三の勢力の、その全ての視線を一手に引き受け、エンターレバーを握りしめ、叫ぶ。

 

「変身!」

 

 レバーを入れ、宇宙の力に手を伸ばす。コズミックエナジーはその弦太朗の思いに答えるように、その身を戦士の姿へと変えていった。雨のような光弾の連射をものともせず、蒸気をその身で切り開いて現れた白き戦士・フォーゼは銃撃を腕でガードしながら強引に突っ切り、テレスコープの腹に前蹴りを見舞う。

 

『宇宙キター!』

 

 一連のルーティーンを済ませ、自慢のリーゼントをマスク越しに整えたフォーゼは畳み掛けるようにテレスコープに追撃を加えていく。拳が腕のガードを貫き、蹴りが脇腹を薙ぐ。振るい下ろされた腕を少し体を開いてかわせば、がら空きの腹部に膝で蹴りを突き立てた。型などない喧嘩殺法で徐々に追い詰められていくテレスコープだが、逆転の手だてはないようで反撃すらままならない。

 肉弾戦は不得手なのか、そもそもフォーゼに勝てるだけの戦闘能力を有していないのか。されるがままのテレスコープの顔面に突き刺さりそうになった白い鉄拳を、乱入してきたクラウンが片手で掴み受け止める。右足でフォーゼの腹部を蹴り後退させると、疲弊する主を抱え背中から身の丈以上に伸び出た節足動物特有の長い足でバックステップし距離を置く。仕切り直しのつもりなのか、余裕のできた弦太朗は肩を回して振り返らずに背後に言葉を飛ばした。

 

『ルビィ。国木田(ダチ)の居場所、わかるんだよな』

 

「は、はい……!」

 

『よし。なら、ここは俺に任せて行け。千歌、曜、梨子。ルビィのこと、頼めるな』

 

「任せて! 行こう、ルビィちゃん!」

 

 パタパタと石段を駆け降りていく音を聞き送り、フォーゼは再び拳を構える。息を整えダスタードを四体揃えたテレスコープも、あれだけ一方的にやられてまだやる気があるのかダメージを感じさせない仕草でクラウンの前に立つ。

 

『「格好付けたのはいいんだけれど、先生がいくら強くても七対一なら私を止められないんじゃないかしら?」』

 

『七対一、か。……なあドルフィン。お前、敵の敵は敵だと思うか?』

 

『悪いけど、仲間だとは思わないよ。……でも、望遠鏡座。六対二の間違いじゃない?』

 

『「あら。ゾディアーツ同士仲良くできると思ったのに。とても残念だわ」』

 

 ドルフィンはフォーゼの隣に並ぶと、抱拳礼の後に体勢を低く保ち隙のない構えを披露する。しなやかさと力強さを兼ね備えた美しい姿勢は、スイッチャーが何か武術の心得でもあるのかと錯覚するほど堂にはいったものだった。我流のファイティングポーズと並ぶとその異様さはより際立ち、しかし歴戦のフォーゼもまたひけを取らないほど迫力に凄みを増す。凹凸の即席コンビを組み上げた弦太朗は、胸を二回叩いて拳を向けた。

 

『仮面ライダーフォーゼ。二人でタイマン、張らせてもらうぜ!』

 

『二人ならタイマンじゃないでしょ』

 

『細かいことはいいんだよ』

 

 

∝∝∝∝∝

 

 

 速く、少しでも早くと心が急ぐ。足がもつれそうになると、このまま転げ落ちた方が速いんじゃないか、なんて考えが頭をよぎるくらいには自分の体力と心の焦りの解離を感じもどかしくなる。ただルビィの頭には、例え海を泳ぐことになっても、一秒でも早く親友の所に行きたいということしかなかった。

 そんな彼女の耳に、少し悪い話が入ってくる。それは時間を確認した曜の一言だった。

 

「まずいよ船出ちゃう! ギリギリ間に合わない!」

 

「次のって十五分後だったわよね?」

 

「そんなに待てない! 果南ちゃんに船借りよう!」

 

「連絡してみる! ……ダメ、出ないよ!」

 

「とりあえず果南ちゃん家行くよ!」

 

 先輩たちが騒いでいることすら、ルビィの耳には入ってこないどこか遠くの出来事のように思えた。何か、何か手だてはないかと考えを巡らせるが、この島から沖に戻るにはどうしても船が必要なのだ。一秒でも早くというなら、本当に泳いで渡るしかない。だが自分の体力を考えればそんなことは不可能だろう。

 胸元で、グッと両手で包み込んだものを握りしめる。

 

(これを使えば、もしかして……)

 

「ルビィ?」

 

 それは階段を駆け降りて、今からダイビングショップに乗り込もうというところだった。後ろから掛けられた声にルビィが、三人が振り返ると、そこに彼女は立っていた。

 千歌、曜、梨子を順番に、品定めするように眺めた後、ダイヤはルビィへと視線を移す。蛇に睨まれたように固まってしまった、幼げな彼女に向けられた目はひどく厳しく、潮風にかき上げられた髪がメデューサの髪のようにうねり、躍り狂う。

 

「何をしているの? ルビィ」

 

 二年生三人にとって、それは冷たい言葉だった。その一言でルビィの肩はビクリと跳ね上がり、弁解しようと開いた口は閉じることもできず固まってしまう。

 そんな彼女の反応が不服だったのか、ダイヤの眉間にはより深く皺が刻まれる。それを見て、ルビィの心臓には締め上げられるような痛みが走った。罪悪感が、罪責感が、負い目が、引け目が、ルビィの良心に容赦なく絡み、巻き付き、とぐろを巻く。

 

「ち、違うんですダイヤさん。これは━━「千歌さん」

 

 大丈夫です、と微笑む彼女に気圧されて、千歌は押し黙った。やせ我慢もいいところな、無理のある表情に三人は口を挟むことを憚られる。不安げに見守る彼女たちの前で、意を決したルビィはゆっくりと、一つの過去を清算するために深呼吸をした。

 もう一度、姉と向き合う。歯を立てられた心から全身にかけて、息がつまるだけの毒が優しく回ってくるのを感じた。この毒が、姉の抱いたどんな大罪かをルビィは知っている。気持ちが落ち着けば落ち着くほどその毒の回りは早まり、もう一時前の自分とは違うんだと感じる。それでも一歩前に踏み出したルビィは、まず初めに頭を下げた。

 

「帰ったら、ちゃんと、全部話します。だから、今は行かせてください」

 

「今、話せないの?」

 

「友達が、待ってるの……!」

 

 “友達”。

 それが自分の姉にとってどれだけ強い言葉か、強烈な意味を持つ言葉かを知っている。また一段と強く心が締め上げられることを知っている。反則に近い言葉だということも知っている。ダイヤの前では極力使わないようにしていた言葉だったからこそ、ルビィは恐れそのまま顔を上げることができなかった。

 今の姉が、強くも脆い最愛の姉が、粉々に砕け光を失った宝石が、どれだけの業火に身を焼かれているかを知っているから。理性と感情の間に身を置く、置かざるを得なかったダイヤの気持ちを思えば、一番近くで苦悩する姿を見続けていたルビィには直視する勇気が無かった。

 

「………………場所はどこ?」

 

 短い沈黙を破り、ダイヤは静かに声を絞り出した。大切なものを噛みきり飲み下したような声に顔を上げたルビィは、姉の表情を見て一瞬呆けた後、彼女の火傷だらけの鋭い瞳に一縷の希望を見出だして答える。

 

「学校! 浦の星の図書室、だと思う……!」

 

「船が来るのはあと十分少々。渡っても学校方面のバスは当分来ないわ。どうするつもり?」

 

「走って行く!」

 

「あなたが行って、何かできるの?」

 

「…………何も、できないかもしれない。それでも行かなくちゃいけないの……! きっと、花丸ちゃんは待ってくれているから……!」

 

「……そう」

 

 直視できなくなったダイヤはルビィに背を見せてふーっ、と長く息を吐く。肩の力が抜けて楽になったのか、それとも背負った重みを改めて感じているのか、それはわからない。何も語らないダイヤは覚悟を決めて振り返り、その痛ましい目をただただ眩しい最愛の妹に向けた。

 

「急ぐのでしょ。着いてきなさい」

 

 

∝∝∝∝∝

 

 

 ドルフィンの視界に海上を横断する二艇のフローディングバイクが紛れ込み、ほんの少しだけ気をとられる。

 

『前見ろ!!』

《SHIELDーON》

 

 弦太朗は怒号と共に、その一瞬の隙を作ってしまったドルフィン目掛け放たれたクラウンの水のマシンガンを受けきった。流石にシールドモジュールだけでは守備範囲が狭かったのか、脚や腕など被弾した箇所から火花が散る。幾分か後ろに押されたものの、膝をつくことなく耐えた弦太朗の背中にドルフィンは目を向け直した。

 

『サンキュ、ライダー』

 

『気にすんな』

 

 短い言葉を交わしつつダスタードをいなす二人に、クラウンは一飛びで追撃をかけてくる。本物の手足のように使い慣れているのか正確に動く二組の脚を利用し、驚異的な跳躍力から振り下ろされた右腕は軽い音と共に空を切った。それをシールドモジュールで難なく受け流したフォーゼの脇から、ドルフィンの鋭い蹴りがクラウンの腹部を貫く。それを反射的に背中から延び出した脚で受け止めたクラウンだが、流石にフォーゼの鉄拳という二段構えはかわしきれなかったようだ。スーツ越しでもわかる生の感触が、弦太朗の右拳にダイレクトに伝わってくる。

 顔面に突き立てられた拳の勢いに負け後退させられたクラウンは、流れに身を委ねて勢いを殺すもたたらを踏み、蜘蛛とも人とも思えない猛獣のような唸り声を上げた。腹の底から響くような重低音に、ダスタードに取り囲まれた二人は背中合わせに拳を構える。

 

『遠距離攻撃されるのは厄介だな。あの反射スピードじゃ接近戦もキツい』

 

『クラウンはもう水の弾丸を打てないよ。でも、ミサイルとかはやめた方がいいかな』

 

『? どういうことだ?』

 

『クラウンには飲み込んだものを自分の力に変換したり吐き出す能力がある。びっくり箱みたいなものかな。だから遠距離で攻撃すればだいたいは返されるよ』

 

『なるほどな。この間の高速移動も液体化も、電気とか雨とか飲み込んでたからってわけだ。……つか、何でそんなこと知ってんだよ』

 

『……あれとは長い付き合いだからさ』

 

『「仲良くお喋りなんて、随分と余裕じゃない?」』

 

『羨ましいならこんなことやめるんだな!』

 

『別に仲良くないんだけど。……調子狂うな、ホント』

 

 呆れたように肩を落とすドルフィンを見て、クラウンの背に隠れるテレスコープもまたフローディングバイクの行方を目で追う。もうかなり遠くへと進んでしまっているが、航路は海上の白波が示しているため自分の予定通りに事が運んでいることは一目瞭然だった。無謀にも近道を選んだ彼女たちの賢明な判断を見てほくそ笑むテレスコープは、前傾姿勢のクラウンの肩に肘をついて耳元で囁いた。

 

『「適当に切り上げて良いから、あとは頼めるわね? クラウン」』

 

 声をかけられた途端に獣のような荒い息から一転、借りてきた猫のように狂暴な成りを潜めたクラウンは体を起こしてシュルシュルと息を巻く。そして四体で再度陣形を組み直すダスタードを一瞥したテレスコープは、満足げな笑みを浮かべ手をヒラヒラと振った。

 

『「私、用事があるから行くわ。じゃあね先生、イルカさん。また遊びましょう」』

 

『そう簡単に逃がすかよ!』

 

《NET》

《NETーON》

 

 シールドをオフにしてフォーゼが入れ換えた右脚のスイッチ、「No.38ネット」の起動とともに盤面は急激に変化する。スイッチのコールを合図に遠望を逃がすため飛びかかったクラウンの頭を、フォーゼの肩を踏み台にしたドルフィンが蹴り飛ばした。バク転で衝撃を逃がしきったクラウンが肩慣らしのためか首をぐるりと回すと、静かに構えたドルフィンは人差し指で挑発する。

 

『来なよ。ちょっと本気で相手してあげるからさ』

 

『シュルルルル……』

 

 拳を交わす両者を背景に、展開されたネットモジュールでテレスコープの捕獲を狙う弦太朗は群がってくるダスタードを避けながらその機能を発揮させる。モジュールに搭載されたアークグリッドが空間に、対象を傷つけずに捕まえられる虫取網のような電磁ネットを構築し、フォーゼの右脚に付随するローディングヘッドと連動して自在に動き回る。

 しかし。

 

『クソッ! 邪魔だッ! どけッ!』

 

 攻撃性の無さと、自在に動かせるということが多対一の混戦では逆にデメリットとなり、上手く扱いきれないでいた。遠望を逃がすことが最大の目的であるダスタードたちがフォーゼの邪魔をするために立ち回り、電磁ネットは空間を右往左往するだけで全くと言っていいほどその力を発揮できていない。ダスタードの排除を優先すれば距離を取られ、その間にも肝心のテレスコープは望遠鏡座の力で光を屈折させ透過していく。

 

『このままじゃ……!』

 

 弦太朗は考える。姿が見えなくなったテレスコープを足止めし、尚且つ邪魔なダスタードを一掃できる方法を。広範囲を覆う攻撃ができるスイッチはない。ランチャーやガトリングをむやみに乱射して被害を広げるわけにもいかない。見えなくなった姿を見えるようにする力でも、足場を固めてしまう方法でもなんでもいい。考えに考え抜いた末、弦太朗はある一つの方法を閃いた。

 

(固める……? そうか!)

 

『ドルフィン! お前、霧出せたよな!』

 

《FREEZE》

 

『……注文多いな』

 

 気の抜けた愚痴をこぼすドルフィンは、クラウンと間合いを取りすぐさま腕を振るう。ドルフィンの体表から放たれたコズミックエナジーが空気中の水分にはたらきかけ、増幅した水分が霧へと変化していく。弦太朗の予想以上の、太陽の光さえ遮る濃霧が辺りを飲み込み下準備は完了した。

 光を封じられ、纏う霧の影響で迷彩を破られたテレスコープの姿を確認し、フォーゼは逆転の一手を打つ。

 

《FREEZEーON》

 

 フードロイド・ソフトーニャの起動にも使用される「No.32フリーズ」。ネットと入れ替わりで右脚に展開されたフリーズモジュールの能力はその名の通り単純明快。サーマルクーラントで熱を奪い、リブートシンクへと循環させて冷気を放つ。強力な冷気は瞬間冷凍とでも表現するべき威力であらゆるものを凍らせ、敵の動きを封じることもできる。それが霧を、水蒸気を伝播すればどうなるか。

 

『ちょっと冷たいぜ』

 

 フリーズモジュールから放たれた冷気は、霧に包まれた境内をフォーゼを中心に白銀の世界へと変えていく。地表に逃げ場などはなく、取り込まれれば凍てつく世界からの脱出は不可能。木が、石畳が、土が、落ちる木の葉が、逃げ惑うことを許されず、その時を切り取られていく。

 それはゾディアーツとて例外ではない。テレスコープを庇うため飛び出したダスタードを、冷気が丁寧に一体ずつ氷の中に閉じ込めていく。身動き一つ取れなくなったダスタードは浮かぶ標本のように美しくその姿を宙に止めた。飛び退いたドルフィンに危機を察知したクラウンすら容易に丸飲みにした氷河期の到来に、足を捕まれたテレスコープは叫ぶ。

 

『「クラウン!!」』

 

 途端、長い年月眠っていた古代の生き物が突然目覚めたように、クラウンの右半身は輝きを増す。埋め込まれた宝石たちは白とも青とも言えない、言うなれば氷色の明かりを灯し、クラウンを閉じ込める氷にヒビを入れた。それが、自分の周りの氷を取り込んだために生じた亀裂だと気がついたのはやはりドルフィンだった。

 

『ライダー!!』

 

 木の上に避難していたドルフィンが声を上げるが間に合わない。薄くなった氷の牢獄を打ち砕いたクラウンは、凍結した右半身を携えてフォーゼへと強襲をしかけた。

 

『のわッ!?』

 

 右腕から放たれる氷の鏃に吹き飛ばされたフォーゼは、スーツから火花を散らしながら弾かれ木に背を打つ。芯まで凍った木はガラス細工のように砕け、強い衝撃を受けたフリーズモジュールは安全装置が作動し自動で停止した。転がるフォーゼに追撃をかけるため狙いを定めるクラウンに、下半身を氷に食われたテレスコープが指示を出す。

 

『「クラウン! 撤退するわよ!」』

 

『させるわけないじゃん』

 

 テレスコープの思惑を打ち破るように、氷の世界に降りてきたドルフィンがクラウンの腹に素早く拳を叩き込む。先程までと比べて明らかに鈍くなった動きは、氷を取り込んだせいか。しかし、より固い感触と触れただけで凍結した拳を見つめ、デメリットだけではないことを確信する。

 

『触っただけで凍るんじゃ迂闊に攻撃できないな……。あんまり持たないよ!』

 

『大丈夫だ! 一発で決める!』

 

《ROCKETーDRILLーON》

《ROCKETーDRILLーLIMIT BREAK》

 

『食らいやがれ!』

 

 立ち上がり、駆けながらモジュールを展開したフォーゼは右足で蹴り上がり、ロケットの推進力を得て弾丸のように勢いを爆発させた。有り余るコズミックエナジーを纏い、圧倒的な破壊力を見せつける必殺の一撃が身動きのとれないテレスコープ目掛けて一直線に突き進む。氷を砕き、凍結したダスタードを砕き、しかし勢いは落ちない。

 

『ライダーロケットドリルキーーック!!』

 

 数々の強敵を撃破してきたフォーゼの代名詞とでも言うべき必殺キックが迫る。たが、勝利を確信した弦太朗に向けて遠望が放った言葉は、敗北宣言でも、ましてや命乞いでもなかった。

 

『「……まさか、こんなに早く手の内を晒すことになるなんてね」』

 

 余裕のある言葉を呟いた遠望は、自らの胸に左手を突き立てた。クラウンの動きが驚きで止まり、つられてドルフィンの目も奇っ怪な行動に釘付けとなる。心臓を掴もうとしているのかと疑うほど深く突き刺した手を抜き出すと、テレスコープはその手に掴んだ物を片手で砕き、躊躇いなく目の前にばら蒔いた。

 それは、銀色の硬貨……いや、()()()だった。

 

『「これはチップよ。受け取りなさい」』

 

 その無数にばら蒔かれたメダルの破片は欲望のオーラを放ちながら一片ずつが怪異的な怪物へと変化する。真っ黒の素体に巻き付けられてたミイラ男を連想させる薄汚れた包帯に、顔と思われる部分にぽっかりと空いた黒穴。もったりとした怠慢な動きで起き上がったそれらは、フォーゼからテレスコープを守る壁になるように群れを成す。

 

 弦太朗は知っている。この異形の名を、正体を。

 

『屑ヤミーだと!?』

 

 驚きで姿勢がブレたか、肉の壁に阻まれ必殺の一撃はテレスコープに届かない。群がってくる全てのミイラを撃破し尽くしたフォーゼは、爆炎の中で全てのスイッチをオフにして着地した。煙幕を切り裂いて辺りを見回すが、あるのは溶けかけの氷ばかり。テレスコープに食らいついていた氷も根本から砕かれているため、逃げられたのだということはすぐにわかった。

 

『クソッ! 逃げられた……!』

 

『こっちも』

 

 肩を竦めるドルフィンも、行方を見失ったクラウンについて嘆息した。遠望のとった行動に目を奪われ、隙を与えてしまったのは大きかったようだ。しかし、気を抜くのはまだ早いと弦太朗は地面を見渡す。チャンスを逃したものの、得られたものはあった。

 お目当ての、爆発と共に散らばった銀の破片を一つ拾い上げる。無造作に砕かれたせいか大小のばらつきがあるものの、一目見れば何かは確信が持てた。

 

『なんで遠望がセルメダルを……?』

 

 これは、そう易々と手に入る代物ではない。口にした疑問を頭の中で反芻させるが、まるで答えが出る気がしなかった。ごちゃごちゃとする頭に整理がつく前に、絡まった思考を隅に蹴り飛ばす。

 今はそんなことよりも、優先すべきことがあるのだ。

 

『ここは片付けておいてあげるから、さっさと行きなよ。急ぐんでしょ』

 

『……サンキュ。お前いい奴だな!』

 

《ROCKETーREADERーON》

 

『この借りはいつか返すからな!』

 

 レーダーモジュールで千歌と曜の持つ携帯電話のGPSを拾い、再度ロケットモジュールを展開したフォーゼはドルフィンの言葉に甘えて空へと舞う。

 白煙をあげて一直線に南へと下っていく白い姿を見送ったドルフィンは一人、水分を操作し右手の凍結を解くと彼に習って破片の一つを拾い上げた。

 

『セル……細胞ってこと?』

 

 そして、そのまま膝から崩れ落ちた。

 

「果南さんっ!!」

 

 肉質な異形の姿は、受け止めたダイヤの腕の中で悶え苦しみながら人間の━━果南の姿に戻る。破裂しそうなくらい激しく脈を打つ心臓を押さえ、玉のような汗を流しながら願うようにスイッチを握り締める彼女の体表を這いずるゾディアーツの体を構築していた闇は、スイッチへと吸い込まれその姿を変えようとする。

 

「ダメッ……! まだ、ラストワンには……ッ!」

 

 明滅する感覚の中で願いは届いたのか。膨張する闇は成りを潜め、果南は詰まっていた息を一気に吐き出した。手放しそうになる意識を気力で手繰り寄せ、逆流してくる胃酸で食道を焼きながら酸素を取り込む。閉じられない口からは唾液が垂れ、全身に倦怠感と皮膚を切るような痛みが駆ける。その苦しみに耐えながらすがり付いているダイヤの腕に加減なく爪を立てるが、当のダイヤは痛みなどないようにただ強く果南を抱き締めていた。

 

「いくら果南さんと言えど、気力だけでスイッチの力を押さえつけるのには限界があります! やはり、私も……!」

 

 幾度か空気を入れ換えた果南は、それ以上は言わせないと指でダイヤの唇を閉じた。肩で息をしながらも少しずつ呼吸を整える。

 

「ダメ、って……言って、るじゃん……」

 

 青い痣と血が滲む爪痕が痛々しいダイヤの腕から手を離し、大の字で寝転がった彼女は最後の力を振り絞って腕を振るった。するとその一振りで、白銀の世界は少しの涼しさだけを残し魔法のように消えてしまう。唯一、一本だけ破砕した木が異形同士の戦いを覚えているだけで、何食わぬ顔をする境内に氷漬けになった痕などはない。そのことを確認した果南は、苦悶の表情で自分を見つめるダイヤに向けてか細い笑みを浮かべた。

 

「ご、めん、ダイヤ……。後……、よろし、く……」

 

「……わかりました。ゆっくり休んでください」

 

 一瞬で個体から気体へと変化させた彼女を見て、落ち着きを取り戻したダイヤは独り言を呟いた。日常に溶け込んだ声は、気を失ってしまった果南には届かない。ただ寝息を立てる彼女の頭を撫で、手入れの放棄された髪を指で鋤く。力の抜けた果南の手からこぼれ落ちた悪夢の始まりを憎らしげに睨みつけるも、やがて自分の弱さを突きつけられているような気になって拾い上げるだけに留まった。

 

「ゾディアーツの力、また強くなっているのですね」

 

 人の身でありながらコズミックエナジーを扱えるまでに成長してしまった果南に対し、重い十字架を背負わせてしまっているのだと自覚する。自分はただ彼女の優しさに甘んじて立ち止まっているに過ぎないのだと、突きつけられた現実に唇を噛むことしかできない。

 

「鞠莉……」

 

 果南の頬を伝う滴を掬い上げたダイヤは、寝言を漏らす彼女の頭を愛しそうに撫でた。せめて今だけは優しい夢の中にいてほしいと、ただそれだけを願って。

 

「取り戻しましょう、私たちの日々を。二年前のあの日から、必ず」

 

 ダイヤの見上げた空に、もう白煙はない。




 姿が見えないからと言って、笑い声を漏らすほど遠望京は間抜けではない。力の抜けた果南を支えながら階段を降りるダイヤを見下ろし、彼女はその美しい顔をいやらしく歪めた。

「メダルを見せたのは思わぬ誤算だったけど、こっちも収穫があってよかったわ。そう。なるほどね」

 怪しく、喉を鳴らす。背後に付き従うクラウンに意地悪な笑みを向けると、まるで新しいおもちゃを手に入れた子どものように遠望の心は軽くなった。

「どうしてドルフィンが私たちに執着するのか疑問だったんだけど、そう。二年前……」

 面白くなりそうだわ

 誰もいなくなった日常に、声は響かなかった。

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